ただいっぱい喋っていただいたんですけど、前半でね、今開催中の展覧会、埼玉県立近代美術館で開催中の夢見るバラ、ドリーミングローズの話をしていただいたんですが、
まだ作品ちょっと紹介しきれなかったのがあるので、ちょっとそこも改めて教えていただけたらなと思うんですが、
埼玉県立近代美術館に吹き抜け空間がありまして、ここのところにも作品が展示されている。
作品というよりも、普通に吹き抜けに穴柄毛布を干してるっていう状態にして。
それはどっちからというか、美術館側からここの空間使ったらって言われたのか、映画社さんがやりたいって言ったのか。
まず吹き抜けも使えますよ、よかったら使ってもいいですよっていう感じで提案されて、
じゃあ絶対使おうと思って。で、なんかそこに自分の作品を置くっていうよりも、なんか見に来た人がまず吹き抜け見ると思うんですけど、
なんか美術館に入った瞬間になんか違和感を感じてもらいたいなっていうのがあって、で、鼻柄毛布って美術館に例えば存在するとしたら多分作品を梱包したり、
業者さんが使うもので、あとはもう多分撤去されて見えないように隠すものだと思うんですけど、
そのなんか、当時ダサいと言われた鼻柄毛布を堂々と吹き抜けに干すことで、やっぱり見に来た人がえ、なんなんだこれって思ってもらえたら、
それはいいなと思って。で、あとは結構天気がいいと自然光も入って毛布がめちゃめちゃ綺麗に見えるというか。
なんかこうまじまじと手すりにこう手を当ててこう見て、なんか毛布ってこんな形なんだ、こんな柄なんだって意外とかわいいなとか、
結構いいな、うちもあったなとかなんか思いを馳せてもらえたらいいかなということで、ちょっとああいうふうにさせてもらいました。
本当に絶妙だなと思うのが、それこそ前半でもね、僕自分の知能が、そうだ鼻柄だった、ダサいんだって気づいたって言うけど、じゃあどんな柄だったかっていうと意外と覚えてなくて、
毎日見てるのに鼻柄であることはわかってるんだけど、じゃあ何の鼻かとか、どんな形だったかって結構覚えてなくて。
だから映画社さんの作品で改めてなんか鑑賞するじゃないですか。
で、やっぱ物によっても全然柄も違うしみたいな、だからそういうのすごく面白いなと思って。
僕も鼻柄毛布自体はもう全然、当時はやっぱ興味ないですし、柄も、バラかどうかもわかってなかったですし、
でもやっぱこう見ることで、結構その職人さんっていうんですか、鼻柄の絵を描いてる職人さんの技だったりとか、テクニックみたいなのとかを見えてきたりとかして、
なんか普通に絵としても面白いなっていうふうには見たりしてますね。
結構もうだからやっぱりこんだけ、何年なんですか、鼻柄毛布歴でいう。
一応まあ卒業したのは2011年なんですけど、そっからちょっと間が空いてるので、本格的にやってるのは今年で11年目ですね。
その間もいろんな鼻柄毛布見てきて、やっぱもう、これはどこどこさんだなとか、どこのメーカーだなとかなんかわかるよなって。
なんとなくわかりますね。これは西川産業さん、これは金棒さんだとか、金棒さん昔お布団出してたりも。
今やってるのかわかんないんですけど、結構なんとなくわかりますね。
そのうちマツコの知らない世界とか出てんじゃないですか。
いやいやいや。 鼻柄毛布の世界も。
そこまではそんな詳しくないので。
でもやっぱ日本のやつが素材としてはやっぱ、中国の時代が変わったのとかの歴史とかも全般でね、言ってますね。
やっぱなんかその日本独特の配色というか、派手にはしたいけどちょっと抑えたいというか。
なんかその絶妙なバランスっていうのは結構僕的にはすごいグッときますね。
いやそういうことでもう鼻柄の毛布ので、で学院さんたちと結構喋ってたんですよ。
その江ヶ尻さんがなんか他の方と喋ってたんで、でそこで学院さんたちと盛り上がってたの。
