レイ・フレンズイン 東京にようこそ!
この番組は話題の新作、往年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀を多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティのマコと
ダイエット中の連休ってリバウンドの原因よね?オマです。よろしくお願いします。
痛いほどわかるというか、どう考えてもそうですよね。
そうなんだよ。仕事に行く日の方がよっぽど気をつけるんだけどさ。家にいるとどうしてもこう、飯をカロリー高めに食べちゃいがちよね。
そうなんだよね。限界、ダラダラ食べてしまう。
なんかあったらさ、口に入れちゃうんだよね。 マコ そうなんだよね。
せっかくさ、俺ちょっと結構頑張ってさ、4キロぐらい痩せたの。よしと思ってたらさ、取り戻したよね。
この連休で。 マコ 4キロ取り戻したね。
取り戻したね。 マコ まあそうね、てかシンプルに体の方が変わってきているよね。
われわれぐらいの年齢になってくると、今までの感じで食べてると予想外につくというか、明らかに代謝が落ちてきているし。
あとね、地味にやっぱりこう、全然食えるんだけど、ラーメン食った後の胃のムカつきが強まってきている。
わかる。あと焼肉がすごく俺感じるようになった。
あの、いつもはさ、牛角の食べ放題とかそんな感じのところに行くんだけどさ、久々になんか親と一緒にちょっといい焼肉店に行ったのよ。
あれ?俺このぐらいの量で我慢、我慢というか満足できてるっていうのにすっげえびっくりしちゃって。
単純に俺、脂がもうそんなに入らなくなったんだな。
そうなんだよね。なんかその、肉の質的にやっぱこう日本だと良い肉イコールやっぱり刺しがどれだけ入っているかみたいなさ、
油分で決まってくるみたいなとこあるじゃない。それはようわかるんだけれども、ちょっとね、なんかこう重い感じがしてしまって。
かといってね、焼肉屋でロース食べる気にならないね、私。
ロースはね、焼肉で食べるものじゃないと思うんだよね。なんかどう焼いても美味しくないんですよ、僕から言わせてもらうと。
そうなんだ。
それから普通にステーキをレアで食いたいよっていう、OGビーフとかの真っ赤っかなさ、もう全然油乗ってねえよみたいな感じの塊のフィレとかを焼いてですね。
もうレア超えてブルーぐらいの勢いで。
ブルーで食う?
ブルーで食うよ、俺全然。
日本のビスケットオリバーって呼ばれてるから。
俺本当にゾブリゾブリと食べますから。
ステーキは。
この量を一人で?
本当にね、火は入れすぎたくないんですよ、全然。
牛肉ってやっぱりね、本当になんだろうな、牛肉の赤身はどれだけ生で食うかっていうところにかかってるなっていう気がしていて。
確かに肉の刺身ってうまいよね。
そうなんだよね。
牛しかり、馬しかり、鯨しかり、やっぱり生肉って普通にうめえんよ。
うまいんだよ、うまいの。そこはね、本当にわからない人にはわからないのかもしれないんですけど、うまいんですよ。
それで言うとね、言っても固まりのステーキ苦手ですと、口の中パサパサしてとか、ちょっとやっぱり顎疲れてとか諸々言う人いるんですけれども、
やっぱりレアで食べるとそこまでだし、それでもやっぱりちょっと抵抗あるよっていう人は是非ですね、やっぱり静岡県は爽やかに行っていただきたいですね。
ああ、ハンバーグがその場で焼かれるとこだっけ?
そうですそうです。手版の上に原子通サイズのハンバーグがですね、乗っかって出てくるんですけれども、その場で切って内側に火を通すみたいな。
でも全部火通らないんですよ、どう頑張っても。
ああ、そうなんだ。
そう。で、基本的にやっぱりハンバーグって普通の牛肉と違ってね、牛肉はそもそも内側に筋がいないから、
ステーキで表面焼いて食う分には全然問題ないんですよ、中まで火通ってなくても。
でもやっぱりハンバーグとなると加工されているので、ちゃんと火通さないとダメですよっていうのが基本になるんですが、爽やかはもう完全にですね、あれはもう別ですね。
完全な無菌の工場で全ての加工を済ませて、完全に密閉された真空の状態で種を店舗に運ぶんですよ。だから火が通ってなくても安全に食える生ハンバーグなんですよ。
ああ、そうなんだ。
そうなんですよ。そこはやっぱり徹底されているので、極限まで柔らかいハンバーグを食べることができるっていう良さがありますね。
これは本当に爽やかだから成し得ている部分もあるんで、もちろん条件さえ揃えれば他の企業とか他の店舗でもできるのかもしれないんだけれども、
やっぱり爽やかがずっと安全な環境を作ってやってきたそのノウハウっていうものがありますから安心なんですが、
地股で生焼けのハンバーグを出しているようなところをSNSのなんとなくおしゃれそうな動画で見つけていったりしようものなら、受注ハック当たりますんで、本当に気をつけてください。
それは素人に近いような個人店が真似していいようなことじゃないので。
そうだね、企業の力がね。
そうそうそう企業の力本当に。そこはもうね、なんとなくでやってほしくないところなので、ちょっとそこは気をつけていただきたいですね。
食べたいのであればやっぱり爽やかに言っていただきたいという感じがしますけれども。
そこはやっぱり大手とかね、数が揃ったっていうところがやっぱり大事になってくるんでしょうね。
というようにね、とある国の有名な国技とも言ってもいいようなところがいっぱい揃っているからこそ成し得た。
異形ではないです。別に異形ではないんですけれども、
そんなわけでね、これ何映画なのかよくわからないですけど、まあヒューマンドラマドでもね、ヒューマンドラマなんでしょうけれども、
今回はリクエストにお答えして、ハリウッドではない作品に触れていきたいと思います。
それでは本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマはリスナーリクエスト。映画僕とパパ約束の週末。特性なんてあって当たり前。
ということでね、やっていきたいと思いますけれども。
いやー、久しぶりリスナーリクエストは。今回リクエストが最近あんまりいただいてないんですよねみたいなことを言ったら、
もうヘビーリスナーさんが必ずお答えしてくれるっていうふうな実に恵まれたですね。
本当にもうね幸せです。あの、ポッドキャスター妙利に尽きるとでも言いましょうかね。
尽きますよ。
ありがたいことですよ。本当に。
ありがたいよ。だってマジでなかったんだもん。
マジリクエストのことどうすっかみたいなね。
順調にリスナーの層は広がっていってるんですけど、どうもリクエストとなるとちょっと遠慮されてしまう感じがあるんですよね。
全然いいんですよ別に。他のリスナーに気遣わなくて。
そうだね。好き勝手に気ままに送っていただければそれが一番ありがたいという。
そうです。いただいたものはですね、見る環境さえあれば全て拾いますんで。
それに関してはヘビーリスナーさんにもお断りをした事例が1件出てしまったので。
ありますから。そこはちょっとありますけれども基本的には拾っていきますんで。
どんなに個人的に気に入ってるだとか、こんな映画見てるの私だけみたいなのがあるかもしれないんですけども、そういうのでも全然ガンガンいただければ楽しく見させていただきますので是非よろしくお願いします。
ということで今回見たのがですねドイツ映画ということでちょっとドイツランドの映画なんで、今まで扱ってきた中でいうと帰ってきたひとらぶりですか。
そうだね。確かにそうだね。
がらりと変わってっていうところですけれども、また全く異なるアプローチの作品となりました。
まずはどんな作品だったのかについてちょっとあらすじからご紹介させていただければと思います。
はいじゃあ行きますよ。
ということで今回見たのは僕とパパ約束の週末というドイツ映画でございます。
