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#28 なぜ雅子さまの静養先はオランダだったのか?~皇室とオランダ王室の特別な関係~
2026-06-04 41:20

#28 なぜ雅子さまの静養先はオランダだったのか?~皇室とオランダ王室の特別な関係~

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6月13日の天皇皇后両陛下のオランダ公式訪問にあたり、今回は日本の皇室とオランダ王室の特別な関係について深掘りします。

なぜ2006年、適応障害で療養中だった雅子さまの静養先にオランダが選ばれたのでしょうか。その背景には、オランダ王室による温かな配慮と、長年にわたり築かれてきた深い信頼関係がありました。

本エピソードでは、雅子さまのオランダ静養をはじめ、ベアトリクス元女王とクラウス王配、現国王ウィレム=アレクサンダーとマキシマ王妃のエピソードを通して、両王室の関係を紐解きます。

また、日本の皇室とオランダ王室の違いにも注目。伝統や継承制度、国民との距離感、王室が現代社会とどのように向き合っているのかを比較しながら、その根底にある共通する価値観について考えます。

425年以上続く日蘭交流の歴史の先にある、人と人との信頼の物語。両陛下のオランダ訪問を前に、ぜひお聴きください。


【今回の主なトピック】
・雅子さまのオランダ静養とオランダ王室の支援
・クラウス王配とうつ病への理解
・マキシマ王妃が国民に愛される理由
・日本の皇室とオランダ王室の違い
・王位継承制度の比較
・コロナ禍でのオランダ王室と国民の関係
・両王室を結ぶ深い信頼関係

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サマリー

このエピソードでは、日本の皇室とオランダ王室の特別な関係に焦点を当て、特に2006年に雅子さまが適応障害で療養されていた際に静養先としてオランダが選ばれた背景を探ります。この選択は、オランダ王室、特にベアトリクス元女王からの温かい招待と、メンタルヘルスへの深い理解があったためでした。オランダ王室は、クラウス王配が長年うつ病に苦しんでいた経験から、プレッシャーに苦しむ人々への共感を持ち合わせていました。この配慮は、外交関係を超えた人間的な繋がりを示しています。 さらに、オランダ王室の現代的で柔軟な姿勢が、現国王ウィレム=アレクサンダー王妃マキシマの事例を通して語られます。アルゼンチン出身で軍事政権下の閣僚を父に持つマキシマ王妃は、多くの反対を乗り越えて結婚し、自身の複雑な背景を乗り越え、オランダ国民に愛される存在となりました。彼女の結婚式でのバンドネオン演奏や、婚約会見での率直な発言は、オランダ社会の寛容さを示しています。日本の皇室が歴史的連続性や男系男子継承を重視するのに対し、オランダ王室は男女平等の長子相続を採用し、時代に合わせた変化を受け入れています。コロナ禍での国王夫妻の休暇旅行に対する批判と謝罪の事例は、公的存在としての説明責任と国民の信頼の重要性を示唆しています。これらの違いと共通点を比較しながら、両王室の根底にある深い信頼関係と、人と人との理解が、425年以上続く日蘭交流の歴史を支えていることが語られています。

はじめに:日蘭の特別な関係と雅子さまのオランダ静養
世界から見る日本へようこそ。 世界から見る日本は海外の視点から日本社会を考えるポッドキャストです。
番組では、世界から見た日本はどう映るのか、他国はどうなのかといったことを比較しながら、より良い日本へのヒントを探り、世界から見る日本といった視点をリスナーの方々と共有します。
海外在住歴30年以上、現在オランダに住み、日本とオランダをつなぐ事業開発サポートをしている私、ゆきが、文化、歴史、制度の違いを通して日本の当たり前を外から見直す番組です。
2026年夏 あなたの言葉が音楽になる
リスナー参加型ライブ配信ヤドフェス2026 サマーガンボリー
開催決定 今年の夏はこれを聞かなきゃ
始まらない はいみなさん6月になりました
早い 何もしていないのにもう1年の半分が過ぎようとしています
