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#145人生戦略①|「何も取り柄がない、選べない」今の私とは真逆だった幼少期
2026-10-05 52:19

#145人生戦略①|「何も取り柄がない、選べない」今の私とは真逆だった幼少期

🎙️「いわしーの人生戦略の歴史」第1回

今回は、生まれてから高校時代までを振り返りました。

今は「視野や選択肢を広げて、自分で人生を選ぶ」ことを大切にしている私ですが、幼少期は今とはかなり違います。

田舎で育ち、そもそもの選択肢が少なかったこと。
生まれてから大病を経験し、特殊な環境で過ごしていたこと。
「選びたい」と思っても、選べないことがあったこと。

性格的にも今よりかなり保守的で、友達付き合いも得意ではありませんでした。

高校時代には薬学部を目指していたものの進路を変更し、心理学科へ。

そして、シーナ・アイエンガーさんの『選択の科学』に出会い、「人はどうやって選ぶのか」に興味を持つようになります。

今でも大好きな『鋼の錬金術師』『こどものおもちゃ』など、漫画の話もしています📚

タイムスタンプ⏰
「いわしーの人生戦略の歴史」シリーズスタート
大病とともに過ごした幼少期
6歳から漫画アニメJPOPが好きで、友達付き合いが苦手だった
薬学部を目指し諦めて進路に悩んだ高2の夏
『選択心理学』との出会い、心理学科へ
進路選択の考え方を変えて、心理学を学びつつ公務員を目指そう
保守的な10代。「選択肢がなかった」経験と、今のキャリア支援につながる原点

今回は、しょうこさんに聞き手になっていただき、質問してもらいながら振り返りました☺️

▼しょうこさんのstand.fm
https://stand.fm/channels/663ca9e8875ed51dcfa7e99d


▼関連エピソード
#33 生まれて気管切開、13歳まで喉にチューブをつけ肺気胸で死と向き合う原体験
https://stand.fm/episodes/69e5e9d062ed14cae77616bc

#41 人生最大の挫折|薬学部を諦めて心理学科を選んだ“キャリアの原点”
https://stand.fm/episodes/69f147ad411514d5c7bed3a3

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サマリー

いわしーが、現在の働き方に至るまでの人生を、幼少期から高校時代まで時系列で振り返る。未熟児として生まれ、13歳まで気管切開のチューブと暮らしながら普通学級に通ったが、声の出しにくさや地域の狭さから友人関係には苦手意識があった。外で遊ぶより漫画やアニメ、音楽、インターネットに親しみ、『鋼の錬金術師』や『こどものおもちゃ』から命や生き方、人間心理について考えていた。高校でも居場所を感じにくく、昼休みは図書館で過ごし、高3には一人でいる方が楽だと割り切った。

