旅の始まりとイントラムロスの紹介
耳で旅する週末-ミミタビ-のお時間です。この番組は、旅と旅行が好きなサラリーマンRyotaが、働くあなたの週末に耳で楽しむ非日常のひと時をお届けします。
音で声で耳で、次の休みに行きたくなる、そんなエピソードをお楽しみください。
Ryotaです。今日は、耳で旅するマニラ-イントラムロス編。
はい、ということで、僕はですね、旅の醍醐味の一つは、越境すること、境を越えることだと思っていて、
その越境っていうのは、国境を越えることでもあるし、言葉の壁や文化の違いを越えていくっていうことでもあるんですけど、
旅とか旅行してると、ふとした瞬間に思いがけない体験に驚くことがあると思うんですね。
僕はそれもまた越境だなと思っていて、今日はその越境をテーマに、フィリピン・マニラによるイントラムロスという場所についての話をしていきます。
僕がフィリピンに行った時っていうのは、2024年の1月です。
これ一応目的があって、1週間程度なんですけど、現地の英語学校に通ってました。
これはマニラとかセブによくある英語留学とかじゃなくて、現地の駐在員の方が通うような英語学校に通わせてもらって、
この時はマニラのマカティっていう場所があるんですけど、そのマニラ中心部のマカティに、
エアビーで借りたタワーマンション、いわゆる東南アジアでいうコンドミニアムの一室を借りてですね、英語学校に通ってました。
英語がいつまでもうまくならないんですけど、何かしらのきっかけが欲しいなと思って、
短い間なんですけど、英語学校に通ってみました。
その時は午前中から午後1時くらいまでは英語学校に行って、その後はふずこのプールでやったり、
ショッピングモールのカフェでね、すずみながら過ごしたりして、結構のんびりした1週間を送ってました。
だからほとんど観光という観光はしてないマニラの滞在です。
ただ最終日に1日だけ観光しようと思って、観光地を回ったというのがあるので、
もうちょっとその時の話というのをしていきます。
これからそんなマニラの観光地イントラムロスについて話していきます。
イントラムロスの歴史と文化
マニラにはですね、あんまり観光地多くないんですね。
カジノとか水族館とかエンタメ系の観光施設というのはいくつかあるんですけど、
歴史系のというところでいうと、あんまり多くはなくて、
それもすべて今から紹介するイントラムロスという場所の周辺にまとまっています。
そういう意味ではね、1日で結構主要なところは観光できるので、観光しやすい都市ではあります。
このイントラムロスってどういう意味かというと、スペイン語みたいなんですけど、
スペイン語で壁の内側を示す言葉みたいです。
だから今もイントラムロスは壁で囲まれていて、城壁が残るエリアになっています。
これいつできたかというと、16世紀にスペイン人がやってきて、スペイン人によって築かれているんですけど、
それからフィリピンがスペインの宿民地になるので、スペインによるフィリピン統治の拠点というふうになっています。
太平洋を渡ってアメリカ大陸の国とマニラガリオン貿易というのをスペインにあるんですけど、
そこの拠点になっているところですね。
だからもうマニラ湾の河口に比較的近くて、その城塞の隣には大きな川が流れているというような場所ですね。
船で横付けできたんだろうなというような作りになっています。
そんなイントラムロスを歩いていると、スペインの宿民地時代の面影というのが結構いろんなところに残っていて、
建物とか石畳の道であったりというところで、すごくスペイン宿民地時代の面影というのが広く残っていて、
歴史の積み重なりみたいなのがすごく感じられる場所です。
僕も行ってから知った部分がすごく多いんですけど、フィリピンの歴史ってすごくハードなんですよね。
どういうふうにハードかといったら、いろんな国がやってきて統治していくみたいなことが繰り返されている国です。
そもそも場所から考えてみると、フィリピンは台湾の南にあって、
