1. 哲学の楽しみ方を探求する〜それ哲ラジオ
  2. #212 【華厳経 雑談】それ哲カ..
2024-05-08 59:29

#212 【華厳経 雑談】それ哲カフェ第0回/Voicy配信スタート

「それって哲学なの?」といった身近なテーマをきっかけに、哲学の楽しみ方を探求するラジオ番組です。


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00:06
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、前回で【華厳経】【華厳集】というところは終わりまして、今回は【達難会】というところでやっていきたいと思います。
はい、お疲れ様でした。【華厳経】面白かったですね。どうでしたか?
途中もお腹いっぱいかと思うし。
2回目ぐらいでしたね。
3回目かな。1週間空けたからっていうのもあるかもしれないけど。
確かにね。ちょっと間を空けたのでね。
すごいね。【華厳経】の方かな。ちょっと上から目線的な感じで。
あとは内容が難しい。多分仏教的に心理とか度性論みたいなのばっかりあるので、広まらないみたいな。広まりづらかったと思うんだけど。
でもこれ、いわゆるその経典として学ぶのにあたってめちゃくちゃ優れてるんじゃないの?
他の人も禅だったりとか、他の宗派的な人も絶対これ通ってるんじゃないぐらいの意味があったよね。
やっぱりいろんなものに影響を与えてるってのは本当にそうだし、空もあれば、如来像相もあれば、優識もあればっていう感じで、やっぱり主要な教えを全部含んでるって本当にそう思うんだよね。
今回ちょっと量が膨大だったのであんまり説明できなかったんですけれども、ちょっと話がストーリー自体でなってる部分もあって、
禅宰道師だったかなっていう主人公がいるんだけど、この人が53人の人に仏の教えを聞きに行って、悟りに至るみたいな、そういう一大悟りストーリーみたいな。
まあ修行だね。
面白いのが、この53人っていうのは別に偉いお坊さんとかだけじゃなくて、その辺にいる町の人とか、何ならいわゆる優女っていうの?
そういう人のとこにも行って、そういう人からも学んで、そのストーリーのステップは上がっていくみたいな、そういうふうな物語もあるんだよね。
53人の高層に話を聞いた、ではないんだ。
じゃないじゃない。そういう人も含まれてるんだけど、全然普通の人にも話を聞いたりしてて。
03:04
っていうぐらい、やっぱりあらゆることから学ぼうというか、前回もさせた通り、自治無形国会なので、別に位の高い低いとか、今は悟ってる、今は迷ってるとかっていうのは関係ないんだと。
やっぱりそういう存在、世界全部から学んでいって、自分のストーリーレベルというか、そういうのを高めていこうぜみたいな感覚っていうのがあるんだよね。
そういうのを含めると、結構取っ付けやすい部分もあるんだけども、やっぱり教えの根本の部分というか、量も当然膨大な2500ページみたいな感じで、量も含めて取っ付けやすいものではないので、
今回ちょっと僕自身もそうだし、皆さんにとっても基本教に触れることでも、かじるいい機会があったら嬉しいなって思ってる感じですね。
確かにそうだね。触れる機会もあんまりというか1回もなかったからね、これまでの人生で。
ないでしょ。ないよね。
でもそれ言うと冒頭さ、基本教というかイメージか。東大寺の大仏。
そうだね。
でもね、たしか基本教だよね。これってなんでアリビさん、日本で一番レベルで有名な大仏が基本教の大仏なの?
あれなんでだったかな。当日日本に教えを届けてくれた人が基本の人で、その人が中心になって東大寺を建てる時に作ったかなっていう話でしかないって言ったらでしかないらしいんだよね。
日本人がどう意識してるかともかくとして、いわゆる仏教が入ってきた時に一番当時力があったというか、感じだっただけというか。
なんかそれがすごい理由があってというよりは、あくまでもその時に来てくれたいわゆるお坊さんが基本の人だったという感じなんじゃないかなと思うけど。
選定とかしてたのか、ちょっとごめんそこまでは詳しくは正直わからないんだが。
これは間違ってる可能性があるハヤトのイメージの話だよね。
一応本を読んだ時にそんなことは書いてましたっていうぐらいの話かな。
裏付けとかは取ってないです。
大仏の成り立ちとしてそういうのは記載はあったよって話。
そうそうそう。
だから前回も言った通り、なんとなく僕らの精神的なものというか、日本人的な価値観の中にそういうものとものがつながっているとか、
06:06
それこそつくもがみじゃないけど、やっぱりものが魂を持つとか、ものも生きているみたいな感覚ってあるはあるじゃないですか。
あるある。
それとすぐ華厳教は結びつくわけじゃないんだけれども、やっぱりそういうものっていうのは無機物で理性を持ってない、
人とは違う存在だっていうふうにやっぱりバシッと分けないところ。
やっぱりすごく華厳教的なかと仏教的だっていうふうにも改めて思ったりはしたんだよね。
確かに仏教って言うと華厳教も浄土宗とかも、できた時代とかは違うけど、基本同じルールの中で動いているわけでもあるしね。
そうだね。
やっぱりその手段とか、誰に頼るかとかっていうふうな方弁が違うだけで、
やっぱり仏教の根本はこの苦しみ、どっかと言われる苦だね。
一体快苦の苦をどう乗り越えるかっていうふうな話だから、そこが共通しているって感じですね。
なるほど。華厳教が結構高値の花だったみたいなさ、そういう話をしたけど、
そのイメージ変わった?やっぱりすごかった?
