1. そろそろ美術の話を...
  2. #095 イタリアと東川町、それ..

東京都美術館 学芸員 小林 明子さんをゲストに、学芸員になった経緯や、イタリア・東川町といった都市についてのお話を伺いました。 ⁠https://sorosoro-art.vercel.app/ep/095 番組の感想は、⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#そろそろ美術の話を⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ でお願いいたします。

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Guest Profile 小林明子(こばやし あきこ)

  • 東京都美術館学芸員。専門はイタリア・ルネサンス美術。担当した展覧会に「ティツィアーノとヴェネツィア派展」(2017年)、「フィン・ユールとデンマークの椅子」(2022年)、「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展」(2023年)など。

Show Notes

東京都美術館について

ローマ展について

イタリアの芸術家の話題

小林さんが勤めた美術館の話題

東京都美術館での仕事の話題

美術以外の趣味の話題

Summary

東京都美術館の学芸員である小林明子さんは、イタリア美術と東川町の魅力について話しています。小林さんはイタリア美術を研究しており、イタリアの留学経験からルネッサンスの和歌やセバスティアーノ・デル・ピヨンバの作品を勉強しました。また、日本でのイタリア美術コレクションやラファエロの作品展示にも触れています。ローマの美術館やバスに関する思い出や観光地化の問題についても話しています。小林さんは東京都美術館で働いており、数々の展覧会を担当しています。最近の展覧会が話題になり、イタリアと東川町の魅力を紹介しています。

イタリア美術の魅力と研究
アートテラー・とにスのそろそろ美術の話を。この番組は、私アートテラー・とにスが、アートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
今回は前回に引き続き、東京都美術館学芸員小林 明子さんをゲストにご経歴を交えつつ、美術についての話をしていきたいと思います。
後半もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
本当にいろんな人に聞いていることからまず聞いていきますが、いつから美術に興味を持っていましたか?
いつからですかね。
でも、10代のころから見たりとかするのは好きだったと思うんですね。
合集とか。展覧会に行くということはそんなになかったと思うんですけど。
それで、でも高校のときに家族でヨーロッパに旅行に行ったんです。
それが大きなきっかけだったと思うんですけど。
パリとローマとベネツヤに行ったんですね。
結構な日数で行ったんですか?
いや、1週間くらい。本当にパックで有名なところだけ見るみたいなの。
そのときにバチカンには行ったと思うんですけど、
当時はセスティナレーハイドは修復してたんですよ。代々的な。
天井がもう半分ぐらいしか見えなかったような気がするし。
せっかく行ったのに。
ラファエロの部屋とかもどっかは修復してたと思うんですけど、
でもそれで見たりして、すごい世界があるっていうのを知ったっていうのはありますよね。
本場のものを見てみたいな。
本場のものを見て興味が出たと思います。
戻ってきて、それで日本の美術館に行こうとなったんですか?
美術館に行ったりしたのは大学に入ったからですかね。
でも大学は美術系のところに進むんですか?
そう。それで美術の歴史的に勉強するっていうのがあるっていうのをその頃から知った。
自分が描くっていうのは最初から選択肢がなかったんですけど。
母親が美大だったので、そういう影響はもしかしたらあったかもしれないですね。
お母さんはでも描く方とか、制作の方とか。
今は別にその頃もやってないですけど、だから美術の情報がもしかして家に普通よりはあって、
自分が選ぶときは美術の西洋美術を勉強できる。
そういうのを大学では勉強したいと思って大学に行きました。
実はこの番組でいろんな学院が出てくださったんですけど、
イタリア美術初なんですよ。
そうなんですか。イタリア美術。
でも最初からイタリア美術。
最初からイタリア美術でしたね。
イタリア美術のルネッサンスを勉強したいと思ってましたね。
なんでイタリアで見たんですか?
それでやっぱりラファエロもすごくいいなと思って。
アテネの学堂とか、バチカンの壁画とバチカンという場所の、
その子はそんなにわかんないんですけど、そういうのに圧倒されるみたいなのがあったので、
そういうことを勉強したいなと思ってましたね。
この番組で何度も出てくださってる練馬区立美術館の小野さんがいるんですけど、
小野さんはイタリア美術はやろうと思ったけど、
ラテン語を覚えるのがめんどくさいからやめたっていう話はしてたんですよ、この番組で。
ラテン語はやるってことですか?
ラテン語も少しだけやりました。
それは先々ちゃんと考えてる人の意見ですか?
先生に言われたって言ってました。
ラテン語もやるんだったらいけるよって言われたっていう。
そうなんですか。そんな深くは考えてなかった。
じゃあイタリア美術好きな中で入ってるって。
もうイタリアのことをやりたいとしか思ってなかったですね。
でもそれはずっと触れてないんですね。
そうですね。そのところに思ってても、大学に入ってすぐは、
第2外国語とかあるじゃないですか、それはなぜかフランス、イタリア語もあったのに、
フランス語をやって、あんまり苦戦しました。
そもそもですけど、日本で西洋絵画研究してる人いっぱいいるじゃないですか。
イタリア美術ってどれくらいのパーセント?
