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理科っぽい視点で身の回りのことを見てみませんか。 そんない理科の時間B、第494回。
そんない理科の時間B、お送りいたしますのは、 よしやすと、かおりと、まさとです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 まず、訂正から始めていいですか?
じゃじゃん。 あ、そうだ。今日はですね、3人で緩めにお話をしようと思っています。
なので、本編では、理科っぽい話って、どんな楽しいことがあるの? っていうようなことが、うまく話せるといいなとか思っているんですが、まずは訂正から。
前回の、2013年の星空案内でですね、 最後の最後の最後まで聞いた方はお分かりだと思うんですけども、
水星がお正月になってから夕方に見えますっていうのは、ちょっと半月ぐらい遅い情報で、本当は12月の末に水星が見えて、1月になるとほとんど見えなくなってしまうので、
惑星が全部ね、夜空というか夕暮れに並ぶのは12月中でございました。なので、1月になっちゃうともう水星は見えなくなってしまうので、ごめんなさいというのが訂正です。
でも、金星、土星、木星、火星と月は1月は見えると思うので、水星は見えなくなっちゃいますけれども、楽しんでみてください。
十分勢揃いって感じはしますもんね。
この配信はですね、12月の30日、もう年も押し迫ったところで配信をしているんですが、なんかね、ゆったり話したいなと思っているんですけど、ちょっと早口だなと思っていて。
じゃあ、後ろでメトロノームを動かすのはいかがでしょうか。
自分の聞いているポッドキャストが1.5倍速で再生していることが多いんですよ。
自分もそんな感じです。
そう。で、この番組、そのままで1.5倍速ぐらいのスピードで話してるんじゃないかと思っていて、私が聞いている番組のね、ライブ配信とか、後は公開収録とかでライブで聞けるときがあったりすると、
あ、なんかゆっくり喋ってんなって思ってしまって、そうじゃなくて普段聞いてるほうが1.5倍速なのかなというのが再認識するんですけど。
カオリさんもマサトさんもそれなりに早く喋れるじゃないですか。
逆意識しないと早く喋っちゃう気はします。
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そう。で、間が開かないように編集でしてるのもあって、すごいギュギュズメで喋ってる感じがするなって思いながらも、他の番組の1.5倍速とはあんま変わんないなっていうのが印象なんだよね。自分たちで喋っていて。
もし話すスピードについてコメントとかあればメールが欲しいんですが、もう一方でね、最近アニメをちょろちょろっと見て、オタクの人が自分の得意な分野の話になると急に滑舌が良くなって、早口で喋るっていうのが描写されていたんですよ。
わかるー。はい。
っていうことは、実は私はそういうキャラなのかもしれないなと思って。言ってるの分かります?いろんなオタクっていう。
幅広くいろんなことが好きで、それを喋りたい。
っていうのと、コミュニケーションベタだったので、自分の得意なことを止まらなく喋ってしまうっていうのをやりがちなんだけど、マイナーすぎるものはオタクだと思われるんで、みんながちょっと興味深いなって思うことのオタクになって早口で喋っているのかもしれないなとか思っていて。
で、かおりさんは自分で喋るのって早いと思いますか?
うーん、興奮すると。
そうか。
普段は落ち着いて喋る感じですか?
興奮すると。
自分で編集してるじゃないですか、この番組を。そうすると、かおりさんは文章の前で考える時間が長いことあるんですよ。
うーんとかえーとか。なんだけど、喋り始めると、なんていうかな、しり滅絶になったりせずに、すんなりと喋れることが多そうな感じがしていて。
そうそうそう。
こういうのって、練習とかトレーニングとかそういう感じでできるものなのか、それとも意識しては実はできなくて、がんらい持ってるものと社会環境というか、自分の育ってきた環境で決まっちゃうものなのか、よくわかんないんですけど。
でも確かにタイプとして、考えながらその場でどんどん喋っていくパターンと、ある程度頭で考えてから喋りだすパターンがある気はしますよね。
まあそうなんですけどね。台本なしで喋ってるからこそ早口なのかもしれないなと思っています。
うん。
読んでると時間かけて読んだりしちゃいますね。
ん?どゆこと?
読んでるやつがあると、次何言うんだっけみたいなこと考えなきゃいけない。
そういうことね。
本を目読するスピードがどうこうじゃなくて、台本を見つつ喋りつつってやるとね。
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そんな気は少ししますね。
そうかそうか。そうなんですよ。リスナーの皆さんにはあれですけど、この番組台本とかほとんどなくて、私も過剰書きぐらいの見出しだけで喋ってるんで。
いや、ほんとすごいなと思います。
いや、まああれですよ。そこは台本があるほうが喋りにくいっていうだけなんで。
それだけ頭に入ってるということなんで。
頭に入ってるというか、喋る前に頭に入れてっていうのを準備しないといけないということなんですけど。
で、今日本編ではね、理科っぽい話をちょっと、なんでこの番組で理科っぽい話をしてるのかっていうのもそうなんですけど、
まさとさんとかかおりさんが、特にまさとさんはリスナー目線もまだまだあるんじゃないかと思ってるんですけど、
こういう理科の情報とか聞くのって何が楽しいんだろうとか、そういうような、
なんで生きるために大して役に立たないのに理科のお勉強するんだろうみたいな話のヒントみたいなものが得られるといいかなと思って、そんなことを喋ろうと思っています。
ちなみに、小学校の頃、理科の授業は好きでしたか?かおりさんどうですか?
