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シンプルKEIBAス難しくない競馬ラジオ。この番組は、競馬大好き経営者と年間1000時間競馬に費やしているビジネス漫画。競馬にまつわる情報をシンプルかつわかりやすく配信するポッドキャストです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
改めまして、パーソナリティー勤めます。東端 佑典です。よろしくお願いいたします。
伊豆口幸です。都内でIT系企業を経営しています。よろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いいたします。
はい、今回はですね、いつもと少し経路を変えて、ちょっと自分の持ち込み企画になるんですけれども
お、ありがとうございます。
日本ダービー直前ということもあって、過去の有名なダービー場たちをちょっとクローズアップする企画をやりたいなと思って持ち込ませていただきました。
面白いですね。
はい、それこそ自分が競馬を始めて7年なんですけど、この7年間の間でいろんな名場、コントレイルとか、それこそワグネリアンとか、福良川騎手の初めてのダービー勝手とかいっぱい見てきましたけど
知らない世代の馬もたくさんいて、それこそリアルタイムじゃないんですけど、ディープとか、あとオルフェーブルとかいると思うんですけど
あのあたり行ってもよかったんですけど、なんかもっとドラマティックな馬いないのかなと思っていろいろ見た結果、
いといまして、ちょっとその馬についてヒストリーを取り上げていきたいなと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。
ジャングルポケットってどんな馬?ドラマティックなダービー場のヒストリー
でございます。
ジャングルポケットですか?
はい、自分が注目してしまったのはジャングルポケットです。
これなんで注目しようと思ったんですか?このジャングルポケット
えっと、なんか調べたんですよ。印象に残ってるダービー場投票みたいなのを、何年か前かにネット競馬さん主催でファン投票みたいなのやってて、
それでジャングルポケットが中間発表で1位になってたのかな?最終的にそれがどうなったのかちょっと覚えてないんですけど、
いずれにせよかなり支持されていて、当時自分平易ぐらいにしか思ってなかったんですけど、
なんでなんだろうって改めて思って、今回そのポッドキャストとかいろいろやるにあたって、そういうの語れるようになりたいなと思ったので、
いろいろ調べてみたら、いやすげえなと。
ジャングルポケットか。
これは確かに、この馬自体も人気になると思うんですけど、この時の周辺の他のライバル馬とかもそうですし、
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レース本編以外の周辺のストーリーとかも結構印象に残るなと思って。
なるほどですね。
もう2001年のダービー馬なので、言うて13年前になるので、だいぶ世代で言うと2週ぐらい回っちゃってますけど、
それでも確かにこのストーリーは印象に残るなと改めて思いました。
なるほどなるほど。
概要、どんな馬だったかの概要先にお伝えしますと、新馬戦、八刀立てだったんですけど戦闘勝ち上がってるとか、
4戦4勝無敗で引退したアグネスタキオに先着できなかったとか、
あとはこの都市が外国三馬がダービー出走とか解禁された都市で黒船とか出てきたんですけど、それをダービーで打ち負かしたよとか、
あと馬主張強氏、貴州これらが一体となって掴んだ悲願のダービー制覇だったとか、
ジャパンカップで世紀末覇王を倒して内国三馬の3歳初のジャパンカップ勝利っていうとんでもないことを成し遂げたと。
あとお笑いコンビ、お笑いトリオですね、ジャングルポケットの皆さんもこの馬から名前を付けられたっていうのが有名ですし、
あとは今年の5月24日公開、馬娘の映画、馬娘新時代の扉っていうのがあるんですけど、
それは今回のジャングルポケットの周辺のストーリーが題材になっている映画になってます。
今回自分これ調べた結果、馬娘見に行くことを決めました。
これ調べる前まではそこまで熱意持ってたわけじゃないですか。
そうですね、名探偵コナンの映画を見に行ったときに予告でやってて、
