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子育てのムリゲーを解きほぐしてみようか
2026-04-17 15:14

子育てのムリゲーを解きほぐしてみようか

#子育てのムリゲーを解きほぐす

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サマリー

今回のエピソードでは、AIを子育てに活用することの是非について議論し、孤独な子育てや情報不足といった現代の課題に対して、AIが相談相手や新たな選択肢の提示といった形で親の精神的な安定に貢献できる可能性を探ります。さらに、子育てにおける「無理ゲー」という状況を解消するため、個々の家庭の状況に合わせた柔軟なサポートや、社会構造全体の変革の必要性について考察を深めていきます。保育園不足や小学校の開門時間延長といった具体的な事例を挙げながら、根本的な問題解決に向けた社会全体の意識改革を訴えています。

新年度の慌ただしさと日常の再開
はい、どうもおはようございます。たからんです。 今日は4月の17
の金曜日ですけれども、はい。なんか1週間前に確かね、 確かあの自分のチャンネル新しくしましたとか言いながらですね
なんかこう、ノートとかも書こうかなみたいな感じでやってるんですけど、やってないんですけど、 っていう状態ですね。
いよいよ、7月になって新しい、なんだろうな、楽器が始まって、楽器?年度が始まって、
子供を新級してですね、部活も本格的になってきてですね、 先週末、部活の大会みたいなのが2日連続であったりして、
丸一日ずっと外にいるみたいな、またこういう生活が始まったぞ、みたいな感じですね。 それはそれで面白いんですけどね、
あの子供の活躍というか、やってるとこを見るっていうんだけども、 まあやっぱ正直その
友渡り機でね、平日にいろいろできないんですよね。 平日は、平日は本当に水地洗濯、
水地洗濯をやるしかなくて、掃除、掃除すらまとめできない。 掃除形なんかまとめできないんで、もうこの土日にやるっていうのが
スタイルなんで、土日なくなるとかなりきついんですよね。 まあそんな感じで、
他にもね、別に家の片付けするだけじゃないんで、やることって。
まあそんな感じなんですけども、でもまあ慌ただしくも、ちょっと面白く動きのある 日常が戻ってきたかなと思っています。
AI子育て論:孤独な現代の育児をどう支えるか
で、なんで、なんか喋ることもあんまりなかったんですけども、なかったというか、あるんだけど喋ってないんですけど、
うーん、一個あれかな、先週、先週じゃない、今週の月曜日に、あの
パパQっていうですね、毎月第2月曜にやってる ちょっとトークラジオをスタイフでやってるんですけど、
それやってまして、今週もやったんですよね。 今回のテーマ、今月のテーマはAI
を使った子育てってどうなのか、 みたいな話ですね。
タイトル何だったかな、 AIを子育てに使わないなんて、洗濯板を使わずに洗濯するってこと
じゃないの?みたいな感じの、そんな感じのタイトルで始まって、 AIをね、やっぱり積極的に使っていいんじゃないの?
逆に使っちゃダメ、使うって悪いことなの? っていうかまあどういうことなの?みたいなことをいろいろ考えて話してました。
なんかその場ではですね、 なんていうのかな、
総意としては結構使えばいいよねっていう話ではあったんですよね。
なんか、やっぱりYouTube、子育てで手が回らなくて大変だかっていうので、 YouTubeの画面見せてっていうのって結構批判的な
あれも多いんじゃないかって思うんですけど、 私もどっちかというと、
子供が本当にちっちゃい幼少期の時には、
あんまり良くない、あんまりというかね、 基本良くないんじゃないかなと思ってるんですけどね。
ただ、そういうのじゃなくて、 AIってチャットGPTじゃないけど、そういうのって
アドバイスというか、正解じゃないですよ。 正解じゃないと間違ったことも言うかもしれないから気をつけなきゃいけないんだけど、
でも子育ての大変さって、特に今というか前からですけど、 孤独な子育てっていうのが一番多いと思うんですよね。
これは、母親だけが子育てをやるっていう文化が まだまだ根強いっていうのもありますし、
あとそれ以外にも、 やっぱり各家族化してるってことで、家の中だけで本当に一人または
その親、父親も含めてだけで考えてやる みたいな感じで
やることとか、しかもちょっとアドバイス聞くことすると、 親とかね、親世代もあるけど、親世代ともやっぱり今もうね、生活環境が全然違うしっていうところとか