どうだったっけね。
俗に言う理科とか、
小学校でしょ。
科学とかそういうのって、分野的に好きとか嫌いとかは?
中学になったら、
理科室っていうのがあった気がする。
で、普通の机じゃなくて6人ぐらいが一緒に座れて、ちょっと表面がざらったような、
丸椅子の、
木の椅子じゃない?
それはね、技術室は木の椅子でしたけど、四角い。
一つ一つにシンクが付いていて、
なんかちょっと特別感があったし、
すごいそこは雰囲気が好きだったけど、
小学校に理科室ってあったっけなーって。
私の小学校ありましたよ。
どうだったっけ、音楽室があるのは覚えてる。
図工室があったのも覚えてるけど、
理科室はなかったような気がするなー。
理科室ありました。
理科の授業、小学校の時の理科の授業って、
あんま覚えてない。
ほとんど覚えてない。
宿題で月の観察みたいなのをやったのは覚えてるんだけど、
学校の授業でなんかやったっていうのはほとんど覚えてない。
麻生さんはどうでした?
小学校の頃から理科と算数は好きな方だったとは言えますね。
テストができるから好きっていうのと、
扱ってること自体が好きっていうのがあるじゃないですか。
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そこは難しいですね。
ニワトリと卵で好きだから成績が上がるのと、
成績が上がるからより好きになるっていうのもあるかもしれないですけど。
なんかそれで言うと、
ちょっと小学校から中学校の方の話になっちゃいますけど、
アフリカ行って英語で?
そうなんですよ。
麻生さんは中学時代がアフリカだから。
アフリカの現地の学校?それとも日本人学校?インターナショナルスクール?
インターナショナルスクールでしたね。
じゃあアフリカだけどアメリカの教育?イギリスの教育?
私の行ってた国自体は元イギリス領だったんですが、
学校自体はアメリカ系の学校でした。
一応教育用語としてはアメリカ系の?
多分そうだと思います。
その頃はどうだったの?美学の授業と。
なのでやっぱり他の授業がどうしても英語ベースの分からない中で、
記号でいけちゃうから、それで好きになってるというか、
できるから嬉しいっていう感情が強くあるかなって。
なるほど。他の教科は多くのものが図とか記号じゃなくて、
長々と文章を読んでなるほどなるほどっていうタイプが多いからね。
そうなんすよ。
消去法的に理科とか算数が残るっていうの面白いね。
でも確かに小学校の頃から国語とか歴史よりかは、
算数理科の方が好きだったかなとは思います。
ということで、この後本編では、
まだ本編じゃないの?
理科を学ぶっていう話を緩めに喋っていこうかなと思います。
お願いします。
ちゃんと言ってください。
お願いします。
この番組では、理科っぽい視点で身の回りのことを見てみましょうっていうのを
一番最初に言っているんで、私からちょっと話すと、
NHKでちこちゃんに叱られるっていう番組があるじゃないですか。
叱られるね。
言葉遣いは嫌いなんですけど、
人のこと呼び捨てにするとかもやなんですけど、
でも普段身の回りにあるようなことに、
実は疑問があったんだっていうような番組になってるじゃないですか。
当たり前にやってたことをついてくるって言い方変だけど、
面白い視点だなっていうね。
その答えにまでギャグを求めてるのがちょっとっていうのはあるけど。
時によってね。
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ちょっとそれに近いところがあって、
同じものを理科っぽいところの意味で考えると、
新しく見えてくることがあるんじゃないかっていうのと、
もう一つは、そこに面白さというか、
感じてもらえるんじゃないかっていうのと、もう一つは、
理科ってやっぱ面白くないって思うとか、
よくわかんないっていう人にとっては、
なんだかわかんないものっていうイメージがあると思うんですよ。
で、なんでって繰り返していくと、
そりゃ物質がそうなってるからだよとか、
そういう話になっちゃうとはいえ、
でも超難しくて、なんだかわかんないもの
っていうほど難しくもないんじゃないかなと思っていて、
理科的な考え方にコンプレックスがあったり、
なんか嫌な感じがするっていう人の気持ちを解いてあげたいというか、
わかると楽しいでしょっていうのを提供したいっていうのがあるんですよね。
で、よくね、小読みの話をするんですけど、この番組では。
はい。
で、小読みってすごい観察と記録と統計処理で、
やっぱり理系の最右翼といったらいいんですけど、
すごく理科のアプローチじゃないですか、
科学的アプローチなんですけど、
いざカレンダーになったとたん生活の中の必需品で、
それはもう理科とかっていうよりも生活とか社会な感じになっているけど、
その裏には旬分の日の休みを決めるには星の観察をするっていうのがあったり、
この日がうる年で1年に1遍、4年に1遍、1日経さなきゃいけないっていうのも、
長い長い長い天体観測があっての主要ものだったりするじゃないですか。
結構ね、もともと天体観測、星とか月とかの観測だけど、
毎日観測できるわけじゃないじゃん。
そうです。
雨が降ったり曇りがあったりとかね。
しかも1日1日全部違うわけでしょ、365日。
違う。
