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2025-02-07 08:43

蜘蛛の糸『二』/芥川龍之介

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作品名:蜘蛛の糸『二』
著者:芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)

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7・15・23・31日更新予定

#青空文庫 #朗読 #podcast

BGMタイトル: Maisie Lee
作者: Blue Dot Sessions
楽曲リンク: https://freemusicarchive.org/music/Blue_Dot_Sessions/Nursury/Maisie_Lee/
ライセンス: CC BY-SA 4.0

【活動まとめ】 https://lit.link/azekura
00:06
二、こちらは地獄の底の血の池で、他の罪人と一緒に浮いたり沈んだりしていた寒だたでございます。
何しろどちらを見ても真っ暗で、たまにその暗闇からぼんやり浮き上がっているものがあると思いますと、
それは恐ろしい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと言ったらございません。
その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞こえるものといっては、ただ罪人がつくかすかな短足ばかりでございます。
これはここへ落ちてくるほどの人間は、もう様々な地獄のせめくに疲れ果てて、泣き声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
ですからさすが大泥棒の寒だたも、やはり血の池の血にむせびながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかりいました。
ところがある時のことでございます。何気なく寒だたが頭を上げて血の池の空を眺めますと、
そのひっそりとした闇の中を、遠い遠い天井から、銀色の雲の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、
一筋細く光りながら、するすると、自分の上へ垂れて参るのではございませんか。
寒だたはこれを見ると思わず手を打って喜びました。
この糸にすがりついて、どこまでも登っていけば、きっと地獄から抜け出せるのに相違ございません。
いや、うまくいくと極楽へ入ることさえもできましょう。
そうすれば、もう梁の山へ追い上げられることもなくなれば、血の池に沈められることもあるはずはございません。
03:02
こう思いましたから寒だたは、早速その雲の糸を両手でしっかりとつかみながら、
一生懸命に上へ上へとたぐり登り始めました。
もとより大泥棒のことでございますから、こういうことには昔から慣れきっているのでございます。
しかし、地獄と極楽との間は何万里となくございますから、
いくら焦ってみたところで容易に上へは出られません。 ややしばらく登るうちに、
とうとう寒だたもくたびれて、もうひとたぐりも上の方へは登れなくなってしまいました。
そこで仕方がございませんから、まずひと休み、休むつもりで、
糸の中途にぶら下がりながら、はるかに目の下を見下ろしました。
すると、一生懸命に登った甲斐があって、
さっきまで自分がいた地の池は、今ではもう闇の底に、いつの間にか隠れております。
それからあのぼんやり光っている恐ろしい針の山も、足の下になってしまいました。
この分で登っていけば、地獄から抜け出すのも、存外わけがないかもしれません。
寒だたは両手を雲の糸に絡みながら、 ここへ来てから何年にも出したことのない声で、
「しめた、しめた。」 と笑いました。
ところが、ふと気がつきますと、 雲の糸の下の方には、数限りもない罪人たちが、
自分の登った跡をつけて、まるで蟻の行列のように、
やはり上へ上へ、一心によじ登ってくるではございませんか。
寒だたはこれを見ると、驚いたのと恐ろしいのとで、 しばらくはただ馬鹿のように大きな口を開いたまま、
目ばかり動かしておりました。 自分一人でさえ切れそうなこの細い雲の糸が、
06:07
どうしてあれだけの人数の重みに耐えることができましょう。
もし万一途中で切れたといたしましたら、 せっかくここへまで登ってきたこの肝心な自分までも、
元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。 そんなことがあったら大変でございます。
が、そういううちにも、 罪人たちは何百となく何千となく、
真っ暗な血の池の底から、うようよと這い上がって、 細く光っている雲の糸を、
一列になりながら、せっせと登って参ります。 今のうちにどうにかしなければ、
糸は真ん中から二つに切れて、落ちてしまうのに違いありません。 そこで神方は大きな声を出して、
「こら、罪人ども、 この雲の糸は俺のものだぞ。
お前たちは一体誰に聞いて登ってきた。 降りろ降りろ。」
と喚きました。 その途端でございます。
今まで何ともなかった雲の糸が、 急に神方のぶら下がっているところから、
ぷつりと音を立てて切れました。 ですから神方もたまりません。
あっという間もなく風を切って、 駒のようにくるくる回りながら、
みるみるうちに闇の底へ、 真っ逆さまに落ちてしまいました。
あとにはただ極楽の雲の糸が、 キラキラと細く光りながら、
月も星もない空の中途に、 短く垂れているばかりでございます。
08:43

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