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#20_容姿_身体知的哲学
2026-10-13 10:38

#20_容姿_身体知的哲学

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田舎社労士さだきちの路傍観察日記、第20回。
容姿、訳あって都会の会社を退職したさだきち。
よくさだきちゃんって呼ばれるんですけど、
日々をぼーっと観察して考えたことをお話するポッドキャストです。
10分くらいで終わります。
私にとって、自分の容姿っていうのは、人にどういう印象を与えるかっていう方弁です。
方弁っていうのは仏教でいう方弁で、ある種嘘みたいなものなんですけど、
自分の容姿を使って、人をよく言えば安心させるような感じです。
だから、容姿は道具です。方弁です。
私は容姿が優れているわけではないというか、
もっと言うと、自多ともに認める不美人です。
中年太りだし、顔だって少なくとも面食いの男性が好んで洗濯するタイプでは決してありません。
髪にも服にも気は使わないですし、
メガネだし、普段は化粧もせず、服もゆるゆる、肌もボロボロです。
ただし、お風呂は最低限の礼儀として毎日入るので、
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本当に最低限の清潔感というか、生活感のある清潔感が保たれているとは自分では思っていない。
でもですね、私は自分でこの容姿が結構気に入っています。
というか、むしろ便利と思っています。
なぜなら、ある種ちゃんと親しみやすさを演出でき、
容姿で人を判断する人は寄ってこないですね。
だから、ある程度トラブルを排除できます。
そして正しく、ちょっと言い方があれなんですけどね、
なめられるって言うんですかね。
っていうことができます。
正しくなめられる。
語弊を招くかもしれないんですけど、
少なくとも不快感は与えずに隙を作れるんですね、この容姿は。
田舎のおばちゃんってことが、
ある種方便であり、
自分の攻撃性を覆い隠すための何かになっている感じがします。
例えば、シャロ四方陣に勤めていたときは、
研修とかを担当させていただくこともありました。
もちろん、容姿があんまり優れていないというか、
華やかな容姿ではない、見られる容姿ではないので、
社外研修はやれないんですけど、
割と社内研修はやることができました。
その時にですね、新人研修とか担当をさせていただいてたんですけど、
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自分が登場するときに、わざと、
なんかジャムクレのおばちゃん来たって思ったでしょ?みたいな感じで、
おどけて見せることができるんですね。
これはですね、なかなか便利で、
場が割と和む、和むというか、
失笑みたいな感じで、親しみを持ってもらえるというか、
難しいんですけど、
この人は別に私たちに意見を押し付ける人じゃないんだとか、
何かガイドをしてくれる人なんだとか、
そういうことを印象を与える。
第一印象で与えるには、とにかく便利でした。
もちろんオフィスカジュアルだったんですけど、その当時は服は。
その意味ですごく便利でした。
これはですね、昔から考え事が多くて、
ともすると、女性の先輩なんかに目つき悪いよなんて言われがちな、
私にとっては大きな進歩で、そうなんですよね。
こうね、ぽーっと考え事してるとどうしても目つきがきつくなって、
確かに、あの、剣のある感じにはなるんですね。私の様子だと。
ただ、不美人なので、そこが利点になって、
崩れた時に親しみをもたらしやすいみたいな形になったりもします。
私はですね、唐突ですけど、広瀬美穂子と結構共通っていうのが多くて、
広瀬美穂子といえばね、みんなが認める美人、すごく美しい人ですよね。
でも、私は広瀬にあがって、自分のことを広瀬でーすって冗談で言ったりするんですけど、
その冗談も、完璧な美しい様子を持った広瀬美穂子さんと、
このへちゃむくれな私という対比がすごく効くから成り立つ冗談で、
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少なくとも心の中で、広瀬なわけないだろ!みたいなことを思ってくれて、
それで冗談が成立するんですね。
自虐的なような、でも、機能するんですよ、それが。
不美人であることがメリットでしかないんですね、私は。
第一印象って大切なので、
様子っていうのは、どういう印象を与えるかっていう方便なんだと思ってます。
私にとっては少なくとも、不美人であることはプラスでしかないです。
こんな考え方もあるよ、と分かっていただけたら幸いです。
田舎シャロー氏、佐田吉のロボ観察日記、第20回。
広瀬美穂子、この話の続きは…
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