すごかった。やっぱり前回にお伝えした四方界の変わり方があったじゃないですか、
あれも言葉だけは知ってたのよ。ジジムゲホッカイがあってとかってのは知ってて、
それこそかっこいいな、なんか技名みたいだなとかって思ってたんだけど、
それは結局何なのよとか、何で四つなのよとかって全然知らなかったんだよね。
前回お伝えした時代に、いわゆる普通は四方界でみんな生きてるんだけど、
理っていうのがあって、ただその理の意識だけだと足りないと。
でもやっぱりさ、僕もなんとなく全ては空だとかさ、
なんかあらゆるものは仏の世界から見たら一緒だとかっていうふうに思うのが悟りだと思ってた時期もあって、
やっぱりそれでオッケーとかって思ったら、やっぱりそれは頭だけというかさ、
すごいやっぱり現実感を伴わない悟りなんだよね。
それだとダメだよねっていう時に、まあダメというか、まだ先があるよっていう時に、
理事無下北海があって、理と自は一緒だとか、仏と物っていうのもつながってるっていうふうな話もあったんだけど、
でも空じゃんっていうところの、なんかこの鋭さというか、
そこでしたよね。すいません忘れてましたっていう時に理事無下北海があるみたいな、
そのシャープさがやっぱりすごい心地よくって。
はいはい、まあ確かにそうだよね。
俺空極めたぜって言ってる人に、いやそれもないからっていうことを思い出させるっていう話だもんね。
09:02
そうなんです。
すげえ気持ちいいなみたいな、なんかこうちゃんと説明してくれてるなと思って、
もちろんわからないけど、その理事無下っていう世界観っていいなって思うし、
それは結構僕がずっと言ってる意味の世界とか、この世って別に意味で成り立ってるっていうことにかなり近い感覚なんだよね実は。
うんうんうん。
だからそのリンゴがあるってことじゃなくて、このリンゴというものが私にとっておいしそうに見えるとか、
食欲をそそるってまさに現象的なこと、出来事だよね。
うんうんうん。
ってことの方に僕はやっぱりすごい関心があるし、価値があると思っているから、やっぱりそれをすごく表現してくれる。
はいはいはいはい。
なんか世界観だし、なんだろうな、発想だなっていうふうに思うんだよね。
確かに確かに。たぶんハエトの理事無下北海的な感覚に、ハエトの感心のある意味みたいなものが近いと思うんだけど、
いきなりね、理事無下北海の話みたいな感じで意味がねとかって言われても、たぶん誰にも伝わらないというかさ、
伝わらない、そうそうそう。
可能性があると思うんだけど、今回みたいにね、4つに分けて順番に言って、だからこうなんだよみたいなのって、ちょっとやっぱり身体的には理解してないとかできてない人にとっても、
その指針になるというか、あ、そういうのはあるんだという一等納得感まではたぶんね、いける可能性がたぶん、いきなり理事無下北海の話をする。
それはもう多分飛躍的に高まる気はするもんね。
あー確かに言われてみたらそうかもね。やっぱりもともとは僕も一つの真理というか、なんかこれさえ知ればオールオッケーみたいなものがあると思って哲学をねやってたというか、
まあ自分なりに勉強したんだけれども、やっぱりそんなものはないっていうのがまあ分かったわけだよね。
それっていわゆるその悟りを目指してて、空に至ればオールオッケーと思ったら、空なんてなかったみたいな話に、
ちょっと例えるのも少し恐れ多いけれども、ちょっと近い部分は確かあるのかなと思ったときに、
意味の世界ってそれぞれでオッケーなんだよね。
別にある人にとってはこの上だけ価値があるものも、ある人にとってはゴミと等しいっていうのがある世界だからさ、意味の世界って。
さっきというか、なんか昔言ったかもしれないけど、あるボロボロのぬいぐるみがある人にとっては忘れられない思い出の品かもしれないし、
でもやっぱり視聴者にモテたらこれは10円ですって言われるような価値しかつかないかもしれないっていうのがやっぱりこの現実世界なわけじゃないですか。
でもまあそれでいいというか、そういうことをつながっているものとして、やっぱり意味というものとか、意味という世界っていうものがあるっていうふうに僕は今捉えているから、世界っていうものを。
12:13
そういう意味ではすごい近いというか、例え話として確かに言えるなっていうふうなのは思った。
今兄貴に言ってもらって、だから自分はそこにすごい共感してたんだなっていうふうなことを感じたね。
なるほど、だからある意味今回やった優位心論だったりとか、重々優位意識の違う側面からの言い換えなのかもしれないよね。
でもそうかもしれない。
違う側面だったりとか、いわゆる地北海を生きる我々から見た、そこへのアプローチというものが意味というものを媒介にすることでより近づける、わかりやすくなるみたいな、そういう感覚なのかもしれないですね。
先生ですか。
ありがたいね、そう言ってもらえるとね、やっぱり。
だからね、偉そうに言ってるだけだからね。
二人ともそうだから偉そうに言ってるだけで、何かを本当に行動できますかっていうとできない部分もあるんですけど、ただそれを言葉に捨てることで見えてくれるものがあるっていう話ですね。
だから、うちらあれだよね、ハヤトフリーで見たって言ってたよね。
はい、見ました見ました。
あれでも出てきてたさ、知らないおじいちゃんがさ、横に来てさ、もうお前に教えることはないって言ってさ。
はいはいはい。
立ち去っていくじゃんね。
誰だよって誰だよってね。
あれ誰?って言われて、知らないもんさ、みたいな。
うちらはそのおじいちゃんみたいなもんだからね。
ススススって横に来て、うむ、それで良いのだって言って、ススススって去っていくみたいな。
来るとは、みたいな話をして去っていくけど、あれ誰だよみたいな。
そんぐらいのね。
そうそうそう。
何も得得もしてないし、何も成し遂げてないっていう。
成し遂げていきたいなって思いながらね、やってるわけだからね。
そうなの?
そういうのもあるんだね。
やっぱ意味の世界ってものをもっとちゃんと自分で体得して、そういう風に生きていきたいって思ってる人間ではあるんで。
はい。
それで言うとねってちょっと話を変えようと思うんだけど、大丈夫?けごん教の話大丈夫ですか?
大丈夫。そんな深く理解したわけじゃないので。
それはそれで寂しいけど、まあいいや。
それで言うとねって変な話なんですけれども、
実はですね、ちょうど先週かな、前ちょこっと言っていたソウル鉄カフェというか鉄ワークカフェみたいにさ、
みんなで集まってワイワイ話すのをソウル鉄ラジオのリスナーさんでやれたらいいよねっていう風なことを言っていて、
15:01
ちょっと募集とかしたと思うんですよ。
それをですね、先週実は実施をしましたと。
しかもあれだよね、2回やったんだよね。
そうなんですよ。6人の方が実は応募していただいて、2人くらいかなって思ったんですけど、
まさかね6人もちょっとお話いただいたんで、すごくたらっということで2回に分けて、
で、ワンデイ、ツーデイでやったんですけど、ツーデイ公演ってすごくない?アーティストみたいじゃない?
