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This program is recorded from Tokyo for people whoare quietly thinking about AI, work, language andstaying human.
おはようございます。こんにちは。こんばんはかな。
Local AI Worksの萩原たかしです。
今日は少し変わった話をします。
少し変わった話というか、現在進行中でどうしようかなと迷っている話なんですけども、
昨日、6月5日、私は45歳の誕生日を迎えました。
もう、なんか知らないけども、自分の気持ちを語りたくてですね、
即興で一本のポッドキャストを撮ったんです。
普段、ある程度構成を作って考えてから話をしだすんですけども、
昨日のポッドキャストは違いました。台本は一切なし。
マイクに向かって、ただ思いつくままに言葉を吐き出します。
その内容というのが、誕生日への違和感だったり、普通の人生への憧れだったり、成功者の憧れ、
そして、私はこれまで誰の人生を生きようとしていたんだろうという問い。
45歳にもなって、まだ人生に迷っている自分。
そんなちょっと泥臭いというか情けない話をそのまま録音して、そして最後にこう言ったんです。
このポッドキャストは恥ずかしいから24時間で消しますと。消しますと。
ところがですね、そこから話がややこしくなってきまして、
録音した後、まずチャットGPTにその文字起こしを読ませて、どう思うか聞いてみたんです。
すると消さない方がいいと。これ作品じゃなくて記録。
45歳の誕生日っていう日にあなたが何を考えていたか。
その瞬間というのは二度と戻らないものだから、消さない方がいいと。
次にクロードに聞きました。やはり同じことを言うんですね。
公開は消してもいいけども、でもデータだけは手元に残しておけと。
未来の自分へのタイムカプセルになるからと。
うーんと思って、じゃあ地味に聞いてみるかと思って聞いてみたんですね。
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私を残した方がいいと。人間の生々しい葛藤こそ価値がある。
AI三者が全員揃って消すなと言ってきているわけなんですよ。
普段AI使っている方はわかると思うんですけど、なんか微妙に違うんですよね、全部ね。
ここが足りないとか、ここがいいとか、各社それぞれのAIの特性があるから。
それでいいところ悪いところっていうのが出てくるんですけど、
今回全員三者が消すなって言うんですね。
なんだかAIたちに人間の生の奇跡を必死に止められているようで、
ちょっと面白い構造になってきたなと思ったんですけども、
それでもどうすればいいかよくわかんなくなっちゃって。
一番身近にいるのは誰かっていうと、パートナーに聞いてみたんです。
AIは賢いですし、うちのパートナーも賢いんですけども、犬じゃないので、ちゃんとした人間なので。
それも私が録音しているのを聞いていたので聞いてみたんです。
私が消すって言っちゃったしなって大真面目に悩んでいたら隣でこう言ったんですよ。
いいじゃん。宣言したって気が変わったから撤回すれば、それも情けないと思ってるの?
いいじゃん。それもあなたの人生だよ。それだけ。
あっさりと。えーっと思って。
私の中には一度口にしたことは守らなければならないとか、
一貫してなければならないっていう強い縛りがあるんですね。
でもパートナーはそんなこと一ミリも深刻に考えていなかったんです。
ある意味で言葉の軽さに救われるような、ハッとするような感覚を覚えましたね。
でもそこで私いよいよ困っちゃったんです。
AIたちは消すな。パートナーも消すな。
実はこれLINEをいただいてですね、リアルな友達から聞いたよって。
消すなよ。今のお前だろうって。
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なんかこんなに困惑したのは久しぶりなんですね。
なぜかっていうとこれ単に音声を消すか残すかっていうデータ管理の問題じゃない気がしてきたからなんです。
チャットGPTにこう指摘されました。
今のあなたは当事者すぎると。最初はは?こいつ何言ってんだろうと思って。
よく分かんなかったんですけど。
でも考えてみると確かにそうなんですよね。
私は今、あの音声の価値を判断できる客観的な距離にいないんですよ。
撮った本人であり、45歳になったばっかり。
あの感情の中にまだ片足どころか両足突っ込んでいる状態で、近すぎるんです。
昨日の音声の中で私は、地図が完成していないっていうことを言ったんですね。
45歳になってもまだ自分がどこへ向かうのかわからないと。
でも今日になって少し見え方が変わってきました。
私が困っているのは地図がないことじゃなくて、地図を描いているそのダサい途中経過を世界に晒してしまったことなんですよ。
何でもそうなんですけど、やってる最中ってダサいじゃないですか。
それの恥ずかしさっていうところに、この問題の根っこがあるのかなって。
未完成で矛盾して、まだ整っていない。
できれば完成して綺麗な地図だけをこれですと言って見せたい。
でも昨日の私はその一番見せたくない、迷っている最中を録音してしまったんですね。
衝動的に撮らなきゃって思ったんです。
そこでですね、ふとサブスタックで活躍されている長倉健太さんの言葉を思い出しまして、
他人の夢を自分の夢だと勘違いしてしまうと。
これどう繋がるかっていうと、この一部にすごく反応した自分がいたんです。
私は多分普通の人生という地図にも憧れたし、成功者っていう派手な地図にも憧れました。正直ね。
でもどちらの地図を重ね合わせても、自分の足跡としっくりこなかった。
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まあ見たい方向ともちょっとしっくりこなかった。
だから今机の上に新しい紙を広げて自分の地図を書き直している最中なんですね。
そしてそのペンを握って迷っている手元の映像が、昨日のポッドキャスト、急遽撮ったポッドキャストだったのかもしれません。
だから正直今も結論は出てません。消すのか消さないのかわからないです。
でも一つだけ確かなことがあって、昨日の私と今日の私は違うってこと?
そして明日の私はまた少し違う。
ちょっと前のポッドキャストでもAIは時間を生きないっていうタイトルで、
AIには時間価格がないよっていうような話をしたんですけども、
AIは時間を生きません。
彼らには昨日も明日もなく常にフラットな今があるだけ。
だから彼らの出す答えは一貫してるんですね。
でも人間は人生、時間を生きています。
時間が流れるから昨日の自分と今日の自分で意見が変わるし、気分も変わるし、
正直前言を撤回したくなるっていうところもある。
だから迷うし、だから困惑する。
そしてその一貫性のなさや困惑そのものが人間が人生を生きている証であり、
人生そのものなのかなっていうふうにも思うんですね。
なんか一本のポッドキャスト撮っただけなのに、
なんでこんなにあやふやにてんやわんやしてんのかわかんないぐらいなんですけども。
でもこのポッドキャストを聞いている瞬間、
昨日の音声が消えているかどうかっていうのはわかりません。
前言を撤回して残ってるんじゃないでしょうか。
それとも消えてないんでしょうか。
本当にまだ決めてません。
24時間っていう時間は、
昨日の夕方4時ぐらいに撮ったので、
まだ時間はあるといえばある。
もうちょっと考えることにしようかなと思います。
答えを急がないことにしたっていう感じですね。
なぜなら私の地図はまだ描いている途中だから。
それも一つ記録なんだって言えば記録だし。
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見にくいやっている最中、
足掻いている最中のプロセスを見せてしまったっていうのも、
恥ずかしいっていう気持ちっていうのもあるし。
ちょっとサブスタッフに登録されている方は、
ノートの方にアンケートを取ったりするので、
ちょっとスクロールしてもらってですね、
そのアンケートに答えていただけると嬉しいです。
そんなちょっと変な、変なじゃないですね。
自分がどうしたらいいのかよくわからないっていう話でした。
それではまた次回。
東京からローカルエアワークスの萩原隆でした。
それじゃあね。バイバイ。