今週伝えるようにしたいなと思っていて、
なので感想と言っていることを分けて話したいなと。
頑張ります。やってみたいなと思ったのでやってみようと思います。
聞いていただけたらなと思います。
人によってはいやいやそんなことないよというか、
井上新平さんの岩坂を考え方には同意できないなという方もおるかもしれないですけれども、
そういう考え方もあるんだよ、こういう物の見方もあるんだよみたいなところは、
ぜひとも僕が頑張って伝えられたらなと思うので、
聞いていただけたらなと思います。
では行きましょう。
改めて強いビジネスパーソンを目指してうつになった僕の弱さを考えようという、
井上新平さんの本になります。
何を書いているかというと、
弱さについて書いててですね。
弱さって何かとかを紐解いていったりとか、
それとは別に出てくる言葉として強さがあると思うんですけど、
強さとはどういうことなのかという。
井上新平さんは元ディスカバー21編集者からダイヤモンド社、
この出版社、出版元ですね。
ニュースピックスパブリックスのプリシングの立ち上げをされて、
その立ち上げをされている頃、2019年ぐらいに何度か求職を繰り返したりとかして、
最終的にうつになってしまったと。
この方自身がうつというか早期規制障害とは言われたりするんですけどね。
いろいろ言われ方あると思うんですけど、うつの障害を持ってたと。
それまではすごく編集作業だったりとか、
マネジメントだったりとかバリバリにやってた方だったんですけど、
一滴プツンと切れて休まざるを得なくなったと。
ビジネスから遠ざかる、遠ざかざるを得なかったと。
でも本人ももっと自分はできるんだとか、もっともっと生産性を上げていかなとか、
もっともっと背伸びしてっていうところを頑張ってたんですよ。
それも自分もやりたいと思ったと言ってるというか、
やりたいなというか、背伸びしてやっていたと。
誰にも弱さというか自分のしんどい部分を見せずに頑張ってきたんやけど、
でも頑張って頑張って頑張ったからこそ鬱病になってしまったっていう。
これ本当皆さんの周りにも少なからずいるのではないのかなと思いますし。
そういう現実があったと。
それで弱さ、鬱になってしまって弱さというか、
なんでそうなっちゃったんだろうみたいなことを考えたりとかを鬱病になっていったと。
鬱状態からちょっと回復、今も治ってはないんですよね。
やっぱ障害だったり障害なので、完璧に治りきるっていうものではないので、
日々その自分と向き合って付き合って生きていってあると思うんですけど、
その鬱になってちょっと回復したぐらいの時に、
なんでこうなってしまったんだろうかなとか、そこの原因ってどこにあるんだろうかなとか、
そもそもそういう社会ってどういうことなんだろうかなみたいなことを考え始めて、
それがニュースピックスに載っていったのかな。
それを連載していって本になったのが今回の本だなと僕は認識してるんですけど、
その鬱になって回復してきた時にたくさんの問いが浮かんだんですって、
いろいろ考えられて、たくさん本も読まれて、
こういうことだったのかもしれないなっていうのが、
今日僕が皆さんにお伝えできることかなと思ってます。
本当に最初本を読んでって、最初の本にハンバード・ハンバードっていう、
今朝ドラの主題歌を歌ってるハンバード・ハンバードってアーティストさんがいるんですけど、
その歌手の歌詞が最初に出てきて、
みじめっていう言葉から論が展開されていくんですけど、
アストラドラミ出てハンバード・ハンバードその曲も僕聞いたことあったし、
そこが始まりで本が展開されていくんだとか感じながら、
ちょっと10ページ、20ページ進めていくと、
おいたちが書いてあって、なぜうつになったのかっていうのを書いてあって、
問いがどんと15個一気に並べられててですね、
どの問いも非常に考える、考え深い、考えられる問いばっかりで、
その問いを一つずつ紐解いていくっていうのはこの本の構成になってます。
まず最初になんですけど、
社会と個人と分けて考えてるんですよね。
一端はこの本の中では。
それが相互補完的にというか、相互作用。
個人も社会に、社会も個人に、
お互いがお互いに影響を及ぼし合うっていう大前提のもと、