へーなんでジャンポケなんだろうぐらいの、マグネスタキオンとか出てくるダンツフレームって馬がいるんだ、へーぐらい。
ほんとそれぐらいでした。最近まで。
でたまたまこのポッドキャスト用に何か調べようと思って見てたらジャングルポケットが有名というか結構語り草になっていたので、
改めて調べていった結果、俺も馬娘見たいって思っちゃったっていう結果になってます。
なるほどね、じゃあこれ聞いてくれてる皆さんもたとしたらこのラジオを通して
いやなると思いますよ。
見に行きたいなと。
なります。します。
なるほどなるほど。
なってください。
ぜひぜひ。
ということで早速、まずジャングルポケットどういう馬だったかのプロフィールからいきますと、
父トニービン、母ダンスチャーマー。
ダンスチャーマー。
ダンスチャーマー。
ですって。
血統のことは言われてもって話ですかね。
トニービンとかちょいちょい亀谷さんの聞きますけど、ですってって感じです。
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で、ノーザンファーム生産。
ノーザンファームなんですね。
長教師は渡辺栄長教師という方。
で、馬主斎藤よもじさんという方ですね。
で、通算成績13戦5勝、うち10勝は4勝でG1を2回勝ってるという馬になってます。
そんなにたくさんは走ってないですね。
そうですね。
で、主戦ジョッキーは角田光一騎手。
今現役の角田大賀と大和兄弟のお父さんでいらっしゃいます。
そうですね。
で、さっき触れたジャパンカップ勝った時っていうのは、先日引退されてしまったペリエ騎手が乗って
ジャパンカップを勝ってくれたと。
当時は世界のペリエ騎手ですね。
いうような感じですね。
で、2001年に日本ダービーとジャパンカップ2つを勝ったことでJRA年度代表馬に選出もされましたっていうような感じの馬です。
だからここまでのプロフィールだけでも十分すごいんですけど、これだけだとG1の勝利回数でいくと自分の大好きなフィエルマンよりも下なので
何がそんなにすごいのだと。
そんな勝ってないじゃないかと。
そうなんですよ。G1勝利数で言ったら2勝ですから、なんでそんなにすごいみんなファンが多いのかっていうのがこの馬の重要なポイントになってます。
なのでここからちゃんとそのヒストリーを触れていきたいと思います。
お願いします。
ジャングルポケットのヒストリーを語るには、2001年のダービーのストーリーを語るにはちょっと遡って、1995年にちょっと遡る必要がございまして。
相当遡りますね。
これ何かというと、同じ馬主さん、長教師さん、騎手のチームでクラシックに挑戦をしようとしたのが過去95年にありましたと。
その馬っていうのがフジキセキっていう馬がいるんですね。
フジキセキもたしか馬娘出てるかな。
出てますね、たしか。
フジキセキどんな馬だったかっていうのをちょっと紹介しますと、1992年生まれのサンデーサイレンスサンクの1頭のお馬さんを飼いました。
その馬が後にフジキセキと命名されるオーバーだったわけなんですね。
フジキセキは8月の新潟開催の新馬戦でデビューをいたしまして、
その時安城エビーナ正義を安城にして、当日2番人気の馬だったみたいなんですけど、
スタートで大きく出遅れて最高峰からのレースになってしまったんですが、
最後の直戦で先行勢を捉えるとそのまま独走体制となって、
1分9秒8のタイムで2着に8馬審査をつけて勝利をあげたということですね。
これこの文字面だけで何がすごいかどう伝わるかちょっとわからないんですけど、
まず1分9秒8ってことはこれおそらく走ってる距離1,200mです。
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1,200mで出遅れて最高峰からのレースとなった馬が直戦だけで8馬審査つけて勝つ。
ちょっと意味がわかんないですよね。
相当早いですよね。
その後消耗を防ぐために夏は1戦のみにとどめて調整に入って、
2戦目は10月8日のモミジステイクスになったみたいなんですけど、
この競争から機種が当時渡辺栄弘に所属していた角田光一機種に乗り換わったと。
このモミジステイクス自体は全くの馬なりのままレコードタイムで勝利。
めちゃくちゃ強いですね。
だから超強かと。
そういうことですよね。
全くの馬なりのままレコードで勝っちゃう。