フランスがまず一番多いんだろうなんてなんとなくわかるんですけど。
そうですね、たぶん。私もあんまりその辺に明るくないですけれど、
でもそういう分野としてはポピュラーな方だと思うんですね。
イタリア、フランス、ドイツっていう感じだとは思う。
ヨーロッパに関してはそこら辺がメジャーだと思うし。
だけど確かにどこに行っても学べるかって言ったら、そういうわけではないですよね。
留学経験とルネッサンスの和歌
限られてはいるかもしれないですね。
小林さんに聞くことじゃないのかもしれないですけど、
例えば西洋美術の学生さんと会うじゃないですか。
お宅もイタリアなんだみたいになる時があるわけじゃないですか、話していると。
イタリア研究してる人の空気とかってあるんですか?
この人はフランスっぽいなとか。
ドイツはなんとなくわかるんですか?
ドイツ研究してらっしゃるなってのはわかるけど、
ノリがラテン系とかなんかあるんですか?
そこはね、イタリアンのイメージと結びついては本人が言うわけではないと思うけど、
どうですかね、あんまり傾向ってことではないけど、
ただ、ネットワークはありますよね。
イタリア美術と。
みんななんとなくつながっていくっていうところはありますけど、
雰囲気はわかんないな。
でもなんか明るい人が多い印象はありますけど、イタリアって。
それはそうかもしれない。
全体的に皆様。
そうかもしれないですね。
わかんないけど。
でもやっぱり当然ですけど、
イタリア美術を研究していたら、留学とかイタリア経験はあるわけですもんね。
そうですね。大学院の時にイタリアに行きましたね。
何年くらいに行ったんですか?
2年くらい。
最初はラファエルのことを勉強したんですよ。
それでその後、別な和歌でセバスティアーノ・デル・ピヨンバっていう和歌がいるんですけど。
もう一回いいですか?
セバスティアーノ・デル・ピヨンバっていう和歌がいる。
でもイタリアでは有名だと思うんですけど、
有名というかそれなりに知られていて、
ルネッサンスの和歌で、もともとベネツィアで、
ティッツィアーノとほとんど同僚っていう、ジョルジオネとかティッツィアーノの周りで修行を積んで、
その後ローマに呼ばれて、その後ずっとローマにいるんですけど、
ミケランジェロとラファエルと一緒の世代で、
かなりスターのいる中で、いろんな革命に立ち回りをして生き残った和歌なんですけど、
すごい面白い。作品も素晴らしいですし、
ミケランジェロとかなり関係が深いんですけど、
ラファエルとも関係ある。
その和歌のことを勉強し始めて、
その作品が、代表作にローマにミラファルネジーノという別荘建築があって、
その中にラファエルとセバスチャン・エルペンの関係があるんですけど、
そのあたりの作品とかパトロンのことを勉強していたので、
ローマに行こうということで、ローマに留学したんです。
本当はイタリア語もペラペラにはなっていた?
勉強はしていきましたよね。
イタリア語は日本で、
でも大学の頃から、第二外国語がフランス語の土地なんですけど、
でも大学3年からだから普通に授業を取り始めて、
それで休みになったら、夏休みとかにイタリアに国学校とかに行ったりして、
1ヶ月とか1週間とか、最初は2週間とか。
そういうのも行ったし、日本ではイタリア文化会館の授業を取ったりしたこともあったし、
あとはイタリア語の教室が最終的にはそこにたどり着いて、
日本人の通訳をされている方が先生をしていらっしゃる教室で、
結構イタリア美術を勉強している界隈の人が、かなりの人がそこで学び、
訓練を積む教室があったんですね、当時。
そこに通って勉強していきました。
そこで通った生徒たちがこの業界に今いる?
います。いっぱいいます。
そういう場所があるんですね。
そういう場所があったんですね。
そもそもですけど、イタリア語って、ベネチア派とかローマ派とかあるわけですか?
日本でのイタリア美術コレクションとラファエロの作品展示
言語は一緒なんですか?それとも方言的なのは結構あるものなんですか?
方言はありますけど、基本的にはそんなに文法が違うとか、単語が違うということは多少はあるけど、
そんなに大きくはないので、普通に勉強する、学べば大丈夫。
2年間ですかね。
そうですね。2年間で勉強したんです。
でもよくよく考えたら、フランス美術とかだったら、フランス美術のコレクションはあるじゃないですか。
コーラ美術館さんもあるし、今のアーティゾン美術館。
イタリア美術のコレクションって日本ではほぼないじゃないですか。
そうですね。日本では西洋美術館ですよね。
でもあるけど数えるほどというか。
研究するってなったら向こう行くしかないんですか?
そうですね。作品自体は持ち運べるものが多いですし、
作品の調査という意味でも、文献とか研究者とかっていうことでも、やっぱり日本ではなかなかないですね。
確かに。でもラファエロっていう話が出てたんですけど、
ラファエロ好きな人ってあんまりいなくないですか?
