現代社会における大人の居場所の必要性
はい、今日のテーマは、居場所とは、自分の声が聞こえる場所ということについてお話ししていきます。
最近、大人の居場所を作れないかなーっていうのを思っていたりして、
子供の居場所も、もちろんこれから未来になっていく子供の居場所が必要っていうのはもちろんその通りなんですが、
社会で頑張っている大人たちの居場所っていうものが、今は本当にないのかなっていうのを感じていて、
もちろんネットだったり、大人の居場所っていうのを作ってくれてる方もいらっしゃるんですが、
いまいち大人の居場所っていうのがないなっていうのを感じてて、
「居場所がない」と感じる時
ただ、ここでちょっと考えてたのが、その居場所がないってどういうことなんだろうって思ってたんですよ。
考えてたんですけど、それを考えていたときに、なんか自分が居場所ここにないなっていうのを感じるときって、
なんか自分らしくいられなかったり、
なんか自分の声が通らないというか、自分の声が出せないっていう場所しか見えなくなってしまうというか、
なんかそういう自分の声を出せないなっていう場所だと、これって僕の居場所がないなっていうふうに思うのかなっていうのを思ったんですよね。
だからこそ、居場所があるっていうことっていうのは、自分の声が聞こえる場所なんじゃないかなっていうふうに思ったんですよ。
居場所の定義:自分の声が聞こえる場所
これって居場所なんだから、他人の声が聞こえないなんて変じゃないですかっていうふうに思われるかもしれないんですけど、
もちろん他者がいる場所っていうのももちろん居場所になる、もちろんそういう関係性の中で居場所があるっていうふうに考えることもできるけど、
自分の声が出せて、自分の声が聞こえること、そういう場所のことを僕は言うのかなって思うんですよ、自分の居場所だなっていうのって。
だから自分の部屋が落ち着くのって、自分の声が出せたり、自分の声がそういうお気に入りのものから聞こえてくるような気がするんですよね。
これが私だよっていうか、こういうものが私は好きだよっていうか、自分の好きなものというか、自分の声の物体にした時のものっていうのがお気に入りのものなような気がしていて、
だからこそ、自分の声を出せるかどうかっていうことっていうのが出せたりとか、自分の声が聞こえる場所であるってことが自分の居場所があるかどうかっていうことなのかなっていうのを感じたんですよ。
居場所を作るということ
だからこそじゃあ居場所を作るっていうことっていうのは、そういう空気感があるかというか、そういう場所があるかっていうことでもあるのかなっていうのを思ったんですね。
だからこそなんか最近居場所がないなとか なんか最近その一人だなっていうふうに感じる時っていうのはもちろんこれ他者
のその 間の中で自分の自分っていうものを確認できるっていうか自分の存在を確認できる
場所として自分の声が出せるとか自分の居場所があるっていうふうに感じることだと 思うんですけど
やっぱりその一人の時でも自分の声を出せているかというか その自分の声が聞こえているかっていうのはすごく大切だなというか
なんかそういったところから自分がまず自分の居場所を作ってあげるっていうこと というかここは絶対にその犯されないというかそのもう
一人でも自分の声を聞くことの大切さ
安心安全だなっていうその自分の居場所っていうのを まあ帰る場所になるのかなこれはっていうのをなんか自分の中で作るっていうのは
すごく 大切だなと思うしなんかそこからじゃあ他者の中でその自分の居場所居場所というかまあその他者の中で
浮き上がってくる場所っていうのがあるのかなっていうのを
うーん 感じたいというかなんかそういう
なんか他者と溶け合えるかどうかみたいな 部分でもあるのかもしれないよねなんかその自分の声と他者の声が混ざり合えるかどうかっていう
部分がその自分の居場所自分の居場所というかまあその他者と一緒に過ごせる場所 っていう意味合いではあると思うんですけど
そういうところで自分を確かめたり まあ自分の声を感じたり自分の声が聞こえる状態っていうのはあるのかなっていうのを
自分自身の居場所(帰る場所)を内面に作る
持ったり だからこそじゃあそれに
そうなるためにっていうかその一歩前の段階として その自分の声が自分で聞こえる自分の
場所自分自身の場所っていうのをまず自分の中で作るっていうのが 自分が帰る場所っていうことでもあるのかなっていうのを感じたんですよね
だからまあ帰る場所っていうのはやっぱり結局のところ自分で作るしかない 買ったりするのかなっていうのを感じたというまぁちょっとこれだと救いがない気もするんです
けど その関係性の中でも帰る場所っていうのは作れたりするしま精神性だったり
もちろん言葉っていうのでもは自分に帰る言葉だなっていうのももちろんあると思う のでその物体的なものとかリアルとか場所っていうものだけが自分の帰る場所じゃない
というか そのまあ布団の中でもいいし精神世界の中かもしれないというか
なんかそういう自分が自分 だけで存在できるというかなんか言葉なんていらずにその存在自分自身の存在のまま
そこに帰ってこれるというか なんかもう
バタリと倒れれるかどうかっていうのは すごく大切なのかなっていうのを肺感じましたねなそういったものが帰る場所っていう
のかなっていうのを持ったというはい今日この頃でした ここまで聞いてくださりありがとうございます
それじゃあまたね