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2026-03-19 14:33

#008 過去のジャーナリングを読み返して、子育ての時間を思い出した日

過去のジャーナリングを読み返し、息子の中学受験期の出来事を振り返りました。
比べてしまった後悔や、親子で何度も話し合った記憶を通して、記録を残すことの意味とジャーナリングの良さをあらためて感じた回です。

#ジャーナリング #振り返り #中学受験 #思春期
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00:05
おはようございます、Emmyです。このチャンネルは、子供が育った後のぽっかり感を抜けて、
第二の人生を面白がりながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、Emmyの声の記録です。
改めまして、おはようございます、Emmyです。 昨日は初めてレターをいただきました。ウェブ版からの送信のようで、
これは本文がいきなり送信されてくるという仕組みなんですね。
どなたが送ってくださったかがわからないのが残念なんですけど、すごく嬉しかったです。ありがとうございます。
感謝日記のご紹介をしたところへのメッセージだと思われます。
懐かしい。感謝ワークいいですね。私もやろうという内容です。
嬉しいです、本当に。感謝ワークめっちゃいいので、私も今年またチャレンジしたいなと思っています。
またチャレンジする時には、ぜひこのスタイフでも紹介して、やりたい方がもしいらしたら、一緒にチャレンジ進めていけたら、
私も励みになるなと思うので、そういう方がいらっしゃったら、ぜひコメントなどメッセージなどいただけたら嬉しいと思います。
あとそれからジャーナリングについて、具体的にどんな内容を書かれたのか知りたいっておっしゃってくださった方がいらしたので、
昨日私自分の過去のジャーナリングをしたもの、ノートを開いて、いくつかご紹介できそうな内容があるかなと思って、付箋を貼りながら読み返していました。
そしたら、今何度も言ってますけど、息子は21歳で大学に進学したけど、2年で退学して、今専門学校に行っているっていう状況なんですが、
でも今家を離れて暮らしているので、逐一成長見守るっていうことはできないんですけど、
だから一旦ちょっと子育てから手が離れたみたいな感覚に陥ってます。
必要なのはお金だけっていう状態なんですけど、そんな中で過去の七転び八起きっていう感じの、
自分の母親としての不甲斐なさとかを感じながら子育てしてた時のいろいろなメモを見てグッときているところです。
すごく嬉しかったメモもあるし、本当に涙ぐましい内容を思い出すような内容もあるし、どこまでご紹介できるかわからないですが、
結構な冊数があるので、何回かに分けてご紹介できるかなと思います。
なんかもう自分語りになってしまいますけど、お付き合いいただけたら嬉しいです。
例えばなんですが、一番心にグッとくる苦い思い出としては、
03:10
この振り返りのノートを見なくてもパッと思い出すのはやっぱり中学受験、
あと中学生になってから、だから年齢でいくと12歳から14歳ぐらいが一番反抗期という感じの時期だったかなって思います。
中学受験をしたことによりなのか、本人の性質なのか、他の男の子よりちょっと早い反抗期があったかなっていう気がします。
中学受験をするにあたっては、本人が希望して行きたいという学校があったので受験を志したわけなんですけど、
やっぱりまだ年齢も低いし、そんな11歳、12歳ぐらいから勉強詰め込むことがいいのかどうか私も模索しながらだったので、
もう終盤は本人も嫌になっちゃってたと思うんですよね。でももうここまで来たら引っ込みつかないみたいなところで最後受験の日を迎えたような、
今振り返って冷静にそういうふうに感じてます。ただもうその最中はもう親も子も飴と鞭みたいな感じで
なだめて透かして頑張らせて、でももう嫌になっちゃってなんか爆発してみたいなのの繰り返しだったなって。
そんな中で、私が一番やっちゃいけないことをやったがゆえの、子供のなんか爆発っていうシーンがありました。
これ2016年の3月なので、
6年生に上がるときかな、2016年だから12歳。
男の子に限らず子育てしているときにお友達と比べちゃいけないっていうのは大鉄則だと思うんですけど、
私ついついこの頃、塾が同じところに通っている同じクラスのA君っていう子が
いまして、そのA君がすごく勉強もできて、息子が志している高校にも合格して、
普段からすごく勉強も頑張っているっていうA君がいたんですよね。
そのA君もこんなに頑張っているのになんでできないの?みたいな、なんかそういう声がけを何回かしちゃった時がありました。
でそれが多分息子にはもう本当に嫌な言葉ですよね。私も言われたら嫌だなって、もう本当に冷静に考えると思うんだけど、
06:01
その時はそれを言ってしまっていて、息子がA君と学校でバトルになっちゃったみたいなんですよね。
でそのきっかけは、うちの息子から何かA君が嫌なことを言ってふっかけて、喧嘩をふっかけて、でお互いなんかやりとりして、
で結局息子がもう腹立たしさが収まらず、A君の鉛筆を折ったっていう事件が発生しました。
でそのすぐに謝ることもできなかったし、
反省もできなくて、で学校の他人の先生からそのことの成り行きのお電話があったということがありました。
で相手のA君にも、A君のご両親に、ご両親というかお母さんにも申し訳なかった旨い謝って、
