ゴールデンウィークの過ごし方と体調について
しおりのジャーナリングで出た本音を話すラジオ
皆さんゴールデンウィーク明けましたが、いかがお過ごしでしたでしょうか?
我が家はですね、どこかに遠くに遠出したとか、旅行に行ったっていうことではなくて、割と近場ですけれども
コナンの映画を観に行ったり、バーベキューをしに行ったり、あとは長男の予定、次男の予定といろいろと過ごしていた連休になりましたが
なんかね、私がずーっと体調が悪くて、喉がとにかく痛くて、最初の方は微熱もあったんですけれども
なかなか今回は、息が悪いなーっていうふうに思って、今日この後病院に行こうと思っております
年齢的なこともあるのかわからないですけれども、あんま最近に熱がしたり、風邪ひいたりってなかったんだけれども
ここ最近はちょっと多いなーっていうふうに感じておりますので、皆さんもお体お気を付けください
今日はゴールデンウィーク、連休明けということで、あと2日したら土曜日ですけれども、ちょっとゆるーく絵本の一説のお話をしたいと思います
絵本「ぼくのニセモノをつくるには」の紹介
その絵本がですね、吉竹信介さんの僕の偽物を作るには、という絵本なんですけれども、次男が結構好きで、よく吉竹信介さんの本を読むんですが
読んだことある方は、大人にも響くな、むしろ大人にこそ響くな、みたいに感じたこと、思ったことある方いらっしゃるんじゃないでしょうか
こちらの絵本ぜひ読んでいただきたいんですけれども、ざっくりお話しすると、僕が僕の偽物を作るためにロボットを1体買って、そのロボットに対して自分のことをどんどんどんどん説明していく絵本なんですよね
結構終盤の方にいいことが書かれていて、僕は一人しかいないっていうタイトルのページなんですけれども
おばあちゃんが言ってたけど、人間は一人一人形の違う木のようなものらしいと
自分の木の種類は生まれつきだから選べないけど、それをどうやって育てて飾り付けするかは自分で決められるんだって
そのページには、いろんな人の頭に木が刺さっている、木がこう植わっているイラストが書かれていて
その木には、いわゆるみんなが想像するような木のものもあるけれども、葉っぱが全然ついていない木もあれば
クリスマスツリーのようにきらびやかにいろんなものが飾られている木もあるし
縦に大きく伸びている木もあれば、横に広がっている木もあったり
あとは植栽っていうのかな、自分でかたどって四角く葉っぱの形、葉っぱというか木の形を切っている木もあったりとか
木の枝に寝転がるやつが飾ってあったりとか、あとはねじねじした枝の木があったりとか
本当に足したようで、一人として同じ木が植わっている人はいないっていうのが、子どもでも友達でも視覚的にわかりやすく表現されています
「自分の木」を気に入ることの重要性
確かにそうだよなぁとかね、思ったりして
そのイラストの最後のところに書かれている言葉がまたすごく刺さったので、こちらも紹介すると
木の大きさとかはどうでもよくて、自分の木を気に入っているかどうかが一番大事らしい
これ聞いてみなさんいかがでしょうか
やっぱりどうしてもね高い方がいいとか、木の高さがね、綺麗な方がいいとか
実がたくさん付いているといいとかね、なんかそういうところに目を奪われがちだと思うんです
それは人間で言うと養子だったり、キャリアを積んでいたりとか、お金をたくさん持っていたり、豪邸に住んでいたりとか
やっぱりわかりやすい尺度で測られることって多いと思うんです
このイラストの中にもあるように木が折れちゃっている、ポキって折れた瞬間の人もいたりして
その人がずっとその木を保ち続けられるかどうかもまた話が変わってくるから
形を変えても、その木に葉っぱがなくても、周りがいくらきらびやかでも
自分が気に入っているかどうかが一番大事なんだっていうことを改めて感じ取ることができました
自己理解と理想の自分への努力
私は子供と子の本を読みながら、一応大人だから意味としてはわかるんですよ
そうだなーってね、すぐ理解できる、確かになーって思いながら言ったけど
じゃあ本当の心根の部分では、これを理解しているかっていうと
やっぱりお金はあった方がいいし、できればいろんな経験をしたりしたいし