人生戦略の歴史と幼少期の医療経験
では、みなさんこんにちは。いわしーです。 今日から、いわしーの人生戦略の歴史というシリーズを始めていこうと思います。
このシリーズでは、私がこれまでどんな風に人生を歩んできて、選択をしてきたのか、というところを、生まれてからこれまで時系列で振り返っていきます。
私、今はですね、利用者で正社員5社を経験してきていまして、直近で会社員を辞めて、個人事業主としてスタートしたばかりです。
でも、最初から明確なゴールがあって、計画通りこれまで来たわけでは、実は全然ありません。
なので、本当にその時その時ですごく悩んだり、動いてみたり、違うなって思ったら選び直したりということを、すごく色々試行錯誤を重ねながらこれまで歩んできました。
なので、そういった過程をですね、今までも配信でですね、所々話したりはしてきてたんですけども、
テーマごとにバラバラに話してたので、結構わかりにくかったかなって思っているんですね。
なので、今回改めて連載シリーズとして、これまで時系列でどういうことが起きてきたのかっていうのをお話をしていこうと思っています。
私、実は一人で話すよりも、人に聞いてもらいながら話す方が好きなんですよ。
あ、そうだったんですね。
そうなんです。なので、ずっと聞いてもらいながら話したいなと思っていて。
以前もですね、実は今回来ていただいているしょうこさんとですね、コラボライブをした時があって、その時もすごくたくさんお話をさせてもらってたんですけども、
それを自分のチャンネルの中に残したいなって思っているので、ちょっと重複するところもあるかなと思うんですけども、順番にシリーズ化して今後お話をしていこうと思っています。
なので、今回はしょうこさんとマリさんという方にもお声掛けをしているので、皆さんお忙しいかなと思いますので、タイミングに合わせて今日はしょうかさんと話すとか、今日はマリさんと話すとかですね、聞いてもらう方を代わりながらですね、このシリーズ進めていけたらなと思ってますので、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。楽しみですね。
ありがとうございます。それではしょうこさんのことを知らない方もいるかなと思いますので、改めて自己紹介をお願いしてもよろしいですか。
ありがとうございます。私の方も。
はい。
もやもやを言葉にするということで、ちょっと最近掲げ始めているしょうこです。
はい。よろしくお願いします。
0歳と4歳児の育児をしながら、働いている会社からは育休をいただいていて、育児中のワンママです。
このチャンネルでは、いわしーさんの先ほどご説明いただいた通り、コンサルタントとして独立されたいわしーさんの人生を振り返るシリーズとして、私がこの対話のセッションを掲げている通り、もやもやであったりだとか、言葉にならない気持ちを言語化するようなセッションもやっているので、
それも意識しつつ、今日はいわしーさんの魅力を這いにいこうかなーなんて思っている時間です。楽しみにしてました。
ありがとうございます。
しょうこさんはお話を聞く対話のプラなんでですね、ぜひぜひいろいろと話を聞いてもらえたら嬉しいなと思っています。
早速なんですけど、私先日いわしーさんとコラボさせてもらったときに、キャリアは生き方だっていう格言を、メモがずっと残っていて、
そうですね、キャリアは生き方だって私は言いましたもんね。
それを今言葉に出しただけでも、ちょっと鳥肌が立っているんですけど、そんないわしーさんがどんな経験をして、そこでは何を感じていたのか、
その感じつつ、どう選んできたかなんて、それを時間の流れに沿ってね、今日はまあ、幼少期から高校時代ぐらいまでね、振り返れたらなーなんて思っています。
はい。
ずっと子供の頃、何が好きだったかとか、いわしーさん、簡単といろいろやりこなしているイメージが私はあるんだけど、
そんなことない。
いわしーさんとか、そういうことを言ってたんだよーなんて、きっとこの放送を聞いたいわしーさん、知っている方もおられると思うけど、
そんな一面あったんだーなんて、そんな感じを感じる時間になればなーなんて思っています。
はい、そうですね。私は、10代の時までは本当にダメダメな人間だったなと思っているんです。
人よりもできないことのほうが多すぎました。
でも、そんな子供の出会い頃の自分を今思い出すと、浮かぶのはそういった、どんな場面が浮かびますか?
私、以前の配信でもしてたんですけども、ちょっと生まれた状況がかなり特殊でございまして、
まず、未熟児で生まれたんですよ。
生まれてから、NICUってわかりますかね?
お子さんの集中治療室なんですね。赤ちゃん用のですね。
そこで生まれ育ってまして、人工呼吸器とかいろんなものにつながれて、
本当に生死をさまようような幼少期を過ごしていたんですね。
っていうところから、やっぱり体だったり、気管子が狭いというところで、呼吸困難になっていたようなんですね。
そういうところから、物心を作る前からですね、
