はい、アートテラー・とにスのそろそろ美術の話を。この番組は、私アートテラー・とにスがアートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
本日はアーティストの江頭誠さんをゲストにトークをしていきたいと思います。 はい、ということで江頭さんどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。 二度目ましてということですね。しかも初めましての時もそんなにたくさんは話ではないんですが。そうですね。
後々ね、ゆっくり話していただきますけども、埼玉県立近代美術館で今、個展が開催中ということで、その個展の会場で内覧会でお会いさせていただきまして。
で、なんかその翌日に、後でその話も聞きたいなと思うんですけど、その翌日に講演会というかアーティストトークが控えているっていうので、
なんか30分の予定だったのを1時間にしてもらったみたいな。 なかなかこのアーティストの皆さんって話したがらない中、倍にするってことは、お話好きな人なんだなと思って、
この番組に呼んでみようと思って呼んでしまいましたが。 ということでじゃあ改めてすいません自己紹介を。
改めましてあの、毛布で作品を作っております江頭誠と申します。 よろしくお願いします。
江頭さん、型描きはどういう感じですか。 型描きはまあなんかその展覧会によってもいろいろ変わるんですけど、あんまりアーティストっていうのはちょっと恥ずかしいなっていう気持ちもあったりして、
じゃあ何がいいかなって時に、造形作家とか、あとは主にメイン毛布で作品作ってます。なんか型描きみたいななんかこうふわふわさせてるような状態で。
あえてってことですね。じゃあ最初にアーティストって言っちゃいましたけど、じゃあ本当は毛布で作品を作って。 アーティストは絶対自分から言うのが恥ずかしいっていう。
いやそのまあさらっと出てきましたけど、まあいろんな世の中にアーティスト、造形作家、芸術家いますけど、毛布で作品を作る人ってのはなんだってことですよね。
そうですね。 どういう毛布でどういうものを作るって言ったらいいんですか。
毛布で、まあ主にインスタレーション、空間を作ったりとか、あとは小さいまあ50センチかける50センチぐらいのオブジェを作ったりとか、
大きい立体物を作ったりとか、もうありとあらゆる、あとは洋服を作って着てもらったりとか。
もう毛布でってことですね。 毛布で洋服を作ってってことですね。
毛布ってのはこう僕らがイメージする毛布。まあ毛布もいろんなのがありますからね、その毛布って言っても。
あの、まあ多分日本人ならまあ一回は見たことあるかなっていう、まあ今の若い子たちはわかんないんですけど、花柄のあの装飾的な毛布、ちょっとおばあちゃん家とかおじいちゃん家でもいいんですけど、あったような、
昭和漂う花柄毛布っていうのを主に素材として使ってます。
これはもう多分絶対みんな聞かれてると思いますけど、なんでまたその毛布を使って制作するの、なんでみたいなことですよね。
そうですよね。僕もまあそういう毛布を使ってたんですけど、僕三重県出身で、多摩美術大学に無事入ることができて、東京に上京した際に一人暮らしをしてたんですね。
で、まあこう部屋を、まあ六畳一間の部屋に、まあちょっとベッドを置いたり、ちょっとなんかこういろいろインテリアをかっこよくしてるつもりだったんですけど、
毛布だけがね、そういう花柄、母親からもらった花柄毛布で、まあでも自分にとってはそれが普通だったんですけど、友達がこういざ東京の友達が来たときに、
ちょっとまあ自信満々で行ったんですけど、まず第一声がもう花柄毛布がダサいって言われて、僕にとって結構それは普通のものだったので、見えてなかったんですね。
ノーマルというか、自分にとって普通だったので、でも友達にとってはそれがかなりバチバチに見えてきちゃったらしくて、その瞬間僕もすごいその柄が自分の中で見えてきて、
まあ恥ずかしさもあるし、あとはその母親からもらった毛布だったので、まあちょっとそのもやもやする気持ちみたいなのをずっと抱えながら大学4年間を過ごしてて、
で、大学の卒業政策っていうのがあるんですけど、そのときにまあそのずっと持ってる素材をちょっと使ってみようってことで花柄毛布を卒業政策で作りました。
そのときの毛布はその自分が使ってた毛布だったんですか。お母さんからもらった毛布を使って作ったんですか。
そのときは使わなかったんです。いずれ使うことにはなるんですけど、そのときは配達業者さんとかが買う花柄毛布、梱包材の毛布が何枚かセットで売ってるのがあって、
特にそのときは花柄とか薔薇柄とかあんまり意識せず、とりあえずそのダサい毛布を集めて、ダサいと言われてる毛布を集めてなんか作品を作りたいっていうことで買ってましたね。
でもそうですよね、4年間大学のその1年目の一発目のその毛布がダサいって言われたことが4年間もやもやするって、その言った方もそんなそこまで悪気はあったわけじゃないですね。
全然ないと思います。 なんか深川良さんの一言ネタみたいな感じですね。なんかえぐってくる感じの人。
そうですね。 お前の毛布ダサくないみたいなこと言われたと。
そうですそうです。大ダメージではないんですけど、なんかこうずっとやっぱりダサいって言われるのが結構自分にとって響くなというか、なんか格好悪いとかダサいとかっていうのって結構ショックだったというか、やっぱ気合が入ってたんですよね、東京で。
舐められないように。 舐められないようにっていうのがあった。
だから逆にインテリアが格好良く過ぎたから目立っちゃったってことですよね。たぶん実家とかだったら目立たないのかもしれないけど。
確かに。 なんか浮いて見えちゃったってことなんでしょうね。
