目黒蓮のことを、目目っていうの知ってました? 知ってます。 知ってるんだ。
あの家でよくね、目目だ目目だって。 目目。 誰が言うんですか、それ。 深井娘、妻。
やっぱり好き。目目ファン。 なんで目目なんですか? 目黒蓮だからじゃないですか。 目しかないですよね。 目しかないですよね。
お目目ってかわいいじゃないですか。目のことをお目目って言う人いるじゃないですか。人間の目のこと、合図のことを目、目って言う人いるじゃないですか。それと一緒のイメージなんじゃないですか。
目目って言うとかちょっとかわいいみたいな。 かわいいですよね。 なんか最近、目一個に会いに、姉の家によく行くんですけど、姉が目目が目目がってよく言ってるんですよ。
最初意味がわからなくて、誰の何の話をしたのかわからなくて、何の話言ってたら目黒蓮って言われて。 あーって。 あーみたいな。そういう感じみたいな。
目目なんですよ。目黒蓮がなぜかね。なぜか目目。俺もだってわかんない。最初。家の中で急に目目。あ、目目だって言われて。 うんって。 目目。
だから今回は目目に関するお話をしていきたいなと。 目目競馬場のね。 そうそう。目目競馬場ですよ。
話をしていくくらい撮っていきましょうか。という感じで。 ぜひともね。お願いします。
台本の本体がないと俺、あれ冒頭の挨拶言えないんだ。 あれ難しいっすまだね。 長いですからね。
そうそうそうそう。
シンプル競馬難しくない競馬ラジオ。この番組は競馬大好き経営者と競馬歴20年以上のクリエイターと年間1,000時間競馬に釣り出しているビジネス漫画。競馬にまつわる情報シンプルかつわかりやすく配信するポッドキャストです。
パーソナリティー務めマーストはてゆうすけです。 センスパドク大童です。 水口ゆきです。都内でIT系企業を経営しています。よろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いいたします。ということで、これの配信の時は5月の20日かな?なので、5月24日にオークス共闘会やりますという宣伝ですね。
もう迫ってきましたね。 はい。こちらのオークス共闘会は一緒に馬券買ったり、お金出しちゃって一緒に馬券買ったり、水口さんが一世一代の大勝負をぶっぱなす。
ぶっぱなします。帯取ります。帯取って帰ります。 いいですね。帯取って帰ります。
なんすかそれ。何、弾けてるんですか。ということで、これはメンバーシップの皆様と楽しもうという企画でございますので、もしご興味、ご関心ある方はメンバーシップを覗いてみてくださいという感じでございます。
あとは2026年5月のメッセージテーマとして、会心の馬券的種エピソードを教えてくださいという感じでメッセージ募集しておりますので、どしどしお寄せください。
これ確かに24日一緒に行った人たちの中から、24日で会心の馬券的種が当たって帰ってくれる人もいるかもしれない。
確かにね。次の日とかにメッセージくれれば。一緒に行った人全員メッセージ送るっていう、そういうのでもいいかもしれないです。
なるほどね。それいいかもね。
当たってなくても。当たってなくても。
お疲れ様でした。
そういうのでもいいかもしれない。
あとはSpotify、Apple Podcastのフォロー&星5もよろしくお願いいたしますということで、今回本編はメメについて。
メメについてですね。あれってジャニーズですか?ってジャニーズの間も。
はい。メメについて。
ちょっとね、知りたいですよね。詳しくね。
メメファンいるんじゃないですか?