喉に気管切開をして、13歳まで喉にチューブをつけて日常生活を送っていたんですよ。
結構長い間。
そうなんですよ。約13年ほどチューブとともに生活をしていました。
そういった生活の中では、当時のことをよく覚えていることって何ですか?
つけていることで、今はね。
そうですね。やっぱり入院・通院手術っていうのは日常だったんですよね。
実は毎日単の給院が必要な医療ケア時でもあったんですよ。
それもお母様が?
そうなんです。お母さんがやってくれてました。
今だったら、看護師さんが必要な医療行為にあたるんですよね。
そうですよね。
家族だったら大丈夫なんですよ。
家族以外の方だと、やっぱり医療従事者の看護師さんを小学校につけてとかが実は必要なぐらいの感じだったんですけども、
幸いなことに小学校も幼稚園もですね、家のすぐ近くにあったんですよ。
なるほど。すぐ通える方で。
そうなんです。何かあったらお母さんが来てくれるっていうような、
学校にはなるべく迷惑をかけないようにっていうところで、
普通学級での学校生活と友人関係
田舎の学校だったので、そういうことで看護師さんはつけずに普通学級で過ごしてはいたんですけども、
たぶん地域とか学校とか時代が違ってたら、特別支援級とかに行かないといけなかったかもなっていう感じだったんですよ、実は。
そうですね。今だったら結構、
今だろう学校ではそういったちゃんと、そういう子たちが集まる学校で安全に。
休職の時とかも、そういった排除が必要だとかそういう子もいますよね。
そうですね。
でもそういうところに行くほどでもなかったというか、なるべくそれ以外の日常生活は通常でできていたので、
普通学級に行きたいっていうのもあったので、普通の学校生活は過ごさせていただいてたのかなと思います。
そういった中で周りに教えてもらって嬉しかったことの一つ、
何かしてもらったことありますかって聞こうとしたんですけど、
通常学級に通ったことって。
そうですね。いい意味で、あんまりいわゆる障害者扱いをされなかったっていうのは良かったのかなと思います。
見た目上でも喉にチューブをつけているので、かなり目立つんですよね。
学校はみなさん私のことを知っているという状況で、それ以外の保護者さんもある意味知っているみたいな状況だったんですけども、
それが理由でいじめとかはなかったですし、
本当は体育の、例えばマラソン大会とかですね、
肺とかに負担がかかるようなものっていうのはかなりしんどかったんですけど、
逆に休んでいるとなんで休んでいるのって言われるぐらいだったので、無理してやってたんですよ。
そうですね。そこから広さというのが、岩崎さんの顔取りが伺える経験ですね。
そうなんですよね。逆に普通だったら、そこ休んでも普通に不思議じゃないところだけど、
休んでたらなんで休んでいるのって言われるから、逆にちゃんとやるっていう風にしてて、
っていうぐらい人から、周りの友達から特別扱いをある意味されないような生活だったんですよね。
本当はあなたと一緒よっていう。
そうですね。
すごい、すごいなと。
本当に岩崎さんが友達の機会が少し苦手だったって伺っているんですけど、
ちょっとこういうことをわかってほしかったなとか、そういうことがあったのかな?
そうですね。まず最初の方が失敗したなって実は思っていて、
この喉の病気もですね、何回か段階に分けて手術があったんですよ。
つけてるチューブによって声の出しやすさとかが変わってきてたんですね。
なので、小学1年生の時までつけていたチューブだったらかなり息漏れをしていたので、
いわゆる話をしてても、友達にはちょっと伝わりにくいような特殊な喋り方というか声みたいな感じだったので、
そういう意味でも、幼稚園とか小学校に入りたての頃の人との会話っていうのがちょっと難しかったところがあったんですね。
最初って大事じゃないですか、ある意味。
自分の印象がね、そこから6年間中学卒業までだから、お世話ながらにありますよね。
そうなんです。
お互いのお互いをね、あった6歳といえど、要素がありますよね。
そうなんです。
なので、そこでちょっとあんまり上手くコミュニケーションを取れなかったなっていうのがあったので、
それ以降も、クラスの中でもちょっと地味なポジションというか、
本当はね、人をまとめたりとかリーダーシップを発揮する方が得意な方だと思っているんですけど、
そうではなく、クラスの端っこにいるポジションになったなって思っています。
結構、幼少期から人をまとめたりとか、自分を出していくっていうのかな、前に出ていくというのは何ですかね。
今振り返ると、そういう出たがり、目立ちたがりみたいなところは、多分昔からあったんだろうなって思うけど、
なんかその、出し方が下手くそだったりとか、
あとは、福岡の中でもすごく田舎の方の出身なんですね。
なので、ほんと田んぼとかしかないようなところで生まれ育ってきているので、
そこの人たちと今考えると、ちょっと馬が合わなかったのかなっていうのも感じていますね。