いや、わかりますよ。
三巨匠な割には、若く死んじゃったのもあるかもしれないですけど。
あんまりにも王道すぎて、なかなかそこは勉強しようっていうのもなかなか。
でもその後の西洋美術ってある意味ルネッサンスに従うか反発するかみたいなところがあるので、
そういう意味では一つの軸に、そこを理解しておくっていうのはいろんな軸にもなることではありますよね。
でも私も最初は、本当はポントルモンっていう画家のことを今思い出しましたけど、
ヤコンポントルモンっていう画家がいて、
それはイタリア、時代でいうとマニエリスムっていう16世紀の画家なんですけど、
その人のフィレンツェに行った時に、ある教会に素晴らしい絵画があって、
その絵を見てやりたいなって思ったら、指導教官にそういう話をしたら、
マニエリスムっていうのはルネッサンスの新たに再解釈していくような美術だから、
ルネッサンスのことを勉強しないとっていうふうに言われた。
たぶん先生はあまりポントルモン好きじゃなかったと思うんですけど、
上手い具合に言うと。
でもそれは結果として良かったんですけど。
というところで、もともとはラファエルに高校生の時はラファエルがいいなって思ったんで、
そういうことからなぜかラファエルに言うことになったんですけどね。
今挙げてもらったラファエルもポントルモンも、
セバスティア。
セバスティア。どれも展覧会日本でやってないです。
ラファエルはやりましたけどね。
最近はやってない。
でもそれぐらいの時代の作品で日本で展覧会をやるっていうのは難しいですね。
古典っていうことだとある程度作品を集める必要もあるし、
ラファエルなんかちょうどコロナの年2020年に没後500年なので、
イタリアの展覧会と美術館
ローマですごい大きな展覧会があって、すぐ閉まっちゃって私も行けなかったんですけど、
今続々とルネッサンスの没後500年が続々と。
その年代が重なってるからそうだ。
そうなんですよ。やってくる時代なんですけど。
でもラファエルはやりましたし、セバスティアン・デルピオンモもローマで大きな展覧会が。
それは20年ぐらい前ですけど、15年ぐらい前か。
ありましたし。
イタリアでは実現できますけどね。
持ってくるとなるとやっぱり大変。
そうですね。どうしても1点で、
ダビンチってみたいにやっぱりやりづらいところもありますけどね。
そうか。ダビンチだったらネームバリューがあるから1点でもなんとかされる。
そういうのここの美術館もたびたびやってきましたけど。
アベルの塔だとか。
やっぱりいい作品をしっかり見るっていう意味はあるとは思うんですけど、
そういうので構成として充実させるっていうのはなかなか厳しいです。
イタリアに行かれた時に、いろんな教会ってビビッとくるのはどういうところにビビッとくるの?
いっぱいいるわけじゃないですか。イタリアに行っちゃえばいろんな作品があるけど。
特にでもそういうどこかに壁画とかでどこかのために制作されている作品とかだと、
そこの場のインスタレーションじゃないですけど、
そういうのと相まってやっぱり鑑賞できると違いますよね。
本番で見ないとやっぱり一番メイン。
教会はやっぱり叱るべき場所で見るし、
それが近代作品。展覧会をやるっていうのもそういう部分でもちょっと違ってきますよね。
もともとそういうふうに展示されることを想定していないものを展示室に並べることになるので、
やっぱり違う。
展覧会として何かをやるっていうこととは違うところがありますよね。
確かに。
イタリアの生活と観光地化
イタリア行ってた時の思い出とか、カルチャーショックとかもありました?
思い出?
そうですね。
その頃はあんまりまだネットとかも十分ではない時代だったので、
いろいろ苦労したことはありましたけどね。
例えばどういう?
あんまり苦労っていうより、どんなことがあったかな?
でもイタリアに住むっていうのはなかなか大変なんですよね。
建物とかも古いですし、
特にローマなんかは遺跡と共にみんな暮らしているので、
なかなか便利さとは程遠い暮らしっていうか、
都市でも。
人とは思えない感じで、
私もわりと中心に近いところに住んではいたんですけれど、
交通の便とかが悪かったですよね、当初。
すごい移動する距離は短いんですけど、
移動手段がほとんどバスと、
地下鉄も掘るとやっぱり遺跡が出てきちゃう。
地下鉄もずっとA線B線っていうのがあって、
C線っていうのができるって言っても、
ずっと一生できないんですよね。
そうなんですか、まだできないんですか?
今はどうなってるかわからないですけど、
当時はそういう感じで、
バスとかも地獄。
今は、この間行ったら地獄橋があってびっくりしたんですけど。
なかったんですか、昔。
だから、来ないバスを永久に待つみたいな。
1時間半ぐらい待ったら、続けて3台来るみたいな。
そういう世界だったんで。
ちょっとやっぱり時間感覚ループなんですか、国民的に。
今は知らないですけど、今も多分同じでしょうね。
あと、やっぱり世界中から今も人が来るし、
そういう観光客もたくさんいたりして、
そういうのと一緒にみんな暮らしてるっていうのが、
やっぱり何か、懐が深いとも言えますけど、
いろんなことをあまりいちいちびっくりしてると思う。
何か過ごせないみたいなところはありましたけど。
オーラカになると。
そうそう、そういう言い方ですね。
いい言い方ですと。
食べ物とかどうでした?
食べ物はやっぱり美味しいですよね、イタリアどこに行ってもね。
留学中だからそんなにリッチな生活っていうわけにはいかなかったですけど、
ちょっとそこら辺で野菜買ったりしても美味しかったですからね。
地元住民だとイタリア政府給費小学生として留学。
これはどういう制度なんですか?
これは今もありますけれど、こういうイタリア政府。
これイタリアがお借りしてくれてるんですか?
そうです。
それを申し込みをして、こういうことを勉強したいですということで、
受入れ先とかも申請して、っていう制度ですね。
こういうのは日本の政府が日本人とかなら分かるんだけど、
海外の人が自分のところを勉強するんだったらいいよということで。
そういうことです。
美術だけじゃなくて、本当の実技もちろん彫刻家とか画家とかの人も多いですし、
あとその分野も美術だけじゃなくて文学とか、もっと政治とか、
どんな分野でも別に申し込めるわけです。
だから私が留学した時にも建築の人もいたし、
彫刻家の人もいたし、だからそういう幅広く。
当然日本人だけじゃなくてアメリカの人とか、他の国の人も受け入れてるんですか?