それをずっと組み、例えば365って切ったとしても、
365で切れないって気づくには年単位じゃないですか。
そうなんです。
4年で1日ずれるけど、1日ずれたぐらいじゃわからないだろうから昔はね。
そうっていうところで、ただそれをずっと続けてたっていうか、
一世代じゃないのかもしれないけどずっと続けてて、
気づいたら少なくとも4年に1回は1日ずれそうだっていうのを
気づくだけでもものすごいなと思っていて。
毎日プラネタリウムみたいに毎日晴れていて星が綺麗に見えますって言えば、
と思うけどそうじゃないしな。
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そうじゃないし、あとはどこどこに何々が見えましたって言って地平線から出てきたとかって言うけど、
地平線だって平らじゃないし、地平線って結構曇ってるとか煙ってるとかね、
そういうのは多いじゃないですか。
だからちゃんと確かめるには天文台的なことをやらなきゃいけないんだよね。
真上にあるやつの場所を確認しなきゃいけないってことは、
覗く場所と何かしらを決めて覗かないと同じ場所だってわかんないから。
そんなのも含めて、カレンダーっていう生活必需品なんだけどその裏には観測だったり、
長年のデータの蓄積があったりするっていうのがすごく私は面白いと思っていて。
いろんなものの裏には理科っぽいものがあったり、
すでに皆さんの中ではテクノロジーなしに生きていけないと思ってるんですよ。
すごいベーシックなところでは電気が家にやってくるんだって技術じゃないですか。
もう少しハイテクなものだとこのポッドキャストを聞くのだって、
いろんなところでいろんな技術が連携しつつ、皆さんのところに私の声を届けてるわけね。
いい声ね。
ありがとうございます。
はい。
まさに小読みの話、カレンダーの話が実は理科の目線で作られていくもんだっていうのは、
私自身、そんな理科の時間の昔の回でパッと気づかされたものでした。
自分も生活に近いだとか、どっちかというと歴史とかで出てくるものが日付になってくるんで、
そんなに理科っぽい感じを、そこまでそれまでは感じてなかったんですけど、
実際にそれを作り上げていくのには、もちろん理科っぽい見方、今おっしゃってたような観察と、
どういうパターンがあるかというのを解明していくってことがあることが前提なんだっていうのは、
言われて、本当だ、その通りだっていうのをようやく気づいた感じでした。
で、私は多くの人に、なんだろうな、観察してデータを貯めていったらどうなった、
理由を考えていったらどうなったっていう目線で世の中のことを見ていただけると楽しいんじゃないかっていうので、
この番組やってるところもあるんですけど、
一方で、理系の感じが嫌いっていう人もたくさんいるような気がしていて、
理系の人の方が理屈っぽいっていう人もいるんだけど、どう思いますか?
でも理屈っぽいと思う。というか、理屈に落とし込みたいと思う。
逆に文系の人は何で生きてるんですか?
でも文系もね、文章で答えるとかっていうのは、あれでも理屈なんじゃないかなと思うんだけどね。
すごいそう思うんだよね。
理系は理屈っぽいなっていうのは、それはなんかお前めんどくさいことを理解するのが嫌だからそういうことを言ってるだけじゃないかって思っちゃうこともあって。
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理系の理屈は答えがあるんだよね、しっかりと。
それに対して文系の理屈は答えがないというか、ふわっとした答えになってる。
こういうことを書かれていれば、その表現の仕方は人それぞれっていうのかな。
でもやっぱり言葉を尽くすっていうのは文系の人が得意なことだよね。
でも結局はそこの書かれてることを分析して、回答を導き出して、それをまた自分の言葉にするっていうのは、すごく似てる気はする。
その辺について私も言いたいことが。
はい、何でしょう?まさとさん。
数学とか算数も言語の一つだと私は思うんですけど、
ただ日本語とか英語とかそういう一般的に言われる言語っていうものと明らかに違うものだとも思っていて、
その理由っていうのが、算数、数学で言っているこの言語って、
1個の単語の意味を極力そぎ落として、そぎ落として、もうこの1個の意味にしか解釈できないようにさせることで作り上げていく言語だと思うんですね。
一方でその一般的に言語って呼ばれている日本語だとか英語って、
1つの単語に実はいろんなニュアンスであったりとか、
1個の意味だけじゃない複数の意味を持たせることで単語を作っているものだと思うんですね。
なので日本語とか英語だと、詩とか文学みたいなものって、
そのいろんな意味が組み合わさる、複雑に絡み合うことによって美しい表現だったり、感情に訴えるっていう美しさがあるのに対して、
算数、数学はこの本来1個の意味でしか取り得ない単語たちをきちんと組み合わせていって、それで大きい建築物を建てるように美しいストーリーを作り上げていくという、
そういう美しさがあるんだろうなって思っていて、
そういう1個の単語をきちんと1個の意味合いに落とし込むであったり、それをちゃんと理路整然と組み上げていくっていうところに理屈っぽさがすごい現れているのかなっていう気はしました。
そうですか。緻密だってこと?