なるほど、その馬が合わなかったって、結構その身近そうですが、大人の方の生き方って見えてますか。
そうですね、でもほんと大人の人もほとんど関わることってなかったなって思います。
本当、親と医療関係者の方と学校の先生ぐらいしか身近にいなくて。
大人になるっていうと、先生になるか、大人になるかみたいな、そういう振り返りもあるんですね。
そうですね。
それぐらい狭い視野になったっていうのを感じましたね、今。
そうなんです、ほんとに狭い世間だったなって思っているので、
漫画・アニメから得た世界と生き方
だからこそ、私幼少期の時から漫画とかアニメとかインターネットとか大好きで、
それで世界を知ってたかなって思います。
世界を知るっていうところが好きなんですね、漫画や音楽も。
そうですね、なのでほんと小学1年生からいろんなものをサブカル含めてね、
いろいろと知っていくのがすごく好きだったなって思いますし、
やっぱりそういう、病気してたからこそあんまり外で目いっぱい遊ぶっていうよりは、
室内でそういう本を読んだりとか、漫画を読んだりとかっていうところの方が多かったなと思いますね。
私も幼少、小学校の時は、あんまり学校から帰ってきたら家で遊ぶもの。
友達を呼んだりとかって、私が住む地域では当時あんまりなくてですね、
私、兄が2人いたので、兄ちゃんと遊ぶか、それこそゲームをするかとか、
家にいるのが多かったんですよ。
いわしさんも学校っていうよりかは、家では家で過ごすことが多かったっておっしゃってましたけど、
やっぱりそういうときはサブカルに練習していたっていう。
そうですね、昔から漫画はものすごく読んでましたね。
私も漫画読むんですけど、繰り返し読んでるものがあるんですよ。好きなものは。
分かってるくせに、私最近4月は君の嘘だったかなって。
音楽のピアノの男の気持ちが。
わかります。
あれ、泣けるって分かってるのに。
だから、ちょっと涙を流したい時に読んだりしてるんですよ。
いわしさんもありますか、当時を振り返る際だとか、
そういう時にサブカルにポッとしたりとか。
そうですね、今でもずっと好きなのは、鋼の錬金術師。
が本当にバイブルで、
あとは、子供のおもちゃっていうリボンの漫画もすごく好きで、今までも読んでますね。
青木さんのお年だと、リボンには連載してたときじゃないんですかね?
そうなんです。実は、子供のおもちゃは1990年代後半の漫画なので、
私が読み始めたのは2000年からなので、もう終わってはいたんですよ。
終わってはいたんですけども、その後発でやってた同じ作者さんの漫画とかがすごく好きで、
で、さかのぼるみたいなところで、ちょっと前の世代含めてリボンの漫画すごく大好きなんですよね。
リボンの漫画家、仲良しの漫画家で、
たまに出た記憶がいます。
ありますよね。リボン、チャオ、仲良し、ドレハみたいなのがあって、
結構有名どころはね、一通り読んでたなと思います。
でも、そのバイブルになった内容の、あるんですか、バイブルになった人生の?
そうですね。やっぱり子供のおもちゃに関しても、
意外と生きるってなんだろうみたいなことを考えさせられる話だなと思いますし、
意外と人間心理とかそういうところ入ってくるんですよ。リボンの漫画の割にはですね。
ですし、鋼と錬金術師については、読んだことあります?
あります。
あります?
そう、十日交換の命の話なんですよね。
漫画、今目の前にあるんですけど、冒頭の1ページ目からですね、こんなセリフがあるんですよ。
痛みを伴わない教訓には意義がない。人は何かの犠牲なしに何も得ることができないのだから。
という言葉が入ってくるんですね。
ここから入ってくる漫画すごくないですか。
すごい。
なんだろうな、夢を持たせるというよりかは、そのセリフが出てくるじゃないですか、そのセリフ。
そうなんですよ。絶望から入ってくる話なんですよね。
なかなか。
少しそれって自分の幼少期の様子だとか、気持ちが重なる瞬間でもあるんですか。
そうですね、今考えると結構小中学生の時って、そういう命とか病気とか、そういうところも含めて、障害も含めて、入っているテーマの話はよく読んでたなって思いますね。
生きる、そして生き方みたいなのが、幼少期では高いワードでなっているかもしれませんね。
そうなんですよね。
ただ生きるとかではなくて、どう生きるか。
どうやって生きていくかっていうところがすごく触れているような風に聞こえました。
仕事からかな。
高校時代の居場所と一人で過ごす選択
どうすると、高校生になった時、私のイメージ、小学校の時はそういった友人関係があったけれども、高校生の頃も、
中学、高校生の時はまだ友達との付き合い方は悩んでいたこともありましたか?
そうですね、高校までが地元の公立だったので、同じ人が進学して一生みたいなのも多かったんですよ。
そうなるとキャラ変もしづらいんですよね。
だから、あんまり高校までうまくいっていなかったですね。
もちろん一部友達がいた時もあったんですけど、クラス替えとかもあるじゃないですか。