でしょうね。だから私たちは日本人の枠の中でやってるんですけど、
いろんなところ、やっぱりそういう人が多いですよね。
これで結構バイトもしないで、一応食べてけるぐらいはもらえる?
そんなふうにはないですね。
じゃあバイトとかもしたんですか?
しないです。
バイトとかはなかなかできないです、向こうでは。
だから本当にそういう学生の生活で過ごしますよね。
2年間ずっと勉強勉強で。
どうですかね。
娯楽とかはなかった?
娯楽っていうか、勉強勉強っていうのはそんな感じでもなかったですけど、
だけどせっかくその場所にいるので、とにかくいろんなものを見るっていうのは、
それには努めてたというか、ローマの中でももちろんそうですし、
イタリアの中でも結構北から南まで見れるものを、
美術もそうですし、やっぱり建築なんかもたくさん見るようにはしましたね。
一応みんなローマとか行くと思うんですけど、
意外とここオススメだよ、アナバじゃないけど、イタリアで。
イタリアでよかったところがいっぱいありますけど。
なかなか普通の観光客が行かないそうなところでオススメがあればぜひ。
それを先に考えておきたかった。
お時間いただければ。
急に言われると急に思い出せない。いっぱいあるんですよ。
ありすぎてちょっとすぐに出てこない。
でもやっぱりいいとこが多いですか、イタリアは。
多いですね。どんなに小さな町に行っても、もちろん教会があって、
そういう小さな土地の作家を紹介している美術館とかっていうのが必ずあるので、
本当に立ち寄っただけでもいいところがたくさんある。
ガス取りの美術館が古い美術館だって話になったじゃないですか、前半で。
結構いっぱいあるんですか、古い美術館がイタリア。
そういう制度として、そこまで大きな美術館というのは、そんなに数えることはないですけど、
各自治体ごとに町の美術館みたいなのはそんなに大きくなくてもあって、
本当にそこにしかない作品というのは、その土地の作家、
特に古い人が多いですけど、というのは各地区にあります。
そうですね。
全然イタリアの話は広がらない。
思い出せないイタリアのことが。
でも最近、それこそこの展覧会のためにローマに行って、
それこそ15年ぶりぐらいに行ったんですけど、
すごい懐かしかったですね。
あんまり町も変わってないですし、
コロナが終わったから観光客もたくさんいましたけど、
ガス取りの美術館もかつても行ったことがありましたけど、
改めて5年美術館の作品調査ということで行くと、
すごい色々発見することもありましたし。
最近ニュースであれでしたよね。
ローマの休日のあそこでアイスクリーム食べちゃダメになったみたいな。
それはもうだいぶ前からそうじゃないですかね。
景観とかって。
あとショックだったのはパンテオンですね。
パンテオンわかります?
パンテオンも古代建築の中で日押しなんですけど、
マルケン城が素晴らしい。
そこは有料化したんですよ。
前は無料だったんですか?
イタリア関係者みんなショックで。
教会とかにいつでも入って、
そこの前通ったらとりあえず入って行くみたいな、
そういう気軽さがイタリアの素晴らしいところなんですけど、
それが今度だから有料化してから入ってないんですけど、
たぶん荷物検査とかもして、
他にちゃんとチケット買ってみたいにしないと入れなくなっちゃったってことです。
結構な金額なんですかね。
そうでもない。
いくらなんですかね。
日本でいうと京都の配管料みたいなことですよ。
まさに配管料ですよね。
だから教会なんかも今も機能してるから、
イタリアのバスと美術
やたらにミサやってるときに入ったりとかもちろんしちゃいけないですけど、
そういうのを守った上でいつでも入れるっていうのが、
それは私たちより、むしろそこのローマの住んでる人にとってそういう場所だと思うんですけど、
それがそんなに気軽くなってしまってすごい悲しかったですね。
観光地化された。
あと美術と関係ないんですけど、
私はローマのバスがすごい好きで、
さっきの交通の不便の話をしたんですけど、
不便なんだけど、ローマは他のフィレンツェとかベネツェアに歩いていくらでも回れるんですけど、
地図を見たら行けるかなって思うんですけど、まあまああるんですよ。
距離があると。
行かれたことあります。
ないです。
行かれたことないです。
だからバチカンまで歩けるかなとか言って、
すごい日本だったら考えられない距離を歩いて帰っていく人とかがいるんですけど、
全然そういう距離じゃないんですよ。
その代わり網の目の時刻表通りには行かないんだけど、
バスがものすごい数あって、いろんな路線が。
それが、いかに歩かないでバスを乗り継いでどこかに行くかっていうのを考えるのが結構楽しいんですよ。
住み慣れ、もう今忘れちゃいましたけど、
住み慣れてくるとそういうのがよく分かって、
その中にはすごい観光地っていうか、いい場所を通るラインとか、
日本でいう銀座線とかわかんないんですけど、
なんかいい路線とかがあって、
そういうのをそのバスに無駄に乗るのが好きでした。
バスは安いんですか、意外と。
そうですね、バスはそんなに。
バスの話であんまり時間を取ったらあれですね。
これはなかなか言った人しかわからない。
そうですね、あんまり美術の話にならない。
いいです、この番組。
その時に、そろそろ美術の話しようってタイトルなんで、
そろそろ戻りますかって。
じゃあ、そろそろ戻るとして、
小林明子さんの東京都美術館就職までの経緯
イタリアに行って2年間やってきたじゃないですか。
そこからどういう流れで東京都美術館に?