いると思いますよ。
ロイヤルファミリーも出ましたし。
そうですね。
はい、ということで。今回はメグロ競馬場についてお話をやっていきましょうと。
メグロ記念っていうね。レース名は聞いたことありますけど。
あれメグロ連と関係あるんですか?メグロ記念っていうのは。
あるんじゃないですか。メメが生まれた日とかですかね。
メグロ記念、ロイヤルファミリー出演おめでとう記念。
おめでとう記念。
高知県ファミリー。
っていうことじゃないんですか?メグロ記念。
っていうことじゃないんでしょうね。きっとね。
日本ダービーの後に行われるG2の12レースの名前になってるメグロ連記念。
そう。メグロ連記念ですよ。
さきちゃんあれはメグロ連の記念のレースでいいんですよね。あれは。
ですかね。どうなんでしょう。
ですかね。
話が進まないんだが。
違いますということですね。
皆さん多分どうなんだろう。
メグロ連だと思ってます。
どう思ってるんですかね。メグロ連。
最近入った特に馬場。メグロ連記念だと思ってるかもしれませんが。
思ってるんですね。
とんでもない歴史のあるレースなんですよ。実は。
ええ。
メグロ記念というのは。メメ記念というのは。
そうなんですか。メメの歴史がもう。
メメ生まれるとんでもない前ですね。
とんでもない前から。
ええ。
ええ。メグロ連記念じゃなかったの。
違ったんですね。
思いますが。
じゃあどういうことなんですか。さきちゃんそれは。
ええとですね。ちょっとさっき言ったメグロ競馬場というのが。
はい。
みなさんえ?って多分思った人が多いんじゃないかと。
うんうん。
まあ中央競馬場全10の中に今ないですよね。
今ないですね。
メグロ競馬場なんていう競馬場は。
ないです。
ただ実はこのメグロ競馬場というのは今も残ってるんですよ。という話で。
ええ。
都市伝説みたいな。
ちょっと待ってください。それはもう。
キャラクター出てきちゃう。
メメファンが黙ってなきゃ。
黙ってない。
黙ってんすか?
メメが生まれる前からもうね。ずいぶん前から。
ずいぶん前から。
まあちょっと紹介します。まずメグロ競馬場とはというところで。
はい。
メグロ競馬場は1907年。明治40年。明治時代。
はあ。
メグロ区。下メグロ。ほぼもうメグロ駅。JRのメグロ駅から歩いていけます。
あ、歩いているんすか。
歩いていける距離に存在した1周1マイルの1600メートルの競馬場です。
ちっちゃかったんすね。じゃあね。
で、当時は左回りではなく右回りで行われていて、大きさは現在の東京競馬場の約3分の1ほど。
東京競馬場が一番広いんで、そんなに大きい競馬場ではないんですけども。
で、あった競馬場ですっていうことで。実はこの頃、メグロだけではなく横浜とか池上にも競馬場があったんですよ。
横浜流星とは関係あるんですか?
横浜流星。これはですね、横浜流星ファンが。
池上明と。
あれって。
急にちょっとなんか出そう。いい質問ですね。
池上くんっていないっすね。いたらしょうがないけどな。
そう、池上明さんには関係ないんですけども、横浜流星さんにも関係ないんですけど、
当時はあったんですよ。今は。横浜競馬場って今あったらなんかいいですけどね。
いいですね。ちょっとね。
洒落た競馬場な感じがしますよね。
風が吹いて。
海近くてね。
海風が。影響が。
そうそうそう。
なんですよ。この目黒競馬場っていうのはそんな都会の中にあった競馬場なんですけど、
ちょっと皆さんには見えないんですが、今我々が話してる、画面を見ながら話してるんですけど、
一応コース図と当時のコース映像で、実はなぜか最近になってこの目黒競馬場でのレース映像っていうのはYouTubeに上がってまして、見れますので。
そうなんですか。
そんな映像とか撮った技術あったんですか?
そうなんですよ。なんで今更上がったんだろうってちょっと不思議なんですけど。
ですよね。
あるのでぜひ見てほしいですね。
すごくもちろん白黒ですし、ぼやけてますけど、ちょっと当時を思いながら見れると。
それあれですかね。昔の白黒なんで人の動き早かったりするんですか。
ペペペペーって動いてるとかして。
ガサガサガサってされるんですけど、でも雰囲気を楽しめるので。
目黒競馬場のコース図は東京競馬場と似てます。
綺麗な楕円形で、あんまりトリッキーなバーバーじゃない感じの競馬場ですね。
で、ちょうどあの今目黒通りを挟んで、挟んでというか、目黒通りにメインしてスタンドがあったみたいな、雰囲気ですね。
なるほど、はいはいはいはい。
わかるんだ、それで。
自分結構トラック運転してた時に、
関東の人しかわかんないですよね、目黒通りって言っても。
目黒通り通過して、目黒駅通過してたんで、イメージはきます。
わかるんだ。
だから、じゃあ俺が走ってた目黒通りのこっちにスタンドがあったのかな?
