1. りゅうちゃんの独り言
  2. #141 世の中"金"。やりたいこ..
2026-02-02 47:18

#141 世の中"金"。やりたいこととかないから。_『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』

📘『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』井上慎平


今年1の本/やりたいことを考えることが減った/弱さ考と井上慎平さん/社会から個人への影響/変化に弱い個体と流動性が高い市場経済/「競争」と「負債」があるから「成長」し続ければならない/世の中金/内部リソースと外部リソースの相互作用が能力/やりたいことも偶然/あるがん患者さん/因果関係・物語でしか理解できない/優生思想/社会規範を内面化にメス/偏愛を育てる/やりたくないとは言えない


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りゅうちゃん

1997年、大阪生まれ、徳島在住。関西大学人間健康学部卒業後、大手人材会社に就職。2年で退職し、お寺の一角を借りて2023年「対話する、図書館:遊観(ゆうかん)」を設立。武蔵野大学大学院人間学専攻在学。

サマリー

本エピソードでは、井上新平氏の著書『強いビジネスパーソンを目指してうつになった僕の弱さ』を通じて、ビジネスパーソンとしてのプレッシャーと弱さが考察されています。特に、流動性の高い社会が個人に与える影響や、うつを抱える著者がそれを乗り越える過程が語られています。市場経済における競争と不採の原理が討論され、お金の重要性が強調されています。著者は、自身のうつの経験を通じて、やりたいことがない自分を受け入れる過程を描いています。また、著者が強いビジネスパーソンを目指す中で直面した苦悩とその原因について考察されており、社会の競争や経済的規範が個人の価値観に及ぼす影響や因果関係についても触れられています。現代社会における「金」の重要性と、不安から生まれる強いビジネスパーソンを目指す過程での自己の弱さについても考察されています。著者は、働きすぎや不安によって心身が疲弊し、真の自己を見失う可能性について警鐘を鳴らしています。

本の紹介と概要
台湾人に、めっちゃ寒いっていう日本語を教えておきました。
りゅうちゃんの独り言。
どうも、りゅうちゃんです。
今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
あ、もうね、難しいね。よろしくお願いします。
まあまあ、早速いきましょう。
ちょっとね、今日は、てか久しぶりですね。
先週、先週とのすけがゲストに来てくれて、いろいろと喋って。
久しぶりにのすけと喋って、学び気づきがたくさんあったんですけど、
それがちゃんと皆さんに、もう学びとして提供できてたらいいなと思いつつ。
すごく対話というかね、話だなーっていうのを感覚としてあるので、
いい時間だったなと思います。
また感想も喋りたいというか、シェアしたいなと思うんですけれども、
今日はですね、今年一番の本に出会っちゃって、
それを今日は紹介したいなと思います。
今週、二部構成にしようと思ってて、今週はその本の概要的なところ、
僕がおもろいなーって思ったところを伝えて、
来週は全面的に僕の感想を伝える時間にできたらなと思ってます。
お願いします。
これがですね、これですね。見えてるかな?
強いビジネスパーソンを目指してうつになった僕の弱さこうっていう本ですね。
これがね、良かっただけじゃないんですけど、
すごく共感した部分もあるし、
よくぞ言ってくれたっていうところもあるし、
そういうことだったのかっていうところがたくさんあって、
僕この本を読んで、この本を読む前はやりたいことって何かなーとか探してたんですよ。
このポッドキャストでもいろいろ喋ってきたと思うんですけど、
原体験探しに行こうだったりとか、いろいろ考えてたんですけど、
この本を読んでからは、やりたいことを探す自分が減った。
そんな本ですね、僕にとっては。
だから僕の少し思考だったりとか考え方を、
この本を通して考えたりとか見るようになったりとかした本だったので、
それに僕は共感したりというか、
感じ取ったなーみたいなことをたくさん感じたので、
感じたからにはここで伝えておかないとということになりました。
1週読んで、2週読んで、2週目はメモをたくさん取りながら、
久しぶりにメモをたくさん取りながら本を読みました。
なんか勉強したみたいな感じの、
作者何が言いたいんかな、これはっていうところを考えながら読みました。
それでさっきも言ったんですけど、
今週はこの本の概要的なところを伝えて、
来週は僕の感想を伝えられるような時間になったらなと思います。
できるだけこの本が言っていることを、
社会と個人の相互作用
今週伝えるようにしたいなと思っていて、
なので感想と言っていることを分けて話したいなと。
頑張ります。やってみたいなと思ったのでやってみようと思います。
聞いていただけたらなと思います。