これ対戦してた相手とかもどうだったんですかその時の。
その時の二着馬。
二着馬は翌年のダービーバー。
たやすつよしっていう馬を馬なりでぶっちぎったと。
富士奇跡やべえだと。
めちゃくちゃ強いですねこれまで聞いても。
さらに3戦目は朝日牌3歳ステイクス。
今では朝日牌フューチュリティステイクスですね。
単勝オーツ1.5倍一番人気に支持されて。
先攻策で最後の直戦楽に先頭に立ってゴール手前ではスキーキャプテンという馬と並ばれちゃったんですけど。
もう一回ガッと伸びて無知を使うことなくレースを終えたと。
その後のレース後の角田奇修のコメントが
とにかくエンジンが違うという感じ。
加速する時なんかすごいですよ。楽勝でした。
まだ今日で3戦目。今後どのように成長するのかとても楽しみですね。
トランキーローつって。
ちょいちょいちょっと内藤哲也。
内藤哲也だったみたいですね。
ということで翌年へ向けての期待を口にされたということなんですね。
これなんか差がなかったのに無知を使わなかったっていうのは何かあるんですかね。
なんでなんですかね。自分冷静像見たんですけど
角田奇修こうやってずっと横見ながらこうやって音声だからわかんないか。
横を迫られても無知を使わないで見ながらこうやってゴールしてました。
追い出してもいなかったんですか。
だから多少は追ってましたよ。
追ってたんですか。
追ってはいましたけど全然慌てる様子はなく。
残りのゴール盤までの距離見据えてスーッと行ってましたね。
気になる方は冷静像見ていただければと思います。
その後富士奇跡なんですけどトレーニングずっと行ってたみたいで
当時これ自分あんま詳しくわかんないですけど800mの半路を駆け抜けるタイム53秒台がベースに言われてたらしいんですけど
富士奇跡それを余る51秒台で駆け抜けていて
真剣に走ればもっとタイム詰めれたとか言われてるみたいな。
真剣じゃなかったんですね。
だからレースも含めて一回も真剣に走ってないんじゃないかなっていう感じですね。
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でよく1995年4歳になった富士奇跡は当然今だと3歳っていうふうにバレー表記変更になってますけど
当時4歳になった富士奇跡はクラシック参戦に向けてまず佐月賞のトライアル弥生賞から動き出すと。
でもう単勝率1.3倍。
で当時のババコンディションオモババだったみたいですけど
ここもしっかりと勝ち切りまして
2バシンハンサーつけて勝利して
並ばれてからわずか100mで2バシンハンサーをつけた瞬発力は2弾ロケットにも例えられたということですね。
めちゃくちゃ強いですね。
当時タフを沸かせた過去のスーパーフォースたちも超えかねない資質を感じるまさに奇跡そのものだと。
輝く石と書いて富士奇跡にちなんでですね。
と称賛されるほどだったみたいなんですね。
でこの渡辺坂江長教師。
長教師じゃないオーナー。
あっ違うオーナーじゃねえわ。
誰だっけ。長教師が渡辺坂江さん。
で同じ馬根さん。
このチームでもうこれはさつきしょうダービーと進んでいこうクラシックやつって。
でもう大本命とその年言われてたんですが。
なんと右前足クッケンエン発症が判明しちゃったんですよ。
どういうこれはあれなんですか。
だからまあ無理だと。
クッケンエンっていうのはもうなんていうんですか。
競争場で言うと競争能力を維持できないほどの大怪我。
そうなんですね。
なんで。
で直そうと思ってもかなり時間かかっちゃう。
1年とか平気でかかっちゃうんで。
で直ったとしても元のそのピークまで走れるかっていうとそれも分かんないということがあって。
かなり引退するの多いんですよ。このクッケンエンが理由で。
ということでこの富士奇跡に関してはもう本当に無念の。
無念無念なんですけど馬主生産者超強子競技の結果。
残念ながらそのまま引退。
そして守護倍利になってしまったんですね。
なるほどね。
なんかそのまあここからレースに出したとて。
例えばそこで怪我とかされちゃうと結局ってことですよね。
そうです。もうだからなんだろうな。
その命にかかる大怪我しちゃう可能性もあるんで無理はさせれないと。
だったらもう守護倍利させてあげようよということで英談ですねこれは。
ここまでがジャングルポケットのエピソードを語るというプロローグとなっております。