みなさんはいかがお過ごしでしょうか 今回のテーマは
6月13日に天皇皇后両陛下がオランダをご訪問するのにあたり 天皇家とオランダ王家の関係について深掘りしていきたいと思います
日本はですね 一般的にオランダという国と良好な関係にある国と認識されています
もちろん世界から見る日本を聞いてくださっているリスナーさんは 両国にとっては暗い歴史があることについても認識されていると思います
このお話については過去回シャープ4とシャープ19のエピソードで話しているので気になった方はぜひこちらも聞いてください
とはいえ日本とオランダの間で広く認知されているのは両国の友好関係です 日本とオランダの関係は425年以上続いています
それは 1600年にオランダ船リーフデ号が日本に漂着したことから始まります
江戸時代日本が鎖国していた時代にも ヨーロッパで唯一日本との交流を続けていたのがオランダでした
同じヨーロッパにて日本と貿易をしていたスペイン ポルトガルなどはキリスト教を布教していると徳川家から弾圧されたのですが
オランダはキリスト教を布教しないと約束し 長崎の出島などで日本と貿易を続けることができたんです
つまり日本にとってオランダは最も古くから付き合いのある ヨーロッパ国家の一つなんです
その後は皆さんが歴史で学んできた通り 西洋の最先端技術知識を医学解剖学
天文学地理学科学などを乱学として学び 世界の情勢についてもオランダから学んだ経緯があります
この長い関係は今も公室外交に引き継がれています 日本とオランダ
一見するとかなり違う国です 片屋2600年以上の歴史を持つ日本の公室
そしてもう一方は比較的近代的で国民との距離が近い オランダ王室
でも実はこの2つの国にはとても深い信頼関係があります その象徴が2006年のマサコ様のオランダ西洋
雅子さまのオランダ静養の背景:クラウス王配とうつ病への理解
まずはこの話から始めなければいけません 2004年マサコ様は適応障害であることが公表されました
当時日本社会はまだメンタルヘルスへの理解が今ほど広がっていなかったように思います しかもマサコ様は日本中から注目される存在
常に見られ常に評価される 想像を絶するプレッシャーだったと思います
そんな中で実現したのが2006年夏のオランダ訪問でした なぜオランダだったのか
ここがとても重要です だって世界にはたくさんの王室があります
例えば天皇陛下が留学されていたあのイギリス 他にもスペインデンマークスウェーデンなどがあります
それでもマサコ様の療養先に選ばれたのはオランダでした これはなぜだったのでしょうか
その大きなきっかけは当時ベアトリックス城からの招待でした ぜひオランダで西洋してはどうかという非常に温かい申し出があったと言われています
ここには単なる外交を超えた個人的な配慮がありました その背景には
オランダ王室にはメンタルヘルスへの深い理解があったのです ベアトリックス城の夫クラウス王輩は長年鬱症状に苦しんでいたことで知られています
だからこそオランダ王室は 頑張りすぎる人が壊れてしまうことを理解していた
これは非常に大きかったと思います 皆さん今この話を聞いて
このクラウス王輩なぜ鬱症を患っていたのかしらって思いませんでした
当時オランダ城ベアトリックスの夫となったこのクラウス王輩は ドイツ出身の方だったんです
この二人が結婚したのは1966年 そうですナチスドイツに占領を経験したオランダの第二次世界大戦の記憶がまだ生々しく残っている時に
旧敵国であるドイツ出身の男性と 我が国女王は結婚するのかと
戦後間もない時期に将来の女王国家象徴がドイツ人と結婚することに 国民は感情的に受け入ることができなかったのです
そうですよね その気持ちはなんとなく理解できます
オランダ社会における販毒感情の中で ドイツ男性として王室に入ったことはそれなりの覚悟がクラウス王輩にもあったと思います
またクラウス王輩はもともと外交官であったんですね この外交官としての活動の中でベアトリックス女王と出会い
交際へと発展してきました 結婚しオランダ王室に入るとそれまで自分の外交官としのキャリアや自立性を手放すことになり
自分の人生を生きている実感が持ちにくい立場になってしまいました こうした役割喪失感は鬱症状の要因としてよく語られます