人によってはいやいやそんなことないよというか、
井上新平さんの岩坂を考え方には同意できないなという方もおるかもしれないですけれども、
そういう考え方もあるんだよ、こういう物の見方もあるんだよみたいなところは、
ぜひとも僕が頑張って伝えられたらなと思うので、
聞いていただけたらなと思います。
では行きましょう。
改めて強いビジネスパーソンを目指してうつになった僕の弱さを考えようという、
井上新平さんの本になります。
何を書いているかというと、
弱さについて書いててですね。
弱さって何かとかを紐解いていったりとか、
それとは別に出てくる言葉として強さがあると思うんですけど、
強さとはどういうことなのかという。
井上新平さんは元ディスカバー21編集者からダイヤモンド社、
この出版社、出版元ですね。
ニュースピックスパブリックスのプリシングの立ち上げをされて、
その立ち上げをされている頃、2019年ぐらいに何度か求職を繰り返したりとかして、
最終的にうつになってしまったと。
この方自身がうつというか早期規制障害とは言われたりするんですけどね。
いろいろ言われ方あると思うんですけど、うつの障害を持ってたと。
それまではすごく編集作業だったりとか、
マネジメントだったりとかバリバリにやってた方だったんですけど、
一滴プツンと切れて休まざるを得なくなったと。
ビジネスから遠ざかる、遠ざかざるを得なかったと。
でも本人ももっと自分はできるんだとか、もっともっと生産性を上げていかなとか、
もっともっと背伸びしてっていうところを頑張ってたんですよ。
それも自分もやりたいと思ったと言ってるというか、
やりたいなというか、背伸びしてやっていたと。
誰にも弱さというか自分のしんどい部分を見せずに頑張ってきたんやけど、
でも頑張って頑張って頑張ったからこそ鬱病になってしまったっていう。
これ本当皆さんの周りにも少なからずいるのではないのかなと思いますし。
そういう現実があったと。
それで弱さ、鬱になってしまって弱さというか、
なんでそうなっちゃったんだろうみたいなことを考えたりとかを鬱病になっていったと。
鬱状態からちょっと回復、今も治ってはないんですよね。
やっぱ障害だったり障害なので、完璧に治りきるっていうものではないので、
日々その自分と向き合って付き合って生きていってあると思うんですけど、
その鬱になってちょっと回復したぐらいの時に、
なんでこうなってしまったんだろうかなとか、そこの原因ってどこにあるんだろうかなとか、
そもそもそういう社会ってどういうことなんだろうかなみたいなことを考え始めて、
それがニュースピックスに載っていったのかな。
それを連載していって本になったのが今回の本だなと僕は認識してるんですけど、
その鬱になって回復してきた時にたくさんの問いが浮かんだんですって、
いろいろ考えられて、たくさん本も読まれて、
こういうことだったのかもしれないなっていうのが、
今日僕が皆さんにお伝えできることかなと思ってます。
本当に最初本を読んでって、最初の本にハンバード・ハンバードっていう、
今朝ドラの主題歌を歌ってるハンバード・ハンバードってアーティストさんがいるんですけど、
その歌手の歌詞が最初に出てきて、
みじめっていう言葉から論が展開されていくんですけど、
アストラドラミ出てハンバード・ハンバードその曲も僕聞いたことあったし、
そこが始まりで本が展開されていくんだとか感じながら、
ちょっと10ページ、20ページ進めていくと、
おいたちが書いてあって、なぜうつになったのかっていうのを書いてあって、
問いがどんと15個一気に並べられててですね、
どの問いも非常に考える、考え深い、考えられる問いばっかりで、
その問いを一つずつ紐解いていくっていうのはこの本の構成になってます。
まず最初になんですけど、
社会と個人と分けて考えてるんですよね。
一端はこの本の中では。
それが相互補完的にというか、相互作用。
個人も社会に、社会も個人に、
お互いがお互いに影響を及ぼし合うっていう大前提のもと、
この本の中では、
社会から個人への影響に対してどうなっているのかっていうのを書いてます。
なので、個人が社会に対してどうできるのか、
どうしなきゃいけないのかみたいなことではなくて、
社会から個人に対しての、社会がどうなっているから、
個人もこういう影響を受けているのかもしれないなっていう問題提起の本になります。
大前提として、両方とも相互作用されている。
個人が社会を作り、社会が個人を作るというのもある上で、
社会から個人っていう一方向性だけのものの捉え方で、
まずものを捉えようというのがこの岩坂の論集になってます。
変化に対する人間の対応
このタイトルにもある通り、
なぜ僕たちは強いビジネスパーソンを目指してしまうのかっていうところから
入りたいなと思うんですけど、
さっき言った社会構造、社会がどうなっているのかっていう話をしていきたくて、
結論的に言うと、流動性が高すぎるっていうのが一つキリワードがあるかなと思います。
流動性が高すぎる市場経済。
流動性が高いって何かっていうと、
情報とかものとか人とかが非常に入り乱れる、流れる。
流れて入れ替わり立ち替わりしちゃうっていうのは、