なるほどなるほど。ここからが本編ですね。
本編入りたいと思います。
で時を経て経て経て5年後。
富士奇跡のその残念なエピソードから5年経過してジャングルポケットというのがいよいよデビューしてまいります。
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デビュー戦は2000年9月2日。
札幌競馬場の1800m芝ですね。
で一番最初に乗ってたジョッキーは角田ジョッキーではありませんでした。
別の機器とか乗ってたんですけど。
この新馬戦がさっきも言ったんですけど全部勝ち上がります。
パッと出てて全部の馬が勝ち上がります。
ちなみにこのレースは後に朝日配今でいうフューチャリティステイクスを優勝する目白ベイリー。
後に当時3歳ステイクス今2歳ステイクスであり。
トースポファーで勝って朝日配も2弱に来るタガノ帝王なんかも出走していたということなんですね。
だからめちゃくちゃハイレベルなメンバーで行われた伝説級の新馬戦を当時ジャングルポケットは単勝5番人気だったんですけどここを勝ちました。
勝ち切ったんですね。
さっきから何度も言ってますけどこのレースに出走した全8頭が全馬その後勝ち上がるというとてつもないレベルの新馬戦が行われたということになってます。
なかなかないですもんね。
なかなかないですね。
ないですよね。
見たことないです。
2戦目ジャングルポケット2戦目でいきなり重傷に挑戦します。
デビュー2戦目は重傷の札幌3歳ステイクス今でいう札幌2歳ステイクスですね。
ここも単勝5番人気だったみたいですね。
そこまで人気じゃなかったみたいですね。
なんですがレコードタイムで圧勝。
この時の2着がタガノテイオー。
3着に後に2冠品馬になるテイエムオーシャンが出てくると。
またまた有名な馬ですけどね。
だから新馬戦からすげえメンバーを叩きのめして勝ち上がりまくって。
それは後々わかることではあるんですけど。
振り返ってみるととんでもないメンバー相手にずっと走ってたっていうのがわかるわけですね。
ここからいよいよライバルと言われる馬たちとの初遭遇。
そしてパートナーとなる角田喜史とのコンビが結成されるわけですね。
第3戦目を迎えます。
当初からパートナーとして決まっていた角田光一喜史が現れます。
ここでG3ラジオタンパ…はい、サンセイステイクス。
現在のホープフルステイクス。
名前がね。
全然違うんですけど、今の言うところのホープフルステイクスに出走してきます。
ここで馬主さん、聴教師さん、聴教助手…助手?助手?
休務員、担当休務員と喜史のチーム富士奇跡再結成。
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ここで再結成されます。
これはもうここからドラマありますね。
馬主、聴教師、休務員、喜史。ここでチーム富士奇跡が再結成されるわけですね。
この時は3番人気でした。今のホープフルステイクス。
後のサツキ商売になるアグネスタキオン。
そして後のNHKマイルド、ジャパンカップダートを圧勝する黒船。
この辺が出てくるわけですね。
もう誰もが知ってる。
もう大ライバル。大ライバルたちが出てきて。
ここでジャングルポケットは初めて負けてしまいます。
負けたんですか。
2着に負けてしまいます。アグネスタキオンには勝てませんでした。
なるほどね。
そして年を経て3歳になっていきますと。
3歳になったジャングルポケットは、まず指導は共同通信杯。
記憶が新しいですね。最近ジャスティン・ミラノが32秒台の足を使って勝った共同通信杯ですね。
出世レースとして名高いですけれども。
ここでは圧倒的に一番人気に支持されています。
ゴール前では寄れながら走っている感傷という意味がわからないですね。
これは自分はレース映像を見たんですけど、ノーステッキでした。
なるほど。
もう乗っているだけで。
超強です。
そしていよいよ本番。
サツキ賞に歩みを進めていくわけですね。
この時はサツキ賞ではアグネスタキオンに次ぐ二番人気に支持されて、
いよいよスタートしますよと。
ゲート開いた瞬間にですね、これはレース映像を見るとわかるんですけど、
ジャングルポケットめっちゃずっこけてます。
ガコンってめっちゃつまづいて、めっちゃ出遅れて、
すごい外回してガーッと追いかけてくるんですよ。
三コーナーから四コーナーでワーって出てくるんですけど、