そうなると仲良い人に限って同じクラスにならないっていう現象が起きてたんですよね。
何を見ていたのでしょうか?
高校の時も結構友達付き合いがうまくいかなくてですね。
高校2年生になると理系と文系でクラス別れるんですよ。
なので、高1では中学から仲良かった親友が同じクラスにいたんですけど、
残念ながら親友は文系の子でして、私は理系に進んだので離れちゃったんですよ。
離れちゃった。
そう、理系にはなかなか仲良くできる人がいなくてですね。
意外とね、漫画とかアニメとかオタク系女子が文系にこぞっていってたんですよ。
オタク。
そんな高校生の岩井さんはどんな時間に自分らしいな、
岩井らしいなっていられる時間ありましたか?
そうですね、そんな感じだったので私は昼休みは大体図書館に行ってました。
学校の?
そうです。小学校、中学校、高校とほとんど昼休みは図書館に行って過ごすっていう風にしてましたね。
学校のですね、図書室ですね。
学校に行くときってどんなことを感じてました?
なんか、何気なく話をしたりとか。
そうですね、クラスにあんまり居場所がなかったっていうのもありますけど、
そこでゆっくり本を読んだりとかする時間が楽しかったっていうのもありますね。
楽しかった。
そこには図書室の先生ぐらいしかいなかったのかな、休みのときって。
そうですね、図書室に行くっていうのがルーティン化してたみたいなところもありますしね。
そこでゆっくり本を読める、ゆっくりというほどの昼休みの時間はないんですけどね。
でも、教室にいるよりはそっちの方が良かったなと思ってますね。
ああ、なんかちょっと息ができるっていうのもあったのかな。
でも、今のイワシーさんがその頃の自分を私に紹介するとしたら、
どんな子だったのかなってありますか?
そうですね、やっぱりなんか変わってたなって思うところがあって。
私がね、特に高校生のときっていわゆるAKBの前世紀だったんですよ。
で、みんながあっちゃん派とかゆう子派とか言ってるときに、
私はクラスの端っこで自分の携帯を見ながらモーニング娘。を見るという生活なんですよね。
私のハロプロ好きは小学1年生のときからずっとなので、そこはぶれないんですよね。
イワシーさんはそういう強さがありますよね。
高2のときはまだちょっと人と仲良くした方がいいかなって思いつつ、
ちょっと苦手な人とも付き合ってたけど、それがしんどくて。
中途半端に付き合うぐらいだったら、もう一人の方が楽だなって思って。
高3のときにはずっと一匹オオカミだったんですよ。
そういうことはありますか?みんなと仲良くまではいかないけど、仲良くしとかなきゃって今もおっしゃってましたけど。
そう、しとかなきゃいけないかなと思いつつ、なんかうまくいかないっていうのがずっと続いていて。
でも逆に会わない人と付き合うぐらいだったら、一人で割り切ったら楽だなって振り切ったのが高3なんですね。
でもそれでもダメだなって思ってたんです。
このままだったら社会人になって絶対会社員になっていくと人付き合いって絶対いるじゃないですか。
うん、かけて通れない。
かけて通れないから、もうちょっと私は人の気持ちがわからないのではないかとかいろいろと感じて、
それもあって心理学を勉強した方がいいのではって思ったりとかですね。
なるほど。
っていう一因もありましたし、さすがに大学以降はちょっと人付き合いをできるようになろうって思って大学デビューをしたっていうところもあったんですよ。
薬学部を諦めた進路の挫折
最初伺ってたとき、最初は薬学部を目指していたって。
そうなんです。
これはどの自分を思い描いていたんですか、薬学部。
私、やっぱり幼少期からずっと入院・通院をしてお薬にもたくさんお世話になっていたので、
やっぱり医療関係の道っていうのは私の中では身近にあったんですよ。
で、医療関係者といえばお医者さん、看護師さん、薬剤師さんが結構出てきやすいところで身近に見ていたんですけども、
お医者さんと看護師さんは、すっごいハードそうなのも身近に見てたんですね。
大変そうだなって病院の内側から患者として見ていたので、
そこは私の体力上無理だなって思って。
薬剤師さんだったら椅子に座って調剤をして正確にお渡しするっていうところで、
それなら私でも体力がなくてもできそうって思ったところと、
体力がない自分でもしっかり勉強だけはちゃんとしなさいっていうような過程だったので、
勉強だけはちゃんとしててきてて、勉強さえすれば大学に入って国家資格取ってこんな私でも仕事できるかなって思って、
漠然と中学とかの時から薬剤師になりたいなって思っていて、
高校2年生の途中までも薬学部に行こうって思ってたんですよ。
でも思っていたんですけど、いざ高2になってオープンキャンパスにもいくつか薬学部に行ったんですね。
高2で高校の中での一番の理系の特診クラスに入ってしまったので、
もともと新学校の高校の中での一番頭のいい人が集まる理系特診クラスに入っちゃったんで、
そこで落ちこぼれたんですよ、私は。
ちょっと挫折というか。
そうなんです。
