空海の人柄と人生
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟2人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の観野京介です。
弟のハヤトです。よろしくお願いします。
今回から久々の東洋というところで、空海について話していくというところでした。
空海ですね、日本が誇る大天才ということで、ほぼ初めて日本人をテーマにしますよみたいな感じなんですけど、
でも、空海イコール天才みたいなイメージってあるかな?どうですか?
本当に、自分の場合は古典ラジオを聴いているので、
最長と空海のエピソードがあったので、それですごい人だなっていうのはイメージがあるかな。
いいですね。それだと歴史でなんとなくやってますよね、最長空海で何州を開きますみたいな。
よくあるテスト問題とかで出がちな人ですけども。
この前間違えたけどね、前回。
間違えたね。でも、実際何やった人かみたいなのってそんなに知らないんじゃないかなと思うんですよね。
僕ももちろん知らなかったですし。
今回はもちろん空海の思想とか哲学のところに増えてはいくんですけど、
これまでやってきたプラグマティズムとかウィトゲンシュタインからすると、
時代的には1000年以上前だから、思想を聞いて、
空海すごいことを考えてましたねって言われるかっていうと、ちょっと違うんだよね。
なるほど、そのまま現代に当てはめられるかみたいな話ね、テクニカル的に。
明日から行かせましたみたいな感じっていうよりは、
しかも仏教っていう流れの中で考えてきてる人だから、
仏教の中に新しい道筋を開きましたみたいな感じはあって、
その切り出される方とか兄貴もすごく自分に役立つ知識があったよりは、
それぞれの地域っぽい感じで、
そういうことを考えた人がいたんだとか、
そんな時代にそんなことはしたのねみたいな、
そういう面白さみたいなところも含めて、
ぜひお話ししていきたいなと聞いていただけたら嬉しいなって思っております。
第1回なんで、空海さんどんな人だったのみたいな話もするんですけど、
いつかなラジオで大学院に行きたいなっていう気持ちが結構常にあって、
今年の初めぐらいとかは本当に通信、
やっぱり土曜日とかは難しいから、
通信で最近大学院の修士とか取れるよみたいなところがいろいろあるんで、
そういうのを結構がっつり調べてた時期があったんですけど、
哲学やりたいみたいな。
そうそう、哲学の大学院行きたいみたいな。
でも本当にやっぱり哲学専攻とかだとやっぱり通いというか、
実際大学院に行かないとなかなかできないから、
ちょっとそれに近いことが学べるようなところってないのかなみたいな感じで
いろいろ探してたんですよね。
なんかね、有名だというか、
よくあるのは武蔵野大学ってこれも関東の大学なんだけど、
ここが通信制の大学院でテルス学っぽいことができるみたいなのがあって、
あそことか行きたいなとか思ったんですけど、
まさに実はその中に高野山大学っていうのがあって、
そこで通信教育で密教学っていう学問の範囲が取れるんですよ。
へー、そんなのあるんだ。しかも通信教育。
通信教育で。だからそもそも高野山大学っていうのは知らなかったし、
そこから通信で大学院で密教学をやってるっていうのを聞いた時に、
なんかめちゃめちゃテンション上がって、
9回の教えを大学でちゃんと学べるんだみたいな。
それをちゃんと修了すると密教学修士っていう学位がもらえるのね。
あ、そうなの。
そう。
へー、修士だから。
じゃあ学位か。学位を取ってないとそこは受けられないみたいな。
まさにそう。4年間大学を一応出てたらそこ行けるよみたいな。
へー。
なんか密教学の修士とかちょっとテンション上がるなみたいな。
特に何にもないけどなんかかっこいいじゃんとか思って。
はいはい。なるほどね。
そうか。お寺で修行とかじゃなくて、学問として収めることができるんだね。
そうそうそう。そうなんです。
なんかね、やっぱり留学者の子供が結構40代とか50代とかね、
そういうのでも学ばれてる方もいらっしゃるっていう話だったから。
じゃあそういう道に進む方だけじゃなくて、みたいな感じだな。
そうそうそう。やっぱり自分の人生を豊かにしたいとか、
できればいらっしゃるような、いつか入学したいなっていう思いだけは募ってるっていう。