そうだね。そうなのかな?でもすごいと思う。
本当ね、2人、制服で1人でも、1人来てくれれば3人でできるかみたいな。
普通に考えて見ていただいたらと思うんですけど、やっぱりこうね、誰も知れないさ、
当然ね、それは一応喋ってはいるけれども、カンのハイドって誰だよってところから始まり、
しかもね全く知らない人とオンラインでいきなり話しましょうの回なわけだからさ、めちゃめちゃハードル高いよね。
高いね。自分だったらいいか。
実際来なかったじゃん、兄貴も。
ちょっとね、スケジュール合わなくてね。
そうそう、あのね、もちろん、さっき実はって言ったんですけど、兄貴はどうしてもご家庭の事情とかがあってやっぱり仲ができなかったんで、
参加した人からもやっぱり京介さんにもお会いしたかったですっていうふうな言葉を本当に皆さんおっしゃってたんですけれども。
うん、行きたかったよ。
今回の第0回っていうのをやったので、今後はぜひ兄貴も参加してほしいなと思っているんですけど、ちょっとその話をしたくて、
まずやって本当に良かったなって思ってるんですよと。
どんなことをやったかっていうと、その1時間の時間の中で、4人か、だから僕プラス3人のリスナーさんが集まって、
ワイドで話しましょうっていう回だったんだけど、当時テーマとしてちょうど偶然とか運命みたいな話をしたので、
ちょっとそういうのに絡めて話しましょうっていうふうにしてたんだけど、
これね、後で思ったんだけどさ、そうやってぶっちゃけ最終回まで聞けって話じゃないですか。
最新回か当時のね。
そもそも告知もラジオというかポッドキャストの中でしかしてないから、
ポッドキャストを聞いてないと応募できないっていうよくわからない縛りがすでにかかってたわけなんだよね。
まあでもうちら別にSNSでちゃんとやってるわけでもないからさ。
写真ちゃんとしてないから。
一緒なんだけど。
一人ね、一応募集期限みたいなのも設けてたんだけれども、
それが終わった後に、すいません、後から聞いたら募集したことを知ってまだ間に合いますかって言ってくださった方がいて、
本当にありがたいし申し訳ないなって思ったんだよね。
それは確かに。
誰もが新しい最新回出たらすぐ聞いてると思うなよと。
18:05
確かにね、そういうことだよね。
申し訳ないですね、それは。
そうですよね。
ただね、そういった中でも連絡をくださって集まってやったんですけれども、
当然皆さんね、それくらい参加者という方もいらっしゃるんだけれども、
それは少数派で、初めてこういう場に来ましたとか、
ぶっちゃけすごい緊張してますとか、迷いましたとか、
ただいろいろ話聞いてると、
それでずラジオ2週してますとか全部。
それはすごいな、時間的にね。
そうなんだよねとか、毎週毎回通勤時間に聞いてますって言ってくださる方がいらっしゃったりしてて、
その時点で普通の場じゃないんだよね。
初めましてなんだけど、
それでずラジオを200回ぐらい聞いてるという時点で、
やっぱりちょっと特殊な人たちなんですよと。
なんならだって、普通の友達とかさ、
毎月行く床屋さんとかよりも話してるでしょ、それ。
話す、総方向じゃないからね。
総方向じゃないからね、聞いているって感じだね。
だから本当にいわゆるラジオのパーソナリティに、
やっぱり親近感を持ってるぐらいな感じでキレくなってたわけなんですよね。
本当にそれはありがたくて。
じゃあ自己紹介とかちょっとしてやっていきましょうか、
で僕は言うわけですよ。
じゃあ最近運命とか偶然感じたことあります?みたいな。
そんな雑な投げかけから始まるんですよね。
なんかちょっと感じたこととかってあります?とか言った時に面白いのが、
最初と10秒ぐらい沈黙があるし、
しかも前ちょっと言ったんですけど、みんな顔出ししなかったんですよ。
カメラを送ってみんなZoomの黒い画面。
一人だけアバターとかもつけてくださる方もいて、
それも面白いなって思ったんですけど、
そういう風な感覚の中で僕だけは顔を出してますって感じなんだけど、
10秒ぐらい沈黙がついた後に、
じゃあちょっといいですかって言ってくださる方が、
その2日間どっちもいて、
やっぱり実はこういうことがあってとか、
最近こんなことがあった時に偶然っていうのを感じたんですよね。
話をしてくださると。
やっぱりそれがあるとそれは呼び水になって、
例えば、ちなみに皆さんはどうですかって言って投げかけることもあれば、
いろんな話ってこういうことですかってさえ質問が含まれたりして、
すごく自然にやっぱり会話が生まれてったんですよね。
はいはいはい。
もちろん僕も誰々さんはどう思いますかとか、
これってどうでしょうかっていうのはもちろんするはするんだけど、
それってすごく少なくって、
21:02
本当に3名の方々同士の中で結構質問をし合うとか、
噛め合うっていう感じだったんですよね。
はいはい。じゃあ早いとも含めてみんなで、
本当にただ雑談というか、
ただ雑談。
対話してるみたいな雑談かな。
時々、あれこの偶然ってどんな話でしたっけとか、
偶然と必然で違うとかって話があったと思うんですけど、
それって何でしたっけとかっていう時に、
一応ラジオの中ではこんなこと言ってましたとかっていうのは補足させていただいて、
はいはいはい。
そのぐらいで本当にワーってやっていくって感じだったんですよね。
そしたらめちゃめちゃ面白いのが、
いくつかいっぱいあったんだけど、
そういえばその話の中で、
なぜ自分は日本人として生まれたのかっていう、
例えばテーマが出てきたのね。
わー面白い。
面白いと思う?