これってもう東南アジアとか東アジアからも近いし、
太平洋、オーストラリアとかニュージーランドとかハワイとかも含めて、
そういったところの太平洋、それの延長にはもちろんアメリカがあるわけですけど、
東南アジア、東アジア、太平洋をつなぐ真ん中に位置しているのがフィリピンの諸島国家になっていると。
この統治の歴史でいうと有名なのはスペインとアメリカなんですけど、
もちろん日本も世界大戦中、日本による統治時代というのもあったんですけど、
歴史をさかのぼっていくとスペインよりも前ですね、
中国やインド、アラブ、何かの複数の文化がやってきている多文化社会になっているみたいです。
だからみんな南東とかフィリピンの島によっては宗教がイスラム教であったりして、
結構諸島国家という特性上は島によって言語や宗教なんかも分かれているみたいで、
実は多文化社会なんですよね、フィリピンというのは。
イントラムロスってフィリピンの多文化社会とか歴史を象徴する場所だなと思うんですけど、
サン・アグスティアン教会の体験
そこでいくつか旅の醍醐味である越境するような瞬間というのを味わったので、
そんな話を続けてしていきます。
イントラムロスにはサン・アグスティアン教会というカトリックの教会があります。
フィリピンは80%の人がカトリックって言われているみたいで、
これね、意外と少ないんですよね。
意外と少ないっていうのは宗教がカトリックで、
公用語が英語の国っていうのが意外と少ないんですよ、世界に。
これ結構意外じゃないですか。
僕もすごく意外だなと思ったんですけど、
英語圏の国ってプロテスタントの国が多いから意外とカトリックの国がないし、
ヨーロッパのカトリックの国、スペインとかポルトガルなんかは、
スペイン語とかポルトガル語とかね、自国の言語ってのがあるので、
カトリックと英語って意外と組み合わせとしては少ない。
これチャットGPTで調べてみたら、
パラオとドミニカなんかは当てはまるみたいなんですけど、
とにかくすごく意外と少数の組み合わせにあっているみたいです。
そんなサン・アグスティアン教会なんですけど、
これは坂井さんにもなっていて、
1600年前後に建てられた教会ということになっていて、
すごく当時の様子ってのが感じられる、残っている教会になっています。
しかもバラック様式の石造りの教会で、
当時の1600年前後のヨーロッパの教会と、
何ら遜色がないぐらいすごく立派な教会になっていて、
例えばウィーンとかにあったって全然違和感も遜色もない教会で、
400年前にヨーロッパから遠く離れた土地で、
こんな立派な教会が建てられていたっていうのが、
すごく信じられないぐらい立派な教会でした。
観光するときに閉設の博物館があるんですけど、
その博物館ってのが元修道院だった場所で、
石造りの回廊になっているんですよね。
その回廊にいろんな部屋があって、
キリスト教関係、カトリック関係に関する美術品であったり、
信仰に関するものであったり、絵画であったりというものが展示されているし、
あとさっき言ったようにフィリピンのマニラガリアン貿易に関する
イントラムロスの歴史についての展示なんかもあったりして、
すごく見応えがありました。
ぜひマニラ行く人は大抵行くんでしょうけど、
イントラムロスもサンアングスティアン教会ももちろん行くんでしょうけど、
僕はこの教会の修道院の回廊を歩いているときがすごくいい気分で、
季節的にも涼しいっていうのもあったんですけど、
この修道院の回廊を歩いていたら遠くから音楽が聞こえてきて、
それがパイプオルガンによる音楽なんですけど、石造りの回廊だから、
それが遠くから響いて聞こえてくるんですよね。
それが近づいていくとどんどん音が大きくなるっていうようなところで、
これ何の音なのかなと思ってその音のする方向に歩いていっていくと、
その回廊を最後曲がると大聖堂の祭壇の近くですよね。
すぐ脇に出るんですよね。
ただ柵の扉はあるので中に入ることはできないけど、
覗いて中を見ることができるようになっていて、
