#74 親子とゲーム
2026-06-27 17:46

#74 親子とゲーム

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第74回は、定期的に話題になるゲーム禁止の家庭についての話。そんなところから自分とゲームはどうだったのか、今の家庭とゲームはどんな関係なのか という話をすることにしました #ゲーム #声日記

  • 縁乃庭|ご縁をつなぐ場 | 古民家再生し、地域の皆さまの居場所作り https://en-no-ba.com/

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サマリー

今回のエピソードでは、定期的に話題になるゲーム禁止家庭の背景から、自身のゲーム体験が語られます。親がゲームを制限する理由は、単なる嫌悪だけでなく、親のサポートや時間不足など多岐にわたることが「縁乃庭」での経験から指摘されました。子どもたちが多様なゲームを体験できる公共の場や、ゲームを通じたプレイスキルの伝承、そして現実では体験しにくいことを疑似体験できるゲームの教育的価値が強調されています。最終的に、異なる意見を持つ人々がゲームについて偏見なく話し合い、繋がれる場の重要性が訴えられました。

ゲーム禁止家庭の話題
高見知英のゲームの話しかしないポッドキャスト第74回。今回は定期的に話題になるゲーム禁止の家庭についての話と、そこから自分とゲームはどうだったのかとかそんな話をしようと思いました。のでその話をします。
今回の発端はどこかの新聞にうちの家庭はゲームを禁止させてましたっていうような、これは自慢話みたいな方向性で書きたかったんでしょうかね。そんな記事が投書されてたっていうのを言及するところから始まってましたがね。
まあこういうようなゲームを禁止する家庭についての話ってね特にねXではしょっちゅう見かけます。まあ大体ね本当に月に1回ぐらいはこの話題出るんじゃないかなぐらいに思ってます。なのでまあ今回もねそんな話では「またか」っていうところではあるんですが。
まあ結構ねそこから「うちも禁止されてましたよ」というような家庭がちょこちょこXでもあがってましたね。まあそういうところもあるよねっていうふうには個人的には思っております。まあその話はちょこちょこ聞くので。
自身のゲーム体験
うちはまあここでも何度か言及している通りゲームっていうのは基本的に一切禁止はされませんでした。というよりまあ実際母の方がハマってたんですよね。なので基本的に母がゲームは全部買ってる。でそのお下がりを自分が遊ぶっていう感じでした。
まあそれでもねたまには母の趣味にどうしても合わない。でも自分はちょっとやってみたいなっていうゲームがあってそれはもちろん買ってましたけども。それでも全体で学生時代全部合わせて両手で数えられるぐらいしか買ってないんじゃないかなっていうような感じがします。
まあおかげさまでねお年玉がたまるたまるですので全然ねそんなゲームを買うには困らなかったっていう感じだったりするんですが。まあそういうような感じで基本的にゲームの遊ぶ時間の制限とかそういうのは一切ありませんでした。まあ母の方がね遊ぶ時間も多かったなというふうに思います。
今でもねNintendo Switch2が出るぞって言われた時点でもうすでにSwitch1のプレイ時間って通算で1万時間超えたんじゃないかなぐらいはありました。で実際本当に今はSwitch2を自分も母も持っているっていうような状態です。まあ2買ってからももう結構な時間遊んでるんじゃないかなっていう感じですかね。
まあそんな感じで自分はゲーム一切規制はされなかったし、むしろね本当に「宿題やったの?」とか「勉強しなさい」とか言われたことがないけれど「ゲームやらないの?」って言われたことはありますっていうのはね。それを以前ね地元のラジオ番組のゲームっていうテーマの投書に送ったら大笑いされたことがありました。
でもそういうのもいいよねみたいなふうにフォローされたのを覚えています。まああれが本当に本心だったかどうかまではね自分はわかんないんですけどね。
親がゲームを制限する理由
ただちょっとここで話を聞いてて思ったことが一つあって、それは山手縁乃庭の街のお茶の間子どものフリースペースで色々とゲームに関わっていて、あるいはその周りの特にスタッフとかその関係で来てらっしゃる方々親御さんのお話を聞いたところからなんですよね。
スタッフ的に活動されている方にも子育て真っ最中の親御さんいらっしゃいまして、その方からお話を聞いたところなんですが、やっぱりゲームをやらせたくない理由って結構やっぱり色々あるんだよねっていうようなところなんですよね。
