特別な一日の訪れ
おはようございます、こんにちは、こんばんはかな。
Local AI Worksの萩原たかしです。
今日は、特別な一日のあとに、普通の月曜日が来る、という話をしてみたいなと思います。
先週は少しだけ、ちょっと特別な日が続きました。
6月の大週って特別な日が続くんですね。
6月5日、私の誕生日でした。
そして翌日の6月6日、結婚記念日でした。
この2つが毎年やってくるんですけども、
ドタバタする日でもあるんですが、
まあ特別な日かな、特別な週かな、というふうに思います。
で、ちょっとその前には、
オドリータンからね、サブスタッフのノートにいいねをもらうという、
思いがけない出来事もあって、おー、みたいなこともありました。
まあ振り返ってみると、嬉しいことがいくつか重なった1週間だったんですよね。
誕生日、結婚記念日、そして遠い存在だと思っていた人から届いた小さないいね、反応、
どれも自分にとっては特別な出来事でした。
特別な日の後の現実
でもその後には月曜日が来ます。
いつものように朝が来て、いつものように予定を確認して、
メールを見て、仕事のことを考えて、
英語の勉強をして、ポッドキャストを撮って、生活の用事をこなしていく。
まあ特別な日が続いたからといって、人生が急に別なものになるわけではないですよね。
普通の月曜日はきちんとやってきます。
それが今日です。
誕生日の振り返り
まあ誕生日のことをちょっと振り返ってみると、誕生日自体少し不思議な感じがありますよね。
一年に一度年齢が一つ増える。
それだけのことなのに少しだけ立ち止まる感覚がある。
去年の今頃自分は何を考えていただろうかとか、
一年で何が変わっただろう、
思っていた場所まで来れたんだろうか、
まだ途中にあるものは何だろうって。
誕生日って華やかな日であると同時に、
自分の現在地を確認する日でもあるかなって。
今年は特にそうでしたね。
AI、英語、海外の仕事、サブスタック、ポッドキャスト、研究、生活。
もういっぱいいっぱい。
自分の中にいろいろな線があります。
それらはまだ綺麗に一本に繋がっているわけではないけれども、
少しずつ形になっている気がしていて、
誕生日を迎えるたびに何かを完成させなければいけないわけではないんだけれども、
ただ去年より少しだけ自分が迎えたい方向が見えている。
それだけでもまあまあ悪くないんじゃないかなって思うんですね。
結婚記念日の意味
そして次の日、6月6日、結婚記念日でした。
結婚記念日っていうのもまた少し不思議な日なんですよね。
特別な日ではあるんです。
でも同時にとても生活的な日でもあるかなって。
結婚っていうと式や指輪や写真のような場面を思い浮かべるかもしれないけれど、
実際の結婚生活ってもっと日常的じゃないですか。
相手の体調を気にする。予定を合わせる。
買い物したり、家のことを話したり、何気ない言葉を交わす。
疲れているときは静かにしているし、相手がつらいときはできることを探す。
そういう積み重ねの方が全然長いのが結婚生活ですよね。
記念日は一日だけ特別なことをする日というよりも、
普段は見えにくいものを少しだけ見直す日なのかもしれない。
一緒にいること。生活を続けていること。
まあ、大人がね、2人。
うちは2人生活、2人、2人暮らしなんですけども。
いろいろな事情の中で同じ時間を過ごしていること。
それは派手じゃないけども、かなりすごいことだと思っているんですね。
大きなことだと思っているんです。
だってね、大人が予定を合わせて一緒に暮らしているって。
それぞれのリズムもあるし、考えることもあるし、やりたいこともあるし。
それでも2人で歩みを揃えていくっていうのは、ちょっと大きなことかなというふうに思います。
思いがけない反応とその影響
で、またね、オードリータンからいいねっていう反応があったっていうのも、大きな出来事でしたね。
またお前その話するのかよっていうぐらいオードリータンの話してますけども。
本当にびっくりしたんですよ。
びっくりしたんです。
これは誕生日や結婚記念日とは少し種類が違うんですが、自分にとってはやはり特別なものだったなというふうに思います。
オードリータンの思想を日本でも紹介していきたい、そんな気持ちで書いた短いノートでした。
記事では取り上げましたけども、ノートにメンションしたのは短いノートだったんですよね。
そこに本人から反応が返ってきた。
最初は言葉が出なくて、その後少しずつうれしさがこみ上げてきましたよね。
4週間に書いた言葉が海を越えたっていう感じで、そのことが自分にとって大きな励みになりました。
でもその出来事もまた日常の中に戻っていくんですよね。
特別な出来事との向き合い方
いいねをもらって翌日も洗濯物が出るんですよ。
返信しなきゃいけない連絡もあるし、体調の波もある。
英語の練習も続いていく。
特別な出来事は生活を消してくれるわけではない。
でも生活の見え方を少しだけ変えてくれることがあるんですよね。
以前の私なら特別なことが起きると、そこから何かを大きく変えなければいけないような気持ちになることがありました。
正直。
誕生日だから新しい目標を立てなきゃならない。
記念日だから特別な意味を見つけなければならない。