流動性っていう状態のことで、
100年、200年、300年歴史を遡っていくと、
そこまで流動性が高かったわけではない。
日本での話なんです。
日本のビジネスパーソンの僕が鬱になったっていう話なので、
日本での話にはなります。
その中で世界とも比べるんですけど、
この日本で100年、200年、300年遡って考えると、
こんなにもグローバル化が進んで、
インバウンドが多くなったりとか、
日本人も海外に川掘り行くなり、
世界旅行行くなりするみたいなこともなくなってなかったし、
今もうここ5年、10年ぐらいですよね、
転職が当たり前になってきてるじゃないですか。
人材業界も非常に成長してきて、
仕事作業だったり、新卒だけじゃなくて、
いろんな働き方が推奨されるようになってきてるという、
非常に人もそうだし、情報もそうですよね。
インターネットが発達して、今はAIが発達して、
いろんな情報が飛び交うようになった。
YouTubeもあり、SNSもたくさんあって、日々あると。
一説によると、1日で砂漠の砂粒分の容量、バイト、
1砂粒1バイトみたいになると、
砂漠1個分1日で情報が出てるみたいな、
流動してるみたいなことが言われたりするらしくて、
それぐらい、僕たちの周りには情報もあふれてるし、
人も流れ続けると。
物もね、今日Amazonで頼んだら、明日物が届くじゃないですか。
それぐらい、本当に交通もインフラも整ってる、
非常に流動性が高い経済だというところが、
一つ抑えるべきところかなと。
その中で、変化に対応できる人がすごく称賛されたりとか、
変化に対応できることが求められるっていうのが、
一つあるかなと思うんですよね。
非常に流れが早いからこそ、その流れに対応できる。
だから今やったらAIが流行ってるから、
AIを使いこなせるような人にならなきゃいけないだったりとか。
転職種類がたくさんあって、どこの会社に行っても、
そのスキルなり使える能力なりを求めて、
転職できるようになることが求められてると。
そこはいえ、人間の本質的にそんなに経済が発達したりとか、
グローバル化が進んだりとかするけど、
でも人はそんなに変化に強い生き物じゃなくて、
その変化に順応しようと頑張って生きてきた存在なんですよね。
ここの寒いから寒い中でどうやって過ごすかとか、
暑い中でどうやって過ごすかみたいなことを、
しっかりと考えてそれに工夫して、
なんとかなんとか生きてきた人たちが僕たちを生んだわけで、
そもそも変化するのが嫌やから、
変化しないように生きてきたというところがあると。
変化が苦手なんですね。
向上性というのがあって、ホメオスタシスですね。
変化が苦手な生物でもあると。
そうですよね。結構ストレスかかるんですよね。
いろんな変化にとか。
悪い変化もあれば良い変化もあって、
悪い変化だけが鬱になったりとか、
しんどくなったりとか、
人に悪い影響を与えるのかみたいなこともあるんですけど、
逆に精神とか性格とか、
結婚だったり、子供が生まれるだったりとかもそうかもしれないですけど、
良い影響、良い変化であったとしても、
ストレスになるのは変わりなくて、
それでも鬱の原因になったりとかすると言われています。
とはいえ、成長を求められるじゃないですか、人も。
会社も成長しなきゃってなるじゃないですかね。
昨日よりも今日が良い日だと思いたいですし、
今年よりも来年の方が、
例えばお金稼いでたりとか、
もっと健康的になったりとか、
売上が伸ばせたりとかしたいですよね。
でも、なんでそれってしなきゃならないんですかね。
実際ですよ。
のんびり、ノンホンと、何も考えずに生きれたらなぁとか思いません?
のんびり生きれたらなぁみたいな。
何も考えずに、稼がずに、働かずに生きれたらなぁみたいなのも、
たぶん1回や2回ぐらいは思ったと思うんですよね。
だけどそれができないのがなぜかっていうのは、
競争と不採という考え方というか、
競争と不採の原理
市場経済の中では競争と不採があって、
競争についてはいつ、どこで、
誰が何をしてくるのか分からないっていうのは、
競争の原理が働くんですよ。
先ほど言った流動性が高いので、
例えば僕が何か一つのアプリ開発して、
そのアプリがバカ売れしたと。
そのバカ売れしたアプリをほったらかしといて、
そのままでフローシャー特定に生きていけるかって言ったら、
そうじゃなくて、誰かがそのアプリにいったら、
もっとアップグレードされたアプリを開発して、
抜かされるかもしれないじゃないですか。
それはいつ誰がどうなって、
どう攻略してそのアプリを新しく作るか分からないじゃないですか。
だから競争し続けなければならないと。
だから現状維持。
のんびりそのままそれだけで生きているっていうのが、
この市場経済の中では難しいと。
不採利ですね。
会社は投資を受けて、もしくは投資をして成長していくわけなんですけど、
まず投資を受けるためには、
魅力的な未来とか会社の成長がこうなりますよっていうのを、
投資元に伝えてお金をもらうじゃないですか。
成長する前提なんですよね絶対に。
そうしないと投資家にバックされないからね。
配当金だったりとか。
