特に大学院の修士課程の方で、特にアメリカ市に重点を置いた研究をしておりました。
その時には、指導教授のテーマに沿った形での研究をしていたというところもあるので、
19世紀、20世紀、転換期にアメリカ合衆国がどのようにフィリピンを併合していったのかという歴史を研究していたんですけれども、
僕はちょっとその研究テーマが、研究史上とても大事なところがあるし、
しかもその研究をちゃんと重ねていけば、自分の指導教授が書いた歴史の本のような研究成果ができていく可能性があるというのは思っていたんですけれども、
多分一方で、当時の僕ってそこまでアメリカ市に興味があったわけではないんだなと、今振り返ってみて思うんですね。
で、それはただ歴史学を僕はやりたくていて、だから歴史学の学問的な学術史のところだとか、また歴史学概論とか歴史哲学とかには興味があったんですけど、
あんまり個別の地域の歴史をやることにはそこまでやっぱり興味を持てなかったんだなと振り返って思うんですね。
ただ、そう思いながら、そこからもう10年以上経って、自分がこのオクワイズの小さな町村で暮らしてって思ってるのが、
今やっぱりこういう仮想地域で暮らすときに、この地域が共同体としてどういうふうに維持できるんだろうかっていうのはちょっと思っていたりするんですね。
で、ちょっとそういうことを考えながら、去年の夏にフィリピン市とはまた別の指導教授のところで改めてゼミに参加して、
アメリカ史、シミリーズアメリカ合衆国の歴史っていう岩波新書で出た通しのやつを1巻から4巻まで読んで、
その時に、そもそもアメリカ合衆国っていったものがどういう国家で、
その共同体としてのアメリカ合衆国を維持するためにどういう試みをその当時の人々が行ってきたのかっていったものはすごく面白く感じたんです。
だから、今日はちょっとそのことを念頭にして、アメリカ合衆国の共同体としての歴史というものをちょっと皆さんの前で勉強して、それを報告してみました。
ありがとうございます。アメリカ史の共同体論というタイトルで、タイトルっていうのは、今回ね、報告会の話を先ほど伺ってきたんですけど、
もちろんアメリカ史の話なんだけど、それがね、この場所で福島県の三島町、さっきオクアイズっていう紹介があったんだけど、
それをね、このオクアイズの場所からアメリカ史の話を共同体っていう視点から勉強し直すっていうことの意義というか目的が多くあったようにすごく感じて、
これ聞いてる方に三島町が含まれる福島県のオクアイズっていうエリアがどういうエリアなのか教えていただければなと。
オクアイズっていうのは、例えば民族学のやっている赤坂範雄氏がちょっとその点について触れたことがあるんですけれども、
必ずしも明確な地理区分であったり、行政区分としてのオクアイズ地域っていうのはないんですね。
で、オクアイズ地域と呼ばれる場所には、例えば柳井津町だったり三島町だったり金山町だったり、
昭和村、太羅見町、日野寝又村、南藍津町、当たりまで含めている感じの非常に広域な地理概念というか、
地理区分ではなくあくまで概念的に存在する意識の場所というふうにちょっと言えると思うんですけど、
こういうとちょっと難しく感じるかもしれないんですが、一方でこの現地で暮らしている人々は自分のことを例えば三島町民だとか、
太羅見町民だとか、柳井津町民だというふうに思うことがあると同時に、
なんとなくオクアイズ地域としてそこで暮らしているっていう意識も十分あるんですね。
これは多分便宜的なものもあって、多分福島県の三島町って言っても理解されないんですけど、
藍津の奥っぽいところにある、オクアイズ地域って言ったらなんとなく伝わるものがあるかなっていうことでも多分そういう意識があるのかなとは思うんですが、
このオクアイズ地域っていうところが、やっぱりどこのところも福島県で言うと金山町とか昭和村とかも含めて、
仮想地域が県内でもトップ5くらいで進んでいる地域で、いつまでこの共同体が維持されていくのかっていうのはかなり不透明な状況にあるところにもなっています。
そうすると必然的にこの自治体としての共同体がいつまで維持されていくのか、
このだんだんと人口が減っていって人が住まなくなり、かつ新しい子どもたちも生まれないような地域というものを共同体として今どう考えられるのかっていうのは、
ちょっとアメリカ史の話ではこじつけになってしまうかもしれないんですけども、
多分アメリカ史を考えながらも、その奥の中ではこのオクアイズ地域の共同体の在り方っていったものを考えた上で、ちょっとアメリカ史を参照したいっていう意識がありました。
ありがとうございます。東京から身を向けていくと、東京から、例えば東北新幹線に乗って1時間ぐらい行くと福島県っていうのがありますと、