面白いっていうか、
さっきの場所のピッチャンとかポチャンじゃないけどさ、
テーマあれば喋れる。
テーマを作ってくれるってすごいことじゃん。
そうそうそうそう。
しかもやっぱりそれを、
いわゆるただ問い通しっぽんじゃなくて、
やっぱり話の中に出てきた、
なぜ私は日本人として生まれたのかっていう問いが出る瞬間がやっぱりまず面白くて、
そこに対して、
そんなこと初めて考えましたっていう方もいらっしゃれば、
実はそれって中高時代のすごい重要なテーマでしたっていう方もいらっしゃって、
おー面白い。
あ、そんなに違うんですねみたいなことが驚きとしてやっぱり出てくるわけなんだよね。
はいはいはい。
普通に考えたらそんな問いを問うというか、
そこについて話すなんてことはないわけじゃない。
普段の生きてる中でね。
私考えたこともないかもなーって思うね。
でもやっぱりそれをある種とかさ、
普通の話で言ったらなんか、
お前そんなこと考えてんの?とかさ、
なんかそんなこと考える人ないじゃんとかって言われかねない問いなんだけど。
はいはい、飲み会と同じだよね。
飲み会一緒一緒。
別にね、話す人いないっていうそういう話。
話せないし、別にそれを投げかける気も、
そういう場じゃないってわかってるからさ。
僕はそれを乗り越えたというか、
そういうキャラで生きてるから、
別にそういうデモを受け入れてくれるというか、
あ、またかんちゃんのそれが出たよみたいな感じになるんだけど、
普通やっぱりそうじゃないと。
仕事の相手とかさ、
どんな人かはもちろんいるけれども、
別にそれって話すのも一人二人だよねっていう時に、
4人で集まってそれについてワイワイ話せるっていうことがやっぱり不思議さだよね。
不思議さというかやっぱり貴重さだよね。
確かに。
それを楽しく真面目に話していい場って確かにないからね。
24:06
だからすごく嬉しかったのが、
1時間あっという間で終わったねっていうのはみんな本当に思ってたんだけど、
最後チェックアウト的にそれぞれの感想を聞いた時に、
初めてこんなに喋ったかもしれませんとか、
生まれて初めてこんなに自分のことを伝えたかもしれませんっていう風に言ってくださった方がいて、
それってすごいことだなって思ったんだよね。
やっぱり話している方も、
本当にこんなこと喋っていいのかとか、
やっぱり自分のことをこんなに言ってて面白いのかなって不安になりながら喋るんだけれども、
聞いてる方からそれがめちゃめちゃ面白いし、
それは自分はこう思うけどこの人はこう思うんだとか、
3人いるからやっぱりAさんとBさんと自分とハヤドさんのわけなんだよね。
自分はこうなんだけどAさんとBさんっていうことでもこんなに違うんだとか、
違うと思った2人がこんなに同じだったんだとかっていうことがその1時間の中でも見えてきて、
すげえ面白いなみたいなことが起きてたんですよね。
なるほど、1時間はほんとあっという間な感じしそうだね。
めちゃめちゃあっという間だった。
2人でこうやって喋ってても割とすぐ経っちゃうんだよね。
やっぱり4人はちょうどよかったなって思う。
もちろんもうちょっと大きくてもいけるとは思うんだけれども、
初めてこんなこと話していいのかなとか、
こんなことまで言っていいのかなって思うちょうどいいニーズだったんだろうね。
人数と時間とかね。
時間も含めてね。
ちょっと物足りないなっていうのは多分よかったなと思うんだけど、
僕が何を思ったかっていうと、
まずそういうこと自体が起きて嬉しかったし、
やっぱりみんな一緒だと言うのは、
こういうこと本当は喋りたいけど喋る相手がいないとか、
喋るのにふさわしい場がないから黙ってるみたいな、
でもやっぱりそういう場が与えられれば、
全然言いたいことっていっぱいあるし、
考えたいことって本当はあるよねみたいな人って多分いて、
やっぱりそういうふうな人のための場って、
実は意外とないなって改めて思ってたんだよね。
そうだね、確かにいいもんだし、
このソルテッツカフェやるときに、
その哲学カフェの勝手なイメージだけどさ、
やっぱり素人からすると怪しいとかさ、
その後なんかセミナーに誘われるんじゃないかみたいな、
ちょっとそういう面もあるから、
本当はないんだろうけどね、ないとこも多いんだろうけど。
27:02
そうそうそう、ないとこも多いんだけど、
そういうイメージとか、やっぱり否定されるんじゃないかとか、
やっぱりどんなふうに自分の言ったことが、
そもそも受け止めてもらえるのかとかって、
やっぱり不安はあると思うんですよ。
でもやっぱり、僕自身は僕自身のスタンスとしてもだし、
やっぱりソルテッツラジオとかカフェのスタンスとしては、
公演だからさ、やっぱり別に、
それこそね、豪速球投げないでくださいとかはあるんだけど、
一応周りを見ながらのボール遊びぐらいなら許しましょうとかさ、
あるじゃん、そういうの。
豪速球ね。
対話においても豪速球って、やばそうだけど。
本気のキャッチボールとかされたら困るんだけど、
え、でもそれどういう意味?
