00:05
皆さま、こんばんは。会社員マヤ暦アドバイザーのりえです。
働く女性のためのマヤ暦手帳ガイドチャンネル。
こちらのチャンネルは、マヤ暦で豊かさと優雅さとゆとりあるビジネスライフを送っている私が実践して取り入れたマヤ暦の活用法をお届けしています。
マヤ暦は、本来の自分の本質、心のベクトル、進むべき道、今後の方向性、周りの方々との関係性を教えてくれる人生を豊かにするツールです。
ぜひ、今日も私と一緒に豊かで優雅なひとときを過ごしませんか?
さて、今日のテーマは、37年前にタイムスリップということで、私が小学校に上がった時のお話をしたいと思います。
で、なんでね、この小学校に上がった時のお話をするかというと、
実は、4月10日の時に、入学式とマヤ暦の関係ってということで、私の芽生子の小学校の入学をテーマに配信した内容があるんですよ。
で、この配信にKさんという方からコメントをいただいたんです。
Kさん、コメントありがとうございます。
で、どんなコメントだったかというと、読ませていただきます。
自分が入学式の時には、マヤ暦的にどんなエネルギーが流れていたんだろうと思ったりしました。
どんなエネルギーの日に、どんな人に出会ったのか。
自分の年回りや相手との関係性もありますが、毎日のエネルギーを確認しながら、出会った人とどうなるのか、どうしていきたいのかを考えることもできるのですね。
というコメントをいただきました。
ということで、このKさんのコメントから、なんとね、このマヤ暦的に自分の入学式の日のエネルギーを調べてみたいなって思ったんですよ。
そこで私は今日ですね、母にLINEをしまして、ちょっとアルバムを見てくれって言って。
私が小学校に上がった時の日にちを調べてほしいって、アルバム見返してみてって言って、母にお願いしたんです。
そしたら実家の母がアルバムを見てくれて、私の入学式の日が1987年の4月9日だったんですよ。
それを聞いたから、私はその日のマヤ暦を調べたんですね。
そしたら、近186番というエネルギーが流れていました。
この186番っていうのが、実は回り回って10月から始まっている今のマヤ暦の流れの中では、4月24日の本日だったんです。
03:05
なんと運命的な日だろうと思って、この186番のエネルギーから、私はどんな小学校時代だったのかなっていうところをひも解いてお知らせしたいと思っています。
私はですね、もうその小学校入学した日のエネルギーを見たときに、私の入学というか私の小学生時代は、失意と希望から始まったんだって思ったんです。
失意と希望と同時にやってくる、そういう時期なんですよ、今。
これがですね、4月23日、24日、25日、26日と流れているんですけれども、これと同じエネルギーを入学式の日に私は浴びていたわけですね。
じゃあここ、ちょっと小学校時代に置き換えると、まず入学するっていうこと自体が希望じゃないですか。
親としても希望だけども、小学生に上がっている自分としてもランドセルがピカピカで、机もまだ傷が一つもなくって、
で、ちょっと学校に行ってお勉強して帰ってきてお友達と遊んでみたいな、そういう時期なので、楽しくて楽しくて仕方ない希望じゃないですか。
でもね、私の場合、すぐにその失意、やってくるんですよ、実は。
それが小学校1年生の夏休みだったんです。
この夏休み、私は父の仕事の関係で福岡の小学校を離れることになります。
はい、転校ですよ。
だからせっかく慣れてきた学校生活、慣れてきたお友達とお別れしなきゃいけなくって、
そこをお別れするにあたって、いろんな送別会みたいなのをね、子ども会とかの中でもしてもらえるから楽しかったんですけど、
転校した先が熊本だったんですけど、熊本に行った途端、やっぱり慣れなくって最初。
まあ学校に行くとするとお腹が痛くなるし、わんわん泣きながら、母を困らせて小学校に行くのをね、しぶっていた月があります。
で、学校の先生も怖かったんですよ。熊本の小学校に転校したらね、まあベテランの先生で、
これが福岡のね、入学した時の小学校の先生は、新米党まではいかないけど、まだ20代ぐらいの若い先生だったんですよね。
ところが熊本に転校した後の先生って、母よりも年上の、たぶんですね、40代半ばから後半ぐらいの年齢じゃないかなと思うんですけど、
06:07
名前も忘れません、篠原先生。とっても厳しくって怖かったんですよ私。
