人工物と自然物の対比
ようございます。この放送は、頭の中の整理整頓、思いついたことの記録、
あかん人のあかん懺悔、そしてたまには愛車、JB64ジムニーの
野暮山話などを話しております。 11月19日、木曜日。
11月の中旬も終わろうとしております。 木曜日ではなかった、水曜日でした。
週中、週5日、労働の皆さんは、あと半分頑張りましょう。 それでは今日の本題。
いつだったか、ボイシーで、 文木健一郎先生が
ちょいと触れていた話題から。
人工物と自然物という対比ですね。これは、非常なる人類の傲慢が、思いっきり前に出た表現だ、ということをおっしゃっていまして、
聞いた時は、まさにその通りと膝を打ってしまいました。
というのも、人工物、人類が自らの手で作り出したものって、自然とは違うんだぜ、みたいな、
なんて言うんでしょう、言葉の裏にそこはかとなく、 ホモサピエンスどもの
自然に対する優越感が透けて見えるような、
そういう表現だと。まあそれ、確かにその通りのようなふうに思ってまして、
違和感は、人工のものがすごいとは思わず、
どちらかというと、自然物、人工物という対比は、自分の中では、自然に比べれば、人工物なんて名もろいものだという意識があったのですが、
そうではないような感じを受けるという、なるほどな、そういう取り方もあるんだなと思いました。
それでですね、それこそ、模擬研先生がおっしゃるのは、
人工物、人工のものはすげえぜって文脈で言うと、
その人工物を作る人っていうのは、もともと自然由来だよね。
その、立ち返るところがあるでしょ、という話をされています。
確かにその通り。アリが作ったアリ塚は、技巧物とは言いません。
ホモサピエンスたる私たちは、自然物の中に入れておりますが、
人が建てた建築だの、なんだの、というのは人工です。
そういう区別判断で見ると、
確かに人工というのに、かなり特別な意味を置いて、
これは作られたような言葉だなと思いますね。
本来自然由来の、人類が作ったものだって、
元を返せば、自然物である人間が作ったんだから自然物じゃないの、という、
自然と人工という対比例に慣れてきた人たちにとっては、
なかなかに頭をガツンと叩かれるような発想であり、
ただよく考えれば、冷静に考えれば、それが自然だなと、道理だなとも思うわけで、
大意味では、自然物という表現、分け方、使い方というのは、
やはりホモ・サンピエンスの傲慢を垣間見る表現だな、なんてことを思いました、というオチでした。
収録中の雑談
それでは、昨日、今日のツアー油断して、また寝落ち中途半端な時間に起きて、
布団へという感じだったので、一旦起きたときに収録しようと思ったのですが、これができず、
しかし今日は朝、いつもより15分早く起きているので、
普段より10分早く家を出たので、半年前ぐらいの普段の時間帯にようやく戻せたので、
少し心に余裕を持った収録ができておりますが、相変わらず通勤当庁での収録ですので、
このまま何も変えずに撮って出して、ということで、昨日、今日の良かったことは何だったかというか、
全くまとまっておりませんが、朝少し早めに起きれたことが、今日の良かったことでございます。
それでは今日も天気は良さそうですが、気温は12月中旬並みということで、
さまざまに気をつけて、今日も素敵な一日を過ごしていきましょう。
それでは、バイバイ。