勉強だけが取り柄だと思ってた中学高校入りたてだったのに、
勉強する子たちばっかりの学校にクラスに入ってしまうと、
だんだん成績順位が下がってきてしまったんですね。
そうなると、勉強しか他に何もできない自分が勉強もできないみたいになって、
そうなると薬学部って医学部の次に難しい学部だと言われているんですね。
なので、薬学部に行けるのかっていうところにも不安がありましたし、
行った後に6年間も勉強しないといけなくて、その後初めて国家試験を受けて、
慣れたらいいけど、そこで慣れなかったらすごくお金もかかるような学部なので、
慣れなかったらどうするって立ち止まったときに、一旦諦めようと思ったんですよ、高2の夏に。
学位めっちゃ似合うなって今想像してきながら思っていたんですけど。
慣れたらですね、資格を取れて就職できたら、それはそれでね、
素敵な道だなって憧れてはいたんですけど、
慣れないときに、いわゆる医療系国家資格を取るような進路って、
慣れたらいいけど、慣れなかったら他の行く術がすごく少なくなるじゃないですか。
レールがあるけど、レールから弾かれたらどうするよってなったときに、すごく不安になって。
しかも、さすがに国立大学の薬薬部なんてとてもいらないと無理って思ってたんで、
私立だと何千万クラスにお金かかるんですよね。
でなったらね、ちょっとね。
なるほど、高校のときのまず周りとの疑惑?
ちょっと気持ちが落ち込んで、下向きになっちゃったところに進路を考えてみて、
想像してみたところ?
清水さんは、きっと政権の上が欠けてただろうから、
最悪のリスクも考えつつ前を向いていくっていうような話をしてて、
清水さんはそんなお人柄と思っているので、
清水のときも無意識でね、思うんだけれども、
慣れなかったとき、最悪のことを考えて取るっていうのはね、
考えてたから、その国家資格を取って、
慣れなかったときの自分がどうなるのかっていうところもあるんですね。
そうなんですよ。
夢とか目標とかって、慣れたときのこうなったらいいなっていう方が、
特に若いときって思いがちかなと思うんですけど、
そう慣れない場合も全然あると思っているので、
慣れたらもちろんいいんですけどね。
そうなったときのリスクの方が大きいなって当時は思って、
そこは諦めようって思ったんですよね。
諦めたときにですね、じゃあどこ行くのって話になるんですよ。
やっぱり、進学校にいたら大学に行くのが当たり前っていう環境なんですよね。
だから、じゃあどこの学部学科目指すのってなったときに、
私は高2の夏に辞めて、高2の終わる直前までの半年ぐらいずっと悩んでたんですよ。
結構長い間。
そうなんです。
結構悩んで、そのときほんと田舎にいたので、大学もないんですね、周りに。
だから、調べる術は本ぐらいしかなくて、
私は図書館で片っ端からいろんな学部学科についての本とか、
当時13歳のハローワークっていう職業の本とかあったので、
そういう職業図鑑関係の本を片っ端からいろいろと読み漁り、
どこの学部に行ったらいいんだろうか、何の職業を目指せたらいいんだろうかっていうのを悩んでいた時期があります。
やっぱりそのとき一番戦ってきたことっていうのが、キャリアを考えたんですよ、その先に。
そこで決まらないまでが私はすごくつらかったんですよ。
そんな中で、新しいもう一方の道になった。
『選択の科学』との出会いと心理学科
職業でどんなきっかけだったんですか?
それが高2の終わる間際ぐらいの話なんですけども、
たまたま父が当時、コロンビア大学っていうところの選択の科学っていう本を書かれて、
テレビ番組をやってたんですよね。
テッドみたいな、そういうに近いような番組をされていて、
面白いよって言われて、その本を読んだっていうのがきっかけだったんですけども、
それはですね、選択心理学とかそういうのを研究されている方の本でですね、
そこで心理学に出会ったんですよ。
お父様からのお勧めで。
そうです、そうです。
それがすごく私の中で衝撃でですね、
その方は盲目の方で、アメリカで心理学とか選択とかそういったところを研究されている方でですね、
そこで社会心理学とか選択心理学が面白いなって思ったのが、
心理学を勉強したいなって思うきっかけだったんですよ。
その方、その方自身にも結構惹かれたんですかね。
そうですね。見え目が見えない中で、
その方自身もいろんな選択をしてきたし、研究もしてきたっていうところにも惹かれたところがありますね。
自分と重なる部分っていうのもあったりしたり。
そうですね。
惹かれる人って、自分にないものがあるから惹かれるって場合もあるけれども、
自分も経験したことを同じことを経験している方もちょっと魅力的に思ったりもするなって自分では思っているから、
その方の本を書いたことを聞いていたら、
岩崎さんも何かちょっと重なる部分というか、
意外に私もこんなことできるのかななんて思ったらもらった本なのかなって感じますよ。
そうですね。今でも手元にありますね。
お守り。
