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皆さんこんにちは、ナビゲートインタビュアー、仙台りんです。
今日は、私自身がついやってしまうということで、沈黙の打破ということを事例を踏まえてお話ししたいと思います。
私、たぶん子供の頃からなんですけど、シーンとする、あの重たい空気っていうんですかね、物事が進まない。
もうそこでストップしてどうするのこの後っていうあの空気、苦手なんですよね。
そういう空気が流れた時は、ついいつもこのでしゃばってとかしゃしゃにでちゃってっていう表現しちゃうんですけど、
私が口笛を切って何かを言うっていうことを、自らやるということがあります。
これ好き好んでやっているかというとですね、そういう時もあるし、そうじゃない時もあるんですけど、
いずれにせよ、ついやっちゃうっていう感じなんですよね、耐えられないっていう。
先日も、これはグループのLINEでのやり取りだったんですけれども、
沈黙というか、物事、次進まないじゃないか、このままだれも発言しなかったらということがあったので、
またね、口笛を切るLINEを送ってしまったということがありました。
私、学校のPTAの役員をやってまして、本部役員というので2年任期でやっているんですね。
半分の1年が終わったところです。
PTAと学校との一番のパイプ役になってくれているのが教頭先生なんですね。
なんですが、なんと教頭先生、この3月31日をもって異動になるということが、ついこの前発表されました。
もうあと1週間切ろうとしている、切ってるじゃないかというところですね。
4月1日からもう行っちゃうということなので。
そのLINEが、ちょっと一報が入ったんですよ。
たまたま教頭先生とちょっと会ったという役員の一人が、これまだ発表前なんですけどということで、1日か2日早く異動になりますということを教頭先生から聞いたと。
何かPTAの役員の皆さんで、引き継ぎだったりとか確認だったりとかあれば、何日と何日と何日を学校に来ていますから、そこでちょっと声をかけてくださいという伝言を頼まれたということで。
その内容をLINEに投げてくれました。
それが25の午後でしたかね、25水曜日の夕方ぐらいだったかなと思います。
31日までもう1週間ないじゃないかと。
それに10何人グループLINEにいるんですけれども、それは大変ですねとか、いや困りましたねとか、次の先生ともうまくやれますかねとかね。
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そんな各自コメントがパラパラと入ってきたんですけれども、翌日になっても、じゃあ本当に先生に教頭先生にね、何か確認事故があるのかないのかという話に全然発展しなかったんですよ。
みんな感想を言うだけかと思って。
私自身は大したことではないんですが、直接喋った方が早いな、これは聞いておきたいなということがちょっとありまして、じゃあ15分ぐらいで終わるんだけど、どこかタイミング見つけて学校にちょっと寄ろうかなというふうに思っていました。
ここで2つ思ったことがあったんですよね。
1つは、教頭先生が学校にいますと言った日、これは何か事前に予約というかね、アボを取って行った方がいいのか。
いきなり突撃して、先生今お時間ありますかと言ってしまっていいものなのかと、よくわからなかったですよね。
こっちも別に暇してるわけじゃないので、学校行って先生が捕まらないみたいなのはなるべく避けたいですしね。
もう1つ、これって各色の役職、いろいろ確認事項がもしあったとしたら、みんなバラバラのタイミングで行くのかと、それ非効率すぎないかと。
先生も何度も何度も呼び止められたり、仕事を中断されたりして大変じゃないかと。
確認事項があるなら、ある程度それを集めて、代表が聞きに行くとか、みんなでまとまっていくとかした方がいいんじゃないかと思ったんですよね。
ということで、26日翌日のお昼回ったぐらいに、私は私なりに確認事項がまとまり終わったので、それをグループのLINEに投げました。
アポを取った方がいいんですかね、みたいな。でも日もないですよね、と。
先生もバラバラ突撃されても困るだろうし、他の皆さんどんな感じですか、と。
私はいついつといついつは行けるので、もし一緒に行ける人とか確認したいことがある人は、ここですり合わせしましょうということを送ったら、
あ、私あります、あ、私もあります、あ、私もあります、と。みんなバラバラ状況を共有してくれるようになりまして、
じゃあいついつ行きましょうということで、みんな何とか予定を合わせて行くことになりました。
先生にも午前中に行きますという話は通してあります。
これ、私が皆さんどうですかというのを送った後、パンパンパンって返事が来たんですよ。
ちょうどお昼休憩だったのかもしれないですけどね、お仕事の。
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なんだ、みんな会ったんじゃないかと。どうしてみんな黙ってたんだろうと思ったんですよ。
まさにこれが次の一歩とか、じゃあどうする、ちょっとでも自分一人では決められないよね、自分の一度ではことは動かしたらまずいよねみたいな時に、
まずいよねというか、それだと非効率的だよねとかいう時に、割と私はこの最初の一声みたいなのを上げることが多いなと自分でも思います。
思い返すとこれ、結構小学校の時から記憶があるぐらいの時だとですね、こういう傾向に私あるなと思うんですよね。
私が通っていた小学校は教育実習の先生が割と頻繁に来る学校でした。年中教育実習の先生の授業みたいなのがあったんですけど、
そこで先生からの質問がうまく私たち子供たちに伝わらなくて、誰も発言しない、手を挙げない。
先生もどうしようって焦り始める、ドキドキし始める。教室がシーンとするっていうこととかがたまにあったんですよ。
たまに、でもよくある光景といえばよくある光景だったんですよね。
私その空気がやっぱり当時耐えられないというか、結構苦手に思っていたんでしょうね。
とりあえず、これを、この沈黙を、この空気を、この重たい、みんなが下を向いてしまう雰囲気を何とかせねば、みたいな。