そうですね、そこからはですね、
だから留学から帰ってきて、
その後、あまり先が決まってなかったんですけど、
していた時に、西洋美術館のイタリア美術とか、
ご専門の渡辺さんっていう研究員の方がいらっしゃるんですけど、
そこから展覧会の手伝いをしてみないかっていうお話をいただいて、
それでアルバイトでですね、西洋美術館のその時、
イタリアルネッサンスの版画展という展覧会があったんですけど、
それの手伝いをさせてもらったのが最初だったんですね。
その時は学芸資格も持ってて?
学芸の資格は大学で学部の時にも取ってたんですけど、
学芸人とかはそういうあまりビジョンは全然なかったんですけど、
ただそれはイタリアルネッサンスの版画展ということで、
でも版画の世界に触れたのはそれが初めてぐらいだったんですけど、
それはすごく、展覧会も素晴らしい展覧会でしたし、
すごく勉強になって、
そこでその版画展と、その後ウルビーノのビーナス展というのもあったので、
それもお手伝いさせてもらって、
2年ぐらい西洋美術館でアルバイトとかインターンとかをさせていただいたんですね。
東京都美術館での展覧会の経験
その倉庫を知っているうちに、
その後、西洋美術館で創始のことをさせていただいている間に、
それを活かして美術館で何かできないかというふうにだんだん思いはじいて、
それで今度は国立新美術館で募集があったので、
それに応募して研究補佐員というのに受かったので、
そこで3年間研究補佐員をしていました。
その時代もあったんですね。
そうなんですよ。それは2000年いくつかなんですよ。
その時に展覧会を担当しているんですか?
その時は非常勤で補佐員という立場なので、
メインでは担当しなくて常にサブなんですけど、
だけどそこに3人いる間に、その頃は新美術館の展覧会の数ももっと多かったのも多いですけど、
3人いる間に5本くらいサブで展覧会に入って、
今振り返るとすごく学芸員としては本当に良い経験をさせてもらった。
西洋美術館の方も勉強させていただいたし、
自分の専門に近いことでそれを活かすような仕事をさせてもらえたんですけど、
新美術館は墨分けというか、もっと新しいことをやるところなので、
入ってすぐは、昔はアーティストパイルという現代作家の展覧会をやっていたんですけど、
全然知らない世界だったから、
現代アートですもんね。
そうですね。毎日ヒリウムガスの風船のアーティストとかがガスを毎日入れに来たりしていて、
大変な全然知らない世界に入ってしまったという、そういう気持ちだったんですよ。
だけど、そこに自分がメインで担当はないけれど、
そういう世界にみっちり触れることができたので、
すごく浴びたというか、いろんな世界があるということ。
現代のもありましたし、私がサブで担当したのは、
どちらかといえば、私もその中では古い方だったから、
ハプツブルクの展覧会とか、
ああ、ありましたね。
あと、ルーブル美術館の子供展というのもありましたし、
あとそういうマンレイとか、
マンレイありました。
あと、アーティストパイルの手伝ったこともありましたし、
そういうのが、今思うとすごくバリエーションが…
確かに。イタリア美術はないですもんね。
でも、ハプツブルクはティッツヤーノとかが来たので、
そういうのはよかったというか、わかったんですけど、
そこでいろんな作品にも触れたし、
そういういろんな学芸の人も、いろんな分野の人がいたので、
今思うと、西洋美術館では専門とかできて、
西洋美術館ではいろんなことができている感じで、
そこにいる間に、でもそこは条件で人気があったので、
どこか別にいろいろ受けている中で、
都美術館に受かったので、働くことになりました。
都美術館に来てから、人生初のメイン展はどれになるんですか?
人生初のメイン展は、デオナルド・ダ・ヴィンチですかね。
デビューはエグいですね。
なんだっけ?アンブロジアナ美術館の…
主考がね、アトランティス主考みたいな名前のやつ。
そうですね。
あれの、音楽家の肖像という作品が来た時に、
展覧会が最初だった。展覧会としては最初だった。
最初はイタリア美術がっつりですね。
そうですね。その頃はイタリア美術の展覧会が多くて。
それこそ、あれはやってないですか?
都美術館がリニューアルして、一発目がエルグレコ展。
やってないです。
やってたイメージを勝手に持ってました?
