00:11
はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今日でAIと哲学第2回ということでやっていきたいと思います。
はい。前回はですね、そのまあAIって言ってもね、テクノロジーというか一つの道具だから、これまでのね、じゃあその農業の機械ができましたとかさ、
蒸気機関ができましたとかって、何が違うんだっけっていう話をちょっと広めにさせていただいたかなと思うんですよね。
うん、そうだよね。で、なんか哲学とちゃんと関わりってあるんだっけみたいなね。
うんうんうん。そう。で、今回からちょっとね、今回と次回と次次回の3回分ぐらいでテーマとしては、自分とはとか事故とはみたいな話だったりとか、
あと次回はその認識するみたいな知識とは何かみたいな話とか、あと最後は倫理だね、やっぱそういう社会ってどうなのみたいな話をしていくんですけど、
改めてやっぱそれを僕も調べてて思ったのは、やっぱそのAIってなんていうのかな、これまでのやっぱ常識が通用する部分もあるんだけれども、
やっぱりそれを塗り替えるというか、その常識的な考え自体を変えないとうまく付き合えないかもね、みたいな。結構そういうふうなものだなって思ったんですよね、改めて。
うーん、そうなのね。はいはいはい。
そうそうそう。なので、その意味での、前回もちょっと触れたみたいに、精々AIがあると、何かミスとか失敗したときに、そのAIに謝罪文を書かせて、それを向こうに送って、
それを受け取った人も、精々AIに返事を書かせてっていう感じで、物事がうまく進んでいるように見えるけど、果たしてその奥にある本当に謝罪する気持ちとか、許す許さないみたいなことって、どこ行ったんだっけみたいな話をちょっと前回したと思うんですよね。
うんうんうん、あったね、はいはい。
日常的な部分においてはそれでもいいかもしれないけれども、せっかくこの哲学っていうので切り取ったときに、果たしてそこで何が起きてるんだっけとか、
精々AIのやり取りがちょっと違和感があるとか気持ち悪いってもし感じるとしたときに、それってどういうふうな考え方が僕らの中にあるからなんだっけみたいな、そういうところを見ていくのは面白いというか、結構役立つんじゃないかなっていうふうに思ってるんですよね。
おー、なるほどなるほど、はいはい。
今回のテーマとしては、事故とか私みたいな話で、僕もちょっと前にノートで見たんだけれども、最近AIを複数立ち上げて、この人は企画を作る人とか、この人は画像を作る人とかっていうふうに特徴を持たせて、AIを何にも雇用してやってますみたいなものとかって結構見たりするじゃないですか。
03:26
はいはいはいはい、ありそう。
そうそう、そうするときにめちゃめちゃアウトプット出るんだけれども、そこに私だけいませんみたいな。
へー、はいはい。
そうそうそう、線の数になってみたいになっちゃうけど、いろんな仕事をAIがやってくれるんだが、私はいませんみたいな、このアウトプットのどこに私がいるんでしょうかみたいな、っていうふうな気持ちになってる人とかも実際いるみたいなんだよね。
気持ちになることもあるか、はいはいはい。
そう、そうするときに、やっぱりそもそもじゃあなんでそんなこと考えるんだろうねとか、このAI時代における私とは何かみたいな問いがあったときに、やっぱりどんなふうに考えられるのかなっていうところをちょっと今日は皆さんといろいろと考えてみたいというか、お話ししてみたいなっていうような感じなんですよね。
おー、なるほど。あのさ、前回聞いたかもしれないけど、今回が事故みたいなところでさ、次回が認識だっけか、みたいな話があったけれども、その辺のテーマというか、AIと○○のこの○○部分っていうのはどこかハヤトが決めたのかな、それともなんかあるのかな。
いろんなテーマは本当にあるんだけれども、分かりやすいかなと思って僕の方で決めてますと。
はいはいはいはい。
あとは、自分っていうものって一番近いというか、まさに中心になるものじゃない?
うんうんうん。
そこから認識っていうのは、自分が世界とどう関わるかとか、どういうふうに理解するかっていう話だし。
うんうんうん。
で、○○とかってことはまさに理解したい社会の側とかがどうあるかとか、どういうふうに変わっていくのかっていう話なので。
ほうほうほうほう。
ちょっとそういう自分っていうものを中心しながらテーマが広がっていくみたいな、そんな感じでちょっと作ってますっていうところかな。
へー、そうなんだ。なんかそういうのって参考文献今のところどんぐらいあるものなの?
