【文化欄 #13】怖いものへの知的好奇心はどこからやってくる?ホラー作家の原点を探る(ゲスト:背筋さん)
2026-08-27 39:05

【文化欄 #13】怖いものへの知的好奇心はどこからやってくる?ホラー作家の原点を探る(ゲスト:背筋さん)

News Connect 文化欄、今回も作家の背筋さんをゲストにお迎えしています。子どもの頃に触れた漫画や小説、ゲームなどを手がかりに、背筋さんの原点をたどりました。さらに、原作と映像化の関係をどう考えているのか、小説を書くことへの率直な思いなどお話も伺っています。


▼ゲストプロフィール

背筋(作家)
1989年生まれ、大阪出身。2023年、小説投稿サイト「カクヨム」にて、『近畿地方のある場所について』を発表。後に単行本化されて、デビュー。2024年、スマホより小さいホラー小説として発表された『口に関するアンケート』が話題を集め、2026年7月に実写映画が公開。同年6月、同シリーズの第2弾として、2年ぶりの新作小説『目が』を発表。
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サマリー

今回の「News Connect 文化欄」では、作家の背筋さんをゲストに迎え、ホラー作家としての原点や創作への深い洞察が語られました。幼少期に手塚治虫の『ブッダ』や仏教説話、そして『ゲゲゲの鬼太郎』に触れた経験が、怖いものへの知的好奇心を育んだと振り返ります。特に、子供たちが時代を超えてSCPや学校の怪談に惹かれるように、恐怖に対する普遍的な興味があることを指摘しました。 ゲームについても、幼い頃の厳しい制限が大人になってからの熱中につながったエピソードを披露。ゲーム、小説、映画といった異なる媒体も、根本的にはストーリーを体験させるための手段であり、物語性への没入感が重要であるという見解を示しました。また、小野不由美さんの作品がゲーム『サイレン』を通じて自身の創作に大きな影響を与えたことも明かしています。 自身の作品の映像化については、岩井圭也さんと共に、原作と映像は「別物」として捉え、監督の創造性を最大限に尊重する姿勢を強調しました。映像化は原作者にとって莫大な利益をもたらすものではなく、作品の知名度を上げ、新たな読者への入り口となることに価値を見出していると語ります。執筆の動機については、明確な言語化が難しい「衝動」であり、自己理解を深めるための手段であるという共通の認識が示されました。最後に、今後の作品として「神様」をテーマにしたホラー小説の構想が語られ、映画化が進行中の『汚れた聖地巡礼』への期待も高まりました。

オープニングと作家同士の交流
こんにちは、小説家の岩井圭也です。 News Connect 文化欄のお時間です。
前回に引き続き、作家の背筋さんをゲストにお迎えしてお送りします。
今回のテーマは、背筋さんのホラーとの出会い、映像家についての考え方、そして小説を書く理由など、様々なお話をさせてもらいました。
それでは本編をどうぞ。
ゲストは小説家の背筋さんです。よろしくお願いします。
背筋と申します。よろしくお願いします。
はい、ということで後編もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
面白かったですね、前編のお話。
ありがとうございます。本当に緊張しきりでしたけど、楽しませていただきました。
楽しんでいただけてますか?
はい。
めちゃくちゃ言わせたみたいになっちゃいましたね。
いやいや、楽しかったです。
そうですか。
ありがとうございます。
背筋さんも結構作家さんのポッドキャストとかYouTubeとか見られたり聞いたりはされるんですか?
そうですね、もう見て同じ人間だということを確かめて、
なんとか自分がこの業界にいることを自分で肯定する材料を探すために拝見してます。
このニュースコネクト、オープンからもいろんな方お呼びしてるんですけど、
なんか出て欲しい人とか聞いて欲しい人とかいますか?
