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2024-05-05 09:30

歴史トーク3 徳川綱吉 from Radiotalk

5代将軍

生類憐れみの令

元禄文化、日本の文化の環境を作った

戦国から太平
00:02
こんにちは、今日は5月5日になります。
ちょっとね、今ね、
待ち時間なんで、
配信しています。
歴史トークの3回目ということでですね、
徳川綱吉さんのことをね、
ちょっとお話ししておきたいと思います。
なんでこういう話をするかというと、
徳川綱吉さんのことって、
あんまり知らないじゃないですか、誰も。
でね、一番有名なのは、
生類暴れみの霊ということでね、
犬将軍って言われた方かな。
犬を殺し、
犬を大切にしない者は、
罰するみたいな、
そういうことを、そういう法律を作って、
あの、
悪法、悪法って言われてる法律なんですけどね。
でですね、
なんですよ。
ちなみに時代で言うと、
1680年から1709年ってなったな。
大体20年くらい在籍かな。
五大将軍ですね、徳川の五大将軍。
で、三代目のね、
徳川綱吉さんが、
家光さんの四男って言われてますね。
でね、
生類暴れみの霊って、
これ何かって言うとね、
確かに犬が好きだったのかもしれないけど、
戦国時代、
戦国時代を終わらせた人なんですよ。
戦国時代を終わらせた人なんですよ。
戦国時代を終わらせた人なんですよ。
戦国時代を終わらせた人なんですよ。
あの綱吉さんってね。
戦国時代って言うのは、命が軽かったですからね。
命が軽かったんですよ。
人殺しとか、
生きる死ぬとか当たり前の話で、
人の命が軽かった時代で、
人の命が軽かった時代で、
すぐ殺しちゃうぐらいの。
その空気を一掃した人なんですよ。
やりすぎぐらい、
動物すら生き物を大事にしようとした人ですからね。
動物すら生き物を大事にしようとした人ですからね。
そんなに悪い法律じゃなかったけど、
そんなに悪い法律じゃなかったけど、
当時の人から見たら悪かったし、
その処罰を受けた人にとっては災難だったけど、
その処罰を受けた人にとっては災難だったけど、
一番大きくやったことは、
戦国の時代から太平の時代へも、
大胆に舵取りを切った人ですね。
大胆に舵取りを切った人ですね。
03:02
江戸時代の文化っていうのは、
現代の僕たちも知り得るところの多い文化ですね。
現代の僕たちも知り得るところの多い文化ですね。
例えば、歌舞伎とか落語浮世絵。
例えば、歌舞伎とか落語浮世絵。
今の日本人が受け継いでいる文化っていうのは、
今の日本人が受け継いでいる文化っていうのは、
江戸時代が作ったと言うんですが、
江戸時代が作ったと言うんですが、
その切り口を作った人が綱吉さんです。
その切り口を作った人が綱吉さんです。
だから僕たち日本文化を作った人と言ってもいいですね。
だから僕たち日本文化を作った人と言ってもいいですね。
だから綱吉さんは、
功績を認めてもいいんですけど、
ただ、敵も多かったんですよ。
ただ、功績を認めてもいいんですけど、
ただ、敵も多かったんですよ。
まず、誰が敵かというと、
憐れみの霊で被害者みたいに、
敬意を受けた人にとっては、
とんでもない人ですよね、綱吉さんってね。
その家族とか。
人事異動というのが激しかったらしいです。
この当時は、
この当時は、
人事って決まってたわけですよ。
人事って決まってたわけですよ。
実力主義。
戦国時代は実力主義で、
戦国時代は実力主義で、
戦国時代は実力主義で、
だんだん実力主義の時代から、
子供ですね。
子供ですね。
努力とかしないで、
能力ない人が上の公職に就いたり、
そういうことがだんだん起こりだした時代。
それを一掃した人ですね。
能力主義を貫いた人です。
幕府側の官職、仕事、
三分の二くらいをクビにしたという、
そういう話も載ってたな。
だから敵が、
そんなこと言ったら、
敵だらけになっちゃいますよね。
次の将軍くらいが津波良さん嫌いの人がついちゃったみたいで、
次の将軍くらいが津波良さん嫌いの人がついちゃったみたいで、
それも津波良さんのことを悪く言いますよね。
それも津波良さんのことを悪く言いますよね。
津波良さんがあまり評価されない理由かなと思います。
津波良さんがあまり評価されない理由かなと思います。
ついてないことに、
この時代は災害が多かったらしいですよ。
飢饉とか火災とか色々な災害が。
その辺もあって、
別に飢饉とか災害とか津波良さんのせいじゃないんだけど、
ツネヨシさんのせいじゃないんだけど
06:02
そういうのもあったそうです
であとですね
ツネヨシさんがやったことの一番大きいことってね
福祉を最初にやった人じゃないかなと言われてますね
福祉国国組で福祉だから
ステゴとか生き倒れみたいな人を救済したというわけですよ
今の時代でも当たり前かもしれないですけど
当時は食えない奴は死んで当たり前ですからね
ステゴとか多かったみたいなんですよ
自分が食えなくなったら子供を捨てちゃうくらい
普通の時代でステゴを救済したり
食べるのに困った人を助けたり
そういう福祉ということを最初にやった人です
そういう概念なかったんですよ当時の日本人には
命の大切さということを日本に知らしめたという
そういう唇を切った人で
そういうことをやろうと思ったら
やりすぎるぐらいのことをやった方がいいじゃないですか
だからその辺が犬勝利哀れみの霊という形にしたのかなとは思いますね
ということで徳川綱吉さんという
社会の時間で習いましたよね
社会の時間で何を習ったんだろう
元禄文化という
要は江戸時代の文化ですよね
土壌を作った人
だから文化が生まれやすい文化というのを大事にして
でもそういう綱吉さん自体は文化を作る人じゃなくて
文化の土壌を作る人であったということですよね
だからそれが今の日本まで行き着いているのかなと思いました
今日は徳川綱吉さんについてお話をしてみました
なかなか尊敬する人物
徳川綱吉という人はそういないと思うんですけど
09:03
実はすごく今の日本の文化の基本を作った人かなと思います
こんな感じです
敵が多かったからすごく悪く言われたということですね
歴史トーク3回目でした
失礼します
09:30

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