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金の輪 小川未明
1 太郎は長い間病気で伏していましたが、
ようやく床から離れて出られるようになりました。 けれどまだ
3月の末で 朝と晩には寒いことがありました。
だから日の当たっている時には 外へ出ても差し支えなかったけれど、
晩方になると早く家へ入るように お母さんから言い聞かされていました。
まだ桜の花も 桃の花も咲くには早うございましたけれど、
梅だけが 垣根の際に咲いていました。
そして 雪もたいてい消えてしまって、
ただ大きな寺の裏や 畑の隅のところなどに
幾分か消えずに残っているくらいのものでありました。 太郎は外に出ましたけれど、
往来にはちょうど 誰も友達が遊んでいませんでした。
みんな天気が良いので 遠くの方まで遊びに行ったものと見えます。
もし この近所であったら
自分も行ってみようと思って耳を澄ましてみましたけれど、
それらしい声などは聞こえなかったのであります。
一人しょんぼりとして 太郎は家の前に立っていましたが、
畑には去年取り残した野菜などが 新しく緑色の芽を吹きましたので、
それを見ながら細い道を歩いていました。
すると、 良い金の輪の触れ合う音がして、
ちょうど鈴を鳴らすように聞こえてきました。
彼方を見ますと、往来の上を一人の少年が 輪を回しながら走ってきました。
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そしてその輪は金色に光っていました。
太郎は目を見張りました。
かつて こんなに美しく光る輪を見なかったからであります。
しかも少年の回してくる金の輪は2つで、
それが互いに触れ合って 良い音色を立てるのであります。
太郎はかつてこんなに手際よく輪を回す少年を 見たことがありません。
一体誰だろうと思って 彼方の往来を走っていく少年の顔を眺めましたが、
全く見覚えのない少年でありました。
この知らぬ少年は その往来を過ぎる時に
ちょっと太郎の方を向いて微笑しました。
ちょうど知った友達に向かってするように 懐かしげに見えました。
輪を回して行く少年の姿は やがて白い道の方に消えてしまいました。
けれど太郎はいつまでも立って その行方を見守っていました。
太郎は誰だろうと その少年のことを考えました。
いつこの村へ越してきたのだろう。
それとも遠い町の方から遊びに来たのだろうかと思いました。
あくる日の午後 太郎はまた畑の中に出てみました。
するとちょうど昨日と同じ時刻に 輪の鳴る音が聞こえてきました。
太郎は彼方の往来を見ますと 少年が二つの輪を回して走ってきました。
その輪は金色に輝いて見えました。
少年はその往来を過ぎる時にこちらを向いて 昨日よりも一層懐かしげに方言だのであります。
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そして何か言いたげな様子をして ちょっと首をかしげましたが
ついそのまま行ってしまいました。
太郎は畑の中に立って しょんぼりとして
少年の行方を見送りました。
いつしかその姿は 白い道の彼方に消えてしまったのです。
けれどいつまでもその少年の白い顔と 微笑とが太郎の目に残っていて取れませんでした。
一体誰だろうと 太郎は不思議に思えてなりませんでした。
今まで一度も見たことがない少年だけれど
なんとなく一番親しい友達のような気がして ならなかったのです。
明日ばかりは物を言ってお友達になろうと いろいろ空想を描きました。
やがて 西の空が赤くなって
日暮れ方になりましたから 太郎は家の中に入りました。
その晩 太郎は母親に向かって
二日も同じ時刻に 金の輪を回して走っている少年のことを語りました。
母親は信じませんでした。
太郎は少年と友達になって 自分は少年から金の輪を一つ分けてもらって
往来の上を二人でどこまでも走って行く夢を見ました。
そして いつしか二人は
赤い夕焼け空の中に入ってしまった夢を見ました。
あくる日から 太郎はまた熱が出ました。
そして 2、3日目に
七つで亡くなりました。