残念ながら三着に。
まあまあ出遅れちゃったらね。
一着アグネスタキオン、二着ダンツフレーム、
そして三着でジャングルポケットということで。
ここで多分誓うわけですよ。アグネスタキオンよと。見ておれと。
お主、この野郎と。
最強のライバルにはなりますよね。
普通なるじゃないですか。
残念ながら、さっきフジキセキの時でも取り上げたんですけど、
クッケンエン、なんとアグネスタキオンさん。
クッケンエンになっちゃいました。
ということで、なんとアグネスタキオンここで引退。
じゃあもう本当にフジキセキの同じような展開。
そうですね。同じ二刀とも4戦で引退しちゃったんですね、現役。
4戦4勝。
そうなんですね。
だからアグネスタキオンが現役続けてたら、どうなってたんでしょうねっていう。
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だってこのタイミングで引退してても、やっぱり名前としてはまだ残ってるような感じしますもんね、アグネスタキオンも。
なんですよ。なのでライバルを一人失った状態で、
世代のトップを決める日本ダービーに駒を進めるわけですね。
で、日本ダービーにジャングルポケット出てまいりました。
で、当然一番人気。
でしょうね。
そして二番人気はですね、NHKマイルを制した黒船が現れます、ここで。
黒船よりも人気はしてたんですね。
ちょっとここ黒船を補足させてください。
育ちの親父です。
育ちの親父。
お父さんですね。
2001年っていう年がですね、日本ダービーが初めて外国サンバにも出走していいよっていうふうに開放された初めての年なんですね。
あ、そうなんですね。
で、黒船の馬主となった金子マコトオーナー、競馬界のボスと言われてる金子マコトオーナーですね、ディープインパクトの馬主さん。
そうですよね。
が馬主だったんですけれども、この馬に開放初年度、要は外国サンバも開放された初年度のダービーを買ってほしいという願いを込めて、
1853年裏返来航したペリー率いるですね、アメリカ軍隊の通称黒船に由来する名前を付けたと。
いやここはね、やっぱなんか味のある名前の付け方。
これで言ってあれ足毛ですからね。
確かに確かに確かに。
白いじゃんって。
そうですよね、白船じゃなかったですね。
黒船白いじゃんみたいな感じなんですけど、そう。で黒船はアメリカで生産されて日本で調教された外国サンバであると。
はいはいはい。
で、ダービーの前に行われる2001年のNHKマイルカップ、ここで優勝するわけですね。
はい。
でその後にダートローセンにも転向して、ジャパンカップだと両方とも勝っちゃうようなめちゃんこ強いマン。
いや強かったですよね黒船。
さすが育しの親父だなと。
いやいや育しも強いですけどね。
多分二刀流だったかも。だから大谷さんは、大谷翔平君はですね、黒船ファンなんじゃないかなと。
なるほどね。
俺は思ってます。
競馬会の大谷さん、逆かな。
プレー級界の黒船が大谷翔平の可能性があると。それぐらいのもう名場ですよ。これが2番人気。
実際レースはどうだったのかというとですね、結果ジャングルポケット勝ちます。
勝つんですねここで。
おめでとうございます。
ここで勝つんですね。
レースではジャングルポケットは直線最後伸びていって、確か大外18番からのスタートだったんですけど、
ダンツフレーム全走札機処理2着だったままに、一馬真と2分の1の差をつけて、21世紀最初のダービー場になったわけですねここで。
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これはまたドラマチックですね。
そうです。映像とか今ネットで調べてもらうと出てくるんで見ていただきたいんですけど皆さんにも。
ウィニングランの場面ではですね、大歓声を浴びるわけですよ。
ツノだツノだ言うてファンが。そんな中、馬がすんごいことになってるんですよ。激しく頭をバカバカ上下させて。
なんか吠えてるかのように。実際吠えてるかとか自分は映像では確認できなかったんですけど、
なんかもううわーって多分吠えてたかもしれないです。あーってなってるんですよ。犬鳴いてるかもしれないと。
本当だったらパニックになっちゃうからやめとけばいいのに、ツノが奇襲にそれなだめるどころか、
観客の方に何とか持ってくる。なんかとんでもないドSっぷり見せてるんですよね。
