居場所の必要性を考える
こんばんは、おはようございます。こんにちは、楽しくおしゃべり❗まこにぃの部屋です。
はい、いつも聞いてくれてありがとうございます。そして、いいねやコメントもとってもとっても嬉しいです。
さて、今日はね、火曜日ということで、いつもの大丈夫、君の居場所あるからの応援放送を始めたいと思います。
では、始めまーす。改めましてまこにぃです。よろしくお願いします。
まずはこちらのお知らせからです。チャリティーにもなる絵本。
竜と美よ夢の虹という絵本が発売で1年経ってですね、アマゾンで販売しております。
購入はアマゾンでしてもらえると、紙の絵本とデジタルの方ですね。デジタル版とアリバー。デジタル版は1000円ですね。
紙の方は、この本が届きます。1650円ですとかね、になっております。
大切なものはすぐそばにあるよというメッセージを込めた絵本になっております。
竜と美よのちょっとした冒険のお話です。虹を探すというですね。虹を探す、虹を探しに行くという冒険になっております。
この絵本が売れますと、そのロイヤリティーが出ますね。売上が出ますので、銀ドル出版。
印税みたいなのが来るんですけど、その印税はですね、全額ノトの支援に使われるような仕組みになっております。
この絵本を読むことがノトの支援になりますので、どうか買っていただきたいなと思います。
先ほど言いましたけども、Amazonで竜と美よと検索してください。
概要欄にリンクがありますけども、もしかしたらリンクの期限が切れているかもしれませんので、その時はAmazonで竜と美よと検索してください。
ではここからが本題です。
今日の本題はですね、ちょっと居場所について考えてみようかなと思います。
いつもとちょっと違うんですけども、居場所って本当にいるの?っていう逆説的なところから、
ちょっと居場所の必要性みたいなのを証明してみる。
数学的なんちゃら証明ってあるんですよ。
もともとあるものを否定してみてから、そこから必要な、それはあっているよみたいなのがあるんですよ。
数学的なんちゃら証明方法があるんですけど、ちょっと忘れちゃいましたけど、
居場所っているよねっていうふうに、通説じゃないけど、皆さん思ってますよね。
居場所があった方がいいよね。本当に居場所っているのかという、そこをちょっと逆説、疑ってみようですね。
本当に居場所っているんだろうか?これは空想の世界なんじゃない?どうですか?居場所っていりますか?
別に自分が強くなって、一人で心をしっかり持って、生きていれば別に一人でも生きていけられるんじゃ。
っていう仮説をとっている。仮説をね。全然一人で生きられる。居場所なんていらない。
俺は強いんだ。本当にそうだよ。
一人でも生きていけられるんでしょうか?
誰も関わらず生きていけられるんでしょうか?
まあ無理ですね。コンビニ行けば店員がいるし。
家に帰れば、一人暮らしの場合は、まず自分の良心。
昨日も話したけど、何台も、10台、5台ぐらい高のぼれば、自分の質字だけでも1000人を超える、25台ぐらい高のぼれば100万人を超えるぞと話しましたけど、
まあ無理です。そういう点でも、自分一人では、もうそういう自分の家系であって、もうそれ自体が居場所になって、
自分がいる場所は、そういう血の繋がりで繋がったところであるということからするとですね、
そこがもう自分の居場所になって、生命、命を授かった時点で、そこでもう自分にはそういう居場所がもともとある。
血の繋がりという居場所が、全世界生きていける人間のみならんですね。
まあとりあえず人間の話をしましょう。よくわからなくなる。
人はですね、生まれた瞬間から血筋という居場所を持って生まれてくる。もう家族という居場所がそこにあるんですね。
そういうものがあるから、自立というのはできるんです。
赤ちゃんを放っておいたら、たぶん立たない。
誰もいない。一人で死んでしまいますけどね。立ちもせずに死んでしまいます。
赤ちゃんは両親がいる。家族があるから立ち上がる。自立するんです。
どういうことかというと、自分の周りに支えてくれる人がいるという、物理的な人がいるというのもあるし、周りの社会という枠組みもそうなんですけど、
自分を支えているものが目には見えないけど、あるから人は自立できる。
自立って一人で生きることじゃなくて、自立することができるのは、周りにいろんな人が自分に関わってくれているから、自分は自立した人間になれるんです。
その辺のところを吐き違えちゃいけないなと思います。
そう考えると、もう生きているだけで私たちには居場所がある。
ということは居場所ってないんじゃないか。居場所っていらないんじゃないかって思うというふうに仮説を立てましたけども、
私たちはもう生きているだけで居場所というものを持ち続けていますので、居場所がないというのは、居場所はいらないというのはできません。
あなたの価値を認識する
ということで、居場所は居ますというか、居場所はあります。
居る、いらないんじゃなくて、僕たち一人一人にもうすでに居場所は備わっていて、それに気づくか気づかないかというところなんですけども、
気づいてほしいな。きっとあなたを見ている人は絶対います。あなたの味方は絶対います。
なので居場所はもうそこにありますので、自分に価値がないとか、そんなわけはないんです。
あなたの価値は1ミリも変わりません。何がどうなってもあなたの価値は1ミリも変わりません。尊いものです。
さっきも言いましたけども、自分の25代に遡れば100万人の方がいらっしゃいます。
昨日の話と一緒ですけども、その100万人の中の一人でも、どこか一人でも欠けたなら、あなたの存在はありません。
こうやって自分に関わってくれた人がいるからこそ、今あなたは存在しております。それがあなたの居場所です。
誰でも居場所はあります。あなたの価値は何がどうなっても1ミリも変わりません。あなたの価値はあります。
生きているだけで価値なんです。
ということで今日は、居場所っているの?という逆説を立ててみて、居場所の存在について考えてみました。
この放送が良かったら、いいねやコメントお待ちしております。
フォローしてくれるととてもとても嬉しいです。
今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。
この辺で終わりたいと思います。
今日のお相手もまこにぃでした。
それでは皆さんお幸せに。またね。
今日もありがとう。