へー、なるほど。そっかそっか。
大学を取ったときの友達で、お坊さんの家の人がいてさ、
もうどういう宗派かとは全然知らないんだけど、
大学卒業したら比叡山に行かないといけないんだよね、みたいな話をしてて。
大学時代はフラフラと遊んでたけどね。
はいはいはい。
ああ、やっぱりそんな感じなんだ、みたいな。修行に行かないといけないんだ。
いや、いるよね。7歳までは自由にしてていいけど、それあとは寺だみたいな。
時々いるよね。
結構自由にしてて、髪とかも普通に染めてたんだけど、
お盆の時期とかになると坊主になってくるみたいな。
お仕事だよね。
そういう時期は親の手伝いをしながら団家さん回ってみたいなね。
おー、そういう仕事あるんだなーみたいなね。
面白い。
全然世界違うなーと思いながら。
だから小屋さん大学も、やっぱりそういう本家本物というか、
そういう仕事の人もいれば一般の人も行けるよみたいな感じらしいんですけど、
空海って別に直接的に何か関わりがあるわけではないんだけど、
なんか引かれるものがあるみたいなのはなんとなくあったんですね、僕の中では。
なるほど。認識はしてたんだね。小屋さんといえば空海だなーみたいな、
そういうのはなんとなくあったんだね、昔から。
そうそう。
ちょっと僕の品種はこのぐらいにしとくとしてもですね。
やっぱり空海のキーワードっていくつかあるよねと思ってて、
さっき言ったとおり、密教みたいなね。
いわゆる仏教っていう大きな中でも、密教っていうものが空海にすごく特徴的であるみたいな話とか、
あとは小屋さんとかね、今後無事ってお寺建屋だよとかっていうのもあるし、
あとは人によってはね、兄貴も古典ラジオさんで聞いてたっていうところであれば、
いわゆる検討士として、当時代の中国に行って、そこで仏教とか密教を学んできたよとか、
それを日本に持ってきてまさに広めていったみたいな話とかもしかしたらご存知の方もいるかもしれないんですけれども、
やっぱり意外とさっきも言った通り、どんな人だったのとか、
世界の思想とかやってきたことの哲学的な意義って何なの?みたいなことって、
なかなか自分からは興味持ちにくいっていうか、もっととしてもなかなか調べにくいんじゃないかなって思うんですよね。
いやー、そうだね。それこそ小屋さん大学でも行かないと無理なんじゃない?
そうです。だから本当に密教の話をちゃんとしようと思うと、まさに大学院とか行って、
それでもやっと少し語れるレベル。やっぱりお勉強としては仏教って難しくって、
実際実践してとか、自分自身が宗教として生活をしているからこそ語れることって絶対あると思うから、
お勉強して私は仏教、密教を極めましたとかってことは多分絶対ないんだけど、
それでもなんとなくこんなことを言ってたんじゃなかろうかとか、
こんな形で空間ってすごいんですよみたいな話くらいは今の僕でもちょっとできるかな。
それはいろんな人の本を読んで伝えることくらいはできるんじゃないかなと。
なるほどなるほど。さっきの今の話で言うと別に具体的な経験とか修行したわけじゃないけどっていう話の立場からね。
立場から。別に八重役とかで学んだわけでもないんだけど、
そういうところをずっと皆さんにお伝えしながらなんとなくすごそうとか面白そうっていう部分をお伝えしていきたいなと思ってございます。
今日はいわゆる空間の人となりみたいな感じをお伝えして、
やっぱり仏教の流れの中で空間があったことみたいな感じがやっぱり大事なので、
これまでの東洋とか仏教の後ろみたいな感じで、
結構ブッダゴー玉知ってあるから、
仏教がどんな風になってた時に空間がどうやって出てきたのみたいな、
ちょっとそんな話を第2回、次の回とかでして、
そこから空間は実際何してたのみたいなところを2回分ぐらいでお伝えするみたいな、
そんな構成で話しようかなと思って。
それこそゴー玉知ってあるとかナージャガールジョナとか有識とかやってきたけど、
やっぱり時間も空いてるし、もちろんそれを全部聞いてらっしゃる方だけじゃないと思うので、
意外とそれを振り返っておくのっていいのかなと思う。
ぜひぜひそこはお願いしたいです。忘れてるから。
難しいからね、仏教もね。
では早速定番の空海さんの人柄とか人生について見ていきたいというふうな感じなんですけれども、
即身成仏とは?
