内面の変化と認知症への新たな視点
どうもボブです。今日は介護の話をしたいんですけれども、
えーとですね、最近、今まで配信している中でも潜在意識の話、結構多いと思うんですけれども、
いろいろね、自分の内面を見ていく中で、なんか家族に対してのね、怒りとか、そういったのをいろいろこう見直していって、自分のあの腸に溜まっている感情とか、
そういったのを外していっている中で、ふとですね、あの自分の家族に対しての怒りが、全部受けるみたいな笑いに変わった瞬間があったんですよね。
で、それからというものを、なんかこう、全部笑えちゃうような、何それみたいな、そんなありえんでしょう、なんで怒ってんの、みたいな。
妻に対してとか子供に対してでも全部ね、なんか全部ツッコミどころ満載に見えるようになったんですよ。
これが僕の中では超面白くて、で、そこでふと気づいたんですよ。
あの、認知症の高齢者の方、あれ?
あれって、まぁボケとツッコミだったら100%ボケでしょ、あれは。
僕福岡なんで、その大阪弁みたいなこと言えないんですけど、まぁ、言うとしたらなんでやねんじゃないですか。
何回言わせとんねん、みたいな。
そんな言いたく、ツッコミたくなるような出来事のオンパレードが認知症なわけですよね。
で、潜在意識の観点からも、自分の中にあるものが現象として現れるっていうのを散々ね、こう学んできた中で、認知症の方だったり介護の現状っていうのはもう、やっぱりね、自分の中に何かあるものが解消してくると、この状況自体も変わってくるに違いないんです。
介護における対象療法と根本治療
で、そういう風に僕は今思ってやっているとですね、今、認知症介護の人ね、介護者はやっぱりね、自分の家族だから、やっぱりイラッとしたり当然あるわけですよね。
で、そういう時に、ちょっとね、離れる時間を持ちましょうって結構アドバイスすると思うんです、介護職の人たちって。
で、でも、まあ、それで終わっていいのかなって思うんですよね。
で、そこで一旦距離を置いたとしても、距離を置いて、ちょっと自分で内省して、で、また改めて介護する。
ずっと離れっぱなしだったら、ただみんな施設に行けばいいっていう話になるわけですけど、一旦離れて、で、また向き合ってっていうのを繰り返していく中で、お互いの今までのね、感情っていうのをちょっとずつ解消していくプロセスを支えていくのが介護職だと思うんですよね。
で、ただ話すだけだったら対象療法やってるだけだと思うんです。
で、あの糖尿病の患者さんだってお薬を処方されて、これで一時的に高すぎてる血糖値を一旦元に戻しましょうね。
で、それで終わったらただずっと薬づけになるわけですよね。
でもそうじゃなくて、本当にやるべきことは一旦落ち着かせてる間に、自分で食生活を整えて、そしてもうお薬がいらなくなったねっていうところまで持っていきましょうよっていうのが本当の、自分で自分の食習慣とか今までの部分を改めることが本当の本質的な根本治療なわけですよね。
でもそれをせず、ただ代替療法、対象療法だけでずっとやり続けているのが今の現状なのかな。介護も医療も。そんな気がするんですよね。
「ボケ」を楽しむ介護の視点
で、そんな中で、本当もしかしたらこう自分の感情とかが、今までの重い感情とかが外れていって、もっと本質的に戻っていけばいくほど、全部ボケに見えてくるのかなっていう気がするんです。
もう介護の現状って、特に認知症は全部ボケまくりで、適切に突っ込んであげないと、ただ滑って終わりますよね。
滑らせてんですか?自分の親をみたいな。この人生たくさん積み重ねてきて、最高のボケをやっているにもかかわらず、これをスルーしているんですか?私たちは。っていう気がしてきたんです。
僕全然お笑いのセンスゼロね。普段全くね、ボケも突っ込みも両方ともできませんっていう人間ではあるんですけど。
本当にね、そういうふうに見えてきた。で、ボケとか笑いの要素を見つけていこうって思うこの感情って、今に焦点が当たってる気持ちだと思うんですよね。
今この瞬間を最大限楽しめるにはどうしたらいいかなっていうのが、お笑いなような気がするんですよね。
どう突っ込んでいったら、どう突っ込んで声かけてあげたらいいのかっていうのを、しかも自分が笑いながら、ボケと突っ込みで笑いが起こるわけですよ。