あったのかな?
こっちなのかな?わからないですけど。
そうなんですよ。で、そんな、これ目黒通りって言うのは目目通りなのかもしれないですけど、
わお、なるほどね、なるほどね。
そんなところに競馬場がありましたというところで、
ちょっとその目黒競馬場でどんなレースが行われてたかというところをちょっと触れたいんですけど、
実は第一回日本ダービーが開催されたのは、府中ではなく目黒だったということでして、
なるほど。
1932年に今の日本ダービーは、当時東京優勝大競争っていう名前だったんですけど、
それが創設されて記念すべき第一回はこの目黒の地で開催されており、
当時その日本ダービーっていうのが開催されたので、スタンドは満員で競馬自体も盛り上がってる時代ではあったんですけど、
競馬開催の規模っていうのが拡大していく時期だったんですよね。
ただ、同時に目黒の周辺っていうのは住宅地にする計画みたいなのが進んでいって、
どうしても競馬場の敷地を広げたりとか施設の拡充っていうのが難しくなっていって、
1933年に目黒競馬場っていうのは閉鎖。
役割を移す目的で府中に移動したという、移動というか変えてっていう風になって誕生したのが東京競馬場っていう感じなので、
形も似てますし、もちろんこの日本ダービーが開催されてそれを移すってことだったんで、結構関連のある、東京競馬場と関連のある競馬場。
言うなれば東京競馬場っていうのは目黒競馬場2なんですね。
つうです。
言ってしまいますね。
目黒競馬場2なんです。
っていう日本ダービー、1回目と2回目しか実質目黒競馬場ではやってないんですね。
2回だけか。
2回だけですね。
32年と閉鎖する33年の2回だけ。
で、さっきから言ってる目黒記念、目黒連記念ですけど、
目黒連記念じゃないですかあれは。
これはイコールでして、目黒競馬場と目黒記念っていうのがすごく関連が深く、
この目黒競馬場が閉鎖しました。東京競馬場に役割が移るときに、目黒っていう場所に競馬場があったっていうことを後世に残すために創設されたのが目黒記念です。
なるほど。
っていうのが目黒記念の由来というか。
スノーマンとは関係ないんですね。
全く。スノーマン結成の何年前ですか。
何十年前と。
何十年前。っていうのが目黒記念の創設の理由ですね。
で、ちなみに目黒記念の前身であるレースっていうのは、目黒競馬場の頃からあって、ハンデキャップ競争として最古のレースを持つレースです。目黒記念って。
じゃあ元々目黒記念の前に別のハンデ競争があって。
私なんで、ここに書かなかったんですけど。
金量格差競争とかそんな感じ。
ハンデキャップはハンデキャップだったのかな。何ちゃら第四何ちゃら競争みたいな、そういうレース名がついてるんですけど。
目黒記念の役割として当時からあった。
それのバージョン2として今目黒記念が。
もともとあれなんですかね、ダービーの後に目黒記念が今行われてるじゃないですか。そういう順番とかも、もしかしたらあった?
そう、ちょっと調べたら、ずっとそのダービーの日にやってたわけではなくて、確か目黒記念がダービーの日の12レースにやりだしたのは2005年か6年くらいなんですよ。
割と最近なんですね。そうなんだ。
ただ、ダービーの後にやろうってなったのには、ちょっと関連してるかもしれないですね。その日本ダービー、その目黒記念。
そうですよね。だからダービーが第一回が行われてた場所でもあり、その目黒競馬場を構成に残すためのレースとして目黒記念があり、だったらダービーの後にね。
そう、なんかあったらいいですよね。物語っていうかちょっと綺麗ですよね。なのかもしれないですね。それはちょっとわからないですけど。という目黒記念と目黒競馬場なんですよ。
目黒記念なウィンキートスが勝った時まで単勝。単勝当たりました。これ絶対前残るでしょみたいな感じで単勝を勝って。
思い出が。
あのダービーボロ負けした後にちゃんと当たって。
取り返した。
そう、すごい嬉しかったですね。
嬉しいですね。それはね。
そんな。
いやでも歴史ありますね。
歴史が実はあるね。そこですね。
なるほど。
目黒競馬場のコースがそのまま道になってる。で、銘馬が駆け抜けたバーバーを歩くことができると。
なんと。
なんと。
いやすごいですね。
二次体験ですね。
目黒競馬場走れますよ。
走れるんですね。
これ今その画像で今モニター見ながら喋ってるんですけど、画像にあるここのコーナーですか?
