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はい、今日のテーマは、なんとなくを信じる、理由はないけれど心がそっと示す、方向に耳をすませる、そんなお話です。
なんとなくこっちがいい気がする、なんとなく今日は休みたい、そんな感覚を昔の私はすぐに否定していました。
理由が言えないと不安で、説明できないものは間違いだ、と思っていたからです。
でも今は思います。そのなんとなくこそが一番誠実な自分の声なのだと。
人はつい、正しさを探して生きてしまいます。 けれど正しさは時に冷たくて心の温度を奪ってしまう。
一方で、なんとなくは小さなぬくもりのようなもの。 曖昧で根拠はないけれど安心する方へそっと導いてくれます。
振り返れば人生の大切な選択はいつもそうでした。 人との出会いも始まりの一歩も。
理由は後からついてきた。 最初はただそうしたかったから。
それで良かったのだと思います。 心の奥には理屈では欠けない自分の地図があります。
なんとなくはその地図に灯る小さなサイン。 未来から届いた静かな道しるべなのです。
はい、神々でしたが今日も補足をしていこうと思います。 そのなんていうか
今ってその理由エビデンスとか こういう理由があってこういうふうにできるんですっていう論理的な理由っていうのをどうしても
求めることが多いと思うんですよね。 その科学が発展してきたっていうのはすごい大きいなっていうふうに思うんですよ。
理由があるからこういうふうにできるんですっていう筋道を立てられるってすごい気持ちが いいし、なんか
そうだよねって腑に落ちやすいと思うんですよ。 だけど
その じゃあ科学が発展する前に人ってどういうふうに生きてきたかって
挑戦することもしてきたと思うんですけど、やっぱこの なんとなくっていうのを信じてきたと思うんですよね。
だけどやっぱり今でそのなんとなくを信じることってすごい勇気がいることだと思うん ですよね。
その理由がないからなんですよね。 その
なんか怖いですよね。その 言葉にできないけどなんかいいとかなんとなくこっちの方がいいけどっていう
ことって、なんか決定打にかけるような気もすると思うんです。 そのなんていうか間違えるかもしれないっていう不安がすごい大きいと思うん
ですよね。 あと説明できないとなるとやっぱり理解されないっていうことも出てくると思いますし
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ただ なんか
自分の選択とかなんか自分自身で決めることなら なんていうか
そのなんとなくを信じて遠回りしてもその後悔ってないと思うんですよね。 そのなんていうか
まぁあの時こうしておけばよかったなっていうのも多分なんとなくだと思うとですよ。 すいませんこれ言ったら怒られちゃうかな。
だからこそなんか そういうなんとなくって自然の中にいる時にすごい戻ってくるのかなって思うんですよ。
風の向きとか その太陽の暖かさとかどういう風に光が出てるかなぁとか
鳥の声だったり川の声だったりそういう そのどれも説明できないなんだけど
すごい心地いいなぁとか気持ちいいなぁって その人間としての本能っていうか備わってるものだとは思うんですよね
だからこそその人間もまた自然の一部だし そのだからこそなんか感じることっていうのをもっと信じてもいいのかなっていう
風に思うんですよね言葉だけじゃなくて だからそのさっき上でもお話したと思うんですけど
正解をどうしても求めてしまうけどその正解を探すより自分の選んだ道っていうの を好きになること
そういった積み重ねがいつの間にか自分らしい人生とか これって自分らしいなぁとかにもなってくるのかなっていう風に
思ったりもします まあでも言葉が欲しい時は言葉もいいですけどね
なんかそのバランスっていうかなんかこれだけが絶対正しいんですっていうのじゃ なくてそのまあまたなんていうかバランスだと思います
すいませんなんか すいません
はい先生じゃあ最後に一言言って終わろうと思います 理由がなくても大丈夫です
はいじゃあ今日はここまでにしたいと思います それじゃあまたね