で、第三者が見たらクスって笑っちゃうような、そんな状況を作る。多分YouTubeとかで認知症介護をしている家族の方が開けてるのって、そんな感じですよね。
結局、なんかクスッと楽しくなっちゃうような、現場は大変ですよ。大変だけれども、その中でもなんか楽しみを見つけて、かわいさ、面白さ、なんでやねんって言いたくなるようなものをたくさん拾って見つけていく作業をYouTubeとかで出してくれてるんだろうなぁとは思うんですけど、
それをみんなちょっと意識して目線を変えてみるってことですね。いつもの苦しみとかそういった視点で見るんじゃなくて、これをグイッと前のめりで、これおもろ、みたいな、んなわけないやん、みたいなね、そういう感じで見ていって、
このストレスになるような出来事、この出来事に負の感情がくっつけば、ただのストレスになっちゃうんだけれども、この出来事、ただの出来事にプラスの感情がくっつくと笑いになるわけですよね。
その変換をするっていう作業をできれば、介護って、もしかしたら、その介護者、観測者側、これ量子力学的に観測者側の目線が変わることで、その利用者さん、自分の親とかね、そういう介護されてる側の行動とかも変わる。
と僕は信じてるんですよね。今、介護の施設の現場で、ちょっとね、夜勤をさせていただいてるんですね、バイトで。で、そんな中でも、自分の僕自身、介護者ですからね、僕自身の意識が、どんな意識でいるかによって、その利用者さんの行動だったりとか状況って変わる。
そんな風に思ってはいるんですよね。で、誰かと一緒について夜勤した時と、自分一人で夜勤した時って、また全然違ってたんです。で、また今度行った時にね、次はどんな感じかな、どんな感じかな。
で、次また楽しみにしてるのが、もう一晩中ボケをかまし続けている利用者さんに対して、突っ込んで自分が楽しんでやっていくと、さてどうなるでしょうっていうね、そういうちょっと実験をね、してみたいなと思ってるんです。
日常生活への応用と視点の転換
よかったら、これ介護だけの現状じゃないっていう風に聞かれて思ったかもしれません。子育てだって、日々の会社での状況でも全く同じことが言えて、
で、ムカつく上司とか、できない部下だったりとか、あと同僚だったり、あと取引先、全部ボケ担当なのかもしれない。そこに上手に突っ込んであげるっていう風な気持ちで、
で、嫌な出来事、出来事に負の感情をくっつけるんじゃなくて、出来事にプラスの感情をくっつけてあげることでの笑いっていう風に、ある出来事、上司がガミガミ言ってきたことを笑いに変えて、後で他の同僚たちと笑って話せるような、
そんな家に帰ってきて、笑い話として全部話せるみたいな、そんなことができれば、今のストレスってかなり減るんじゃないかな。いや、ストレスが減るためにやるんじゃなくて、自分の物事の捉え方がそこで変わるんですね。視点と波動が変わるんですよ。
そうなってくると、起こってくる現実そのものも、スクリーンがカラッと変わるような感じで、どんどん変わってくるはずなんです。そういう視点で伝えていくと、分かりやすいのかもしれないなって。
波動がどうたらスピリチュアルじゃなくて、こういう感じのことをもしかしたら自分は求めてたかもしれないな、お笑い全然見てもないし、全然わかんないくせになんですけど。
でも今を見ようとする、今この現時点でのこの瞬間を楽しもうとする、この意識がお笑いのこの、なんかボケツッコミみたいなのを、今日の面白エピソードを探すみたいな、そんな感じの目線で見るっていうのは、今に集中していることだなって思ったんですね。
なのでそういう目線で日々、なんか面白いことないかなーっていう感じで、ギャップを探していく感じですね。
それ普通はしないだろうとかね、お前が言うんじゃねーよっていうような、そういった出来事をね、日々見つけていく。何回言わせたらわかるんだよみたいな。
くらい認知症の方だったら普通に通常ありすぎて、もう突っ込むのももう飽きたよっていう感じになるかもしれないんですけどね。
それはそれで、なんかこう、どんな、どんな風に楽しめるんだろうなーみたいなね、そんな感じでこう見ていけたらなと思っています。
ということで、ご視聴ありがとうございます。