この本の中では、
社会から個人への影響に対してどうなっているのかっていうのを書いてます。
なので、個人が社会に対してどうできるのか、
どうしなきゃいけないのかみたいなことではなくて、
社会から個人に対しての、社会がどうなっているから、
個人もこういう影響を受けているのかもしれないなっていう問題提起の本になります。
大前提として、両方とも相互作用されている。
個人が社会を作り、社会が個人を作るというのもある上で、
社会から個人っていう一方向性だけのものの捉え方で、
まずものを捉えようというのがこの岩坂の論集になってます。
だから僕たちは市場価値とか市場経済の中における市場の価値、
自分自身の市場価値を高めていこうっていう生存戦略、
生存本能が働くというか、本能って言っていいかな、働くんですよね。
で、それに百車をかけてるのが試験と評価っていうのがあって、
僕たちも小中、高校ぐらいからかな、高校受験があって、大学受験して、
大学出た先でも就職試験があって、それに対して評価されるんですよね。
合格、不合格。
他にも評価といえば、できる、できないとかね。
そもそもテストできる、できないとかもそうやし、
病院だってそうじゃないですか。
あなた病気ですね、こういう病気ですね、もそうやし、
こういう病気じゃないですね、健康ですね、って分けられるじゃないですか。
で、分けられた瞬間に分断が始まる。
その分断の中で、悪い方にはやっぱりいたくないじゃないですか。評価が低い方には。
だから評価が良い方に、評価が良い方にっていうので評価を高めたくなる。
自分の市場価値を高めたくなるんですよね。
そう、これでより一層、百車がかかっていくと。
競争と不在の原理があって、競争の中にも試験と評価があって、
その試験があるから評価ができて、分断が起こって評価ができて、
その評価が高い方に高い方にっていうのが、僕たちは生きたくなると。
努力するのがすごく気持ちよくなるというか、
努力し続けている間がめちゃくちゃ気持ちよくなる、安心できる。
逆に言ったら不安なんですよね、僕たちは。
努力しないこととか、何もしない時が。
不安だから動くし、不安だから働くし、不安だから金を稼ぐし、
将来が不安だから何かしようとすると。
不安だから頑張ろうとすると。
だから、なんですよね。
ニーチェも言ってるんですけど、ここで本も引用してるんですけど、
なんじらの勤勉は動機である。
自己を忘却しようとする意志である。って言ってて。
勤勉、めちゃくちゃ勉強しないとか、めちゃくちゃ働いたりするっていうのが、
防備になってしまってると。
自分を忘却、もっとこう、
しんどさ、弱さ、苦しさ、きつさから、そこに自分がおるのに。
それを忘却しようとする。
それから逃げようとする。それからしんどいから逃げようとする。
しんどいことをしんどいと受けるのがしんどいから逃げようとするために、
努力する。不安を逃れる。
動きたくなる。っていうのが一つ言ってることですね。
不安を解消するために、
努力する。不安を解消するために働く。
っていうことをしていくと。
努力が癒しになっていってしまっていると。
いうことなんですよね。
しんどいんやけどね、努力は。
もっと頑張らないと、もっと頑張らないとって言われるのは、
そういうところがあるからと。
努力は癒しになってしまう。
将来の不安を消すために、今を犠牲にして働いてしまうと。
で、市場経済っていうのを言う社会がある。
そこに僕たちはたまたま生まれてしまったから、
そのルールで生きていかないといけないじゃないですか。
市場経済は、さっき言ったみたいに、
競争と負債の原理が働いていて、
競争をしなきゃいけない。
いつ自分の地位、立場、お金、
銀行、いろいろ阻害されるかもしれないから、
働かないといけないっていう競争の原理があるし、
会社は会社で、未来成長しますから、
将来売り上げをこんだけ伸ばしますからっていうのを見せないと
投資してもらえないし、そういうところにやっぱり投資をしたくなる。
深くて誰にもわからない未来なんだけど、
おそらく確からしいみたいなところにピンを置いて、
そこに向かっていきますからっていうのを論理的に見せて、
アピールしてもらうということが働いてしまう。
つまり、市場とか社会とかそういうものは、