空海が生まれたのが佐々木の国で今でいう香川県なんですよね。
生まれた年は774年と言われてます。
これはある程度はっきりしてて、
空海って伝説的な理想とかも結構あるんだけれども、
いわゆるちゃんと実在していた人だっていうのは間違いないと。
僕なったのが62歳の時という話なので、
めっちゃ長生きしたわけでもないけれども、しっかり生き切ったみたいな感じの方で、
今でもさっき言った高野山の奥の院みたいなところで、
空海というのは実は生きていて、我々のために願ってくれている。
さっき僕、亡くなった時って言ったんですけど、
空海の密教の中で入場というふうな言葉があって、
定めに入るっていう入場っていうんだけど、
死んだんじゃなくて、いわゆるそのまま仏になって、
僕らのことを見守ってくれてますよみたいな。
そういうような、それも伝説的なというかエピソード的な話なんだけれども、
実在があるような人です。
次回以降はちゃんとまた話していくんですけど、
この密教の中心的な考えには、
即身成仏っていうのがあって、
即座の即で死は身、身体ね。
成仏はまさに仏になるっていう話なんだけど、
ざっくり言うと、この身このままの自分が仏になるよっていうのが、
空海の密教の特徴的な考え方で。
そうなんだ、これ密教の考え方なんだ。
なんか言葉は聞いたことあるけど。
あるよね、即身成仏って。
これはね、空海がかなり広めた言葉らしくて、日本では。
なので、それを成し遂げたから、今でも空海というその人が仏として生きてるんだというか、
いらっしゃるんだみたいな、
そんな風に言われてるよっていう感じ。
もちろん現実的に考えたら、774年に生まれた人が、
今でもね、生きているということはおそらくないんだけど、
いわゆる空海の密教的な考え方からすると、それは正しいこと、みたいな感じになってるのかなと思います。
生きてるの定義の話になってくるとね。
そうそう。
その辺りはまた次回以降でもちょっと触れていくんですけれども、
空海の生涯
今回の生涯の話をしていくと、
お父さんはいわゆる豪族当時でいうところの、みたいな感じで結構有力者だったらしいんですよね。
ちっちゃい頃でどんな子としてたかとか、どんな子供だったかっていうのは残ってないんですけれども、
やっぱり飛び抜けて優秀な子だったみたいな、
そんな話は結構いろんな映像からも収束できるようです。
ただね、あんまり西洋とかだとさ、こんな勉強してるとか学問で、
こんだけズバ抜けてとかって残ってると思うんですけど、
あんまりそういう話はやっぱり残ってなくて、
伝説的な話でいうと、7歳の頃に高い崖の上に登ったんだって。
そしたら空海が、私は世界の人々を救いたいんだみたいな。
願いが叶うならお釈迦様姿を現してくださいよと。
もし現してくれないんだったら、この身を仏に差し上げますみたいな感じで飛び降りたんだって。
そしたらお釈迦様と天女みたいな人が現れて抱き止めてくれましたよみたいな話があって、
実際空海が仏教に目覚めるのってもっと後だから、
そんなちっちゃい頃に仏様は私の姿を現してくださいってきっと言ってはいないだろうねみたいな話でもあるんだけど。
別に優秀じゃなさそうだよね、そういうこと。
そのぐらい熱心に仏を頼っているっていう。
突き抜けてはいるよねっていうね。
なので作り回しかなと思うんだけど、やっぱりそういう逸話ができるぐらい、
空海の真骨というか、やっぱり空海すごい人だったんだぜっていうのは後世の人が成り継いでいる。
弟子だったり仏教界隈でのすごさっていうのがこういうエピソードで表れているよねと。
そうですよね。
実際に仏の道を仏教に入ったのはいつぐらいかっていうと、
19歳くらいの時らしいんですよね。
普通にいわゆる成人間近、当時は成人した後なのかなと思うんですけど、
当時の空海は何してたかっていうと、いわゆる大学生で、
当時大学って本当に中央の官僚養成コースみたいな感じだから、
いわゆる超エリートなわけだよね。
なのでもう果ては末は博士か大臣かみたいな。
でも本当そんな感じで、やっぱり地方の有力者の子供がやっぱり中央官僚になって、
いわゆる国の成人に関わるみたいな、そういういわゆるエリートコースみたいな感じだと思うんだよね。
なるほど。地方出身でいうともう本当に出世コースだったんだね、それがね。
そうそうそう。だからもう東大行って官僚になりました。
まあ今はね、それがいいかどうかとか別として。
エリートには違いないよね。
だったんですけど、入学してから1年で勉強が嫌になっちゃって、
仏の道に入ったよみたいな感じらしいんですよね。
あーそうなんだ。入ったのはいいもののみたいな感じなのかな。
そうそうそう。つまらなかったみたいだね、その勉強が。
何のためにやるんだ、これみたいな感じになっちゃったらしくて。
はいはいはい。
で、やっぱり親族とか家族とかすごい反対したんだけど、
もうやっぱり俺は大学じゃないって言って、もうやめちゃって。
仏は別に入るんだけど、しかもお寺じゃなくてね、いきなり山に入っちゃうんだよね。
あ、そうなの?えっとじゃあ独学ってこと?