誰に頼まれたわけでもないのに、なぜかそういう使命感がすごく湧いてですね。
とりあえず、何を言うかあまり自分でもよくわからないけれども、はいと手を挙げるっていうことがありました。
結構これは記憶にあります。
この時に答える質問って別にもう何でもいいんですよね、要するに。
先生が聞きたかったことに、うまくこうしてなくてもいいという感覚がたぶん当時あったと思いますね。
とにかく今の質問とか今の話ってこういうことなのかなと思ったんだけれども、私はそれについてはこう思います、みたいな。
もうとりあえず何か言うと、何か誰かが言いさえすれば発言さえすれば、それを取っ掛かりに、それがフックとなって少し事態が動くじゃないですか。
何かその役目を自分が担わなければならんみたいな、何かそういうのがあったんですよね。
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今回のPTAの京都先生移動問題を大変だとか思いながらやっている時に、ふとそんなことを思い出しました。
これってたぶんもうついやってしまうっていうことに入ると思うんですけど、じゃあこれを私が自信満々にやっているかとか、
指名感があるっていう話をしましたけれども、やりたくてやっているのか、ものすごく能動的に意欲的にやっているかっていうと、実はそうではないんですよね。
子供の時はあまりそういう発言をしたからといって気にすることはなかったんですけれども、やっぱり大人になるにつれて、このデジャバっちゃったかもしれないとか、またシャシャリ出てしまったっていう。
私でよかったんだろうかとか、私はそういう役を大勢使っていないのに、なんで私がやってるんだっていう不満をね、反感を持つ人がいたら申し訳ないとか、
そういうことをいろいろと考えるようになってしまって、どちらかというと最近は、
そうですね、しょうがない、今舌打ち出ちゃいましたけど、ほんとチッて感じでした。もうしょうがない、言うかっていう感じで、
はいって言ったり、何か自分から口笛を切るっていうことが結構多いなと思いますね。
これはこれでまた自意識過剰だなっていうところもあって、別にそれで何か文句を言われたりとか、
あんた生意気だみたいなことを別に言われることって刺してないとなかったような気はするんですけど、
ただなんとなくまたやってしまった感というのがあって、毎回家に帰ると本当にまたシャシャっちゃったんだよねって言っています。
でもこれが私のついやってしまうっていうところなので、自然にできる強みにもなっているのかなっていうのは思いますし、
たまたまこういうお話をこの前他の人としたこともあって、やっぱそうだよねって言われてそうだよなと思いました。
これはでも環境を変えるとすごく重宝されるというかありがたがってもらえることもあるんですよね。
今新しく始めている仕事で、オンラインのチャットでしかまだやり取りしたことがない方々との色んなやり取りがすでに発生しているんですけれども、
やっぱり気づいちゃったこととかがありまして、私がこれってここちょっとこうした方がいいんじゃないかとか、ここって整合性ちょっとおかしくないかみたいに思っちゃったことがあってですね。
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これはだから沈黙を破るっていうこととは若干ずれるんですけど、そういうおせっかみたいなことでなんとなく思っちゃったからっていうことで伝えてみたことがあるんですけど、
それが非常に本当でありがとうございますみたいな、とても感謝してもらって、言ってよかったという勇気を出して、これも言ってみてよかったと。
なんだこいつ新山物がと思われなくてよかったと、ほっとしたということがありました。
でも逆にこういうのをすごく疎まれて叩かれた経験もあるので、やっぱり自分が自分らしくいられる環境とか周りの人がどういう人がいるところに身を閉じるかというのはすごく、
自分の精神衛生上も、自分がのびのび動けるかとか、自分のいわゆるついやってしまう強みを発揮できるのか、それが熱心でしまうのかっていうのは本当に環境によって変わってくるなと思います。
ありがたいことにPTAの方も割と私が最初の、じゃあどうしますか、こうしませんかとか、こういうのはどうですかみたいなのを言ってしまうことが多い気がしてはいるんですが、
それを厄介者扱いせずにいてくれるメンバーに恵まれていますので、これから教長先生がまた変わって、少し体制ももちろん変わって、もしかしたら何か厄介な問題とか出てくるのかもしれないですけれども、
そんなに怯えることなく提案とか意見とか、これからも出していけそうだなと、そんなメンバーだなというふうに感じています。
どうですかね、皆さんもついやってしまうと。しかも子供の時から思い起こせば、そういえばやってたみたいなことがあったら、それを自覚できるとうまく使いこなせれば、すごく自分の世の中生きていくのにやりやすい環境っていうのが整えられていくと思うので、
私はいつもシャシャっちゃったとは落ち込むんですけど、私たちも含め、このついやってしまうことっていうのを自信を持って武器だなと思っていけるといいんだろうなと思う今日この頃です。
ついやってしまうこと。これね、意外と考えるのは難しいと思うんですけど、人と喋ったりとか、人から言われると確かにみたいなことが結構ある、発見しやすいと思うので、
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ぜひぜひこんな話をたまには気のおけないね、友達とか気心知れた仲間うちでしてみるのもいいんじゃないかなというふうに思います。ということで今日は私がついやってしまうこととして、この沈黙の打破っていう。
これを打破するときに最近はチッていう、下打ちがちょっと入るっていうね。またやるかっていうのがちょっと入るけどやっちゃうっていう話をしました。皆さんのついやってしまうもあればぜひ教えてください。ということで今日はここまでです。最後までありがとうございました。それではまた次の配信でお会いしましょう。さよなら。