はい、ということで、みんなでサウナなんですけれども、はい。
行きたくなる世界遺産のお二人をお招きしてお話を聞いております。
今週もよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
あのね、前回ね、世界遺産とは何ぞやということとか、
世界遺産におけるお風呂とか、サウナとか、そういうものは何があるんですかという話をさせていただいて、
ローマの浴場だとか、ヨーロッパの第4戦保養都市軍とかの話をお伺いしたので、
ちょっとその辺をね、深掘りしていきたいなというふうに、ぜひ思っていますので、
ぜひよろしくお願いします。 お願いします。
やっぱりローマ帝国といえば、僕もテルマエロマエのイメージがめっちゃ強いし、
なんかああいう建築士の人が本当にいたのかなみたいな。
あれはタイムスリップして日本の戦闘とか見てきて戻ってますけど、
なんかあの漫画を読むとローマの人たちもめちゃめちゃ風呂好きだったんだなっていう。
そうでしょうね、きっと。
しかもそのバースっていうローマ帝国の中でもイギリスの方って割と、
あの辺の場所にも浴場を作るってどんだけ風呂好きだよって。
確かに。
そうですよね。
風呂なしではみたいな。
風呂なしではって。
だから日本とかも北海道から九州、沖縄までめちゃめちゃ風呂屋あるじゃないですか。
そうですね。
やっぱりそれってすごい親近感が湧くというか、なんかそんなことを思いましたね。
確かに近い感じしますよね。
風呂好きなんだみたいな。
確かに。
国によっては本当に手早く汗を流すくらいので済ませる文化もあるじゃないですか。
北米とかはね、割とそういう印象があるっていうか効率っていう感じですけど。
急になんか遠い国だけど親近感湧いちゃう。
湧きますよね。
なのでちょっとローマの話をお伺いしたいなと思ってるんですけど、
どうですかね。お二人から見てるローマってどういう歴史的な意図っていうかがあったりしますか。
そうですね。やっぱりおっしゃる通りローマ人ってすごくお風呂好きなんですけど、
歴史を遡ればどこから始まるのかわからないんですが、
だいたい皆さんが予想する、想像する温泉っていうのが紀元前2世紀頃。
だからローマ帝国になる前の共和制ローマといわれた時代から始まったと言われてるんですけど、
その頃はリフレッシュとか療養のためのお風呂っていうよりかは戦士たちが遠方で戦って、
傷だったり疲れを癒すための療養施設として温泉っていうものをローマ人が捉えていたそうなんですね。
当時じゃないですか。
当時ですね。
当時の一種ですよね。
そこからローマ帝国になって、
時の皇帝がもっと一般的に温泉を楽しもうよっていうことで公衆浴場だったり、
テルマエと呼ばれる浴場施設が各地にどんどんどんどん作られて広まっていたっていう歴史があるんですね。
でも面白いですね。やっぱりローマ帝国が栄えたからこそそういう余裕ができたっていうか。
ずっと戦争し続けて戦国時代みたいだったら楽しもうよって発想にはならないから。
楽しみにお風呂に入ってられないですね。
そうそうそう。一瞬から斬られるから。
なんかそれ面白いですね。やっぱりローマ帝国ならではの思想っていうか。
お風呂があることである程度ちょっと平和な時間もあったんだなみたいなのが。
一番無防備というか。
そうですね。想像できるのは確かに面白いなと思いました。
なんかその時って、やっぱさっき18世紀の貴族がある意味またその後浴場文化を復活させたじゃないですけど、
もともとローマ帝国時代にも単純に貴族約束っていうところからさらにまた文化としても発展していったみたいなことはあるんですか?