緻密だ、そうですね。
それは良くないのかね。
私は。
なんていうの?私はいいと思ってるんですけど、
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同じくです。
ほら、お前ら理屈っぽいからさって言われて。
はい。
でも何だろうな、何かをいろいろやるときにね、仕事でもそうなんだけど、漠然と例えば部屋を片付けるっていったって、手がつかないわけじゃん。
わかりますね。
で、そこを、じゃあ例えば台所って言って、シンクを綺麗にする、木付けるところはなんだ?
コンロ。
コンロを綺麗にするとかさ、1つ1つ分析して書き出すと、見えてきて進むじゃない、タスクとしてね。
進んだり進まなかったりしますけどね。
でもほら。
いや、少なくとも進めることができるし、進んだかどうかの確認もできる。
そうそうそうそう。漠然とね、部屋を綺麗にするっていったって、結局部屋を綺麗にするっていうタスクに関しては、全部が終わんないとタスク完了しないわけでしょ?
まあまあ、そうね。
だけどそれを全部細かく分析すればするほど、多くはなるけど、ほんのちょっとずつだけど進んでいくわけだよね。
うん。
そこが、私はそういうのことも理科っぽいかな、理科っぽいっていう言い方はちょっと違うのかもしれないけど、そういう分析をしてるところね。
定義付けをしっかりしていったり、あとは不明瞭なものを明確にしていったり、コミュニケーションに間違いがないようにしていったりするってことね。
で、そうやって分析するのが結構私は好きだし、あとはそれを実際にタスクとして書き出す?書き出して終わったら一個一個チェックで消していくっていうふうに毎回やってるのね。
うんうんうん。
で、そうすると達成感も出てくるし、今やってること、やらなければいけないこと、終わったことっていうのが明瞭になるので、結構私はそういうふうに分析をするのが好きだし、
そうすると普段のいろんなことに関しても、ちょっと疑問に思ったこととか何でだろうと思ったときに、とりあえず分析して頭の中でだけどね。正しいか正しくないか頭の中で分析してみて、ここまではこうだから正しいとか、ここがわかんないんだなとか、ここがわかんないんだったらどうやればわかるようになるのかなとか、
こういうふうに考える。すごくだから分析するっていうのが理科っぽい見方なのかなーなんて思う。
観察は正直私あんまりやってない。観察というか、実際に観察はあんまりやってない気がするけど、分析はすごくやる。いろんなものを見てるときにね。
で、それがめんどくさいっていう人と楽しいっていう人がいたりするわけですよね。
なるほど、めんどくさいのか。
そうですね。
なんかね、今日は文系と理系のアプローチで、かおりさんとまさとさんはこの番組の、このそんな理科の時間のどこがどう面白いですか?って文系的質問だよね。
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あー、はい。
読書感想文ではないけれど。じゃあリスナーに近いまさとさんから、ちょっと褒めてよじゃないや、いいところ言ってください。
えーっと、そうですね。
あの、一個それで、実際事前にそういう話を考えてみたいなことを言われて用意してきた話の一個が、実はさっき消費しちゃったやつなんですけど。
チャンス?
いや、えっと、カレンダー。
うんうん、小読みと、小読みの生活の目線と天文的な目線、要は生活に根付いてる話と理科っぽい見方の両方が見えるってとこね。
そうですね、はい。
そういうのが見えると面白いの?
そうですね、少なくともこれまで思っていた見方というか扱い、自分の固定観念みたいなものが、全然それって間違いだったよね。
新しい見方すれば、えっと、なんでしょう、えーっと、それこそ修文とか、まあまあそのぐらいはまだわかりやすいですけど、こう、なんでしょうね、説文とか、なんかいろんな名前のついた日があると思うんですけど、
それのありがたみとか、全然感じてなかったのが、あ、これ、ちょっと説に分けて、その分けた説の始めの日じゃんみたいな。
そうです。
そんなワクワクが見えると、ちょっとありがたくな、ちょっとは、まあありがたしさを感じるようにはなれたので、そういう嬉しさがありますね。
そうなんだよね。カレンダーに書いてあるやつには、何月何日って意味だけじゃなくて、どうやってこの日が算出されたかっていうストーリーがあるんだよね、1日1日。
そうなんですよね。
そうなんですよね。
それは気づいてなかったですね、正直。
そうか。で、そういうのが面白い。
はい、そういうことに気づかせてくれるっていうポイントは、すごく、あの、面白いです。
そうですか。
かおりさんはどんなところが面白いですか。
今、当たり前のように強調してるこの生活、便利な生活っていうのも、始めはゼロだったはずなんですね。
そうそう、もっともっと原始的だったというか。
でも原始的には全くなかったわけだよね。で、それがちょっとずつちょっとずつ工夫をこすめていって、今に至ったわけだよね。
そうです。
で、今を見てると正直原理が全くわかんないよね。電気はスイッチを入れれば勝手にくるものであって、それ以外のなんでもないんだけど、
車はキーを回してアクセル踏めば動くもの。それ以外のなんでもないんだけど、始めは当然そうじゃなかったわけだよね。
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そうじゃないです。
そこってなんだろうっていうふうに思って、例えばその動くものっていうと蒸気機関車、蒸気だなっていうことになって、
蒸気っていうと普通にあるし、その蒸気を機体はすごく体積が大きいから力が加わるっていうのもなんとなく今までの科学参数?違う理科的な実験とかで知っていて、
それを車輪に動かすっていうところでひらめきさえすれば、そのちょっとしたひらめきが産業革命につながり、蒸気機関車につながり、
そこをもっともっと効率よくいろいろ工夫をしていった結果、今のメカニカルな車になったわけだよね。
メカニカルになっちゃうと正直そこはお手上げというかあんまり興味はないんだけど。
そうだから、オンネット開けなくても動くからね。
一番初めの機械、マシンのところがすごく、マシンのところは究極に言っちゃえばそういう動力をいかに動かすか。
蒸気という一方向の押す力を歯車とかを利用して、他の方向の動きに変えるっていうことだよね。
かおりさんはそういったところの原理がわかると何か楽しいの?