なので魅力的な未来を魅力的に語るような挙動をすると。
もし逆にこっちが投資する側だった時も、
未来を見せたが故に成長しないといけないが故に、
ちょっと借金をしてでも不採を抱えたとしてもそれにベッドして、
それにベッドする理由は、また来年、明日、
来年、再来年がより良くなるっていう未来のためですよね。
だから不採を抱えた上でも投資して回していくと。
この競争と不採という2つの原理が働くことによって、
このループ、成長しなければ、
今日よりも明日、明日よりも明後日、成長しなければならないとなっているし、
のんびりの本当に生きていけないというシステムの状態になっていっていると。
お金の重要性
そんな資本主義とか能力主義、能力をめちゃくちゃ高い人が稼ぐみたいなことも、
もうやめちゃえばいいやみたいなと思うかもしれないけど、
そうじゃなくて、でもそれはすごく賛成しなくて。
この市場経済をもっと言うと、もっと別の言葉で言うと、
100%他人に依存している社会でもあるんですよ。
農家さんで米とか野菜とか自分で作ってたとしても、
道具だったり種だったりとかはどこかから買ってきてるじゃないですか。
この家だって机だってマイクだってパソコンだって誰かが作って、
それはお金を返して僕の元に来てると。
だからお金なしては本当に生きていけないというか、
世の中は金なんですよ、実際的に。
だからお金を稼がないっていう選択肢はなくって、
それは稼がないと生きていけないんですよね、絶対に。
でも逆にお金を稼がない方法としては、
1つが誰かに自分のお金を出してもらう。
2つ目が自給自足するかそのコミュニティに属する。
3つ目が生活保護を受ける。
この3つしかないと著者は言ってるんですけど、
その3つも誰かに頼るは、
運というか親族とか血縁だったりとか、
誰かに頼れるような関係性が必要じゃないですか。
2つ目の自給自足するとか自給自足するコミュニティを持つっていうのは、
その知識もいるし、
コミュニティに属するにしてもコミュニケーション能力がいる。
生活保護を受けるのもある種勇気がいるんですよね。
勇気がいるから、その3つどれかやるにしても、
稼ぐ力じゃないところの別の力が必要っていうことが言われてて、
どっちにしろ僕たちは力だったり能力だったりとかが必要で、
お金を稼ぐことからは目を背けられないっていうのが必要だと言ってることですね。
うつの経験と自己受容
だから僕たちは市場価値とか市場経済の中における市場の価値、
自分自身の市場価値を高めていこうっていう生存戦略、
生存本能が働くというか、本能って言っていいかな、働くんですよね。
で、それに百車をかけてるのが試験と評価っていうのがあって、
僕たちも小中、高校ぐらいからかな、高校受験があって、大学受験して、
大学出た先でも就職試験があって、それに対して評価されるんですよね。
合格、不合格。
他にも評価といえば、できる、できないとかね。
そもそもテストできる、できないとかもそうやし、
病院だってそうじゃないですか。
あなた病気ですね、こういう病気ですね、もそうやし、
こういう病気じゃないですね、健康ですね、って分けられるじゃないですか。
で、分けられた瞬間に分断が始まる。
その分断の中で、悪い方にはやっぱりいたくないじゃないですか。評価が低い方には。
だから評価が良い方に、評価が良い方にっていうので評価を高めたくなる。
自分の市場価値を高めたくなるんですよね。
そう、これでより一層、百車がかかっていくと。
競争と不在の原理があって、競争の中にも試験と評価があって、
その試験があるから評価ができて、分断が起こって評価ができて、
その評価が高い方に高い方にっていうのが、僕たちは生きたくなると。
努力するのがすごく気持ちよくなるというか、
努力し続けている間がめちゃくちゃ気持ちよくなる、安心できる。
逆に言ったら不安なんですよね、僕たちは。
努力しないこととか、何もしない時が。
不安だから動くし、不安だから働くし、不安だから金を稼ぐし、
将来が不安だから何かしようとすると。
不安だから頑張ろうとすると。
だから、なんですよね。
ニーチェも言ってるんですけど、ここで本も引用してるんですけど、
なんじらの勤勉は動機である。
自己を忘却しようとする意志である。って言ってて。
勤勉、めちゃくちゃ勉強しないとか、めちゃくちゃ働いたりするっていうのが、
防備になってしまってると。
自分を忘却、もっとこう、
しんどさ、弱さ、苦しさ、きつさから、そこに自分がおるのに。
それを忘却しようとする。
それから逃げようとする。それからしんどいから逃げようとする。
しんどいことをしんどいと受けるのがしんどいから逃げようとするために、
努力する。不安を逃れる。
動きたくなる。っていうのが一つ言ってることですね。
不安を解消するために、
努力する。不安を解消するために働く。
っていうことをしていくと。
努力が癒しになっていってしまっていると。
いうことなんですよね。
しんどいんやけどね、努力は。
もっと頑張らないと、もっと頑張らないとって言われるのは、
そういうところがあるからと。
努力は癒しになってしまう。