浮いちゃってたんでしょうね。 いやでもこれを聞いて、それこそ今回も毛布でできた盆栽だとか、毛布の彫刻とか、色のビナスでしたっけ、とかあったり。
で、そのステートメントのところにその今の話が書いてあって、何が衝撃的だったって、僕も42なんですけど、今の今までダサいと思わずに、この花柄の毛布を実家から持ってきたやつを使い続けてたんで。
だからその美術館で、え、毛布って花柄ダサいのっていう、たぶん英川志良さんが喰らったやつを42にして喰らうっていうね、あれは衝撃的でしたよ。
いやでもダサくないんじゃないかなって最近思いますけどね。 一瞬回ってですね。
でもそのまあ最初のスタート地点として毛布を使おうと思って、そのダサいものをまあ自分の中で消化するじゃないけどしたときに反応はどうだったんですか、周りの。
周り最初に作ったときはやっぱ素材としてみんな木を掘ったり石掘ったり鉄溶接したりっていう、なんかまあ彫刻のいわゆるスタンダードな素材みたいなのが結構多い。
なんかいきなり花柄毛布使うやつってまあそうそういないので、もの珍しい感じだったり、あとはなんか僕の性格上なんかこうボケちゃうというか、オチを作りたがるというか。
なんかそれって本音を隠すとこでもあったりもするのかなと後々思ってくるんですけど、まあそういったところでちょっと笑ってもらいたいみたいな気持ちもあって、まあ思うように笑ってくれて、
そのときはめでたしめでたしみたいな感じで、楽しんでもらえてよかったなっていう感じですね。
でもそこで終わってもよかったわけじゃないですか、それからもその毛布を選択し続けるというのはどういう流れになっていくんですか。
で僕卒業してから、大学4年生のときって大体就職活動とかみんな周りでやり始めて、
でなぜか僕も特に就活する予定なかったけど焦り始めちゃって。
周りがやってるから。
周りがやってて、この先どうなんのかなとか、アーティストってちょっと食べていけんのかなっていう不安もあり、とりあえず仕事しなきゃっていうことで、
まあいろいろ、いろいろと言ってもやってる人よりかは少ないですけど、物壇を作る会社とか家具を作る会社、家具を修理する会社みたいな説明会受けたり、面接受けたりもしたんですけど、結局全部ダメで、
で、そこから1年間フリーターとして窓ガラスのフィルムを貼るバイトみたいなのをしつつ、
なんていうんですか、就活浪人っていうんですか、まあちょっと就職するまでの間をやっていて、でたまたまそのフィルムのバイト行く途中の車の途中で、
下北沢の近くにあるアンティーク山本商店ってお店が、そこは家具を修理してお客さんのとこに届けたり販売したりするお店があって、そこが募集してたので、
で、これはもう絶対行こうと思って応募したら、そのタイミングも良くてラッキーなことに取らせてもらって、そこで4年間働かせてもらうので、
僕は卒業してから計5年間何もその作品っていうのは作ってなかったんです。ちょっと前置きがすごい長くなっちゃったんですけど、
で、家具をお客さんから依頼があって修理して販売してて、めちゃめちゃ楽しかったです。やっぱり手を動かす仕事っていうのは、なんか昔からやっぱ物作るのも好きでしたし、
やっぱ楽しかったんですけど、なんかやっぱ心のどっかで、ゼロから自分が考えて作った物ってやりたいよなーってなんとなく思ってて、
で、家具をお客さんのとこに配達する時に先輩とセットでハイエース乗って行ったんですけど、
運転しながら、なんとなく先輩に、なんか霊球車を花柄毛布でくるんだら絶対良いですよね、みたいなことを言ってたら、先輩が、
いや、その話もう5回ぐらい聞いたからみたいに、僕は無意識のうちに、いろんな先輩とセットなので、この先輩には言ってないかなと思ったら、
同じ先輩に5回言ってたらしくて、そんな言うんだったら作ったほうがいいよって言われて、
で、作るって言って、ギャラリーとかどうやって展示したらいいんだろうとか、お金もそんなないしなーっていうところで、
アートコンペとりあえず出してみようと思って、ネットでそのアートコンペのサイトとりあえず探したら、
ちょうどその時に岡本太郎現代芸術賞が募集かかってて、 川崎市で農家もたる美術館でやってるんですね、はいはい。
そこで、ちょっとあんま詳しくないけど、とりあえずなんか動かないとダメだと思って、とりあえず書類書いて、
で、ノープランで、コンセプトも特に固まらない状態で、でも映像だけはあったので完成図が、霊球車の絵描いて、
で、後付けでコンセプト書いて送ったら、書類審査が見事通って、で、あそこは書類が通るともう展示ができるんですよ。
なので、あ、通っちゃったと思って、で、慌てて、週5で働きつつ、残りの週2日をもうそれで半年ぐらいかけて、ちまちまちまちま、
で、霊球車を8本1ロールで原型を作ってるんで、まあアトリエ、郷土アトリエみたいなのがあるので、そこでちまちま作って、
で、なんとか半年もかかってないかもしれないですけど、で、出すことができて、そしたら特別賞をもらえたっていうので、ようやくそこでなんか、
毛布、卒業後、ずっと多分なんか不完全名称だったんでしょうね。
まあ毛布やりきったと思ってたんですけど、でも結局無意識のうちに、花柄毛布で霊球車作りたいっていうのは考えてたので、
なんかそこでようやくその、失ったわけじゃないですか、失った5年間が急に繋がったみたいな感じで、そこからちょっと毛布の作品を作り始めたいなと思って、
どんどんどんどんそこからシフトチェンジしていくっていう流れですね。
あの、僕実は岡本太郎見てるんですよ。
ありがとうございます。
そんなバックボーンがあるかどうで知らなくて、当たり前のように出てたけど、やっぱそこまでが大変だったんですね。
まあそんな大変ってことでもないですけど、ずっともやもやしてたっていうのは多分あったんですね。