断然浅井亮さんと小川さとしさんですね。
私両目大双かったわ。大ファンで前半お話ししていて、
岩井さんとの会話、私が喋るんじゃなくて聞いてたいなと。
小川さんとかとね。
浅井亮さん、しかもなんかお二人とお話しすることで、
たくさんお話されてますけど、作家さん同士で、
なんか新しい科学反応が生まれそうだなと、
私が編集者だったら絶対ブッキングするなと思いながら。
もうね、その二人はちょっと特別なんですよ。なんかちょっと僕の中で。
小川さんと浅井さんお会いしたことなくて、面識ないんですけど、
多分共通の知り合いめっちゃいるんですよ。
だから頑張ればいける距離にはいそうな気がするんですけど、
僕がもうちょっと萎縮しちゃってて、まだその二人にちょっと。
いや、私はほんとぺいぺい中のぺいぺいなんで、
逆に岩井さんに対してもそうですけど、先輩の凄さがもうスカウターが壊れちゃって、
ある一定ラインまでいくと、もうあんま分かんないんですよね。
全部100万、全部56万にしてるっていう。
だから普通にこう会いしても、ファンですとかおくめもなく言えちゃうぐらいなところなんですけど。
やっぱりね、第一線でずっと活躍されてらっしゃる方々からしたら、
そのなんだろう、凄さっていうのが身に染みて分かる。
いや、単純に僕が嫉妬した作家2トップなんですよ。浅井さんと小川さんって。
だからやっぱその平常心でいられる自信がないんですよ。
いろんな感情が多分出てきちゃうんで。
でもまぁ、分かりました。ちょっとなんかね、プロデューサーとディレクターと相談します。
いやもう是非是非、絶対聞きます。
せすじさんの回なんで、今回はせすじさんに戻っていきます。
ホラーの原点と幼少期の知的好奇心
今日はせすじさんのご経歴というかね、どうやって作家せすじができてきたのかっていうところを、
ちょっと紐解いていきたいなと思うんですけども、前編も少しお話させてもらいましたけど、
幼い頃からホラーはお好きだったと、怖いものはお好きだったということで、
僕もちなみに大阪出身で、せすじさんも大阪出身なんですけども、
怖いものはどういうものを読まれたり見たりされてきました?
そうですね、実は父がテラの住職だったんですよね。
そうなんですね。
だから怖いもの入りっていうよりかは、家に手塚治虫のブッダとかがあって、
漫画の。
で、なんかわけわかんないまま読んでいて、
すごいなんか生まれ変わりというのは二重螺旋構造を成しているんだみたいな。
ブッダから手塚に行く人がなかなかね、子供でしかも。
そう、なかなかいないですよね。
渋い。
火の鳥とかでもなく、ブッダから入るっていう。
でも全然なんか怖かったですね、あれブッダ読んでると。
なんでこの人ってこんなに辛いこと自分からやってるの意味わかんないみたいな。
手塚治虫って怖いですよね結構。
いや怖いです怖いです。
で、だからあんまりブッダ怖くて読みたくなかったけどなんか読んじゃうみたいな感じで、
ちょっと悲惨な描写とかもやっぱ多いじゃないですか。
で、ことさら別に、どっちかっていうと父はそれを読めって知ったことは一度もなくて、
なんか父の本棚にあるやつを勝手に読んでたみたいな。
でも本好きってだいたいね、お父さんと母さん、家族の本棚から読むみたいな。
むしろなんか別に読む、読むなとは言わないですけど、なんか読んでもわかんないでしょぐらいのレベルだったんですよね。
で、仏教説話みたいな本とかもあったりして、古い本とかで。
なんかそういうのとかも興味本位でバラバラめくったりしてたら、
それも結構やっぱ変な話が多くって実はあって、
有名なものだと、植えている人だったかな、同胞だったかなのために、
なんか自分を食べてくださいって言ってウサギが焚き火の中に飛び込んで食べられる。
ちょっと有名ですよね、多分。
そういうのとか読んだりしたときに、
なんかいいことなのかこれみたいな。
意味わからんこないでしょ。
そしてそれをいいことと言っているのもよくわかんないみたいな。
結構疑問が最初に入ったのが近かったのかもしれないですね。
ある種、目に見えないものを信じることに対しての疑問みたいなものは、
幽霊に対してもそうですし、神に対してもそうですけど、
そこはまだ解けてなくて、
だからそれはある種自分の中でのテーマとしては、
その段階で作られたのかなっていうのは、
今思うとええと考える部分だって。
それとは別に、
なんかそういうのばっかり読んでるんだったら、
こういうの読んだらっていうので、
父から勧められたのがゲゲゲの鬼太郎だったんですよね。
そこから妖怪、ブッダとかそういうちょっと怖いやつではなくて、
なんか可愛い感じもあるみたいな。
そういうのでゲゲゲの鬼太郎がすごい好きになって、
ナイトメア ビフォー クリスマス。
ありましたありました。
同時に父も母も映画好きだったんで、
そういうなんか怖いもの好きだったらこういうの、
ていうかなんかそういう大人向けは読まないでって。
だったらこういうのどう?みたいなのですごいハマったっていうのが、