鼻柄の毛布もだから日本独自だなと思ったけど、布団も日本独自じゃないですか。
そうですね。
着物柄みたいな。あれもだから急に一つ違和感持ち始めると、あれ布団もダサいんじゃないとかなったけど。
布団はどうな、オフトンの方には興味持たないですか。
オフトンも結構作品使ったこともありますし、オフトンに関して言うと加工が結構難しかったりもする。
そういうのもある。
羽毛がこう出てきちゃったりとかして、まあでも布団はインスタレーションの中に入れたりとか、
布団カバーとか枕カバーとか、レースとかも結構割と興味があるので、そういったものも取り入れたりはしてますね。
それこそシングのメーカーとやり取りはしないんですか。
シングのメーカーさん実はあってですね、たぶんそれこそ2015年のスパイラルで展示させてもらうときに、
当時今西川産業って名前なんですけど、当時は京都西川さんって名前で、そこの社長さんに直筆でこういう作品を作ってますっていうのを書いて送ったところ、
社長さんはちょっとお忙しくて来れなかったんですけど、その次の偉い方が見に来てくれて、面白いことやってるねって言っていただいて、
じゃあ京都の京都西川、当時の京都西川のロビー本社で展示一緒にコラボしてやろうっていうことになって、
そっからB級品の販売できなくなった花柄毛布をめちゃめちゃいただいて、
そっから何年か3、4年くらい毎年そこでやらせてもらって、会社でまたちょっと名前が変わったりとかいろいろあったので、そこで一旦ストップはしてるんですけども、
一応今回の展覧会、埼玉の展覧会でも一応お手紙は出させてもらいました。
いいですね、いろんなシングメーカーと今度やっていくと良さそうですよね。
一応毛布協会みたいなのがあって、そこの方とは実はつながっていて、大阪の方にあんのかな。
そこでちょっとまた工場とか見学とかさせてもらったりとか、イベントごととかできたらいいなとなんとなく考えてはおります。
いやーこれはちょっと素晴らしい。じゃあちょっとそんな江頭さんの、いつもこれ聞いてることで、いつから美術に興味を持ってましたかというところをちょっとこれから掘り下げていきたいんですが、いつからでしょうか。
美術と言っていいのかわかんないんですけども、前半でもちょっとお話したんですが、体が弱いというか全息持ちだったので外で遊べないので、
母が家にいたので、母と一緒に工作をして遊んでいたので、そっからものづくりに結構興味を持つというか、いろいろ粘土だったり絵とかもいろいろ、
母が美術部だったので、いろいろ教えてもらって、そっから物を作るのがもう楽しいとか日常になっていって、
で、いざ美術大学っていうのがあるっていうのを知って、高2ぐらいから本格的に予備校みたいな、通うみたいな感じの流れですかね。
もう美術の道行きたいよ、もう結構ずっとあった感じだった。
そうですね、なんかそこは、美術っていう名は当時知らなかったですけど、なんか卒業文集とかに、絵描きになりたいとか書いてありましたね。
でも、それは持ってないですけど、いいですね。なんかでも花柄のトレーナーとかたまに来ます。 あ、そうそう、それが絵頭さんだって。あと、花柄のメガネフレームを作って、それで行かれたら、
あ、絵頭さんだってわかるし。 そこ触れられないで終わったら一番つらいですよね。
確かに、あいつずっと花柄なんだなって。 だったけど、あいつ何だったんだろうみたいな。
そうですね。 で、花柄のは結構作品いっぱい教えてもらったからだったんですけど、僕ずっとプロフィールというか、
今回のプロフィールに番組プロデューサーが用意してくれたものと、あと会場でもなんかプロフィールがあって、そこで気になったんですけど、
なんかね、2004年に、どこでも一緒、安心毛布ビッグミニ四駆ってテーマがあって、僕ミニ四駆世代なんで、