主人公は10歳の少年ジェイソンですね。
彼はアスペルガータイプの自閉スペクトラムを持った男の子です。
彼はなかなかクラスに馴染むことができずに特性もあって周りからもからかわれることがあり、
自分の思ったこと気になることこだわりに基づいていろんな発言をしてしまうので、
大人ともうまくいかなくてこのままちょっと学校変えてもらうみたいなことも言われてちょっとやべえぞみたいな感じで両親も焦ると。
そういった中でですね好きなサッカーチームはどこみたいなことをクラスメイトに聞かれても答えることができなくて、
サッカーは国民的スポーツのドイツにおいて推しチームを持っていないという事実が結構地味にしんどかったりするんですね。
そんなこんなでジェイソンはですねドイツの全56チームを全部自分の目で見て推しチームを決めるという企画ものを思いつくと。
そんな彼の主張に対してですね両親はやっぱり彼自身を守ってなおかつ彼自身をソーシャライズしていくためにも
父のミルコがですね仕事で多忙な日々を合間を縫って週末には連れて行くよという形でですねジェイソンの旅路に付き合っていくと。
ドイツ全土を週末ごとに鉄道で行き来してですね東奔西走して父と息子がサッカーの試合を見ながら少しずつ距離を縮めていくと。
サッカーはね当然スタジアムにはたくさんの人がいて入場時のボディチェックとか大音量のスタジアムの音楽歌そういったところで言うと非常に自生スペクトラムを持っているジェイソンからしたらかなり過酷な環境なんですけれども
少しずつ経験を重ねていくうちに彼自身の心にも少しずつ変化が生まれていくと。
実は今作はですねあの実話を元にした映画となっており今本国で100万人を動員するような大ヒット作になったということで
主人公のジェイソンとミルコを実在する二人であるということを念頭においてもう一度見ていただければと思います。
いい映画だった。
いい映画でしたね。
いや面白かったですね。
好きですよ本当に。
なんかこうどうなんのかなっていうその目的が明確じゃないですか。
56チームを見て推しチームを決めるっていう主軸にある物語とプラスアルファでその父ねこれまでずっとその自閉スペクトラムを持った息子との息子の子育てっていうところから
仕事を開始して逃げ続けていた父がこの週末の旅を通して息子と向き合って彼を理解するっていう物語と。
この二本の軸があってどんな感じで話が畳まれていくのかなというふうに思ったらですね。
ネタバレ上等で言いますけど。
はい。
推しチームは決まらないですっていう。
そうなんだよね。
でもね俺それ結構良かったと思ってさ。
よくハリウッドでこの手の映画作ったらさ事実に反してでも多分最終的なこのストーリーとしてここのチームに決めたみたいな。
のでエンディングを迎えるみたいなさ。
そういう映画が割と多かったりするよね。
結構この事実を元にした映画つっていってもオチのレベルで結構事実に反するみたいなのを作ったりするじゃない。
だからいわゆる昨今の電気映画っていうのはまさにそこにあってその話としてのこの盛り上がりだとかまとまりの良さっていうところを考えて事実とはあえて変えるっていうね。
そういうアプローチがあって。
だってこの間見たマイケルなんかもそうですけれどもマイケルが地方を回っててまだデビュー前に歌ってるシーンがあるんですよ。
そこで歌ってる歌がもうデビューした後に出したシングル曲だったりしてこの時点でこれ歌ってるのはおかしいだろうみたいなのはあったりするんですけれども。
でもやっぱり物語の尺で決まった中で代表的な音楽を散りばめていくってなった時にやっぱりそこに当てるべきはこれなんじゃないのかみたいな感じ。
やっぱりそういうふうに脚色がされていくっていうところがあって。
そういったところで言うともちろん本作も脚色はおそらくたくさんされてると思うんですけれども。
やっぱりこの話のオチとしては別に無理にまとめようとしないというか。
むしろその継続していく旅っていうものが父と息子のその絆っていうものを今後もより深く強くしていくんじゃないのかなみたいなふうな非常に前向きな予感をさせて終わっていく感じになっているので。
そこは事実ベースでなおかつ良い終わり方だったのかなっていうふうに俺も思いましたね。
うん、すごく良かった。
これちょっとジャブ最初に言っちゃうんだけどさ。
くしくもさ、ホラー特集から繋がってる作品だなと思ってさ。
くしくものジェイソン繋がりっていうね。
そこはやっぱ狙ってくれたんですかね。
狙ってくれたのかもしれない。
別さんだから。
狙ってくれた可能性がありますね。まさかのジェイソン2ジェイソンでしたから。
びっくりしましたね。
最後までいつこれが血みどろのホラー映画になるのかってちょっとね、やっぱビクビクしながら見て、最後までハートクルで終わったからすげーホッとしたよ。
でもね、奇跡の繋がりで言ったらもう一個あって、これはお前絶対言うと思うんですけど。
僕らやっぱりですね、映画大ファンでですね、本当に子供の頃から見ていた。
何だったらもういろいろ細けごと考えずに映画を心から楽しんでいた時期といえば少年時代ですよ。
少年時代に見た映画の中で特にね、心打った作品なんていうのはその時期といえばスピルバーグのね、黄金時代ですから。
まあそりゃね、男の子の大好きな恐竜プラススピルバーグ、ジュラシックパークなんてのはね、もうね、語るまでもなくみんな大好きなんですよ。
もうよだれがたらたらものですよ。
ジュラシックパークといえば一体何かって言われたら、まあいろいろ皆さん挙げると思うんですね。
ベロキラプトルだとか、TXだとかもろもろ言うんですけれども。
ホントのツイッターツイートとかね。
やっぱり忘れたらいけないのは、ジュラシックパークで最も重要な下りはカオス理論なんですよね。
カオス理論なんですよ。
カオス理論ですよ。あの映画はカオス理論の映画ですか。
そうですね、カオス理論の映画なんです。
実際そのストーリーの軸としてカオス理論が大事にされていて、要はメスしか作らないっていうふうに決めているから、自己繁殖はできない。だから話しがいが可能なんだって言ってたんだけれども、実はもうすでに野生化していて、
そういうエラーというかね、本来的には起き得ないことがカオスとして混沌として起き得るっていうところが、生きのジープの中で語られるんですけれども。
その時にですね、話をしていたのが、我らはね、ブランドルミュージアムの人なんですけれども、とにかくそのカオス理論っていうのが僕らの中でジュラシックパークイコールカオス理論みたいな感じで盛り上がっていたところにですね、本作の主人公のジェイソンもね、カオス理論を口にするので、
はっきり言ってノイズです。
そういう作品じゃないのに別に。ヒューマンドラマを見て、ちょっとこうどんな風にこの子が成長していくのかなって思ってたら、彼がカオス理論とか言い出すよね。その瞬間にもう頭の中で、ブッブー、ブッブー、ブッブー。
手の甲に水垂らしたくなっちゃうから。
コップ見つめてね。
コップ見つめたくなっちゃうからね。やめてください。そういうのじゃないですってね。深くにもジュラシックパークの数学者を思い出してしまう現象がありましたってことです。
いやー、あれいいね。あとなんかあのね、僕ちょっとこの映画ね、一個だけ意義を唱えたいものがありまして、
パパの勤めてる会社ね、ハンバーガーショップなんですよ、映画の中では。
だいだらみたいな感じだね。
そう、なんかこうなんとかベストバーガーって書いてあったの。あれに僕は意義を唱えたくて。
なんすか。
一番うまいのはね、やっぱインアンドアウトですよ。
インアンドアウト。
インアンドアウト、これね、お前アメリカ行った時にね、食ってね、もう衝撃的にうまくて忘れられないハンバーガーですね。
本当はインアンドアウトってあるな。インアウト。
インアウト。矢印がね、特徴的なハンバーガーなんですけど、これがマジでうまくて。
本当に?