あー、でもね、これはまさにAIも使ってて。
おー。
それこそパープルエキシティってあるじゃないですか、いろいろ検索とかして論文とか調べてくれるやつ。
うんうんうん。
あれとかでAIの論文をいろいろバーって集めてもらって。
あー、うんうんうん。
で、いろいろ見つつはこういうテーマかなとか、あと横断的にテーマを抽出してくれとかっていうのもお願いして。
06:04
そうそう、ではこういう風なテーマがあるんだねって言って。
で、だったらこういう風な流れがいいかなっていうところも一緒にやり取りしながら考えて。
はいはいはい。
で、ラジオの大きな構成を作ったよっていう風な感じかな。
なるほどね。
それこそ今回のAIと哲学をハヤトがやろうと思ったきっかけでもあったと思うんだけど、
まだやっぱりいわゆる市販の本として、書籍として、このAIと哲学っていうものを、
ハヤトのいう哲学的な視点から、AIと絡めてっていうのがまだあんまなさそうだねっていうところもあるってことだね。
そうだね。それこそ前回もお伝えした、現代社会を生きるためのAI×哲学っていう本を読んでこのテーマやろうと思ったんだけど、
この本が出たのは今年の2月だから、言っても最近なわけだよね。
もちろんいろんな本とかあるとは思うんだけども、自分が知らないだけで。
でもやっぱりそこを横断的にしろとか、ちゃんと過去の哲学的な議論とかも含めながら、最新の問いを渡してくれるっていう本は、
あったらぜひ教えてほしいんですけど、そんな多くないんじゃないかなと思ってる。
なるほどね。だからそういう論文だったりとか、いろんなもの見たり、
あとは自分なりにというか、これまでの哲学者との絡み、どう絡むかみたいなところをちょっと考えていこうねっていう回になってるってことだね。
そうだね。私、やっぱりこれまでは結構前回マルクスやったし、その前にニーチェとかやったけど、
一定歴史の中で評価されてる人とか、大体いろんな議論もあれども、この辺はそんな間違ってないよねっていう人をやってきてるつもりなんだよね。
逆にこのAIと哲学ってまだそんな定まってるものもないし、方向性もごちゃごちゃしてますみたいな感じだから、
でもそういうタイミングで、こんな問いがあるんだとか、こんな議論がされてるんだっていうのを知るっていうのも、
ちょっとこれまでと違うテイストで面白いんじゃないかな。これまで結構固い人たちやってきたから、
気分転換的にもいいんじゃないかなっていうふうに思ってるっていう感じかな。
なるほどなるほど。確かに確かに。音楽で言うと、テープレコーダー使ってた時に、
CDが出始めた2年目ぐらいに、そのCDの今後について語るみたいなのって、答えないもんね。
そうだ、そうそうそう。まさしてCDがどこまで広がるのかとか、どのメーカーのものが企画化されるのかとかってもうわかんないじゃん。
そうそう、あと8センチのシングルCDと大きいやつと使い分けがどうするのかみたいなのはわかんないもんね。
わかんない、そうそうそう。でもほんとそんな感じ?
09:02
うん、わかりました。
そうです。なので皆さんも、これから話す内容もすごいカッチリした答えがあるとかよりは、
確かに常識的に考えると、自己とか私ってこういうふうに言ってるけど、なんか違う発想もあるんだなぁみたいな。
そういうちょっと一個気づきのスイッチが押されたなっていう感覚になったら嬉しいなっていう感じですかね。
うんうんうん、わかりました。
では早速ちょっと話していこうと思うんですけど、逆に言うとめちゃめちゃ哲学的な細かい議論をするとかってことはもう今回のテーマに関してはないかなと思っているので、
基本的には気軽に聞いてほしいですっていう感じです。
うんうんうん、わかりました。あれだもんね、今回のこれを聞けばAIと哲学について、あの哲学的な大先生がこうおっしゃってるのだっていうようなものではないよっていう感じで。
うん、そうです。
OKです。
なので日常的なことも含めて話していこうという感じなんですけれども、
言った通り、AIが出たことによって僕らの常識的なものがある種通用しない分野が出てるよみたいな話なんですけど、
そもそも常識的な事故とは何かとか私とは何かみたいな話。
これもまあすごい複雑なというか、多分もうこれだけで1個のテーマになるし、
過去もやったかな、私とは何かみたいなテーマ。
誰だっけ、自分と他人みたいな。
はいはいはい。
サルトンとかかな、なんだっけ。
あーそうだね、実存初期とかの時にも多分やったし、もしかしたらマルティンブーバーの我と男児みたいなことをちょっと伝えたこともあるかもしれないんですけど、
そういう意味で言うとやっぱり私とは何かとかね、そういうことって結構古くからテーマとして扱えてますよと。
僕らがある程度共通認識化できるのは、やっぱりデカールトとかカントみたいなさ、
いわゆる近代的な人間道とした時に、ある種個人っていうものは個人の一定の自由だったりとか、
独自の思考っていうものがあって、
個人の思考とか自由っていうものから、何だろうな、何らかの欲求だったり意思だったりとか、
そういうものが分け上がってきて、社会とか変わっているんだみたいな。
やっぱりそうなんていうのかな、ある種いろんな環境からの影響を受けるんだけれども、
やっぱり本当の自分とか、かっことある私というものがあって、それが個人で違うんだっていうふうな、
そういうふうなイメージはそんなに違和感ないというか、まあまあ細かい違いはあるのも確かにそうだよねってなるかなと思うんだよね。
12:06
はいはい、まあそうだね、カントでいう人格とか、ニーチェでいう超人とか、そういうイメージが湧くかな、調子が悪いっすね。
ちょっと違うかそうだね、また別の概念ではあるけれども。
カントの方は大丈夫?