とかあって、今の子育て、今やるのって、 どうしたらいいのか、やっぱり分かんなくてきついっていうのがあると思うんですよね。
昔はちょっと分かんないけど、 自分が子供の時ももう各家族だったから分かんないんですけど、
祖父母がいたりとか、あと近所というか村社会というか、 周りの大人も見てたとかそういうのがあったりして、
そこから親自身も学んだりとか気づいたりとかっていうのが あったかもしれないしっていうのがあるけど、今助けてもらえるとかないし、
しかもなんかいろいろ忙しいし、回すだけで大変、 もうタスクになっちゃってるっていう、そういうのがある。
そんな中で、赤ちゃん、ITの力なのかAIなのか、 ITとAIもなんかちょっと違う気もするんですけど、
AIの力を借りて、自分だけじゃ思いつかない選択肢っていうのかな、 こういうとこがあるかもしれませんよ、こういうことをやったらいいかもしれませんねとか、
そんなのとか、単なる相談相手とか愚痴の相手とかっていうことで使うっていうのは、 親の気持ちの安定、心の余裕っていうのかな、
そういうののために使うっていうのはいいんじゃないかな、 そんな話があんまり多い感じの回になってました。
でもね、私の中ではね、なんかなんだろうな、 なんだろうなみたいなところが結構あって、
最後のほうでもちょっと話してはいたんですけど、 私今言ったけど、YouTube見せて何もしないでほっとけるっていう感覚で 使うのは良くないって感じるんですよ。
でもアドバイスもらって、そうかもしれないっていうふうにやってみて、 考えて決めるのは自分だし、
何も手がかりがない中で右往左往するっていうか、 パニックっていうかな、
途方に食えてきつくなるよりは見たほうがいいなって思いますよね。
実際、AIじゃなくたってネットで調べたりもするし、 子育て本とかも読んだりもするしってやってきたし、
同じことなんですよね。だからそういう使い方だったらいいかなと思うんだけど、
何だろうな、
子育ての「無理ゲー」を解きほぐす
ちょっとだけ話が若干飛びますけど、
ノートのほうで子育ての無理芸を解きほぐすっていうのを ちょっとやっていこうかなみたいな感じで始めたんですよ。
別にノートだけでやるつもりじゃないんですけど、
子育て無理芸っていうふうに言われたりとか、 若い人たちからも言われたりとかして、
子供を持つとか、結婚するとか、 懸縁するっていうのがあると思うんだけど、
本当に無理にさせられちゃってるのって何なのかなっていうのがあって、
本質的、本来的に子供を育てるって無理の話だよねって言うんだったら、 もう人間いないじゃないですか。
そういうことじゃないじゃんと思って。
大変なことはそれはあるけど、 無理芸だからやれねえっていう扱いをするようなことではなくて、
でもやっぱりかなりの無理がかかってるから無理芸なんですよ。
だからそこを解消っていうのかな、 無理じゃないくらいの程度になってればできるじゃんっていうのを、
ちょっと探していきたいなという感じがしますね。
私自身は、前もちょっとトムバタ系のフルタイムの話とかしましたけど、
してましたけど、それは、それも、やっぱり、何だろうな、
もうちょっと余裕を持つというか、 無理じゃないようにやっていくっていう思考なのかなっていうのはちょっと思ったかな。
さっきのAI使ってっていうのも、 身体的な無理も精神的な無理に陥り切らないように使うっていうのはすごく有効だと思うというふうに思えるし、
前トムバタ系のところにも言ったんですけど、 父親が子育てしなきゃ無理だよねっていう話を私はそのときしたんですけど、
あれもちょっとどうかなって自分でもちょっと思って、
無理を解消するっていろんな形があると思うなと思うんですよね。
別に、何だろう、子育て、夫が子育てしなきゃいけない、
トムバタラッキーのトム育てっていうのかな、 一緒に子育てするっていうのは当たり前だよねっていうこと、
じゃあ、いろんな人には別に当てはまるわけじゃないとは思ってて、
でも別々の、それこそ男が仕事、女が家庭ってやってたとしても、
そこに身体的精神的な余裕があって不満が少ない、 満足もあるみたいな感じの状態であれば別に何だっていいわけですよね。
その状態になってないからイライラしたりとか不満があったりとか無理げんになっているってことだから、
それが一緒に子育てを二人でするってことなのかもしれないし、 他のサポートを使えるようにしようって話なのかもしれないし、
時間は取れないけど気持ちは寄り添うってことなのかもしれないし、
何だか分からないけど、そういうことをやってて、