ハンバーガーもバチクソにうまいんだけど、それを上回るのがポテト。
フレンチフライね。
うん、フレンチフライがマジでうまくて。
へえ。
二言目にはインアウト行こうよって言って友達とめっちゃ食ってました。
マジか。俺行ってねえなあ。
これも次アメリカ行ったら絶対食った方がいいよ。
俺行って一番初めに食ったバーガーはバーガーキングでしたね。
日本でも食える。
だから比較したいじゃない。
そしたらバーガーの味は全然変わらなかったけど、フレンチフライが油があまりいい匂いじゃなかった。
油が悪かったね。
おそらく多分そっちの運勢関連の方が日本の方が上だと思う。
日本の方が多分上な気がするんですよね。だからフレンチフライがそんなにしてない。
あとはこの間大間と日本にも来てるらしいじゃんって言ったテディーズビガーバーガーですね。
はいはい。
テディーズビガーバーガーでもハワイに行ったな。テディーズビガーバーガーも食べましたね。
いいね。
でもアメリカ行ったらバーガーが食いたくなるんですよ。
食いたくなるよ。それこそだって俺マクドナルドにすら行ったもん。
外国でマクドナルドに行くとそれも地元ルールがあっていいじゃないですか。
いいよね。
あとケチャップのシャンプーみたいなのない?
あらあら、おそとこにあるやつみたいなやつね。
シャコシャコって言ってシャンプーボトルに入ったらケチャップ出し放題みたいな。
そういうのも当たり前に置いてあるんですけど、日本にはないんでね。ちょっとそこは非常に寂しい感じがしますけれども。
そうね。僕初めてアメリカでマクドナルド行った時に、ドリンクは?って言われて。
じゃあMサイズのやつお願いって言われたら無言でカップだけ落とされて。
アジア人差別か?ってすごい生き残りを一瞬覚えた覚えた。
文化が違うからね。システムがまるっきり違うわけよね。
びっくりした。こいつ舐めてんのかと思ったら。
で、いぶかしげにカップをやったら、「Oh man!」みたいな。
なんかこのドリンクあっちだみたいな感じで。
黒人のむとむと抹茶のおじさんがさ、「あっちだよバカ!」みたいな感じで。
これだからアジア人だみたいなね。
結局差別されとるとかね。
やっぱりこうありますからそういうのは。
いやでもいいですね。そういう戸惑いもまた旅の思い出になりますからね。
思い出ですね。
ただね、お父さんはバーガーショップも多分チェーンなんでしょうね。
いろいろ回って指導を入れたりみたいなことをしてきたみたいな。
営業成績上げてきましたみたいな。いろいろ言ってましたけれども。
毎週末サッカー見に行ける体力と財力は欲しいですね。切実に。
いやあれさ、めちゃめちゃ金かかってるよね。
そうだよね。だって毎週末サッカーのチケット取り、
しかも56チーム、一部リーグのチームもたくさんあるわけですからチケット高いわけじゃないですか。
そこにプラスアルファで鉄道代がかかってくるわけで。
いやちょっとできないですよ私っていう。
だって下手したら食事代もかかってくるじゃん。
そうですよそうですよ全然。いや無理ですね。
だって毎週末たぶん2,3万飛んでくわけでしょ。
月換算でいったらたぶんサッカー代でたぶん10万から20万使ってるんじゃない。
だからさ、そういうところで一人当たりGDPの差を見せつけられた感じがして、
ちょっと我々日本人として悲しい気持ちになりました。
そうね。でもこれちょっとピーノさんに聞いてみたいのがさ、
日本でさ、例えば北海道でなんとかの試合があるからそれを見に行くってなったらさ、
まあ移動費だけで10万はいかないか。
ピーチとか使えばもうちょっと飛行機で安いかもしれないけど、
新幹線乗り継いで行ったら片道だけでもそこそこするじゃない。
10万は切るかもしれないけど。
ドイツの鉄道ってどうなんだろうね。
まあなんかあれも変動価格性らしいよドイツは。
ピーチ そうなんだ。
そう、ダイナミックレンジがあってその反応機は上がるし、そうでないときは下がるみたいな。
そういうシステム。だから時期次第にもなるんだろうけどね。
やっぱりその国の仕組みを知らないとピンとこないシーンみたいな、ピンとこない背景みたいなのってある程度あると思うんですよ。
特に今回ジェイソンが一般級というかね、日本でいうとこの一般級なわけじゃないですか。
障害を特に持たない子供たちと一緒に普通に学んでいるんですけれども、
それでまあ特殊学級に行った方がいいんじゃないかみたいなことを学校の先生に言われて、
それに対してジェイソンはもう絶対にないって言って、ないないってめっちゃ拒否するんですけれども、
その理由が大学に行きたいからだという話をするわけですね。
ピーチ そうだね。
これは一体どういう意味なんだという話だと思うんですよ。
ピーチ そうだね。ドイツの教育生と知らないとね。
そうそうそう。おそらくは単純な話ですね。
彼が10歳なのとしたらもう本当にそこが人生の境目になるんですね。
ドイツの場合はギムナジウムに行かないと大学行けないんですよ。
だからそのまさに別れ道に立っていて、
ここから先もギムナジウムに行って他の子供たちと一緒にうまくやっていけるっていうふうな形にならないと大学への道が開けないわけだから、
特殊学級に行ってみたいなところが彼にとって非常に認めるわけにはいかない状況なわけですよね。
彼が僕は大学に行きたいからそっちに行きたくないんだみたいなことを言ってるところの意味は、
ドイツの教育制度の非常にシステマティックだけれども非常に非常なというか、
ある種はもう本当に残酷な部分はあると思うんですね。
10代でもう決まるわけですからね、ある程度。
そういったところを考えると、大学に進学するためのアビトゥアっていう権利があるんですけど、
それを取るためには8年生のエリートコースであるギムナジウムに行くっていうのが条件になってくるので、
彼の場合はそっちに行くためには当然のことながら一般級で他の人たちと当たり前に過ごすっていうことができるようにならなくてはならないという、
そういう状況があったっていうところを多分知らないとピンとこないっていうことだと思うんですね。
そうね、それをちゃんと理解していきたいからって10歳の時に決められるっていう、そこもなんか普通にすごいよね。
まあでもどこまでそれがっていうのはあるんじゃないのかなという気はするんだけども、
10歳で本当に全員がそのキャリア教育が徹底されていて、全員が自らの将来像から逆算して決めて、その進路を決めているかっていうと、
多分そんなことは全然なくて、やっぱり教育レベルの再生産みたいなことが起きてしまってはいるみたいなんですよね。
要するにギムナジウムに行って大学に行った親の子どもは、ギムナジウムに行って総合大学に行くっていうルートを通りやすいっていう
そういう統計データもあったりするし。
それはそうだよね。
ある意味ではそこが一つ地位だったり教育的な階級の分断みたいなのが起きているっていうふうに読むこともできなくはないかな。
だから必ずしもこのドイツのシステムっていうのが非常にシステマティックで完成されているという話ではなくて、っていうのはあるとは思います。
はい。
まあいいね。
まあでも、今のジェイソン君、何してるのかなってちょっと調べたら、宇宙物理、ちゃんと学びに大学行ったみたいですね。
すごいね。
本当にすごいよ。カオス理論今やってるんだよ。
高機能磁平なんでしょうねっていう、高機能磁平ってもうもはや言わないんだっけ。一応まだ言うんだっけ。
いやいや、言わない言わない。
言わないか。もともと磁平床っていうふうに呼ばれていたものが、でも磁平って非常にレンジが広くて、いろんな形態があるから、