歓喜のね。 そうですそうです。
ちなみにこの多分名シーンを模しているのが、このジャングルポケットが馬娘でカード化された時のイラストにも使われているのでぜひ検索してみてください。
それがこの台本に見せてる。これ後ろにツノ田奇襲がこうやってやってますから。
まあ乗らないですけどね馬娘では。 そうですそうです。そうなんです。
で、この時言われたのがですね、ダービー勝ちましたと。思い出してください。富士奇跡のことを。
1995年にダービー確実と言われながら弥生将後に故障を発症して、残念ながら引退してしまった富士奇跡とはですね。
奇襲、張強氏、急務員、そして馬主さん、これ全て同じだったわけですよ。
で、富士奇跡が成し得なかったダービー制覇ということでマスコミの各社がですね。
富士奇跡の無念を晴らしたと大々的に報じているわけなんですよ。ここでオシャレポイントって感じですね。
いやもう富士奇跡の奇跡がここにも繋がってるってことですよね。 そうですそうです。
これがやっぱりドラマチックに語られている大きな大きなゆえんかなと思ってます。
いやこれはもうこのタイミングだけでももう映画化してもいいぐらいですよね。 そうですよね。
ただしジャングルポケット、この馬自体のドラマチックでレベルで行くとここだけじゃ終わんないんですよ。
まだこの先続編があるわけですね。 続編があります。
このダービー制覇した後、コバとの初対決、そして帰化所へと歩みを進めていきます。
コバとの初対決は札幌記念だったんですけど、同期のエア・エミネムっていう馬がいてオシャレですね。
オシャレだね。 エミネムさんがね。 エミネムさんがね。
みたいな感じですね。これね、たぶんね。とかに敗れて3着になっちゃいましたと。
秋は帰化所出たんですけど、この時も一番人気に押されたんですけど4着に負けちゃうんですよ。
そうなんですね。 この時買った馬がマンハッタンカフェ。これもう馬娘になってますよね。
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強いですよね。本当にこの世代は。
残念ながらその後、角田光一騎手がジャングルポケットに起乗することはなかったと。
どうしてですかこれは。 ここで解散っつって。
ダービーがね、一つの目標ではあったんでね。
ここでですね、次に向かうのがジャパンカップに向かうんですよ。三才場で。
今だとあるか。あんま見ないっすよね。帰化所のあとジャパンカップってあんま見ないっすよね。
アリーマの方がありますよね今の。なんですけどこの時はその帰化所の後、JCに歩みを進めるわけなんですね。ジャングルポケットは。
ここで、今までは同じ世代の強い馬たちと戦ってきたわけじゃないですか。ここで当たる馬がまあ強い。
まず名称同等2001年宝塚記念を買ってる馬。同じ年の宝塚記念を買った馬。
次にステイゴールド。これも最強のシルバーコレクターで後の名刺書房馬ですね。
で成田トップロード。99年の帰化所を買ってる馬。そしてもう一頭出てきます。
世紀末覇王が出てくるんですね。テイエムオペラ王が出てきますね。
ここでですか。
テイエムオペラ王の情報をちょっと補足させていただきますと、2000年のJRA年度代表馬、前年の年度代表馬でした。
2000年の戦績なんですけど、8戦8勝無敗。2000年は本当20世紀最後の年だったので世紀末と言われてましたけど、これを待って世紀末覇王と。
テイエムオペラ王を言われたわけですね。こんなすげえメンバー相手に3歳のジャングルポケットが勝負をかけると。
さらにジャパンカップって当時今ほど日本の馬が大活躍するレースじゃなかったので、日本のトップどころがみんな集まって外国参加やっつけるぞっていうこういうノリだったわけですよ。
そこに3歳馬のジャンポケさんが出てくるわけです。さあどうなるというわけですよ。
これがまずどうなったのかと言いますと、これまず案上さっき角田光一騎手がもうキッカーショー最後に乗ることなかったって言ったんですけど、
じゃあ今回誰が乗ったのかというと、先ほど冒頭でも触れたんですけれども、当時短期免許で来日していたオリビエ・ペリエ直騎に乗り換わりました。
先日引退されましたけれども、このペリエ騎手を背にジャングルポケットは戦うわけですね。
そしてテイユム・オペラ王と最後直戦で2頭抜け出してバッチンバッチンの叩き合い。