でも本当そもそもで今気になったんですけど、いや結果としてすごくインパクトあった。
全然覚えてたし、その話聞いて、ああそういう作品あったなと思ったけど、その毛布で霊球車をくるんだら面白いって何なんですか。
最初の、なんか当たり前のように聞き流したけど、いろんなもの、要するにくるむものはいろいろあるじゃないですか。
なんでもいいけど、なぜ霊球車だったとか、それは何だったんですか。
そうですね、霊球車っていうのは昔から好きな存在というか、下がアメリカの車で、上が日本の神社の屋根みたいな、
そもそも違和感でしかないですけど、それが普通に馴染みがある形だったりして、
なんか過剰な装飾的なものだったりとか、あとはその霊球車通ると、なんかその親指を隠したりとかもあるじゃないですか。
で、やっぱ見るとそこに亡くなった方が乗ってるんだなって意識が働いて、なんかこうドキドキするというか、
なんかその、見えないけど、なんかその誰かがいる気配みたいなのをすごい感じて、形的にも面白いし、装飾的にも面白いし、存在としてもなんかすごい気になるもので、
結局なんかそれって自分が死ぬことに対して、自分以外の死が怖いみたいなとこだったり、後で結構気づき始めるんですけど、
そういった意味で霊球車っていうモチーフは結構ずっと気になっていて、あとはその毛布っていう、さっき霊球車の話でもあったんですけど、
上が日本で下がアメリカ製みたいな、で、花柄毛布も結構日本独自のものなんですけど、西洋風の柄っていうので、
たしかに、たしかに。
なんかその日本の文化が結構海外の文化をミックスして、うまいことこう味変できるっていうか、自分たちの食べやすいように味変できるみたいなとこも結構面白いなって考えてたりとかして、
で、そこでちょっと組み合わせてみたら面白いんじゃないかなっていうことで作ったっていうのもありますね。
ちなみにその卒業制作の時は何の形だったんですか。
たしかに卒業制作の時は大阪城を作って。
じゃあまあまあ、なんかラインは似たところにあるって。
そうですね。なんかその大阪城のタイトルが大阪冬の陣っていうタイトルで、毛布冬に使うよなーみたいなだけの。
そこはあんまコンセプトはない。
ないです。本当に4年間の集大成が最後ダジャレっていうので終わっちゃうんですけど。
でもなんかやっぱり僕ってその言葉先行よりもビジュアルが頭に出てきちゃって、
そっからちょっとずつなんでそんなビジュアルが出たのかなっていうのを紐解きながら言葉を足していくっていう制作方法が多いなというふうに思ったりもしましたね。
じゃあ一発目が大阪城で、まあその二発目がその霊宮城で、
でそこで、まあたぶん本当にやっぱり岡本太郎賞の時は先列な、まあ言ったら元デビューなわけじゃないですか。
そうですね。
そこからもう自分はもう毛布の人で行くぞってなるんですか?
それともこれはこれとして一回もう昇華したから次は違うものを作ってみたいなになるのかっていう。
その時は今思い返してみると、一回それで終わってたんですよね。もう特別賞取って。
もう賞も取れるとも思ってなかったですし、で一旦完結って感じだったんですけど、
なんかそれと同時に、僕あのちょっとその時なんか完結ではあったんですけど、アーティストになるみたいな気持ちはやっぱどっかしらあって、
まあ毛布を続けるかちょっと置いといて、で仕事を、家具屋を辞めてアーティストになるって気合がなんか入ってたんですよ。
何も決まってないのに。で一年間ぐらい何もせず、ギャラリーとか美術館から展示のお話来るかなと思ったら、
何にも来ず当然のように。
あの賞取っても。
賞取っても何も来ないんだなっていうのがあって、で当時の大学のお世話になった先生にちょっと相談で電話したら、
バカ野郎、お前何も作ってないのに、しない受け身になってんだよ、まず作れよみたいなね、ちょっとこう知った劇例があり、
そうだよなと思って、もう一回アートコンペを探って、でその時に青山のあるスパイラルのアートコンペのSICFっていうのに応募して、
でそれも書類が、なぜか書類書くの得意なのかわかんないですけど、それも取って、でそこで展示したらグランプリをいただけて、
そっからようやく毛布の作品としてやっていこうっていうのと、作家業としてちょっとずつこううまく波に乗り始めたっていうのがスタートかもしれないですね。
もう2回賞を取んなきゃいけないんですね。なんかお笑いで言ったらもうM-1なんてもうファイナリストになったらもうまあまあ食べてけそうだけど、
そうですね。
赤本太郎賞だけじゃダメだ、まあまあ作ってなかった。
まあでも特別賞っていうのもありますし、やっぱ結局受け身だとダメなんだなっていうのはもう本当痛感しました。
スパイラルの時はどういう作品を出されたんですか。
スパイラルの時はちょっとあそこのアートコンペも特徴的で、スペースが高さは3メートルぐらいで横と奥行きが1.5メートルぐらいのちょっと小さいスペース。
赤本太郎賞はたしか5×5×5だったから、それからしたらちょっとちっちゃくなるんですね。
だいぶタイトで、でまあそのジュエリーやったりとする人もいれば絵画もいるし、インスタレーション立体とかもちろんあるんですけど、
みんなその中で何かするので、なんか普通にそこに物を置くだけじゃ、まあアートコンペって目立ってナンボだと思ってたので、
どうしようかなと思った時に、もう全部毛布で貼っちゃおうっていうことで、壁を全部毛布で貼って、
そこまでは決まって、じゃあ何、これだけじゃちょっとダメだと思って、じゃあ洋式トイレを作ろうってことで、
洋式トイレを置いて、ちょっと金持ちの友達の実家のトイレぐらいの大きさの花がら毛布の空間を作って、それがなんとグランプリをいただけたっていう。
すっごいですね、そのときは何かコンセプトは、さっきの霊柩者の中やっぱりすごいコンセプトは、今回はどういうトイレは。