そうっていうか、原理って何だろうと思う。そこで原理がわかるとすごく面白いと思うから、時計が好き。
それは何で面白いんだろうね。
え、だって見えるじゃん。
中の仕組みが見える感じがする。
そうそうそうそう。
おー、なるほどなるほど。
私だって蒸気機関の話、この前しましたけど、何ヶ月か前に。
一番最初の蒸気機関が蒸気の圧力を使ってるんじゃなかったっていうので愕然としたんですけどね。
蒸気でピストンを動かして力を入れるのは実は大気圧であったっていうのを自分で説明して、あーそうだったのかって思って。
蒸気の圧力を使うのは大変だけど、大気圧だったら扱えるっていう時代が結構長く続いたっていうのがちょっと面白かったなと思って。
だから本当に一番初めはそんなに難しくない原理じゃない?その言い方変だけど。
誰かが閃きさえすれば、今の大人だったら本当に当たり前のように感じてるようなことに、
ある人がきらめいてそれを機械っていうかマシンとして作り上げてっていうそこのところがすごく面白いと。
そこはちょっと結構共感するかな。それもあって私は技術者になったんで。
私は技術者ではないけど技術的なところが、その技術の基礎的なところがすごく楽しいと思う。
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この番組って理科っぽいことも話すけど、テクノロジーっぽいこともたまに話すじゃないですか。
テレビの仕組みとか、音が伝わる仕組みとか。個人的にはその間ぐらいが結構楽しいなと思っていて。
もちろんね、素粒子がどうなってるかもいいんですけど、打倒するとどうなっちゃうんだろうとか。
自分たちの世界ってどう還元されるんだろうか、理屈に。みたいなところがつながる楽しさはあるのかなと思っていて。
はい。
なんか力強く声がした。
例えばね、目に見えるメカニズム的なものとか、例えば目の吸収しやすい波長とかね。
っていうのは、人の目の進化の結果、今こうなってるっていうのは後からわかったことじゃない。
そうですそうです。
だけど、その前はそんな理屈を知らなくても、こうなったらこう見えるっていうのは、経験的にわかったっていうか、いろいろ試行錯誤してわかったわけですよね。
そうです。だから江戸時代の人だって、眼鏡は作れたわけですよ。ガラスを磨いてこの形にすれば近くのものが大きく見えたり、目が悪い人も字を読めたりするっていうのはわかるけど、なぜそうなるかとか。
理屈はね、例えばこのくらいの厚さにしたらこの人は見えやすくなるとか、そこの理屈はその後かもしれないけど、
その初めの原理はわかっていて、工夫をこなせばできるようになったっていう、そこのメカニズム的なことと、それとは切り離した人の体の中の不思議っていう生態の整理的なものっていうものが、
別々の学問であったものがくっつくと、よりガーンと進歩するわけだよね。
そうですね。より進歩するというか、もう一つ新しい、大きいなった見方ができたりとか、工夫のしどころが増えたりする。
粘土の厚さとかそういうところが、より緻密に計算できるようになるっていうのかな。
この人の視力はこのくらいで、屈折がこのくらいだから、じゃあ眼鏡の屈折をこのくらいにしよう。
で、目が悪い人のためにレンズが薄くても度が強い材質にすればどうすればいいんだろうとか、それをガラスじゃなくてプラスチックで作るにはどうすればいいんだろうっていうのを皆さん苦労されているわけですよね。
そこの別々の経験則と、あとは実際に観察したことっていうのが融合して、新しい技術がいくところも面白い。
だから今、別にテクノロジーとかに関係なく、いろんな分野、別々の分野の人たちがコラボレーションすることがすごい増えてるなと思っていて。
最近は闇雲に何でもコラボレーションして、ちょっとお腹いっぱい気味ではあるけど、そこって面白い見方でもあるんだろうなと。
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全く今までは別分野と思ってたものを合わせてみると、また違った見方があるし、新しい発見があるっていうのが過去にもいろいろやられてきて、この世の中になってるから、別の見方で見るっていうのはすごく面白いなとも思う。
一方で、結構理系って苦手なんですとか、メカっぽいのダメなんですっていう人が未だにいるんじゃないかと思っていて。
みんなガンダム好きなんじゃないの?
ほとんどの人がスマホ使ってるしね。
みんなガンダム好きでみんなセーラームーン好きなんじゃないの?