クラウス自身は王政そのものに強い愛着があったわけではなく ベアトリックスの女王の夫王輩という立場に心理的な距離を感じていたとも伝えられています
また厳しい報道と世間の注目 そして女王の配偶者として振る舞うことへの重圧が長期的なストレスとなりました
皆さんこれを聞いて何か思い当たる不審ありません 同じ
外交官というキャリア 適応障害と鬱病
重なりませんか このクラウス王妃とマサコ様
日本の公室は非常に厳格です 常に貧格責任公務伝統
そういう重圧があります だからこそベアトリックス女王はマサコ様にオランダで西洋したらどうでしょうか
という招待をされたんですね オランダ王室は日本の公室に対してこうあるべきを押し付けなかった
むしろ無理しなくていい できる範囲でいいまずは休んでという寄り添い方をした
だからオランダは単なる外交相手ではなく 安心できる王室だったんだと思います
オランダ王室の温かさ:家族としての静養とアマリア王女
2006年のマサコ様のオランダ西洋はご本人だけでなく 当時の皇太子様そして愛子様も一緒のご一家での滞在でした
ベアトリックス女王の息子は現在のオランダ国王 ウィリムアレキサンダーにて当時はまだ皇太子でした
当時ウィリムアレキサンダーと牧島皇太子夫妻は 2歳の長女アマリア王女と1歳のアレクシア王女がいました
一方愛子様は初の海外旅行で4歳の愛子様と 2歳のアマリア王女が手をつないだ写真などが当時報道されました
アマリア王女は現在ウィリムアレキサンダー国王の後 オランダの次期女王となる人です
あの当時は愛子様もアマリア王女もまだ幼い子供同士 でもその時間はきっと非常に自然で穏やかなものだったと思います
公室でも王室でもなく普通の家族として過ごせた時間 それがオランダにはあったのかもしれません
さらに象徴的なのが愛子様のお父様 オアダヒサシ氏です
オアダ氏はオランダハーグ市にある国際司法裁判所の裁判官を務め
後にこの裁判所の所長にもなりました 国際司法裁判所は皆さんもご存知の通り
国連の主要な司法機関であり国と国との間の争いを国際法に基づいて解決する 世界最高法の裁判所です
マサコ様がオランダ西洋をされた2006年はまさにお父様のオアダ氏が国際司法裁判所の裁判官であり
オアダ夫妻はオランダに住んでおられ マサコ様はオランダ西洋中にこちらに住んでいるご両親にも会えたのです
つまりオランダはマサコ様にとって 外交国際感覚家族の歴史そういったものとも結びついた特別な場所だったんですね
マキシマ王妃の背景と国民に愛される理由
ここからはオランダ王室そのものについてです なぜオランダ王室は国民にこれほど柔軟で現代的なイメージを持たれているのでしょうか
その象徴が現在の国王ウィリム・アレクサンダーの妻であるマキシマ王妃です
皆さんもしよかったらインターネットでこのオランダのマキシマ王妃の写真を探してみてください
マキシマ王妃はアルゼンチン出身です
しかも父親はアルゼンチン軍事政権家で閣僚を勤めていました
マキシマ王妃の父親ホルヘ・ソエゲータ氏は悪名高きビデラ政権の下農業大臣として勤めた経歴の持ち主
軍事独裁政権であったビデラ政権では人権活動家や政治的ライバル及びその家族を含む一般市民への拉致
秘密警察署での拷問や大量虐殺などが行われました
マキシマ王妃の父ホルヘ・ソエゲータ氏は事件関与への疑惑があったことにより
このような人物の娘と当時時期多い継承者であるウィリム・アレキサンダーとの結婚につき反対する世論もオランダには多くありました
このような背景から当時ウィリム・アレキサンダーとマキシマの結婚式には
マキシマ両親は出席を許されずブルーセルの友人宅からテレビ中継にて結婚式を見たと言われています
両親は出席が叶わなかったけども結婚式中にはマキシマのリクエストにて
単語奏者ねほらルゼンチンは情熱のダンス単語で有名ですから
その単語奏者のアストルピアソラのアディオスのニーヨー
さよならお父さんという楽曲のバンドネオン演奏に
このバンドネオンという楽器はアコーディオンに似ている楽器で
主にアルゼンチン単語でも知られるジャバラ式の鍵盤楽器です
この単語奏者のアストルピアソラのアディオスのニーヨー
