シュミレーション仮説の紹介
おはようございます。トークの452回目、今日もですね、3月の27日になりますね。
ちょっと雑談でね、シュミレーション仮説っていうことにしてみよう。
シュミレーション仮説。えーとですね、シュミレーション仮説。
この世はですね、仮想現実ですよっていう話ですね。
実はですね、僕たち生活してるじゃないですか、
これって仮想現実じゃない?仮想現実って何かというと、
例えばゲーム、ゲームで動物の森とかね、そんな感じですよね。
僕たちこう、ゲームしてるだけじゃない?みたいな感じかな。
そういう説があってですね。みんなバカなと思うんじゃないですか。
でもね、実はねこれ、分かんないっていうのが正しいみたいで、
この世は仮想現実じゃないっていうことを証明するのって結構難しいみたいで、
だからこの世は仮想現実かもねって、よく分かんないねっていう感じかもしれないですね。
僕はね、この世は仮想現実でいいじゃんって思ってまして、
と考えた方がいいのかなと思ってまして。
今僕たち生きてるってただ単にゲームしてるだけという感じに思ってますね。
というとですね、なんかすごい変なやつっていう感じなんですけどね。
と思ってただゲームしてるだけと思ってですね。
なんだと思った方が楽なんじゃないかなという気はしてましてね。
どっちみちどっちがいいか。
だから映画を見てるだけかもしれないね。映画を見てる。
最近の映画はなんか音が良かったり、ブルっと席が震えたり、そういう映画もあるらしくて。
だからすごく臨場感があるような映画。
そういうのを見てるだけで、ただ映画と違うのは、
台本を多少書き換えられることができるんですよね。
だからなんだろう、どうせ書き換えるなら、
ハッピーな映画の方がいいじゃないですか。
どうせゲームなら楽しいゲームの方がいいじゃないですか。
という風に考えることができますね。
だから小さい頃から実はね、
思ってることが起こるなーっていうことは、なんとなく気がついてたんですよ。
そういうことが起きて、
思ってることが起こるなーっていうことは、なんとなく気がついてたんですよ。
なんかこうなったらいいなーっていうことが起こっていくっていう。
皆さんもなんとなくそう思うじゃないですか。
こうなったらいいなーっていうのが、なんとなくそうなってくるんですよね。
不思議だなーと実は思ってて。
だからシュミレーション仮説、この世は仮想現実だと思っていいんじゃないかなーと。
どっちみちそれは違うわって証明することはできないんですよ。
それならこの世は仮想現実じゃんっていいじゃないですか。
でもどうせそういう仮想現実なら、楽しい仮想現実のほうがいいですよね。
幸福感の探求
ゲームで点数ってあるじゃないですか。
点数があるとしたら、
点数があるとしたら、
ハッピーだなーと僕は思ってまして。
ハッピーっていうのか、幸せっていうのか、幸福感っていうのか。
これを高めていく。
ハッピーとか幸福感とか幸せって高めようと思ったらですね、
限界があるわけですよ。
限界って簡単なんですよ。幸せになるってね。
何が簡単かって、
例えばですね、
例えていいのかな、例えていいだろうな、
ヨガとか瞑想とか、
要はですね、幸福感って呼吸法ぐらいで作れるわけですよ。
個人の幸福感ってね。
個人の自分が幸せになるぐらいって、
いいとも簡単で、
でもそこで限界なんですよ、きっとね。
だからお腹いっぱいになるってもう限界があるじゃないですか。
いくら幸せになるかっていうと、
お腹いっぱいになると、
お腹いっぱいになると、
お腹いっぱいになると、
お腹いっぱいになるってもう限界があるじゃないですか。
いくら俺は食うと言っても100人前食えないじゃないですか。
ある程度食ったら満腹。
幸福感っていうのはそんな感じじゃないかなと思うんですよ。
ある程度もうこんなもんだろうっていう。
ただ、広げることはできるのかなと思うんですよ。
だから広げていくことなんでしょうね、きっとね。
そういうふうに思ってますね。
どうせゲームなんですから楽しんでやればいいわけですよ、生きるってね。
ゲームなんだから何かの目的があって点数を稼いでいかないといけなくて。
信長の野望とかね、日本統一するゲームじゃないですか。
僕たち生きるっていうゲームは多分幸福感を広げていくゲームだと思えばいいんじゃないかな。
自分が幸福になるくらいは簡単で。
普通にヨガやったり瞑想やったり、それくらいで幸福になれますから。
幸福感っていうのは、それを広めていこうと思ったいろいろな技術がいるわけじゃないですか。
というふうに思ってますね。
なんかすごく、すごくね、うさんくさい話ですよね。
うさんくさい話だなと思いつつ。
とはいえね、シュミレーション仮説を覆すことが。
でもシュミレーション仮説だと思って生きていった方が、僕はどっちの方が得っていうか、得じゃないかなと思ってまして。
生きてるってただのゲームやってるだけだぐらいの感覚でですね。
ゲームなんだからクリアしないといけないわけでしょ。
クリアっていうか死んだときクリアなのかもしれないけど、それまでに点数をなるべく稼いでおく。
点数って多分幸福感ぐらいかなと思ってて。
幸福感っていうのは、自分はもうそんなに、自分の幸福感って意外に限界があって。
腹いっぱい飯食ったらそれ以上食べれないですよね。
そんな感じで幸福感をなるべく広げていきたいなという感じですね。
なんかすごい信仰宗教が作れそうなんですけどね。
作らないですけど。
でもなんか最近すごくそういうことを考えますね。
暇なんでしょうね。
ということでですね、なんかすごい浅っぱらかな怪しい話でした。
シミュレーション数というお話をしてみました。
はい、すみません。失礼します。