それで、それまでは漠然と心理学って臨床心理師とか心理カウンターになりたい人が行くところかなって思ってたんですよ。
でも、よくよくその後大学の心理学科って何をするかっていうのを調べていくと、
意外と統計学問だなっていうこととか、
カウンセリングとかも勉強はするんですが、
それ以上にデータ分析をしたりとか、
脳の認知とかですね、社会心理とか幅広く結構理系的な学問だなっていうことを知り、
そちら方面が結構面白いなと私は思ったんですよ。
力強い岩崎さんには結構理想だってことですよね。
そうなんです。
だからこそ選択の科学とか選択心理学を興味持ったっていうのもあるし、
幅広く勉強ができるところの中身にもすごく惹かれて、
じゃあ心理学科に行こうっていうふうに決めたんですね。
調べれば調べるほど魅力が出てきたんですね、心理学に関して。
あとは自分の中での方向転換があって、
それまで半年薬学部を諦めてどうしようって思ってた時は、
職業と直結するような進路選択をしないといけないんじゃないかとか、
理系の中で探さないといけないんじゃないかって思ってたので苦しかったんですよ。
国家資格が取れるとか、そういうような仕事に直結する仕事じゃないといけないかなと思ってたら、
なかなか見つからなかったんですけど。
大学はあくまで学ぶの場として行ってもいいのかなって思ったんですよ。
そうなんです。臨床心理師の方に行こうとはその時も今も全く思っていなかったんですよね。
臨床心理師になるんだったら大学院まで行かないといけないということと、
正直職場が少ないんですよ。
基本的に臨床心理師さんって大学院まで行って結構勉強しないといけない割には、
臨時職員的な扱いのところが多かったりするので、正規雇用ほとんどないんですよ。
だからそこを目指すっていうのはまた違うなって高校生ながら思っていて。
だからあくまで仕事はまた別のことを探すけど、純粋な興味として大学生活で心理学を学んでいきたいなっていうふうに認知を書き換えたんですよね。
臨床心理師さんの中で不安だった部分が自分の人生のキャリアだとかそういったのがあったにも関わらず、
大学は学ぶ場所だって、まず自分の興味関係を学んでいく場所だっていうのを認知を変えて、
それが心理学の方に進むきっかけでもあったんですね。
そうなんですよ。
狭い選択肢からキャリア支援へ
じゃあ仕事どうするのって話にも高校の先生となるんですよね。
その時はお父さんみたいに地方公務員になろうかなと思っていたんですよ。
意外と田舎にどころかみたいな。
田舎だからこそそうですね。
私のその当時見ていた世界っていうのは、やっぱり親と医療関係者と学校の先生とか農家さんぐらいしか周りにいなくて、
その数少ない選択肢の中で見えてるものってお父さんみたいに公務員になるからしかなかったなって思っていて。
かつ公務員って学歴はあんまり関係ないんですよね。
公務員試験難しいですけど、そこって学校がどこかっていうよりは勉強をしてちゃんと面接を通ってっていうところなので、
そこで受かればそこもある意味安泰みたいなところがあったので、いいなと思っていたところはあります。
なんかちょっと意外な一面を知りました。
爆速岩市に自分で起業される社会がありますが、
意外に高校生の時は保守的な公務員っていう言葉を自分のキャリアに組み込んでいたっていうのがとても意外でした。
いや、そもそも薬学部、薬剤師になりたいのも超保守的じゃないですか。
堅実な国家資格、それさえあれば仕事には行動もあらわない田舎にいてもみたいなところだったんで。
基本的には保守的か。
基本的にはもともと保守的しか選択肢がその時私にはなかったですね。
もともと病気がちで人より体力もなくて、周りにもそういういわゆる会社員がいないんですよね。
だから他の職業選択がそもそもわからない。
最近になってとある方に、弁護士とかその辺を目指さなかったのとか言われたことがあるんですけど、
その当時周りに弁護士なんていないから選択肢に入らないんですよね。
プラモデルとかもそうなんですよね。
もちろんドラマとかの世界では弁護士さんとかいても、
それってすごく遠く離れた世界の人って感じするじゃないですか。
物語の中の人だから、それが私がなるって全くイメージつかなかったので、
法学部とかそっち系には全く考えも及ばなかったですね、当時は。
今その心理学の目線を突き進めたってわけですけど、
今それを、人生を自分がいわしさんが転職するとか、
そういった思いが大きな経験になったのかななんて思ったんですよね。
大きな経験になりましたか?
大学に入るまでは本当に狭い世界で生きてきたので、
本当に選択肢がなかったっていうのが自分の中ではあって、
自分なりには頑張って自力で本を読んだりとか色々して、
情報収集して自分なりの選択ができたっていう自負はあるんですけど、
でもやっぱりもっと色んな職業選択ができるためのヒントとなるような
色々な方の考え方とか生き方とか働き方をもっと知りたかったなっていうのは、
その後にもすごくつながっていて、
だからこそ私のビジョンとして、