ある種きっかけというか。
小学生って本当に怖い話好きなんだなと思ったのが、
私娘が2人いて上の娘小学生なんですけど、
本当にYouTubeとかで怖いのばっかり見てたりしてて、
この間も本屋さんに一緒に行って、
なんか好きな本1個買っていいよって言ってもらって、
持ってきたのがSCPの本だったんですよ。
ああ小学生の間すごいSCP流行ってますよね。
なぜか4巻目ぐらいわーって思うんですよ。
これでいいのかってこれでいいんだって。
あれって別に全体じゃなくても単品でも楽しめるから、
SCPの本買って、内容がわかんない。
まだ小学2年生とかなんでわかんないんで、
僕が読んで説明してみたいな。
だから僕が結果的にSCPに詳しくなっていくっていう。
財団の仕組みのやつ。
こういうことなんだSCPってみたいな。
ユニバースの話ですからね。
そうそうそう。
これは本当にいるの?みたいな。
いるけど財団が今地下に深くに隠してるんだよ。
僕がここでチラチラ見ながら言うんですよね。娘に。
そういうのやってるんですけど、
普遍的ではないんでしょうけど、
ホラーが好きになりやすい年齢みたいなのが、
もしかしたらあるのかもしれないなと思いましたね。
でも多分私は結構それ時代を超えてあるんじゃないかなと思っていて、
現に私が小学生の頃も経験文庫の奈良先生が創画を書いてらっしゃる、
学校の怪談シリーズ。
学校の怪談。
常光徹さんっていう民族学にすごい造形が深い方が書かれてるんですけど、
割とアッパーなタイプの本当のガチのものが書いてあるんですけど、
いつ図書館に行ってもやっぱり貸し出し中だったりとかありますし、
それは別に今は学校の怪談じゃなくてSCPになったのかもしれないですけど、
時代を超えてやっぱり怖いものに対しての知的好奇心だったりだとか、
怖がりながら読むみたいなものに対しての興味関心っていうのは、
きっとあるんだろうなと思ってて。
なんかそうですね、僕らが小学生ぐらいの時ですかね、
学校の怪談ってすごいテレビとかでもすごい流行ってましたよね。
思うのは、ジャンルごとにたぶんニーズは普遍的にずっとあって、
そこの椅子にたぶん時代ごとにどれが座るかっていう、
ミステリーだと昔は江戸川乱歩だったけど、今はじゃあ何でみたいな、
たぶん放課後ミステリークラブに変わってるとか、
そういうのできっとニーズ自体はずっと拮抗してあんのかなっていう。
そうですよね、子供向けに限らずですよね、
大人向けの小説だったりしてもそういうのあるんでしょうけど、
でもやっぱり児童文学とかは特に結構それを感じますよね。
最先端だなっていうふうに思います。
ああそうなのかもしれないですね。
だから結構本屋さん行くとやっぱり児童書の棚とか見るようにしてて、
今その読されてない人間が何が好きなのかっていうのを分かる研究になるなっていうふうにいつも思いますね。
本当にその混じり気なしの面白さだけで勝負するしかない世界ですもんね。
そうですね。
ゲームと物語体験の深層
そうやって幼少の頃から触れてらっしゃって、
でももちろんホラー以外のものも読んだり見たりはもちろんされてはいたと思うんですけど、
小中高の中でゲームとかってどれくらいのタイミングで始められました?
ゲームは割と早くて大好きなんですよね。
兄がいたんですけど、兄がずっとゲーム、
兄は成長過程の一環としてしかゲームをやってなかったんですけど、
うち家で昔から私夢中になると止まらなくなる癖があって、
だからこいつにゲームさせるとやばいって親が早々に良い判断をしたらしくて、
だからゲームは1週間に1回1時間までって決められて。
結構厳しいですね。
そうなんです。結構割と厳しめ。
まあ妥当だろうなと今となって思うんですけど、
こんな人間に多分ゲームを与えると何が起こるかって。
毎日与えると。
どうなるかという。
だからそういう中で、しかも兄にその時間ゲームを取られるみたいな現象が発生して、
マリオ64とかを兄がやったのを隣で見ていて、
いじわるしてくるんですよ。
俺が取ったアイテムは取るなみたいな謎のルールを仕入れて。
だからゲームに対してのフラストレーションが半端なく溜まっていて、
だから多分よくないですよね。
爆発しちゃったんですかね。
そうなんです。インスタント食品を制限された人が大人になってから
インスタント食品にハマってしまうように。
私はもうゲームに対して。
なるほど。
なみなみならぬ意欲を燃やすようになる。
当然中学とか高校になってくると、
割とそこはある程度親も子として尊重してくれるようになったので。
自己責任っていう。
ほどほどにねって言うようになりながら、
ルールが撤廃されてからの私のプレイ時間たるやという感じになってしまった。
爆発しちゃったんですね。
そう、爆発しちゃった。
やっぱね、そうなんですよ。
やっぱ子育てをしていると日々その問題に直面するんですよ。
これ今ここで制限しすぎたらまた爆発するんじゃないかとか。