さよならお父さんのバンドネオン演奏にマキシマが大粒の涙を流したシーンは
その後何度も放映されました
父を愛している
でもその父の存在が自分の人生に大きな影を落としている
その複雑さが一気に伝わった瞬間でした
私も当時マキシマと同じ移民のみとして
アルゼンチン出身で疑惑付きの父がいるマキシマが
時期多い継承者と結婚できるのかしら
なんて思っていたのですが
あの結婚式で映ったさよならお父さんの演奏を
静かに座って聴きながら
彼女の頬を伝うこの大粒の涙を見て
今までアルゼンチン出身のマキシマ
ソエギエタとしての自分とは決別し
これからはオランダ国籍を保持した
マキシマ大退婚となった瞬間に
立ち会った感覚がありました
このシーンが当時あまりにも有名になったことは
皮肉だよねなんていうオランダ人もいるのですが
その一方このような演目を許した
オランダ側の対応も面白いですよね
だって日本だったら考えられない
マキシマもよくこのような単語奏者による
さよならお父さんという曲を
指名したなって思うんですよ
私のこの日本人的感覚から言うと
オランダ王室でなんと生意気なリクエストだとか
オランダ王室に入る身としてなってないとか
国民も政府も批判しそうですよね
オランダでは王位継承者の結婚は
議会が承認する必要があるので
当時首相だったウィムコック首相と
その議会がこの結婚を許し
さっき言ったような結婚式のパフォーマンスも
許したんですね
こういうところが本当にオランダ的だなぁ
って思いますね
オランダ王室の変化:宗教と継承制度
世界広しところを変われば
事情が全然違うんですね
そしてこのマキシマ王妃
新国王である夫のウィリムアレキサンダーとは異なり
結婚するにあたりプロテスタント
キリスト教のプロテスタント派ですね
プロテスタントに改修せず
カトリック教徒のままなんですね
オランダ王室っていうのは歴史的に
プロテスタントと結びついてきましたが
現代のオランダでは宗教そのものが
王室の結婚条件として厳格に求められるわけではありません
でもその一方少し前までは
先ほどもお名前が出てきたペアトリックス女王
ペアトリックス女王の2人の妹
イレーナ・クリスチアーナ王女ともに
カトリック教徒の人と結婚したがため
王位継承権を失っているという過去もあります
ここでもオランダが監修に縛られるのではなく
時代によって変化対応しているということが見えるかと思います
オランダ側が重視したのは
ワキシマ王妃が王位継承者の配偶者として
公的役割を果たせるか
そして王室の一員として国民に受け入れられるかでした
実際彼女は結婚後もカトリックのままでありながら
王妃としての務めを果たし
娘たちをプロテスタントとして育てることには同意しています
この点はオランダ王室が宗教の同一化よりも
実務的な共存を選んできたことを示していて
さすが合理的なオランダ人ともいえる選択だと思います
でもワキシマ王妃は努力した
マキシマ王妃の婚約会見:疑惑と国民の心をつかんだ瞬間
流暢なオランダ語を学び
国民と向き合い笑顔を見せ続けた
このワキシマ王妃は
ラテンアメリカ育ちのせいか
感情を隠すことなく表す情熱的な性格
交際後わずか1年で発表された
2001年の婚約会計では
流暢なオランダ語を披露する前向きな姿勢と
その美貌でオランダ国民の心を一気に掴みました
ここでも面白い話があるんですね
ウィリム・アレクサンダーとマキシマの婚約会見で
オランダ国民は初めて生のマキシマと対面します
私もちょうどこの日
何人かのオランダ人友達と国内旅行に行ってたのですが
みんなでこの婚約会見をテレビで見ました
それまでマキシマといえば
先ほどのアルゼンチンの独裁政権ビデラ政権下で
農業大臣をしていた父を持ち
その父はビデラ独裁軍事政権の下
一般人の拷問、拉致、虐殺を知っていたはず
という報道がされ
マキシマの写真が週刊誌を飾っていました
オランダ国民は次期国王となる
ウィリム・アレクサンダーの妻となるべきこの女性は
一体何者だとみんな思っていました
そのような不穏な状況の中
党のウィリム・アレクサンダーは
婚約会見の3週間前に行われたニューヨークの記者会見で
ある失態を犯します
彼はアルゼンチン新聞ラ・ナシオンに掲載された
読者からの当初について話しました
