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  2. えぞおばけ列伝⑨/作者不詳
2026-01-15 14:12

えぞおばけ列伝⑨/作者不詳

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作品名:えぞおばけ列伝
作者不詳
編訳:知里 真志保

図書カード:https://www.aozora.gr.jp/cards/001529/card52211.html

青空文庫:https://www.aozora.gr.jp/index.html

BGMタイトル: そりのこし
作者: もっぴーさうんど
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7・15・23・31日更新予定

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サマリー

アイヌの伝承では、山中の幻聴や呼び声について語られ、神々や魔物との関連が示されています。呼び声への返事の仕方や、それにまつわる不思議な体験が紹介され、波やウサギとの関係についても触れられています。

山中の呼び声の謎
9 魔の呼び声
幻聴、幻視などのこと。山中で聞くあやかしの呼び声。山の中などで、何者とも知れぬ者に呼ばれることがある。
そういう時は、すぐに返事をするものではない。
最初は聞き流し、2度目にも聞き流し、 3度目に、いよいよ人間の呼び声だな、とわかったら初めて返事をする。
それも山の中では特別の言葉を使う。 普段里で人を呼ぶときには、名を呼んだり、
アイロウ、オオイ、とか
エカチイ、オオイ、とか言って呼ぶのだが、
山の中では必ず、ハンペー、と言って呼ぶ。
また返事をするのにも、里では、ホーイ、とかオオイ、とか答えるのだが、
山の中ではやはり、ハンペー、と答える。
ホーイ、オオイ、などと答えると、 魔にもその意味がわかって、人間の方へやってくる。
ところが、ハンペーでは何のことかわからないので、 諦めて言ってしまう。
これは、北見の国、ビホロ部落で使う山言葉だが、 イブリの国、ホベツ部落では、カッチイという言葉を使う。
カンペーはチチ、カッチイはセガレの鉛。
神々の名を呼び合う声。
山の中で、自分の名ではなく、誰か知らぬ人の名が呼ばれるのを聞くことがある。
それは実は神の名で、神々が山を隔てて名を呼び交わしているのだ。
そういう名を聞いたら、それを自分の子供につけると、 その子は長命を保つ、という。
ソラミミ、ということ。
何かしている時、ふと自分の名を呼ばれたような気のすることがある。
方言によって、オワイヌ、オハイヌ、 ソラギキノイ、などという。
これは、あの世の人にも、この世の人と同じ名があるものなので、 あの世の人々同士で名を呼び合っているのだ。
そういうのを聞いて、うっかり返事をした時は、 必ず解明しなければならない。
イコトナシばあさんの大志。
明治の初め頃、ビホロの部落にイコトナシというばあさんがいた。
そのばあさんがある日、引き編みをしていると、 イコトナシと呼ばれたような気がしたので、
うっかり、ホウと返事をしたら、誰もいなかった。
不思議に思いながらも、そのまま名も変えずにいると、 数年後に突然、原因もわからずに死んでしまった。
魔物と命の危険
カクラばあさんの話。
ムロランの江戸も部落に、明治10年頃の生まれで、 カクラという女がいた。
カクラとは、昔の品そばの出汁によく入ってきた藤子のことだ。
このばあさん、幼女の自分はさっぱり成長せず、 藤子のようにゴロゴロしていたので、そんな名がついた。
10時の時、日高の国のホロ泉の浜へウニを取りに行き、 取ったウニを岩の上にあげて、昼食を取りに帰っていると、
沖の方で、カクラと呼ぶ声がした。
ホウと返事して浜へ出てみたが、誰もいない。
魔に呼ばれたんだというわけで、カクラという名を捨てて、 ソウピリカ、塩がひいていると解明した。
この人は、私が昭和18年の夏、
カラフトも東海岸のずっと北の方にあるニートイの部落であったときは、
相当いいおばあさんであったが、まだ元気で働いていた。
魔物に狙われるということ。
日高の国サル群ピラトリ部落で、
昔あるばあさんが眠っていると、
夜の引き明け頃に、子貝で自分の名を呼んだような気がした。
二度呼んだ。
今度呼んだら返事をしようと思っていたら、それっきり呼ばない。
起きて子貝に出てみると、地面に薄く雪が降っていて足跡がない。
イコンヌプコアン、化け物に狙われたのだとわかってゾッとしたという。
これもピラトリ部落での話。