僕はあんまりゲームを通っていない人間なんですけど、
結構実はわかんないんですよ。
多分サイレンとかサイレントヒルとかってもう名作って言われてるじゃないですか。
でも僕は全く正直やったことがないんですけど、
なんかホラーゲームの小説とか漫画とかアニメ、映画とかと違う面白さってどういうところにあるんですかね。
よく言われるのは、
能動的である没入感があるっていうことは言われてますよね。
感情移入だったりだとか、キャラクターへとあとは世界観への没入感がやっぱ増しているっていうところはあると思いますし、
ただ私は結構捉え方として、
ゲームであれ小説であれ漫画であれ映画であれ、
根本の部分、エンターテイメント性だったりだとかどう体験させるかっていう、
それは過程の違いだけで、
なんかあんまり楽しみ方っていうのは、
ゲームだからこうみたいなのは正直あんまりないような気がしていて、
っていうのも私結構やっぱり何においてもストーリーが好きなんですよね。
だからゲームもある種テトリスとかですけど、
結構ストーリーを楽しむためにやることが多くて、
今お話し上がったサイレンとかサイレンQとかもどっちかっていうとそのナラティブの部分が評価されているゲームであるので、
だからストーリーがいいよねーにやっぱり尽きちゃう。
もちろんストーリーを体験させるための手法として没入感だったりだとか、
あとはそのビジュアルとして出てくるとか難易度とかっていうのが要素としてあるみたいな感じのイメージなんですよね。
やっぱりサイレンとかも大好きですけど、
ストーリーがいいなーとか、あと群蔵劇っていうものをゲームでやったっていうのが新しいなーみたいな。
だからその頃から本はたくさん読んでたんですけど、
サイレンがもともと小野冬美さんの書かれている残影っていう、
残影じゃないごめんなさい式だ。
めっちゃ長いやつですよね。
そうめっちゃ長いやつを下敷きというかアイデアソースにされているっていうのから、
私は小野冬美さんに入ったみたいな。
そっちからだったんですね。
だからサイレンのパッケージのイラストレーターさんとかはキングとか、
あと小野冬美さんの式の層が書かれていらっしゃる方。
かなり文芸作品と距離が近いものだったりするので、
むしろそっちから入って小野冬美さんの式とか読んで、
めちゃくちゃ面白いみたいな。
そっからどんどん小野冬美沼にハマっていくみたいなぐらいゲームは好きで、
そっから入ったものとかも結構多かったりします。
小野さんもすごい、それこそ残影とか今出ましたけども、
怖すぎるっていう表現を僕は、
怖いんじゃなくて怖すぎるっていう、
一番その表現効いたかもしれない作品は残影だし、
書き手の方からのリスペクトだ。
小野さんってやっぱすごい、もちろん皆さんそうなんですけど、
特にあと三田さん。
三田さんの僕らぐらいの世代のホラーを書かれる人へのリスペクトってやっぱ、
ちょっと半端ないというか。
やっぱり大きいですよね。
たくさんホラーの中でエポックメイキング的なものを作られた方は多いんですけど、
その中でもやっぱり三田さんだったり小野さんとかは、
ホラーっていうものを語る上で、
必ず名前が上がるような作品っていうのを複数しかも一個だけじゃなくて書かれてらっしゃる方なので、
やっぱりすごいなって思います。
歴史を作ってるらしいなっていう。
歴史だと思います、残画なんかも。
でも面白いなと思ったのが、
多媒体展開とクリエイティブな関わり
せすじさんゲームも実は作られたりもされてるじゃないですか。
そうですね。
まだ猫は逃げますか。
そういう作られる方も実はね、ちょっとやられたりとか。
そうですね、ただ私自身にすごい、
何でもかんでもやってみたいっていう感じでもなくて、
むしろ私ができることってかなり限られてると思うんですよね。
何かデザインができるわけでもなければ、
そのCG作れるわけでもない。
なんかどこまで行ってもやっぱり、
脚本だったりシナリオだったりストーリーを書くことしかできない人間だとは思っているので、
だからその中で媒体を変えて私が役に立てることがあるんだったら、
そこは私は小説しか書かないですみたいな風な手法でお断りするみたいなのはあんまりしたくないなっていうのは個人的な気持ちとしてあるので、
だからお声掛けいただいたものは、
その都合というか調整がつけば、
引き受けするみたいなポリシーでやっているっていうのはあります。
展示とかもそういう企画展、
1999年の展示会とかも含めて、
小説以外のことにもすごく今活動の幅を広げていらっしゃるし、
僕も何でもやりたがりなタイプではあるので、
ゲームかすごいなぁとやってみたいなと思いつつ、
なかなか実際はできなかったりするので、
ちゃんと形にされているっていうのはすごいなって思いました。
いやいやいや、とんでもないですよ。
本当に一パーツで働いている。歯車として働いているだけですからね。
やっぱり他の作品だとそこが決定的に違うなと思うのは、
関わる方が多いですね。