将来の不安を消すために、今を犠牲にして働いてしまうと。
で、市場経済っていうのを言う社会がある。
そこに僕たちはたまたま生まれてしまったから、
そのルールで生きていかないといけないじゃないですか。
市場経済は、さっき言ったみたいに、
競争と負債の原理が働いていて、
競争をしなきゃいけない。
いつ自分の地位、立場、お金、
銀行、いろいろ阻害されるかもしれないから、
働かないといけないっていう競争の原理があるし、
会社は会社で、未来成長しますから、
将来売り上げをこんだけ伸ばしますからっていうのを見せないと
投資してもらえないし、そういうところにやっぱり投資をしたくなる。
深くて誰にもわからない未来なんだけど、
おそらく確からしいみたいなところにピンを置いて、
そこに向かっていきますからっていうのを論理的に見せて、
アピールしてもらうということが働いてしまう。
つまり、市場とか社会とかそういうものは、
未来逆算型で考えちゃってるよねっていうのを作者は言ってて、
ありもしない、わかりもしない。
わかんないですよ。ほんまにわかんないんでね。
わかんない未来から逆算して考えてしまってるんやけど、
僕たちは本当にたまたまここに生まれてるし、
たまたま日本に生まれてるしっていうところがあると。
たまたま生まれたものでしかない、たまたまでしかない。
ここでも言ってるんやけど、
能力っていうのは自分に備わっているものだと思いがちやし、
筋肉みたいに思ってる。
筋肉って自分で鍛えたらつくから自分のものやなって思ってる。
だけど能力はちょっと違くて、
能力は自分の経験とか過去とか思い出とか、
そういうこれまでしてきたこととがたまたまそこの環境とか状況に
マッチしたときに能力っていうのが出てくると。
環境ありきで能力、自分の過去と経験とかが
合わさったときに能力が出てくる。
例えば僕がめちゃくちゃこうやってしゃべれるじゃないですか、
今の状況が。
これは1人やからっていう状況とはかみ合ってるからしゃべれるだけで、
これがいろんな人たくさんの100人200人おる前でしゃべれてなったら、
こんなに優勝にしゃべれないじゃないですか。
しゃべる能力は今までの概念だとはしゃべる能力はあるのに、
いろんな人がおるところではしゃべれないってなるという。
つまり能力も、能力っていうのは一対一対応ではなくて、
自分の内部にあるこれまでのものとこの状況が
マッチしたときに能力っていうのは出てくると。
だからそれこそ本当にずっと本の中でずっと言われてるんやけど、
たまたまでしかない。
偶然的に出てくると。
やりたいことがある人は偉いとかね。
あるじゃないですか。
僕も最初に言ったんですけど、
この本を読んだことによってやりたいことがなくてもいいっていうのは
ここでたまたまなんですよ。
やりたいことがあるとか、そういうことが考えられる環境さえも
たまたまでしかない。
どう言ったらいいかな。
理性を僕たち持ってるじゃないですか。
理性っていうのはこの本の中では、
本能が何か致命的なエラーを起こさないために
肯定的に得た経験でエラーを防ぐことが理性だとここでは言ってて、
その理性も肯定的に得てるから、経験的に得たものだから防げるってことですよね。
本能でこれまでやってきた、泣いた、いろんなところで泣いちゃったとか、
誰かに傷つけちゃったとか、
暴力振っちゃったっていう本能的にやってしまったことが、
理性的にそれはダメだったんだなとか、
本で読んでこれダメなことなんだなとか、
ニュースで見てこれが犯罪なんだなって分かってきたから、
本能ではそれをしたいかもしれへんけれども、
理性でシャットダウンするというのが理性なんですよね。
それはたまたまニュースを見てきたからであって、
たまたま本を読んだからであって、
たまたま本を読める環境だったからであって、
たまたま本を読めるニュースを見れる学習をしてきたからであって、
それがだってニュースが外国語で喋られてた僕たちは分からないわけですし、
そのニュースが流れるか流れへんかもその放送局が決めてるわけやし、
たまたまが繋がって自分の中に備わってしまってるのが理性らしくて、
理性さえもたまたま、
それを体現したのが、
この著者本人がうつでほんまに何もできへん状態を経験してるし、
何か頑張ろうとしてもできない、頑張れない、
頑張らなあかんって思ってるんやけど頑張れない、できないし、
あるがん患者さんとも、
著者の新平さんは出会ったって書かれてて、
うつになったのは自分が頑張ろう頑張ろうとか、
やり切ろうやり切ろう、もっと成長しようってなって、
それ頑張りすぎたがゆえになってしまった。
だから、なった以前なった以後で、
うつになった以前なった以後で、
治せる、元に戻したいとか、
自分を元に戻したい、
うつじゃない状態にしたいって思ってしまってたと。
でもこのがん患者さん、
病気になった人は、
本当に偶然なんですよね。
生まれ持ってたかもしれないし、
お父さんお母さんの遺伝なのかもしれないし、
職生活なのかもしれないし、
それこそ日頃のストレスなのかもしれないし、
それは何が原因って突き詰められるものでもないと、
たまたまがんになってしまったと。
