しおりさん、あの人にパクられていますよ!! #80
2026-05-13 12:41

しおりさん、あの人にパクられていますよ!! #80

「この放送をする意味ってあるのかな。」

「あえて言う必要はないんじゃないかな。」

・・・なんて思っていましたが、

ペンパス生さんや聴いてくださる方も同じような状況になる可能性があるので、

わたしの経験と主観をお話ししてみました。

みなさんも同じような経験ありますか。

▼関連放送
「自分の木、気に入ってる? #78
https://stand.fm/episodes/69fc054bf50401e3ee8e35ee

#ジャーナリング #書く習慣 #個人事業主 #フリーランス #パクり問題 #捉え方 #ペンパス #自分業 #発信 #SNS
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サマリー

本放送では、自身の発信やサービスが他者に模倣されたと感じた際の捉え方について、パーソナリティの経験に基づいた主観的な見解が語られます。模倣されたと感じても気にしない、むしろ自分のオリジナリティを追求する方が重要であるという考えが示され、他者の良い部分を取り入れつつも、最終的には自分自身の工夫や経験によってオリジナルなものが生まれると結論づけています。自身のサービス「ペンパス」では、個々の本音に寄り添う伴走を重視しているため、模倣されにくいという自信も語られています。

「パクられた」と言われた経験とその捉え方
しおりのジャーナリングで出た本音を話すラジオ
本日はですね、しおりさんと、丸々パクられてますよ、投稿パクられてますよ、こういう取り組みパクられてますよと言われた話をしたいと思います。
これまで私が発信をする中で、サービスを提供する中で、こういうことを言われたことって実は何度かあるんですよね。
今日は何が話したいかというと、言われた時にどう感じたか、どういうふうに言われたことを捉えたかということを、私の主観バリバリでお話ししたいと思います
聞いてくださっている方の中には発信だったり自分のサービスを提供されている方もいらっしゃって、今後自分がそう言われる可能性があるかもしれないし
自分がパクってるよって言われてしまう、あなたこの人のサービスパクってませんかって言われてしまう可能性ももしかしたらあるんじゃないかなと思ったので
今の時点で私が思っていることを話したいと思います
まず最初に私がこの投稿、しおりさんのパクってますよねって言われたのは、もう2、3年前ぐらいですね
に言われたことがあって、その方の投稿を拝見したんですけど、確かにすごく似ていて、全く一緒っていう感じではなかったんですけれども
私が投稿を出したわりとすぐ後ぐらいに、デザインから言っていることから、構成から似ていたことがあったんですよね
私はその時に、似てるっていうふうに思ったんですけど、それだけだったんですよね
もちろん一生懸命作った投稿なので、悔しさを覚えたり、なにくそーって戦った方が、自分の投稿を発信している内容に誇りが持てていて、これを守りたいっていう意思になると思うので
そっちの方が、私的にはかっこいいっていうんですかね。私もそう慣れていた方がいいのかなって一瞬思ったんですけど、そのままの私は、おーって、似てるみたいな感じで終わってしまって
特に別にその方に連絡をすることもなければ、教えてくださった方に対して、教えてくれてありがとうございましたっていうことしか言わなかったんですよね
何を言いたいかというと、私あんまり気にしないタイプなんだなっていうことがそこでわかりました
もちろん露骨すぎるものだったり、嫌だなって思う瞬間がゼロではないんです
でもそこもジャーナリングで自分がどう思うって書いたら、別に一瞬おーとは思ったけれども、それが私に対する嫌がらせなわけではなかったし
そこで私のお客さんだったりフォロワーさんが取られるみたいな感覚もなかったし、割とフラットというか、ちょっと俯瞰して自分を見ていた感覚だったんですよね
なので、そこにもしかしたら意識を向けるの、そこに労力がそがれることが嫌なのかなっていうふうにも思いました
そもそもパクられるっていうことって、パクるパクられるって日常で意図せずとも、意図していたとしても、どちらにせよ発生してしまうことではあると思うんです
だからそこをどうだこうだっていうことよりも、私はじゃあ自分にできることなんだろうって考える方が自分の性格的には向いてるんだろうなと思いました
ただこれがね、もっと私は今個人でやっているけれども、会社として守る人、守るものが増えた時に同じことを言っていられるかっていうと、そうではないと思いますし
商標登録がされていてとか、法律的にグレーでみたいなことがあると、そこはまた捉え直さなければいけないんですけれども
しおじさんのこの取り組み、全く同じことをやってましたよみたいなことは結構実は聞くんだけれども、別に教えてほしいと思う
教えてくれた人にはありがとうと伝えるけど、教えてほしいとも思わないし、あ、そうなんだね、ぐらいしか私は思わないなっていう自分に気づいたっていう話なんですよね
模倣とオリジナリティの本質
ちょっと周り黒くなっちゃったんですけど、これ前回の放送でも話した、僕の偽物を作るにはっていう吉竹鑫介さんの本を紹介させてもらったんですけれども、この話にも近いなと思っていて
やっぱりいくらその方法とかやり方、見た目、形を真似したとしても、やっぱりその本人そのものにはなれないんですよね
だから私がやっている講座だったり、私がやっているオープンチャットだったり、私がやっている発信内容だったり、ノートで言っていることもスタイフで言っていることもインスタで言っていることも
全く同じっていうことはやっぱりありえなくて、もし奇跡的に全部全部全部同じにしたとしても、私の場合は伴奏のサポートをさせていただいているので、私から受けるアドバイスだったりサポートの仕方っていうのはやっぱり他の人が全く側は同じことを言っていても変わる