小説だともちろん編集者さんだったりだとか、
営業さんだったりだとか、書店さんだったりだとか、
関わる方もいっぱいいらっしゃるんですけど、
やっぱり01の部分って編集者さんと作家さんが大きいところだと思うんですけど、
だけどそれがことを展示ですとかゲームですとかになってくると、
そこに当然クリエイティブディレクターが入ってきたりとか、
たくさんたくさんステークホルダーが並列でいるので、
そういう意味では大変だし勉強になるなっていう。
僕もそれはいつも思っていて、
基本的に一人で完結する仕事じゃないですか、
もちろん編集者さんもいますけど、
それが多分私の場合はショーに結構合ってたんだろうなという気もしてて、
映像化された時にドラマの見学とか行くと、
本当に毎回新鮮に結構びっくりするんですよ。
こんなにたくさんの人があって。
それは結構チーム出ることを羨ましい人ももちろんあるんですけど、
やっぱショーに合ってるのは自分は一人でやることが合ってるのかもなっていうのは思いますね。
ただ岩井さんの作品とかだとたくさんたくさん本当に映像化されてるじゃないですか、
そうなってくると強制的にチームプレイの方に行かないといけない。
でもそうなんですよ、たまにはいいんですよ。
私10年会社にやってたんですよ。
辞めるつもりもなかったんですけど、忙しくなってきて結果的に辞めたんですけど、
会社辞めて4年くらい経つんですけど、
ほんとたまにですけど若干会社員の血がうずく時あるんですよ。
なんかそのちょっとたまにはパワポ触ってみちゃおうかなみたいな。
なんとか。
なんか忘れちゃう、腕が生まれちゃう。
会社員スピリットがちょっとなんかうずく時があって、
そういう時に映像化の仕事とかあると、
なんかちょっと会社員やってる感がちょっと戻ってくるんですよ。
チームプレイしてる俺は今みたいな。
でもその映像サイドも原作者がパワポ持ってくると結構。
ギョーッとするでしょうね。
なんかその脚本来て申し訳ないんですが何日までにご確認お願いしますみたいな。
わかりましたみたいな、そういう時はすごい張り切ってやったりとか。
なるほど。
なんか結構たまにやっちゃってやりたいんですよね。
ずっとは嫌なんですけど、
なんかそういうこういうそれこそポッドキャストで話すみたいなのも含めて、
なんかやっぱ外に出たい人と話したりみたいなのもあるし。
なるほどなるほど。
まぁでもベースはやっぱ一人で全部作品世界を決められるっていうのが僕は合ってるかなって思います。
映像化への考え方と原作者のスタンス
そういう意味で見ると、
映像化っていうのはどう捉えてらっしゃいますか?
でも僕は本当、
まぁなんですかね、細かい話は色々あるんですけど、
極端な話、別物というか、
もうそもそも小説がもちろん原作ではあるけど、
その小説を100%映像で再現することって、
媒体が変わってる時点でもう無理なことだと思ってるんですよ。
なんでそれをどう変えるかとかっていうのは、
その一度プロの方がいらっしゃって、
その方の方がおそらく精通してるはずだから、
基本姿勢としてはもうお任せします。
僕は小説、ただ小説のことになんか言われたらもちろんそれはまた別ですけど、
僕が映像に関して言うことは逆に言うと、そっちもない。
お任せしますっていうのが基本のスタンスで、
一個だけあるのは、本当に根本のスピリットだけは共通しててほしい。
テーマとかメッセージとか。
例えば極端な話、因果応報的なことを書いてるのに、
因果応報して全然ないストーリーになってるとか、
じゃあなんでこの小説原作したのかなっていうレベルでなければ、
基本的にはお任せっていう感じですね。
いい意味でじゃあ別物っていう。
向こうサイドに対してのリスペクトがあるからこそ別物。
別に突き放してるっていうよりは、
同じになりようがないので、監督だったりプロデューサーとかにお任せして、
僕は一観客として楽しませていただきますっていう。
どうですか?すずさんは。
でも私もやっぱりそうで、ほとんどなんか、
先輩前にして言うのもなんですけど、
私がそうありたいし、
そうであろうと思っていることをおっしゃっていただいて。
本当ですか?よかったよかった。
媒体が変わってる時点で、
全くその原作をトレースするんだったら、
原作を読めばいいと思うので、
だから映像化するとか、
他媒体に展開するってことはやっぱりその媒体ならではの良さを追求される。
そこはやっぱり門外観というか、監督の作品だと思うので、
そこについては、
自分もそこは最大限尊重したいというふうに思うなというのと、
やっぱり、
これちょっと整合性、
お話の整合性が乱れてませんか?とか、
あとやっぱりテーマですね。
みたいなものに沿ってないところとかは、
お話はする部分はあるんですけど、
基本的にはお任せにしたいなというふうに思っているのと、
やっぱりぶっちゃけた話というか、
これはしないといけない話だと思うんですけど、
映像化って別に著者・判元にとっては、
