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2024-12-06 12:01

トーク332[歴史]戦国の世 日本とヨーロッパの違い from Radiotalk

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おはようございます。今日は332回目、歴史トークをしたいと思います。
戦国の世、日本とヨーロッパの違いという話をしてみたいと思います。
その前にちょっと小話。
広告の効果って意外にあるもんだね。何かあったかい?
この間、番権を譲ってくださいという広告を出したんだ。
それで譲ってくれたか?
いや、その日のうちに泥棒に入られたよ。
いい話ですね。
広告の効果って意外にあるもんだね。何かあったかい?
この間、番権を譲ってくださいという広告を出したんだ。
譲ってくれたか?
いや、その日のうちに泥棒に入られたよ。
みなさん、ちょっと練習をしてみてください。
爆笑、爆笑、爆笑じゃないとは思うんだよな。
くすっとくらいは来るかと思います。
戦国の世の中、歴史を勉強していこうと思ったわけですよね。
どうやって勉強していこうかなと思っているんですけどね。
とりあえず、なんとなく今、歴史を遡っているわけですよ。
戦国の時代まで来ましたね。
とりあえず明治時代くらいまで、戦国時代くらいかな。
今度はヨーロッパに行って、中国に行って、また日本に戻ってきたりして、
行ったり来たり、いろんなところを回っていこうかなと思っています。
2回りか3回りくらいしたら、そこそこの知識は身についているのかなと思います。
歴史は一通り勉強しただけじゃ意外に浅くて、何周かする必要があるなと思います。
日本史、世界史、いろいろあるんだけど、一応日本史も世界史も中国史も勉強していきたいなと思っています。
特に日本史を勉強する場合は、世界史も合わせて勉強する必要があると思うんですよね。
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その方が辻褄が合ってくるというか、そんな気はします。
例えば日本の戦国時代は、ヨーロッパ大航海時代で始まったわけですよ。
大航海時代って何かというと、大航海ってかっこいいですけどね。
そんなもんじゃなくて、他国を攻めに行って、他国を占領して、みんな買っ払って、女子供は奴隷にして、男は皆殺しにして、あるもん全部奪っちゃえみたいな。
そういうことなんですよ、大航海ってね。
日本ぐらいですよ、そこの餌食にならなかったのって。
なぜ餌食にならなかったかというと、日本人は当時は戦国の時代になったわけですよ。
この日本の戦国時代というレベルが意外に高かったわけですよ。
世界的に見ても高かったというか、だから日本人は強かったというか、ヨーロッパの人は日本を攻めたかったわけですよ。
ところが日本の戦国時代ってレベルが高くて、例えば野球で例えましょうか。
日本の野球、アメリカの野球、日本の野球って意外にレベルが高くて、アメリカの野球に行っても十分通用するみたいなね。
そういうイメージを持ってください。
日本の戦国時代とヨーロッパの戦国の時代、ヨーロッパの戦い方の違いをちょっと考えてみるとですね、ヨーロッパは皆殺しなんですよ。
日本の場合、トップ1人が負けた場合、どうなるかというと、日本は皆殺しにされます。ヨーロッパは皆殺しにされます。
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日本の場合トップ1人が責任を取って、ごめんなさいって切腹して終わり。
切腹というのも、自分でお腹を切って、後ろに解釈人という人がいて、パンと助けてくれる。
お腹切ったぐらいじゃ人って死ななくて、苦しい時間が長いんですけど、それじゃダメだなということで、とどめを刺す人が一人後ろにいてパンと切ってくれる。
そういうイメージですね。
ある意味、日本のトップ1人の人ってすごく偉い人なわけですよ。
戦争だから勝ち負けはあって、負けもありだな。
例えば小田信長って、数十回戦争して、多分30回ぐらい負けてるんですよ。
130回ぐらい戦争して、30回ぐらい負けて、すごい負けてる人なんですよ。
にもかかわらず、致命的な負けはしなかったので、致命的な負けは最後ですよね。
明智光秀に打たれたのが致命的な負けで、それまでは致命的な負けをしなかった。
本郎寺に攻められた時も小田信長はみんなを逃してあげたんですよね。
安家っていう黒人の、なぜか小田信長に伝えた人も、安家にはお前は大丈夫だ、逃げろって逃してやったっていう話を聞きますね。
女と一緒に逃してやったみたいな話を聞いたことがあって。
その後の記録がないんで、ちょっとよくわかんないんですけどね。
本郎寺の時も女子供は逃してあげたっていう話を聞きますね。
明智は女子供には手を出さないやつだから、お前ら逃げれるから逃げろって言って逃してあげた。
千代の場合ってもうそういうことは許されなくて、負けた人はもう全員引っ捕らえられて、男は殺されるか奴隷か、女子供は酷い目に合わされるか。
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そういうのが当たり前だったわけですよ。
織田信長ってそもそも偉い人で、偉いって偉いって言うのかな、志がちゃんとあった人なんですよね。
当時は足利将軍が国を治めてたんですけど、うだうだで全然無茶苦茶な時代だったわけよ。
そういう世を終わらせたいというのが織田信長の志だったわけですよ。
だから織田軍っていうのはすごく規律は正しかったそうですよ。
戦争って兵士の楽しみって、勝手で負けた人のものを奪って、女子供は無茶苦茶にして、金目のものは全部奪ってみたいなことを織田信長は許さなかったみたいです。
勝っても相手を必要以上に変なことをしないで、すごく規律が正しくて、そういう規律を守らない奴はその場で処罰したみたいな話を聞いたことがありますね。
だから織田信長以降の人って豊臣秀吉徳川家康、その辺は守ったんじゃないですかね。だからみんなに好かれていったんですよね。
日本は豊臣秀吉が大好きだったみたいです。戦前とか戦後とか。
ただ豊臣秀吉ってやっぱり最後、晩年がちょっと良くなくて、何が良くなかったかというと、韓国に攻めに行ったんですよ。
だからその辺を考慮して、あんまり日本では豊臣秀吉が美意気にならなくなって、それからだんだん織田信長が美意気になってきたという話を聞いたことがありますね。
しかも今の時代、もうデタラメグダグダ、トップデタラメグダグダな時代じゃないですか。だから余計織田信長みたいな規律を正そうという国はないんですよね。
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