それはまあ洋式トイレなので、まあその西洋とミックスっていうところは多分ずっと頭の中にあったので、
次何かなって思った時に洋式トイレっていうのがつながって、多分もうちょっと当時いろいろ考えてたんですけど、今思うと不安直だなって思うんですけど、まあそういったものでやってましたね。
うーん、でも結局その後も、まあ今もう私の中でも毛布が結構モチーフになってる。
毛布で飽きないというか、毛布にこう結局でいこうと思った中、毛布の魅力って何なんですか、橋原さんとって。
橋原 まあ正直何回も飽きてはいるんですけど、何回も飽きてはいるんですけど、なんか毛布の魅力、まあ当時と今だと全然変わってくるんですけども、当時はまあそのバカにされたダサいと言われた気持ちを消化することだったり、
あとはちょっとぬいぐるみみたいで可愛いとか、あとはまあその毛布を使っていることでオチというか笑ってもらえるみたいなところももちろんあったんですけど、まあ近年になってくると、なんか毛布が例えば道路とか部屋とかに置いてあるだけで、
なんかこう気配というか、ちょっと湿気を感じる存在になってきたというか、ただの布の塊っていうか、なんかそこに置いてあるじゃなくて、そこにいるっていうなんか存在になってきたっていうのが結構自分の中で変化としてあって、やっぱそのぬいぐるみ的っていうのももちろんありますし、誰かが使っていたっていうのとか、
っていうなんかあと匂いだったり肌触りみたいなので、まあそういったところでやっぱり気になる存在ではあるんですけど、何回かね別れたり付き合ったりっていうのを繰り返してる心の中では状態ではありますけど、やっぱりそういったところと、
やっぱりその母親からもらった毛布を馬鹿にされたっていうところで、やっぱその母親とつながってくるってところも、やっぱなんかあんのかなっていうふうには、まだうまいこと言語ができてないんですけど、なんか最近はそういうふうに感じますね。
ちなみにその馬鹿にされてしまった、その母親からもらった毛布は何に変わったんですか。
多分、霊柩者の一部になってます。
基本的にその使われてる毛布っていうのは、誰かが使った毛布なんです。それとも新品を買うってくるんですか。
誰かが使った毛布が良くて、で、主にリサイクルショップ巡りが僕、趣味としてあるんですけど、リサイクルショップ行って、その中のルートの一つに毛布コーナーがあって、毛布を見たりとか、あとはまあメルカリヤフオクとかでももちろん見ますし、
あと一番いいのはジモティっていう、直接お客さんとやり取りするっていうのが一番良くて、やっぱその誰かが使ってたって絶対分かるので、まあちょっとなんか気持ち悪いかもしれないですけど、
なんか謎に地方の埼玉の方とかなんか行って、なんかその人と取引してお金渡して毛布もらって帰るみたいなとか、あとは配達業者さん、引っ越し業者さんとかが花柄毛布を梱包剤として使われてて、
そういうのを見つけると、僕新品の毛布も持ってるので、それと交換してくださいって言って、そのダメージを受ければ受けたほどいい毛布なので、それをちょっと交換してもらって、で向こうも、いやそんな新品だと嬉しいみたいな感じで、できるだけその人が使っても集めるようにはしてます。
じゃあ今回展覧会に使われてる作品も基本的に誰かが使ってた毛布ってことなんですね。いい毛布の柄とかはあるんですか、自分の中で、この柄好きだなとか、これはそうでもないなとかは。
やっぱり毛布の繊維にもよるんですけど、最近の軽い毛布とかだと、軽いせいか光が反射しちゃってキラキラして見えてあんま柄が濃く見えないんですけど、昔のはもうちょっとマットな感じで、二重構造になっているんですけど、それだと柄もはっきり見えますし、
あとなんか多色ずりだと、やっぱこう得した気分になるというか、いっぱい色があるといいなとか、あと色もやっぱりピンク赤が多いんですけど、青とか緑とかと出会うとやっぱ嬉しいとか、そういったのとかもいろいろありますね。
今これ聞いてる方で、うちそういう毛布だなって思う人がいるとするじゃないですか、新品と交換してくれるシステムあったりするんですか。 全然交換させてもらえないです。 お互いウィンウィンですもんね、新品が欲しい人と。新品も花柄なんですか。
いや、新品は無地のものも、たまに無地のものを買ったりもするので、そういったものを交換したりとか、あとなんかまとめ買いとか10枚で買うと、なんかまた、でもそれは新品じゃないですけどね、無地のもの入ってたりとか。
それとも交換する。だからやっぱ集まるに越したことはないんです。素材としては。これでも本当それこそなんかいろんな、グッチのショートフィルムのアートワークもすごい。海外の仕事も今してるじゃないですか。海外の人はどういうリアクションになるんですか。
なんかもう、花柄の多く当たり前すぎて、これもう全世界共通ぐらい勝手に持ってたんですけど、これは意外と日本だけ。 そうですね、まあアジア圏は割と、まあ上海の人とかと話したら、結構こういうのあるよって言って見せてもらったりして、でもなんかやっぱ若干ちょっとこう、中華っぽいというか、ボタンなのか、なんかやっぱ装飾の配置とかデザインも違ったり。
あと何年か前にロサンゼルスで展示させてもらったときもリサイクルショップを巡りしていて、花柄毛布を見つけたんですけど、なんかそのメキシコから流れてきた感じの毛布、なんか調べたらメキシコにもそういった家庭的な毛布みたいなのが、ちょっと名前忘れちゃったんですけど、あるんですけど、花柄なんですけど、色が蛍光赤っぽいみたいな。
また違うんだ、色柄。 色合いとかもう雰囲気も全然違いますし、あるはあるんですけど、でもやっぱそのロサンゼルスで展示したとき喋ってて思ったのは、やっぱりまず花柄毛布、日本の花柄毛布自体は知らないんで、まずそこからの説明と、その例えばモチーフに木彫りのクマがあったら、木彫りのクマの説明と、説明がこう何重にもなるので。