カントの方は大丈夫。やっぱり自分の中に自分なりの価値観だったりとか、
もちろんね、それが世界と繋がっていて平和に繋がるというのはあるんだけれども、やっぱりその根本っていうのがやっぱり自分の中にあるよねとか、
自分で作ってるからねっていうふうなニーチェ的に言うとそういうところもあるかなと思う。
それはニーチェなんだ、ちょっと混乱しててわかんないぞ、まあいいや。
でも要はかっこたる自分があるって話だね。
っていうものが1個自分観、私観としてあるかなと思うんだけれども、結構生成AI、やっぱりAIっていうものとか、
あともっと言うとアルゴリズム、ちょっとこのアルゴリズムが何かっていうのはこの後話すんだけれども、
っていうものが今世の中にどんどん広がってきたときに、どうやらその自分っていうものがかっこたるものとしてあるぞっていうところも本当かっていうふうに言えるんじゃないかって話があるんですよね。
そうなんだ、ほうほうほう。
これどういうことかっていうと、今アルゴリズムって話をしたんですけれども、これいろんな意味があって、
例えばプログラムでアルゴリズムに乗っ取ってアウトプットを出すとかっていうところもアルゴリズムだし、あとは数学とかで計算のアルゴリズムとかっていうのもあるんですけれども、
もっと言うとこれ例えばさ、もしかしたら皆さんもApple Watchとかで自分の健康を測ってますとかさ、
あとは、それこそSpotifyとかもそうだけど、自分が聴いた曲を学習してオススメとかしてくれるじゃない。
っていうふうに、ある種自分の好みとか健康とか生態データとかっていうものを外の機械が分析とかそういうことをして、
それに対してちょっと休んだほうがいいですよとか、次はこの曲聴きませんかとかって言われるみたいな、そういうふうなことって日常であったりするじゃないですか。
はいはい、ありますね。
こういう自分のことを分析したり予測したり推薦したりする、こういうシステムをここではアルゴリズムっていうふうに呼びたいんですよと。
なるほど、ほうほうほうほう。
なんでそれをテーマにするのかって話なんですけれども、これっていわゆるAIもそうだけれども、
手前にあるいろんなデータ分析だったりとか、大量のデータっていうものからそれを予測して提案につなげるっていうふうな仕組みができる前って、
15:11
基本的には人間同士ぐらいしか起こられなかったことなんですよね。
人間同士。
どういうことかっていうと、例えばさ、仮に図書館にめちゃめちゃ本があったとしても、その本であなたにこれはおすすめですよって言ってくれるのは、
例えば師匠さんだったりとか、友人だったりとか、基本的にはそういう人じゃないですか。
はいはい、そうだね。
データベースの検索とかはできたけれども、あくまでも図書館とかっていうのは本がある場所とか検索性の高い場所であって、
何を読むかとか何を選ぶかとかっていうのは、やっぱり自分がある程度主導権を持ってたわけだよね。
あーそうだね、はいはいはい。
これは本だけじゃなくて、街とかでも一緒でどのお店に入ろうかとかさ、どこに行こうかとかっていうのも基本的にはそうなったんだけれども、
さっき言ったアルゴリズム、要は自分の好みとかそういったものを分析して提案してくれるっていうふうになると、
例えばあなたは過去こんな本を読んでいるから次はこれがおすすめですとか、
あなたはこのファンタジーソーセットをいっぱい読んできたから、今度はノンフィクション読んでみませんかとか、例えばね。
っていうふうに提案をされるっていうのは、実は人類の歴史で初めてに近いというか、これはやっぱりなかったことなんだよね。
うーん、なるほど。
で、しかもここからはちょっと面白いんだけれども、この提案みたいな話って、
僕らの関心を引きつけたりとか、そこから何かより次のいわゆる勾配行動につなげようとか、
そういうふうに何らかの資本主義的な方向性から意味づけられていることが多いですと。
Spotifyだったらもっと音楽聴いてほしいとか、有料化してほしいとかもそうだし、
生体データならもしかしたらもっとアプリを使ってほしいとか、ここから次の商品を購入してほしいとか、
っていうふうに、そういうふうな、ただ役立つっていうだけじゃなくって、一定の方向性に僕らを誘導するっていうか。
まあまあまあ、Amazonなんかまさに代表例だよね。
そうそうそうそう。いやもう本当にね、僕もAmazonが推奨される本どんだけ買うんだって買っちゃったんだけど。
やっぱそれは、もちろん便利だから使うんだけれども、
それってやっぱりある種操作されているというか、外側からある種意思を与えられているっていうふうな話になるんだよね。
18:04
はいはいはい。
これが実はさっき言った話と重なってきて、
やっぱり僕ら人間っていうものは、本来なら自分の内側にある欲求とか意思みたいな、
もっと言うと本当の自分というものから外に向かって何かを発信していくとか、