そう、だからまあ学校行くのも嫌だったし、友達ができないのも嫌だったっていうね、感じで転校生っていうのはね、初めてここで味わったんですよ。
で、周りのお友達たちも、これほら5年生とか6年生の転校だったらまだ大人びてると思うんですけど、1年生じゃないですか。
もうみんな子供ですよね。こっちも子供だから、なかなか馴染みづらくってね。
そう、だから学校行きたくなくて、そこが失意でした。
でも、実はね、この転校こそが私の最大のキーポイントというか鍵を握っていくんですけど、
熊本の学校に行って、その新米っぽい先生からベテランの先生が担任になるわけじゃないですか。
で、この担任の先生が素晴らしかったんです、実は。
めちゃくちゃ怖いですよ、厳しい先生なんですけど、私の才能を多分いち早く見つけたのって、この篠原先生じゃないかと思います。
女性の先生なんですけどね。
この先生、毎日毎日生徒に宿題を出していて、その宿題っていうのが日記なんですよ、日記。
日記を書くのは暗黙の宿題で、それプラス算数のプリントとか漢字のドリルとかっていうのが出るんですけど、
日記を書くのはもう毎日やるんだよって言って、で、みんな書いてきて。
朝先生に出して、夕方帰る時までに先生からコメントを一言書いてもらって、
いい作文とかいい日記にはシールがいっぱい貼ってあるんですよ。
そのシールが楽しみで日記を書いてたんです、私。
だから先生のこと怖いんだけど嫌いじゃなかったんですよね。
どんどんどんどん私の作文能力というか文章能力上がってくんですよ。
だからね、私は1年生の時はなかったんですけど、その後3年生か4年生の時に作文のコンクールに出たりとか、
読書感想文で賞を取ったりとか、後は小論文、高学年になると小論文を書いたりとかっていうのにつながっていって、
文章を書く能力っていうのは導き出してくれたり育ててくれたのはこの篠原先生じゃないかなっていうふうに私もうちの両親も思ってます。
今となっては、今もこうして前歴の手帳の中に日記を書いたりとか、
09:00
プレゼンの資料を作ったりとか、報告書を書いたりとか企画書を書いたりとかって、文章を書く場面っていうのは社会人になればたくさん出てくるんですけど、
それも実はあんまり苦じゃなかったりするんですよね。
どちらかというと、報告書とかも端的に書く方が私は苦手で、それを膨らませて説明する方が得意なんですよね。
多分このラジオ配信聞いててもそうだと思うんですけど、2,3分とかで端的にパンパンパンって終わりっていうのは私はできなくて、
それを面白おかしく脚色しながら伝わりやすいようにと言いながら、同じ話を何度も繰り返している時もあると思うんですけど、
そうやって皆様を楽しませるのが得意だなというふうに思うので、
そういう作文、どっちかっていうと多分小説的な文章ですよね。論文的な文章よりかは小説的な文章を書く方が私は多分得意なんじゃないかなというふうに思っています。
皆さんはどうでしょうか。
入学式、挙げた日がどんなエネルギーが流れていて、それが自分とどうマッチしていたのかっていうのはまた紐解いていくと面白いと思うんですけど、
もしね、入学式の日が分からなくても大丈夫です。皆さんにとって記念日っていっぱいありませんか?
例えば、結婚記念日とか、入籍した日とか、入社した日とか、その日にどんなエネルギーが流れていたのか、その日が前歴的に見ると何を意味していたのか、
そこを紐解いていくと自分の社会人生活とか結婚生活っていうのも面白いんじゃないかなというふうに私は思っています。
今日、37年前にタイムスリップしましたけれども、そこまで遡らなくても前歴っていうのは毎日毎日違うエネルギーが流れているので、
明日起こったこととその日のエネルギーがどんな意味があったのかっていうふうに紐解いていくのも結構楽しかったりします。
ということで、今日の配信はここまでといたします。私の昔話に付き合っていただいてありがとうございました。
次回の配信では、ちょっとビジネスみたいなお話をしたいなというふうに思います。
というのも、私、今、副業という形で前歴のお仕事と本業とっていうのがあるんですけど、
その副業での仕事の仕方ってどんなふうにやってるのって質問をいただきましたので、前歴アドバイザーとしての私の副業の在り方っていうのを解説してみたいと思います。
12:03
ご興味がある方は次回の配信を聞きに来てください。
それでは、今日の配信はここまでです。りゅうでした。