高次元な下心とは何か?
こんにちは、みなべ りんです。 今日は、私の高次元な下心ってなんだろう…?っていう話をしたいなぁと思っています。
あの誰も興味ないよっていう感じかもしれないですが、もしあの面白いなと思った方は聞いていっていただけると嬉しいです。
あのまず、高次元の下心って何?っていう話なんですけど、これは今月、あの井原しかりーさんと一緒に鴨頭義人さんのグループコンサル会に大阪で参加したときに、鴨さんがおっしゃっていた人の下心は何歳になっても50歳になっても60歳になっても
もう昔から若い時から、何なの?10代の頃から持っていた下心は一生消えないんだっていう。一生なのかどうかは別として60歳になっても鴨さんは消えていない。人気者になりたいっていう、ちなみに鴨さんは下心欲求、根本的な欲求を持っていて、それをそうなるために自分のビジネスを作っていったり、仕事を頑張ったり、お金を稼いだり
そういう何かやっていく上での行動の厳正になっているものが下心だっていう話があって、井原さん、井原しかりーさんも同様にステージに立ちたいっていう下心があって、そのために今いろんな仕事を作ったり、ステージで立つ場を自分に与えるために
本を出すとか発信をするとか講座をやるとか、そういう自分でその場を作っているっていう話をおっしゃっていたんですよね。結局その自分の下心が、下心って言っても悪い低次元な下心、誰か本音と建前みたいな感じで、本音ではこうやって人に近づいているんだけど、そこの下心があって別の悪だくみというか別の目的があって近づくみたいな、
そういう下心、低次元な下心ではなく、本当に純粋に他者にとって何の価値もなくても自分にとってはそれが一番大事。何でかわかんないけど、とにかくそれやってる時にすごいワクワクするとか嬉しいとか、没頭してやっちゃうみたいな、それが何をしたら自分がそういう状態になるのか嬉しいのかっていうことを知っていると、
それができるようにするためにはどうしたらいいのかっていう、本当に究極のWantsっていう言葉をコーチングで聞いたことあるんですけど、本当にやりたいことができない時ってそれが本当にやりたいことじゃなかったりする場合もあるので、何かやりたいっていうことのその先にある自分の下心であり、それが高次元の下心っていう言葉も言えるかもしれないし、
究極のWantsかもしれないし、価値観みたいな言葉がしっくりくる人もいるかもしれないですが、何なのかっていうのが人それぞれ違うから、その自分が結局幸せな人生を送るっていうことは、自分のその究極の高次元の下心を満たすために満たせたなって思ったら毎日幸せだし、
一生幸せな人生を送れるということで、それを何かわからずに過ごすよりも、仮にそれが一生そうかどうか、もしかしたら違うかもしれないけど、これかなっていうのを自分なりに納得して、
それを知った上でじゃあ何するっていう行動につなげると、すごくスムーズに人生進むんじゃないかなって思うので、ちょっと今日こんな話をしています。
話し手の3つの高次元な下心
皆さんの高次元の下心って何でしょうね。私も考えた時に、本当は一つの方がいいかなと思ったんですけど、今のところ3つ、まあ1,2,3って順番はあるんですけど、3つあるかなって思っています。
で、1つ目が何かっていうと、自由でいたいっていうフリーダムに関する下心がまず私はトップにあるかなと思っています。で、2つ目、ちょっとこの後詳しくそれについて話すんですけど、2つ目が好きな人とたまに一緒に過ごしたいっていう繋がりに関する下心が2つ目で、
3つ目が、自分がここで初めて、初めてじゃないな、まあ他者に対して自分がどう価値を出せるかっていう話が最後3つ目に入ってくるのが、何かこう他者について自分が本質的な価値を感じてもらえるようなことができて、それに対して直接感謝を言われたい、感謝されたいっていう感じがあります。
その他者に関する下心、なので、自由でいたい、好きな人とたまに一緒にいたい、感謝されたい、3つが私の下心で、まあ、大事な順番としては、たぶん1番、2番、3番の順番になるかな、大事になってくるかなと思います。
「自由でいたい」という下心
でちょっと詳しく言っていくと一つ目の 自由でいたい
についても自由フリーダムとか自由 でいたいって言った時にみんなそれぞれまた別の定義
なんか思い浮かぶことがあると思うんですけど私が言う自由でいたいっていうのは そうですね常にいつも自分で
選んでいる感覚を持っていたいっていうことに近いかな
自分例えば
朝起きて何時に何をするか何を始めて 始めるのか
あとは まあそうですね昼間に寝たくなったら寝たいとか
あと本当に私好奇心って言うと自由でいることにつながるって言ってるかなと思うんですけど好奇心のままに好きなことを好きなだけやっていたい
そこに自由に 自分で選んでやっていたいっていうのが究極の
あの私の下心高次元の下心で だから仕事も
あんまり私結構没頭して仕事しちゃう時であるんですよね 何時間仕事しててもそんなに苦じゃないって思う時もあってそれは本当に自分が好奇心を
持って何か調べている時とか何かに取り組んでいる時 資料を作るとかも
まあ別にそんな嫌いじゃないのでそういうの自分で作っている時とか
だからその自由でいるっていうことが会社も辞めて仕事もしないで のんびりしているそうですね
仕事オフの時間にのんびりして 気ままにのんびり過ごすみたいなことも一つの自由過ごすっていうことにつながるし
もちろんそのためにそれをするために仕事をして何か価値を提供して その感謝の対価としてお金をいただく
お金は必要だからその自由で過ごすためのお金を得るためにお仕事をするっていうことも ある意味その仕事のスタイルも自由