それを磁平床なのか高機能磁平なのか、いろいろ呼び方を変えるんじゃなくて、磁平スペクトラム、そういういろんな幅がありますよっていうふうな扱いに位置づけ直されたっていう背景があって。
彼の場合は非常に極めてこだわりは強いんだけど、その分、自分の関心が向いたところについては非常にコンセントレートして、圧倒的な他が入ってこない、情報が入ってこないような集中を示すっていうふうな、いわゆる傾向を持っているわけですよね。
彼の場合は宇宙っていうものが対象になっているので、ある種非常にそういう研究みたいなところで言うと強さになるんだけれども、一方でそのこだわりっていうものが、実生活の中では非常に社会的なスキルとしてはかなりハンディキャップになるっていうふうな状況が、
オープニングから丁寧に描かれてたんでわかると思うんですけれども。聴覚過敏も持ってましたからね。
そうだね、スペクトラムの方々とかって言うと、視覚過敏、その接触の皮膚間隔の過敏だったりとか、あるいは聴覚過敏が多くて、聴覚過敏に関しては今もう普通学級の学校でも割とそういう聴覚過敏があるよっていう子に関しても普通学級にいることって結構多くてさ。
で、小学校とか見ていっても、教室にサイレンサーがちゃんと各教室に配備されてる学校の方が多くなってきてる気がする。
ヘッドホンで聞こえなくなるみたいなやつ。
ワイヤーマフね。
そうそうそうそう。で、ちゃんと自己人生ができるようなお部屋もきちんと用意していてみたいなところがすごく多くなってきてるから、それはすごく、本当にサステナビリティじゃなくてSDGs。
SDGs?インクルーシブじゃなくて。
インクルーシブだ。ごめん横文字使おうとしてなかった。
インクルーシブだね。
聴覚過敏になり、聴覚過敏になり、諸々持っている子どもたちにとって、我々が日常的に身を置いている環境っていうものが非常にストレスフルであるっていうところの感覚がやっぱり僕らは一切持ってないわけだから、
映画の映像の中では象徴的な高周波な音であったりだとか、ジジジみたいな電子ノイズ音みたいなものを使って表現してくれていたので、なんとなくジェイソンが感じているこのストレスっていうものがこんなイメージなのかなっていうのは想像できるようにはしてあるわけですよね。
今大間が言ってくれた停止劇室みたいなものもやっぱりあったりはするんですけれども、映画では描かれていなかったんですが、そういうところをちゃんと施設設備として配備しておくことで、そういう特性を持った子どももおそらく日常生活を普通に送ることはできるんだけれども、
今回見た映画の中で描かれた学校はそのあたりに多分理科が非常に低めで、子どもたちが彼の特性をいじっても何も言わないし、そこに寄り添うつもりもないと、単純にトラブルを起こしているからトラブルを起こしてしまう困った生徒であるっていう風な教育サイドがそういう認識で指導を行っているっていう状況があるので、
そこも今回作品の中でジェイソンに寄り添うことができているか否かというか、完全に寄り添うことができている人っていうのは初めの段階ではお母さんだけなんだよね。
そこから父親だったり、あるいは最終的には学校とかも少しずつそういう方向に歩み寄り始めるんだけれども、いわゆる自閉スペクトラムを持っている人たちの息づらさみたいなものが徹底して描かれてくるので、
こういう特性障害に対してあんまり造形がない人でもちゃんとこの映画を見ていく中で学べるというか、なるほどこういうことなんだなっていうふうに分かってくるっていう風な感じで良かったなという気がしましたね。
本当に良かった。その辺が視覚的聴覚的に僕らが感じ取れるような設計をしている映画っていうのはすごく良かったっていうのと、
あと一個注意しておかなきゃいけないのが、自閉症ってさっきマコちゃんが言ってくれたように、今ASTって言って自閉症スペクトラム症っていう風に言われて、やっぱスペクトラムだからこの範囲がやっぱ広いのね。
だから全然ASDなのっていう感じの方もいれば、ASDだねっていう感じの方もいらっしゃって、人それぞれ本当に聴覚がすごく過敏になる人もいれば全然その辺平気で、
なんかもうヘビメタガンガン流さないと逆に落ち着かないみたいな人もいるし、そこは通り一遍じゃないんだよっていうところに関しては全てが全てJスンじゃないんだよっていうところは注意していた方がいいかもしれないなっていうのは思った。
そうね、はい。で、あとはね、あと僕がすごい気になるというか、そういうところもあるだなっていう、そのナチをやっぱり描いていくというさ。
あれはなんかやっぱこのピーノさんが前に帰ってきたヒトラーの映画で言ってたようにさ、ちゃんと教育の一環として根強くっていうか、しっかり染み付いているあれなんだなっていうのを改めて実感した気がする。
まあまあそうでしょうねっていうのも、ナチを否定する必要は絶対にあるんですけれども、ただどうしてもその戦争だけが全てじゃなくて、結局スタジアムもそうだけれども、ナチの時代に作られたものとか、それによって機関を支えていた部分とかあったりして、
それを全てを否定して、全てを破壊する必要があるかっていうと、やっぱりそこは違うじゃないっていうのは多分あると思うんですよね。歴史とその地域を見ていくと、過去の王朝のものは全て壊さないと気が済まないみたいなエリアもあったりするんですけれども、別にその建物にものすごい罪があるわけではないので、
それで言ったらナチの時代に作られた非常に大型な施設設備っていうところが残っていても、また別におかしくはないので、ナチの遺産と暮らすっていうところに対する抵抗感っていうのか、人によっては多分おそらく違うんだろうなというのがスタジアムのシーンで見えてくるのかなっていう気がするんですよね。
なんだったらドイツの高級ブランドのヒューゴボスとかね、あれもありますけれども、あそこはナチの制服を生産して急成長した会社ですからね。でも別にそれを言ってじゃあもうヒューゴボスの服着ませんっていうのも違くないと思うわけですよ。
でもだってそれを生産したことは別に、それは言われたら作るしかないだろうし、その時代ですから。
もちろん創業者もナチ党には入っていたんですけれども、とはいえね、そういう状況の中で作れって言われて、家作りませんって言って死んだから偉いのかみたいな話になるわけじゃないですか。
でもそうじゃないよねっていうところは、どこで割り切りをするのかというか、そこを割り切っていかないといけない部分っていうのはどうしてもあるんだろうなっていうところを考えると、
ドイツに生きるっていうところで、そういう歴史とどう向き合って人々が生きているのかみたいなこともなんとなく想像させてくれる余地があって、面白い話だったなっていう気がしました。
あと最後、僕あと一個だけなんだけど、ちょっと交渉の話になってきたところにすごいくだらないこと言ってさ、すごい申し訳ないんだけどさ、あこまでオープンなトイレ俺も嫌だなって。
いや、嫌でしょうよ。オープンなトイレっていうかもうただの平場だよね。
いやいや、びっくりしちゃったよ。
嫌だったね。
あそこまでオープンだったら逆に仕切り作る意味もあるのかっていうぐらいにさ。
そうね、昔のサービスエリアのトイレみたいな感じね。あれ知らない?壁におしっこするだけのやつ。
あったあったあった。
女性は全く知らない世界なんですけど、壁があって、その壁に穴を開けた鉄パイプが上の方に終わって、そこから常に水がちょろちょろちょろって流れ続けてるんですよ。