そういうふうな発想があったはずなんだけれども、そういった欲求とか意思っていうものも外から与えられている。
この外から内へっていうところが、これまでなかったような動きではないっていうふうな話なんですよね。
へー、そうなんだ。
うん。ちょっと考えていてほしいんだけれども、
それこそさ、お店の看板とかで、「うちおいしいよ。」とか、「今日安いよ。」とかっていうのはもちろんあるじゃないですか。
これはこれで外から内へなんだけれども、
それが自分にとっていいかどうかっていうことの判断っていうものは、自分のほうにあったはずなんだよね。
でも、例えば仮にだよ、もうちょっと世の中が進んで、
自分の購買データとかがあるし、世の中に広く伝わるような世の中になりましたと。
自分が最近何を買ってるかとか、Amazonだけじゃなくて、
それをあらゆる企業とか個人商品の人が持ってる時に、
例えば、かんのさん、はやどさん、最近お金ないって言ったから、
このクーポン200円引きのやつで食べたら安くラーメン食べれるよとかっていうふうな、
そういうラーメンが食べたいからではなく、
自分がお金がなくて安く何かを手に入れたいという欲求に対して、
ダイレクトに来るみたいな。
別にラーメン食べたくないけど、何か食べたい気持ちになってきたって言って、その店に入るみたいな。
そういうことって、たぶん全然あり得ると思うんだよね。
はいはいはい。まあまあ、今もあるかもね、似てるのかとは。
そう、領域によってはね。
なった時に、果たしてそのラーメンを食べようとしたという行動だったりとか、
そこに至る思考とか意思って、果たしてかんの、はやどさんのものだったんでしたっけと。
はいはいはい。
まあそういうことを問えるようになるわけなんだよね。
おおー、だいぶなんか侵食されてる感じがするね。
うん。
はいはい、その自分ってものをね。
そうそうそうそう。
っていうふうなものを、いわゆるアルゴリズム的事故みたいな言葉で呼ぶようになってきるらしいですよ。
あー、そうなんだ。アルゴリズム的事故。
うんうん。つまりその、なんていうのかな。
やっぱり人間ってものは、孤立した他とは違うものとして個別に存在するんじゃなくて、
21:05
相互関係の中で自分っていうものが湧き上がる。
これ自体が昔からあるというか、僕が好きなホワイトヘッドとかも相互関係の中でっていう話はあるんだけれども、
それが対等な相互関係っていうよりも、自分のことをもしかしたら自分よりも理解しているそういうデータとかAIとか、
そういうものが出たときに、僕らってやっぱりこれまでとは全然違う事故感とか、
その行動に対するきっかけだったりとかっていうものが出てくるよね、というふうなことを議論したりしてるわけなんですよね。
わー、なるほど。その多かれ少なかれ、そういうアルゴリズム事故的な挙動というか、
環境というものはさっきハエトンが言ったように、それはあるよねと。
人間と世間が関わっている以上、社会が関わっている以上を、そういう意味での自分と、
外との境界線だったりがちょっと曖昧な部分というのは確かに絶対あるでしょうと。
ただ、さっき多かれ少なかれって言ったんだけど、その自分と外の境界線みたいなものが、
だいぶ一気にガッと来るよねみたいな、だいぶ変わっちゃうよねぐらいの感覚になりそうだね。
そうだね。しかもだいぶ変わるっていうのが、ただ単純に私とあなたがいて、それを含めて事故ですねってことじゃなくて、
まさにその相手という名のAI、ここの場ではAIだけれども、それが自分のことを自分よりも知っているとか、
自分よりも先回りして、自分が何をして欲しいかっていうのを提案するとか、そういうことがこれ前の世の中にはなかったんだよね。
もっと言うと、果たして提案されたそれ、あなたは200円引きのラーメンを食べませんかっていうことは、
本当に自分がしたかったことなのかどうか、もはやそれすらもわからなくなってくるって話なんだよね。
っていうふうなことがあったときに、こうなると、このアルゴリズム的事故っていうものは、
デカルトとかカントが言ってたような、自分の中に確率があってとか、考える上に割り上げて独立したものではなく、
むしろその外からの提案を受けるのも自分だし、その提案の元になっているデータも自分だし、みたいな。
そういうふうな、もうなんていうのかな、やっぱり事故とAIっていうものは切り離せない。
24:01
そっかそっか。別に何の脈絡もないものを押し付けられてるんじゃなくて、
自分を元に提案してくれてるから、なんかそんなおかしなことは起こってないというか。
そうそうそうそう。
例えばよくSFとかで、いわゆるパーソナルAIとか、生まれた時から自分のことを知っていて、
あなたはこういう服を着た方がいいですよとかって提案してくれる、なんかすごいパートナーみたいなAIがいたりとかってするじゃない?