福島県って浜通り、中通り、会津っていう大きく3つの地域に分かれていて、その一番西側にあるのが新潟県側にあるのが会津っていうエリアがありますと、
その会津エリアの中心と言われているのが会津若松市っていうのがあるんですけど、そのさらに南側、新潟寄りであり関東寄りの西南側、西南側に進むとオクアイズっていうエリアがありますと、
ここはすごく自然深いエリアでもあって、そこにオクアイズ、いわゆる5自治体、5つの自治体。
例えば、忠美川沿いで考えると五町村っていう言い場合もありますし、あるいは南会津、町、日の柳田村を含めると七町村っていう発想もあって、
逆にこれがある人間にとってみれば、オクアイズって言ったら五町村かなっていう人もいれば、やっぱりこれは七町村でしょうっていうような人々もあって、
それくらい多分オクアイズの地理概念っていったものはあんまり定まってないようなところがあるんじゃないかなと思いますね。
それぞれ三島町民でもあるし、金山町民でもあるし、忠美町民でもあるっていうような、それぞれの自治体に属している意識もあるんだけど、
もうちょっと広いエリアとしてのオクアイズっていうような共同体の意識があると。
自治体区分としては存在してないんだよね。オクアイズってエリアは自治体上は存在してないんだけど、
そこで暮らしている人たちの中にはオクアイズって呼ばれているエリアがあって、それがある種の共同体意識にもなっているし、
だから、
それが共同体っていうのが一方で、今ある自治体としての区分、あるいは法的に提携化されている地理区分としての共同体とはまた別の形の共同体っていうものを考えられるかどうかっていうのが一つあります。
というのも、さっき言ったみたいに、オクアイズっていう場所っていうのは地理区分とか法律的には制度化されていない場所なんですが、
実際にそこに住んでいる人々にとってみたり、あるいはある施設名だったり、概念的にはもうすでに流通している区分の場所っていうふうに言えるかと思うんですね。
僕がその共同体論としての、少し今現実にある自治体としての区分ではなくて、よりちょっと概念的なものに対しての共同体っていうものに興味があるのは、
一方で三島町であるとか、昭和村であるとか、柳井町であるとか、現実にあるこの行政区分の限界っていうのが多分どこかで出てくるんだろうと思ってるからなんですね。
つまり、一つの自治体でその自治体内のことをやっていくっていうことが、物理的に難しくなってくるような時代がだんだんやってくると思ってるんです。
当然その自治体の中ではどんどん人が減っていってますし、新しい人が来てるわけでもなかなかないっていう。
多分日本全国にこういった仮想のところっていうのはあると思うんですけれども、
そういった仮想を地域が独立でやっていけなくなった時に取り得る手段の一つとしては、合併とかではなくて、
それはもう市町村の平成の大合併みたいな話になっていくのかもしれないんですけど、
僕もうちょっと別の形でそういうものを考えられないかっていうふうに思ってまして、
で、なんかあの、行政上は存在はしてなくても、なんとなくお互いのことを一つの、なんていうかな、
地域の人間、自分の自治体とはもっとちょっと違って、もっと広域であるんだけど、なんとなく親しみを覚える人たちのことによって、
何かその共同してやれることとか、一緒にできることっていうのを探ってみるっていう試みは、
多分どこかで必要になってくる時が来るんだろうなと思うんです。
でも一方で、じゃあそのなんていうか、今漠然としてあるモクワイズっていうものに、どれだけの人間が本当にこう愛着を持てるかとか、
あるいはそこに対して自分の自治体とは、所属する自治体とは別に、その共同体的な広域の、しかもあまり内実を伴ってないようなものに対して、
それでも、ここにいる人たちがいるからっていう、自分の三島町だけではなくて、モクワイズの人たちが困ってるから自分が動けるっていうようなね、
こういうメンタリティってそもそも獲得することができるのかっていうのが一つの問いとしてあるわけなんです。
で、その時にアメリカシックを参照するのは、多分そんなに悪くないような選択になれるのかなと思ってます。
ありがとうございます。報告会の様子も別途収録しているので、この報告会の内容に関しては、この後にエピソードを分けて番外編という形で配信する予定でいます。
なので、別のエピソードを改めてこの後聞いてほしいなと思うんですけど、
今までね、この今話してくれたように、松崎さんが危機感があるからよくやってるんだと思ったのね。
今オクワイズってエリアに住んでて、過疎ってると。過疎地域で人口減少もしていくし、
でもこれがさ、人口がさ、10年後3倍になるとかさ、多分ないわけじゃない?