霊柩者もわかんないからね。 霊柩者もわかんないので、結構そこは受け入れるまでに時間がかかっちゃうので、単純に見た目がクレイジーみたいな感じではあるのかなっていうのを思いました。
そうかね、インパクトは強い。だから逆に言ったら、向こうは見たことないもので見たことないものを包んでるみたいなことですもんね。 そうなんですよ。だから日本的なモチーフよりも、やっぱりちょっとロサンゼルス、アメリカっぽいもののモチーフの方が買いやすいとかそういう話をしてたんですよ。
なるほど。 あったりもしたり、ニューヨークではもっと茶色っぽい色の方がいいよとかそういう話とか、家に置くには茶色の方が家に合うよとか、大きい方が、アメリカの家大きいから大きい方がいいよとかそういう話もあったりもして、それは面白いなと思って聞いてました。
でもだからといって文句はやめてくれと、無事にしてくれとかもないんですか。 そうですね。 ってことですよね。そこがだから面白がって、結構全世界的に面白がってもらえてる。
これはもう無事でやったらただのぬいぐるみ作る人になっちゃうんで。 確かに。だからいわゆる柔らかい素材のソフトスカルプチャーみたいな、それではないってことですよね。別にそれの作家さんですって意味じゃないですもんね。
そうですね。 じゃあなんとなく作家さん像がわかっていただいたところで、ぜひ満を持して、今開催中の展覧会について教えていただきたいなと思うんですが、
今現在埼玉県立近代美術館で開催中の展覧会。タイトルから教えてもらっていいですか。 夢見るバラ、ドリーミングローズですね。
なんか、なんか宴会っぽい感じがちょっとあります。 そうですね。確かにちょっと昭和開放的な感じは。 昭和開放がありますね。さあどういう意味なんでしょうか。
一応この展覧会は、僕いろいろビジュアルからさっき入るって話したんですけど、まずドリーミングローズって言いたいっていうところから入って、
言いたいけどね。 でもサブタイトルから始まって、でもなんかドリーミングローズだけじゃなと思って、ちょっとさっきおっしゃったように昭和開放っぽい感じで、
日本のタイトルのあたりにちょっとドリーミングローズみたいな、なんか昔のアニメの映画とかにもよくあったような感じをしたくて、
まあそれでちょっとここから決まったんですけど、でまあ夢見るってなんだろうなと思ったときに、まあ夢っていうところで、
まあその、例えばお布団の中で寝る夢っていう夢と、あと憧れに、自分が将来になりたい夢みたいな、何かに憧れる夢とか、その憧れって果たして
自分にとって、なんだろうな、悪夢なのか吉夢なのかとか、なんかまあそういった感じで、ちょっと夢に対していろいろちょっと考える展覧会にしました。
で、まあ今回インスタレーションなんで本当たくさん作品あるじゃないですか、どこからあれを作っていくことに、このまあコンセプトとか展覧会のタイトルが決まった、じゃあ何を展示していこうってのはどうなって決まっていくんですか。
最初はその自分が憧れているものってなんだったんだろうなって考えたときに、やっぱりその幼少期に、まあちょっと善息持ちだったので、
まあその外で遊べないっていうところで、まあ外で遊んでる人の憧れとか、スポーツへの憧れとか、チーム戦、チーム戦ってかチームで何かやるみたいな憧れとか、まあそういったことだったりとか、
あとはまあ予備校で、そこから予備校とかで石膏デッサンとかもしていくんですけど、まあなんかちょっと異質な空間というか予備校っていうのは、ひたすらデッサンをやっていくんですけど、正解がもうあるんですよ。
例えばリンゴだったらこのリンゴを描きましょうって、それ以外はもうそこに近ければ近いほど勝ちみたいな、それをもう競い合うバトルみたいな感じなんで、
なんかそういうまあ、ひとつの正解に向かうことの憧れとか、あと自分はなかなかこう太れない体質とかもあって、結構細いんですけど、やっぱり筋肉をつけるためにめっちゃ筋トレしてる時期とかもあって、でもそれでもすぐ取れちゃうみたいな、
そのマッチョ屋の憧れみたいなとこもあって、でもそれってどっから発生してんのかなっていうのは、本当にそれ自分にとってハッピーなことなのかなとかいろいろ考えたりして、で、まあちょっと話もまたそれじゃすいません。
高校の時とか、中学の時か、地元が結構やんちゃな、ちょっとやんちゃな子が多い中学で、まあちょっと僕も見た目もひょろいし、なんかこうなよなよしてるんで、からまれやすかったんですよね。
街歩いてても、友達とポケモンの映画見に行ってる途中、なんか肩バーンってぶつかられて、これなんだろうなって思って振り向いたらめちゃめちゃ睨んでるヤンキーとか、自転車で友達で走ってたら兵装してくるんですよ、ヤンキーが。で、ブレーキをこうグッと握られて止められちゃうんですよ。
で、なんか最初久しぶりとか言って、友達かなと思ったら全然知らない人で、止まったら最後で、そしたらなんかもう狂担みたいな感じで、あるくらいのもう怖い日常があったんですよ。もうやだな、こんな街と思って。
街単位で、早く出てくぞ、こんな街を。 出てきたいと思って、そうなんですよ。で、高校に入るときに、部活動、僕ハンドボール部中学のときにやってたんで、高校に入るときも、じゃあハンドボール部入ろうと思ったときに、
ハンドボール部の先輩が後輩に、当時ガクランだったんですよ、ガクランをあげるみたいな習慣があったのかな。で、先輩がこれ頭上げるよって。で、くれたのがやたらと太いガクラン、パンツの部分太い。 たぶんその先輩の体型のだから。 体型ので、なんか変形ガクランみたいなのが流行ってたんですよね、当時。