するんだね、はい。
あんまりしないからね、SFとかファンタジー少女戦とかであったりするんだっけ。
でもそういうイメージはバックした、一人一人に個別のAIができてますみたいな。
うん、なんかあの、有名なSF小説の話でもしてるのかなと思って、多分読んでないからな、その本って。
うん、一般的なイメージとして大丈夫。
そういう時に、やっぱ僕らの発想でいくと、あくまでも自分は自分で、
そのまさにパーソナーとしてのAIというのは別の存在としているよねっていうふうな取り方になっちゃうんだけど、
そうじゃなくて、もし本当に僕らがその場面に入ってしまったとすると、
もうそのパートナーっていうものは、やっぱり自分の一部としか思えないというか、
アルゴリズム的事故っていう捉え方においては、
自分という人間存在とパートナーAIっていうものを分けることができなくなっちゃう。
はいはい、そうだね。
そういうふうな事故感に変わっていくんじゃないかっていうような話をしてるんだよね。
おー、はいはい。ちょっと怖くなってきたね。なるほど。
そうそうそう。ここがやっぱり事故というものは何かとか、
それがAIというもので変えられてしまうんじゃないかみたいな、そういうふうな話ですと。
で、これはさっき兄貴が言ってくれた通り、自分というものってベースにしてるから、
本当に自分のためになるとか、自分の役に立つっていうことで動いてくれてればまだいいんだけれども、
さっきも言った通り、それってやっぱり何らかの、今で言うと資本主義的なとか、
あるいは道徳倫理的なものが絶対入り込んでて、
例えばこれを買った方がいいですよとかっていうもので、
これを使わせましょうってことだし、
あるいはね、例えばそういう国の中、どこの国、架空の国の中でそのAIが発達して、
あなたは例えばこのぐらいボランティア活動をすべきですとか、
あなたはこういうふうな人に優しくすべきですとかって言われるときに、
その優しくするということって、
27:00
果たして本当に自分がやりたいことなのかとか、やったほうがいいことなのかとか、
何でそうしなきゃいけないのかっていうことが一切ないままに提案されて、
仮にじゃあやるかってやったときに、果たしてそれって誰の意図なんですかってことが起きるわけではね。
まあそうだね。それで仮にボランティアポイントがそれをやるとつく。
やらないとつかないどころかマイナスがつくみたいなね。
そうそうそうそう。
自分のマイナンバー点数みたいなやつ。
点数低い人はバス乗れませんとか、お店入れませんとかってなったらさ、
だいぶディストピアっぽくなってくるじゃん。
怖いね。
でもそういうことが起こり得るわけなんだよね。
なぜならアルゴリズム、何を提案するかっていうことは、
これ前回も言ったけれども、
やっぱり何らかのこういうふうな提案をすることがいいはずだとか、
このアルゴリズムを通してこういうふうな行動をとってほしいっていう、
何らかの意図とか方向づけがされてるはずなんだよね。
で、なると本来僕ら事故っていうものは、
ある種おかせないもの、やっぱりある種神聖なもので、
自分は自分のものだとか、
自分というものは他の人に侵害されない、そういう権利を持ってるはずだとか、
いうふうな話って、
いろんな話あれども、確かにねってなるとは思うんだけれども、
このアルゴリズム的事故っていう考え方をすると、
パートナーAIみたいなのがいたときに、
そいつが何か知らんけど自分をめちゃめちゃ馴染ませてくるというか、
その間にか自分というものを溶かしてしまう。
で、私とあなた二人で一つだよね、みたいな感じにどんどんなっていくみたいな。
そういうふうなことが起き始めてるんじゃないですか。
今後起きちゃうじゃないですか、みたいな。
そういうふうなことなんだよね。
なるほど、なるほど。
そういうふうなイメージもそうだし、
あともうちょっと哲学っぽく言うと、
ここで出てくるのがアリストテレスなんですよ。
これちょっと前回も触れたかもしれないんですけれども、
人間とはなんぞや、みたいな話があるときに、
アリストテレスとかはこの世のいろんなことが存在する中で、
やっぱり善みたいなものを大事にするんだけれども、
善っていうものは、いわゆるそのものだったりとか、
存在の本来性だったりとか、
30:02
持っている能力をやっぱり最大限発揮することがいいことだ、
というふうにアリストテレスは大きく考えてるんですよね。
これは卓越性とかアレテイとかって言うんですけど、
それを人間にとっては思考をちゃんと働かせるとか、
それによって哲学的な発想を深めていって、
真理というかね、そういう意味で辿り着くっていうことだ、
みたいな話があるんだけれども、
こういった発想からしたときに、
アルゴリズム的事故にとって、
卓越するとか、人間としての本来性を発揮するって、
一体何なんでしょうねって話になるわけなんだよね。
そうだね、確かにそのアルゴリズム側に、
今のアリストテレス的な考えが入ってるかどうかっていうところもあるしね、そもそもね。
そうそうそうそう。
なので、例えばそのAIがアリストテレスAIだとして、
あなたの卓越性を伸ばすためにこういうことを学ぶべきだとか、
こういうことにチャレンジすべきだとか、
例えばね、っていうことがあったとしたら、
もしかしたらそれはアリストテレス的な発想の中では、
より良い方向に行くのかもしれないけれども、
でもおそらく今の発想、
ちょっとこれは分かんない、どっちに進むか本当に分かんないけれども、
今の普通はレコメンドとかを見ていると、
より楽な方にとか、より心地よい方にとか、
