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2025-09-23 10:53

昭和100年、私たちも100年:フルタパン

フルタパン代表取締役 古田量平
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日々お伝えしているニュースや話題の中から、1つのテーマに絞って、専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー、Weekly Close Up。
今年、2025年は昭和100年。テレビ、ラジオのほか、様々な場所で昭和の出来事を振り返る企画などが行われております。
今週は、その昭和100年にちなみまして、昭和100年、私たちも100年ということで、エリアの100年を迎える企業にインタビューしております。
明太フランスといえば、ここという福岡市東区で創業しました。明太フランスを広めたこの企業です。
株式会社フルタパン、代表取締役、古田良平さんです。
この度はよろしくお願いいたします。
まずは、フルタパンとして、今年でちょうど100年を迎えるということで、おめでとうございます。
型パンの製造から始めたということでしたが、それ以前はもともと営みに何かされていたんですか?
その前は、うちは米とか、昔は冷蔵庫に冷やすのに使う氷を切ってから家に。そういうものを配達したり、パンもやっていたほうがいいだろうと。
八幡製鉄さんが作っているような型パンって、あそこまで硬くないけど、だいたいゴーゴルに近いようなパンを作っていたんですけどね。
それからパンの仕事が、父が6人業内の末っ子でそれを引き継いで箱崎でやり始めたんですね。
当時、学校なんかがどんどんうちのパン屋がなかったもんですから、声をかけてくれて収めてくれたんですね。
先生とか八幡屋さんとか、あと病院ですね、病院関係のパンとか、そういうのを作った。
特に卸のパンを父が古田製パン工場として引き継いでやるんです。
今でこそフルフルという名前でもおなじみで、こちらで作ったものを店頭で売るっていうスタイルになったのはいつ頃からなんですか?
それはですね、いろんなところ取引先を拡大して拡張してやったんですけどね。
値段も自分たちで決められない。自分たちが本当に好きなパンを作れないと。
卸売りだと自分たちに材料がないわけですね。
ないんですね。
そこは思いっきりがいりましたね。そこが一番目の決断の一番大きいところだったんです。
それで直営でなってきたんです。
その一号店をこの松崎に作ったのと、あそこの工場の下ですけどね。
前出しの四つ角のところで一軒作ってですね。
で、やり始めたんです。
考えたものを自分で作って売ることができるようになったのは違いがありましたか?
違いはあったんですけど、私の発想がいわゆる存続で物を考えていくようなところがあったから。
5店舗くらい出しましたけども、全部失敗しましたね。
03:02
最初はそんな時もあったんですか?
あったんですよ。6店舗くらい作ったのかな。
やっぱり近くでね、パン箱出して売ったりね。そんなことやってましたよね。
それでですね、閉めてですね。松崎本店に一軒に力入れるようになった。
で、これでやり始めた。
そしてですね、やり始めたらまあまあ売れてたんですけど。
看板商品が欲しいなっていうのがね、もう。
で、もういろいろいろんなとこ見たり自分でいろいろ工夫してやった。
逆、四国で作ってやったとこも見て、
この明太のパンは四国ではあんまり売れてないけど博多で売れるよなと思って。
で、すぐそれを持って帰って来た。
何かアイデアがないかってことで、いろんな地域に研究というか研修というか、視察に行ったわけですか?
だからもうちょっと北海道で売れてるってことがあったら、もう私日帰りでから行ってから見てから帰ってくるくらい。
で、その四国で明太のパンが売られてるって何か情報があった?
いや、たまたま四国にですね、見学に行こうと。四国で知り合いがおるから。
で、たまたま行ったんですよ。その時は私はそれが身についたんです。
で、改良を加えてですね。最初は売れなかったですけど。
明太フランスは売れなかったんですか?