これぜひ冷静像見ていただきたいです、皆さんに。勝てないって思いますね、自分は。
ジャングルポケット目線でいくと勝てないだろうなって思うところを最後頭差とか首差ぐらいでゴールまでグワッと刺して勝つわけなんです。
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ジャングルポケットが前年度無敗の世紀末覇王テイユム・オペラ王を差し切ってのジャパンカップ制覇ということで、
このジャパンカップ制覇っていうのがすごくて、当時やっぱり外国サンバがかなり強かった時代だったので、
ジャパンカップ史上初めて日本馬がケージマンを独占。
1着ジャングルポケット、2着テイユム・オペラ王、3着成田トップロード、4着ステイゴールド、5着名将ドトウ、ケージマンを独占したわけですね。
そしてさらに内国サンバのサンサイバがジャパンカップを初めて勝ったんですね。
自分の記憶だとサンサイバでジャパンカップ勝ったのはアーモンドアイとか。
3歳の時にジャパンカップを勝ってますね。
その時の2着奇跡だわ、富士奇跡。
こういう功績が称えられて2001年その年の年度代表馬にジャングルポケットは選出されました。
すごいんですよ。
いやものすごいドラマですね。
とんでもないドラマです。
これは自分も近年いろいろと見てますけど、なかなかなかったんじゃないかなと思いますね。
4歳になってですね、2002年から海外のレースに出るっていうプランもあったんですけど、ちょっとそれはかなわずって感じですね。
いろいろと安城のプランニングで豊さん乗るとかって話もあったんですけど、豊さんが落馬不勝になっちゃって。
年明け初戦阪神大昇天出るってなって、ミルコ、ミルコデムーロ今もやってますけど、デムさんが乗るっていう予定だったんですけど、デムさん起乗停止になっちゃったんです。
ダメだなと。最終的に小牧二式集。
で、当時兵庫所属。何なら今も兵庫戻ろうとしてますからね、小牧集。
この辺りも今となってはちょっとオシャレだなと思って、この情報を取り上げたんですけど。
なったんですけど、ちょっとここは勝てずって感じですね。
で、天道書春にも出るんですけど、不利もあって勝てず。
で、その後宝塚記念とか予定もしてたんですけど、ちょっと脚部不安発生したために回避して、で、ジャパンカップ出たんですけど、
今年のジャパンカップが得意の東京じゃなくて、なぜか中山22で行われてしまって、ここも勝てずにという感じですね。
で、有馬記念で負けてしまいまして、ここでもですね。
7着に負けちゃって、で、レース後に脚部筋肉痛と右前の蹄の怪我があったこともわかったということで、翌2003年1月に引退が発表されたと。
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なるほどね。じゃあ本当にジャパンカップを。
そうです。
もうラストに。
もうあそこでもしかしたら燃え尽きたのかもしれないなと。
いやそうですよね。
4歳で実質引退してしまいましたが、それでも3歳場の時のあのストーリーがあまりにも印象的すぎて、
当然4歳でもG1でかなり上位着順残しているので、弱かったわけじゃないんですけどね。
この本来の走りではなかったのかなという感じですね。
なるほどね。
チップスにはなるんですけれども、引退式にはですね、3歳の時の菊花賞まで辿り着いた角田光一貴主が、
斎藤オーナーの勝負服を着て参加したということですね。
なるほどね。
ここからジャングルポケットは主母場になっていくわけですね。
主母場として排出した名場たち、これまたすごいですよ。
自分全然知らない馬ばっかりなんですけど、トールポピー2008年オークスバ。
オーケンブルースリー2008年菊花賞馬。
クイーンスプマンテ2009年エリザベス上輩勝馬。
ジャガーメイル2010年天皇賞春。
当選上段2011年天皇賞秋。
アオーディ2016年JBCクラシック。
なるほどね。
この辺を勝っている名場たちを排出していて、
最近まで走っていた馬で、自分が記憶に残っているのはサンレーポケットという馬がいましたね。
この馬も同じ左回りの直線長いコースを得意としていたので、
やっぱりそういう傾向というかね、こんな感じなのかなという話ですね。
なるほどね。
で、2020年をもって、サンレーポケットじゃねえ。
ジャングルポケットは主母場を引退いたしまして、その後は功労場として余生を送っていた。