あるいはより欲求を高める方にとか、
そういう方にどんどん方針というものが寄っていってると思うんだよね。
であるとどうなるかっていうと、
結局アルゴリズム的事故において、
私っていう人間は、
平たく言うとその提案にのっとっていれば全然心地よく生きてくるわけだから、
それを乗り越えようとか、さっき言ったようにチャレンジしようとか、
嫌なことでも進んでやろうとか、
そういうことは基本なくなっていく、少なくなっていくはずなんだよね。
そうすると、今日冒頭にも言った謝罪文を書くとかっていう時にも、
本当は反省をして、こんなことをやらなきゃよかったとか、
ちょっと次はないように生かそうとか、
そういうことも含めて考える中で、
自分のことを改善していくとか、
次に生かすってことがあるんだけれども、
それも全部パートナーがやってくれるとしたら、
別に私自身がそういう葛藤とか覚える人は全くないじゃないですか。
全くないね。反省文書いてくれるし、
同じ間違いをしないためにはどうしたらいいかの行動案まで出してくれるからね。
33:04
そうそうそう。で、次同じことやろうと思ったら、またミスいっちゃいますよって言ってくれるし。
そうなると、例えばいわゆる葛藤みたいなものがあったときに、
それって100年後からするときに、
昔の人類は葛藤とか抱えて無駄なことに能力を使ったらしいよってなるのか、
そういった葛藤というものが人間性というものを育てるので、
それがないと人というものの卓越性というものが発揮されなくなるのか。
果たしてやっぱりこれってどっちなんでしょうねっていうような感じなんだよね。
そうだね。はいはいはい。
どう思う?これ。正直分かんないんじゃない?これってもう。
分かんないね。確かに。
前回、赤ちゃんが生まれてから、
例えば歩かなくていい機械に乗ってたらどうなるんだって話をしたんだけれども、
もうちょっと多分、さらに身近な例あるかなと思ってちょっと考えてたんだけど、
例えば今って水道をひねれば水出る。
蛇口ひねれば水出るところが多い。
日本ではそうね。
ところが多いと思うんだけど、
そういう場所においては、
もう自分でさ、飲める水飲めない水を区別して水を入手して、
それを料理なり洗濯なり体を洗うなりみたいな、
そういうのに必要な量を持ってきて、
必要な量を使っていくみたいなことができないだろうなと思ったんだよね。
あー、そりゃそうだね。
じゃあ、そういった我々が、
飲める水と飲めない水分かんないの?みたいな。
それはヤバくない?その能力ないのに人としてヤバくない?みたいな。
それ死ぬでしょ、人としてみたいな。
だったり、そういうこと言われるのにちょっと近いのかな?みたいな。
とは思ってる一方で、
水とAIってやっぱりちょっと違うから、
水はインフラで、高いお金を払った人がいい水飲めて、
安い人はちょっと濁ってるみたいなことは今のとこはないから、
その能力のあるなしの差が基本的には問題にならないだけなのかな?みたいな。
だから、もしかしたらAIが、
全世界同じ、全世界って言わなくていいか、
コミュニティーでは一定の品質のもの、水とか電気とかみたいに、
36:05
そういうインフラみたいな感じで同じようなものが使われるのであれば、
人間っていうものは、
みんな一緒の方向に行くから問題にならないと思うんだけど、
AIは今のところ無料版があって有料版があるし、
営業企業が作っているし、
水とかも民間だけど、
営業企業がそれぞれの独立性を持って競争しながら作っていて、
金額も違う。
無料のものを使ってる人と高いものを使ってる人とか、
そうやって出てくることで、
さっきの水を得る能力みたいなものと、
比較すると、
この人は飲める水と飲めない水は分かるけど、
水をどこから持ってくればいいか分からないとか、
そういう色々なレイヤーの水に対する技術と知識みたいなものが、
社会で点在する状況、
そういう意味での格差というか差みたいなものがある。
そこは完全なインフラと、
インフラには必須にはなるだろうけれども、
スマホとかさ、
ある意味スマホとかインターネットとかパソコンとかよりも、
もうちょっとあるなしだったりとかの差が出ちゃう分野なのかなというふうに、
今のところね。
なるほどね。
でも面白いね。
今の水との比較は多分、
フィットする部分とやっぱりしない部分があって、
AIの能力みたいな形でいくと、
まさにモデルで処理が早いとかさ、
より深い推論ができますとかっていうふうな話もあるけれども、
やっぱり水とAIで違うのって、
まさにどういうふうな情報がインプットされるか。
当然じゃあ僕と兄貴が同じモデルのAIを使っていたとしても、
やっぱりそこに入る兄貴の情報と僕の情報って絶対全然違うじゃないですか。
当たり前だけど。
恐らく京都と岩手に住んでいても、
水の質も多分違うけど、
AIに入力されるインプット情報の違いよりは絶対に小さいはずなんだよね、その違いって。
さっき同じAIを使えばみたいな話したけど、
同じ品質のAIを、
例えば無料で支給されて、じゃあみんなこれ使ってくださいって言われても、
めっちゃ違い出ちゃうのか。
そうそうそう。
それがやっぱりこれまでの道具とかインフラ的なエネルギーとか水もそうだし、
39:06
そういう資源みたいなものと、
やっぱりそのAIの違いだと思うんだよね。
なるほどなるほど、そっかそっか。
AI品質だけじゃないのか。
そうそうそうそう。
それがやっぱり恐ろしい部分で、
やっぱり前回もお伝えしたんだけれども、
やっぱりモデルの力だけであれば、
全員に同じスマホを支給しましょうとか、