これどういう作品なんだ、どういう展覧会なのか、すっごい気になってたんですけど。
これミニ四駆をテーマにした作品が、ぽんと真ん中に置いてあるんですけど、
ちょっとこれも話すと長いんですけども、小学校の時ミニ四駆、やっぱ流行りましたよね。 流行りました。
めちゃめちゃ流行るんですよ。でも僕その時には結構友達もできていて、グループがあるんですよ。
で、やっぱその中に、ジャイアン的な、ジャイアンって言ったらあれかな、これ聞いてたら申し訳ないけど、
ガキ大将的な。
そうなんです、ガキ大将的な子がいて、やっぱその子が、やっぱその当時レッツエンドゴーっていうアニメがあって、
で、その主人公機をやっぱりそのガキ大将的な子が選んで、その次に強い、強いと言って、あれですけど、
スネ夫的なポジションの人が次のその、レッツ兄貴のハスカエルみたいな、なんかそういうので、
で僕はやっぱ、たぶんそんな気にしてるのは僕だけだったかもしれないですけど、
かぶらないようにやっぱり、生き抜くためにみたいな。
で当時人気なかったスピンアックスっていう、僕は大好きなんですけども、大好きプラス超脇役っていう、
そのミニ四駆がすごい好きで、やっぱみんなこう改造していくんですよね。
はいはい、モーター改造したりね、タイヤ改造したりしてましたね。
やっぱりそのお金持ちの子ほど、もうすごいなんかもうゴテゴテでなってって、でも原型がなくなってっちゃうんですよね。
でなんか僕それがちょっと悲しくて、もうなんかそのまんまでいいじゃんみたいな。
あとこう早く走れば走るほど、僕ミニ四駆見えなくなるなと思ってて。
またあれですか、あれの時ですよね、だからこうおもちゃ屋さんとかになんかコースが置いてあって、
でそこに持ってて遊ぶやつですよね。
だからミニ四駆だってそのスタートボタン押したらもう自動的にずっと後もう動き出てるわけですよ。
そうなんですよ。やっぱ友達早いし改造もすごい。
まあでも到底かなわないんですけども、なんかそこで別にバトルしようと思う気はなくて、
僕はそのスピンアックスをただ普通にこう止まってる状態を見たかったっていうのがあって、
でなんかそのさっきの埼玉の展覧会もそうなんですけど、ちょっとその強さみたいなことに対してのなんかこうアンチじゃない、アンチテージじゃないですけど、
そういった意味ででかくてふわふわのスピンアックスをめでるっていうのを作ったっていう。
それも毛布で作った?
はい、毛布で作って。
スピンアックスって確か聞いた気がする。
いや僕もでも。
世代はあれですもん、ダッシュ四駆。
ダッシュ四駆の世代です。でもレッツさんのとこも多分見てて、なんかこれ全然アート関係ない話なんですけど、
あの僕がミニ四駆で覚えてるのか、なんかね最初はそれこそだから漫画の世界でも多分そのコースで遊ぶ。
それがなんかね、アニメとかがどんどん進んでいくと、なんか今度、なんかね、僕の記憶が薄いあれなんだけど、アイスホッケーのなんか棒みたいなのを使ってオフロードで走らせて、
でなんかそれがコースアウトしそうになると、その棒でこう軌道修正して、なんか山を登らせていくみたいな、なんか戦い方に変わってくる。
それに憧れて、やってみようぜみたくなって、みんなで改造したミニ四駆を、なんか運動公園的なところに行ってみんなで走らせたら、
ミニ四駆早すぎて、小学生ではとても疲れから向こうに行って大破してるのを、みんなで見たときに、ほんと小学生って今考えるとバカだなと思うけど、
それで終わって、ちゃんとアイスホッケー的なのを用意して、全然できない。 早すぎて行っちゃったってことですね。
だからなんかこう、世代にだけね、刺さる、あれですよね、ミニ四駆。 これはどうだったんですか、でもリアクション的には、みなさん。