いつの時代の80年代、今日から俺はみたいな世界。 そうなんですよ、ちょっと特殊なんですけど、なんかこう太いガクランが流行って、当時スケーターっていう名前だったかな、それをもらって。で、入ったらまあまあイカツくなるんですよね。で、なんかそこからちょっと絡まれなくなるというか。
見た目であいつはヤバい奴だ、みたいな感じになるのかもしれない。 そうなんですよ。で、まあ同級生ほとんどみんな太いんであれなんですけど、街に出ても絡まれないんですよね。で、やっぱりその体を大きく見せる、そのガクランが太いこともそうですけど、動物の威嚇行為も体を大きく見せることだったりとか、
なんかそういう威嚇行為、自分の体を大きく見せることで、まあその安心するっていうところはなんかあったんですよ。そういう憧れはもちろんあったんですけど、やっぱそれって果たしてなんか威嚇することってなんかいいことなのかなーとかいろいろ考えたりして、
なんかちょっとずつ、まあ展覧会の内容も最初石構造がバンバンって並んでて、強さだったり正解、正しさみたいなところを、ちょっとずつ毛布をくるむことで柔らかくしていこうっていう試みから始まって、で、まあ次に、まあ何だろうな、何が来たっけ、努力と根性と忍耐って書いた、まあちょっとこれ言葉じゃね、なんともわかんないんですけど、
なんかこう、なんか学想されてる感じの、はいあの大理石のシートを貼った、まあちょっと細かく言うと難しいんですね、なんかあの昔松入堂とか行ったときに昭和のお土産で、石に努力根性忍耐ってなんか昔のお土産ってやたらと書いてあって、それをちょっとスタイロフォームっていう発泡フチロールの素材で大きく作ったものを飾っていて、
で、中身はスタイロフォームなんですけど、表面大理石シートを貼ってて、努力根性忍耐って文字が刻まれてるんですけど、
だからまあお土産物、昔のお土産物屋さんにあったような書体で書いてあってってやつですよね、うんうんうん、
なんかそれもなんか、結構その言葉重いなとか、その重厚的な男臭さみたいなものをもうちょっと軽やかにしたいっていうのと、
だから実際に持ってみると軽いってこと、まあ持てない、お客さんは持てないけど軽い素材なんだ、はい、
で、軽い素材にしたりとか、その大理石シートを貼るっていうのも、なんか僕もバイトしてたときに、
まあなんかその内装業みたいなバイトもしてるときがあって、テーブルとかにこうなんか大理石のシート貼ったりとかするんですけど、
そこでなんか職人さんが言ってたのが、やっぱテーブルは大理石だよなーって言ってて、
なんかやっぱかっこいいみたいな、大理石やっぱいいよなーみたいな、なんかその価値観でどこから発生するのかなーみたいな、
高級層に見えるからいいのかなーとか、でもそのワードがずっと気になってて、で大理石シートを作品にいつか使いたいっていうので、
もちろん毛布の柄も、なんかロココ町のやたらと高級感のある西洋の柄みたいなので、
高級感みたいなことだったり、なんかその自分たちに勝手に擦り込まれてる価値観みたいなのをもうちょっと疑ってもいいかなっていうことで、
そういった作品を作ったりしながら、でその次にトロフィー、スポーツとかで大会とかで優勝したときにもらえるトロフィーがひたすら並んでるんですけど、
花柄のマットレスを台座に見立てて、そこにいっぱいトロフィーが並んでいて、そのトロフィーにも花柄毛布が貼ってあるんですけど、
それもなんかちょっと、肩書きの話も冒頭にももちろんあったんですけど、どこどこで賞を取ったとか、どこどこ大卒とか、どこどこ出身ですみたいな、
なんかそういったものに対してもうちょっとなんか、僕もなんかちょっと疑う部分もあるので、なんかそういったものをもうちょっと軽やかにしていきたいなっていうことで、
あと単純にトロフィーの形がなんかキラキラして可愛いなって、なんかトロフィーをものとして見たいなというか、
その背景にあるなんかその肩書きとか権威的なものじゃなくて、なんかもうちょっとトロフィーって面白くないみたいな、
はいはいはいはい、なるほど。 なんかいろんなダンベル、バーベル持った人とか、なんかサーフィンしてるちっちゃい人とかいっぱい乗ってたりして、
とかなんかゴルフやってる人とか、なんか結構そのおもちゃとして面白いというか、なんかそういったものでちょっとずつ毛布を混ぜることで、
なんかそういう力みたいな、権威的なものをちょっとずつ崩してっていく行為みたいなのを構成としてやってて、
そこまでは結構今までの自分の展覧会のやり方としてはよくあるあるというか、何かに対して疑問を投げかけるとか、ちょっと変換してとかいうやり方あるんですけど、
なんかその何かを否定したり疑問投げかけることっていうのは結構僕にとって簡単だなと思っちゃうんですけど、
じゃあ君はどうするの、君は何がいいのっていうところはいつも逃げてきちゃってたんですね。
自分の意見みたいなところ、もちろんその前にもいろいろ意見はあるんですけど、やっぱ最後になんか自分にとって夢というか、
毛布なので安心毛布っていう言葉がある通り、なんかそういうでかい、何だろう、
楽覧着て強く見せることで安心してるってよりも本当の安心する自分って何なのかなって思った時に、
毛布という存在っていうのをもうちょっと改めて考えて、最初はでっかい犬作ろうかなとか思ってたんですけど、
でもなんかでかい犬ももちろん癒されるんですけど、なんか大きい塊も結構威圧的だなってちょっと思ってて、
なんかそれってこうお客さんを圧倒させるんじゃないかな、いい意味でも悪い意味でもなんかちょっと支配するみたいな感じがすごいちょっと気になったので、
で、ふと今まで石膏像とかトロフィーとかで使った花柄毛布切り取った後の残骸がいっぱいあったんで、
それを使って何か作品を作ろうと思って、で、なんかこう花柄だけ切り取ってるんで結構穴空きになってる毛布がいっぱいあるんですよね、
で、それをなんか屏風みたいな形でちょっと表現したら面白いかなと思って、