未来逆算型で考えちゃってるよねっていうのを作者は言ってて、
ありもしない、わかりもしない。
わかんないですよ。ほんまにわかんないんでね。
わかんない未来から逆算して考えてしまってるんやけど、
僕たちは本当にたまたまここに生まれてるし、
たまたま日本に生まれてるしっていうところがあると。
たまたま生まれたものでしかない、たまたまでしかない。
ここでも言ってるんやけど、
能力っていうのは自分に備わっているものだと思いがちやし、
筋肉みたいに思ってる。
筋肉って自分で鍛えたらつくから自分のものやなって思ってる。
だけど能力はちょっと違くて、
能力は自分の経験とか過去とか思い出とか、
そういうこれまでしてきたこととがたまたまそこの環境とか状況に
マッチしたときに能力っていうのが出てくると。
環境ありきで能力、自分の過去と経験とかが
合わさったときに能力が出てくる。
例えば僕がめちゃくちゃこうやってしゃべれるじゃないですか、
今の状況が。
これは1人やからっていう状況とはかみ合ってるからしゃべれるだけで、
これがいろんな人たくさんの100人200人おる前でしゃべれてなったら、
こんなに優勝にしゃべれないじゃないですか。
しゃべる能力は今までの概念だとはしゃべる能力はあるのに、
いろんな人がおるところではしゃべれないってなるという。
つまり能力も、能力っていうのは一対一対応ではなくて、
自分の内部にあるこれまでのものとこの状況が
マッチしたときに能力っていうのは出てくると。
だからそれこそ本当にずっと本の中でずっと言われてるんやけど、
たまたまでしかない。
偶然的に出てくると。
やりたいことがある人は偉いとかね。
あるじゃないですか。
僕も最初に言ったんですけど、
この本を読んだことによってやりたいことがなくてもいいっていうのは
ここでたまたまなんですよ。
やりたいことがあるとか、そういうことが考えられる環境さえも
たまたまでしかない。
どう言ったらいいかな。
理性を僕たち持ってるじゃないですか。
理性っていうのはこの本の中では、
本能が何か致命的なエラーを起こさないために
肯定的に得た経験でエラーを防ぐことが理性だとここでは言ってて、
その理性も肯定的に得てるから、経験的に得たものだから防げるってことですよね。
本能でこれまでやってきた、泣いた、いろんなところで泣いちゃったとか、
誰かに傷つけちゃったとか、
暴力振っちゃったっていう本能的にやってしまったことが、
理性的にそれはダメだったんだなとか、
本で読んでこれダメなことなんだなとか、
ニュースで見てこれが犯罪なんだなって分かってきたから、
本能ではそれをしたいかもしれへんけれども、
理性でシャットダウンするというのが理性なんですよね。
それはたまたまニュースを見てきたからであって、
たまたま本を読んだからであって、
たまたま本を読める環境だったからであって、
たまたま本を読めるニュースを見れる学習をしてきたからであって、
それがだってニュースが外国語で喋られてた僕たちは分からないわけですし、
そのニュースが流れるか流れへんかもその放送局が決めてるわけやし、
たまたまが繋がって自分の中に備わってしまってるのが理性らしくて、
理性さえもたまたま、
それを体現したのが、
この著者本人がうつでほんまに何もできへん状態を経験してるし、
何か頑張ろうとしてもできない、頑張れない、
頑張らなあかんって思ってるんやけど頑張れない、できないし、
あるがん患者さんとも、
著者の新平さんは出会ったって書かれてて、
うつになったのは自分が頑張ろう頑張ろうとか、
やり切ろうやり切ろう、もっと成長しようってなって、
それ頑張りすぎたがゆえになってしまった。
だから、なった以前なった以後で、
うつになった以前なった以後で、
治せる、元に戻したいとか、
自分を元に戻したい、
うつじゃない状態にしたいって思ってしまってたと。
でもこのがん患者さん、
病気になった人は、
本当に偶然なんですよね。
生まれ持ってたかもしれないし、
お父さんお母さんの遺伝なのかもしれないし、
職生活なのかもしれないし、
それこそ日頃のストレスなのかもしれないし、
それは何が原因って突き詰められるものでもないと、
たまたまがんになってしまったと。
それを受け入れるしかない。