その方はゲームはあんまり基本的には子どもにはやらせていないということなんですが、まあその話を聞いたのは2、3年前の話なんで今はわかんないですけども。やらせてなかった理由としてはやっぱり親がそのサポートに入らなきゃいけなくなるから。
あとはその方の家庭では2人姉妹のお子さんがいるんですが、2人の中でやっぱりゲームについて色々と話し合いが起こったり、「自分がやる!」とかって結構揉め事が起こったりして、その仲裁に入らなきゃいけなくなる。そんな時間がないから自分はゲーム買わせてないんですっていうような話だったんですね。
まあそれはね、ご本人の活動を見ててもすごく思うんですよ。まあ確かにそんな時間はないわなっていう。この辺についてはね、昔戦隊モノのおもちゃとかがあんまり買われない理由っていうのの一つに、意外とロボットの組み合わせとか複雑なので、親がサポートに入らないといけない。でも親はそんな時間ないから買わないっていうね、そんなことがあるっていう話を聞いたことがありますが、まさにそれと同じなんですよ。
ゲーム自体が意外と難しかったり、アップデートとかそういう処理がめんどくさかったり、そういう時に親がどっかしらで入らなきゃいけない。その入る時間が取れないから、じゃあうちはゲームは無理だねっていう話になるっていうケースがある。そんな話っていうのはあるっていうところはよく聞きました。
正直ね、こういうところを見て思ったのは、本当に「ゲームは嫌いだから買わせません」っていうだけじゃないんだよっていうようなところなんですよね。だから意外とそこについてはあんまり深掘りされてないな。
まあ実際ね、今回の投書もそうですし、結構反応で上がったのは、やっぱりうちはゲームを買わせませんっていうのが、やっぱりあなたが食わず嫌いしてるだけでしょっていうケースがすごく多いんですよ。そういう話は聞いたんですけれども、やっぱりそうじゃない理由もあるんだよっていうところぐらいは把握しておいたほうがいいんだろうなっていうふうに思って、ちょっと今回そんな話をしてみました。
ゲーム体験の場と多様性
まあこれを聞いて思うのは、なんていうか、本当にね、とりあえずゲームをやる場がもっとあったほうがいいんじゃないのっていうようなところが少しあったりしました。やっぱりね、縁乃庭みたいなところもありますが、親がゲームを買い与えるか否か、イコールゲームと関わる体験があるかどうかっていうようなところに直結してしまうっていうね、その状況が良くないなっていうふうに思ったりするところなんですよね。
実際ゲーム買ってもらえなかったから友達の家に行って遊んでたよっていうみたいな話もXされてましたが、それ以外にも例えば本当に縁乃庭みたいな場所でゲームができるよみたいなね、そんな場がもっとあってもいいのかなっていうふうに思うことがあります。
そしてそれこそね、もう縁乃庭では時間的な制限もあって、やっぱり遊べるゲームがほとんどレースとかアクションとかそういうものに限られてしまいますが、そうじゃないゲーム、例えば本当にRPGとかシミュレーションとかそういうようなゲームができる場が、ああいうまあ半公共的な場っていうんですかね、そういうような場にあってもいいのかななんていうふうに思うところではあります。
やっぱりそこからじゃないと見えてこないゲームの面白さとか、そこから得られる学びとかそういうのもあると思いますので、そういうゲームのことを考えられるスペースっていうのがもっとあってもいいんだろうなっていうふうに思いますかね。
実際に自分の縁乃庭でも今までいろいろと見てきましたが、やっぱりできるものできないものって結構あるんですよね。
実際時々、まあ子どもたちがどんなゲームやってるのかなっていうのは所々見てはいるんです。
アイコンとかでもゲーム画面とかでも分かるものは大体分かるようになってきたので。
そうすると意外とRPGやってる子やってるんですよ。
ポケモンレジェンズアルセウスとか、あとZ-Aやってる子もいましたし、あとはペーパーマリオRPG、これをやってる子もいましたかね。
あとはこの間びっくりしたのが、ファイナルファンタジー7、FF7リメイクなんかもあるっていうのがありました。
あれはね、実はCERO Cだからちょっとあれをゲームに入れてるのはどうなのよっていうのはあるんですが、
それは置いといて、それでもやる子いるんだなっていうのは正直驚いてはいます。
当然ながらあそこではあんまりやらないですけどね。
自慢的にやってる子っていうのは少しいるんですけども、大抵そんなに仲良くやらないっていうケースが多いです。
あんな場ですからね、あんなにわーわーみんなが騒いでるような場でゆっくりRPGなんかできるわけないだろうっていうのはよくわかります。
それからその他だと、なんかFall Guysのゲームアイコンが入ってる子もいましたね。