そうですね。もともとは本当に戦場で疲れた兵士の復活の両役としてしたしまえたんですけども、
そこからローマ帝国っていう中心部が安定してくるとですね、いろんな公衆浴場ができてさらに温泉療養のスタイルもどんどん変わってきまして、
普通にお風呂に入る水浴もあれば水風呂ですね。冷水浴もあって。
あるいは蒸気を使ってですね、現代でいうサウナのような設備ができるようになってきて。
本当にいわゆる温泉が施設になっていったところがローマ帝国になると見られできます。
温水、冷水、蒸気。
じゃあ風呂、水風呂、サウナじゃないですか。
じゃあ当時の人も水風呂入った後にパーみたいな。
そうですね。いろんな作りがあるんですけど、基本的に脱衣所があって、その先に冷水用のプールがある。
その先にお風呂があるんですけど、急に温度変化で体を壊さないように体だけ温まる部屋がありまして。
そこで温めてお風呂に入って、お風呂もぬるま湯と厚風呂と分かれていましたね。
普通の銭湯ですね。
そんな昔から。
その先にサウナがあったと言われています。
結構贅沢な感じですよね。
贅沢ですよね。
普通に日本の銭湯と一緒だもんね。
すごいですね、そんな頃から。
そういうことで言うと、今の温浴施設との共通点は、
体を温めたり休んだりする以外でも、
釈放板みたいなスペースというのは結構あったんですかね。
そうですね。本当にまさしくそうで、
お風呂に入る前の体を温めるスペースとか、
浴場はついてないんですけど、腰掛けれる場所、スペースがあったりするので、
そこで結構名のある部署だったり、
いろいろお仕事の話だったり、
交流の場として使っていたんじゃないかという風な
席が残っていますね。
そうなんですね。
サーナですね。
完全にそうだよね。
サーナとかスーパーセントを行って、
テンブルで、
お風呂入りながら話してたり。
たまに話しますよね。
話しますよね。
話しますね。
なんか知らないけど話し始まる時がありましたね。
ありましたね。
そうですよね。
もしかすると全然知らないおっちゃんが声かけて、
お兄ちゃんどこから来たのって声かけると、
肯定だったりするのかもしれないですよね。
確かに確かに。
いいカラーしてるねとか言ってたよね。
叩かれてるし。
叩かれてる。
この後暇つって。
あるかもしれないです。
皇帝に言われる。
なるほど。
やっぱりその長い歴史の中で、
ローマ帝国の浴場っていうのを、
いろんな場所、
コミュニティとしての機能であったってことですね。
そうですね。
でもなんかローマって、
ローマ帝国時代とかの遺跡とかもそうなんですけど、
やっぱ浴場だけじゃなくて、
一緒にやっぱ遺跡もセットで周辺にすごいたくさんあるとか、
いろんな国のインフラを形作ったとか、
インフラの基礎になってるところとかもあったりとか。
水道とかね。
そうですね。
イギリスとかはその時代にできた道路が、
いまだに使われてるっていうところもあったりもするんで。
そうなんですか。
やっぱり現代にもすごい影響があったというか、
使われてる部分っていうのもあったり、
かなり近代化してしまってるので分かりにくいところもあるんですけど、
それくらいやっぱインフラ作りが徹底されてた時代、
徹底されていった時代なのかなっていうのもあるんで、
一緒に浴場プラスでそういう施設とかも、
見てまわっていただくのもすごいお勧めだなって思います。
なんか面白いのが、
図書館とかが浴場とセットになってた。
お風呂入りながら読書してたっていう文化も。
めっちゃおもろいですね。
お風呂とか汗かきながら。
皇帝とか、いわゆる秘書だったりとかっていう人は、
調べ物をするのにお風呂行ってたっていう。
とても面白いですね。
集中できそうですよね、お風呂でとか。
お風呂で本読んだりするでしょ。
やります。
それこそ今で言ったら携帯持ち込んで本読んだりとかする時もあるので、
お風呂入りながら。
それってことですよね、要は。
僕もこの間お風呂でキングダム読んでたんですけど、
たぶんそんな感じですよね。
結構ローマ帝国ってその後、
西ローマ帝国と東ローマ帝国っていうふうに分かれるんですよ。
西ローマ帝国になると今度はキリスト教の力が強くなって、
一回の方でお話しした通り、
キリスト教ってそもそもミソギとか、
自分を立するっていうことが筋肉っていうのがすごく大事な文化になってるんで、
だんだんそういう浴場文化っていうのが廃れていってしまう。
で、東ローマ帝国の方は今のトルコのイスタンブールが首都になるんですけど、
そこはですね、その後にオスマン・トルコによってやっつけられてしまうので、
そもそも帝国時代がなくなってしまうということで、
しばらくヨーロッパでは温泉文化、温浴文化っていうのがなくなってしまう時代がやってくるんです。
ハマムってありましたよね、トルコと。
そうですね、はい。
なのでトルコの方は昔のローマの浴場を、
オスマン・トルコの人たちが回収してハマムにしてるっていう場所もあったりするそうです。
やっぱり歴史の積み重ねを感じますね。
ちゃんとここ繋がってるんだみたいなとか。
面白い。
ということで、いろいろまたローマ帝国の話を聞いてきましたけど、
本当にカナエさんがおっしゃっていただいたように、
インフラの話とか、風呂の話だけじゃなくて大丈夫ですから。
派生していくのもめちゃめちゃ勉強になるなと思ったので。
ありがとうございます。
次回なんですけど、
ローマ帝国の話をいろいろお伺いしたんで、
そのヨーロッパ大温泉保養都市群、
そのヨーロッパ電気に広がる温泉保養都市について、
いろいろまた深掘りしてお伺いしたいなと思うんですけど。
そうですね。ちょうど温泉文化がヨーロッパで廃れてしまった後の話になると思うので、
そこからまたライジングしてくるっていうことですね。
それはめちゃめちゃ楽しみですね。
ぜひその辺をお伺いできればと思いますので。
来週もよろしくお願いします。