セーラームーンはどっかあれだろ。
セーラームーンのコスプレをしたいと思ったら、あの服をどうやって作るんだろうって思わないのかな。
月がおしおきするってどういうことだろうって研究したりね。
コンパクトじゃないな、手に持ってる色あんじゃない?変身靴とか。
ステッキとかベルトとかですか。
しかもあれがボタンとかでピンと形が変わったりするじゃない。
まあまあしますね。
あれをどうやって作るんだろうとか。
子どものおもちゃとかってめちゃくちゃすごくない?技術。
私がすごい思うのは、あれを安く作るのがすごいんだよね。
安く丈夫に作るのが。
ある程度もう技術が出来上がっちゃってるから、今はもうその組み合わせなんだろうけど、ものすごいギミックだなと思っていて。
変身系、ロボット系なんてすごいなって。
新幹線が本当にロボットになるんだよ。
アニメの世界じゃなくて、本当に現実でロボットになるっていう、あのギミックすごいなと思う。
どこに人乗るんだろうと思うけど。
技術な話とか仕組みな話と、もう一つはかっこいいとか、子どもが面白いって思うところのアートな部分があるじゃないですか。
そこの組み合わせもすごいなって思うんだよね。
話ちょっと戻すと、
正人さんは理系が敬遠されるとか、理科っぽいことって苦手意識があるとかって何で起こると思います?
前提知識っていうのがキーワードかなっていうふうに思ってて。
逆に、自分が昔歴史が嫌いだったとかあるんですけど、それが今は結構好きになっていて。
その理由が今のお答えに一個なるかなっていうふうに思うんですが。
やっぱそれまでって前提知識みたいなのが歴史の中で、自分の中ではなくて、
どうして日本の歴史がこういうふうな歴史を辿ってきてるのかみたいなのも、
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きちんと積み重ねてストーリーを理解していかないと楽しさを見出せないと思うんですよね。
それと同じように、やっぱり理科とかの方も、
例えばですけど定理があって、この定理からこういうふうに導出されるんだよっていう話もあると思いますし、
もしかしたら技術の発展の仕方で最初に水蒸気があって、
エンジンが出来上がるまでの話があったりとか、
そういう前提知識がないと、結局今目の前にやたらめったら難しいものが出てきても、
なんだよみたいなふうに思ってしまうだけ。
そんな感じのことを思いました。
理科って、例えば天体、星付きの観察であれば見えるけど、電子とか元素になると見えなくなるじゃない?
そうっすね。
っていうと、そこでやっぱり嫌な人はいるのかなと思う。
歴史も、私結構テストの点差は別として歴史は好きだったんだけど、
そこに人が見えてくると面白いのかなと思う。
それが単なる知識になると、すごくやっぱりつまんないし暗記ではあったし、
何のためにってあるけど、そこで私は漫画が大好きだったから昔から漫画を読んでいて、
そこの時代、フランス革命といえばやっぱりベルサイのバルデー賞的な感じで、
人が動いているのが見えるとすごく親近感が湧くし。
ってことはやっぱり、理科は人が動いていなくて、ドラマがないからつまんないのかね?
ドラマがないから記号になっちゃうんじゃない?記号を暗記になっちゃうから。
それを面白いと思うかつまんないと思うか。
ベンゼン館なんて私は超可愛かったから大好きだったけど、あれ嫌いな人嫌いでしょ?
テストだと思うと嫌いだけどね。
ベンゼン館の一覧表ってあるじゃないですか、ベンゼンを中心にした。
あのやつ大好きで、ほぼ丸暗記できてた。
表と裏で赤く塗るところっていうのかな、隠すところが全部違うんだけど、
全部覚えられるぐらい可愛くて可愛くて大好きだったけどね。
目に見えないものが図示されていて、それに美しさがあるっていう話は、
ある程度、皆さんと共通理解ができそうな気もするんだけど、
一方で人の心がどう動いたかが面白いとか、人のドラマが面白いっていうのが、
国語とかそういう文系の科目にはあるんでしょうか。
ただ、一方で私の方では理系文系って分けるのはあんまり好きじゃなくて、
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自然科学っていうのと人文科学って言って、両方とも科学じゃないかと思っていて、
人間の心の中で分からないところを、みんなで言葉を尽くして考えてみましょうだったり、
社会の中でなんだろうこれって思ったことを研究して、
こういう仕組みで人々はこう動いてるんだろうかとかっていうのをやってみるのもやっぱり、
科学の領域だと思っていて、それが対象が人文だったり自然だったりするっていうところの魚と思ってるんですけど、
その辺が俗に言う文系の人は、切り分けたがるなって思っていて。
私は英語とか国語嫌いだったんですよね。
それは授業として?
何が嫌いかっていうと、国語は漢字が嫌いだった。
英語は単語が嫌いだったわけよ。
だから例えば国語で、授業でいろんな本を読んだりとか、文章題を説くのは嫌いじゃなかった。
それが合ってるか間違ってるかはともかくとして、それが嫌いじゃなかったんだけど、
漢字というものがすごく嫌いだった、覚えられないしっていうのがある。
同じで、英語というものの単語とかイディオム的なものが嫌いだったの。
だから試験問題とかに長い文章題が出てきて、
単語一つ一つわかんないから斜め読みして、ほうほうほうほうと思うところまでは好きなんだけど、
そこから先の説明になってくると嫌いになるって感じだったから、
そこは人文科学ではないよね。
もしかしたら、人文科学の科学も嫌いな人いるのかもね。
自然科学も人文科学も嫌いで、物の仕組みなんて知りたくもないし。
その文章題っていうのは、いわゆる人文科学的なものなんじゃないの?