私はその年は、展覧会はやってないです。
でも、これまででやったので、ボッティ・チェリテンもされてます。
ボッティ・チェリテンも、そうですね。
その後、イタリアのボッティ・チェリテンとか、
フィッチー美術館展というのもあって、
あとティッチ・アームとか。
イタリアの展覧会や仕事について
ティッチ・アーム。
そのぐらいまでは、毎年ぐらいイタリアの展覧会があったんですよね。
たぶん、ボッティ・チェリテンの時ぐらいに知り合って、
ティッチ・アームの展でがっつり一回仕事をしている。
そうですよね。トークしましたよね。
トークショーをやっているので。
でも、そこからだから、ムンク・テンとか、デンマークの椅子とか、エゴン・シリアとか、
ずっとイタリアから遠ざかっていたわけではないけど、
違うのをやってたと思うんですけどね。
そうですね。
逆にだから、すごい久しぶりだったんです。
そうですよね。ついに帰ってきた。
そうですね。そういう感じがしましたね。
大橋さんはフランス美術担当じゃないですか。
フランスはなんとなく毎年あるじゃないですか、必ず。
そうですよね。
でも、イタリアってそういう意味では早々ないわけではないですか、可能性として。
だから、イタリアっていうこともそうなんですけど、
やっぱりいろんなことをやる立場ではあるので。
だけど今、この流れの中であれですけど、
最初のときに私は展覧会をやってなかったんですけど、
そのとき何をやってたかというと、
私はアートラウンジの椅子のことをやってたんですよ。
椅子をやるっていうんだ。
椅子をどれにするか決めるみたいな。
そういう係を入ってすぐのときに、
ここはリニューアルの改修工事をしていて、
ちょうどその年に入ったんですよ。
それは地震のあった年でもあるんですけど、
その改修中で、今度あそこに新しいね。
前は、今アートラウンジになっているスペースはかつては食堂だったんだけど、
食堂はレストランの上の階に移るから、
あそこのスペースは新しく何か違う用途に使わなくちゃいけないから、
その使い方とそこの出来を考えるっていう、
そういう担当になったんです。
私一人じゃなかったんですけど。
だけど、この元々の建物のこともあまり知らないし、
家具のことも知らないし、
はっきり言って、そんなこと私には分からないっていう状況で始まったのは、
今言うと、悪い言い方をするとそう。
だけど、仕事なのでそれで何とか。
もちろん自分一人で考えるわけじゃないんですけど。
っていうことがあって、その時にここマイカー建築事務所があって、
マイカー建築の人が、デンマークの家具はこの建物に合うっていうので、
フィニュールをマイカー事務所の人がこれがいいっていう風に選んだんですよ。
その時フィニュールとか知らなかったんですけど、
すごい座ってみたら、この素晴らしい椅子っていう、
何も知らないってすごくそれが分かって、
それは決まって、その時は別にその後展覧会をやろうとか全然思ってなかったんですけど、
でもなんかいろいろ経て、
経てっていうか途中でも私一回都庁に一年移動したんですよ。
それで移動して戻ってきたら、さっきの途中から変わっていった文句とかっていうのに、
ちょうどそこで人の入れ替わりもあって、たまたま文句を担当することになったりして、
こんなに違うことをやるんだったら、
ここにいない間になんとなくフィニュールっていうのが頭の中にあって、
椅子を作ったりとか。
そうですね。そういうのをここでやったらいいのにっていうふうに自分が思ってなかったんですけど、
でもそれで文句がたまたまやることになったので、
こんなに違うことをやるんだったらフィニュールもやれるなっていうふうに思ったことがあったんですよね。
だから逆に違うことをやったのがすごく何ていうか、
後々種になったみたいなところがあったので、
イタリアも専門のことでやれることはありがたいんですけど、
違うことで、しかも美術館に関係していることが、
フィニュールというのは去年やったんですけど、
フィニュールとデンマークについて。
そうなんですよね。そういう展覧会に結びつけられたっていうのは、
自分の中では結構良かったなというふうに思っているんですけどね。
これは主催というか企画からやってますか?
これは今並んでいる中ではちょっと違う枠組みでやってるやつですね。
例えば文句展とか仕入れ展とかあるじゃないですか。
クラウス美術は大橋さんが大分選ばれるというか、やりますなるというか。
イタリアがなかったときに学園さんたちで、自分たちでこれをやりたいっていう。
それとも誰かが、じゃあ小林さんはここだねみたいな。
両方ですね。
両方なんですね。
だからやりたいっていう時もあるし、
ローテーションみたいなのもやっぱりあるので、
ちょっと空いてるからあなたっていう時もありますね。
そっか。そこで全く知らないところから始めることもあるんですね、その画家って。
そうですね。だから、もともと専門家じゃないからなかなかね、
監修の人と一緒にやったりとか、専門の人ともちろん一緒にやったりということになりますけど、
そうなんです。だから急にやらなきゃいけないんですよ。
必要です。
そうですね。
メイクも仕入れも。
そうですね。だけど仕入れは、それこそこの前にクリムトがあったので、
クリムトを無理矢理やることになったので、
せっかくクリムトやったんだったら仕入れもやりたいっていう。
確かに。
せっかくやったんだったら仕入れもやりたいっていう。
関係性もあるしね。
東京都美術館の学芸員の仕入れ展の衝撃的なポートレート展示
そういう気持ちにもなるので、それで広げていけることは、
自分にとっては勉強になることなのでいいですけど。
仕入れ展で思い出したんですけど、仕入れ展で衝撃だったのが、
仕入れのポートレートがめっちゃデカデカと拡大されて、
要所要所に壁に展示されて。
そうでしたね。
あれも絶対仕入れがかっこいいから小林さん的にやったのかなと思ったんですけど、
あれはどういう?
あれはでも私だけではなかったんですけど、
ただ写真がかなり残っているっていうことはあったので、
それでその写真を活用しようというアイデアはもちろんあったんですよ。
だけど、あの巨大はグラフィックのデザイナーの人が、
そういうのを壁に貼りたいということは伝えてはいたんですけど、
すごい世界観を作ったんですよ。
いろんな展覧会見てますけど、
ポートレート拡大は過去一だったなと思った。
デカみたいな。
デカかったですよ。
そうなんですよ。
だからあれを逆に、
初めてチラシとかもやっているデザイナーの
ラボラートニッツさんという方がやってくださったんですけど、
普段チラシとかやってらっしゃるから、
展示室のあの規模の間隔が、
いつもの間隔と違う人がやったっていうのがあるんで、
普段だったら壁全部あんなに使わないくて、
上と下はマージに残したりするじゃないですか。
それを全面をデザインする、
そういう感覚センスでやってくださったから、
だからあんなに巨大になったのか、ちょっと意味が分かりません。
あれはあれで衝撃的だったなと思います。
そうですね。
シリアだからできたね。
ちなみにですけど、来年でキリコ展あるじゃないですか。
それは担当?