公演の日、公演でさ、
野球部が集まってさ、
本気のキャッチボールしたら困るじゃん。
そういうことか。
いきなり重い人生相談をされるとかじゃなくて、
ガチの哲学を。
本当の意味で、
豪速球投げられて、
私は関東の純粋理性館を参加読んでおりまして、
このページのこの部分について聞きたいんですけどもとかって言われると、
ちょっとここでは公演なんて無理なんです、
大学行ってくださいってなるんだけど。
そういうことか。
自分の本当の気持ちとか、
その体験を話すのは全然いいんだけど。
全然OKOK。
時事無言、国会の話聞いたけど、
ハヤトさんこれ本当は、
2300何ページのここに、
こう書いてまして、
ハヤトさんちょっと違うかもしれないし、
もしくはここについてもうちょっと深く語り合いたいんですみたいな、
そういう意味のガチね。
そういう意味のガチ、そういう意味のガチ。
OKOKなんだ。
それはちょっと別の場でやりましょうって、
僕もむしろ聞きたいんでやりましょうとなんだけど、
哲学ガチね。
哲学ガチで終わりたいんだけど、
公演的な意味で言うと、
別に遊んでる中で、
ふとこんなこと言いたくなっちゃったとか、
実は子供の頃からこんな苦しいことがあって、
みなさん聞いてほしいんですってのも全然あり。
なるほどなるほど。
そのゴーソっていうのは意味がちょっとどっちだろうって。
今まで言ったゴーソっていうのは本当にリアルな公演で、
本当に公式球を120キロで140キロで投げるのやめてくださいっていう話の意味だね。
だからそれがそうだよね。
カフェっていうところで、
あれでも実案的にガチのことはやめてくれって話だよね。
やめてくれとも言わないんだけど、
そういうことを期待したらちょっと物足りないと感じちゃうかも。
なるほどなるほど。
別に言っていただいても大丈夫なんだけどね。
30:00
でもそれはあれか。
あやとの時には、
すいませんちょっとそれはここでは無理ですってなっちゃうだけって話ね。
そうそう。
本当の意味では答えられないかもしれない。
ただそれをもとに、
あなたの動いとか興味関心についてみんなで話すことができるかもねっていう感じでね。
まあ確かにそういう人はね、
なんでそこまでそこにある意味執着してるのかっていうのは面白い話だからねって。
そうそうそうそう。
そうなんです。
そういうふうな場だったので、
やっぱりすごく来てくださった方々には良い時間を届けられたんじゃないかなとか。
やっぱりもっと言うと、
自分が言いたかったことって本当これだなって思ったのが、
やっぱり自分はさっき言った通りキャラとして、
そういうよくわかんないことを言うキャラになっているというか、
それを培ってきたから、
別にいきなりケゴン教の話をしていいですかって言っても、
まあ時間があれば別にいいですよって言ってくれる人が周りに結構いるんだよね。
なるほどなるほど。
ただやっぱりそれってなかなかできないなとか、
やっぱり結構つま弾きにされるリスクもあるから、
ちょっとあいつなんかおもんねえなとか、
ちょっとあいつ言ってることわかんないから誘うのやめようぜってなってもおかしくない。
でもなってるかもしれない。
僕は気づいてないんだけど。
だからもうその結果今があるかもしれない。
そうそうそうそう。
なのでやっぱり、でもやっぱり話したいとか、
でもやっぱり聞いてくれる人がいるなら、
本当はもっとこんなことを深く考えてみたいという人がいたときに、
そういう人同士をつなげる役割っていうのはできるかもってやっぱりちょっと思っちゃったんだよね。
それは結構やっていきたい。
まさにさっき意味の話をしたけれども、
普通の人からしたら意味がないとか価値がない、
もっと言うと生産性がないって言われるような話を本当はしたい人ってやっぱりいるじゃないかと。
その会話をするとか、そういうことを話す人に出会えるっていうことはやっぱり間違いなく、
その人の人生にとってやっぱり豊かな意味があるはずだと僕は思ってるんだよね。
なのでそういうふうな出会いを作るとか、
そういうふうな会話を自由にというか恐れずにできる場を作るとか維持していくっていうのは、
めっちゃやっぱりやりたいなとか実際やってみてよかったなっていうことをすごい思ったんだよね。
はいはいはい、なるほど。
確かにそういう、そうだね、確かにあんまりそういうことをフラットに話す。
例えば何かの愚痴になるとか、もしくは逆に何かを褒め称えるとかっていうのを抜きにしてフラットに、
これどうなんだっけ、これどうなんだろうみたいな。
会話っていわゆるできないもんね。
33:00
SNSに書いたらね、それぞれ受け入れ方いただけるだけだし。
そうね、そうそうそう。
家族でもそんな重い話別にしないしね。
しないね。
確かにな、全然哲学カフェの議題とはずれるかもしれないけど、
例えばこっちは良いと思って手助けをしようとした時に、
ちょっと冷たく断られちゃって寂しいなみたいなことがあったとして、
そういうのを愚痴じゃなく、実際どうなんでしょうみたいな検証みたいなことをしたいことがあった時に、
意外と壁打ち相手ってチャットGPTだけかもしれない。
そうだね、チャットGPTは本当に何でも聞いてくれるからね。
世の中話してますけど。
話してるんだ、そうなんだ。
めっちゃ話してる。
例えば?
例えば、この前何したっけ、ちょっと待って。
私は基本的に見慣れた生活を送っており、妻子と過ごし幸せを感じています。
一方で100年もすれば全員が死亡し、この世にはいなくなることの儚さを同時に感じています。
これが苦しいというわけではありませんが、儚さを感じることで純粋な幸せにしていることができません。
一方で儚さを感じる自分を否定することもできないと感じています。
こうした状況に対して哲学や学術的な観点から説明していただいたり、触れていたりする話はありますでしょうか?
それともこうした事象はそこまで気にする必要ないものでしょうか?
って聞いてる。
質問長ぇな。
そうなんだよ。
確かに。
普通の外の会話ではそこまで詳しく条件設定しないだろうけれども、
もうどこでもいいわ。
ってなっちゃうでしょ。
早めに返したら。
じゃあちょっとさ、聞いて欲しいのは皆さんにね、ChatGPT。
しかもChatGPTじゃなくて、今GPTsっていうさ、ある機能に特化したGPTが作れるのよ。
これ自分で作ったんだけど、なんて答えたかっていうと、
ありがとうございます。お話を聞かせいただき心から感謝します。
家族との幸せな時間とそれと同時に感じる人生の儚さについて、
深い施策をされていることが伝わってきます。
ご主的なような感覚は哲学や宗教、文学など多くの分野で長い間考察されてきたテーマです。
例えば仏教ではこのような世界の無常観を無常観、世界観の観ね、無常観として認識し、
それを受けることで精神の平穏を得ることができると教えています。
36:00
また西洋哲学では存在主義、実存主義か人生の意味や目的、個人の自由と責任、
そして孤独らしといったテーマを探求しています。
こうした背景を踏まえて、あなたがこの儚さをどのように捉え、
どのようにして日々の生活に取り入れていけばよいのかと一緒に考えていくことができると思います。
この儚さを受け入れつつ、どのようにして日々の小さな幸せや喜びを大切にしていけるか考えてみるのはいかがでしょうかと。
おー。
という風に返してくるんですよ。
優しいな。
優しいでしょ。こんな人いないよ。
いないんだよ。いないんだけど、やっぱりちょっとチャットDBだけだと寂しいのよ、やっぱりね。
ここから多分30分くらいで10往復くらいやり取りしてるんだけど。
おー、やったんだ。そこでおしまいじゃないんだね。
うん。
へー、なるほどね。
多くない?