文章を読んで。
その辺をリスナーの人と一緒に考えたいなと思っていて。
そうなんですかね。
文章題は結構私も科学的と思ってるから、人文科学って言い方はスッと納得できるけど、
漢字テストっていうのは納得できない。
それは覚えてるかどうかテストだからね。
覚えられないから。
いわゆる理系のほうも、たぶん1個の仕組みを追い求めるやり方と、
絞っていくやり方と広げていくやり方、博物学のほうもあると思ってはいて、
そういう意味合いでさっきの話を考えると、単語だったり漢字もたぶん分類分けだったりとか、
意味合いのまとまりとかで分けられたりもするんで、
それはそれでまた分類的な科学とそれを呼んでいいのかっていう話も別にあるかもしれないですけど、
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それはそれで1個の科学かなって気もしました。
ちょっとね、2022年を振り返ってというか、もうすぐ500回なのもあって、
理科っぽいことの楽しさって何だろうなっていうのを言葉で考えるっていうのをしたくなって、
今日は年末ね、配信ですぐに聞く人も少ないかもしれないですけど、
なんとなく雑談のような理科っぽい話をしてきたんですけど。
理科っぽかったかな。
どうなんですかね。またね、引き続き楽しく理科っぽい話ができるといいなと思っているし、
いろんな見方があると思っていて、
理科の世界で起こっている物事を記述しているっていうものを、
一般の人の生活の中に分かるように翻訳するっていう立場って思うこともあるのよ、自分が。
もう一つは、リスナーの人の頭の中に絵を描いてもらうっていうための言葉を紡ぐっていうのを意識することもあったり、
ほら、ラジオじゃないですか。
ラジオですね。
だから、太陽系があってですねっていうんじゃなくて、
太陽系っていうのは太陽の周りをたくさんの惑星が同じ平面を共有するように回っていて、
一番真ん中には彗星があって、
だいたい円で回っていて、その中心に太陽があるっていう感じなんですけどっていうところから話をして、
で、太陽の大きさは地球の108倍とか109倍くらいでみたいな話をしながら、
リスナーの方の頭の中に図とか納得を描いていくっていうふうに感じることもあるし、
あと、理科っぽい見方っていう言い方をするときには、立体物ってものを当てると影ができますよね。
で、やっぱり人間って影しか見えなくて、真実を捉えるときには光を当てると影ができるって、
その形を我々は見てるんじゃないかと思っていて、
なので、物事の真実を捉えるために他のところから光を当てる係っていう感じもあるのよ。
なんかね、自分が話すことってどんなことだろうなって思いながら、
あと、物の形を決定するにはエッジというか輪郭をはっきりさせないといけないじゃないですか。
で、輪郭をはっきりさせるにはどうすればいいかっていうと、
これは中なの?外なの?って聞いていくのをたくさん繰り返すと輪郭が見えてくるっていうのがあって、
それは具体的なことを重ねていくことが抽象的なことに繋がっていくっていう、
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そもそも輪郭が分からない抽象的なことに対して具体的なことをたくさん、
これはこれに当てはまるのか当てはまらないのかみたいな、
この事例っていうのはどこの輪郭を示しているのかみたいなところを話していくことで、
喋ること、要は図を使わないで言語で伝えることで、
リスナーの方に物の形、動き、仕組みっていうのを伝えるっていう、
なんだろうな、トレーニングのような楽しみのようなっていう感じもしていて。
なんだっけな、今の話で2つ思ったのが、
子どもの発育とかちょっと今も勉強しているんだけど、
そこで子どもの発育は基本的には具体物から始まって、
最終的には抽象化していくっていうのが既成だと。
そうですね。
だから具体、必ず絶対具体があると。
それをいろいろたくさん具体物に触れることによって抽象化が進んでいくっていう風に思った。
本当だと今の話面白いなと思ったのと、
絵画的な美術的な話でね、
ものごとに輪郭があるって言うけどね、
実際には輪郭なんてないと言って輪郭をなくしていったっていうのが印象派だった。
印象派もそうですけど、西洋美術は色の変化を描いていくことで、
輪郭を描かなくても表現ができるっていうタイプの描き方を極めていったんだよね。
初めのうちはね、その線で内容を描いていったけど、
ある日、「いや、物にはね線なんかないぞ。」って言って。
そう、だからモナリザの顔の輪郭には線はないんだよね。
っていうのもなんか面白いな。
あれ、それは拉致さんが言った話だった。
拉致さんも言ってたと思う。
高井さんが言ったのかね。
なんかその話を聞いたときに、
なるほどなって。
必ず絵を描くときに線を描いてから絵を描くけど、
確かに輪郭なんてないんだなっていうふうに思った記憶がある。
そう、でも物には形があってエッジはあるんだと思うんですよ。
あとね、よくアイドルとかを見て、
現実は現物を見たらもっと細くて可愛かったってよく言うじゃないですか。
写真とかに見るよりかね。
ふむふむと思ったんだけど、
やっぱり2次元、写真とかで2次元で見るのに対して、
3次元で見ると立体で見るときに必ずだから、
2次元で見ると円柱のものが完全に横幅は横幅でしか見えないけど、
それを立体で見るとやっぱり奥行きを感じるから、
その幅全部が横幅としては感じないんだろうなって気がして。
