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日々お伝えしているニュースや話題の中から一つのテーマに絞って、専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー
Weekly Close Up。RKB毎日放送が1951年の6月29日に設立されまして、今週の月曜日にちょうど75年を迎えました。
そこで今週は、RKB75年、私たちも75年というテーマで、同い年、同級生の企業や商品にスポットを当てて取り上げていきます。
今日の同級生はこちらの商品です。
今年発売から75年、パイン飴の製造・販売をしているパイン株式会社広報部クリエイティブディレクターの井森真希さんです。
井森さん、おはようございます。
おはようございます。
この度、パイン飴も今年発売から75年ということでおめでとうございます。
ありがとうございます。
今日はそんなパイン飴の歴史をいろいろと教えていただきたいと思うんですが、そもそもパイン飴、75年前に誕生したきっかけって何だったんですか。
パイン飴はですね、1951年に誕生しまして、当時は戦後間もない時代で、パイナップルの缶詰自体がとても高級品でした。
一般の方は気軽に食べられないものなので、庶民の憧れの商品という形で、もっと気軽に甘酸っぱくてジューシーなパイナップルの缶詰の味わいを食べられるようにということで、キャンディーにして開発いたしました。
それまでは私力の商品というのは別の飴があったんですか。
いえ、パイン飴だけで始めた会社です。
そうなんですね。
ただ、75年前に作った当時って、飴玉に真ん中に穴を開けてるなんてすごく斬新だったんじゃないですか。
最初は穴を開ける技術がなくて、当時はだいたい球状の飴が多くて、それをギュッと上から押すと平べったい飴ができるんですけども、平べったい飴として販売してたんですね。
最初から穴が開いてたわけじゃないんですか。
はい、穴が開いてなかったです。
最初は穴が開いてなかったんですけど、どうしても穴を開けたいと初代の社長は思っておりまして、その後、割り箸で一個ずつ穴を開けておりまして。
手作業で?
はい、手作業で。
一生懸命穴を開けるものですから、社員が懸賞円になってしまいまして、これではいけないということで3年かかってようやく穴を開ける機械を開発した感じですね。
そんなパイン飴が大きくクローズアップされた年がありまして、これがつい最近といえば最近なんですけども、阪神タイガースが優勝した際に岡田監督がよく食べているということで話題になりましたけど、
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この時、2023年、どんな反響がありました?
すごい反響が大きくてですね、毎日会社の電話が鳴り止まないというような形で、ご注文もたくさんいただきますし、お客様からお問い合わせもどこで売っているんだということで、ずっと鳴り響いているような状況でしたね。
こういった取材みたいなものも多かったんですか?
そうですね、朝から夕方まで何社もご対応させていただきましたね。
ただ、75年というと、今若い社員は発売当時のことも知らない世代も多いと思うんですけど、何か皆さんでこのパイン飴の歴史を共有する工夫とかはあるんですか?
そうですね、周年の時に社資を返算しまして、それを社員全員に配布して、こういう歴史があったよということを語り継いでおります。
今年はパイン飴が75年ということなんですけど、今、名前がパイン株式会社じゃないですか、もともとは何という会社でスタートしたんですか?
最初は、有原の成平という家人から取ったというふうに伺っています。
初代の社長のお父様の会社が、すでにその時代で成平成果というものを作っていて、独立というか、自分はもともとおせんべいの会社だったみたいなんですが、
パイン飴の会社を作りたいということで、社名だけをもらったようなんです。
それで何でパイン株式会社に変えたんですか?
パイン飴で始まった会社になりまして、お得意先さんに行って飴を売りに行くと、パインさんというふうにお声掛けをされるので、会社もパインにしてしまえということで、途中で変わりました。
もう代名詞になったわけですね。
これからパイン飴はどういうふうになってほしいですか?展望があれば教えていただきたいんですが。
今はキャンディー専用の会社になっているんですけれども、いろいろなお菓子に挑戦していきたいなと思っております。
今後はグミだとか、今もグミはあるんですけれども、もっと違った形のものだったり、パイン飴の何かしらみたいな、いろいろと飴じゃないパイン飴を食べていただければなと思います。
パイン飴って広告してないですよね?
そうなんです。
それでここまで全国的に知られる存在っていうのは何か秘訣があるんですか?
唯一無二なキャンディーといいますか、同じものがなかなかないですし、飴だけ転がっていてもパイン飴ってわかるじゃないですか。
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わかります。
ですのでそのものが広告みたいな形になっているというのもあるのかなと思います。
コラボとかはされたことはあるんですか?
そうですね。コラボの方もたくさんやっておりまして、今100社以上ですかね。
これまでに?
そうなんです。食べ物もございますし、雑貨もありますし、お風呂屋さんみたいな、そういうパイン飴の湯とか、そういうものだったり、あとお洋服だったり、本当にいろいろな企業様とコラボしております。
飴売り場以外でもパイン飴をご覧いただくことができるかなと思います。
パイン飴の湯っておっしゃったじゃないですか。どうやってお湯にするんですか?
実際にパイン飴を吐いてないんですけれども、パイン飴の入浴剤を作ってくださった企業様がいらっしゃって。
パインの香りがするってことですか?
黄色いお湯なんですけど、ちゃんとパイン飴と名乗ってよいかっていうのは、ちゃんとこう弊社の社員がお風呂に実際入って、これだと大丈夫です。
お風呂に入るところまでちゃんとやるんですね。
入らなくても香りは全然わかると思うんですけどね、洗面器に入れたりするだけでも。
ちゃんとお家で入っております。
これからも長く愛される飴であることをお祈りしております。
はい、ありがとうございます。
今日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
パイン飴の湯とかね、いろんなコラボすることによってそのパイン飴の認知もまた広がっていってるっていうことと、
あとパイン自体、缶詰のパインが当時高級だったから、あれを実現させたいってことで、当初は平べったい飴も穴を絶対あげるんだ。
検証演になりながらもね、社員の皆さんが頑張った。
穴開けたからこそオリジナリティが生まれているということでもありますね。
今年発売から75年、パイン飴の製造・販売をしているパイン株式会社広報部クリエイティブディレクターの井森真樹さんに伺いました。