すごく大きな、それで莫大な利益を享受するような話ではなくて、
結果的にその映像が評価されて、
作品が二次的に売れるということが、
たぶん全員がハッピーになれることだと思うので、
だからそういう意味でも、
やっぱり監督が作られるものに対して、
オリジナリティを追求していただきたいなというのはすごい思っているんです。
同じことをやると、それこそ別にみんな本読まなくていいじゃんになるわけなので、
だからそういう意味でも、
全然変えちゃってくださいと。
根幹がぶれないんだったら、
むしろ変えてもらった方が、
みんな読んだ人も楽しめるし、
読まなかった人も、
え、じゃあちょっと本読んでみようかなっていう風になるし、
だからそういう展開の仕方っていうのを、
自分の中では意識しながらご相談したりはしてますね。
そうですね。
ただ映像化するだけでは、
神奈川図書館もそんなに利益が別に享受されるものではないっていうのは、
正直その通りで、
国報とかまた別の話ですけど、
それこそあれが理想形というかね、
そういう風に、
あれ国報だってね、
主要な登場人物がいなくなってたりとか、
大きい改編がいくつもある中で、
作品としてそれ自体が素晴らしい。
だから原作を読みましょうということになるわけで、
逆に言うとそのために協力してほしいっていうオファーがあるんであれば、
その場合はもちろん全然やらせてもらうしっていうことですよね。
そうだからなんか、
多分その岩井さんも何回も聞かれたと思うんですけど、
映像化されるとやっぱりめっちゃ儲かるんでしょうね。
私も何回も聞かれるんですけど、
正確に答えると映像化するということに対して、
そんなにめちゃくちゃ大金持ちになれるわけではなくて、
なれるわけではないですね。
なれるわけではないですね。
名産見せたろかと思いながら。
原作がそれで人気になるとやっぱりたくさん。
だからそういう意味ではお互いリスペクトを持って、
それこそいい意味で本当に別物としてやっていくっていうことがきっと、
お互いハッピーになれる方法なんだなっていう。
言ったら作品の知名度を上げてくれることは間違いない。
それはもうやってくれるのは間違いないし、
原作への入り口を増やしてくれるっていうのは間違いないことなんで、
そこに対する当然リスペクトはあって、
でもそれは物にもよりますよっていうのは当然の話としてあって、
全部が全部っていうのはもちろん無理なので。
なんかそこに対しての世間的な理解と実態が結構かけ離れてますよね。
そうなんですよね。そもそも作家という仕事の感覚が全然浸透して、
それは言ってないからっていうのもあるんですけど、
じゃあ僕は今ここで名刺を発表しますって言えないから。
なかなかそれを実感していただくことは難しいんだと思うんですけど、
なんかでも純粋に嬉しいみたいなことはあるじゃないですか。
白石康二監督が映画化してくれてみたいなのって、
お金いくら積んだってできることじゃないじゃないですか。
難しいですね。今だから結構実利の話ばっかりはしちゃいましたけど、
やっぱり気持ちの面でこの人に作ってもらえたから嬉しいとか、
自分の作品をこんな風に料理してもらったから嬉しいっていうのはあるし、
それってお金には買いがたいものだから、
そういう意味でもやっぱなんだろう、嬉しさっていうのはあるし、
それって結局こうしてください、ああしてくださいって
全部自分が言ったらきっと出てこない作品だと思うので、
まあありますよね、そういうの。
そうですね。
執筆の動機と自己発見のプロセス
なんかまあまあちょっとあれですけど、
なんとなく自分のことをそこまで僕はあんま信じてない、
プロット的な意味ではある程度信じてるんですよ。
プロットなくてもなんとかなるだろうというか、
それでもなんとかなるだろうっていう、
その小説家としての技術の部分はある程度信頼できるようになったんですけど、
でもなんかもっと根本の、
なんかその自分に才能があるかないかみたいなところのレベルでは全然信じてなくて、
だから僕が何かを言うことによって、
別の可能性を潰してしまうんじゃないかみたいな恐れとかもなんかあって、
それこそなんか白石浩二監督が来て、
なんか脚本どうですかって言って、
うーんなんか何も言うことはないですみたいなしか、
もう僕言えないかもと思っちゃって。
私も本当になんだら小説家としての腕自体も信じてないタイプなので、
だから私が作ったものより良いものになるに違いないと心の底から信じてるんですよ。
だから逆に監督とか制作サイドからしたらめっちゃプレッシャーだと思います。
きっと私なんかが作ったものより良いものが出てくるんで。
あとまぁあの白石監督の時とかは、
私めっちゃやっぱり白石監督大好きで全部作品見てたんで、
なんかしかもなんか結構厄介で、
スカウターもぶっ壊れてるってあそこに、
せすじさんのスカウターがぶっ壊れてる。
よくない掛け算が発生して、
いや私白石監督めっちゃ好きなんですけど、
ここのこのシーンって、