なんか屏風って彫刻でもないし絵画でもない、なんかその中間というか自立する絵画として面白いなと思って、
ちょうど毛布何枚分かな、6枚分ぐらいを蛇腹状にこう、裏にこうペニヤ板とかかましてるんですけど、自立できるように立てて、
いや、6極一層みたいなことですよね、日本美術法に言うとって。
で、そこに穴が開いてるんですよ、屏風に。
元から、だから本当はそこで何かで使ったやつなんですね、その花の部分で他ので使ったやつから開いちゃってると。
そうなんです。穴空き毛布の屏風を作ろうということで、で、まあなんかそこもちょっとビジュアルスタートでもあるんですけど、
確かに屏風ってなんか背景として結構あるものだな、記者会見とか王族の背景にあったりとかわかんないですけど、
なんかその自分が今意識している権威的なものとかに対してのメッセージとしてなんか屏風って結構背景として使われてるっていうのはなんかちょっと一致する部分も若干あったりとか、
あとはその、今までの自分が作ってきたものも結構お客さんの背景として作ってるものが結構多かったんですよね、
なんか体験型とか一緒に写真撮れるよとか、なんかそういう展開も結構あったなと思って、なんかそこはちょっとなんか昔はあえてやってたというか、
美術館に行って作品見ないで写真撮って帰る人なんだよみたいなメッセージも当時あったりして、もっと本物見てよっていうところもあって、
あえて背景を作ってるっていうところもあったりして、なんかいろいろ振り返ってくると屏風っていう存在がいろいろなんかハマってくるなと思って、それを作らせてもらったんですね。
で、そこの中に、実際見ていただきたいんですけど、像家がいっぱいワシャワシャワシャワシャこう隙間に生えてて、
あの部分に届いてるんですよね。 そう、屏風の隙間に生えてて、穴から動物、鳥とか、僕の大好きなワンちゃんとかが顔を出してるんですね。
で、なんかこう、ぱっと見なんかこうワサワサして何がいるかわかんないですけど、よく見ると犬がいる、鳥がいるとか、なんかこう見る人の視点がちょっと腰を掲げないと見えないというか、
見るっていうよりも、なんか探すっていう行為に変わっていくっていうのがすごい、ちょっとやりたいなっていうのもあって、なんかまぁちょっと話それちゃうんですけど、
なんかその探すっていう行為は、僕もすごいリサイクルショップ巡りで大好きなんですよね。目的を持たずに探しに行くとか、あとは、なんか間違い探しじゃないんですけど、そういうのもなんか探したりして、
昔、水木しげるさんがコミックボンボンカーで連載してる時に、しげみの中に妖怪何人いるでしょうみたいなコーナーがあって、それもひたすら僕も小学生の時に毎日見てて、もう答えはわかってるけど、何か気配があるみたいな、
っていうところでずっと、そっからずっと水木しげるさんも好きなんで、そのなんか気配を探すみたいなところを屏風でもできたらいいなっていうことで、その使われた残骸の花柄毛布で屏風を作って、動物たちを隠して、お客さんに尚探してもらう背景じゃなくて、ちゃんと見てもらうっていう、
あの時ダサいと言われた毛布を、ちゃんと見てくださいというか。 まだ言ってんの。 まだ言ってるんですけど。 その言った友人は来たんすか。 いや、来てないと思いますし、多分言った友人も自覚してないので。 覚えてないんだよ、自分が言ったことあるんですか。 ないです。
今こういうことやってるのはあなたのおかげだよ、おかげなのかわかんないけど、伝えたことないです。ないですね。 本人はまさかこうなってるとは思わない、あの時の不要意な一言が。 多分もう絶対忘れてると思いますし、会話の中の一つだったので。
でもなんかその今の話聞いて、そういう意図があったんだって聞いて、改めてもう一回見たらと思ったんですけど、僕はあれ見た時に、ジャングルのイメージなのかなと勝手に思ってて、そういう動物も出て、鳥もいて、ゾウカもあって。で、タイトルが夢見るだから、なんかアンリル草の夢のイメージとリンクしてるのかなと思ったら、別にそういうわけでは。
いや、アンリル草のジャングルも夢もすごい大好きな絵で、僕そのアンリル草のあの絵が夢ってタイトル知らなかったんですよ。だけどあの絵は好きだったんですよ。で、屏風作る時にちょっとこうなんか参考としてなんかこういろいろ見てて、アンリル草のあの絵好きだったな、小学校の時教科書で見たなって、パッて見たら夢だと思って。
じゃあやっぱ繋がったんですよ。 繋がったんですよ。びっくりしちゃって、なんかパクリと思われたくないなとか思いながらも、アンリル草もジャングルの茂みで夢作ってるじゃんって思って、ちょっと先に言わせてもらうと僕も最初に夢っていうタイトルはつけてたんですよ、その屏風に。だからもうアンリル草と偶然の一致がそこにあったっていうのがあります。
意識したけど気づいたらってこと。 そう、気づいたらそうなんですよ。 パクリじゃないですよってことは言っとかないとですもんね。 言っとかないといけない。そこは。でもやっぱあの絵はすごい大好きだった。大好きだった。頭の中にずっとあったので、なんか女性がいて動物が、よく見たら動物が隠れてるっていう絵で、あれアンリル草のこんなのあったなって思ったら夢だった。
いろんな要素がだからこう詰まったりした。本当に今のある意味新作ですもんね。 そうですね。 この現時点での絵柱の集大成みたいな。 そうですね。全然まとまってないですけど、なんかいろいろちょっとずつ、今1ヶ月経ったので、ちょっとずつ言葉が整理されてきたかなーっていう感じ。まあまだ全然整理できてないんですけど。
しかもなんか聞いたらだって内覧会の日もギリギリまで作ってたって。 そうですね。はい。もうなんか不安症なので、いやこれでいいのかな、あれでいいのかなーっていうので、もうずっと朝まで。朝までというか、まあ美術館は一旦閉めちゃうんですけど、まあ12時ぐらいまでやらせてもらって、次の日、ホテル埼玉の撮って、
