1. ストーリーとしての思想哲学【思想染色】
  2. #58 進化心理学/行動遺伝学5
2024-02-25 05:18

#58 進化心理学/行動遺伝学5

進化心理学と行動遺伝学という身も蓋もない系の学問があるので紹介します。

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ストーリーとしての思想哲学
【思想染色】がお送りします。
前回からの続きです。
ロバート・プロミンの著書、Blueprint
DNAはどのようにして、私たちが何者であるかを作り上げるのかという本には
ポリジニックスコアという概念が出てきます。
ポリジニックのポリっていうのは、ポリポリのポリですね。
ポリリズムのポリって言った方がいいのかな?
多くのっていう意味だけど、基本的には遺伝子っていうのは単体での影響力が小さいんですよ。
なんか一つの頭が良くなる遺伝子とかがあるのではなく、数百から数千の遺伝子が絡まりあって
結果として記憶力が良いとか、集中力があるとか、身長が高いとかの結果が発現してくるわけです。
で、めちゃくちゃたくさんある遺伝子を複合的に解析して、ポリジニックスコアという点数をつけます。
ポリジニックスコアで下位10%の生徒で、大学に入っているのは32%であるのに対して
ポリジニックスコア上位10%の生徒は、70%が大学に進学しているなどのデータもあります。
そうすると、例えば学業成績の予測なんかが全体の傾向としてある程度できるわけですが、
逆に言えばその程度の概然性しかわからないということでもあります。
じゃあ、結局わからないなら、努力するしかないし、努力すればいいだろうっていう意見もあるかと思います。
確かに遺伝のせいにして努力するのを諦めるよりかは、遺伝で全部が決まるわけじゃないんだから、
もう努力するしかないんだっていう世界観の方が健全な感じはします。
でもそれだと、パーソナリティの遺伝率も5割程度あること、
つまり努力できるかどうかも遺伝で決まっているっていう、この最後の砦を崩すことができないんですよね。
同じことを別の言い方でもう一回言いますね。
まず、いくら遺伝というものがあるにせよ、
努力して能力を上げるというのも大事だよねっていうテーゼがあります。
それに対して、努力ができるということ自体にも遺伝が関わっているんだから、
限界があるよねっていうアンチテーゼがあるわけ。
このテーゼとアンチテーゼは双方ともに正しいことを言っているわけですが、
だからこそこれをどう乗り越えればいいのか。
これらをアウフ平弁して、新たな陣定勢を見つけないといけないよねということです。
この新たな陣定勢を僕たちはまだ見つけられていないから、
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努力すべきだということはわかっているんだけど、
結局努力ができるかどうかも遺伝で決まっているんだっていう論理になってしまって、
特に若い世代がこのような遺伝決定論のような世界観に絶望している状況が今なのだと言えます。
はい。
なので、新しい陣定勢を考えてみようと思います。
ここから先は僕の意見です。
ここまででまとめて終えることはできますが、
聞いている人にも考えてみてもらいたいんですが、
僕も自分の意見を述べてみます。
僕はね、経済学と経営学のロジックを使って、
遺伝決定論に立ち向かうことができるんじゃないかと思います。
なぜなら、遺伝決定論的な世界観が持っている隠れた前提として、
メリット暮らし、能力主義があるからです。
今の社会では一般論として、
頭がいい人間がお金を稼げるとされています。
工学歴になって大企業に入社するとか、
起業して一発当てるとか、
いずれも自頭の良さ、あるいは能力の高さっていうのが隠れた前提として潜んでいます。
努力ができるかどうかも含めた遺伝によって能力が決まってしまう。
だから能力の高い人間は生まれながらに高いし、挽回不可能なんだと、
こういう論理なわけですよね。
これは逆の観点から見ると、
能力の高い人々にいい仕事は占有されていて取られている。
そして能力の高くない人には割の合わない仕事しか回ってこないんだっていう、
こういう観念なわけじゃないですか。
この観念に経済学と経営学のロジックをぶつけて対比すると、
一概にそうとは言えないという人定性が導き出せるんじゃないかっていう話を次回したいと思います。
では次回に続きます。
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