ヘッピリオヤジの物語
ヘッピリオヤジの話
禅記のヘッピリオバケというのは、カラフトアイヌの日常生活や説話の中に出てくるオバケである。
オバケなどというよりは、オヤジと呼びたいくらい邪気のないオバケだ。
このオヤジの包秘の威力を示す説話を一つ、次に紹介しておく。
ヤイレスポとパーリオンナイが隣り合って住んでいた。
ヤイレスポ、あるいはヤイレスポは、カラフト東海岸のオイナ、信用の主人公。
パーリオンナイ、あるいはパーリオンナは、その副主人公としてよく連れ立って出てくる。
ある日、パーリオンナイは部下を連れて、船を作りに川上へ登って行き、船を作り上げてそれに乗って下ってくると、川岸に一人の若者がいて。
パーリオンナイさん、私を船に乗っけて連れて行ってくれないか。
というので、その男を乗せて下って行くと、男は船にゆられゆられ、
なんたてれけ、よーいとさ。へさきへよろよろ、よーいとさ。うんたてれけ、よーいとさ。ともへよろよろ、よーいとさ。
と歌っていたが、突然、ぽわ、と放飛した。
そのため、船はへさきのところまで避けてしまった。
男は船から飛び出して、逃げてしまった。
パーリオンナイは部下とともに川へ落ちて、流れ漂い、やっとのことで家へ帰り着いた。
それから二日たち、三日たって、今度はヤイレスポが部下を連れて船を作りに山へ行った。
そして二日がかりで船を作って、それに乗って川を下ってくると、川岸の砂の上に一人の男がいて、
ヤイレスポの旦那、私を船に乗っけて連れて行ってくれませんか。
と頼んだ。
ヤイレスポが、
おや、ヘッピリオヤジではないか。
なんだってお前船なんかに乗りたがるのだ。だめだだめだ。
と言うと、それでもしつこくせがむ。
うるさくなって船に乗せると、部下の者は口々に、
なぜヘッピリオヤジなぞ乗せるんだ。とヤイレスポに食ってかかった。
そのうちにヤイレスポは隙を見て、
ヘッピリオヤジをみんなでぶん殴れ。
と命令したので、若者たちが寄ってたかって棒で殴り殺したら、
一匹の黒狐であった。
黒狐は北海道の西南部では、
部落の守護神としてむしろ崇拝されている。
温泉で名高い登別の部落の背後の山に、
昔えらい黒狐が住んでいて、
部落に何かあるとあらかじめ鳴き声で知らせてくれた。
黒狐の予告と悲劇
鳴き声が浜辺を二三回往復すれば海がしける全長。
またその鳴き声によっては量のある知らせにもなった。
現在も生きているティーローの記憶によれば、
明治の末の頃にこの山で狐が、
パウ、パウ、パウと見声続けて鳴いた。
部落の首長であるティーローの叔父がそれを聞くと、
清掃して路端に座り、
何か知らせたいことがあるならもっと近くへ寄って鳴いてください。
と言うともっと近くへ寄ってきて、
今度もパウ、パウ、パウと見声続けて鳴いた。
その次の日ティーローの父親が
天っぽ、毒矢を使った仕掛け弓にかかって応死した。
つまりこの山の黒狐が前もってそれを
エイコンヌ予告してくれたのである。
ティーローの父親はこの日ひどく出かけるのをしぶったのだが、
有力な和人の頼みがあり、
妻、ティーローの母親も旗からしきりに進めるので
いやいや出かけていったのが、
そういう悲しい結末を招いたのだったという。
若者たちが寄ってたかって棒で殴り殺したら
一匹の黒狐であった。
それを皮剥ぎして肉と骨は細かく切り刻んで
草にも木にも植物として分けてやった。
魔の死体は細かく刻んで
木にも草にも植物のすそ分けをする
と唱えて林野にばらまく。
便所の神にあげるといって便所の中へ投げ込んでもいい。
魔の死体の再生を防ぐ呪術である。
皮は内地へ交易に行った時
売って様々の宝物に買え
へさきの船底に積み重ね
友の船底に積み並べて村へ帰り
ヤイレスポはすごい長者になった。