うん。
難しいな、でもさ、これは素人からするとだよ。
例えばそういう人と対話、人とおしゃべりをしようという時に、自分はそこまで相手に与えられないなっていうところで、もうこっちは何だろうな。
もうその場に行けなくなっちゃうわけ。申し訳なくて。
あ、なるほどね。参加者側として来た時ってこと?
そうそうそうそう。
はいはいはいはい。
なんか、自分がそういう、別に聞くこともないというか、なんかあった時に、そこまで無情感があって相手にアドバイスもなんもできないなみたいな。
気の利いた答えもできないなみたいな。
なるほどね。
思っちゃうわ。
それはね、前回の話でもそうなんですけど、要は、CHAT GPTは言ってるだけで中身が一切ないのよ。
はいはいはいはい。
まあ、そういうのはあるわけだけどね。
なるほどね もうチャットGPT3人集めてやったらいいじゃんと思う
いやそれがねまさに前回の話もそうなんですけど 要はチャットGPTは言ってるだけで中身が一切ないのよ
当然ね だからチャットGPTの回答はなんかいいこと言ってるんだけど やっぱり身がないから自分の体験から考えなきゃいけないんだよね
チャットGPTさあなたの体験を踏まえてとかって聞いても嘘になっちゃうのか
嘘になるし私の体験は踏まえられないけどとかって返したりしたりするんだけど
だからないのよ当然
まあそこはチャットGPTも自覚してるんだねそこ
自覚してるのか自覚してない自覚してないのよ
そういうことを返すといいよっていうのはわかってるからそう返してるだけで
要は自分を操るだけの心がないもちろん物だから
39:02
ただのざれ事なんだよチャットGPTって
ざれ事ですざれ事なんだけど意味があるようなことを返してくれるから
自分にとっては意味があるように受け取ってそれを自分で思考を含めるためのツールとしては役立つんだよね
ただそこまで考えてやってる人もあんまりいないかもしれないけれども
なるほどまあ全問答の師匠にはなり得ないんだね
なり得ない絶対なり得ないだって自分のことも理解してくれないし
ざれ事だからこれは本当に
だからそうなんですよね
っていう時に要は人ってじゃあいいこと言わなきゃいけないとかって思うかもしれないんだけど
その人が生きてる人生だけでいいんですよ本当に
あれかこれ今回言ってたの
50何人の人に会って悟った人の話してたじゃん最初から
それに似てるのかなもしかして
そうそうそう
放送53人じゃなくてもう村人から友情からみたいないろんな人に反省的でみたいな
まさにそこなのかな
そうそういうことだからさっき言った通り
人生においてなぜ日本人に生まれたのかっていう問いがあった時に
そんなこと考えてたことがやっぱそれを考える人がすごいんだじゃなくて
自分はそういう問いとは全く無関係に生きてきましたってこと自体が一つのすごいことなんだよね
だから自分はそれを考えたことがありませんって言ってくれる存在がどれだけありがたいかって話なわけですよと
なるほどありがたいね
何か価値のあることを伝えないととかやらないとと思っちゃうんだけど
そういうわけでもないのか別に
だってそれが例えば人生にとってすごい重たい意味を持つ人がいた時に
そんなこと考えたことがありませんでしたって人との出会いが実はすごい救いだったってことがあるわけなんだよね
なるほどなるほど
だからもう考えることないっすとか
全然わかんないっすって言われば全然OKで
ただちょっとそういう話は興味があるとか
なんとなくそういうことを考えることは好きだとか
そういう人だったらもう本当にウェルカムみたいな
なるほどそれは救いですね
でもそれはなんか自分の抱えてる呪縛というかかもしれないな
面白いありがたいなすごい
誰かの役に立つっていうことに対してちゃんとその具体的な
例えばさっきのハヤトが苦しみが云々だったりとか
なんで日本人として生まれてきたか悩んでるみたいな
42:04
考えたことがあるみたいな人がいた時に
それに対するいい答えを多分与えないといけないって思っちゃってるのかもな
なるほどね
それもあるかもね
実はソイルスカフェの中で面白かったのが
質問いただいたんだけれども
まさに哲学書とかを本当に読んでみたいと
原書を買ったんだけれど
やっぱり難しすぎて全然わかんなくて読めないんだ
っていうふうな質問をいただいた方がいて
僕もなんかいいことを言わなきゃなと思いつつ
でももうわかんないや
わかんないというか僕もそうだと思って
だからわかんないまま読むのもありですよって言ったんだよね
わかんないなって思いながら一回読んだ時に
わかんなかったことが残ると
その中でもなんかこの言葉が引っかかるとか
なんかこの表現はすごい気にかかるって言葉が残ったりするから
それを手渡りにもう一回読んでみるとか
別の人の話を探ってみるっていうのはありかもねっていう話をしたんだよね
ただその方もまさに
なるほどと、本を読んでわかんなくていいっていう考え方がそもそもあるんだみたいなことをおっしゃってて
本ってやっぱり読んだからにはわかんなきゃいけないとか
読むからには理解しなきゃいけないってやっぱり思っちゃうじゃん
そうね、なんか自分が無能なのかって苦しんじゃう気がする
だけど実学書ってそうじゃなくてもうわかんないのよどう考えても
それでいいんだと
ただその言葉を読むとかその作者の何かロジックの作り方とか
言葉の運び方とか
そういうものを味わっただけでもいいんだっていうふうなのは
なんか僕自身も思ったしやっぱり言っていただいたことがあって
だからわからない読書っていうのは全然ありなんだよね
なるほど
でも多分一緒でわからないっていうことを前提に話すのもありだし
そもそも実学カフェのルールというかスタンスをしても
わかんないっていうことを楽しもうとか
わかんないっていうことに浸ろうみたいなことがやっぱりあって
確かに一般論での正解とか