その水が壁を伝って落ちてくるんですね。で、下のところがちょっと斜めになってる溝。
溝受けみたいなね。
そう、溝受けになってる。それが例えば右端から左端に向かってちょろちょろちょろって流れていくという。
これ一体何かって言ったら、男性が立ち勝んするための小便器なんですけれども、幅がだいたい2メートルぐらいあったりするわけですね。
そこに大人たちが仕切りとか何もないで横並びに並んで、正面の水が垂れ流されている壁に向かっておしっこすると。
そしたら当然水に流れて下に落ちていって、それがまた右から左に流れて最終的に下水道へ進んでいくっていうふうな形なんですけれども。
要はですね、左の方に立ってすると右の方から上流からどんぶらこどんぶらこと、右の方でおしっこした人のお小水が下を流れてくるわけですね。
まあそうだね。
当然顔を右に向ければ何本も並んでるわけで、それを全部何本も並べてみることが比較検討可能な環境にあるっていうね。
そんな結構ね、エクストリーム小兵器が昔はあったんですよ。それに極めて近かったですね。衛生のなさというか。
だって汚いものを出すところなんだからいいっしょみたいな。でもやっぱりそういう建築物はまだあるんだね。
どこもあるんだね。確かに固い中行ったらさ、さすがに壁直はないけどさ、その後ぐらいに壁の埋め込み式の小兵器の同じシステムのやつってさ、結構まだ残ってたりするじゃん。
あのプラスチックでまだちょろちょろ流れてて、下に水受けがあってこう一段登ってこう至すみたいなやつってまだあるから、ドイツでもそういう感じなのかなって。
いやでもね本当にそういうのがあるからね、なんていうのかな、旅ってちょっといろいろ考えるものがあるんですよ。
外国に行って帰ってきて感動すること二つあって僕は、一つは日本にフライトで帰ってきて一番初めに食べるカップうどんですね。
ああ。
あそこでもう感動するんですよ、やっぱりこの味ってなるっていう。必ずどん兵衛をもう汁ごと全部飲み干すんですよ僕は、日本に帰ってきたら。
あともう一つはですね、空港のトイレに行くっていうね。
いやそれ最高だよな。
いやマジでね、海外行ったことある人はね、まず羽田か成田の飛行機とかじゃない、設備とかでもない、トイレに感動する。
トイレに感動する。
臭くない?ってもう入り口の時点で思う。
そうそうそう。
これがトイレだよって。一瞬応急かと思っちゃったみたいなね。
いやでも本当にさ、ビル・スミスが日本のトイレに入ったら感動しすぎて、自宅を全部日本式のトイレにしたっていう偽りがあるらしいんですけど。
はいはい。
一回日本味わったらそりゃ地獄のトイレはさ、地獄のトイレになるよなって。
思うよ。
やっぱりそこはね、すごい謎のプライドを日本も持ってるんで、ぜひちょっとこのジャパンプライドアズナンバーワンということで、トイレをたくさん輸出して、世界中のトイレをきれいにしてください日本。
いや本当にやってくれたらもっと海外行きやすくなると思う。
そうね、そこだよねって気がしますね。じゃあちょっとどうでもいい話をしすぎているので、そろそろ本題に入っていこうと思いますが、今日は大間からかな。
はい。ちょっと僕割とサクッと終わるかもしれないんだけど、何々説っていうのじゃないんだけど、単純にパパいいねっていう話をちょっとしたくて。
いいじゃん。
僕がさっき言ったようにね、話したいのはジェイソンじゃなくてパパの方なんだけど、先ほどもちょっとあらすじで言ってくれたように、
ジェイソンが推しのサッカークラブを決めるためにスタジアムを巡る話っていうところなんだけども、普通に見てもらったら主役がジェイソンで、
彼がどう変わっていくかっていうのを追っていく映画っていう感じになってくるんだけども、僕がこの映画見ていったうちにやっぱり一番印象に残ったセリフっていうのが、
自分は息子と同じエレベーターに乗ることしかできないと、行き先は決められないんだよみたいなセリフがあったんですけれども、そこがすっごい印象に残って、
これ聞きようによっては、すごく突き放したような言葉に聞こえるんだよね。どうなるかわかんないから、今考えたってしゃーないやんみたいな、諦めみたいな言葉にも聞こえるんだけども、
このセリフにたどり着くまでのパパっていうところを追っていくとすごく深いかなと思っていて、だから今回パパが、ジェイソンが理解をしようとしていくっていうところにちょっとフォーカスしていきたいなと。
先にちょっと一つだけ、僕らの多くの人って言ったら何か語弊があるかもわかんないけれども、僕含めで自閉スペクトラム症の当事者、つまりは自分が自閉スペクトラムを持っているよとか、あるいはご家族だったりとか、
友人であったりとかっていうような、ごく近しいところに自閉スペクトラム症の方がいるよっていうような立場ではないので、この映画に出てくるそのパパママとはやっぱり立場が全然違うわけよさ。
だからその一概にパパを見習いましょうっていう話には多分できないと思うし、ただそのパパの姿の中に当事者じゃない僕らっていうものが何かこういただける何かがあるんじゃないかなと思っていて、この話をちょっとしようかと思っておりますっていうところね。
まずスタート地点、一番映画がスタートしたところからなんですけども、パパはジェイソンのことは知っていたと。でもこの二人きりで向き合った経験が圧倒的に少なかったっていうところからスタートなんでね。物語の始めこのパパが出張で多くて、ジェイソンも妹でいいのかな。
エンディングロールは多分女の子だったもんね。だから妹のことも完全にほとんどママに任せていて、ママは家にいて毎日子供と向き合っていたっていう状況。最初の旅の場面で電車の中のウェイターさんに、
ジェイソンがこういう風にしてくれないと絶対ダメだからねみたいなことを言って、そういう風にしてくれよみたいな感じで言ってくれるっていうところがあって。ここですごく大事なのは、パパって家のことを任せきりにしてた人ではあるんだけれども、
ジェイソン自身のことを知識としては理解していた。ただ実感がなかったっていうところなんだよね。だから家の冷蔵庫のところにジェイソンが書いたルール表みたいなのが、出荷状みたいなのが書いてあるわけで、最初の方に歯磨きしながら、はぁみたいな感じで見るシーンがあったと思うんですけど、
どんなルールがあって、崩れたらパニックを起こすよとかいうことに関しては知識としてはパパも持ってたはず。でも出てきたお皿っていうのがルール通りじゃなくて、ジェイソンのルールではマカロニでいいのかな。
ペンネとパスタソースを別々に同じお皿で完全に接触しないように置いていかなきゃいけないと。それが3本ソースにマカロニ、ペンネがくっついちゃったというところで出てきたと。
お父さんとしては作り直してくれよ出し直してくれよって言うんだけども、でもジェイソンにはもう一つ食べ物を無駄にしてはいけないというルールもあると。作り直してもらったら今出てきたお皿が無駄になると。お皿のルールと無駄にしないルールっていうのが正面からぶつかるから、ここでパニックになってしまうっていうことがある。
ここパパは一つ一つのルールは冷蔵庫に貼ってあるぐらいだから多分知ってたと思うんだよね。でもルールとルールがぶつかった時にぶつかる中で何が起こるのかっていうところに関しては表を見てもまだわからないと。
おそらく多分パパはパニックが起こるよっていうこと自体は知ってたんだけれども、それを経験してなかったっていうところが多分ここのシーンで一番大きかったんじゃないかなと。
もう一つ見ていくとビールの場面なんですけど、有名な黄色い壁と言われるチーム。パパじゃなくてママおじいちゃんおばあちゃんの激推しチームのシーンなんですけども。