やっぱ世代の人はグッと楽しんでもらってるけど、それ以外の人なんかよくわからないよね。 例えば、ミニ四駆から説明しなきゃいけない。
そうなんですよ、ほんとその外国に行ったときと同じ状況というか、まずミニ四駆のスピンアックスがあってっていう、そうなんですよね。
で、まあ個人的にはすごい楽しかったなというふうに思ってます。 でもなんかその個人的ななんかやっぱエピソードっていうのは、こう生きてくる感じじゃないですか。
っていうと、なんか結構その辺芸人さんぽいなって、喋り方もなんか芸人さんぽいなとずっとこの中思ってて。
普段とか、エピソードを仕入れたりするんですか。なんかこう芸人さんでよくやるじゃないですか。旅行にあえて行ってみるとか。
平川 翔さんはどうなんですか。 平川 いや僕は別にそのあえてエピソードを探しに行かないんですけど、多分記憶力がいいだけなんですよね。
平川 なんで、まあ人と話すのも好きですし、あとなんか例えばガチャガチャを、ガチャガチャ大好きなんですけど弾くじゃないですか。
平川 でお目当てのものが出たら嬉しいなんですけど、僕は結構そのガチャガチャ弾いていらないものが出て、いや悔しいもう一回やるつもり、もう一回ガチャガチャって、もう一回その二個出た自分を客観的に見て滑稽で面白いっていう風なエピソードとしてなるんですよね。
失敗してる自分とかしょうもないな自分みたいなのをちょっと俯瞰で見ることっていう癖は結構あるので、結構その失敗エピソードとかマイナスエピソードから作品に変わっていくっていうのは結構多いですね。
だからそういうのを結構覚えてる方なんですね。失敗談的なもの。 平川 覚えてますね。失敗談の方が覚えてます。成功例はほぼ覚えてないというか、なんか悔しかったこと、まあそれこそ毛布ばかりされたこととかもそうですけど、やっぱそういうのを覚えてるから、そっから作品にしていくっていうのはありますね。
だからそこら辺がすごい発想が結構芸人さんに近いな。芸人さんになりたいなのなかったんですか。
平川 いやなんかここで初めて言うんですけど、中学校の時に友達となんかこうコントみたいなことやって、で、高校でも友達と漫才みたいなことやって、美術大学か吉本の養成所に行くか迷ってる時が正直あったんですよね。
マジっすか。 平川 だけど、アートをその時選んだっていう感じですね。
その時はコンビは、コンビ名とかあったんですか。 平川 ありました。
ぜひぜひ、もうぜひぜひ。 平川 いやいや、高校の時のその友達、なんだっけな、なんか全然意味わかんないんですけど、サルゲッソっていう名前でやってて、意味がほんとわかんないんですけど。
サルゲッソのボケツッコミはどっちだったんですか。 平川 僕はツッコミだったんですけど、そうなんですよね。サルゲッソにしようつってなんか、一丁前に公園で練習とかして、
でなんかさ、文化祭のなんか、当時その地元の文化会館みたいなとこで、発表会みたいなのがあって、その幕間として僕らが毎回出て漫才するみたいなのをやってましたね。
そのネタはオリジナルで作ってたんですか。 平川 オリジナルって言っても、いろんな芸人さんのネタの言いとこどりなんですけども、なんかやってましたね。
それも本は書いてたんですか、江頭さんが。 平川 あ、書いてましたね。
ちょっと似てるんですよね。僕もだからツッコミだけどネタ返したんですよ。で、中学校からお笑いやってるから、そうそうそう。なんかそこは他人とは思えないっていう。
平川 そうなんです。 でも、だからその三重県ってあんまりそういうイメージがなかった。お笑い文化、関西県だけどあんまり。
平川 そうですね。でも、毎週土曜日の昼は吉本新喜駅を見て家族とご飯食べたりとか。
割と関西テレビは結構やってたかなっていう感じが。まあ、方言も関西弁に近いんじゃ近いので。