だからああいうのやってるんだっていう風に見て驚いてたもんですね。
逆にSwitch1だったんですけど、Switch1でFall Guys普通にできたんだっていうのは、自分は重くてあんまりやる気になれなかったんですけどねっていう風に思ってたんですけども。
そんな感じのゲームなんかもあったりします。
当然ながらね、Fall Guysも縁乃庭ではできないんですよね。
1つの画面でできるのは1人だけなので、結局1人がゲームプレイで遊んで、周りがギャラリーとして見守るっていうような遊び方もあるんですけれども、
やっぱりそういうようなことができるような場ではあんまりないので、あんまりそういうようなゲームを縁乃庭ではできない。
でもああいうようなゲームができる場があってもいいよねっていうのはすごく思ったりはするんですよ。
ああいう縁乃庭みたいなところで、RPGとかFall Guysみたいなゲームとか、そういうようなところに話をする機会っていうのが、大人と子どもが話す機会っていうのがあってもいいよねっていうふうに思ったりはします。
プレイスキルの伝承と学び
例えばね、本当にプレイスキルの伝承とかそういうような点でもそうですよね。
例えばこういう時にはこういうふうにしたほうがいいかもねとか、レベルの安全マージンのレベルを考えたほうがいいよとかいう話ですかね。
あとはこういうゲームでここはこういうふうに考えたほうがいいんじゃないのとかいうような話。
あとはポケモンだったらポケモンの相性の話とかもありますよね。
結構ね、やっぱりポケモンについては意外と相性を考えなくても何とか立ち回れてしまうっていうようなゲームデザインにはなってはいるみたいなんですけれども、
やっぱりそこはね、なんかうまく考えるんなら考えてもいいのかなっていうふうに思ったりはします。
実際縁乃庭でも例えば将棋のプレイについて「こここう打つとこうなっちゃうからこうやったほうがより有利にいけるよね」みたいなアドバイスをしたりしてる風景もあったりしますし、
それがなんかゲーム版としてあってもいいのかななんていうふうに思ったりもします。
あとはね、自分自身も本当に昔々なんですけども、母と自分が同じゲームをやって、同じゲームはRPGなんですけども、
そのゲームでね、戦闘不能回数っていうのをカウントして報告してくれるっていう隠しキャラがいたんですよ。
それで見たのがやっぱり自分は基本的に2桁ぐらいやられてた。みんなやられてたんですけども、
母はほとんど0、また1か2ぐらいでほとんどみんなゲームクリアできてるっていうので、
なんでこんなにうまくプレイできたんだろうなっていうふうに思ったりしてたところが原点にありました。
そんなところから自分はいかにどううまくやればノーダメージでクリアできるのかなとか有利に立ち回れるのかなとかいうのをそれがきっかけで考えるようになったのかなっていうふうに思います。
だからそんな感じで、そういうようなプレイスキルを伝承していくとか、そんなことができてもいいのかなっていうふうにも思ったりしました。
ゲームに関する対話と疑似体験の価値
まあその他にもね、親御さん同士とか大人の間でも、やっぱり本当にゲームについて変な偏見なくポジティブな意見を交わしあえる場っていうのがあってもいいなったように思います。
やっぱりゲームが好きな人たち同士の会話だと、やっぱりこのゲーム今度出るんだけどさどうするとかそういうような話になりがちですし、
やっぱり後はいろいろ時代考証とかそういうのが好きな人たちのコミュニティとかそういうのもありますし、
まあいろんなコミュニティはあるんだけどもやっぱりこのゲームってうちの子にやらせても大丈夫かなとかそういうような話っていうのはなかなかやっぱりできないんですよね。
たまにねそういうエピソードがある。親がゲームを子どもとやる時とか子どもに買い与える時とかどうすればいいのみたいなそんな話がテーマとして上がるような、
例えばねゲーム系のポッドキャストとかもあるにはありますがそれも滅多にあるエピソードではないんですよね。
だからそういうのをなんか割と日常的に話せるような場っていうのは別にあってもいいよねっていうふうに思ったりします。
まあそれこそね先ほどのCEROの話とかもそうですね。やっぱりCEROだと画像的にちょっと過剰に反応しすぎてるところとかあったりしますし、
意外と文章で見過ごされてるけどこれちょっと子どもさんにはきついんじゃないのっていうような表現があるようなゲームとかもあったりします。
やっぱりね本当に文言的にこれは考える人にとっては逆にきついよとかそういうようなゲームとかもあったりすると思うので、