いいこと言ってもらいたいなら確かにチャットGPTでいいもんね
確かに
結局ね
それを超えられるのはあなたはって話になっちゃうもんね人間がね
結局ね
無理だねそれはね
無理だから
逆に言うとやっぱり全てのことがやっぱり今はわかるとか早いとか
正解よっていうことがやっぱり求められちゃいがちである
いやー恐ろしい確かにな
本読んで理解しなきゃとかさ
誰かの役に立つ情報を
っていうことを言わなきゃって
なんか思いやがりな気もするし
45:01
なんかちょっと反省だな
それはねやっぱり一個の価値観として大事なんだけど
それはやっぱり一個の価値観でしかないから
例えばねやっぱり読書会とかカリアントとして
やっぱ本を読んでいったらなんか全てを理解した人が偉いとか
ってなりがちなんだけど
むしろ読んで何もわからなかったっていうことがむしろ尊いよね
っていう発想も全然なくて
なぜならこの本で書いてることはその人の人生とは重ならなかったよ
っていうことだから
あなたの人生どんな人生だったんですかってことは
すごい僕は逆に聞きたくなるんだよね
はいはい確かにな
本当に何も刺さらなかったのか
ここがつまらなかったとか
っていうのもありなのね
全然ありそうそうそう
本当に
ただやっぱり一回も読みませんでしたとか
一文しか読んでませんとかっていうのはちょっともったいない
なぜならそれはわからなかったっていう実感を得るには物足りないからって話なんだよね
なるほどね
実感体験ね確かに
体験そう
そっちが大事
GPTは絶対できないそれは
って話なんだよね
いいこと言ったな
早藤先生ちょっと助けられましたね
結構その自爆はあるかもしれない
だから多分その何人かでの会話とかに
聞きたいのもそういうのもあるのかもしれないね
あると思う
皆さんに何をお届けできるんだろうみたいな
思い上がりがあるのかもしれないね
でもやっぱりそういったあると思う
やっぱり皆さんもおっしゃってて
最初ね自分はここに来ていいのかわかりませんでしたとかさ
やっぱりなんかして
皆さんにいいこと言えるかわからないですけどとかってやっぱりあるんだけれども
そんなことはその場においてはやっぱり一切なくて
やっぱりそのなんだろうな
やっぱり僕は価値じゃなくて意味ってずっと言ってるのも
価値付けしちゃうとやっぱり物を知ってる人が偉いとかさ
なんかいいこと言った人が偉いなんだけど
いいこと言ったという風な人がいるっていうことと
いいこと言えないけど
そこに対してなんだろうな
恥ずかしさとかなんだろうな
コンプレックスを持ってる人がいるっていうことの意味は一緒なんだよね
それをもとに今ちょっといいこと言えなくて恥ずかしいと思ってるかもしれないですけど
でも言えたことによって悲しいことってありますとかっていうのは僕は聞きたいし
逆に今いいこと言ったと思ってドヤ顔してるかもしれないですけど
そうやってこの場において何か意味ありますみたいなことも
もしかしたらそういう人がいるかもしれない
なるほどね
公園で調子に乗ってる人がいた時に
48:02
そうそうそう
ドヤ俺の二重跳び上手いぜみたいなこと言った時に
一重跳びでいいじゃないかと
そういうことじゃないんだぜっていう風な話なんだよね
なるほどそれはどこからのドヤ顔ですかという話は
ちょっと確認しないとねという風に思っちゃう
なるほど
自分に対してもドヤ顔してませんかと
ハヤトさんの話聞いてますって言われて
打ち技になってませんかというのは常に思うわけ
ドヤやっちゃダメだと
ありがとうございます先生
ありがとうございます
本当にもうやっぱりみんな捕らわれてるよね
みんなっていうのは仕事の方で言っても
キャリアとかの話をしてると
もちろんキャリアで言うともうちょっと仕事の話だから
あれができなきゃいけないとか
こういう風なスキルを身につけなきゃいけないとかって
どうしても出てくるんだけれども
一定のスポーツとか競技みたいな話なんだね
やっぱりそれに捕らわれすぎると
でもやっぱ大事なもの見失ってませんかとか
本当にそれだけでいいんでしたけど
そう言われた時に初めて
それでいいんですねとか
自分の視野が狭かったかもしれませんみたいなことは
やっぱり起きるよね
なるほど
ただのいい話みたいになっちゃったけど
たまにはいいんじゃないですか
この前ね残念ながら
ソルテッドカフェ参加できなかったんだけど
彼こそだと思うんだけど
まだねそういう集まりに対する
自分が言っていいのだろうかみたいなさ
苦手じゃなかだろうかみたいなものが
払拭できてないんだけど
その原因というかそういう理由が
自分の無駄な思い上がりみたいな
すごい面白いなと思った
逆に兄貴が参加したからこそ
やって絶対良かったこれは素敵なものだと思ってる
はやととまだ半信半疑
そうそうそうそう
スモークソンのラジオを聞いていただいて
めちゃくちゃ行動力のある方が集まったんだろうな
もちろん行動力とかあるし
ちゃんと聞いていただいてると思うんだけれども
皆さんやっぱり参加していいのだと
スモークに勇気を振り絞って
聞いていただいてるって話なんだもんね
本当にありがたいよね
ありがたさしかなかった
自分が一番楽しかったし
集まった6人7人の中で自分も
やって良かったなって本当に思ったから
51:02
すごいこれは
やっぱり一歩進めたなというか
本当に思ったよね
もともと第0回って言ってるくらいなんで
第1回2回やっていきたいと思ってたんですけど
やっぱり参加した方も本当にまた機会があれば参加したい
って本当に
忖度でなく言ってくださった方も多かったし
そういう意味では
次回とかもやりたいなと思うし
これもちょっと考えながらどうしようかなと思ったんだけれども
本当に参加した方からも
やっぱりもうちょっとラフに
テキストで言い取りできる場がないんですかとか
オンラインで時間を忘れて大変だから
もうちょっと掲示板的な感じで