そこで結婚式をやってたんですよね。
その音が聞こえてきて、ちょっとずつ近づいていって、
祭壇の脇っちょに出て結婚式をやっている。
ちょっとそのときの音を流します。
だんだん音が近づいてくるの分かりますかね。
これ音を録ろうと思って動画を回したわけじゃなくて、
回廊がいい雰囲気だなと思って、
動画を回していたらいい音がしてそっちに歩いていったら、
予期せぬものと出会ったっていうような感じですね。
やっぱりこういう結婚式、大聖堂でアジア人が参列しているわけですよね。
もちろんアジアフィリピンの方が結婚式を挙げていて、
そこに参列している方もアジアの方、フィリピンの方で、
一種独特な雰囲気があるなと僕は思っていて、
やっぱりキリスト教とかカトリックって西洋由来のものってイメージがすごく、
少なくとも僕の中にはあるんですけど、
それがアジアとかでアジア人が挙げているのを見ると、
なんだかちょっと別の世界線に入ったような、少しだけ不思議な気分になれて、
そういうのがすごくいいなって思います。
そういうところから感じる違和感みたいなところから、
そういえばカトリックと英語の組み合わせって意外と少ないんだなとか、
そういう文化的な気づけみたいなのを得られたりもして、
僕はすごくそういうのが好きな瞬間ですね。
これもその時考えたことなんですけど、
フィリピンと同じように16世紀にスペイン人とかカトリックの人がやってきて、
19世紀にアメリカがやってきた国っていうのがあるんですよね。
それが日本なんですけど、
でもね、日本って結局江戸時代には鎖国して、
キリスト教の弾圧とかも行っていたから、
キリシタン大名みたいなのは戦国時代にはもちろんいたし、
隠れキリシタンの歴史とかっていうのは江戸時代に通してあるんですけど、
同じようにカトリックの人がやってきた国であるし、
19世紀にはアメリカがやってきた国。
でも今の日本はもちろんアメリカの影響下にはすごく強くあるけど、
言語は英語ではないし、宗教的な影響を受けているわけでもないし、
そういう意味ではそこまでスペインとアメリカの文化的な影響というのが
ホセリサールとフィリピンの歴史
今の日本にあるわけじゃないんだけど、
フィリピンの結婚式をあげているのを見ると、
すごく歴史のifのifなんだけど、カトリックで英語っていう、
もしかしたらあり得たかもしれない日本の歴史みたいなのが感じました。
続いてフィリピンの英雄ホセリサールについて話していくんですけど、
フィリピンに行ったりフィリピンの歴史について調べているときは
必ず出てくるのはホセリサールっていう人で、
これはフィリピンの英雄と呼ばれている人なんですね。
彼は35歳の若さでフィリピンの独立運動を戦って亡くなるんですけど、
すごく尊敬されていて、
イントロムロスの隣にホセリサールのリサール公園っていう
フィリピン最大級の都市公園があって、彼の名前がついて、
しかも一番いい場所にホセリサールの銅像っていうすごく巨大な銅像も建っていたりして、
今のフィリピンでホセリサールってすごく親しまれているし、
尊敬されているんだろうなっていうのが伝わる人物になっています。
ただね、彼は独立運動を戦っているけど、独立の前には亡くなっているんですね。
独立の父とも呼ばれているんですけど、
ただね、このフィリピンの独立や建国にあたっての精神的な支柱になった存在なのかなって僕は受け取って、
元は医者であり作家なんですよね。
医者であり小説家っていうすごく多才な方なんですけど、
しかもすごく言語が得意だったみたいで、多言語話者だったんですよね。
一説によると20カ国ぐらい喋って、日本語も少し喋れたみたいな話がある。
すごく天才ですよね。天才型の英雄だなと思ったんですけど、
なんかね、結構非暴力っていうところを掲げた面もあったみたいで、
国民国家ができるときにフィリピンの方の国民意識の形成に寄与した方なんだろうなって、
サンチャガ要塞の歴史
その小説や詩を通していろいろ調べた結果を僕はそういうふうに感じました。