独学、うん。そういうことそういうこと。
本当ならね、当時ですらやっぱりお坊さんになるっていうのは、
ちゃんと国の許可が必要なわけよ。
ちゃんとお寺に行って、正式にあなたはこのお寺で学びましたねとか、
学ばせてあげますよっていうような手続きがちゃんと必要なんだけど。
あ、ここが公務員みたいな話なんだね。
そうそうそう。
はいはいはい。
出先機関とかに行ってやるみたいな感じなんだけど、
それなのにもうすぐ山に入っちゃったから、
身分的には二位とどころか不浪者みたいな。
まあそうだね、確かに。
在野のお坊さんもどきみたいな話だね。
お坊さんですらないんだよね。そうそうそうって言ってる人みたいな。
そうそうそう。
だから言ったら、もういいとこの坊ちゃんが東大入ったけどすぐ辞めて、
なんかばっかやってますみたいな。別にいいんだよ、それはすごくいいことなんだけど、
今よりもやっぱり当時は厳しい時代だから、
あいつ本当は頭おかしいんじゃないかみたいな。
多分そんな感じなんだよね。
なるほどね。
勉強しすぎてちょっとおかしくなったんじゃないかみたいなね。
心配されちゃうぐらい。
そうそうそう。ぐらいな感じだと思う。
うんうんうん。
ただやっぱり、まあ多分ね、
国外からすると、やっぱりこうね、いわゆるお釈迦様みたいな感じで、
ずっとこう修行とかね、修行を通じて仏になるみたいな。
そういうのはね、すごく大事にしたんじゃないかなみたいな話もあるんですよね。
まあそんな系ね、頭いい人だと、多分センスもいいとかってなってくると、
仏教の本質みたいなところをもう見抜いてたみたいなね、解釈もできるだろうって話ね。
空海の仏教への入信と密教の出会い
そうだね。
まあ逆に言うとやっぱりその後、なんかその実績がすごすぎて、
聞いてやっぱりもうそこにも意味があったんだろうみたいな感じだよね。
なっちゃうよね、そこは。順番わかんないけどね。
そうそう。
で、やっぱりお釈迦様、豪霊知ったあるたの回でも話したんですけど、
やっぱり仏教の修行っていわゆる断食するとか、
なんかその日差しに当たり続けて肌を焼くとか、
やっぱりそういう復業なわけですよ。
そういうのもやっぱりやってたんじゃないかみたいな風に言われてるんですよね。
はいはい。じゃあいきなりなんか密教が云々とかじゃなくて、
ちゃんとそのいわゆる仏教、豪霊知ったあるたのそこを通っているみたいな感じなんだね。
これもおそらくというのも山に入った後のことも正直わかんないみたいなんだよね。
当然ね、一人で行っちゃったから。
ドキュメンタリーで我々は100日間空海に同席したみたいな感じでもないからさ。
そうだね、撮影クルーが一緒にいたわけじゃないよね。
そうそうそうそう。本当に気の引きのまま一人で行ってましたと。
そんな空海に天気が訪れるのが804年、空海30歳の時なんですけど、
だいぶ経ってるね。
だいぶ経ってる。だから山に入ってからもう10年ぐらい。
このタイミングで何が起きたかというと、
まさにアニメ愛卿が言ってくれた密教との出会いっていうのがこのタイミングだったらしいんですよ。
持ってるとこの大日経っていう教えというか経典、いわゆる本として残っている仏の教えみたいなのがあるんだけれども、
それに出会って、初めて密教っていうものがあるんだっていうのを空海が知るんだよね。
はいはいはい。
ただ密教っていうのは、今回ちゃんとお伝えしてくるんですけど、
いわゆる読んで理解したから大きいみたいな話じゃなくて、
いわゆる身体的な理解とかも含むから、師匠から直接教わらないといけないんだみたいなことが書いてあるというよりは、
そういうこともたぶん理解、見聞きしたらしいんだけど、
その時の日本には密教を教える人っていうのが一人もいないんだよね。
そういうものはあろうっていうのは伝わってるんだけれども、密教の先生というかそういう人はいなかったんだね。