家は大きかったらいいし、とか思う部分もゼロではないんです
自分の今の家どうかっていうと、確かに住みやすいし、駅からも近いし
すごく新しいし、快適だし、お日様も入ってくるし
もう全然文句はないんだけれども
どこかでもっと持ったっていうふうに思っている自分もいるから
そう言って思うことが悪いわけじゃないかもしれないけれども
今の持っている気、今家を例題に挙げたからわかりづらかったかもしれないけれども
今持っている気、それは自分に付随しているものというよりかは内面的なものも含めて
ちょっと怒りっぽくなっちゃう自分
よりかは穏やかでニコニコ笑っている方の自分が好きだったら
なるべくそうなれるように努めてみたり
それを結局怒っちゃいけないとかイライラしちゃいけないっていうことじゃなくて
どういう自分でいたいかっていうことを自分がわかっていた上で
気の形を自分なりに肩取って
イライラしちゃう時はあるけど
そういう時は例えばジャーナリングしたり
親友に話聞いてもらうことで解消できるんだったら
他のところではニコニコできるように努めたいよねみたいな感じで
自分が気に入る自分であるために
やっぱり私が話すといつも同じことになっちゃうけど
ジャーナリングとか自分の気持ちをどこかに書き留めておく
書くのが難しくても吐き出しておくっていうのは大事だなと思いました
「ありのままの自分」と自己変革
自分が自分を気に入っているかどうかって難しいですよね
嫌なところが目についちゃう人もいるかもしれない
そうするとどんどん私ってこんなとこもダメだし
あの人はいいなって結局思っちゃうかもしれないけど
自分が持っているものが何なのか
もし自分が理想としている自分が気に入っている自分じゃなかったら
どう変えていくかっていうのは
やっぱり考え続けていかなきゃいけない
生きてる限りだなって思います
なんかよくあるがままの自分がいいって
ありのままの自分とか言いますけど
ありのままの自分ってなんだろうって考えた時に
今のままの自分でいていいとはまたちょっと違うんだよなって思ったりします
ちょっと話が飛躍しそうなのでちょっとずつ元に戻していきたいんですけど
自分の木を気に入っているかどうかが一番大事だから
ってことは今の自分の木が気に入っていなければ
やっぱり自分でその木の形なり飾り付けなり枝の長さなりを変えていく必要があるので
まず自分の木をどういう形にしたいか
そして今の自分の木がどんな形になっているかどうか
こんなところをイメージすると
自分がなりたい自分とか今の自分
よく自己理解とか言われますけどそういうことができてくるんですね
何度も言っちゃいますけどそれが一番簡単にできるのがジャーナリングで
まずは自分がどんな自分になりたいか書き出してみて
今の自分はどんなのかっていうのを書き出してみて
それが1回だけじゃあきっと書き切れないかもしれないんですけれども
何度か書いていくことによって輪郭が少しずつはっきりしてくる
そこの出過ぎちゃった木の枝を切ってみたり
木の色を変えてみたり
自分でできることを探してやってみるっていうのは
すごく地道だけど大事だなと思って今日お話しさせていただきました
ジャーナリングの楽しさと醍醐味
そのページの次に次のページに
僕ってなんだろう考えれば考えるほどいろいろ出てきちゃう
でも自分のことを考えるのってめんどくさいけど
なんかちょっと楽しい気もするって出てくるんです
これこそまさにジャーナリングだなと思って
占いとか診断みたいにパッて出てくるものではないです
ジャーナリングって何回か書いてみてこれかなあれかなって
思って悩んで考えてっていうその過程が出てくるので
決して簡単なものではないんですけれども
でもだからこそその過程の中でちょっとめんどくさいなと思いながらも
自分こういうところあるかも面白いなって思える
その余裕みたいなものとか
自分の人生を味わう楽しさ感覚っていうのを
味わえるのはやっぱりジャーナリングの醍醐味なので
ぜひ皆さんも自分の気に入る気がどんなものなのか
そして今の自分がどんな形をしているのか
よかったらこれをテーマに書き出してみてください
ここまで聞いてくださってありがとうございました
しおりでした