はっきり言うとさ、倍になってるとかさ、基本的に今日本の地方で過疎って言われてるエリアがさ、
多分何百自治体ってきっとあって、もしかしたら人自治体ぐらいはね、
人の誘致に成功して、何か工場とか何か外部的な要因で成功して、
織り返す自治体もあるかもしれないけど、多くの自治体はこのまま過疎っていく運命を辿っていくと。
そこへの危機感として、合併とかも含めたり、再編が必要になってくると。
その時にその平成の大合併の時みたいな形じゃないところの、
思考基盤というのが研究というか、どういうような思考基盤が持てるのかっていうところで、
アメリカ合衆国の建国、もっと言えば何て言うの、南北戦争とかを終えてアメリカが一つになっていく、
その過程を研究していくことでヒント足りえるんじゃないかみたいな理解でいいのかな?
そういうことですね。
それに関してはアメリカ市の建国に関する歴史的なところを追いかけていかなくちゃいけないところがあって、
すごい最初に言い訳なんですけど、僕はそういった意味でのアメリカ市のプロフェッショナルではなくて、
僕が終始論文で取り組んだ時期も、もっと後半になってからの、
しかもちゃんと研究してたっていうか、そういうあれも終始論文程度なので、
なかなか限界があるようなところなんで、アメリカ市の知識は結構あやふやなところがあります。
でも、アメリカ市っていったものの本を読んでいった時に、
今あるアメリカ合衆国市、合衆国っていったものが、
当然そのアメリカという国家が成立した時からあらかじめこの状態であったわけではないっていうことは多分言えると思うんですね。
アメリカっていうのは多分皆さんご存知の通り、
イギリスから独立して13州が合衆国っていったものを構成していくっていう中で、
今のあるアメリカの国家の地理区分とは全く異なっている場所から始まっている国家ですし、
アメリカの独立13州っていったものは基本的に大西洋川の東海岸といいますか、
その沿いにあったような州が独立していって、アメリカ合衆国になっていくと。
これを結構歴史学的にちゃんと戦後研究とかを読んでいくと、
もともとアメリカ合衆国はすごく意図的に独立していったってわけではないんですね。
むしろ結構ボストン社会事件、ティーパーティー事件って言われるようなものがあったりして、
もともとアメリカ合衆国っていうのは当然イギリスの植民地で、
しかも結構植民地として自由を侵してたというか、
あまりイギリス帝国の中ではそこまですごく注目されていたわけでもなくて、
割とその現地人たちが自由にやっていくことができたと。
でもその代わりにアメリカ合衆国っていうか、
そのアメリカの植民地として暮らしていた、
すいません、イギリスの植民地として暮らしていたアメリカに住んでいる人たちが、
イギリスの国家の代表権を持つこともなかったわけで、
ただ代表をなくして課税なしっていうようなことがあるみたいに、
代表権がない代わりに課税とかもほとんどなくて、
ある程度自由に生活できてましたっていうところが、
ただそこのところがだんだんとイギリス大英帝国から、
アメリカに対する調整、課税に関するものが増えていって、
それが紅茶とかが代表だったりするんですけれども、
そうした中で、本来代表権を持っていないにも変わらず、
課税するだけ絞り取られていくみたいな、
これに対する不満っていうのがかなり強くなっていったんですね。
でも、じゃあその中で急にそれが嫌だから独立するかっていうふうには、
実はそんなになってなかった。
本当にギリギリまで、
いや、アメリカの当時の中心的なところにいた人たちも、
自分たちはイギリス王家の市民であるわけだからっていう意識が強くあった。