これがまずかった
その当初の内容は
マキシマの父親がビデラを権力農作につかせる
クーデターの準備において重要な役割を果たした
って書いてあったんですね
この当初をした読者の情報源
リソースっていうのが
その頃販売されたビデラ政権に関する本でした
この本は当時ビデラ政権関係者のインタビューから成り立っていて
そこにマキシマの父
ホルフェ・ソエギエイタ氏のインタビューもありました
これについてある記者が
ウィリム・アレクサンダーに記者会見で問い正したところ
当時彼はホルフェ・ソエギエイタ氏の問題のインタビューは
決して行われていないと断言したのです
彼はマキシマの父であるホルフェ・ソエギエイタ氏は
インタビューを行わなかったと記されているという手紙がある
って言ったんですね
しかしその一方
その手紙は信頼できる情報源によるものだけれども
誰が書いたかは知らないと記者会見で話したんです
これちょっとこう聞いただけでも
怪しい情報ですよね
そんなことを婚約会見の3週間前の記者会見で
甲太子が話すもんだから
もう3週間後に行われる
ウィリム・アレクサンダーとマキシマの婚約会見っていうのは
オランダ国民にとっては
もう一体どうなることやらって感じだったのです
2001年3月30日に
ついに婚約が発表されました
これは当時のベアトリクス女王が
テレビの生放送の中で行ったものです
その後マキシマは声明を読み上げ
その中で次のように述べました
私はかねてよりビデラ独裁政権
失踪事件、拷問、殺人
そして当時のあらゆる恐ろしい事実を
断固として非難しています
それらは間違いなく
私たちの社会に大きな傷跡を残しました
また彼女は父親が
当時の政権に参加したことについて謝罪し
父が当時の政権に参加したことについて
率直に申し上げれば
彼が間違った体制下で
農業のために尽力したことを残念に思います
彼は最善の意図を持っており
私は彼を信じていますと述べたんですね
その後ウィリム・アレクサンダーと
マキシマの婚約会見に移り
当然記者からはマキシマに対して
ウィリム・アレクサンダーが
あの新聞の当初
そのマキシマの父親
ホルヘ・ソエゲータ氏のインタビューは
なかったと言いつつも
その情報源などがはっきりしないことに
言及した
あの子とどう思うか
というドストレートな
この直球質問がある記者から
マキシマに投げかけられました
これは婚約会見に
緊張が走った瞬間です
その時ウィリム・アレクサンダーは
手紙への言及は
自分にとっては愚かな行為だった
って述べたのに続いて
マキシマは直後に
それを言った彼は
少しおバカさんだったわね
と笑いながら認めたのです
この言い方はオランダ語だったんですけど
英語で言うと
Yes, he was a little dumb
そうね
あの発言はちょっと
いけなかったね
おバカさんだったね
ってこうオランダ語で答えたのです
この彼女の
オランダ語での
おバカさんだったわよね
っていうこの一言が
緊張が走る婚約会見を
一気に和やかなものにしてしまったのです
彼女の美貌と
すごい綺麗な方なんですね
ぜひ皆さんも先ほど言ったように
インターネットでちょっと検索していただきたいんですけど
彼女の美貌と
その明るさと
記者からの直球質問で
緊張が走るこの場面に
普通のオランダ人が使うような表現で
ちょっと失敗しちゃったわねって
おバカさんだったねっていうような
ニュアンスで話したのが
オランダ国民の心を掴んだ瞬間だと思います
これも日本だったら
日本の皇室とオランダ王室の継承制度の違い
考えられないですよね
だって想像してみてください
マサコ様と
甲太子様の婚約会見で
もしマサコ様が甲太子に対して
あれはちょっと
おバカさんだったわねなんて
言ったものなら
もうアウトですよね
その後
結局あの手紙
つまり牧島の父が
インタビューを行わなかったっていう手紙は
なんと
ビデラ本人からのものであることが
判明し
当然ながら
オランダではもはや
信頼できるものではないと
判断されました
ねえ
さらに
婚約会見の数年後
あのオランダ国民の心を掴んだ
おバカさんだったわねの表現は
実は
婚約会見前に
当時の総務省のトップ
ウィム会見のアドバイスに基づいて