みんなが無理無理やって無理な社会は社会構造にあると思うので、
そこを何で無理なのかって出して無理じゃない社会の方にしていきたいなって思うかなって最近思いますね。
社会構造の課題と具体的な事例
社会って言っているのは何かって言うと、 政治だったりとかそういうことにもなると思うので、
どうなってくれりゃいいんだよっていうのをちゃんと構造的に伝えるっていうのが必要かなって思うんですよね。
目の前の大変さを、これが大変なんですっていうのを言うのはちょっと違うんですよ。
目の前の大変さはあるんだけど、それが違うんです。
じゃあそれできるようにしようねっていうふうにするのって実は違ってて、
具体的に例えば言うと、2つ思いつくのが、
保育園に預けられないから困るんです。仕事できないんです。子育てもきつくなるんです。
じゃあ保育園増やしましょうねっていうのとか、 行政がやりましたよね。増やしましたってやりましたよねとか、
あと群馬県の話で話題になっている問題って私は思いますけど、
小学校、高崎県の小学校が朝7時から門を開けるっていうことを最近やり始めたんです。
最近で今年度から始めたそうなんですよね。
これも親が子供を、仕事に行かなきゃいけないのに子供を預けるところがなくて、
学校も開いてないし、家に一人置いておけないしってなって困ってるんですよね。
そうなって、じゃあ学校開けておきましょうみたいな感じで、
どういう経緯がちゃんとあったのかはしっかり読んだわけじゃないですけど、一応記事はいろいろ読んだけど、
そんな感じで決まって朝7時から学校が開くんですよ。
それって本当に目の前の事象、ただ思ったことを問題だね、
それを知った人がじゃあそうしようねって決めちゃったようにしかちょっと見えてなくて、
学校の先生とかは9割数字がちゃんと調べなきゃいけないけど、
かなりの先生たちからは反対だされたんだけど、始まっちゃったんですよね。
誰が見る、誰がその子供の安全性を担保するんだ。
学校の先生は別に8時からの出勤時間でちゃんと出ればいいから、
公務員、公務の業務員の人が開けるから大丈夫だみたいな感じで言ったらしいんだけど、
基本ありえないですよね。公務の人は別に子供を見る能力ないから別に、
公務をするお仕事をしている人なんで、鍵を開ければいいってもんじゃないですよね。
あちこちに子供がいたら怪我とかしたりとか何かトラブルがあったらどうするのっていうことになると、
学校の先生は結局出なきゃいけないじゃんみたいな話になっちゃって、
もうちょっと構造的な話が本来あるはずなんだけど、
私はどっちかというと、さっきの保育園の話もこの学校の話もそうなんですけど、
仕事があるから送られないから早く行かなきゃだからっていうんだったら、
仕事を何とかしなきゃいけないはずだと思うんですよ、どっちかというと。
仕事の方を何とかしなきゃいけない。
だったらその親に仕事の方で何とか調整しろよっていうのもきついじゃないですか。
仕事の方で何とかならないからそう言ってるんだから。
でもじゃあ仕事の方が何とかならないのは何でなんていう、
何で仕事の方が何とかならないの?何とかできる方法ないの?
何とかできる方法を考えきってるの、仕事会社の職場の方はっていうところで、
考えてるけど無理なんだよってあるじゃないですか。
じゃあ何でそれも無理なんていう、もちろん堂々巡りになっちゃうけど、
もっと社会の構造がここを目指そうとしてるから、
そこに合わせようとすると無理なんだよが、こう続いてるんだと思うんですよ。
その根本的なところをちゃんと考え直せば、
うまく回る方法あると思ってて、そこを何とかしたいんじゃないの?
という思いが最近ありまして、最近とかずっとありまして、
今後の展望とアウトプット
こだわって無理やり解きほぐすって形で何か喋っていけないなということを思ってますが、
別に体系的に話すつもりもなくて、日常のいろいろ、
頭の整理するのにちょいちょいアウトプットしていきたいなってことを思っています。
そんな感じで、ちょっと話すこともなくて何に話すのかなと思ってたんですけど、
そんなことを始めましたっていうのを、ちょっと喋って今日終わりにしようかなと思います。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の後ろに新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
ダカランでした。それではまた会いましょう。
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