観客が盛り上がってビールがまき散らされるっていうシーンがあってすっげー迷惑だなって大事に思ったんですけど。それがジェイソンにかかってジェイソンパニックを起こしかける。
普通だったらもう帰ろうってなんてもおかしくないんだけれども、でもジェイソンは試合を見るっていうんでね。その時パパはなんていうかっていうと帰ってもいい着替えてもいいどうするかっていうことを言って
見るっていう風になったからその時パパが何をしたかっていうとちゃんと息子を感染させつつちゃんと上着を広げて息子にこれ以上ビールがかかんないように防ぎながら一瞬感染するって。
ここすごく大事な場面だなと思ってて見続けるって決めたのはジェイソンでパパはもう帰ろうとも大丈夫だから見なさいとも言ってなくて
行き先を決めたのが息子でそのパパはその決めたことを守りながら付き合ったっていうことがすごく大事なんじゃないかなと。
その確か後だったと思うんですけども試合の帰りにステージに出てジェイソンがパパに向かって週末を反逆者になるみたいなことを言い始めるシーンがあって
これの多分意味っていうのがルールを多少変えてもいいよ抜けがあっても許すみたいなことを週末を自分を許すっていうようなスタンスに立ってもいいよっていうような言葉を多分ジェイソンが吐いたわけさ。
ここまでその自分のルーチンだったりとかルールだったりとかっていうのをすごく厳密に守ってきたジェイソンが週末だけは曲げてもいいかもしれない。
実際曲げれたかどうかまた別の話だけどね。この時パパすごくびっくりしているんだけども、
息子がパパの知らないやり方で自分を変えてみせたシーンっていうところでパパが教えたわけでも頼んだわけでもなくてルールの曲げ方まで自分が決めたよと。
だからここでパパが驚くっていうのはある意味パパがジェイソンのことをよく分かってなかったっていうのがこういうことができる原因なんだなっていうことをある意味ちょっと理解をし始めたっていうところのシーンだったんじゃないかなと。
なんかちょっと気になって調べたらこのドイツの映画は僕読めないんですけどなんとかなんとかかんとかって言って、
実際にねホームページもあったからちょっと行ってみてグーグルバイクで見てみてホーンってなったんだけど、直訳すると週末の反逆者たちっていうブログらしいんですよね。
だからこの題名は多分おそらくここから取ってるんじゃないかなっていうのがあるわけさ。
で、3つ目なんだけども、物語のその後半ぐらいになってきた時にジェイソンがヤンキーみたいな人がさ、
なんかこう音楽をガシャガシャ流しててこれ何の曲だみたいな話がするっていう。
頭の中の戦争っていう曲らしいんだけども。
で、それって僕のことだみたいなことを言い始めて、その違う方向の考えがいくつも出てきてだから処理できなくてパニックになるんだよっていうことを自分が、
ジェイソン自身がね言葉にしたっていうシーンがあって。
ここで初めて最初の旅のレストランのシーンっていうのが、自分の言葉でどういうことが起こってたのかっていうことが説明するシーンになってるんだよね。
だから頭の中の戦争っていうのがまさにそういうことだったんだよと。
だからパパがなるほどって理解したシーンでもあって。
この時初めておそらくパパっていうのがジェイソンを、シーンを捉えてちゃんと理解したシーンになってるんじゃないかなと。
で、冒頭のエレベーターの話に戻ってくるんですけども、
ママがね、あんだけいろいろ一緒に付き合っていろいろ見ていってたっていうママが、
私たちが死んだ後にどうなるんだっていうようなことをすごく心配するシーンがあって。
それに対してパパが返すのが、一緒に乗ることしかできないで行き先は決められないんだよっていうセリフなんだけれども。
でも息子と一緒に付き合って見続けていくよって決めたのがパパで。
で、パパは上着を広げてビールかかんないようにしたりとか、あるいはどんなに長い旅だったとしても一緒についていくっていうようなことをしていて。
だからあれがまさにエレベーターに同じに乗るっていう行動を一貫してやれてたのがパパだったんだなと。
行き先は息子が決めると。で、パパはそれに同情すると。
で、パパはこっちの方がいいんじゃないっていうのは最初こそもうちょっと近いところにしようよとか、ここで試合があるらしいんだけどみたいなことを言うんだけど、最終的にはもう見守るっていうところまで進むと。
で、その最たる例の話がさ、あのボディチェックの最後のシーン。ここ素晴らしいじゃないかみたいなこと言って決めないんかいって形しかすっくらったあのシーンなんですけど。
ジェイソンがボディチェック受けて問題なく進んでいくっていうそれを見たパパが満足げに笑うみたいな。
だから息子をプロテクトしようとする立場っていうところから見守る立場っていうところにパパがシフトしていったっていうところがあのシーンで描かれているんじゃないかなと。
ここの一連の話を通して僕が何を言いたいかっていうところなんだけれども、このエレベーターに乗る感覚っていうのがすごく僕らにとってすごく大事なんじゃないかなっていうのがあって。
とかく僕らがその例えばそのなんかあの自分と違うとかあの一般と違うっていう人たちを見たときに、
いやこうした方が楽だよねとかこうした方がこの人たちいいんでしょっていうようなその本人たちの行き先っていうところを本人に決めないで、
まあそっちの方が確からしいみたいなところをあの無意識に強要してしまうシーンっていうのが自分でもあるんじゃないかなと結構思っていて。
でもそれって結局あの良くないよねとされている。
例えばレッテルバリであったりとかあるいはスティグマだったりとかっていうこととなんだかわりがないことなんだよなっていうことを思うと、
あなたはどちらに行きたいんですかとかどうされたいんですかっていうことを実際に聞いてみたりとかあるいはそれを聞かないまでもどうしたいのかなっていうところを見守っていくっていうところのスタンスっていうのが、
まあ僕個人としてはすごくまだ足りてなかったスタンスなんだなっていうことをすごく感じました。
だから僕もうちょっとこういう動きをつけていきたいなっていうところを思いましたという、そういうパパすげえなっていう話でございました。
いやでも本当にそのパパに感情移入してというかパパの視点の変化、視線の変化、思想の変化みたいなものを見ていくことで、
ある種その普段こういう障害みたいなものと向き合わずに生活している一般層は一つなんていうかな理解が深まるように設計された映画だなっていうふうには思いましたね。
特にですね、僕自身もそういったところをお話ししようかなと思ってるんですけど、日本って結局言い方悪いですけど、分断教育なわけですよね。
障害を持っているお子さんっていうものが、その養護学校っていうのができたのが1979年の養護学校から義務化されたんですけれども。
そんな古くあるんだ。
まあ79年だからそんなに古くもないとも言えるかもしれない。
まあそうだね。
で、しばらくして僕らが中学卒業した後ぐらいから特別支援学校みたいな名前も変わって、
でもまあ実際その制度的にはまだインクルーシブとは言えない状況ですよね。
大人になるまで障害を持つ同じ世代の人と関わることがあまりないまま大人になっちゃうみたいな人もやっぱりなんだかんだでいたりするわけですよ。
そうなってくると結局、自分たちが暮らしている社会の中に当たり前に存在している、当たり前にいるはずの特性を持った人たちに対してそもそも理解がない。