記者が新聞当初に関する質問をしたら
こう返そうと
事前に寝られたものだったということが
判明し
もうそれを知ったオランダ国民は
えーって感じで
心を痛め
がっくりきた
というような話があります
ねえ
だからなんていうのかな
こう
一般人には
何がステージされているか
わからないですよね
こうしてみると
日本の公室と
オランダの王室の違いが
よくわかると思います
オランダ王室ももちろん
伝統を重視します
でもそれだけではない
牧島をオランダ王室に入れた背景には
その人がどう生きるかを
見る部分が強いことが
これでわかります
これはもちろん
先ほどお話しした
元オランダ女王ベアトリックスの夫
クラウスと重なるお話ですよね
しかもクラウス王輩には
若い頃ヒトラーユーゲンと
所属歴もあったので
国民からの反発もすごく強かった
でも後に
彼は言うもあがり
知的で
家族思いの人物として
その後オランダ国民から
深く愛される存在になります
ベアトリックス女王が
女王の座を退く
インタビューの中で
彼女は
私の人生の中で
最良の決断は
クラウスと結婚したこと
と発表したほど
きっと今の天皇陛下も
マソコ様に
同じ気持ちを抱いているのでは
と私は勝手に思っています
最後に
日本の皇室との違いについて
少しお話ししたいと思います
日本の皇室は
歴史的連続性を重視します
特に象徴的なのが
男系男子継承です
具体的に言えば
天皇の父方の血筋を引く
男性皇族に限られます
これは世界でもかなり特殊です
ヨーロッパで私が調べたところで
現在も男系男子継承を
行っているところは
リヒテンシュタインです
皆さん
リヒテンシュタインという国の名前は
あまり馴染みがないと思いますが
どこにあるか知っていますか
リヒテンシュタインは
スイスとオーストラリアに
挟まれた中央ヨーロッパの
小さな内陸国です
リヒテンシュタインは
王国ではなく
王やけという漢字の
あれを使う皇国です
王国では
君主が王または女王ですが
皇国では
君主が皇爵
デューク
簡単に言うと
貴族のトップです
リヒテンシュタインで
男系男子継承が残っているのは
小さな国がゆえに
王家の連続性を重視する
意識が強かったことが
大きいと言われています
そのほか
男系男子継承が残っている国というと
イスラム圏の君主国では
それらがまだ比較的多く見られます
調べたところによると
ブルネイ
モロッコ
アラブ小国連邦
オマーン
カタール
サウジアラビア
バーレン
ヨルダンなどが
男系男子継承を維持しているとされています
一方
オランダは
1987年に
男女平等の長子相続になりました
長男でも長女でも
オランダ王室の次世代:アマリア王女の等身大の姿
最初に生まれた子が継承者
これは冒頭に出てきました
イギリス
スウェーデン
デンマークの
多くの王室も同じです
現在
愛子様より
2歳年下の
オランダ王家の長女である
アマリア王女が
自然に時期女王となります
現在のオランダ王家は
国王ウィリムアレクサンダーと
妻アキシマ王妃の下に
22歳の王位継承者である
アマリア王女と
20歳のアレクシア王女と
19歳のアリアーネ王女の
3姉妹がいます
王位継承者のアマリア王女ですが
彼女は
比較的自然体な王女として知られています
王位継承者でなければ
馬術選手か
歌手になりたかったアマリア王女は
高校時代には
自転車で通学し
大学で政治や法律を学び
学生生活を送り
海辺のカフェで
ウェイトレスとして
アルバイトをしていた時代には
なんと
カクテルクイーンと呼ばれていたことも
2021年に出版された時点で
明らかにされています
これも日本では
かなり考えにくいですよね
現在アマリア王女は
22歳ですが
18歳
オランダは成人が18歳なので
18歳の誕生日を前に
女王になる準備は
まだできていないと
率直に語り
将来の10月の大きさが
話題になりました
18歳誕生日の前の当時
現在ここ
ウィリマー・アレクサンダーが
亡くなった場合には
王位を継ぐ心の準備が
自分にはできていないと語っており
その時には
母である
マキシマ王妃に
任せたい
との意思表示もありました
その一方で
本人は
王族としての責任を
完全に拒否しているわけではなく
将来の役割を意識しながらも