あるばあさんが黄昏時、ロバタで一人張り仕事をしていると、
名屋の隅から突然、目の子、「おい、女。」と呼ばれたので、立って行ってみると誰もいない。
その時、急に体中ザワザワと寒気がした。
これも魔に狙われたのだった。
魔は一声しか呼ばない。
幽霊でも魔でも、人を呼ぶ時は一声しか呼ばない。
だから山でも里でも沖でも、一声しか呼ばれなかった時は決して返事をするものではない。
よく耳を澄ましていて、3度目にいよいよ人間の声だとわかった時、初めて返事をするものだ、という教訓がどこのアイヌにもある。
ウサギと波の関係
泡をつく音
ロバタで寝そべっている時など、ふと地下で盛んに泡なぞついている音が聞こえてくることがある。
そういう年は放年だ、などと言う。
また枕に頭をつけていると、郊外のぬさばの紙手の方に当たって泡つきの音が聞こえることがある。
その音が、薄に綿でも入れてかくように静かに聞こえれば、その年は放年だが、
カラウスをつくような音だと、その年は例外などで穀物がとれぬ、という。
また、その音が遥か沖の方に聞こえることがある。
それを津波の間の物つき音と称して、そういう音が聞こえれば、その年は津波に襲われる、と言い、
その音が遥か山の奥の方に聞こえる時は、それを山津波の間の物つき音と言って、
山奥の魔物どもが酒をつくって酒盛りをして退去して押し寄せてくる準備で、
その年は必ず山津波がある、という。
ウサギと津波
イブリの国、ホロベツ郡、ホロベツ町内にトンケシという部落がある。
ここに昔、大きなアイヌ部落があって、六人の狩猟が住んでいた。
ある日、日高のトヌウオウシという人がここを通ったら、丘の上にウサギが一匹立っていて、
沖の方へ手を突き出して、しきりに何者かを招き寄せるような身振りをしていた。
彼はそこでトンケシの部落に向かって、
オレプンペ、ヤンナ、ホクレ、キラ、
津波が来るぞ、早く逃げろ、と叫んだ。
六人の狩猟たちはたまたま主演をしていたが、一斉に立ち上がって、
ホ、オレプンペ、ヤンチキ、タプネアカル、アンノアカル、
ヘン、津波なぞ来てみろ、こうしてやる、ああしてやる、
と言いながら刀を抜いて振り回していた。
トヌウオウシは呆れて、そのまま一斉にアブタの部落の方へ走り去った。
その時、彼の背負っていたカバンが背中の後ろで一直線になったまま落ちなかったほどものすごい速力だった。
彼がウスの部落まで来た時、遥か後ろで津波のまくれ上がる音がした。
この津波で古いトンケシの部落は滅びてしまった、という。
ウサギと波は実は無関係ではない。
一般にアイヌは海上に白波が立つのをイセポテレケ、
ウサギが飛ぶ、と言い、沖ではウサギの名を口にしない。
うっかりウサギの名を言えば、波が出てきて海が荒れると信じているからだ。
ホロベツでは岸打つ波を見せて赤ん坊をあやしながら、
オタカタイセポポンテレケポンテレケ
海辺でウサちゃんピョンと飛ぶピョンと飛ぶ、と歌う。
トンケシの丘ではそのウサギの大将が仲間を呼んでいたのである。
オハインカル、原子、ということ。
ついでだから書いておくが、山農行く際など、
突然荒らぬ場所に山や川などが現れて行く手を遮ることがある。
そういう時は必ず神に祈りながら引き返さなければならない。
さもないと悪い熊に遭って殺されるか、種々の狂犯に遭うという。
モシリシンナイサムという化け物。
原子というのはやはり魔に狙われたイコンヌプコアンの一つの場合だ。
例えばモシリシンナイサム、国の化け物というのがあって、
熊にも鹿にも牛にも馬にも化ける。
ロバタなどでふと大きなオジカが草を食っているのを見たと思ったら、
次の瞬間にはもうどこにも姿がない、
などというのはこのお化けに狙われているのである。
そういう時にはその人を湖外のゴミ捨て場、
または井戸のそばなどへ引っ張って行って、
ロバタの神様がご覧になったのですから、
神様にお任せしますと唱えてから、
ふっさ、ふっさと息吹きをかけながら、
たくさでその体をたたき清める。
このお化けは国の化け物、村の化け物と対にして用い、
また国の化け物、村の化け物とも言う。
信頼は別の、異なっているのい。
信頼さむ、別な側は、元たかいから来る異類を指したものらしい。
カラフトで化け物を意味する親子という語も、
親は別な、他のの意味で、
親子は元はやはり親子丹、たかいから来る異類の意味だった。
イコンヌプは、今は化け物の意になっているが、
動詞イコンヌ、エイコンヌは、
予兆する、前兆となる、予兆で人に知らせるの意味を持ち、
語源は神に対して聞くもの、
それによって神に聞くもので、
元、不舎、あるいは不舎の月神を指したものと思われる。
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