最近こんなこと考えててでもいいし
ドイツラジオ聞いてこんなこと思いましたでもいいし
今は早速お便りをいただいて
僕らが読むっていう風にするけど
やっぱりそれもタイムラグもどうしてもあるし
やっぱあるんで
それをやり取りできる場があってもいいかもね
っていう風にむしろ参加者の方から言ってくださって
そういうのはちょっと本当に
作りたいなって今ちょっと思ってるんで
今ゴールデンウィーク期間の真っ最中なんですけど
ちょっと休みの時にそれも
具体的に動かしていきたいなって思ってる感じですね
なるほどなるほど
そんな感じで結構自分の中でもやってみたからこそ
見えたこととか
やっぱり皆さん参加いただいたからこそ
本当にありがたいやっぱりね
誰とも知らん
もちろん観の早いとも知ってるようで知らないわけだから当然ね
いきなり会ってみたら
次ツボとか売られたりする可能性もあるわけじゃん
そうだね実はね
やっぱりそうじゃないんだけど
そういうことをやった時に
本当によかったですって言っていただけたことも
すごく自分としてはありがたかったし
詐欺師として考えたらめちゃくちゃ効率悪いけどね
毎回1時間くらいのラジオ2年間やって
スパイのレベルだよね
信頼させ合うみたいな
情報活動みたいなね
でも本当に
2年前僕言ってるんですけど
こういうことをただただ喋っても
うさんくさいとかただ哲学好きだって言っても
信用がないと思うんだけど
2年間で200本
ポッドキャストをやって哲学についてやってきましたって言われたら
まあまあなんとなく好きだっていう気持ち自体は
嘘じゃないって思ってもらえるだろうって思うんだよね
そうだね
ちょっと宣伝だけどさ
この前ボイシーにもアップされてた
54:02
そうだそうだすっかり忘れてた
ボイシーにアップされたことは覚えてるんだけど
それを言うの忘れてた
スポティファイラーとか
アップルポッドキャストとか
言いたかったのが一個あって
やっぱりそれは皆さんのおかげですって話があって
ボイシーの中の方が
聞いてくださって
ボイシーでもいいかもって思って
連絡くださったんですよね
確かに最初ね
一番最初こっちからボイシーにメール送ってたんだよね
実はそう
ボイシーにメール送ってたら
帰ってこなかったからね
伸ばす気満々だったから
むしろ今からやっといたら
ボイシーした時の得だぜぐらいの気持ちで送ったんだけど
それは返信がなくですね
一生ボイシー配信してるかと思ったんだけど
その時は思った
1年ぐらい続けると
こだわりなんてちっぽけなもんだからさ
聞いてくださる方が増えればいいし
いいですねって言ってくださる方がいらっしゃれば
それが何よりだからさ
たまたまボイシーの方が聞いてくださって
ボイシーどうですかって言ってくださってて
本当ありがたいからさ
ボイシーのメールくださった方が
リシナーとか聞いてくださった
それは皆さんが聞いてくださって
これだけ続けてこられたからだし
やりたいなと思うし
最後に1個だけ宣伝なんですけど
ボイシーで配信してるんですけど
当然皆さんそれぞれ多分
スポーツファイとかアップルとかアパソとかで聞いてるんで
当然それぞれで聞いていただいてるんで
もちろんこれからも聞いていただいていいんですけれども
ボイシーのいいねポイントとか
フォローみたいなのが多分あるんですよね
ハートマークみたいな
多分あれが多い方がいいことあんのかわからないんだけど
ボイシーそうやってずらずら検索したら出てくると思うので
検索見せていただいて
フォローボタンというかフォローマークとか
もし押していただけたらめちゃめちゃ嬉しいなという
お願いを最後にさせていただいたという感じです
なるほどそういう辺もね
気にしてる
YouTuberの方もヒカキンさんですが
高評価チャンネル登録よろしくお願いしますっておっしゃってるからさ
文化をある意味は作ったような
そうそう本当にね
毎回言い続けるっていう
それを求めてるかというと別に求めてない部分もあるんですけど
57:02
やっぱりボイシーっていうところで
もっと多くの人に聞いていただければ
いろんなことができるかなって思ったときに
そういうツアーも盛り上がってるなとか
フォローがこんなに100人もいるのみたいなところってあると思うので
なので
皆さんボイシーでのフォローとか
いいねとかなんて言うかわからないんだけど
フォローとか
その辺があると思う
細かいところはあんま見てない
いいねはご自由ですけど
両方あるの?
いいねは各
エピソードか
エピソードごとにいいねができて
フォローはその番組自体をフォローして
更新した時とかにお知らせしてくれるみたいな機能が
ございますと
逆だよね
自分の方はあんまり大きなビジョンとか持たないタイプで
細かい現場レベルの今回は
編集したりとか
そういう方が好きだから
そういう辺の違いだろうね
そういうビジネスとかそういうところは
見てもらってるんですけど
なので3回目ですねボイシーでのフォローをぜひ
よろしくお願いします
だいぶ喋っちゃいましたね
もうちょっとまとめるつもりだったんですけど
でも楽しかったですし
それずつカフェの話に戻るんだけど
今後もやっていきたいと思っているので
兄貴みたいに言ってもいいのかと思っている方も
参加いただけやすいように引き続き
色々試しながらやっていきたいと思っておりますので
次回はまた仏教の話を挟みつつ
ホワイトな人と
仏教の素朴なエピソードをお話しするので
こんな仏陀ってこんな素朴な人だったよね
というのを取り戻すというね
こんな感じで次回はやっていこうと思っておりますので
ありがとうございました
今回もありがとうございましたというところで
次回も引き続きよろしくお願いします
今回もありがとうございました
59:29

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