お笑いはすごい好きでしたね。 でもその吉本行かなくて、お笑いじゃなくてアートの世界に来て、でもやっぱり今でもちょっとどっかで受け取りたいなとかと。
そのお笑いの心は。 平川 そうなんですよね。ちょっと繋がりましたね。ありますね。やっぱ笑ってもらいたいっていうのはやっぱありますね。
それって結構美術館って難しいじゃないですか。美術館に行き慣れてない。僕なんかは行き慣れてるから美術館の面白さもあったら面白いなって思えるけど、やっぱり初手で最初に行った時って美術館って笑っていいのかなって。
平川 確かにそうですよね。 だからお笑いの舞台より相当ハードルが高くなってるんですよ。なんか笑っていいよって空間がないから。
そこはどうするんですか普段。笑わせる。なんかそのハードルを下げ方がなかなかないじゃないですか。
平川 でもそれこそやっぱ毛布を干すっていうのは多分笑いを取りに行って、ハードルを下げに行ってるっていう。
その時に例えば今後また美術館でやるときに。僕はそもそもこういう仕事やるようになったのは美術館に行って、当時はお笑い芸人やったけど、美術館行って面白いなと思う作品があるんだけど、
キャプションが面白くないからあれこれ笑っちゃいけないのかなってなんか思って。でも色々と調べていくといや当時の人は笑わせに関わってたのにな。
今のキャプションが難しくしちゃってるな。だからそこの垣根を取りたくてやってるんですけど、その展覧会を今回やるときに、解説文とかキャプションはなるべくこう笑い取りに行こうはあったんです。その文章の方で。
ああなるほど。なんかいつも僕他の展覧会でもやることが、その今回の展覧会は何々でっていう入る前に、まずこんにちは作家の柄頭誠ですってびっくりマークっていうのは入れるんですよね。
一回そこで柔らかくしたいんですよ。それも一応元ネタというか、滋賀の博物館みたいな、博物館を巡りも好きなんですけど、そこの館長のご挨拶んじゃないか、
パッて壁に貼って、こんにちはなんちゃら博物館の館長のだれだれです。みんな今日は何々楽しんでってね、みたいな感じで、すごい子供目線に書いてあって、それ見たときにすごいいいなって、もう速攻参考にしようと思って、
毎回こんにちは作家の柄頭誠です。今回は何々やってみました。楽しんでってくださいみたいな感じで、ちょっとさっきのお話みたいにちょっとハードルを下げるというか、
固くしないようにはしてるんですけど、やっぱり喋っていくうちにやっぱり熱い部分があるんで、ちょっと真面目な話をしちゃうんですけど、最後に楽しんでってくださいみたいな感じはやるようにはしてますね。
今度だからお笑いのときの気持ちもあるから、はいどうもこんにちはみたいな、入りはお笑いだなってすぐわかるよね。
いやもう芸人さん、芸人やられてた方の前では到底そんなこと言えないでしょ。
いやでも一般の方がそれだとこう、だからこんにちはよりははいどうもこんにちはの方が、なんかお笑い感が。
そこなんかまだちょっと恥ずかしいみたいな気持ちが。
から芸人っぽくおはようございますにしてみると。こんにちはって結構一般だけど、芸人さんっておはようございますって最初はおはようございますから、芸能人の方ってみんなおはようございますだから。
美術館なのにおはようございますって書いてあったら、なんかこの人ただものじゃないなってなんかなる気がする。こんにちはよりはっていう。
面白いですね。おはようございます、確かおはようっていい言葉ですね。それともしかしたら急に配信後に変わってるかもしれないですけど。
午前に来た人は残っちゃった。そのまま受け取るけど、だとなんか面白いかもしれない。
ああおはようございますいいですね。
さあそして最後にいつも皆さんに聞いてる質問をこれにしたいなと。
美術以外で好きなものはありますか?