それがそのまま大人になるってなるとその理解がない大人が理解がない子供を育てていくわけですよね。
育ってくると本当にジェイソンしかりですね、特性を持った強く持って生まれた子供たちが厄介者邪魔者扱いされてしまう。
そして彼らの言動の一つ一つが周りにとっての迷惑として処理されてしまうという風な危険な状況にあるんじゃないかなという風には思っていて。
今回僕が見ていきたいのは、ジェイソンの様子っていうものをいくつか触れながら、
それを通して我々現代人がどう考えていくべきなのか、あるいはどういうことを考えたらいいのかっていうのをちょっとなんとなく触れられたらいいなぐらい。
僕はあんまり、僕も説っていう感じで持ってきてないですね。
Cって言えばね、特性を持ってる人ちょっとでも持ってたらジェイソンのことわかるよっていう。
特性を持つっていうことがあまりにも病気みたいな感じで処理されてしまっていて、
実際スペクトラムっていうように、自閉スペクトラムにもいろんな幅があって、いろんな傾向、特徴があって、それぞれ乱立していて。
一方で我々、いわゆる健常者みたいな感じで分類されているけれども、僕らも同じ人間だから、多かれ少なかれあるわけですよね。
そういった特質、特性っていうのはね。だからこだわりありますかって言ったら誰でも聞いてもないように、あそこのラーメンがよみたいな話をしたりするわけじゃないですか。
それって結局立派なこだわりですよね。俺ここでは片目しか食わないんだよみたいな。
そういうふうに言ってる人が矢は目立ちしてきたら、そりゃあお前ちょっとこれ片目で注文したんですけどって言いたくなりますよねっていう。
でも別にそんな大事にならない。その人にとってのこだわりがただのラーメンで、ただのラーメン以外の何もんでもないし、他のものにもちゃんと興味を持ってたらね。
だからそのこだわりを持つということはあまり凝々しくしないでですね。
ジェイソンの等身大の生き様、意見っていうものにどこまで寄り添えるかっていうのを視聴者は試されていると思うし、
それを成し得た時にインクルーシブな社会への造形が深まるみたいな構図、そういう組み立てになってる気がするんですよね。
たとえば今大間が言ってくれたけれども、自閉スペクトラムを持ってる子供っていうのはその共感よりはルール化っていうシステム化っていう方に非常に強く傾向が出て、
人の気持ちを察するだとか、同じ気持ちになってみる、寄り添ってみるっていうところよりも、どれだけ合理的に説明ができて、同じ条件がそうやったら同じことが起きるような、そういうルールがそこにあるのかないかっていうのを非常に気にすると。
この辺は本当にジェイソンの幼少期のシーンからずっと何度も繰り返されて描かれているんで、わかるかなと思いますけれども、
いわゆるこれがES理論っていうふうに言うらしいですね。エンパシーとあとはシステマイズですね。
彼の場合は本当にまんまシステム化っていうところへのものすごい強いこだわりが出ていたので、
例えばパスタもね、ペンネにソースがついたら食えねえけど、ペンネ捨てるわけにはいかねえみたいな、そんなぶち切れシーンがあるんですけど、
結局、映画オープニングからずっとジェイソンが怒るシーンがたくさん出てきて、そのときに周りにいた別に何でもないおばちゃんたち、
ちゃんとしつけなさいよとか、ちょっとしつけした方がよろしいんじゃないですかみたいなことを言ってくれる人とかもろもろあるんですけれども、
あれって結局映画を見る当初の我々視聴者の視点とも同じだと思うんですよ。
今の日本でも結局障害者支援っていうものが一般級でこういうふうに行われてますよみたいな動画が流れるたびに、
Xのポストは周りの子供に迷惑だみたいなことを言う連中がたくさん出てくるわけですよ。
周りの迷惑にしないために人をつけてるんじゃなくて、その子をどうやって社会の中で生きていけるようにスキルを身につけさせるのかっていう、
その子の絵の支援、純度100%、そのために入ってるんだよねっていうところの当たり前が多分読み解けない人が増えてきてしまっている感じはあります。
だからそれでいうと、今作は彼がパスタでぶち切れた理由っていうのを後々言葉に起こして説明してくれるんで、非常に理解しやすくなっているような気がするんですね。
お父さんなんですけれども、お父さんなんかも非常に社交的だし、上司だったり訪問に行った店の店長だったりとか、非常に臨機応変に言葉を選んで、上手にマニュアルとか照らし合わせることなく物事を潜めているわけですよね。
そんな彼はある意味では、ジェイソンの対局に位置する人物として置かれているのかなっていうふうに思うんだけどね。
やっぱり例えば彼もまたこだわりはあって、要するに仕事には全力を傾けたわけですね。
全力を向けて仕事をして、その中で子供たちを守るっていう間接的にね、そこが非常に大きな彼の行動基準になっていると思うんだけれども、
それも結局はこだわりでしかないよねっていう。別に食っていくために必要なお金が稼げるんだったら、別にそこにものすごい固執する必要は実はないんだけれども、
彼はやっぱりそこを徹底してやりたいという、それは役割だったり仕事への意思みたいなものがやっぱりあるから。
その一方でそれを頑張れば頑張るほど息子との時間が取れないっていうところで、ここに二つの葛藤が生まれてるわけですね。
この葛藤で非常に苦しみながら、最終的にジェイソンに切れちゃったりするんですけれども、これってまるっきりジェイソンがペンデとパスタソースでやったくだりと同じ感情なんじゃないのっていう。
二項対立が自分の中で起きてしまって、どっちかというとどっちが倒れると。そうすると非常にストレス感じますよねっていう。
それが日常的に襲ってくるのがいわゆるASDの人たちなんじゃないのっていうところを見せてくれてるのかなっていう気がしますね。
そういった視点でいうと、僕らってダブルエンパシー問題っていう言葉があって、これもまんまなんですけれども、
僕ら自閉スペクトラムを持ってる子は空気が読めなくて、共感性が欠如してるっていうふうにみんな言うんだけれども、
でもそれってその子たちを深く知りもしないでそれを言ってる人たちこそ共感性足りてなくないっていう。
確かにね。
それがダブルエンパシー、双方向の共感に課題がある。
自閉スペクトラムを持ってる人たちはそもそもより多くのコミュニケーションの対象だったり、
構築していく関係性みたいなところ、非常に共感性が弱いからうまくいかないよねっていうふうな話が定説として出てくるんだけれども、
その一方で結局我々、その障害の外側にいる人間は知った気になってしまうわけですよ。
知った気になって自閉スペクトラムを持ってる子に対して非常に共感性に欠けてるよねみたいなことを口にするし、
そういう報告をしたりするんだけれども、でもそれって結局お前も共感性がないんじゃないっていう。
自閉の子たちが何を考えてるのかっていうことを全く考えずにそういう報告を上げるって、お前こそっていう共感できてないよねみたいな。
本来的にはやっぱりその双方が互いに認め合って互いに理解してっていうのが理想なんだけれども、
やっぱりそれがうまくいかないような歴史っていうのがドイツだったり日本にあるのかなみたいなことを思いながら見ました。
物々をまとめて考えていくと、やっぱりこの作品っていうものはそのこだわりを持って、そのこだわりが立ち行かない時の感情の揺れ。
あれが実は自閉を持ってる子どもたちにとっては非常に短いスパンで日常生活の中でたくさん起きてるんだよっていうことをちゃんと理解するべきだし、