で、次の日の朝行って、なんかまた油粘土の作品があるんですけど、油粘土をやったりとかして、朝から。で、こう館長さんとかも見に来てくれて、朝ごはん食べたーみたいなこと書いてくる、ください、大丈夫ありがとうございますみたいな、すごい優しいなーと思って、はいギリギリまでやってました。
だからなんかすごい毛布のクズがたくさん落ちてました。 そうなんですよ。
でもまあ、自分の中では結構いいものができた感じですもんね。 そうですね。まあなんか一旦やり切ったかなーっていう感じはありますね。
それこそ今すごいお話、埼玉近郊に行ったことない人ももちろんいると思うんですけど、今回展覧会でしたら基本一室を使った展覧会なんですけど、普通だったらあの展示室ってそんなに広く感じないんですけど、
今回もなんかもう江頭ワールドがすごすぎて、なんかすごく広々とじゃないんだけど、なんかすごい密な空間になったなと思いました。
そうです。たぶん僕のなんか、怨念じゃないですけど、漂ってると思います。 なんか脳内に入っちゃった感じっていうのかな。
そうです。友達も見に来てくれたんですけど、めっちゃ疲れたって言われました。 いやー、なんかチャーリーとチョコレート工場に入った感じ。
みたいな感じかなっていう、なんかああいうキム・バートの世界に入ったみたいな、たぶん江頭ワールドに入った感じがあって。
嬉しいです。 すごい強烈な展覧会だったなと思いましたけど、でも展示はでもさらにその後に続くんですよね、展覧会出た後に。
この屏風の作品あるじゃないですか。屏風の作品で完結してるのかなと思った。さらに出るとまたちょっと新作があって、こちらはちょっとどういう作品なのか、ぜひ。
出口を出て、終わったと思ってパッと右を見ると真っ暗な空間があって、そこに白いベッドで寝てる少年がいるんですけど、白いベッドに白い毛布の中で寝てて、
で、よく見ると、その白い毛布に今まで僕が使ってきた花柄毛布の映像がプロジェクトで投影されて、ワーンと投影されて、その横に僕がずっと描いたかったワンちゃんを油粘土で作った作品が置いてあって、
なんかその夢落ちって言うとちょっと簡単すぎるかもしれないですけど、なんか今まで見てきたものが夢だったのかなとか、まあ夢見るバラっていうタイトルなので、まあそういうふうにちょっとこう、あとは自分が今まで切ってきた毛布に対しての懺悔な気持ちというか、ちょっと幽霊的な感じで、で寝てる少年は僕なんですよね。
ああ、なるほど。
はい。で、ずっとその、もういなくなった毛布たちの映像がこうずっとこう転写されてるっていう感じの展開になってますね。
あの、なんか犬の作品、その粘土で作った。粘土で作ったの結構初めてっておっしゃってましたよね、記者発表と。
なんかあの、今回、もともとあそこに別のロボットのおもちゃの犬を置く予定だったんですけど、なんかその、一旦展示してみて、やっぱりなんか自分の痕跡というか気配というか、手の跡があるものがないとダメだと思ったんですよね。
で、急遽油粘土買って、で次の日に、油粘土で、犬っていうモチーフは僕結構いろんな展示で出てくるんですけど、買いたかったワンちゃんを粘土で作って、油粘土で作って、でなんで油粘土かっていうと、紙粘土もあったじゃないかっていうことなんですけど、
なんか、ある人に、今後アーティスト人生としてどうやっていきましょうかねみたいな漠然と相談したときに、まず毛布っていう素材が残りにくいっていう過疎性があって柔らかいからって、もっと残るもんがいいんじゃない?ってアドバイスしてもらったんですけど、
それはなんだろうな、残るものじゃなくて、金属とか、木はちょっと不織布するけど、だいたいブロンズみたいな硬いものみたいなものなんだなと思って、で僕はそれを否定はされてはないんですけど、なんとなくちょっと引っかかっちゃってて、
なんか残るものじゃない、そうやって歴史って消えていくのかなとか思ったり、残らないとダメなのかなとか思ったりして、でそれもずっと、僕結構ね、念に持つタイプというか、
おだしょー なんか俺も今日不容易な人のことなかったかなって、今そっかり言うと、大丈夫ですかね。
大丈夫です。正確上相談が欲しいなんですけど、でそれでなんか、もうちょっとじゃあ残りにくいもの、固まらないもの、過疎性があるっていうのを油粘土っていう素材をちょっと選んで、
でプラスその油粘土は、僕まあ小学校の時とかよく使ってたんですけど、えーと、僕が前もう亡くなっちゃったおばあちゃん家に片付けというか、まあちょっと亡くなった後にお葬式があるので、おばあちゃん家に行って、こう家の中見てたら、
僕が小学校の時、昔作ったなんか油粘土で竜が作られてて、でその背中に自分の親戚中がいっぱいもう20人くらいなんか乗ってるみたいな、昔小学校の時作ったのが、もう何十年とずっとそこに残ってて、でそれがなんか段ボールかなんかのように置いてあるんですけど、めちゃめちゃ油じみがすごいわーってなって、だけどずっと残ってるんですよ、形としては
でおばあちゃんが大事にとってたんだっていうので、なんかすごいこうグッとくるものがあって、でなんか油粘土やりたいなっていうのもあって、まあそういうさっきの残らないものとおばあちゃんのエピソードっていうのと、自分の手の跡を残すっていうのを考えた時に油粘土でやろうっていうことで油粘土の犬を置いてるっていう感じですね
これからも使っていく可能性はありそうですか、やってみて
やりたいなと思って、なんか今花がら毛布や油粘土の作品が浮かんできてるっていう状態は
なんかすごいそれを見たいなと思うんですけど、20年経つと油じみすごいんだと思うとそれはそれで大丈夫かなとか思っちゃうけど、まあ見てみたいですね、じゃあそういうのも今回には見れる
そうですね