けれども、そういったボストンティーパーティ事件みたいなものをきっかけにして、
どんどん独立する意識を持っていって、
最終的には独立戦争を経て独立をしたっていう歴史があるんですけども、
でもじゃあ独立したらそのままその人たちが、
アメリカが州国としてまとまっていったかっていうと全然そんなことはなくて、
当時独立してる州の人たちっていうのは、
自分たちがその州の市民というか、
州民であるっていうことは認識していたんですけども、
それが13州としてまとまって、
アメリカ合衆国の国民であるっていう認識がほとんどなかったと研究所は言われています。
だからこそ、ものすごくこの架空のアメリカ合衆国というか、
改めて独立して合衆国として共和国を作っていくときに、
すごくこう、州立感で揉めるというか、
当然なんですよね。今まで州としてまとまっていて、
しかもイギリス帝国が嫌だから独立したにもかかわらず、
これでまた自分たちの生活に影響を与えかけない、
新しい国家を作るってなるの、そんなの嫌だと。
だからこそ、それぞれの州でむしろまとまっていて、
別に他の州のことはそこまで気にかけませんよ、みたいな人たちとかも現れてくるっていう歴史があって、
そうなると、じゃあどうやってアメリカの合衆国としてのある種の政治体制を望む人たちが、
どうやってアメリカ合衆国を形成していったのかっていったのは、
さっきの架空の概念的な、僕は伊豆地域にどういうふうに愛着を持っていけるのかっていったこととも、
僕はつながると思って、その話をしてました。
ダイナミックですごくいいなって、面白いなって思ったのね。
最初ね、聞いてたときね、話聞いてて、
もちろんアメリカ州の勉強してる人はたくさんいるし、大会ももちろんいるし、共同体を研究されてる方ももちろんたくさんいるだろうし、
やっぱその建国の歴史ってさ、アメリカから見ることもできるし、明治維新とか日本の歴史から見て、
廃藩地権とかさ、どうやって共同体とかコミュニティが、自治体が成立していくかとかさ、そういう多分研究してる方もたくさんいるんだろうなって思うんだけど、
やっぱこれがさ、日本の仮想地域、オークアイズっていう場所とさ、結びつけて、そこにやっぱアメリカ州を持ってくるっていうのが、
やっぱ俺、松崎さんならではな視点だと思う。すごいダイナミックだなって思って、そこがすごい面白いなってまず話聞いて思ったのに、最初、
最初、アメリカ州報告会やるって聞いた時は、ちょっとどうなのかなと思ったのよ。 正直言うとね、LINEでアメリカ州の勉強してて、ちょっとその報告会をするって言われた時は、
ちょっとどういうところに繋がっていくのかなぁと思ってたんだけど、それがね、オークアイズと引き寄せてね、最初の思考が始まっていて、
そこがね、すごい面白い、面白いし、今後どうなっていくのかなって思うし、
で、これを聞いてる方の中に多分、仮想地域の出身の方とかもいれば、今仮想地域に住んでるっていう方もいるかもしれないし、
まあそういった人がね、やっぱ考えるじゃない。まあ俺は藍澤貨松市に住んでるから、そこまで気管があるわけじゃないんだけど、
でもやっぱり近隣の自治体としてね、どうなっていくのかなぁみたいなこと思う時あるけど、そういう時の思考基盤として、
松崎さんの今回の報告を聞いていくと、今後を考える時の一つのきっかけになるんじゃないかなぁみたいなふうには思ったりもしました。
で、今回僕として嬉しかったのは、前回ポッドキャスト出てもらった時に本が読めなくなったって話をしてたと思うので、
年間何冊も読めないみたいな感じだったんじゃない?