はい、なんかトークの途中でも何回か言いましたけど、やっぱ美術以外だとリサイクルショップ巡りとか、
あと旅行に行ってお土産屋さん巡りっていうものが、やっぱりすごい習慣になってるというか、
そうですね、リサイクルショップ巡りで誰かが使ったものとか探したりとか、
あとは散歩しながら街とか歩いててなんか違和感あるものを写真撮ったり、
ちょっと笑っちゃうなみたいなものを写真撮って記録して、
なんかインスタグラムもやってるんですけど、アートの作品のものとは別に、
そのなんかお散歩して撮ったものとか、リサイクルショップで見つけた変なものをアップするだけのアカウントがあって、
そこにアップするのが楽しいっていう。
それ江頭さんのアカウントはまた別アカウントですか。
別で、はい。
それは教えてもらえるんですか?それとも内緒なのか。
いや、これはちょっとね。
探していただいて。
探していただいてっていう感じで。
ちょっと僕にだけで、今までの一押し、こんなのあったよみたいなのちょっと見たい。
そうですね、裏垢みたいな。
平和の裏垢ですよね。
平和ですよな。
えーっと、まあなんかこういったものなんですけど、例えば、なんかいろいろおもちゃとか送るんですけど、
こういう電気屋さんでヘッドホンのディスプレイの。
マネキンに。
マネキンに誰かが目とか。
鼻を描いてる。
描いちゃって、で、これも欲しすぎて、同じマネキンを僕買って、お店に行って、
これと交換してくれませんかって言ったら、ダメですって言われて。
外界さんのものだから、勝手にできないよって邪魔処分するときあったら、
これと交換してくださいってわざわざ取り寄せて、調べて買ったのにダメだったっていうのとか。
すごっ。
こういった。
あー、ちょっと面白い面白い。
あと、まあなんかこう散歩してて、こう。
あ、見つけたか。
見つけた、その落書きみたいなものだったりとか。
でもそれね、ちょっとわかる。僕もね、たまにXでそういうのやるんすよ。
なんかこう、日常生活にあるもの突っ込んでるみたいな感じですかね。
まあ、いわゆるバウ的な感じの好きな人がね、わかると思うんすけど。
あとはその、赤瀬川玄平さんのトマソンのような感じのものだったり、
普通にもう、このおもちゃいいでしょって自慢するコーナーだったり。
先月新潟市行ったんすよ。
新潟市で見つけた洋服の直し屋マミーっていうところの謎の蜂のキャラクターがもう全部にあるっていう。
怖いですね。
だからこういうの撮りたくなるってことですよね。
僕も撮っちゃいます。怖いっていう。
そうそうそう。なんかわかりますわ、こういうの。
あー、とても楽しいですね、確かに。
そういうのとか、あとはこういうふうに石の詰まった排水溝が結構面白いなとか。
確かに。
なんか、突っ込んでないけど、なんか自分の中でこれおもろいって、映像として面白いっていうものとかもこう、で記録して。
確かに。
後々見返すと、あ、この時こういうの好きだったんだなとか。で、作品に繋がったり繋がんなかったり。
あとこれリサイクルショップで見つけた、ギャルが使ってたであろうところの家具みたいな。
表柄の。表柄であえて作ってるんだ。
これ多分シール貼ってるんですよね。
本当だ。カスタマイズした。
家にあったのが嫌すぎて、ギャルがステッカー買って実家の棚に貼ったんだなまで想像したら面白くなってきて。
でもそういうのがやっぱり生きてくるんだ、作品に。
そうですね。
これなんか突っ込んで終わりだもんな。なんか最近見つけたのはなんか消防博物館のポスターがあって。
はい。
多分これ四ツ谷三丁目にあるんですよ、消防博物館。それの英語がファイヤーミュージアムだったんですよ。
いいのかなみたいな。
確かに。
消防だから。
消してほしいですね。
むしろ敵の方なのに。
そうですね。
消防博物館英訳がファイヤーミュージアムが気になって。
それは良いですね。
ファイヤーミュージアム良くないかもしれないですね。
こういうのやっぱ気になっちゃいますね。
なんかちょっと江頭さんとこういうコーナー一回やりたいですね。