同じタブレットでみんなで勉強しましょうなんだけど、
僕の娘も小学校でタブレット授業とかやってるんだけれども、
みんなは同じタブレットやってるんだけど、
中のアプリがサイリカされていてやってることが全然違うとか、
同じタブレットを触っているはずなのに、
その中で起きてることが全然違うとか、
そのほうがイメージ近いかもね。
なるほどね。
確かに確かに、
同じキーワードで検索したのに出てくる結果全然違うみたいな、
その人に言ってる。
そうそうそうそう。
恐ろしいね。
ラーメンが食べたいって言うときに、
僕には安い200円オフのクーポンが届いて、
兄貴にはもしかしたら、
1杯2千円の超高級ラーメンの情報が出るかもしれない。
昨日開店した最新ラーメン店みたいなね、例えばね。
そうそうそうそう。
それはもちろん、それを求めていればありがたい検索情報だし、
基本的にはそれぞれ快適なんだけれども、
僕はどんどん安いラーメンばかりを食べ、
兄貴は新規開店するラーメンを食べ、
同じラーメンを食べるという経験をしているはずなのに、
なんか知らんけど全然話噛み合わないみたいな。
いやー、そっかってね。
ラーメンって検索ワードに売ってるだけなのにってね、お互いね。
そうそうそうそう。お互いね。
怖っ。
ってことが、当然起きるわけだよね。
そうだね、起きるし起きてるだろうねっていうね。
そうそうそうそう。
みたいな話があるので、
今日まで事故とか自分っていう話から聞いとっていたんですけれども、
今日お伝えしたかったのは、
アルゴリズム的事故みたいなのを言ったときに、
自分っていうものが、この私とか、
この体というもので包まれた空間における私みたいなものでは、
どうにも立ち入れがなくなってきてるなっていう話。
これはもっと前から多分そうで、
それこそペルソナみたいに別に人って一個の括弧である何かものがあるってよりも、
いろんな場面でいろんな人格を使い分けているっていうのはむしろ当たり前だよねとか、
やっぱりそういう事故感っていうものはどんどん変わってきてはいるんだけれども、
今今日話したのAIとか、
42:02
自分よりも自分を知っていてから先回りするみたいな存在を考えたときに、
いろいろ思って、やっぱりこれまでの事故感って、
ちょっと古くなってるかもねとか、
使用期限きちゃったかもねみたいな、
結構そういうふうな感じになってるんだよね。
さっき言った通り、葛藤とか苦悩を踏まえて、
自分を磨くっていうこと。
そうやって尊いことのようにも感じるけれども、
そういったことすら、それってもう別に必要なくないとか、
なんで昔の人たちそのことをしてたんだろうっていうふうになりかねない。
っていうことも、やっぱり価値観の変化とか、
良くも悪くもアップデートされる部分が出てくるんじゃないですかね、
というような話がされていますよと。
というような感じなんだよね。
なるほど。
こういうところで、いわゆる自分と周りの境界線というかね、
だったりとか自分そのものの感覚というか定義みたいなものが、
ちょっと由来できてると変わってきてる。
そうそう。
へー、そうなんだね。
さらにはどう思う?この辺。
もちろんAIが現状の、現時点といえば、
2026年4月現在のレベルでの話でもいいし、
今後それこそ人間を超えれるでしょうと。
今は間違いがあるけれども、将来的には間違いがゼロになるでしょうと。
99.999じゃなくてゼロになるでしょうみたいなことが、
間違いの定義もあれだけれども、ゼロになるでしょう、みたいな。
未来もあるとして。
どっちでもいいんだけど、
ハヤトの自己とは何かというか、自分とは何かみたいなところ。
ハヤトは変化してるとか、もしくはそこに抗うとか、
いや、意外とまだ今のAIレベルならまだ大丈夫だな、
コントロールできるな、みたいな。
どの部分を自分に溶かそうとしてきてるかわかるから、
そこをまだ守れるよ、みたいなさ。
その辺の感覚って何かあったりするの?
僕で言うと、さっきから名前を挙げたホワイトヘッドっていう人の哲学にもすごい馴染んでいるので、
相互関係によって自分というものが成り立つとか、
そもそも自分というものが、かっこたる内側にある事故というものではないみたいな発想がもともとあったから、
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そんな違和感はないんだよね。
1個思ってるのは、今の時代がまだ大丈夫なのはリアルタイム性がないからだなと思ってて、
例えば、結構マーケティング界隈でもあるんだけれども、
そのある人の本とかを全部読み込ませたりとか、講演とかを全部学習させて、
その人、AIを作ってマーケティングを支援しますよとかってことがあった時に、
例えばこのカレンジャー2000、今日が26年4月1日だとした時に、
その4月1日時点での〇〇さんというものはあるけれども、
その人の人生はそこからも続いていくから、そこで距離があるっていう風な発想がまだ成り立つと思うんだよね。
でもこれが完全にリアルタイムに、今日話したことがすぐ学習されてとか、
今日過ごしているこのミーティングの対応とかがすぐに学習に使われてとかってなっちゃうと、
結構そうなるともはや自分とその、自分AIみたいなものの境界ってだいぶなくなってくるのかなとか、
何が起こるのかなっていうのはちょっと分かんないし、やっぱり怖いなって思う部分がある。
あー面白い。それは学習側の、そのAIが持ってる情報側の視点でのリアルタイム性か。
あーそこそこ。
例えばね、こうやって僕がポッドキャストで話してるとしたときに、