そうです。Googleマップの目黒は何丁目かな?4丁目?
4丁目。
なんちゃら4丁目多分。
ここか。
はい。ちょっと上から残ってるんですよ。第一コーナーから。
なるほど。
綺麗に残ってるのは第二コーナーから向こう丁目が綺麗に残ってます。
で、今ここで私が実は行ったんですよ。歩いてみよう。
現地を。
現地を。現地行くと本当に競馬場感あります。
へえ。そうなんですか?
もちろん住宅地なんで、道はそんなに広くないです。大通りでもなんでもない。本当に路地。
それはさすがにあれですよね。当時の福音がそのまま残ってるんじゃなくて、そこの間に住宅が建てられたのがその道なりコーナーが、名残が残ってる歩道というか歩ける場所がある。
そうですね。路地ですね。住宅地にある路地みたいな感じで、ただ向こう丁目はちょっとだけ広いかな。少し。道幅としては。
でも本当に第一コーナーから歩いて、第二コーナーをカーブして向こう丁目がパッとずーっとドバーンって真っ直ぐ抜けてるんですけど、すごく感じますよ。
資料には写真があるんですけど、本当に曲がってって、本当に体験できます。
一コーナー入って、一コーナーから二コーナーへ。
すごいですね。住宅街って感じですね。
道幅は本当に狭いですね。両サイドも家が建っちゃってるので。
これ、馬のぬいぐるみを咲ちゃんが置いて、これ咲ちゃんが写真撮ったんですか?
そう、ヤバい人になってました。
ですよね。
これ、平日の朝9時くらいに現地に行って、私は馬のぬいぐるみ4体ほど持って行きまして、
当時ここを走ってたんだよっていうのを説明するための写真を撮りたいがために、黙々と置いて。
置いて、並べて。
カシャって。ヤバい人になってたんです。話しかけちゃいけない。
それ、誰かと一緒に行ったとかじゃないんですか?
一人で。
一人で?
この女の子ヤベ。何やってたのこの女の子って。
めちゃくちゃ住宅街で、めちゃくちゃ晴れてて天気の良い日の朝ですよね。
2時朝、道に馬のぬいぐるみを並べて、写真を撮っている変な人です。
これ、誰か通過したりしなかったんですか?
いなかったです。
あ、いなかった。
だから、工事してて、途中。そこのおじさんに見られてましたけど。
なるほど。この人か。
そうそうそう。
第二コーナーの入り口にいた。
入り口にいたおじさんに、ちょっと見られてたんですけど。
そうなんですね。
そうそう。
へえ、でもいいですね。面白いですね。
本当に雰囲気はありました。歩いてみて。
へえ。
なので、ぜひ、都内に住んでる方とかは。
笑っちゃった。
笑っちゃった。
笑っちゃった。
ちょっと、お散歩がてら。目黒からほんと近いので。駅から近いので。
ちょっと歩いてみたら、いいんじゃないかなっていう。
確かに。
ご紹介で。
ちょっといいかもしれないですね。
目黒競馬場を感じれる。
ね、これはね。
向こう場面、本当にきれいにまっすぐなんで。
へえ。確かに。
で、ちょっとその途中と終わりに。
途中と終わりじゃないな。始めと途中と終わりに、ちょっと紹介したいものがありまして。
目黒通りに、実は馬の銅像があるんですよ。
これか。
これ見つけた人っていうか、なんでここに馬の銅像あんだろうって思うかもしれないんですけど。
目黒通り沿いに佇む、トールヌソル像っていうのがありまして。
トールヌソル。
トールヌソルっていうのは、この目黒競馬場があった時代の主母馬なんですけど、
第1回東京優秀日本ダービーの勝ち馬、若鷹っていう馬がいるんですけど、その馬だったり、
貧馬で東京優秀を制した栗藤っていう馬の父なので有名で、
全6頭の日本ダービー場を、当時東京優秀場を出した名主母馬です。
トールヌソル。
その貧馬でダービー勝った、栗藤の後にダービー勝ったのって、もしかしてウォッカとかですか?