そうそうそう。見聞きでこういう問題はたぶんあったんだけど、
自分がそれをちゃんと伝えられますとか、正式にいわゆる免許を与えられますみたいな人はいなくて、
じゃあやっぱり中国、密教の本教本本である中国に行かなきゃいけないって、
福岡は決意をするわけなんですよね。
決意したところで、当時いわゆる山に這いというただの不老者なわけよ。
危ないよね。
どうすんねんって話で、後ろ立ても別に身分もないわけですよね。
そもそも検討士であれば正式なお坊さんだけだったらしいよね。
ちゃんとお寺に入って正式に認められた人しかいけないんだけど、
国外は当然その資格はありません。
どうするどうするってなってるんだけど、
そこは国外で、いっそ東大寺に行って正式にお坊さんになる許可をなんとかもらうとか、
それでよしってなって、
でも船も出ちゃうよみたいな、この日出ちゃうからねみたいな感じだったんだけど、
なんかちょっと天気が悪いとか、その前の船がナンパしちゃって壊れちゃって、
不吉だからちょっと時間がけようみたいな感じになって、
少し乗れるタイミングができたらしいんだよね。
そういういろんな行動が重なって、
本当になんとかチャンスを掴んで東に行くみたいな。
全部さらっと言ってるけどさ、東大寺に行ってお坊さんになる許可をもらうとかさ、
ちょっと何やったんだって話がワイローなのかなんなのか。
密教の学びと苦難の船旅
やっぱり国外だけの力というよりはやっぱりご実家のお父さんもいろいろ援助をしたんじゃなかろうかとか。
冗談で言ったつもりだけど、本当にそういうのもあっただろうみたいな感じだったな。
ワイローとまで言わないまでも、やっぱりいろんな姿勢とか骨があったんじゃないかっていう話ではあるんだよね。
しかもこれもどんだけ幸運かっていうと、検討士ってやっぱり別にバンバン出てるわけじゃないらしくて、
次に出たのは30年後だったらしいよね。
30年経ったらもう空海は60歳になっちゃう。
さっき62歳で亡くなったって言ったけど、ほぼ死んじゃうぐらいなのよ。
だからこのタイミングでもう乗れなかったら、今いる空海はいないわけよね。
っていうぐらい、なんていうのかな、身がかったタイミング?
へー、なるほどね。運も掴んでるというか、掴みにいってるよね。
そうね、掴みにいってる。
やっぱりそういう風にさせる力とか魅力もあったんだろうね、当時の空海にね。
そうなんですね。このチャンスを掴んで島にいざ行きますよと。
当然行く船旅も大変だし、着いてからも大変で、
当然予定した目的地とか町には着かないし、
はいはい、当然。
そう、進路なんかさ、ちゃんとやっぱり進まないわけよ、当日の船の技術なんて。
思ったよりすげー南の方に着いちゃって、なんか歩くの大変みたいな話とか、
そういうのもありながらも、なんとか長和、当時の東の首都だよね。
長和に無事たどり着きですね。
そこから密教を学ぼうと思うんだけど、
当然密教って当時はサンスクリット語、インドの言葉で書かれてるらしいんですよね。
あ、そうなの。
なのでやっぱり言葉も勉強しなきゃって、
長和で出会ったインド人の僧侶から、
サンスクリット語を3ヶ月で学んでマスターするみたいな。
なんかちょっと人なんだろうな、やっぱりありえないようなことをするわけですよね。
そうだね、数字とかスピード感がちょっとなんかおかしいね。
ガンガンガンガンやりますみたいな。
そこからですね、満を持してケイカさんっていう、
当時の超偉い密教のお坊さんがいるんだけど、
この人に会いに行きますと。
これもう慈悲があったのかな、なかったんじゃないかな、
普通にどうもみたいな感じで言ったんだと思うんだけど。
なんかね、コテンで聞いたエピソード、言っていいのかわかんないけど。
ぜひぜひ。
あれらしいよね。
空海の帰国と最澄との出会い
聞いた話?