この話してることをすべてリアルタイムで、かんのハヤトAIが学習しててさ、
で、例えば後から、かんのハヤトさんこんなこと言ったけど、2年前のこの日にこんなこと言ってて、
これは整合性がないとか、アップデートされているのか、これは間違いなのか、どっちなんだとかって仮に言われたときに、
分かなくなっちゃう。果たして自分はただ言い間違えただけなのか、自分の思考が深まったから困ったのかとかって、
問われたときに、もうちょっと分かんないよみたいな感じになりそうだなと思って。
なるほどなるほど。今のAIじゃないハヤトがそれを言われるとね。
あーそうそうそうそう。
そうなると、果たしてよりハヤトさんの思想に近いのはどっちだみたいなさ。
あー、ほほほほほ。
ってことにもなりかえないのかなって思ったりする。
なるほどね。もうちょっとデジタルタトゥーに近い、今のはね、今の仕込みの感じだけれども。
まあね。
なるほどなるほど。自分はアウトプット側のほうのリアルタイム性みたいな。
あーはいはい。
電脳家じゃないけどさ、広角機動体とかのさ、脳の中にスマホみたいなの入ってて、
端末なしで情報を取ってこれるみたいなさ。
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いわゆるウェアラブル機器もいらない。目にそういうのも入ってるから目がそれをセンサーをして、
脳の中で電脳通信もできるしみたいな話になってくると、
今のところはスマホに打ち込んで、それに対するAIの回答を見て、
それはこっちが人間側がアウトプットするっていうものが、
それは全部相手から見えないところで完結できるという意味のリアルタイム性かなって思ってさ。
はいはいはい。
怖いね、でもそれどっちも実装したらもうやばいね。
いやそうそうそう。そこまでいくと本当に、今この瞬間でイメージがわからなくなっちゃった。
ただし何が起きるのか。脳にチップ埋め込まれて、センサーっていうものも全部あって、
そのデータがリアルタイムでやり取りされつつ、フィードバックもリアルタイムだとなったときに、
ちょっとわかんないよね、そうなると。
会話もね、自分の声だけどリアルタイムに処理しながら、そういうAI情報を処理しながら、
さらに謝罪文みたいなものを考えるっていうか、打ち込む必要もないから、
それが自動的に口から出てくる。相手もそれを処理して口から出てくるみたいになったときに、
何が起こってるのかっていうのは確かにパッとは想像しづらいね。
そうなっちゃうと、外部で作ってるものじゃなくて、自分の中で、しかも意識の前に、
意識化される前にそれが起きてしまうとすると、考えることを放棄したくなってくるね、そこまで来るとね。
そうね、だからそれがアルゴリズム事故だよね。今回で言うアルゴリズム事故のどこが到達点なのか、
みたいな話にちょっと近いのかもしれないね。
いや、まさにまさに。
自分の話をしちゃうとSFというか、そういう話になっちゃうから、現在の話、的な話で言うとどう?
多分ね、次回にも実はそれ続く話で、次回は認識とか認知、あるいは知識とは何かっていう話をするんだけれども、
認識って結局は外のものをどういうふうに理解しますかっていう話だと思っているんだけれども、
今言った脳にチップを埋め込むとかっていう話は、もう認識する前から僕らにも影響を与えてるって話だから、
それは後からしかわからない。例えばじゃあ、謝罪文を言った後にしか自分が何を言ったかがわかんないっていうような発想?
になるのか、そうだよね。
そう。
つまり今だったら僕らは、やっぱり真心を込めて謝ろうなのか、別に俺悪くないから形だけ謝ろうっていう、
何らかの自分の中の認識のもとに外に出すっていう風なプロセスが出ているはずなんだけれども、
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それすらもAI化されてしまったら、とにかく最高の、一番ここの場で適切な謝罪文を出したっていう後から、
これが最適な謝罪文だったのかというふうに後から理解するしかないよね。
そうだよね。だって全部状況さ、目、耳、いろんなさ、視覚情報、音情報みたいな画像情報か、
全部インプットできてるから、それをもとに勝手に判断して勝手に出力してくれてるとか、みたいな。
そうそうそう。チートみたいにベーって言ってくれるみたいな言葉がね。
そう。なったら、それって何なのって話だから、ちょっとこれは次回でも引き継いでいい話かなと。
おー、はいはいはい。
なので、やっぱりどうしてもこういう話をすると、現実の話とちょっとSFチックな話って混ざっちゃうけれども、
やっぱりそれはすごく悪くないかなと僕としては思ってて、
ちょっととんでもっぽいことからむしろ見えてくるものとか、
で、兄貴がやってくれたように、もうね、攻殻機動隊みたいに、やっぱりそういう良質なSF、
僕らのインスピレーションを沸かしてくれるようなものから発想してくれたらめちゃめちゃ大事だと思うので、
そういったものはね、ちょっと次回以降も引き継いでやっていきたいなというふうに思ってますっていう感じですね。
はいはい、わかりました。確かにね、こういう感想みたいな話し始めると、
これだけ永遠に話しちゃいそうだからね。ちょっと毎回トストスとはね、
テーマとしながら、なんかね、深めていけたらなと思いましたという状態です。
では次回ですね、AIと自分の認識、その辺りを見ていくというところで楽しみにしていきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。