息子からももちろんA君にも謝ってという流れになったんですけど、
私はこのこの時本当にいろんなことを松本のように考えて、自分の行動が本当にどれだけ至らなかったってことを痛感して、
マジャーナリングもその時、事実だけ書いて、心の動きをほとんどかけてないっていう前後がすごく真っ白っていう状態ですけど、
これをその事実を見てすごく思い出します。
あの時どういう気持ちだったかっていうのがありありと戻ってくるので、申し訳なかったなって。
ここで比べちゃいけないってことを痛感しつつ、同じようなミスを多分今まで他にも何度もやってるなっていうのを感じるんですよね。
今ももちろん誰かと比べちゃいけないって思うんですけど、誰かがすごい頑張っているのになんで頑張れないみたいなことはなんか俺に触れていっちゃってるかなって、
今しめも含めてまた思い出してます。
そうですね、こういうのも苦しい振り返りにはなりますが、こんなことあったなって。
今手を離れた息子を考えると、その苦しかった思い出すら、なんか尊い宝のような時間だったなって思います。
これ一つ目。
今8分なので、もう一つくらい今日振り返ってみようかな。
もう一つは同じ中学受験を控えた平成16年6年生のことですね。
これは夏休みのあたりかな。
その時通ってた塾で過去問とかをいろいろ解いていくんですけども、
09:02
間違えたところは答えだけじゃなくて、全部その時から見直してもう一度やり直すっていうのが宿題に出るんですね。
息子がある日どうしてもこれをやるのが面倒で、答えだけ直してっていうのも答えを合わせようの答えを見て自分その理解した上で答えを直してっていうんじゃなくて、
その正解を移したみたいな、そういうサボり、ズルをして直した日がありました。
それで、それは全く意味ないよねっていう話をして、やり直しをすることに意味があって、間違えたことは全然問題じゃないのに、ズルしたことが悪いよっていう話を説明したわけですよね。
こんなズルをするようなら、これは柿公衆前だったので、柿公衆は絶対乗り切れないよと。
中学受験もそもそも本当に必要なことなのか、もう一回考えてみてっていうやり取りをして、本人はやりたいっていうことでこの後継続していくんですけども、
やっぱり親の期待を多分感じてやりたいって言ったのかもしれない。
本当にやりたかったかどうかっていうのは、今から思えば本当にやりたかったかどうかはわからない、本人もわかってなかったかもしれないぐらいまで思います。
ただ、やるって決めたんだったら、ちゃんとやったほうがいいよねっていう、こんなズルしちゃダメだよねっていう話をして、
じゃあこういったことが起こったことは、塾の先生に伝えるよっていうことを言ったら、どうしても塾の先生には言ってほしくないと。
これからお母さんの言うこと何でも聞くから先生に言わないでって、ここにジャーナリングのところに書いてありますけど、っていうことを言ってきました。
で、お母さんの言うこと何でも聞くっていうのは、私の言いなりってことだよね。それもその息子自体の人生じゃないじゃないって。
なので、お母さんがこういうふうにやってって言ってその通りしてくれるのは、それはありがたいっていうか楽だけど、
これをしてほしくないからこれをするみたいな交換条件にするのは良くないよっていうことを伝えました。
で、自分で何が悪かったかを反省した上で、今後何ができるかっていうことを考えてみようっていう話で、
結局、いくつか2人で考えた案を出して、その中で本人がじゃあこれをやるっていうのを選んで、そのようにしたっていう流れが書いてあります。
12:02
で、この後、本当に受験が頑張れるのかをもう1回考えてみようっていうこともしていたようですね。
これは、中学受験の夏休み前に起こった出来事で、こういう話し合いをしてるんだけど、
これは中学生だけじゃなくて、その後もたびたび繰り返し起こっていることかなって思います。
何があって言うと、何か問題が起こった時、本当にそれをどうしたいのかを自分にもう1回問い直す。
で、何ができるかを考えるみたいなことは、つい直近で言えば大学を辞めるってなって、進路を変えるっていう風になった時も同じ工程をたどってたなって思います。
それはもちろん息子だけじゃなくて、私自身もそうですよね。
やっぱり自分がどうしたいかっていうのを自分が知るっていうことは本当に大事なことだと思うので、
周りの人に流されて、あの人がこう言うからとか、そういうのに流されちゃったら自分の人生じゃなくなるなっていう、
それを私は多分この年齢になって痛感できているわけだけど、息子にも早いところ、
そういう自分の軸をしっかり持って、自分の人生を自分が運転してるんだっていう、そういう気持ちになってほしいなっていうのを思います。
こういった、今2冊ですけど、振り返って、ちょっとグッときたり、そういう気持ちを再認識して、ジャーナリングの良さをすごくまた痛感し直しています。
この記録がなかったら、このエピソードももうすっかり忘れて思い返すことなかっただろうし、
自分の記録にありがとうっていう気持ちでいっぱいです。
ということで今日は、2016年の息子が6年生の中学受験していた頃のエピソードを、ジャーナリングを振り返りながらお話ししてみました。
いいねやフォロー、コメントでの感想もお待ちしております。
ここまでお聞きくださってありがとうございました。また次回お耳にかかりましょう。素敵な1日をお過ごしください。エミでした。
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