なんかもっと白石監督っぽくできないんじゃないですかって、
白石監督に言うっていう謎の。
プロデューサーが言うやつですよね多分。
なんかここって白石監督だともっと噛ます気がするんですけどみたいなことを、
普通に白石監督に言うっていう謎の時間が発生し、
でも監督幸いお優しい方なので、
じゃあそう言うならって言うのと同時に、
結構びっくりしたって言われました。
まぁだってその本当に、
別にこれはせすじさんがどう思ってらっしゃるんですけど、
それもっと噛ましてくださいよっていうことは、
今噛ませてないって言ってる。
確かにそうですよね。
若干含意されてしまってる。
私は多分だから本人が言う話じゃないんですけど、
無邪気がゆえの多分口元無知で。
もう本当のファンの感じで。
本当のファンっていう感じで。
成功しきったファンですね。
口に関するランケットとかは清水監督に取っていただいたりだとかしたんですけど、
そこでもやっぱり清水監督に、
清水監督の作られる良さみたいなことは、
私はそこは自分の腕は信じてないですけど、
他人が作ったものを見て良さっていうことを理解するのは信じてるつもりなので、
だから出来上がったのを見て、
あのシーンってめっちゃ清水監督っぽいですよねって本人に言う。
また謎の時間が。
嬉しいは嬉しいだと思うんですよ。
だって自分の作品見てないとそのセリフって絶対出てこないじゃないですか。
知ってないと。
白石監督にしろ清水監督にしろ。
でもこうやって考えるとすごいですね。
白石監督と清水監督なんですね。
すごいですよね。
すごいですね。
だからなんか人事っていうか、
だから私、実はあんまり自分の作品について話すのとかってそんなに得意じゃないんですよ。
一生懸命機械いただいたゲーム化するんですけど、
でも逆に他の作品について話すのとかめっちゃ好き。
ただのオタクなんですよね。
だから清水作品堂とか、
さっきの例えば、
じゃあアサヤさんのインザメガチャーチの良さについてだったら多分3時間ぐらい話せるし、
辻村さんのファイアードームについてだったら何時間話せるしとか、
大河さん、
だから多分デビューしてるだけでファンマインドみたいなところはずっと変わってなくて、
きっとなんかそこってある種なんだろうな、
変えられない部分なんだろうなっていうふうには思いますね。
なんかインタビューとかしていただくと、
私よりいいこと言ってくださる方ってすごいいっぱいいらっしゃるんですよ。
いますね。
記者さんでね。
そう。
だからなんかもう、
これ私が言ったことにしたいなみたいな。
とか、
なんかそういう対話を経て、
あ、私ってこれが描きたかったんだっていうことを発見するぐらいなんですよね。
だから、
もちろん初期衝動とか、
大枠のメッセージはあるけど、
いや、なんかもしかしたら私が描きたかったのって今の質問のことなんじゃないの?みたいなことがあるぐらい、
なんか自分に対しての理解度が全然深くないから、
だからなんか、
岩井さんみたいに言語化して、
その過程とか、
そのきっかけみたいなものを、
そう、きっかけですよね。
きっかけとかわかんなくって。
口に関するアンケート、
なんで描きましたかって言われたときに、
なんか必死だったから、
なんか一生懸命考えたら思いつきましたみたいな、
小学生の夏休みの宿題みたいなことしか言えないけど、
なんかインタビューとかしていただくと、
なるほど、そっかそっかそっかみたいな。
なんかだんだん肉付けされていくぐらい、
なんかあんまり自分の作品に対しての資座をあんまり持ってないみたいな、
変な逆転現象っていうか、
自分の作品に対しての理解度って一番深いはずだとは思うのに、
いまいちわかってないみたいなとかがある。
でもわかんないのが普通だと思うんですよ、正直。
わかんないのが普通で、
みんな小説家そうだと思うんですけど、
小説書きたいって思うタイミングがあるわけじゃないですか。
でもそれってよく考えたら全然普通のことじゃないですよね。
小説書きたいって思うこと自体がまず。
確かに変な人ですね。
変な人なんですよ、我々は。
で、その少数派なんですよ、圧倒的に。
そもそもなんで小説書いてるんですかっていうのは、
たぶんなかなか明確に誰も説明できないと思うんですよ、
本当のそこの部分って。
確かに。
僕も全く今そこ説明できなくて、
好きだからですしか言えないんですよ。
で、読むの好きだからみたいな、
なんか自分でも書いたら、
自分で面白いと思うのは自分が一番書けると思うんで、
みたいなこと言うんですけど、
これもなんか100%説明しきってないなみたいな気もして、
結局衝動っていう言語化できないところに絶対行くんで、
よかった、じゃあ。
分からないのが分からなくて当たり前だし、
僕が言語化してるのも言語化っぽいことしてるだけなのかもなっていうのは、
なんかいつも思ってます。
いや、そう、なんか、
いや、私は別に小説書くの好きでもないんですよ。
なんかほとんどめんどくさくないですか?