それはさすがに違います。
イタリアだからなと思って。
私も続いたのもありますし、
確かにイタリアだからっていうのは、
キリコもまたちょっと、
イタリアとは言ってもちょっと違うじゃないですか。
みんな違いますけど。
そうか、ルネサンとか関係ない。
イタリア美術だから全部ってわけじゃないですかね。
古典の時代もありますけどね、キリコも。
小林さんのおすすめする東川町の魅力
確かに。
私ではあります。
でもなんか仕込んではいるんですね。
キリコ?
私はそうですね。
でもキンキンって感じじゃないですね。
これ毎回、ちなみにちょっと話がありますけど、
美術以外の趣味はありますか?というのを皆さん聞いているんですが、どうですか?
これは一番苦手な質問です。
本当ですか?趣味ない?
何ですか?皆さん、趣味?
反撃する人とか。
そういうのは人並みにはやりますけど。
イタリアに来たからサッカーを見るとかそういうのは何ですか?
スポーツ観戦はあれで興味がないんですよね。
あれはどうですか?お酒はお好き?
そうですね、でも最近はちょっと…。
飲まなくなりました。
最近はちょっと飲まないですね。
趣味っていうよりも、
やっぱり去年のフィニュールを引きずってあれなんですけど、
この時に家具の世界に興味を持っていたということもありますし、
あとお世話になったのが、北海道の東川町という町にお世話になって、
小田麗津さんという椅子の研究者のコレクションが東川町の方に収蔵されて、
なのでお借りする時に小田先生と東川町の方にすごいお世話になったんですけど、
その町が本当に素晴らしいところで、
飛行機でも行く、最寄りは朝日川なんですよ。
結構寒いエリアなんですね。
そうですね、私も寒いエリア、何回か行きましたけど、
本当に寒い時にはたまたま行かなかったですけれど、
朝日川の市よりももっと飛行場に近いところにある、かなり近くて、
車で本当に10分とか。
東京で東川町にお家を持っている人とかもいるらしいんですけど、
町自体も本当に綺麗なところで、
大説があって、
大説ありますね。
そこの景色もいいですし、
あと水が、水道がないんですよ。
自然の水でおつくらしている皆さん。
だからお水もおいしいですし、
あとお米も取れて、お米もおいしくて、
お米が取れるからお酒もあるし、
あと水をおつくらして、コーヒーもあったり。
もちろん家具も産業としてあるし、
東川町の町並みや美術館の計画について
今後デザインミュージアムを建てる計画があって、
町としてすごい魅力があって、大好きなんですよ、町が。
結構毎年行くんですか?
行きたいんですけど、仕事でしか行ってないから、
いつか普通に遊びに行きたいなと思ってるんですけど、
そんなに飛行機ですぐ行けるから近いっていうか、
すごい観光大使みたいになってますけど。
いやいや、東川町勝手に2名立てされてる。
東川町は大好きなんですよ。
確かに。選択肢としてなかったかもしれない。
北海道行くといったら札幌とか朝日川とか、
知ってるエリアはいっぱいありますけど、東川町?
そう、だから自治体でいろんな成功してる、
北海道の中で町の一つ。
家具も産業としては一番?
家具も、そういう家具工房もたくさんあるし、
小田コレクションがあるっていうのもありますし、
家具がまず第一にあるし、
あと写真の町だ、それも重要。
写真の町東川町なんですよ。
写真家が多い?
写真のサポート、なんかコンクールもあったりとか、
それこそ町で収蔵してる写真もいっぱいあったり、
写真のショーもあるんですよ。
そこにも結構活躍されてる作家の方もいたりして。
結構じゃあアートの町?
アートの町です。
趣味東川町?
そう、まだ趣味までいかないですけど、
お米を取り寄せて食べたり。
そうなんですか。
おすすめです。
普通に行きたいですね、旅行で。
でも1月とか寒そうですね。
冬は本当に雪がかなり降るみたいなので、
ちょっと装備していかないといけないから。
住みたいのはないんですか?
住みたいのはないんですけど、
今のところは住む子どもじゃないですけど、
でももう未病されて住む人が続出してるんですよ。
東川町は?
拠点にもできる。
かなり広大で見渡す限りどこにでも住めそうなんですけど、
居住地区はもう満杯で、
中線とかで人気がありすぎて住めない順番町みたいな。
そんな感じなんですか。
一昔前で言うと軽井沢とかみたいな。
2拠点でみたいな感じだけど、
今は飛行機があるし。
そこに住み着く方もいらっしゃると思うんですけど、
だからそれぐらい、続出するぐらい住みたい町。
でもデザインミュージアムもできるんだったら、
ちょっと僕も行ってみたいなとは思います。
そうですね。
それはまだどんな形か、
そういう話が多分発表されたと思うんですけど、
どんな形かはまだわかんないですけど。
今は今でコレクションは見れるんですか?
見れるわけではない?
展示してるものは見れる。
椅子だったら専門の学芸員の方がいて、
展示室もあって展示してます。
庁舎にあるってことですか?
庁舎っていう言い方はしてないけど、
町営のものがあるんですか?