なるほどね。
で、同年秋から体調を崩して治療を行われていたみたいなんですけど、
2021年3月2日の朝に京王先の日高町のブリーダーズスタリオンステーションで死亡が確認されて、
23歳の馬生に幕を閉じたということなんですよね。
なるほどね。
なんですけど、23歳で3年前に死んじゃったジャングルポケットなんですが、
こんだけすごい活躍をしたジャングルポケットの子供が現役の馬で、
まだ14頭、JRAでは現役、継続している馬がいますので、
まだまだジャングルポケットのDNAを感じることっていうのはできますので、
ぜひ今回のこれを機に見ていただけたら、そういう目線で見ていただけたら、
自分も今回のこのテーマを取り上げた領域につきますので、ぜひって感じですね。
そうですよね、本当に斉藤さんが今あれですよね。
そうですね、ジャングルポケットの斉藤さん。
が所属している、所有している馬もジャングルポケットさん。
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お待たせちゃん、お待たせしましたという馬が。
そうですよね、この斉藤オーナー、ジャングルポケットの斉藤オーナーは、
お笑い芸人のジャングルポケットさんの斉藤さんとは全然関係ないですかね。
え、どっちどっち、ジャングルポケットの斉藤オーナーは、
ジャンポケ斉藤さんとは関係ございません。
関係ないですね。
斉藤四文字オーナーは、ジャンポケ斉藤さんとは関係ありません。
関係ないですね。
ということでした。
ありがとうございます。
はい ということで今回はジャングルポケット
ヒストリーをテーマに過去最長記録 でお話しさせていただいたんです
けれどもいかがでしたか水口さん 馬娘見たくなってくれました
いや映画見たくなりますね なりましたいやもうぜひ見に
行きましょう かなりやっぱドラマチックです
よね ドラマチックですよこれは
そうですよね ドラマチーですね
ドラマチーですよね ドラマチーでしたほんとに
他にもいろいろ印象に残るダービーバー とかもちろん強かったねってエピソード
でいっぱいいると思うんですけど ドラマチック選手権やったら今回
のエピソードはかなりすごいファン それはいるよなって思うんでなかなか
ここを越えてくるエピソードって あんまないんじゃないかなって
思いますね個人的には いやそうですよねテーマオペラ
王との叩き合いみたいなのも そうほんとそうなんですよだから
そこでジャパンカップを彩って くれたのは前年度無敗だったテイ
エムオペラ王がいなければたぶん ここまで成立してないと思うん
ですよそこの巡り合わせとかも すごいなと思いますねだからそれ
こそジャパンカップで印象に残 ってるとかでいくとさっきアーモンド
アイの引退レースになった三冠馬 三頭出てくるっていうあれもすご
かったんですけどたどってきた 動線だけで見ると今回のジャングル
ポケットのほうが馬一頭だけに クローズアップするとこっちの
ほうが2001年の外国三馬開放初年度 とかしかもそこに黒船が出てくる
とかこういう同世代のやつとか あとアグネスタキオンが引退し
ちゃうとか何ならさかのぼると 富士奇跡のエピソードがあるとか
こういうのが絡み合うっていう のがやっぱすげえなと思ってこれは
映画になるわなと この本当にジャングルポケット
の話ストーリーだけでも馬娘の 制作っていうのもやっぱすごい
ですよね いやそうですだってこれ喋ってる
だけで今40分ぐらい収録かかって ますから余裕で2時間映画作れる
39:03
でしょっていう いや全然作れると思います
ね そうなのでぜひみなさんも
馬娘別にサイゲームスのあれでも なんでもないですけど見たいな
と思ってくれるぐらいになって いただけたらうれしいなと思います
ありがとうございます 今回長くなりましたけれども
シンプル競馬お聞きいただきありがとうございました 番組への感想概要欄に記載のx
たてにお寄せいただけたらうれしい なと思ってます取り上げてほしい
ね今回ジャングルポケット取り 上げましたけどそれ以外の銘馬
ももしありましたら自分も頑張って 調べて差し掛けて取り上げたい
なと思うのでぜひよろしくお願いいたします この番組は毎週金曜日に普通
だったら配信してます次回もよろしく お願いいたしますありがとうございました
ありがとうございました