それを受け入れるしかない。
ウツ病との闘い
その人とうつ病になっちゃって、
何とか何とかしようともがいてる自分を大変的に考えて、
それさえも、うつさえも偶然だったかもしれないし、
何でも強いビジネスパーソンになろうとしたっていうのは事実だし、
それを超えようとしてうつになってしまったっていうのは、
原因として考えられるから、
そことのキャップもあると。
だからやりたいことさえも、
やりたいって思える体があるとか、
やりたいって思える経験をしたとか、
何か見たとかっていうのが、
たまたま偶然があったから、
それが出てきたわけで。
別にやりたいことがあるのは別にいいと思うし、
それをしてもいいと思う。
別に僕が前の僕みたいに、
無理に見つけなくてもとか、
やりたいことがある人がいいなとか、
現体験がもっとあるのがいいなとか、
そういうのではなくて、
その子もフラットというか、
やりたいことがあってもやりたいことがなくても、
それはたまたまやし、それは偶然やし、
どちらがいい悪いとか、
善悪とかっていうわけではないということですね。
因果関係も、
ちょっと話に出てて、
努力するから報われるとか、
未来を目標に置いて、
そこまで順番に一つずつ達成していくから、
達成するとか、
これをしたからこうなるみたいな、
因果関係ってあるじゃないですか。
それはあるけどないというか、
あるんですよ。
例えば机を叩いたら音がするとかね、
自分が喋りたいなと思って喋るから、
マイクに収録録音されるとかね、
あるんですけど、
でもそれは、
ほんまにたまたま喋りたいなと思っているのも、
それまでの自分がそうしてきたからであるし、
叩こうって思っているのも、
叩けない可能性もあるじゃないですか。
因果関係の話はすごく難しい、
複雑になっちゃうんですけど、
何かやりたくてもやれないとかね。
因果関係も一対一対応ではなくて、
たまたま偶然でしかないと。
じゃあなぜ、
そういう因果関係、
努力すれば報われるとか、
目標達成するために、
一個一個手段達成していくとか、
なぜそう考えてしまうのかっていうのは、
脳の仕組みですね。
ちょっと前にしゃべった回でも、
夢を叶えるために脳があるって、
池川雄二さんの本も紹介させてもらったんですけど、
そこでも言うように、
脳は物語で理解するんですよね。
つまり因果関係で、
これがあったからこれがあった、
これがなったからこれがあったって。
何か原因があって、
これが結果になってみたいなのが、
理解しやすい。
だから物語が面白いなとか、
ストーリー面白いな、
ドラマ面白いな、
アニメ面白いなってのはなる。
それがストーリーがあるからね。
それじゃなくて、
ストーリーがない単発でポンポンポンっていうのは、
頭が処理しきれないというか、
理解できないんですよね。
僕たちの理解構造的に。
だから因果関係があるって思ってしまうし、
自分の中に能力があるって思ってしまうんですよね。
自分の力、
これまでコミュニケーションめちゃくちゃ取れてきたから、
どこでもコミュニケーションできるわっていうのは、
そう思ってしまうんやけど、
たまたまそういう自分の経験と、
外的リソース、
外部環境がマッチしたから、
その能力が発揮、
発動されただけであって、
そうじゃないパターンも無限に広がってるわけで、
それを脳が勝手に、
そういうストーリーを立てて、
いっていったからということになってて、
因果関係さえも、
能力さえも、
やりたいことさえも、
偶然の産物に過ぎないと考えてると。
最後にじゃないんですけど、
因果関係の複雑さ
終わりに近づいてきてて、
役に立たない人は必要ないのかどうかっていう、
お問いもんですね。
うず病になっちゃったから、
自分は役に立たない人間になってしまったなと。
何とか戻らなあかんなとか。
もっと強いビジネスパーソナルにならなあかんなとかって、
思ってしまう。
そりゃそうっすよね。
病気になったら、
治りたいなと思うじゃないですか。
病気のままでいいやと思わんし、
怪我したら治さなあかんなとか。
何か失敗したら、
それ次は失敗しないようにしなきゃなとかって、
なるじゃないですか。
大きく括って、
役に立たない。
役に立たなくなっちゃったなと、
自分では思えないですよね。
でも役に立つか、
役に立たないかで、
見てしまうっていうのが、
優勢思想とも言われてるものでして、
ここはもう少し僕も、
勉強したい、
学びたいところがあってですね。
優勢思想についてはまた、
後日いつになるかわかんないですけど、
詳しく僕が勉強したこと、
伝えたいなと思ってるので、
説明省くんですけど、
そういう感じで、
役に立つか役に立たないかで、
判断してしまう。
人を見てしまう。
優劣をつけてしまうというのが、
優勢思想っていうのは、
ちょっと覚えておいてもらって、
自分自身を役に立つかどうかで判断して、
うつになってしまったから、
役に立たないんだって、
見てしまってるっていうことは、
自分も人に対して、
この人役に立たないなとか、
うつになっちゃったんだ、
役に立たないなとか、
病気になっちゃったんだ、
役に立たないなとか、
妊娠しちゃったんだ、