やっぱりそこの辺についてはちゃんと話し合って、話し合った上でこの子どもさんにやってもらっていいかどうかっていうのを相談できるような場っていうのもあってもいいよねっていうふうにはすごく思うんです。
やっぱりねゲームって本当に今この現代では体験しづらいことを体験できないことを体験できる場だとは思うんです。
例えば震災からの復興とかそういうところの生活はどうするのっていう話とか、やっぱりあとは日本ではないですけれども紛争に巻き込まれた人はどうするのとか、
紛争を起こす側の心理とかもそうですし、やっぱりそういうようなところに触れるっていうこともできます。
あとは海のそばにある人の暮らしとか湖のそばで暮らすってどういうことだろうとか、田舎の暮らしってどんなのかな、都会の暮らしってどんなのかなとか、
そういうようないろんな暮らし方っていうのを疑似体験できるいい機会だと思うんです。
もちろんそんなのリアルで体験した方がいいじゃんっていうことを言う人もいるんですけれども、別に片方しか体験できないわけじゃないですからね。
両方体験できるならした方がいいと思いますよ。もちろん戦争とかはリアルで体験したくないですけれども、
そうじゃなくていろんなものを触る体験とかね、そういうのは別にゲームでまず体験して、それをリアルで体験するでもいいし、
むしろそうした方がよりリアルな体験が色づいて見えるんじゃないかなっていうふうに自分は思っています。
だからそういうようないろんな体験の仕方ができるっていうのがゲームじゃないのかなっていうふうに思っています。
異なる意見を持つ人々との繋がり
この辺についてはね、以前にもここまででもいろいろとお話をしたので、気になる方は前のエピソードでもたどっていただければいいなっていうふうに思うんですが、
なんか本当にそういう擬似体験ができる場としてゲームってすごくいいなって思いますし、
何よりその選択をするのは常にプレイヤーである自分自身なので、やっぱり他のメディア、小説とかアニメとかそういうようなもので、
それを体験するのとはやっぱりちょっと違うと思うんですよね。
だからそれもあってゲームというものをもっともっと注目されていいなっていうふうに思いますし、
それについて話し合う場、やっぱりできる人とできない人が話し合う場っていうのがあってもいいのかなっていうふうに思います。
やっぱり先ほどの冒頭のゲーム禁止の家庭についても圧倒的に足りなかったのは、やっぱり親がその世代にも当然いたであろうゲーム好きな人と話す機会だったと思うんですよね。
やっぱりゲームってこういうものがあるんだ、こういうところが気をつけなきゃいけないところなんだとか、
そういうものを意見交換する機会に恵まれなかったってことなんじゃないかなっていうふうに思うんです。
だからこそまずは繋がることがとにかく大事。
なるべくやっぱり自分と異なる意見の人と繋がることが大事。
昔はリアルな場の制約っていうのもあったのでなかなか難しかったんだろうなというふうに思いますけれども、
まあ今の時代だったらネットがありますからね。
ネットで本当に全然関係ない分野の人、例えば本当にゲーム食わず嫌いしてる人もそうだし、
いろんな事情があってゲーム遊ばせられない人もそうだし、
あとはね、本当に時間的余裕があって、ゲーム入りたいんだけど入れないんだよねっていうふうに思う人とか、
そういうような人。
意外とね、やっぱりね、たびたびこれもまた話をしてますが意外とね、
やっぱりゲームって興味のある大人っているんですよ。
今までゲームに触れてこなかったから今さら触れないんだけども、
話聞いてみると、え、そんなゲームあるんだっていうね、
そういうようなことを言うような人って意外といるんです。
だからそういうような人がゲームに触れる機会とかね、
そういうような場になるっていう意味でも、
なんか本当、自分のやってる街のお茶の間、子どものフリースペースみたいな場が、
もっともっといろんなところであってもいいのかななんていうふうに自分は思っています。
エンディング
というところで長くなりました。
今回の話、これぐらいで終わりにしていこうと思います。
この高見知英のゲームの話しかしないポッドキャスト、
隔週の土曜日の17時にこんな感じでいろんな話をしております。
その他、平日毎日配信のちえラジChatとか、
あとは第1、第3、第5の金曜日に配信をしています、
まちのえんがわキャストなど様々なポッドキャストを自分は配信しております。
LISTENのユーザーページなどからたどっていただければいいなというふうに思います。
こんな感じでこの高見知英のゲームの話しかしないポッドキャスト、
第74回終わりにしていきたいと思います。
ではでは。
17:46

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