お互いなんかいっぱい持ってきて、なんか見つけたやつを。
そういうの取りためるのが結構好きですね。
じゃあでもなんか日々やっぱりなんかネタ探しじゃないけど、してはいるじゃないですかね。
はい、してますね、そういえば。
それこそでもこのトークを活かして、この後なんかトークはないんですか、この回帰中には。
回帰中にはトークイベントはもうないんですね。
やらせてもらえないんですかね。もう一回やりたいって言ったらやりたいですか。
もう人の前に出るのは苦手なんですけど、話すと止まんないです。
話すのはすごい好きなんですよ。
大人数の飲み会とかだと全然喋れないんですけど。
1対1とか3人までですかね、めちゃめちゃ話したくなるので、ぜひやらせてもらいたいなと思います。
ちょっとそれは学芸員さんに相談ですけど。
ぜひぜひ、これやっぱりトークありで見てもらったらいいなと思うんですよね。
いや、なんか共感がたくさんあってよかったです。
僕もなんかいろいろ知らない自分を見させてもらえた気もします。
そうだったな。お笑い好きだったって話は初めて言いました。
本当ですか。もっと言ってった方がいいかもしれない。
なんか本物のお笑いやってる方にとても失礼だなっていうか、そういう気持ちもあって、リスペクトがすごいので、なかなか言えないというか。
でも結構僕は美術館行って思ったのが、最初お笑い芸人やってたときに、お笑い芸人の方がサボってるなと思っちゃった。
若手だったとき、NSCだったときに、その芸人が作ってるネタと、たぶん当時僕が結構衝撃だったのは、
島福さん、島福道博さんがアカシのタコを捕まえて、それを4日間かけて築地に連れて行くみたいな、タクシー乗せて連れて行くみたいな映像作品があったときに、
なんかよっぽどこっちの方が芸人さんより芸人的な発想で、もちろん一流の芸人さんじゃなくて、と比べてじゃなくて、やっぱり若手で、
若手なんて結局芸人の先輩がやってるようなネタをアレンジしてるだけだったからね、当時。僕もそうだったと思うけど、美術館で見る人たちの方がよっぽど発想力がよたからなと思って、
その垣根はどこにあるんだろうってすごい考えした時期があったから、そこはあんまり卑屈にならない、いい気がしてて。
その江頭さんが多分対峙すればいいのは、同世代の芸人さんを、やっぱり上を見ちゃうとキリがなさすぎるじゃないですか、
だから、自分と同期ぐらいの芸人と比べたら、自分はこっちで面白いことやってるっていう考えの方がいい気がするんですよ。
その視点はなかったですね。
いや、なんか僕がなんでそんなアドバイスしてんのかと思いながら。
いや面白いなと思いました、すごい。
あとちなみにもう1個だけ聞いていいですか、アーティストのユキさんのMVをやられてるじゃないですか、これはどういう流れでこの流れになったんですか。
これは、このミュージックビデオの監督をやられてる方が展覧会に以前来てもらって、そこで覚えててくださってて、
こういう空間作ってる人がいるっていうのを把握してもらってたので、そこでちょっとじゃあ作りたいっていう依頼ですね。
だってユキさんなんて、ど世代じゃないですか。
そうですね、僕の世代ですね。
本当にありがたかったというか、まず撮影現場があって、僕の空間があって、別のシーンの空間もいろいろあって、
で、ユキさん来られましたって言った時に、ユキさんが、うわー来たーと思って、僕はもう端っこで立ってるんですけど、
ユキさんがまず真っ先に、僕んとこ来て、マスクとサングラスしてたかな、とって、
まず一番最初に僕に握手をして、今日ありがとうみたいな感じで、えーと言って。
で、なんでわかったんだろうとか思いつつも、本当に今日ありがとうって言ってくださって、もう本当に一気にもう大ファンになりましたね。
すごいっすね、やっぱ一流ですね。
いやなんかすごい。
だって警備員は気づかなかったんですよ。
そうですね。そうですよね。
ユキさんってすごいんだなっていう。
いや本当に、まずちゃんとこう、僕にもリスペクト持ってくれてるっていうのもすごい嬉しかったですね。