もう10分も売れへんやったですね。
それがずっと続いてですね。何か売り方変えないかな、明太の量とか大きさを変えるかなとか。
その時にうちの販売チームをしてた女性が、最初これ半分にしていいですか?って言う。
だからこれはこの大きさでやるんだって。女性食べにくいからね。カットしてっていいですか?カットしたいんですけどって。
それがいいと。
そしたらですね、どんどんどんどん売れ始めてたんですね。
10本も売れなかったのが、40本くらい1日売れるようになりましてね。
そしてもう40本、100本、もうどんどん売れるようになって。
これはちょっとここじゃ間に合わないなと。
それをかえにお客さんが土壌駐車運転されるんですよ。
もうお宅くらいになったらね、駐車場をもうちょっと広く撮れるところで、商売やらないんですかって。
そしたらあそこで言ったらもうとんでもないですよと。
言われて、ここがちょうどですね、スーパーな。
ここが見つかって、よしってここでやって。
その時にそれなりに投資をしたんですけど。
でね、まだ売れるようになりましたね。
ここでもう明太フランスがもう100本どころか500本、どんどんどんどん年々増えていくんですよ。
で売れてたらいろんなところからみんな聞きますから、同業者で。
で私もどんどんどんどん教えていったんですよ。こうして作ったらいいって。
隠さなかったんですか。
もう隠さない。明太の福山川原初代の会長がやっぱりそういうね。
06:04
企業秘密なんかする必要ないよって。広がった方がいいんだって。
私はもうそれ以上にその考え方に憧れを持っておりましたから、
どんどんどんどん公共から教えましたよね。
やるところがどんどん増えてきたんですよ、明太フランス自体はね。
ただこんなにね、今うちが5店舗ありますけど1日4000本ぐらい売れてるんじゃないですかね。
今ですか。
やっぱり一つの文化を広めるっていうんですか。
ああこういうことなんだなって思いました。
しかもやっぱり看板商品があるっていうのが本当に大きな武器になるんですね。
大きいですね。やっぱりね、来てもらった、こういう郊外の店ですからわざわざね、
車で来てもらったお客さんが気持ちよく買い物できてね、帰ってもらいたい。
そこも私ちょっともう考えたんですね。
だから挨拶、掃除、お客様への気遣い。
お客さんがこれしたら喜んでもらえるって思ったら去ってやらないと。
お金何も使ってもいいと。とにかくやりなさいと。
人と人じゃないとやっぱりね、だからAIとかそういう合理性ってこれは大事なことではあるんだけど
やっぱりね、うちは今社員にも口酸っぱく言ってますけど、要は人と人なんだと。
お客さんにとって便利にするのはね、デジタルはいいよと。
だから自動レジでとかいうのはパーンと触るときにね、
お客さんはやっぱり裸でうちは置いとるじゃないですか。
それを触られるよりも、お金を扱った手で触れたらやっぱり気になるお客さんがおられるはずだから。
自動レジでお客さんはお金は自分で払って、パーンはちゃんと入れて渡すと。
今フルフルも年季フランスという看板商品があって、連日お客さんがたくさん賑わってますけど
これからの展望っていうのはどういう風に考えてますか?
いやこれはですね、この際だから全国展開をやるかって思いはあるんですけど
私はやっぱりね、そういう眼鏡にかなったって言ったら生意気な言い方だけど
本当にレベルが90とあると、まあ70点くらいだな。
そういうことをきっと分かる社員がやって、いい店作ったらもう遠方からでも来てもらえるんですよ。
だから福岡でそういう店を4.5点回るとしたらそれをもう充実させる。
まあそれのほうがまずやらないといけないことじゃないかなって。
カセヤ君と箱崎博太くらいまでで頑張りますよ。
目と気持ちが届く範囲で、血に足つけて価値観を底上げするっていうことですかね。
09:01
古田社長ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
今はね、フルフルというお店としてもおなじみ、人気ですけれどもね。
最初から明太フランスが成功したわけではなかったというお話も聞けました。
株式会社フルタパン代表取締役フルタ良平さんにお話を伺いました。
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