コテラ城の話なんだけど。
どこ、長和に言う時に、
もう向こうから呼ばれるように仕組んだみたいな話してたよね。
あ、そうなんだ。
日本から来たから会ってくださいとかじゃなくて、
なんか空海っていうすげえ奴が日本から来てるみたいな噂を、
長くして、呼ばれるように仕向けたみたいな。
でもそのぐらいやってそうだね。
ぜひね、そっちを興味ある方はね、
そういう細かい練習のディテールは、
ぜひそちらをっていう感じなんだけど。
今思い出したけど、
全然すごいやってそうだなと思ったのが、
要は違う町に着いちゃったから、
着いたところも、
こいつは誰だよって中国に着いたときになって、
しかもなんか証明できなかったって、
ちゃんと日本から来たよみたいな。
これじゃなくて、金族か?みたいな感じで、
追い返されそうになっちゃったんだって。
向こうから来たらそうだもんね、いきなりね。
誰だよみたいな。
で、やばいやばいってなったんだけど、
空海がとっさに、
組をしたためて、
日本のこういう人たちで、
こういう風なディテール着てるからよろしくちゃんみたいなのを、
すごい聞くし気高い文章で書いて、
こんな聞き込みな文が書ける人が、
海賊であるはずがないみたいな。
中国ってさ、やっぱり詩とかそういう風の、
やっぱり素晴らしさっていうのが、
得の高さとか学歴の高さに直結する世界だから、
当時の中国って。
そっかそっか、もうあの、
事前情報とか、
ツイッターのフォロワー数とかなくても、
その人が書いた文とか文字の上手さみたいなので、
証明できちゃうみたいな感じ?
そうそうそうそう。
教養レベルみたいなもの?
まさにそうだね。
で、こんな人は、
それを動かしたらダメだって言って、
一応じゃあオッケーオッケーみたいな感じで、
上手く取り出してくれたよみたいな話もあったらしいんだよね。
それはヒーローだね、その船にとって。
そもそも間違いない。
確かにそのぐらいのことをやってるかもしれないね、
心向けるっていう。
ちょっと異常なんだね、質問者がね。
異常、すごいね。
それで無事に会えるんだけど、
出会いの経過さんっていう人が、
お前が来ることは分かってたんだと。
分かってた?
分かってた。
でも自分の位置はもう長くないから、
長くないんだけど、
教えを授ける人はいないんだと。
今すぐお前に授けるから、
準備しなさいって言って、
すぐに自分の弟子にして、
自分の教えを全部突き込みますと。
全部突き込むのにしかも2ヶ月なんだよね。
だからスピード感ね。
おかしいんだよね。
これは持ってそうだけどな。
ちょっと持ってそう。
持ってたんだけど、
でもやっぱり史実で言うと、
805年の6月に、
経過とクルカが出会ったと言われていて、
その年の12月に、
経過さんが亡くなってるらしいんだよね。
え?
なるほど。
その辺は本当っぽいんだね。
はいはいはい。
手に残っているから、
少なくともこの2人が出会えたのは、
6ヶ月だけなはず。
なるほど。
直接ね、教えを越えたのは。
もちろん経過さんにも弟子はいたから、
そこからとかって話がいろいろあるかもしれないけれども、
うんうんうん。
でもやっぱりそのぐらいのスピード感というか、
タイムラインで物事が動いてるんだよね。
それで無事安泰で、
日記の教授になりました、
みたいな話かというと、
そのことは実はなくて、
そもそもクルカは県として留学生としていってるわけなんだよね。
あ、そうなの?留学生?