誰かから評価されたらその勢いで一気に進まなければならない。
でも最近は少し違うように思っています。
特別な出来事は人生を急に別のものへ変えるためにあるわけではない。
普通の日をもう一度歩くためにあるのかもしれません。
誕生日を迎えたからといって明日から完璧な人間になるわけではない。
踊り団からいいねをもらったからといって急に世界的な発信者になるわけでもない。
でもその出来事が自分の中に少し残る。
去年よりもう少し自分を大切にしてみよう。
自分の言葉は思っているより遠くまで届くかもしれない。
だからもう少し変えてみよう。
だからもう少し話してみよう。
そういう小さな変化が残る。
それで十分かなというふうに思います。
普通の日の大切さ
人は特別な日だけを生きているわけではありませんよね。
特に今日本でいうと晴れと景の日という形で分かれていると思うんですけども。
むしろ人生の大部分って普通の日です。
晴れの日じゃないです。景の日です。
大きな出来事がない日。誰からも褒められない日。
数字が伸びない日。少し疲れて終わる日。
そういう日の方が全然多いんですよね。
だから普通の日をどう過ごすかはとっても大事なんですよ。
特別な出来事を小さく持ち帰って普通の日の中に置くことができればそれは長く残る。
誕生日に思ったこと。それを月曜日の予定の立ち方に少し反映する。
結婚記念日に感じたことを日常の一言に少し込める。
誰かから届いたいいねを次の記事を書くための小さな勇気に変える。
そうやって特別な日っていうのは普通の日常の中へ、
普通の日の中へ溶けていくんだと思います。
月曜日との向き合い方
月曜日ってね、まあ少し現実的な日ですよね。
日曜日はゆっくり休んで会社とかいろんなものから離れて、
でもまた現実として戻ってくる。
やることが戻ってくる。締め切りが戻ってくる。
返事を待つ時間が戻ってくる。
また自分の弱さっていうのも戻ってくる。
でもそれでもいいんじゃないのかなと思っています。
先週の嬉しかったことを少しだけ持っていて、
誕生日に感じたこと、結婚記念日に思ったこと、
思いがけず届いた反応とか、記事を書き続けたこと、
そういうものをポケットに入れてね、自分の小さなポケットに入れて月曜日へ向かう。
重たい荷物じゃなくて、小さなお守りのようにして持っていくっていうこと。
で、疲れた時に少しだけ触れるんですよ。
ああ、そういえばあんなことあったなって。
それだけで普通の一日をもう一歩、もう少し歩けることができる。
特別な日はずっと続かないから特別なんです。
特別な日の余韻を活かす
誕生日は一日で終わるし、記念日も一日で終わる。
通知が届いた瞬間もすぐに過去になる。
でもその余韻、余韻は少し残る。
音楽が終わった後に静かな部屋に音が残っているように余韻は残るんです。
その余韻を無理に大きくしなくていい。
SNSに何度も書かなくてもいいし、人生の転機だって、そう宣言しなくてもいい。
あとはこの勢いで何かを成し遂げようみたいな。
焦らなくてもいいんです。
ただ自分の中で少し温めておけばいい。
特別な出来事にはそれぐらいの距離感がちょうどいいのかもしれません。
普通の月曜日の始まり
私はまた普通の月曜日を始めます。
皆さんもそうだと思いますけど。
また普通の月曜日を始めて、英語を勉強しますし、記事を書きます。
ポッドキャストもこうやって録音してるし、仕事を探してるし、返事を待ちます。
そして普通の生活をします。
きっと全てがうまくいくわけじゃないです。
思ったより進まないこともある。
疲れて何もできない時間もあるかもしれない。
でも先週の自分には少し嬉しいことがあった。
その事実は消えないんですよ。
誰かに届いた言葉があった。
一緒に迎えられた記念日があった。
また一つ年齢を重ねた自分がいる。
それらは人生を派手に変えるものではないかもしれない。
でも普通の日を少しだけ違う気持ちで生きるための力にはなる。
特別な一日の後に普通の月曜日が来ます。
月曜日を肯定的に迎える
それは少し寂しいことのように見えます。
昔の論文で言えば、
サザエさん症候群みたいな言葉もあるようにね。
でも最近、少し寂しいっていうこと?
それも悪くないんじゃないかなって。
特別な日が普通の日に戻っていく。
そして普通の日の中で特別な日の記憶が静かに動き続ける。
それが生活なんだなって思うようになりました。
人生はテレビとかドラマのように感動的な場面だけではできない。
その後の朝、いつものコーヒー、会社内、メール。
少し散らかった机。
まあ私の机はものすごい散らかってますけども。
今日やることのメモ。
そういうものまで含めて自分の人生。
だから月曜日を嫌わなくてもいいんです。
特別な日が終わってしまった月曜日じゃなくて、
特別な日から何かを受け取った月曜日として迎えてみる。
それだけで同じ1日が少し違って見えるかもしれない。
まあ今日はそんな話でした。
特別な出来事は日常を終わらせるものではありません。
普通の日に戻るための小さな明かりを増やしてくれるものなのかもしれません。
というわけで聞いてくれてありがとうございます。
それではまた次回。ローカルAIワークス萩原敬でした。
それじゃあね。バイバイ。