それが理解できるような工夫としてこの作があったんじゃないのかなっていう気がしておりますというお話です。
そうなんよね。
昨今の心理学だったりとか発達心理学だったりとか精神医学っていうところでも、
すごく極端に言えば全員が何かしらの偏りや課題を抱えているよと。
だから発達障害と言われるものを全くゼロで全く持ってないですっていう人は存在しませんよっていうような考え方が主流となりつつあるのね。
それはもちろん今の現代における、例えばその診断だったりとか、今DMS5っていうのが主流になってるんだけども、
それとの乖離があるよとか、いろいろその障害っていうものが、その診断がおりなければそこに対するサポートっていうと、
制度的にいられないからっていうところはよく言われるあれではあるんだけれども、
それでも何かしら全員が全員そういうものを持ってこの世界で生きてるよっていうところが主流になってきてるよね。
だからこそ、僕はこの映画で一番感動したのが、実はエンドロールだったんだけど、
これちゃんとわかってる人が書いてるなと思って、何が書いてあったかっていうと、
障害とかその自閉症だったりとかっていうものを抱えながら生きている人たちの生きづらさっていう書き方してたのよ。
この生きづらさっていうのはすごくいいキーワードで、
それを障害としてじゃなくて、本人が困りながらもなんとか世界の中で生きてるんだよっていうところっていうのを
生きづらさっていうふうに表現することが、もう昨今本当に当たり前になってきて、
そこを本人ちゃんと文字化して、こういう映画で見せてくれたっていうのがすごく良かったというところでもあったよね。
だからこそ、そういえば自分にもそういう傾向があるなとか、
あるいは何にどう困ってるのかなっていうところを、僕らが解決するっていう立場じゃなくて、
本当に多分対象理解っていうところが一番大事になってくるんだろうと思うからこそ、
どういうふうにしたらこの人と一緒にいられるのかとかっていうところを、
こちらも知っておくっていうのが、やっぱりマコちゃんが今言ってくれたようにすごく大事になってくるんだろうなっていうのが、
やっぱりこの映画を見てすごく一番思ったところだよね。
みんな口では言えるんだけれども、やっぱり実感を伴って理解しないと、人間理解って深まらないと思うんですけれども、
でもそうは言っても、この分断教育の中で日本で特別な支援を受けている子どもたちと接触しながら、
ちゃんと理解を深めてっていう機会を持てる少年時代っていうのは、ここ日本にはないので、はっきり言って。
そこは教科書に書いてある通りに平等にしなきゃとかじゃなくて、
どんな特性があり、どんな体に欠損があったりとかしても、結局同じ人間だから同じように夢を見るし、
同じように将来を考えていたりするんだよねっていう、すごく当たり前の事実を、
やっぱりどこかでちゃんと実感できるように教育を展開していかないといけないんだろうなっていうのを感じましたね。
いい作品でしたね。
本当にいろんなことを考えさせてもらえたすごくいい作品だったので、多分僕また何回か見ますね、この映画を。
本当ですか。ちょっとその都度何が変わったのか、自分の中でぜひ聞かせていただきたいなと思います。
じゃあもうそんなところですかね。何か言い残したこととかありますか。
ちょっとこのいろいろな真面目なことを考えたんだけども、正直この映画を見て何が一番思ったかっていうと、
ドイツの長距離列車、乗りたすぎる。
語りたいものがある。好きでたまらないものがある。それならもう話すしかない。
気になったもの、ハマったもの、人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って本気で語り倒す30分。
笑えてちょっとタメになって、たまに明日何か書いたくなる。毎週日曜更新、俺たちの物語。誠大間でお送りいたします。
眠すぎて君が何を言ったかって何も聞いてなかった。
新しいパターン入ってなかった。
何も聞こえてなかったね。音情報入ってきてるんだけど、それがちゃんと意味を成す前にそのまま抜け落ちていくっていう。
スンってやつでしたね。怖いなあ。怖いですね。
え、何だって?
ドイツの長距離列車、乗りたすぎるって。
長距離列車が有名なのって日本とフランスじゃなかったっけ?
え、日本なの?
日本の長距離列車つまんねえじゃん。
笑
中長のたびに思うよ。どうも面白くないと思って。
面白くないのかなあ。どうなんだろう。
電車大好きな人とかいたら大変申し訳ないですけど。
電影風景がひたすら続くだけの感じとか好きですよ。日本の鉄道の絡む景色。
景色とかじゃないな。車内?
車内?車内ね。
車内が世界の車窓からそのまんまだったわけじゃん。
そりゃそうですよ。
そりゃそうですよ。
それなんですからねっていう。
そりゃそうでしょって話になりますけど。
確かにね、海外に行ったら列車に乗る楽しさってあると思うんですよ。
はいはいはい。
全然違いますもんね。空気感と見える景色も違うんで。
でも台湾で俺新幹線みたいなのに乗ったときは乗るやつ間違えてすげえ帰りの飛行機遅れそうになりましたからね。
大変なことだったの?
大変だったの本当に。空港に行こうと思って。
台北で遊んでて。
ジョフェンかなんかいたときだっけ?
いやそれはね全然問題なかった。もちろん帰りのバスでちょっと迷子になりかけたけど。
それはまた別で。台北で遊んでて。
でもその帰りの飛行機がタオイエンっていうね。
桃園桃園って書くところにあって。
そこに新幹線みたいな高速鉄道に乗って行くんですけれども。
乗ったやつがですね。言うなれば小玉に乗ったつもりが光だったみたいな感じ。
いやもっとひどいな。小玉に乗ったつもりが望みだったみたいな感じですね。
乗って降りたら台中まで来てたんですね。
やけに行きはそんなだったね。帰りなんでこんなに遠いんだろうなと思ったら台中に着いていて。
もうこれ終わったわと思ってね。
で慌てて飛行機に間に合うかどうかちょっと確認しつつ。
ちょっと引き返す便に飛び乗ってですね。
で帰りのタクシー思い切り飛ばしてくれって言って。
ビューンって飛ばして。
なんとか間に合いましたけれども。
いや怖かったですね。
でも海外で列車に乗るときの緊張感って多分あると思うんですよね。
本当に着くのかみたいな。
それもまたでも楽しみなんでドイツちょっと行ってみたいなという気がしますけれども。
似たようなところね。僕国内でもやっちゃいまして。
上越国際のスキー場に行った帰りだったんですけど。
上越国際そこそこスキー観光客いっぱいいるじゃないですか。
で帰り道やたら空いてるなと思ったのよ。
友達と3人で行って。
30分くらい乗った後に
いやもうなんで新潟ついてないのおかしいよなっていう話になって。
でパッと調べたら
5方面乗ってて。
何方面?
逆方面。
でもなんかわけわかんない駅で
いやいやもうとりあえず降り降り降って行って降りた方がいいんだけど
本当に何もない駅だったの。
狭い待合室のちょっと暖房がつくやつで
もうなんか多分金ないんだろうなってぐらいに伝統が全然なくて
しかもスキーシーズンの新潟なのでホームにわんさが雪が積もってるわけよ。
木更津駅みたいな感覚でさ
怖いですね。
帰りの電車来るのかと思って駅員さんを探したんですけど
無人駅で駅員さんいないんですね。
あーわかりますね。
携帯でなんとか調べて
あと1時間半後だって言った時のあの絶望感。
そうなんだよね。
本数が限られてきちゃうからね。きついんですよね。
それもまた楽しいんですよね。思い出になるからね。
思い出になります。