そう、留学生。
当時の最先端の仏教とかの学問を身につけて帰りましょう、
みたいな話なんだけど、
当然その、
国としてもお金を出してリスクを取っていってるわけだから、
ちゃんと20年は勉強して帰ってきなさいよ、
っていう風に言われてるのよ。
そうか、国の事業なのか、
そうよく考えると。
なるほど、国の女性勤というか、
国の税金使って、
だからこれを20年間勉強してきなさいよ、
っていう風に言ってるのか。
そういうのは留学じゃないからね。
そう、国の一大事業として、
もう国家を背負う人間を、
やっぱり作るためのものだから。
そうか、観光じゃないのか。
帰ってきてくださいとかじゃないのか。
そうそうそう。
っていう感じなので、
20年は勉強しなきゃいけないんだけど、
ケイカさんにも、
早く日本に帰って幹を広めなさい、
みたいなことを言われたらしくて、
やばいやばい、早く帰らなきゃって言って、
普通に帰っちゃうんだよね。
うーん、帰っちゃうんだ。
2年ぐらいで。
でもさ、帰るって言っても、
当然船なんかないわけよ。
別に定期便とかある時代じゃないから、
やばいやばいってなったかと思いきや、
なんかね、
たまたま日本に来たら、
船に便乗することができたらしくて。
うーん。
たまたまなのか。
そうそうそうそう。
帰るんすって帰っちゃうんだよね。
はいはいはい。
だから804年に行って、
805年にケイカさんに出会って、
806年に日本に帰っちゃうのよ。
ほんとなんか、
今の留学みたいな感じだね。
2年で。
2年で帰ってきちゃいました、
みたいな感じなんだけど、
当然何に勝手に帰ってきてんだよ、
みたいな。
行っちゃうなら勉強してこいよって、
違法者扱いになっちゃうんだよね。
まあそうだよね、
勉強するはずだよね。
辛くて帰ってきちゃったのみたいな。
どうしたんみたいな。
で、本当は宮古島寺というところに戻って、
お城を広めなきゃいけないんだけど、
九州から出ちゃダメよお前みたいな。
3年間九州にいなさいって言われて。
あ、怒られたんだやっぱり。
そこは。
当然怒られる。
勝手に動いちゃダメとなって、
遊兵とは言わないんだけど、
身動きしやすくなっちゃったみたいな話がね、
あったらしいんですよね。
でも一応空海自体はね、
空海の帰国後の活動
やっぱりこんだけすごいことを学んできて、
いわゆる密教の、
いろんな部粒というか、
そういう本当の正当の、
なんだろうな、
ものとかいろんな、
たらもんみたいなものを
持って帰って、
どっさり持って帰ってきてるわけよ。
だからこれを、
こんだけ持って帰ってきましたって言えば、
許されるんじゃないかっていうのも
思ったんじゃないかって話はあるんだけど、
そもそも密教のことはみんな知らないから、
こっちも分かんないわけよ。
何が楽と思って帰ってきてるの?
みたいな話で。
はぁー。
大変だね。そっかそっかそっか。
シーコンバレーってね、
ツイッターっていうのがあるらしくて、
日本でこれ絶対使った方がいいって、
師匠が言ってて、
これマスターしたんで、
自分で持って帰ってきたけど、
これどうやって使うの?みたいな。
そうそうそう。
なんで俺はこんなことをやるの?
とかってなっちゃうみたいなね。
はいはいはい。
いいからもっと使えるのを勉強して来いよ、
20年みたいな。
そういうふうにされちゃうわけか。
でーってやったのに、
みたいな感じになっちゃったんですけど、
そこからもいろんな出会いがあり、
まさにここから最澄とかの出会いもあって、
最澄はもともと、
いわゆる正当なお坊さん、
むしろ超エリートみたいな、
東大一のお坊さんみたいな感じだったんだけど、
俺は同じような時代に検討して東に行って、
普通にそれを、
何だろうな、
数年かな?
要は20年学んでいきなさいじゃなくて、
普通に数年で帰ってきなさい、
みたいな感じの人だったんだよね、
役割的には。
なるほど、まあ期待値が違ったんだね。
そうそうそう。
で、日本に帰ってきて、
よっしゃ最澄もしっかり武器を調べていくぞ、
とかって言ったら、
なんかよくわからん空海ってやつがいて、
みっきょのこと詳しい、みたいな。
ああ、その噂は流れてるね、ちゃんとね。
流してるのか流れてるのか。
流してるのかなんでもわからないんだけど、
なんか自分よりもみっきょのこと知ってるし、
なんか本当に正当な、
なんか物をいろいろ持って帰ってきてる、
みたいな感じで、
いやこいつすごいからやっぱちゃんと
登用しましょう、みたいなのも、
あるいは最澄からも、
何だろうな、進言していくというか。
ああ、なるほどね。
そこはまあコネじゃないけど、
まあ有力者に見入れされた、
みたいな感じだよね。
