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どうもボブです。またまた、子どもの話をですね、先ほども配信したんですけど、2連続でまたお話しさせてもらおうと思います。
もう一つですね、youtube撮ったものがあるんですけども、うちの子どものね、youtubeばっかりでごめんなさいね。
寝返りをしたね、0歳4ヶ月の子どもの動画だったんですけど
いやー、前もねちょっと話したんですが、すごいなーと思って本当にすごいなと思うんですよ。
当たり前ですけど、子どもって別に寝てても飯食えるじゃないですか。おっぱい勝手に永遠に泣いたらお母さんがあげてくれるし
もうあったかい中でね、もう至れり尽くせるじゃないですか。そんな中、
いちいち寝返りしようとするわけですよね。寝返りしてなかなかできなくて怒るっていう。
寝返りできるようになって、ゴロンってうつ伏せになったら、次戻れなくて怒る。
で、うつ伏せもちょっとできるようになってきたら、
次は前に進もうとするんですよね。 カラフルなものとかをちょっと届かないぐらいの手前に置いておくと、
一生懸命それにロックオンしてですね、 取ろう取ろうと、もうそこをめがけて動こうとバタバタするわけですよね。
でもなんか進まないからまたイライラして怒るみたいな。 えーんって言って。
どういうことですかとオタクは。 あなたの向上心すごすぎですよね。
大人になった親は思います。 なんだその向上心はと。
もう私そこまでないよ。 そんなにいたれり尽くせりされちゃってたら、
いくら本能とはいえね。そんな頑張らなくていいじゃないのと。 何をそう目指しているんですかあなたはと。
って思っちゃうんですよ。すごすぎだろうと。
なんかね、そんなのを見てると、これは人間に本当に備わってるんだろうなって思いますよね。
これが本能なんだなって子供には思うんだけど、その本能はこの大人になった今も本当だったら続いてるんじゃないかって思うんですよね。
それを大人は堕落して、それを忘れているというか、もう大人になったらこんなもんだよねみたいな風になってしまってる。
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これがいろんな弊害を生んでるんじゃないかなとさえ思うんですよね。 ちょっと話変わるんですけど、言霊学っていうね。
古事記と言霊っていう本を読んで、それ以降は言霊学っていうのをちょっとね、ちらっとかじってる程度なんですけど、そこでも言ってたことがあったんですよ。
人間に備わって、本来備わっているものがあるんだよっていうものがあるんですね。 そこでも同じこと言ってたんです。
これ信じなくていいんですけど、「うおあえい」っていう、人間には大きく5段階分かれてるんですよ。
その、「うおあえい」の順番で人間は成長していくんですよと。次元が上がっていくんだと言ってるんですよね。
「う」は何ですかというと、これはもうざっくり言うと欲求ですね。欲望とか欲求とか、あとは生理的なものですね。
お腹が空いたとか、そういったもの。確かになぁと、最初生まれてすぐはお腹空いたとか、そういった基本的欲求ですよね。
あとは欲望、欲なものですよね。睡眠欲、生欲、食欲みたいなのも含め、あと同期になるようなお金の欲とかで大人になったら、そういったものが一番基本にあるわけですよね。
次の段階が、「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
で、その次がですね、「あ」
あいうえおのあですね。あっていうのは感情の次元という形ですね。
感情、え?でも生まれた時から感情ってそれはあるんじゃないの?もちろんもちろん。
どちらかというとなんというか芸術とかですね、その感覚とかそういったものになるのかなと思います。
ちょっと例えが合ってるかわかりませんけど、今まで若い時はね、いろいろ情熱あふれていろいろガンガン仕事していろんなことしてたけれども
年取って桜の花が綺麗だなっていう感傷に浸るみたいな。
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その時の状態があっていう、そんなイメージでいいかもしれないですね。
そういう、「あ」の境地に達するっていうのがまず、「う・お・あ」が3段階ですね。
で、ただなかなかその次に行くのが難しいと言われるんです。
あの次は何かというと、え。あいうえのえですね。
えって何かというと、選択するとかですね、選ぶみたいなのえと思ったらいいかもしれませんね。
道徳実践地って言われるんですけど、今までのですね、「う・お・あ」ね。
欲望のままに突き進む人とかいますよね。
その、「う」の境地の人と。
あと、論破するような知識とか論理で普段ね、価値基準を置いている人。
これが、「お」の境地の人です。
あ、感情的なね、感覚的とか感情的に物事を判断するような人もいるかもですね。
でも、全部もうそういう人たちバラバラだとですね、収集つかないわけですよ。
えの境地っていうのはですね、そのまあ選ぶって言いましたけど、もうその、「う・お・あ」状況に合わせてですね。
今はこの感情を選び取ろうとかですね、この境地を選び取ろうみたいな。
もう臨機応変にですね、する。
で、その道徳的に今何が一番いいのかっていうのをちゃんと選べる境地の人。
それが、「え」の段階なんですね。
で、最後、「う・お・あ・え」まできて5段階の最後ですね。
が、「い」に当たるんですね。
「い」っていうのは、意思の「い」ですね。
この意思、これはですね、もともとですね、人間が本来持っている、備わっているものなんだよということなんですね。
ということは、いろいろな境地を経て、最終的には人間は本来もともと持っているところに戻るみたいな。
そんな感じですよ、言われてるんですよね。
この「い」っていうのがイザナギの「い」なんですけどね。
それぞれ、「う・お・あ・え・い」って全部神様の名前がついてるんです。
古事記知ってる方だったらね、「う・が・ね・あ・め・の・み・な・か・ぬ・し」とか、いろいろあるんですよ。
こんなの信じなくていいし、信じる必要はないんですけど。
言いたかったのはですね、本来人間が持っているこの意思っていうのがあるわけですよ。
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この発展、成長していくっていうようなですね。
それのもう、人間たどっていって、最終的にはその「い」の段階に行きますよって言ってるけど、
もともと持っている、このもともと持ってるこの状態が、
今、うちの子供の一君が寝返りをしたり前に進もうとしたりしてるようなこの境地。
君はイザナギですか?イザナギさんだったんですか?っていうようなね。
もうこんな神秘を感じている僕です。
もう完全な、ただの親ばかな、君はもうこの潜在意識がモロに出ているその状態なんですねっていうようなね。
それを今間近で見ているっていう面白い状況だと僕は認識しております。
ということでね、これもyoutubeのリンクを貼っておりますので、
最近の一君の様子を映しております。
ご興味のある方いたら見てみてください。
ご視聴ありがとうございます。