そうですね、たぶんあの時年5冊くらいしか読んでなかったんじゃないかな。
月に1冊も本が読めなくなったみたいなことを、たぶん去年の春かな、ポッドキャスト出てもらった時に話してて、
そしたら、1年も経ってないよね、8ヶ月くらいか、無理にLINE来て、アメリカ州の報告会やるっていうか、まずそこで大きな何かあったんだなみたいなところも感じて、
で、これ結構やっぱ大きいと思うね。というのもさ、もう今30代後半になってさ、子供もさ、いてさ、
まあ、会社員やっててさ、私的な自分のさ、まあ趣味の時間じゃん、あるしさ、こういうのってさ、確保してさ、
エネルギー注ぐってさ、まあ結構大変だと思うのよ。
で、そこに至る、なんていうの、そうしよう、エネルギーの、なんていうの、熱意みたいなところに僕すごく興味があるんだけど。
まあ、あの、エネルギーの源はその点でいうと結構はっきりしていまして、
まあ、僕、去年、2025年の8月に、あの、ほんと、なんだろうな、
まあ、その前にもちょっと連絡もらったときはあったんですけど、
僕の、そのアメリカ市というか、まあアメリカ市も含めて、歴史学の、こう勉強し始めたときの、
最初、大学の学部の方の指導教授が福島県の稲葉城町でゼミ合宿をするから、
まあちょっとご挨拶しました、みたいなメールをいただいたんですよ。
で、ちょっとあの、その前年のときにも、その指導教授からは連絡をいただいていて、
まあそのときはそのいわきに用があってくるので、まあもしよかったらみたいな感じのあれだったんですけど、
まあ残念ながら、そのときちょっと家族がインフルエンザになったっていうのもあったので、
まあちょっと辞退してたんですが、
まあただ今回はほんとに稲葉城町っていうね、あの、会津にも近い場所のところで、
まあ来ていただいて、声もかけてもらったっていうことで、
まあほんとにあれですね、お会いするのは5年以上ぶりとか、まあそれくらいの感じで、
まあしかも僕は、あの趣味としてね、あの歴史学の本とかは定期的に読んではいたんですけど、
まあアメリカ史の本って正直そんなに面白いと思ってなかったんで、
まあそんなには読んでなかったんですよ。
でも、まあせっかくゼミ合宿をやるっていうことで、
そのゼミの課題本の今出ている岩波書店のアメリカ史の結構新しめの通し、
まあ4巻本をやるっていうことだったんで、
ちょっとめんどくさいなって思いつつ、
まあ久しぶりにアメリカ史に触れるのもいいかみたいな形で読んでみて、
でもあのはっきり自分の読み方が変わったっていうのが分かりましたね、その時。
それどういうふうに?
なんていうんだろうな、その研究テーマとしてのアメリカ史としてずっとアメリカ史を読んでいたんですよ。
で、そうすると、まあアメリカ史、その歴史物としての面白さっていうのはもちろんあるんです。
それは例えば人々が大河ドラマを見て歴史が面白いとか、
歴史系の漫画とかドラマとか映画とか見て面白いとかと思うような面白さは思ってたんですけど、
その自分の今の境遇に合わせてアメリカ史を読むっていう感じではなかったので、
で、それに対して僕はさっき言ったみたいに、
こうクアイズ地域に住んでいる中で、
その中で共同体どうしてやっていこうかみたいなっていうところを感じながら改めてアメリカの建国の話とかを読んでいくと、
もうなんかその当時の苦悩とか大変さっていうのは多分相当だったんだろうなっていうふうにやっぱり改めて思うようになったんですね。
で、これはやっぱりちょっとちゃんと読んで勉強しなくちゃいけないっていうふうに改めて思って、
いやそんなの大学院のアメリカ史やってる時にやれよって話なんですけど、
僕はもう本当にその時から10年以上の時を経てアメリカ史を学び直そうっていう気になったっていう、
まあ大変ちょっと遅いしアホな話でもあるんですけど。
でもなんか、なんつーの、その、
ようやく、ようやくというか生活実感を伴ったテーマが見つかったみたいなところなの。
そのアメリカ史の中でも自分の中でさ、生活実感を伴ったテーマっていうのは、
やっぱ会津とかさ、僕会津もそうだけどさ、
共同体意識ってのはやっぱあるわけ。集落ってものが存在するから、
消防団とかさ、隣組とかさ、っていうものがもちろん存在する。お祭りとかね、存在するから、
まあ共同体意識みたいなのって、多分東京だとさ、大学とかね、ゼミとかっていう、
あのわかりやすい共同体はあると思うんだけど、
目に見えない共同体ってあんまないじゃん。
その集落とか、部落とかで、街の、なんだなんだ、近所の人とか、みたいなね。
っていう、なんかさ、こういうの年取らないと見えない課題、テーマって、