別の人がいれば絶対違うものになる
それはこれまでその人との関係性、信頼を積んできた関係性にもよるし、掛け合ってきた言葉にもよるし、伝えられる経験値も大切にしていることも違うからなんですよね
私はジャーナリングを通してその人の本音に生きるに伴奏させていただいているんですけれども、本当はどう生きたいかとかどういうふうに人生を味わいたいかというのをとても大事にしていて
それって表面的に言うとあまり具体化されていないのでわからないっていう方もいるんですけれども、一人一人の本音はどうなのか、どうやって人生を歩んでいきたいのかっていうところを掘っていくので、そういう部分ってやっぱり真似はできないと思うんですよね
だから逆に言うと私のサービスを受けて、合わないなこの人って思ったら絶対違う人のところに行った方がいいと思うっていうのは、結局同じようなサービスをしている人は他にいるかもしれないから
でも誰に受けるかっていうのはやっぱり自分で選びたいし、誰の情報を取るのか、誰の発信が好きなのか、誰のコミュニティとかオープンチャットとか、フォロワーさんとかの集まりの雰囲気がいいのか
っていうのはやっぱり自分の言葉にできる部分もあるし、直感的な部分でも判断していいんじゃないかなって思っております
パクるパクられる問題っていうのは、私はとても、難しい、すごい表現が難しいんですけど、そういうことって言い聞いてたらあり得るでしょっていう話で
故意的にパクるとかじゃなければ、もっと成功している人のやり方を模倣するのは、正しい、ある意味型にはまっていく
そのセオリー通りに最初から自由にぐちゃぐちゃにやっても何もわからない状態で、こけるよりかは王道のやり方をステップを踏んでいくっていうのはあり、むしろそうすべきな部分もあると思うので
私だっていいなと思った考え方や仕組みを参考にすることはあります
だから発信者だけじゃなくて、きっとみんなそうで、なになにちゃんのママがこれがいいって言ってたから、じゃあそうしてみようかなって言ったものは別にパクりでもなんでもなくて、いいって言ってたから、それ取り入れてみようかなって言ったわけなので
ゼロから完全オリジナルで生きている人っていないので、そうやっていろんな人の良い部分を自分に取り入れながら
いやでも、例えばセオリーの方法これいいなと思って取り入れたところで、自分が実際やってみたら、こんなところはこうやって工夫した方がいいよねって気づいたら、もうそれはその人のオリジナルになるわけじゃないですか
だからあんまり自分って気にしないんだなっていうのと、私がそうならない、そっちがパクったでしょって言われたことはないんですけど
私があまりにも気にしてないがゆえに、そういう風にならない方がいいかなって思っているので
真似させていただくとしても、例えばメンターの方が、これやった方がいいんじゃないとか、これいいよとか、これしおじさんに合ってるよみたいなことを言ってくれた時だったりとか
実際に受講生さんの声として、しおじさんこういうことやってみたら面白そうじゃないですかとか、文字余分だけれどもこういうところがあればさらにいいですって言った声を拾っていく
それをどんどんどんどん1個でも2個でも3個でも付け加えていけば絶対オリジナルになっていくので
取り入れることと雑な模倣の区別
ちょっと話をまとめていきたいんですけど、取り入れることと誰かのパクリを雑にすることとは別かなと思っていて
私は前者は大ありだと思っているし、後者はだからといって絶対ダメかっていうと
そういう時ももしかしたらあるのかもしれないね、でも法律とかその人に嫌な気分を与えたりするのであればやめたほうがいいよね
例えばちょっと許可を取ってみるとか、こういうふうにしたいと思ってるんですっていうふうに相談してくれたりとかね
あればもしかしたらもっといいものがもらえるかもしれないじゃないですか
だからここは分けて考えていきたいなと思っていますが、皆さんいかがでしょうか
なんか今日はねちょっとコメントしづらい話をしちゃったかもしれないんですけれども
私が今やっているペンパスという1人1人の本音で生きるに伴奏させていただくサポートなんですけれども
やり方を教えるだけじゃなくて結局その方の本音を一緒に見たり
その方がその時に感じていることをどういうふうに捉えて行動に移していくかっていうのを伴奏しているので
ここって変な話、同じになりうるわけがないから
だからそこで自信を持てているし、私があまりパクられてますよということに対して気にならない
だったらもっと目の前のペンパス祭さんに時間も労力も愛情も注いでいきたいなと思っている次第でございます
模倣されることへの感謝と今後の展望
もし今聞いてくださっている方の中で同じようなことをやっているなとか
いわゆる同業他社だけじゃなくて
ママともだったり、旧友人の友達だったりとか
身近な人とか同僚とか誰でもいいんですけれども
あまりそこに労力を割くよりかは
自分の目の前のことに集中していたらそんなに気にならないんじゃないかなというふうに思ったよという話でした
当たり前のことを言った気もするんですけれども
ちょっと最近言われることが増えてきて
私なんかっていう言い方はあんまりしたくないけど
でも私なんかがそういうふうに言われているっていうことはとてもありがたいことではあるんですよ
何十万人フォロワーさんがいてとかすごく有名でとか本を出していてとか
そうじゃない一個人授業としてやらせていただいている
私のアイディアがいいと思っていただいている
ちょっと真似してみようかなと思ったのであれば
むしろあなたがペンパスを受けてくださいって
絶対すごく良いエッセンスになれると思うので
そんなふうに思った次第でございます
ではここまで聞いてくださってありがとうございました
しおりでした
12:41

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