僕は好きなんですよ。
僕はね、やっぱ基本的には書きながら読んでるんですよね、なんか。
書きながらこの小説面白いなと思いながら読んでるっていう。
次こうなったら面白いなって言って、
俺が書き手だから書いちゃえばいいんだみたいな。
でも自分が書いたものって、
もう自分からしか出力されないから、
自分以上のものって出てこないじゃないですか。
なんかだったら、
自分が書くより岩井さんが書いた本読みたいになるんですよ。
本当ですか?
だから自分じゃない人が書いたものの方が、
絶対自分の中にない発見があるはずじゃないですか。
だからなんか自分がやってることって、
なんかこう自分っていうちっぽけな存在を、
なんかこうひねり、
なんか雑巾絞るみたいにして絞り出して、
なんかこう一生懸命書いてる。
で、ほとんどつらい作業で、
なんかめっちゃめんどくさいし、
なんか全然やりたくないんだけど、
でもなんか別に書き上がった瞬間とかでもなくって、
なんかある一瞬だけめっちゃ楽しくなる時とかがあるんですよ。
この描写書いてる時だけなんかめっちゃ楽しいみたいな。
でもなんかそれがなんで楽しいのかも別に分かんない。
で、私のデビューで言うと、
思いつきで小説を書いたんですよ。
それって別にお金を稼ぐわけでもないんですよ。
だから今話したのと完全にバッティングしてて、
なんで書きたくない、めんどくさいって言ってるやつが書き始めたんだ。
しかも無休でみたいなことになるから、
だから自分で話しても全然意味不明で、
分かんないですよね、なんでなのかって。
全く意味不明で、
で、なんか結局それってだから、
まあ大枠でまとめると好きだから辞めてないってことなのかなって思うけれども、
はっきり言えてるわけでもないみたいな。
なんか僕が好きなのは、
多分自分のことを知りたいんですよ。
で、小説って僕絶対自分が意識してもしなくても、
出てくるもんだと思うんですよ。
絶対どこかに。
で、やっぱ書いて初めて分かることなんですよね。
自分ってこういう人間なんだとか、
こういうこと考えるんだとか、
えーって思うことがあって、
それが多分楽しいんですよね。
だから自分の中からしか出てこないもの、
自分以上のものは絶対出てこないっていう風に今おっしゃられたんですけど、
僕はそもそも自分をあんまり分からないと思ってるんですよ、
自分という存在を。
要するにせすじさんも自分が思ってる自分とは違うんですよ、
本当の自分って。
全然多分知らない部分があって、
それを書くたびにそれが出てくるから、
また自分の新しい一面が知れたなみたいなことで、
面白さが感じられるのかもしれないです。
じゃあ、もしかしたら私が他の方の作品を読んで、
その方の視点、視座を通して、
自分を分かろうとしてるっていうのに、
結構鏡合わせというか近いかもしれない。
そうだと思います。
だから、あ、そうなんだすごいなって思ってる自分がいるってことじゃないですか。
それ誰もがその文章を読んですごいと思うわけじゃない。
自分だから思う。
それに対してすごいと思える自分が分かるっていうことだと思うので。
なるほど。そっか。
いや、まあそうだな。
私はずっと鏡を見てたかったんだけど、
なんか鏡の中の人になっているっていうのも変な話だな。
今後の展望とエンディング
今後は、まずあれですかね。
スケジュール的なことで言うと、
汚れた聖地巡礼についての映画化が今企画進行中と。
楽しみです。
俺もね、楽しみですね。
どんなものになるんだろう。
なんか、せすじさんの作品の中で、
僕今までで一番映像化が想像しやすかった気がします。
ありがとうございます。
そうですよね、キャラクターがしっかりいますもんね。
筆筆面で言うと今後なんかこういうものを書かれていくみたいなのって
近々の予定であったりされますか。
今、いくつか並行して書いてるんですけど、
ホラー小説で。
恐怖ってことですね、やっぱりね。
今度は神様みたいな話を。
神様とは何ぞやみたいな話をちょっと書きたいなと思って。
でもあらすじを説明しても、
いつも皆さんにポカンとされるので。
何言ってんだみたいな。
楽しみにしております。
また私の話ベタが炸裂しちゃうんで。
できたものを。
呼んでもらうということで。
とにかく。
では、せすじさん2週にわたってありがとうございました。
ありがとうございました。
ニュースコネクト文化欄、お相手は岩井圭也でした。
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それではまた次回お会いしましょう。
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