イントラムラスの中にサンチャガ要塞っていう場所があって、
これがホセリサールに関係した観光スポットになってるんですね。
サンチャガ要塞っていうのはイントラムラスの一番奥にあって、
これも元は16世紀にスペイン人がやってきたときに建築された要塞になってます。
さっき言ったようにマニラ統治のために建築された要塞で、
マニラの統治の中心であり、マニラガリアン汚染防疫の拠点でもあった場所。
ここにホセリサールっていうのが独立運動を起こして、最後銃殺されるんですけど、
その銃殺前に遊兵されていた場所もこのサンチャガ要塞なんですね。
これはやっぱりいろんな歴史があって、このサンチャガ要塞には。
さっき言ったようにスペイン人が作ったんですけど、
19世紀末にはホセリサールが遊兵された場所でもあるし、
その後のアメリカ統治の時代っていうのもあって、
その時には兵器庫として使われてもいたし、
世界大戦中に日本軍がやってきたときは日本の憲兵隊の本部にもなっていたっていう、
結構複数の歴史がある場所になってます。
マニラの貧困と衝撃的な体験
この要塞、確かベッド入場より必要だったんですけど、
地下に降りていくと結構驚くんですけど、
地下に降りて階段を降りていくと、
要塞なんで石とか土とかっていうような造りになっていて、
地下に潜っていくんですけど、
するとそこに当時の日本軍とかフィリピン人たちの成功ですごくリアルな人形っていうのが飾られてるんですね。
老人形みたいな感じをイメージしてもらうといいんですけど、
そこっていうのは日本とアメリカが戦いがあったわけですよね、マニラで。
その時にマニラ大虐殺と呼ばれる虐殺が1945年に起こっている。
この事件に関してはちょっと僕触れるほどの知識はないので深くはしゃべれないんですけど、
少なくともマニラの政府はこのマニラ大虐殺について、
日本軍がひどいことをしたっていうのを展示で語り継いでいるっていうような場所になっています。
だからね、これ僕全然知識なく行ったんで、
この要塞の地下をくぐってね、日本軍の人形が出てきた時っていうのはすごく軽い衝撃でしたね。
やっぱ直感的にこれ日本軍だなっていうのは着てるものとかでわかるんですけど、
それがひどいことをしているっていう、その展示場で展示の人形でもひどいことをしているという状態になっていて、
結構ね、これは本当に展示としての威力とかっていうのは相当ありましたね。
この対戦中の日本軍の行ったことに関してちょっと僕は知識がないので何か語ることはできないんですけど、
ただ少なくともフィリピンではそういう展示がされているっていうのは事実としてあったってことで、
それがねやっぱりちょっと軽い衝撃を受けると思います。
多分日本の人が何の気もなしに入ったらね。
まあそんな場所がありました。
で、こんな感じでスペイン、ホセリサール、日本軍とかアメリカとかね、
すごく情報量が詰まっている場所っていうのがマニュラのイントラムロスで、
でもそこはすごくフィリピンの近代史につながる重要な場所でもあるなと思うので、
色々とね調べると面白いなと思います。
で、僕このイントラムロス観光した後、さっき言ったようにこのイントラムロスの要塞って川沿いにあるんですね。
この川っていうのはパッシグ川っていう川で結構でかいんですよ。
どれぐらいでかいかというと、マニュラ中心部を北と南に分けているような、
最大の川幅200メートルぐらいある大きい川になっていて、
それが三丁場要塞の脇に流れているんですね。
これをあえて東京とかで例えると、江戸川とか荒川とかって東京湾の河口に比較的近くて、
東京湾に近づくと広く深くなるじゃないですか。
なんかああいう感じなんですよね。
そういう雰囲気のものが城塞の脇を流れているってちょっとイメージしてほしいんですけど、
そこに細長いボートが浮かんでいて、そのボートをよく見ると発泡スチロールの船なんですよね。
発泡スチロールを木の棒でつなぎ合わせた2メートルぐらいの細長い船で、