これはだからもうYouTubeでも見れますもんね。
はい。
タイトルがマイラブリーゴースト、ユキのマイラブリーゴーストでそれが見れると。
はい、ぜひ。
どうでした、自分のでも世界観にユキさんがいてみたいな。
いやもうなんかまあそれこそ夢みたいな世界だったんですけども、
なんか改めて自分の作品をこう客観的に見る機会というか、
なんか自分、展覧会作るときは自分の頭で考えたものを出すんですけど、
やっぱそのミュージックビデオにも監督さんがいて、構成があって、
まあその作品の中に僕の作品を入れさせてもらうっていうか、なんか結構また視点が変わるというか、
まあなんかその中で、この監督さんは僕の作品のことこういうふうに捉えてるんだなっていうのが見れて、
それこそ今日トニーさんとお話ししてるときみたいに新しい自分が見つけられるきっかけだなっていうのはすごい思いましたね。
こういうのでもなんかこれだけじゃなくたぶん、それこそ舞台の背景とかもお願いしたいとかもあるかもしれないじゃないですか、そういうのをやってみたいなとは。
やってみたいですね。なんか本当にできることあればやりたいなと思ってますし、
あとまあちょっと話も逸れるちゃうんですけど、GUCCIのカグヤバイGUCCIってショートフィルムにも参加させてもらったときに、
霊柩車の作品も使ってもらっていて、そこになんかこう、長山栄太さんが出てきて、長山栄太さんは霊柩車の持ち主っていう設定で、
そこにちょっと好意のある三島光さんがいて、それをドライブデートみたいに寄せるんですよ、霊柩車に。
で、でもかぐや姫なんで、こうなんて言うんですかね、王子様、王子様って言うんですか、あれ、かぐや姫にこう寄せる。
貴族的な、5人の貴族が出てくるやつ。
なのがたぶん長山栄太さんなんですけど、いろいろプレゼントを渡すんですよね。でなんか毛布のツボに木が生えてて、そこの木から真珠が生えてるんですよね。
それも映像見てもらったらわかるんですけど、でその真珠を毛布大好き栄太さんが、設定上毛布の霊柩車乗ってるんで、
その真珠を三島さんに渡すんですけど、三島さんそのドライブ中に窓からそれもらって、フェイクはいらないって言って真珠をパッと捨てるシーンがあるんですよね。
それ見た時に別に特に打ち合わせはしてないんですけど、その監督の永久誠さんっていう監督なんですけど、
がやっぱり毛布っていうのはフェイクの存在として認識されてたんだなっていうのは、で僕もやっぱりその毛布を花柄毛布がフェイクとして扱ってましたし、
フェイクっていう存在を他の展覧会でもいろいろ増加を使ったり偽物のワンちゃんとか犬とか猫とかも使ったりとかして、
なんかそこでちょっと永久さんとの意見交換じゃないですけど、なんかその作品考えるものが一致してそこはすごい嬉しかったですし、
やっぱりなんか自分のやってることっていうのは、なんかこう届くんだなーとか思って、すごいそれはなんか嬉しい体験でした。
すごいっすね。霊柩車で作ってよかったっすよね。
よかったです、本当に。
だから、かぐやの先輩もよかったっすね。だからそこで、そんな作る意味ないだろうなんて言われてたら作ってなかったわけじゃないですか。
その何気なく作った一言で、最終的に中山豊さんがそこに乗るなんて、誰も想像しなかった未来ですよね。
本当、確かにその先輩、そこのかぐやの先輩もちょっと変わった人が多いというか、音楽やってたり、漫画描いてたり、イラスト描いてたりとか、
なんか、まあいい方、普通の人じゃないんですよね。
普通じゃない人の集まりで、やっぱりそういうことやってる絵頭、応援したいっていう人が多かったので、
いやもう早くやめて、お前はアーティストになれよ、みたいな言ってくれる先輩だったので、
それはなんか本当にその人に背中を押してもらえたなっていうのは思いますね。
で、それでそのショートフィルムのタイトルが、かぐや by ぐっちて、またかぐやで繋がるし。
なんかすごいことになってますよね、ぐるっと回って。
そこは気づかんかったです。
夢は気づいたのに。