町営のそういう複合施設みたいなのがあって、
そこに行けばいつでも出ます。
学芸員さんもいるってことですね。
学芸員の方がいるんですよ。
ちょっと行ってみたい。
大おすすめです。
語呂が悪い。
おすすめのいろんな意味でおすすめですね。
趣味をごまかしてそう言いました。
これは貴重な愛。
あとこれ最後に皆さん聞いてください。
将来成し遂げたいこと、実現したいこと。
何ですかね。
町に住む以外で一つお願いします。
展覧会とか関係なくですか?
いいですよ。何でもやってみたいな。
せっかくイタリアのことを急にこのローマで復活した感じですけど、
やっぱり何かそういう勉強も続けられたらいいなっていうのが一つあるのと、
またそのフィニュールですけど、
デザインとか家具とか、
やっぱり美術館でこの間紹介したときに、
すごい違うデザインとか商品とか、
そういうのと違う見せ方ができるんだなっていうのを
なんとなく感じることができたので、
そういう分野のことに興味がありますよね。
ちょうどこのフィニュール展をやったときに、
現日でも展覧会をやったりとかして、
多分来年も控えたりとか、ちょっと増えてきてますよね、また。
そうかもしれないですね。
デザインっていうのにとらわれずに紹介している感じがしますよね。
なんていうかちょっと難しいですけど。
そういう技術とかも興味ありまして、
歩行の美術とか家具とかっていうのも面白いです。
歩行ってやっぱりイタリアと全然違って、
ヨーロッパって古代ローマの力が及んでるじゃないですか、至る所。
歩行って及んでないんですよ。
なるほど、そこまで影響は行ってないんだ。
逆に言ったときに、例えば美術館とかに行くと、
だいたいみんなローマ時代の歴史があるんですけど、
ないんですよね。
わずかにどこかあったところがあったと思いますけど、
発掘しても出てこないし。
それが逆に新鮮で、
違うヨーロッパと、もちろんつながっているところもあるけれども、
違う歴史を築いてきた。
それが近代になるとヨーロッパに入ってくるわけなんですけど、
逆にそういうのをどっくり使ってきたので、
そういうのがない世界観がすごい新鮮で面白かったです。
なるほど、そういう見方もあるんですね。
そうですね。
すごい戸惑いますよね。
ローマの歴史がないのみたいな。
イタリア美術を勉強していると、フランス美術とかも、
やっぱり影響はイタリアが与えているから、
ちょっと通ずるところはあるけど。
そうなんですよね。必ずみんな行くじゃないですか、イタリアに。
だから特害がそこであるし、
なんか創造ができたりもするわけなんですけど。
イギリスもスペインもそうですもんね。
イタリアは必ず通ってますね。
大概みんなそこの影響を受けますよね。
だからそういうので創造がつくところがあるんですけど。
北欧は、北欧って言ってもどこかっていう話もありますけど、
またそれでマークとスウェーデンとかで立ち会ったりもして。
だからそんなに私もまだよく勉強してないですけど。
日本でいうアイドルみたいな感じなのかもしれないですね。
東京都美術館での展覧会
そこはそこで独自の文化が。
独自の文化がね。それで途中からそういうヨーロッパが入ってきたりもするんだけど。
そうか。じゃあ北欧展を今後やるかもしれないですね、また。
全然わかんないですけど。
この数年で何か違うことにも興味が持てたので、
何かそういうのをまた活かしていけたらいいなとは思ってますけど。
でもそれやっぱり国立神美術館時代があったのが良かったですね。
そうなんですよ。
いろんなことに。
だからもともとそういうことをやろうって思ってないです。
過ごしてきたところもあったんですけど。
そういうのが活かされてるなっていうのを感じる時ありますね。
だからこういう東京都美術館とかの体制が向いてたんです。
これが苦手な人もいるじゃないですか。
自分の専門分野しかやりませんっていうタイプの人もいるけど。
いや、向いてるかも。
それはやっぱりいろいろ思うところはありますけれど。
でも美術館もいろんなところがあっていいと思うんですよね。
コレクションがあっての美術館っていうのはもちろんそうなんですけれど。
都美術館の場合はちょっとやっぱり成り立ちからしてかなり特殊なところではあるし。
でも中にはそういうコレクションがある美術館はきちんとそういう展覧活動をすることだと思うんですけど。
そうじゃないところで成りのしかできないことっていうのもあると思うんで。
なんかそういうことですよね。
たぶんこうやっていろんなことをやるっていうのは。
でもその中で今回はもうまた最後になりますけども。
あれですよね。
ドンピシャのイタリア美術を数年ぶりにやれたということですもんね。
そうですね。
なんとか考え深いですよね。
改めて告知を最後にお願いできたらと思います。
告知をさせていただいて。
展覧会は12月10日まで。
福岡での展覧会
福岡で来年年が明けて1月5日から3月10日までです。
ぜひご覧ください。
さあということで収録は終わりますけども収録はいかがだったでしょうか。
なんかそうですね。
展覧会の話は何度もしてるので立てたいんですよ。
説明ができるんですけど自分の話ってほとんどしたことがないので。
しかもあんまりイタリアの話がうまくできなくてちょっと残念でした。
じゃあ次回はちゃんと。
そうですね。
なんか薄い話になってしまって申し訳ないです。
いやもうみんなバス乗りたくなったと思います。
あとイタリア合わせで東川町の上がってしまいましたけど。
そうですね。今ちょっとそんな。
どっちもいければなと思います。
また遊びに来ていただけたらと思います。
どうもありがとうございました。
はい。
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関数はハッシュタグそろそろ美術の話を。
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