多分横幅は50センチぐらい、ヘリとかもないんですよね。
ヘリとかなくて本当にただ浮いているだけ。
発泡スチロールをつなぎ合わせた船が、細長い船がただ浮いているだけっていうね。
っていうものがその川を横断していて、
そこに乗っているのが本当に小学校低学年ぐらいの、
多分身長120センチぐらいだったのかなっていうぐらいの男の子が1人乗っていて、
しかもB5サイズぐらいの下敷きみたいな薄めの木の板だけを持って、
それをオールにして船に乗っていたんですよね。
で、これね、すごい僕見たとき、え?みたいな衝撃を受けて、
何だろうね、一瞬高揚するんですよね。
やっぱりその見た瞬間ってやっぱりすごいものを見たなみたいな感じの高揚っていうのがあって、
それを同じようにね、川沿いで休んでた、涼んでた観光客の人たちなんかも、
わー!みたいな感じに乗って、
その発泡スチロールの船に乗って、1人の少年が向こう岸からこちら側にやってきたんですよね。
その木の切れ端でオールみたいにして、
しかも体育座りしてたんですよ。
体育座りして、手をプランとだらさげて、パタパタってね、手首だけ動かして、
船はね、その川を横断してたんですね。
で、これ、今日のカバーアウトをこの少年の写真にするので、
後でね、写真見てほしいんですけど、
いや結構ね、普通に衝撃だったんですね。
で、その少年がその船をね、ボートで渡って何をしてたかって言ったら、
ゴミ集めてるんですよね。ゴミ集め。
で、フィリピンって、ある意味スラムが観光地化してるみたいなところもあるんですけど、
東南アジア最大級のスラムがフィリピンにはあって、
それがね、トンド地区とかスモーキーマウンテンと呼ばれてるようなスラムになって、
で、そこにはスカベンジャーと呼ばれるマニラの中でもね、
最も貧困の人たちがいるスラム街なんですけど、
一日ゴミを拾い集めて、何十円、何百円みたいな生活を送ってる人たちみたいなのがいて、
で、マニラの中心部にあるので、
イントラムノスとか、
そういうスモーキーマウンテンとかトンド地区っていうのもそんな離れてないんですよね、
直線距離で見ると。
そういう超有名なスラム街じゃなくても、
いろんな所々に貧しいエリアとかスラム街みたいなのがあって、
イントラムノス周辺にもそういったエリアってのが広がっているんですよね。
で、この少年もその川に浮かぶゴミを集めて、
そのボートの上にはゴミを回収するための袋っていうのが載っていて、
そんな感じの少年を見かけて、
この瞬間に二重の感情みたいなのがわき起こるんですけど、
さっき言ったようにマジカみたいな驚きですよね。
すごい圧倒的な光景。
こんな大きい川をこんな頼りないボートで渡っている少年がいるっていうことに対して、
感心もするし、驚きもあってね。
あともう一人大人が同じようにポスチロールのボートでゴミ拾いをしているのを、
その後別の場所でも目撃はしたんですけど、やっぱりしつくないんですよね。
そんなリスキーでチャレンジングなことをしている人って。
前にもそういう意味で言えば争いがない環境でゴミ拾いができるっていうことでもあるのかなと思うんですけど、
とにかく彼がこちら側に渡ってきたんですよね。
やっぱりみんな驚いたし、
こちら側に来てということは遠くから見ていたときはちょっと歓声が上がる感じだったんですけど、
実際にこちら側の岸にやってきたときはちょっとみんなどうすればいいんだろうみたいな感じで、
接し方に困っているような雰囲気が流れたんですけど、
何名かの方にチップ渡したりして、僕もちょっと写真を撮らせてもらったりしたから、
小学生ですけどチップ渡したりしたんですけど、
やっぱりもう一つの感情っていうのが驚きとは別にマニラの貧困の壮絶さみたいなのがすごく伝わるんですよね。
僕はトンド地区もスモーキーマウンテンとか他のスラム街も今回行ってなかったので、
マニラの貧困について語るほどのものは実はあまりないんですけど、
でもやっぱりフィリピンって実はすごく日本から近い場所なんですよね。
イントラムロスでの貧困と驚き