自分のペースで
準備しようとしている印象です
さらに笑っちゃう
コロナ禍のオランダ王室:休暇旅行と国民からの批判
オランダ王室エピソードもあります
それはコロナ禍の頃です
2020年
オランダ国王夫妻は
コロナ禍で
国民に自粛を求められた時期に
ギリシャへ休暇旅行をし
強い批判を受けて
すぐ帰国
謝罪しました
当時の問題は
休暇先そのものよりも
国民に
移動や旅行の自粛が
求められた時期に
王室だけが
開会旅行をしていた
ということです
さらに
政府が
休暇は家で過ごすようにと
通達した直後だったため
国民からの反発が
非常に強くなりました
当時のルッテ首相も
国王の休暇計画を知っていたが
新たに厳しくなった
感染対策に
合っていないことへの
気づきが遅れたと説明し
議会への責任も認めています
これは法律違反というより
公的リーダーとしての
配慮不足が批判された事例です
ここでポイントなのは
国王の休暇に議会承認は
必要ではないという点です
議会承認が関係するのは
主に王位継承や
王族の結婚など
憲法上制度上の
資格に関わる行為です
ただし
もちろん王室は
税金で維持される
公的存在でもあるため
私的行動でも
政治的責任や
説明責任は伴います
そのためコロナ禍のケースでは
議会の承認の有無ではなく
国民の信頼を損なった
ということが焦点でした
ここに残念ながら
当時コロナ禍における
王室による国民感情への
配慮が足りなかった点が
浮き彫りになってしまいました
これも日本だったら
考えられませんよね
現在の天皇皇后両陛下が
このように国民感情への
配慮が足りない行為を
されるということなんか
想像できないですよね
でも国王も女王も人間です
たとえ公的立場であっても
間違えてしまうこともあると
そして国民もそのような間違いで
強い批判をする権利があると
しかし一度謝罪し
反省すれば
その間違いをいつまでも根に持ち
何かあるごとに
過去の過ちをまた引き換えに
出すっていう必要は
私はないと思うのです
彼らだって人間なのだから
というある意味
人間の不完全さを前提にした
考え方がオランダらしいなって
思ってしまう点です
日蘭王室の比較と信頼関係の根底
日本の公室は静かな品格と
歴史の連続性を重視する
オランダは現代社会との
共存を重視する
それぞれその国の文化が
反映されています
今回見てきたように
日本の公室とオランダ王室は
非常に特別な関係を
築いてきました
でもその根底にあるのは
単なる外交ではなく
人としての理解だったのかも知れません
だからこそ
マザコ様はオランダで西洋し
そして今も両国は
深い信頼で結ばれている
今回の両陛下のオランダ訪問は
その長い友情を改めて確認する
非常に象徴的な訪問になるのだと思います
今後の配信予定とリスナーへの呼びかけ
世界から見る日本の今回のエピソードは
いかがだったでしょうか
番組ではリスナーの皆様からのお便り
質問なども概要欄にある
お便りフォームからお待ちしております
そして世界から見る日本
今月は連続配信となります
来週の木曜日6月11日の配信は
6月15日に行われる
サッカーワールドカップ
日本代表初戦
オランダ戦に合わせて
現在オランダ女子一部リーグで活躍されている
日本人選手をゲストにお迎えいたします
日本はオランダ相手に
どう戦うべきなのか
現地で日々オランダサッカーを体感している
選手ならではの視点で
日本代表ワールドカップ初戦を深掘りします
そして冒頭にありました
CMヤドフェスのサマージャンブリ
この収録時点では
まだ歌詞募集開始時期などの詳細が
まだ決まっていないのですが
これももし配信時に決まっているようでしたら
概要欄に貼っておくので
ぜひ皆さんも参加してみてください
番組が気に入っていただけた方は
ぜひ番組のフォローをお願いいたします
とても励みになりますので
またSNSで
ハッシュタグ世界から見る日本にて
感想や投稿をしていただけたら
必ず返信いたします
お相手は海外在住歴30年以上
現在オランダに住んでいるユキでした
それではまた来週
木曜日にお待ちしております
41:20

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