空海と最澄の結束と時代の変化
はいはいはいはい。
ちゃんとその価値がわかる人がいたんだね、
日本にね。
あとで仲互いとかしちゃうからね、
なかなか2人の関係は
よくなかったらしいんですけど。
ああ、なるほど。
スタート地点はというかね。
スタート地点としてはお互いにやっぱり、
分かり合うというか、
そういう部分もあったらしいんだよね。
そこからの八九の勢いですよ。
もう、それこそ、
自分のお寺を建て、
あとはね、天皇が変わったタイミングで、
本当は結構、
割と固い
感じの天皇さんだったらしいんですけど、
だから、
新しいものとかいいんだよ、
って感じだったんだけど、
私、佐賀天皇かな、
割と当時のね、
最先端のことを知りたいとか、
昭和ってどんな感じなの、
みたいなところがあって、
できたら話しかせてよ、みたいなぐらいで、
結構仲良くなっちゃって。
おお、なるほど。
当時の天皇、
まさに、
国のトップに取り立てられて、
仏教を広めていいよとか、
お寺作っていいよとか、
いや、こっちもむしろやってよとか、
って言って、京都にもある
陶寺があるんですけど、
有名なお寺があるんだけど、
そこの運営とかやっちゃってよ、みたいな。
で、一気に、
時代の長寿になっていく、みたいな。
すごい、いろいろガチッと
かみ合ったんだね、その辺でね。
そうだね、そうそうそう。
空海の才能と信頼
やっぱり空海のすごさもあるけど、
それが時代の流れに乗っていくとか、
むしろ時代が空海に追いついていく。
で、バザバザバザっと
いろんなことがうまくいったりとか、
あとはね、
今みたいな話をすると、
いわゆる国のトップに取り立てられた、
みたいな話、聞こえちゃうんだけど、
さすがに、
途中にも救われていたっていうのが
空海のすごさで、
へー、そうなの?
そう。やはり普通の人の手助けとか
めちゃめちゃしてて、
要は当時の長安とかって、
物価だけじゃなくて、
いろんなことが進んでて、
いわゆる工事とか、
治水?水をどう回すか、
みたいな。
そういうことの知識も持って帰ったらしくて、
地域の人から、
どうやったら街が良くなるかなとか、
川が氾濫しちゃってやばい、
みたいな時にも、
空海が呼ばれて、
工事を指揮するとかってやってたらしいんだよね。
あー、そうなんだ。
密教と多分、
別で学んできたんだよね。
密教、2ヶ月でマスターしちゃってるからね。
そうそう、
マスターした人だから、
1、2年いたらそのあたりを
バンバン吸収しちゃってたんだと思うんだよね。
で、やっぱり、
ただただ天皇とか偉い人だけに
信頼されたんじゃなくて、
ちゃんと民衆とか、
地域の人にも信頼されて、
やっぱり、
空海さんというより、
工房大使なのか今でいうと、
親しみを持って、
語り継がれてる人、
っていうのが、
空海っていう人らしいんですよね。
で、ちょっと掛け足でバーって言ったんだけど、
やっぱり濃いし、
やっぱりめちゃめちゃ、
なんだろうな、
そういう人なんだよね、
空海って。
天才って言われるのは、
勉強ができたとかじゃなくて、
そもそも自分の行動をするし、
工事とかもできるし、
あともちろん歌も読むし、書も書く。
空海ってやっぱり、
書道とかもめちゃめちゃ上手かったっていう話、
聞いたことあると思うんだけど、
工房もフレーズの誤りの工房さんだった。
っていうぐらい、
他方面で活躍した人。
それこそね、
レオナルド・ダ・ヴィンチとかさ、
勉強もしたけど、
絵も描いたりとかさ、
そういういろんなことをやりますよ、
っていう人いると思うんだけど。
あー、もうそういうレベル。
うんうん。
そういうレベル。
そうだね、今日の話聞くと、
スピード感とかはまゆつばだなけれども、
ただね、
実際やっぱ、
出してる結果からすると、
ありそうだなと思わせちゃう。
そうだね。
本当なんだろうなっていうね、
ちょっと凄みがあるよね、確かに。
なので、
次回予告
そんな人がね、やっぱりどういうことを
言ったのかとか、
できるだけそんな人が、
すごいって言ったら密教ってなんだ、
みたいな話とかね、
人生を賭けてたわけだから、
っていうところをね、ちょっと次回、
少し仏教の歴史的なことを
少し振り返った上で、
空海が掴んだ密教ってなんだの、
っていうところの話をね、今回はぜひ伝えていきたいな、
っていう風な感じでございました。
はい、分かりました。
じゃあ次回から、
次回はまずはちょっと仏教のおさらいみたいな感じになってくるかな。
ちょっとおさらい編で。
うん、了解しました。
じゃあその辺り聞いていきたいと思いますので、
引き続き楽しみにしていきたいと思います。
では次回もよろしくお願いします。
お願いします。
今回もありがとうございました。