だからよく本物で見たらもっと細くて可愛かったってよく言うのは、
あれは穴子重曹じゃないんだなと。
やっぱり2次元と3次元の違いなのかなと思って。
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そうね。
わかんないけどね、
なんとなく別にそれを見てそういうふうに感じたんじゃなくて、
2次元と3次元って見方的に変わってくるかなと思って。
そのためにはたくさん視点がないといけないんだよね、2次元よりも。
そうね。
そうそうそうそう。
という感じでちょっと取り留めもない話をしてきました、今日は。
でもね、今日狙っているのは、
ぜひリスナーの皆さんも理科っぽい考え方ってなんだろう、
それって面白いんだろうか、敬遠する人もいるけれども、
つまんないとかくだらないことなんだろうか、
みたいなところを考えてほしかったり。
もう一つ最後に喋ったのは、
皆さんが理科っぽい説明をするっていうのって、
何をしていることなんだろうっていうのを考えるのも、
ちょっとね、深くて面白いんじゃないかと思っていて、
人に何かを説明する。
私はだから、もうすぐ500回ですけど、
すごい時間説明してきたわけですよ、500時間分くらい。
そうですね。
物によってはね、もちろん教科書があるというか、
どっかに書いてあることを引用して、
またはいくつかのところを組み合わせてっていうのもあるんですけど、
多くのところで、私じゃないと喋れないようなことを、
なるべく喋ろうってしてきたつもりで。
よしあすさんの言葉だよね。
うん、だから。
どんな本を読んだかもしれないけど、
よしあすさんの中で咀嚼して、
よしあすさんの言葉として出てきたものがあったわ。
そうそうそう。
一時期、ポッドキャストって、
自分のパーソナルのこととかを話さないと、
つまんないんじゃないかって思ったことがあったわけ。
そういう人多いじゃないですか。
一番手っ取り早いよね。
それもあるし。
自分の今日あったこととかね。
そうそうそう。
なんだけど、よくよく考えたら、
自分の言葉で理科っぽいことを喋ることが、
キャラクターになってもいいんじゃないかっていう風に開き直れたのも、
この500回やってきた中であったなって思って。
なので、あるとき迷ったんですけど、
理科っぽい見方で世の中を見てみましょう。
それを私の言葉で喋りますっていう風に決めたときに、
自分の中でも腑に落ちたし、
何を喋ればいいかっていうのが見えてきた感じがするので。
素晴らしい。
そんなことを今日はお伝えしたくて、
こんな話をしてみました。
はい。
ということで、この翌日12月31日には、
すでに収録が終わっている年末特番。
終わってない、終わってない。
年末特番っていうのが放送されます。
皆さん、小学校の教科書を取り出して聞いてください。
ダメダメダメダメ。
何のことかわかんないな。
ダメダメダメダメ。まだまだこれからこれから。
はい。とはいえ、我々の収録は年内これが最後になると思うので、
最後のご挨拶ということで、
2022年もお世話になりました。
2023年もよろしくお願いします。
51:02
どうもありがとうございました。
よろしくお願いします。
これからもよろしくお願いします。
ありがとうございました。
来年もぜひともよろしくお願いします。
はい。ということで、今日はこの辺で締めたいと思います。
おまけもあるので、オーディオブックで聞いている方は、
おまけもちゃんと聞いてください。
そんな間の時間では、皆さまからのメールを募集しております。
今日お話したようなことについての感想。
自分はこう思うんだよみたいなところ。
あとはご提案やら、
自分で考えた理科っぽい話みたいなものも
書いていただけると嬉しいなと思います。
もしよければ、これを聞いているあなたが
新しい番組を始めていただいても構わないので、
そんなところも視野に入れつつ、
番組聞いていただけるといいなと思っています。
メールの宛先は、
また、私たちソンライプロジェクトでは
そこでは、この番組のほか、
そんなことないっしょ!ソンライ雑貨店などの番組も配信しておりますし、
以前配信したコンテンツも
ウェブサイトに行っていただけると、
古いものまで聞けるようになっていますので、
遊びに来てみてください。
よろしくお願いします。
いろいろコンテンツあります。
この先の配信予定ですけれども、
31日年末特番。
これはこの番組にソンライプロジェクトのメンバーが来て、
番組を繰り広げるという内容。
そして、1月1日は年始特番。
こちらはですね、ソンライプロジェクトのメンバーが
わいわいガヤガヤやるというのを、
各番組でお話しするというか、
全く同じ内容を配信します。
ソンライ理科の時間の次回、495回は、
1月の6日の配信予定になっております。
それまでに何を話すか考えて、
雑な原稿を作らなきゃいけないなというふうに思っております。
お正月明けね。
あとは500回に向けて少し準備をしておりますので、
そちらのニュースもあればお伝えできるんじゃないかと思っております。
ということで、ソンライ理科の時間、
この形式でお話しすることし最後の回。
年末特報はちょっと違うんでね。
第494回、この辺にしたいと思います。
お送りいたしましたのは、
よしやすと、かおりと、まさとでした。
それでは皆さん、次回の配信でまたお会いしましょう。
54:00
さようなら。また今度。
おきげんよう。