が俺あるんじゃないかなと思うのね。
研究者としては俺は全然わかんないけど、その人生のテーマじゃん。
その人生のテーマとして、なんか自分の中で、
その松崎さんがね三島で暮らしていて、
まあ三島の出身じゃないからね、ちょっと補足としてね。
もともとは郡山の出身で、三島町に来て、
なんかそこで共同体っていうのは多分、おそらくテーマが仮想っていうところから、
アメリカ誌、まあ広いわけじゃん。どんな視点からでも切り取れるアメリカ誌をさ、
なんかそこが、もし繋がってる、繋がったことによって、
なんか起きてるんだったら、大人になる意義があるなって思うんだけど。
まあでも本当ちょっと渡辺さんに今説明してもらった通り、
僕自身がそもそも今住んでる場所に移住者の立場として来てるわけで、
あのなんて言えばいいのかな、自分のホームグラウンドではないわけですよ。
自分の出身は郡山市であって、自分が例えば高校生までね、
過ごした場所っていうのは郡山市で、
まあそういった意味でのある種自然な愛着を持ってるのは郡山市の方なわけです。
で、でもまあ三島町出身の奥さんと結婚して、
まあ子供も占われて、子供もその三島町で生活しているっていうような状況の中で、
多分僕自身もね、ちょっとやっぱ疑問に思ってるところがあると思うんですね。
うん。町というか、地域に対して。
っていうか、うん、だし、自分が、まあ例えばですよ。
こう、じゃあ自分がこう奥さんと、例えばですけど、まあお別れしたりとか、
まあ自分がその地域とあんまり関係変わらなくなった時に、
その地域のことをどこまで考えられるかとか、あるいはじゃあ、
子供がだんだん成長していく中で、もし僕の実家の方の郡山市と、
奥会津の三島町と、どっちの方がこの子にとって成長するのに良い場所なんだろうとか、
そういうこともちょっと考えたりもして、
で、そうなってきた時に、まあ自然な愛着が持っている郡山市とは別に、
僕はこう人工的にというか、後からの理由づけみたいなところで、
こう三島町っていったものの共同体に、
自分自身が愛着を持てるのかっていう疑問もやっぱりちょっとあったりするんですよ。
なるほど。
で、それを、まあそんな悩んでるくらいにだったら、
素直に地域の祭りにでも参加しろっていうのも一つだと思うんですけど、
僕ね、やっぱなかなかそういうね、すごい小魅力があって、
やーっていけるようなタイプじゃないんで、
もうめっちゃ理論的に考えちゃうところもあるんですね。
で、それの一環として言うのもあるかもしれない。
アメリカっていう人工的に作られた国家に、
だってさ、移民国家なわけじゃん。
それに対して、忠誠を誓うっていう、忠誠というか愛着、愛国心を持つというところと重なる。
まあ、あのそうですね、だから自分の中ではあるじゃない、
自分が参照してきたものの中では、
なんかちょっとアメリカ移民みたいなことやってるなみたいなことも。
結構広い広がりのテーマやね。
そういう意味で、移住者にも重ね合わせられるっていうところで考えると。
いやでもね、あのすいません、そういった意味で、
もしかしたら今日皆さん聞く中で、
いや、旅の話全然してねえじゃねえかっていうふうに思われる方もいらっしゃるかもしれないですけど、
それはまあ本当に申し訳ないところがあるんですが、
ただ僕ちょっと渡辺さんにお声掛けさせていただいたときに、
ちょっとこの番組のリスナーの方たちのことも思ったときに、
もしかするとその自分の出身ではない場所で暮らしてて、
このポッドキャスト聞いてる方っていうのも一定数いらっしゃるんじゃないかなと思ったんです。
で、いろんな事情があると思うんですけど、
もしかしたらそのホームグラウンド的なところの出身地ではなくて、
新しい住先で新しい生活を始めてたり、
もしかしたらそれが次の住処になるような人もいらっしゃるのかもしれないんですけど、
でもじゃあその後から決めたような場所に対して、
どれだけその共同体意識とかそういったものを持てるのかっていったものは、
たぶんちょっとこう、もしかしたらふとした瞬間に思ったりすることにもなるんじゃないかなって思いますね。
なんか結構、オクアイズってすごく地域学が盛んなエリアじゃない?
それは、アイズ学研究会っていう、
ちょっと地域学に今ここでは深くは触れないけど、
自分たちのね、集落とか、
集落の歴史っていうのかな、足元の歴史っていうか、
そういうのをね、聞き書きとかでまた意味に掘り起こしながら記録していくっていうような、
地域学が盛んな地域でもある中で、
松崎さんは結構どっちにもまたがってるじゃない?