に比較的裁量権を持って仕事できるっていうことであれば 自由っていうことにつながるんですよね
比較的柔軟に自由に働ける ような環境とかワークスタイル
であればそれも自由につながるしそのために自由だなって感じるために ちょっと少しの不自由とか少しの制約とか私は必要だと思っています
完全に自由で何でもいいですっていうよりも その自由で嬉しいって感じるためには
ちょっぴりちょっぴっとの不自由がないと自由を感じられないと思うんですよね だから
ちょっとした不自由もありながらの自由を感じられるっていうことが私は大事かな と思っています
なので自由でいるっていうための 自由に選べる決められるっていうことと
ちょっとした不自由とのいいバランスで過ごせてるっていうことが私は大事にしたい ことかなと思います
「好きな人とたまに一緒に過ごしたい」という下心
で2つ目が 好きな人と
たまに一緒に過ごせるっていうことで ずっと一緒に過ごせるじゃなくてもいいっていうのが
ちょっと私も一つ目の不自由と関係するかもしれないんですけど 好きな人はたくさんいます
その人たちと一緒に過ごすのも好き 一緒にいたいなって思う人が好きな人だと思うので
好きな人と一緒に過ごせるっていうのは すごく幸せなことなんですけど
起きてる時間とか毎日とかずっとじゃなくてもいいっていうのが
むしろずっといるよりもたまに会えるとか
1日の中でちょっとだけ一緒にいれるとかの方が私は より幸せだなって感じますね
例えば明日金曜ロードショーで テレビの話になるんですけど
8番出口っていう映画 テレビ初かな やるんですけど
私の中二の息子は毎週金曜日の9時から 金曜ロードショーを見るのが好きなんで
それに いつもママと一緒に見ようって言って誘ってくれて 2人でソファーに座って
ポテトチップスとかアイスとか食べながら見るのが 私もすごい幸せ感じるし息子もそれで幸せ感じてるっていう
ゼロインでできる私の幸せなんですけど それ
もう毎日じゃなくてもいいくって 週一回金曜日の9時っていう
時間と週が決まってるからこそ楽しいっていう感じで
好きな人とたまに一緒に過ごせるっていうのが
それ以外は自由にフリーダムに それぞれやりたいことをやっておくっていうのが私の理想の形かなと思っています
「感謝されたい」という下心と感動体験
その一と二の自由とつながり 人とのつながりっていうのが満たされた上で
3つ目に大事にしたいのが感謝っていうことで 私も感謝の気持ちを持って人とかいろんなものを受け取りたいし
私自身も人に対して 本質的な価値っていうのが私結構大事にしているところかな
本質的じゃないけどなんかやばい これをやってって言われて本当は私はそれを価値を感じない
本質的じゃないなって思うことはやりたくないっていうのが 結構今までの過去の仕事でもあって
なので最近もちょっとそんな話だったんですけど 自分が価値を感じないもの 本質的な価値を感じないものは
やりたくないっていうのと 逆にこれはすごい価値があるなって思うことはちゃんとそれを言語化して伝えて分かってもらって
それをちゃんと自分自身もその価値を感じながらやる それによって感謝してもらえたり
するっていうのが大事にしたいことかなと思います
ただ今言ってて話してちょっと思ったのは 私が言った3つの自由でいることと好きな人と一緒に過ごすこと
感謝されることの3つって 結構毎日日々日常的な
暮らしの中で大事にしたいこと 結構暮らしレベルの
下心かなっていう気がしていて でそうなると
なんかちょっと違う非日常感みたいなものがない気がして でそう考えた時にその1・2・3は大事にしつつもたまに
感動っていう体験を私はしたいなっていうのが 結構下心にもあるなと思いました
感動する体験を
毎日は難しくても年に何回か そういう感動で自分が
自分に感動するとか自分が何かに感動する体験を 私はそうですね年に何回か
自分にさせてあげたい っていうのが
結構それが高次元な下心の中の1つにあるかなって思います
で感動する体験って
なんか普通の基準値で生きてても なかなか味わえないと思うんですよね
私もこれまで何回か思い当たるものがあるとすると
すっごく何かに打ち込んで頑張った後に ごらえた喜びとか感動かな
例えばすごい若い時の話で言うと
私大学の時チアリーディングやってたんですけど
そこで年1回みんなで舞台を作って踊って パフォーマンスしてっていうのをやるんですけど
その舞台の日は例えば2月だったとしても 秋頃から半年近くかけて準備して構成作って練習して
みんなで踊り合わせて
その2時間という
本当に一瞬の時間のためにめちゃくちゃ 自分の
時間もエネルギーも その準備にかけて
たぶん遊びとか勉強はしてたのかな
いろんなことを我慢というかやらずに それに打ち込んでやって
みんなで舞台を作って その舞台をやったっていう自分たち
自分たちの一体感とか それそのものに感動している自分がいたり
それでお客さんたちがたくさん来て 私たちの演技に感動してくれてることにまた感動するみたいな
なんかそういう 人のエネルギーがたくさん集まった先にある感動
体験みたいなものを 私は
結構自分の人生の中で 作っていきたいっていうのはあるかなぁと思いました
なのでまとめると 日々大切にしたいことは自由と繋がりと感謝なんだけど
究極的に私が求めているものはその先にある それをやりきった後の感動体験
感動っていうのを私は 自分の高次元な下心として持っているのかなと
今の段階で私は思っているっていうところですね また変わるかもしれませんが
最後までお聞きいただきありがとうございます ではまたバイバイ