仕事休むんだ、
役に立たないなとかって、
思ってしまってるんじゃないかっていうのが、
作者の気づき、
ハッとしたところであって、
うわーってなったらしくてですね。
で、
それが役に立つ、
役に立たないって、
さっきの試験があって評価される、
評価の良い方になっていこうとするっていうのも、
そうだし、
市場経済で市場価値があって、
自分を高めて、
稼がないといけないって、
なってしまってることも、
事実であって。
で、
作者が何を言いたいかっていうと、
そうやって、
経済とか市場とか、
社会の中にある市場の価値、
自分の価値みたいなのと、
人間としての、
本来の自分自身としての価値が、
一緒になってしまってるんじゃないかっていうのが、
この本の骨子、
めちゃくちゃ言いたいところ。
そこの合わさっちゃってしまってるところ、
ここで言ったら、
社会のルールとか、
こうしなきゃならないとか、
市場価値を高めないといけないとかっていうのを、
規範って呼んでて、
常識とかルールとかですね。
そういう規範が、
自分の中に入ってしまってるんじゃないか、
内面化って言ってます。
規範の内面化してるところに、
メスを入れてるっていうのが、
この本の一番の大事なところですね。
問題提起してるところですね。
これまで説明してきた、
競争の原理とか、
負債の原理だったりとか、
なんで成長しなきゃいけないのかなとか、
能力、
能力主義、
自分の中に能力あるなとかって思ってしまってるのが、
全部社会の側から見た規範だったんですよね。
社会規範があって、
それを自分の物事と比べて、
もっと能力を上げないといけないなとか、
もっと市場価値を高めなきゃいけないなと思ってるんだけど、
無意識にそう思わせられてしまってるんじゃないかな、
っていうのが問いです。
無意識にそう思っちゃってるがゆえに、
人を役に立つか役に立たないかで判断してしまってる、
優勢思想が自分の中にあるのではないかな、
っていう気づきもありました。
社会との関わり
この本を読むことで、
社会が自分の中に入ってこんでしまってることを、
切り離せるようになるかもしれないし、
作者はもう少し具体的に言ってて、
偏愛を持つ、育てることがいいのではないかなと、
おっしゃってます。
偏愛って何かっていうと、
自分にしか分からない好きなこととか、
推しとかね、
例えばパートナーとか、
パートナーと過ごす日々とか、
子供を育てることとか、
そういう自分にしか分からない尺度の何かを持つこと、
そういう依存先を複数持つことがいいのではないかなと、
言ってます。
例えばお金とか、
肩書きとか、
地位とかね、
そういう多少視点で、
何か物事を判断する依存先ではなくて、
自分の中でこれが好きだなとか、
これ大切にしたいなとかっていう、
自分の中にの偏愛を育ててほしいなと、
著者は言っています。
自分にしか分からない価値ですね。
今までが第8章まで全部あるんですけど、
6章、7章ぐらいまでの話でして、
そこからどのようにして、
なぜ井上新平さんが業作を考えるに至ったか、
それをどうしていこうかなっていうのは、
7章、8章に書いてるので、
ぜひ読んでいただけたらなと思います。
ではここまでを少し求めさせてもらうと、
井上新平さんっていう、
すごくバリバリでベンチャーで働いてた、
出版の編集者がいましたと、
その人がバリバリで働いてた、
頑張って頑張って頑張ろうと、
背伸びして頑張って強くなろうと、
ビジネス的に稼ごうと、
強くなってたら、
プツンと人が切れて鬱になってしまったと、
鬱になってしまった。
で、なんとか鬱を治したいなとか思ってたけど、
それと一緒に過ごしていかなあかんなということで、
弱さについてより深く考えるようになって、
本を出版したのはこの弱さ講だったと。
じゃあなんで僕は鬱になってしまったのかなとか、
なんでそういう社会になってしまったのか、
いろんな問いが出てきたことを一つずつ紐解いていったと。
そもそも自分も社会もいろいろ相互で
作用、影響し合ってるんやけど、
社会が自分に影響してることの意味とか、
なんでその社会が影響してるのかとか、
そもそも社会ってなんなのか、
その市場とか資本主義ってなんなのかっていうのを
一つずつ紐解いていったと。
その社会構造が今どうなってるのかって言ったら、
日本ではいろんな世界の人たちが行き交うし、
情報も人もお金も行き交うようになった、
流動化した社会になってしまってると。
なってしまって社会になっていると。
そこの市場経済って言われるところには、
競争と夫妻の原理が働く、
競争はのんびり生きていけないと。
なんでかって言ったら、
いつ誰が何を指定化すかわからないような状況になってるから、
誘導性が高いがゆえに、
何かプロダクトを一つ作って、
それに安心しきれない。
二番手がそのプロダクトを追い越すこともある。
だから自分のプロダクトをもっともっともっともっと
育てていかないといけないっていう会社の意向もあるし、
それが個人にも内面化しているっていうのが一つある。
もう一つが競争のもう一つが夫妻ですね。
投資先を見つけるにしても成長するだろうなっていう、