姿格好もアジア人で、もちろん日本人とは違うっていうのは見た目でも分かるんですけど、
そんなに大きく変わるわけでもないと同じアジアの人間で、
そういったところでゴミを拾うために発泡スチロールの船で川を渡る少年がいるっていう貧困があることですよね。
これ浸水したり転覆したらそこで一貫の終わりだろうし、
そういう貧困の壮絶さに驚くというか哀れむというか、
何とも言葉にできない感情になるんですね、あれを見ると。
だからその場には2つの感情みたいなのが渦巻いていて、
その驚きと哀れみなのかな、哀れみではないんだけど、
貧困を目撃することによる衝撃みたいな2つの感情が渦巻いていて、
何ともすごい瞬間だったなって思います。
普通その国を代表するような世界遺産とか観光地って、
増描きされているのが多いなと思うんですね、世界的には。
例えば貧困が見えないようになっているとかね、観光エリアとはそうじゃない場所では。
例えばインドの田島原だって中に入れば外の貧困は見えなくなるわけですよね。
田島原のあるアグラだって周辺は決して裕福というわけじゃないし、
ちょっと歩けば貧困が広がっているんですけど、
それだって田島原の中に入っちゃえば外の貧困は見えなくなるわけですけど、
このインタラムロスに関しては入場料払って観光地の中に入るわけですけど、
そこに河を渡ってやってくる少年がいたっていうのが、
やっぱりすごく衝撃的な瞬間で、不意打ちをくらう瞬間だったんですよね。
僕はこれこそが越境だなって思うのね。
彼がやってきたこと自体もすごく越境だし、彼が意図してたわけじゃないんだけど、
僕、スラムとか貧困のエリアに行くつもりなかったから、
精神的に疲れちゃう時もあるから、今回はその時は行かなかったんだけど、
それでも不意に越境してやってくるみたいなね。
結構ね、笑いとともに思い出すのがあるんだよね。
やっぱりその瞬間、見た瞬間の、なんだろうな。
そんなのがありました。
これは僕の中では未だに消化しきれていないものっていうのもたくさんあるんですけど、
こういう旅の忘れ得ぬ瞬間みたいなのがあるので、やっぱりいいなって思います。
マニラにおける日本人のコミュニティ
ということで、マニラに関しては語りたいことっていうのは実はもう何個かあるんですね。
僕はファン・ルーナっていうフィリピンの画家を知るんですけど、
このファン・ルーナっていう画家の絵の素晴らしさであったりもそうだし、
マニラの知恵であったりとかね。
マニラで見かける日本人についてっていうのも、どこかでいつか喋りたいなって思うんだよね。
日本の人って結構外国で日本人を警戒するなって僕は思ってて、
例えば中国人とかって社会作るわけじゃないですか、中華社会を他の国に行っても。
ある程度その国でまとまってるようなことってあると思うけど、
意外と外国に行くと日本の人って結構日本人を警戒してるんじゃないかなみたいなところが僕は感じるところがあるんですけど、
本当にマニラの日本人は他の日本人に一切信用してないんだろうなっていうぐらいすごく防御が固かったんですね。
それは多分いろんな事情というかね。
今でいうと闇バイトと関連づけられて語られるところでもあると思うので、
そういったところからいろんな警戒心みたいなのが生まれてるんだろうなって思うんですけど、
そういった外国で見かける日本人とか日本人のコミュニティとかということについて、
マニラも含めていつか誰かと喋る機会があるといいなって思ってます。
はい、ということで今日はマニラのイントラムラスで感じた越境です。
越境についての話でした。
はい、ということで今日はこんな感じです。
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飲んだ帰りの電車の中でちょっとゆっくり過ごしたい土曜日の朝に忙しい日常の合間に耳から始まる物語を
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それでは耳たびで良い旅を。