もともとアメリカ市でやってたっていうところもあるけど、
やっぱなんか、そういう地域の活動にも地域学にも参加したりして、
なんかそういう中で、改めてアメリカ市と学生時代取り組んでたものと再接続されたんだなっていうのが、
その学生のね、ゼミの学生って何?大学なんです?
大学生の中でも1年生から4年生までいるような感じで、
かつ、大学院の修士の2年生とかの子もいて、
もちろんアメリカって何くらいのレベルの人から、
ある程度専門的に学んでる人までいろいろいたんですけど、
でも、やっぱりアメリカ市を今この現代社会において、
学ぶことの意味みたいなね、っていうところって、
なかなか言葉にしにくいところもあると思うんです。
たぶん僕は、例えば自己紹介とかでね、
自分はアメリカ市を学んでますっていうふうに聞く機会は、
たぶん、まあそんなに人間ともあってないですけど、
たぶん50人に1人もいないだろうと。
まあ100人に1人かもしれないですけど、
まあそれくらいのことかもしれないんですが、
でも、じゃあそのアメリカ市を今の現代日本の中で学ぶことの意義っていうものは、
たぶんやっぱりどこかにあると思うんです。
で、しかもそれを今僕の年齢からすると、
それを説明する立場になるべきことだと、
僕は自分自身で思ってますし、
やっぱりなかなかね、その中のゼミ生の子で、
大学のインターンで企業とかに行ったときにね、
アメリカ市勉強してますみたいな自己紹介をした後で、
いやそれ何の意味があるのみたいな、
会社側から言われてしまうみたいな。
アメリカ市を学ぶ?
そう。なんで今歴史なんてやってんの?みたいなこと言われちゃうみたいなところがあったときに、
いや、でも僕はやっぱりそれは意味があることなんですよっていうふうに、
こう説明しなきゃいけないと自分で思ってますし、
できたらそのゼミ生の子にもね、
まあアメリカ市を学ぶことっていうことで、
何かそのあなたの人生にこういう形で繋がることがあり得るかもしれないっていう。
もちろんそれは全面的な何かっていう断言はできないんですけど、
何か残るものがあるでしょっていうことを説明することって必要だと思ったっていうのもありますね。
なんか大人になるってこういうことだなって。
なんか多分そのお子さんが生まれたっていうのもあるんだろうし、
なんか学生側の立場じゃなくて大人として学生にアンサーを返すみたいな。
意味もあんのかなって。
なんかそういう松崎さんのこの10年ぐらいの、
奥会津っていうか会津で暮らすなんて10年ぐらい経つのかな?
そうですね。もうだんだんそろそろ10年になるっていう感じですかね。
まあいろいろちょっと立場とか居住地変わりながらでもあるけど、
トータルだと10年とか。
でも旅と旅の話を持ち帰るみたいなところって、
僕共同体の在り方とすごく密接に繋がってるところがあるんじゃないかなっていうのもありまして。
旅の話を持ち帰ると。
そうそう。それこそ奥会津の事例になっちゃうんですけど、
旅っていうかある種行事ごとみたいな形で、
例えば奥会津の人たちって出羽山山とかに行ったりとか。
山形の…
あと、甲っていうね、その地域の集まりっていうか、
まあそういう年中行事に近いような感じのことで、
別の地域、伊勢神宮とかもそうだったんですけど、
そういうところに行って、代表してね、その第三って言って、
代表してその旅に行った後で、
そこのお札とかをもらったり来たりとか、
その集落の人の数だけもらってきたりして、
その旅の経験をその集落に返していくという。
そのことによってその集落の人たちは、
この旅の経験っていうのを間接的に聞くことができて、
どんどんその集落が外部に開いていくようなね、
一時的であってもっていうところの文化っていったものはあったんですね。
だから今、旅のテーマっていろんな話を渡辺さんされてると思うんですけど、
その旅の話を持ち帰って語りかけるっていうことは、
多分共同体的にも意味があることだと思うんですよ。
で、それによってその共同体に新しい知識をもたらすとか、
あるいはその遠くに別の人たちが住んでいてね、
それが自分たちとは違うようなあり方、
習俗で生活しているかもしれないけれども、
確かにそこで暮らしている人たちがいるっていうことをちゃんともたらすっていう。