私野党選択肢をまず特に若い頃は広げてほしいなっていうのがすごくあります。
大学時代の過ごし方って次の放送で私が掘りしたいなと思いました。
そこの経験値で今の岩井さん、
こっつくされている考え方があるのかなっていうのは。
そうなんです。
選択肢を整理する支援の方法
選びたくても選べなかったっていうのがすごくあるし、
先ほども言った選択の科学っていうところの中でも、
ジャム理論っていうのがあるんですよ。
理論だけはちょっと有名なんですけども、
ジャムの試食販売の話でですね、
20種類以上のジャムと6種類のジャムを置いて試食販売しましたっていうところで、
なんと少ない方の6種類の方を選んだ方が、
その後30%の方が購入してるんですね。
でも24種類もジャムを置いてた場合には、
3%の方しか購入しなかったっていう研究結果があるんです。
つまりそこで言えるのは、
人は選択肢が多すぎても選べないっていうことになるので、
適切な量の選択肢って大事だよっていうことなんですよね。
なので、長すぎても困るし、ありすぎても困るっていうところがあるので、
程々な選択肢って必要だよっていうことは伝えたいなって思ってるんですよね。
ちょっとそれについて聞きたかったのが、
例えばイヨシーさんにご相談、キャリアプラの相談に来た方が、
選べなくて困ってる。
それが多くないかちょっと分からないですけど、
選べなくて困ってるっていうね。
イヨシーさん、最初にどんなことをその方と一緒に整理したのか。
まずは、いっぱい出せます。
とにかく脳にあるものとかは、とにかく駆け出してもらいますね。
その後、優先順位とかを利用づけながら一緒に整理をしていくのが大事かなと思ってます。
そこで方向を変えていく。
そうそう。なんか大事だなって思ってたものも、
実はそんなに大事じゃないなって思うのがあったら、どんどん減らしてほしいなって思ってます。
それって人それぞれ違うものだと思っているので、
そこを深掘っていきたいなと思ってますね。
その人が抱えてる、そうしたブロックだとかも、そこでまずは出す。
そうそう、まずは出す。
実はそんなに大事じゃないものもあるかもしれないし、
意外なものが大事かもしれなかったりすると思うんですね。
そういうことが変わるかもしれないですね、視野が。
そう。
いわしーさんの一言で視野が変わって、
それこそその薬学部から診療に入りがちになっているのね。
うん。
考え方を転換したっておっしゃってましたけど、そういう振り返りがいわしーさんの方から、
うーん、いけそうか、確かに整理ができそうですね、その方の。
そうそうそう。
やっぱり、どうせ選ぶんだったら欲しい条件ってね、人っていっぱい出てくると思うけど、
本当にこれ必要ですかっていうのを一つ一つ洗い出していきたいんですよね。
うーん、確かに。
多分全て横並びじゃないと思うんですよね。
そう、濃淡があると思うし、
なんか世間的にって思っているものも自分にとって必要かどうかは限らないんですよね。
そうですね。
その浮かべている条件って、
それはあなた自身なのか、それともあなたが見ているどこかの誰かの会社員、
働いているきらびやかな会社員の姿を見て思っている条件かもしれないですね。
そうなんです。
そこをね、深掘っていって、大事なものはもちろん残すし、
いらないものはどんどん捨てちゃいって伝えてます。
でもそれはきっと岩井さん、
今後に至るまでの自分でやってきたことが繋がっているのかなって感じました。
そうです。
そしてこの後、またチーズを続けていく中での今後のいろんな選択においても、
ずっと同じメソッドで色々と選んでいってきていますね。
はい。
大学自体、ここも濃いですね。
濃いです。
いただいているんですけど、ここ濃い。
大学はめちゃくちゃ濃いんです、実は。
この博士っていう単語の始まりかなって思うような。
確かにそうです。大学からだいぶ高校までと変わりましたもんね。
行動の範囲と行動の速さとか、環境に変わったっていうのも大きいかもしれないですね。
大きいですね。大学になるとすべてが自由に選べるようになるので。
よく分かるもんね。
そう。だからどう過ごすかっていう大学自体は大事です。
これはこれからの方にも出るような博士としても岩井さんに変えていきたいですよね。
そうですね。
遊んでもいいけれどっていう。
でも私はとても幼少期から高校の時のキーンの時の岩井さん。
ありがとうございます。聞いてくれた方にもこの岩井、キビキビ岩井なイメージとはちょっと違う記憶が伝わらないなあ。
というわけで、このシリーズは週に1回ほどしょうこさんやまりさんたちとお話をしていきますので、また来週も聞きに来てくださったら嬉しいです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。では今日はありがとうございました。
またよろしくお願いします。
お願いします。では失礼します。
52:19

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