未来客さん型の趣向になっている。
この人はもっと売上げ伸ばすだろうとか。
投資する側も先行投資として、
未来に何か確からしいものを置いて、
夫妻を持って、でもそこにチャレンジしていく。
成長していく。
今年よりも来年成長するように頑張ろうとする。
今年も来年頑張ろうとする会社があるから、
その会社に自分も追い越されないようにと、
自分も今年よりも来年というところに、
そういう成長しなければならないっていう規範が
自分の中にも入り込んでしまっていると。
不安と社会規範
なぜ社会規範が自分の中に入り込んでいるかというと、
そもそも土台が市場経済、
お金でレイトレースしないといけない社会になっている。
お金がないと生きれない。
お金がないと生きれないし、
将来が分からない不安で、
情報だったりとか人だったりとか、
いろんな流動性が高いこの市場経済の中で、
何が起こるか、明日どうなるか分からない。
来年どうなっているか分からない。
というところに不安が非常に溜まっていく。
その不安OSを何とか解決したいが故に、
市場に出て強いビジネスパーソナルになろうと、
誰が何と言おうとやりたいことをやり抜くんだとか、
もっともっと自分はお金を稼ぐんだ、
距離を増した、
明日よりもあさって売上を上げるんだという
努力をし続ける。
この努力をし続けているときは、
自分にとっては癒し、不安が解消されているから、
でもその不安とか努力とか解消されている感じというのは、
偶然でしかないと。
自分に備わっている能力も、
やりたいことがある能力、
やりたいことがあるということも思考も、
たまたまでしかない。
偶然でしかない。
努力をすれば報われるわけではないじゃないですか。
絶対的に。
絶対って絶対ないじゃないですか。
絶対が絶対にあるんやったらそうするんやけど、
そうじゃない。
不安があるから、
努力して不安を解消しようとする。
癒しをしようとするということですよね。
そのたまたまに、
たまたまの能力だったりとか、
たまたまの環境だったりとかに突き動かされて、
いってしまっていると。
そうやって、このループですよね。
不安があるから頑張る、
頑張るから疲れるっていうね。
それでうずになっちゃったっていうのが、
この作者であって、
他にもやっぱり、
皆さんの周りにも1人ないし、
2人はいるんじゃないですかね。
こうやって働きすぎて頑張りすぎて、
疲れてしんどくなってしまっている人が。
ちょっとやりすぎなのではないかなとか。
もしくはこの弱さっていうのを
吐き出せるところがないから、
そういうことにもなっているのではないかなっていうのを
問題提起の1つとして挙げていました。
弱さの認識
この弱さ。
自分個人で弱さを見せれないことを
社会が許してくれないですよね。
これ以上成長したくないですとも言えない。
どこにも行きたくないですとも言えない。
のんびり生きていきたいですとも言えない。
やりたいことがないですって
誰も聞いてくれないわけですよね。
やりたいことは何とか。
将来どうするのとか。
次どうするのとか。
そういう話になりますよね。
働いていると。
偏愛。
自分の中にある大切なもの好きなもの欲しい
だったりとかを
せめて育てていこうではないのかなと。
もしくは友達ですね。
家族みたいな。
夫婦みたいな。
強すぎるしがらみの中にいるのではなくて
同僚みたいに
もっとビジネスパーソンよりではなくて
もっとその子の間ですよね。
ビジネスパーソンと家族との間にいる友達。
友達に自分の子を持っているんだよとか
愚痴だったりとかでもいいと思います。
悪口とかでも何か自分の弱みを出せる場所がないと
その弱みが溜まってしまって
弱さが溜まってしまって
愚痴になる可能性が高くなる可能性があるのではないかなというところで。
最後は僕の気持ちが舞い上がってしまったんですけど
非常に面白い本だったし読み応えがある本でした。
お伝えしきれてないところもたくさんありますし
いい言葉がたくさん載ってるんですよね。
なので一章から順に読んでいただきたいなとも思いますし
ぜひ皆さんの弱さ、周りの人の弱さを
あなたの弱さを認めて
弱いんだと認めてあげるところから出発なのかなと
僕も思ったので
自分の弱みをしっかりと見つめていこうかなと思いました。
ということで今週は
弱さ講についてたどたどしいところもあったと思いますし
伝えきれない、伝わりきれないところもあったかなと思うんですけど
一応僕の中にあるものは出せたんじゃないかなと思いますので
今日もお聞きいただき本当にありがとうございました。
来週はこの感想ですね。
弱さ講を読んでどう思ったのかっていうところを
喋れたらなと感想戦ですね。
やっていきたいなと思います。
何か感想だったりとかご意見だったりとかありましたら
概要欄にフォームがあるのでぜひ何か送っていただけたらなと思います。
ということで今日か明日かお元気で
クセ強めで弱さもあっていいのではないかなと思ったので
弱みを見せていきましょう。
ありがとうございました。
47:18

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