こういうのは非常に文化的なものだと思いますし、
旅って一見、今のね、現代的に考えると、
一人旅で行って戻って行ってみたいな。
で、もしかしたらこのリスナーの方たちには、
その結果をブログとかね、
あるいはこういうポッドキャストとかで語って、
お話しされている方がいらっしゃるかもしれないんですけど、
それが全然こう無意味な個人語りだとは僕は思わないんです。
それはやっぱり何かしらのそれを聞いている人たちだったり、
それをもたらしていった共同体への一つの恩恵に繋がっていくんじゃないのかなって思ってますね。
一応僕もさ、ポッドキャストやってるわけよ。
知ってます。
一応自分の立ち位置ってさ、
地方に住む会社員が旅の話をするっていうのが自分の立ち位置なのね。
で、これって年から年中旅してる人と比べれば俺は大して旅してないし、
半分線上みたいなところとかさ、
サラム街に行くような過激な人と比べたらそんな過激な旅もしてないし、
金のかかる旅もしてないし、
だから別にそんな決して旅人としてのレベルが高いわけでもないわけよ、自分としてはね。
だし、あくまでも会社員という縛りの中で、
それも東京とかじゃなくて大都市圏じゃなくて地方で住む会社員外っていう立場で、
僕は情報発信をポッドキャストやっていて、その組み合わせだよね、地方と会社員。
地方と会社員と旅っていう組み合わせでやっていて、
これ、やっぱり意味があると思ってるのね。
どういう意味があるかって言ったら、
地方でも旅とかね、おしながれ旅行とかしながら、
いろんな視点を持つことができると思うし、
で、決してそこの地方に住んでるっていうことがネガティブな要素でもない。
地方だからこそ見えてくる切り口とか視点とかがあると思う。
だからいくつかの組み合わせで自分が地方でね、こうやってポッドキャストをやるっていうことにはとても意味があると思って、
この1年以上ずっと続けていて、
だから今回その松崎さんの話をね、聞かせてもらうときに、
やっぱ松崎さんの視点だと思うのよ。
今日の話って圧倒的に。
日本のトップレベルの仮想地域なわけじゃね、オークアイズって。
トップレベルって大げさ?大げさじゃない?どうなんだろう、県内の事例しかわかんないんですけど、
少なくとも福島県ではトップレベルと言っていいと思います。
っていう仮想地域で、大学院までアメリカ史を本気で勉強してきた経験があってさ、
で前回のポッドキャストとかでもさ、いろんなイギリスにワーフリー行ったりさ、
20代の時はね、いろんな海外とかでも出ながらやっていて、
今はそうやって三島町で暮らしているからこそ出てきた視点っていうのは、
やっぱ旅だと思うんだよ、俺は。
まとめるとね、こじつけると俺は旅だと思うのよ。
やっぱなんかそういう話が聞きたいし、
ポッドキャストに向いてるし、
AI時代にするべき話だと思う。
このAI時代にするべき話はノウハウでもないし、ナレッジでもなくて、
いくつかの組み合わせの人生の結果出てきた切り口とか視点とかだと思うんだよね。
なんかそれが、
ね、これがどこに繋がっていくかわかんないけど、
ゼミであった大学生の何かしらのアンサーになるような積み重ねがここでできればいいなって思いました。
ありがとうございます。
なんかそうですね、
やっぱ旅の射程って少し僕くらいの年齢とか、
多分渡辺さんとかの年齢になってくると、
多分広く持つようになったんじゃないかなっていうのはありますね。
つまり目的地に行くことだけが旅ではないっていう、
目的地から戻ってくるとかもそうだし、
もしくはその戻ってくる場所ってそもそもどこなの?みたいなところもあるのかもしれないし、
で、やっぱいろいろな場所場所に対して、
結局その旅をしてる人っていうのはいろんな比較参照されると思うんですよ。
今自分が住んでいる場所ってどういうとこなの?とか、
それに対して旅先で出会った人ってどういう人たちだったんだろう?とかね。
そういういろんな場所のことを知っている人たちが、
その場所のことをどこかの誰かに向けて話すことっていうのは、
僕は何かしらの共同体というものにつながっていくような気もして、
もしくはそこから何か新しい共同体が生まれてくる可能性もあるのかもしれないなとも思いますし、
だから旅に行って、そのことを持ち帰ってくるっていうことも、