はい。
へえ。
じゃあそれほど貧馬がダービー勝ってなかった期間があって、
64年とかだったかな、ウォッカが勝ったの。
ウォッカの前が栗藤で、それの親父がトールヌソル。
トールヌソルですね。全部で6頭ぐらいだったかな、ダービー場を出した名主母馬ですね、当時。
サンデーサイレンスみたいな感じですかね。
っていうこのトールヌソル像が目黒通り沿いに立ってます。
この像がある近くにも第一コーナーがあるので、
そうなんですね。
そこから目黒通りからコーナーに入ってもらって、みたいな感じが。
目黒通り沿いにこんな像あったのか。
そうなんですよ。本当にひっそりと立っているので、そんなに大きくもないですし。
そうなんです。
目黒競馬場跡って書いてある。
跡って書いてあって、目黒通り沿いを走っているバスがあるんですけど、
バス停の名前にも目黒競馬場跡だったかな、っていうバス停の名前もあるので、
あるんですね。
今でもありましたよっていうのを残っているものがいくつかありますね。
この辺交通量多いからな。
目黒通りは結構多いですよね。
めちゃくちゃ交通量多いですね。
目黒通り沿いの道にトラック止めて配達してました。
そうなんですか。ってことはいましたよ。
そう、だからいたんでしょうね。
そう、いたんですよ。トールのソール。
反対側にいたのかな、もしかしたら。
もう一個ですね、これまたちょっと雰囲気があるんですけど、
残っている向こう場面の途中に公園があるんですが、
桜の里町角公園っていうのかな、どこで聞くのかちょっとわからないですけど。
桜の里町角公園。
桜の里。
里町か。
どこや。っていう公園が、ちっちゃい公園なんですけどね、あるんですが、
そこのシンボルにもなっている桜の木が一本あるんですけど、
この桜の木はなんと当時からある桜の木でして、
目黒競馬場にあった。
目黒競馬場の向こう場面がずっと桜の木だったらしいんですが、
そこのうちの一本が残っているので、当時を知る桜と。
なるほど。
ということはこの公園はこの辺にあるってことですか。
そうです、内側、コースの内側にあります。
なるほどね、そういうことか。
なので、東京競馬場でいう大欅みたいな、そんなような。
まだ残ってるんですね。
まだ残ってる。
面白い。
じゅれ結構長いですね、そしたらね。
あります。
100年以上ありそうですね、そしたら。
あるのかもしれないですね。
桜の木のふもとに目黒競馬場のことが書いてある看板とかも立ってるので、
もうちょっとここで休みながら読んでみたりするといいかも。
いいですね。
ここではぬいぐるみは出さなかった?
ここでは出さなかったんですけれども、ただ向こう場面では出してますし。
そこではね。
第2コーナーと向こう場面と直線走ってるのと、あと一番最後にも登場するんです。
これちょっと皆さんにも見て欲しいので、メンバーシップの方限定で資料を。
これちょっと写真があったほうが分かりやすいので、メンバーシップで記事に出しますので、
ぜひ見て欲しいんですが、私が変態になった写真を。
このコースの名残が終わってるところに小学校があるんですけど、
ここに目黒競馬場跡の記念碑というか、ここに競馬場がありましたっていうのが文言として残ってて、
地元の人の協力で記念碑が建ってたりとか、桜の木が今でも残ってるとか、
地元民の中では愛されてるっていうのが残ってる場所があるので、
この小学校通いたかったなって思ってます。
目黒小学校。
不動小学校。不動前のそばですかね。
目黒の一個手前、不動前ってなるんですけど、不動小学校っていうところが、
ちょうどそこで名残が終わっちゃってるんですけど。
歴史を感じますね。
歴史を感じますね。ちょうど第3コーナーぐらいなのかな、この小学校があると。
そっか、じゃあそういう、ここら辺。
そうですね。
そう言って言われると競馬場ってかなり広大な土地使ってますよね。
そうなんですよ。この目黒競馬場ですら、Googleマップで見るとわかるんですけど、かなりな大きさ。
そうですね。
東京競馬場とか上から見ると、すごい。
すごいでかい。
ドーンと撮ってますからね。
っていう、昔を感じてみたらどうでしょうかという。