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2026-10-13 15:37

AIにより人が考えることが、サボる方向に行くとまずいのでは?

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サマリー

AIを使うことで、分からないことを立ち止まって考えたり相談したりせず、「分かったように見える」状態で仕事を進めてしまう危険について話す。編集者の事例を起点に、AIの出力を確認せず「AIが言ったからOK」とする人間側の意識や、シャドーAIの問題を取り上げる。クライアントワークでは、AIを使った相手が内容を理解していないと、かえって確認や修正のコミュニケーションコストが増えるという。最後に、AIで8割できても人間が仕上げる2割に価値があり、負荷をかけて考えなければ学びや能力が身につかないのではないかと述べる。

AIで「分かったように見える」危うさ
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。 このシゴクリラジオはパーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いします。
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はい、今回はAIネタですね。これはTogetherですかね。Xのまとめサービスですか。
で、知りました。編集者の方のノートが挙げられていて、簡単に言えば気になる方は見てもらえればいいんですけど、
編集者の人が仕事をするんだけど、2つぐらい気になったことがあって、気になりました。
それはですね、編集者側のランボリンは意識が低いんじゃないか。仕事に対する意識が低いんじゃないか。
間違ってないと思います。意識って何ってことなんですけど、編集をする上で、文章を起こす上で、チェックする上でどういうものを見るかっていう話なわけです。
仕事の話ですね。僕自身の解釈では、AIが入ってくると、もう自分で見なくていいよねみたいな感覚ってわかります?
リスナーのあなたがAIがどれくらい使われているかによるんですが、進んじゃうんじゃない?みたいな。
別のポストでですね、これもあるイベントのポストだった。これも貼り付けておきますが、表現がいいなと。
つまりですね、それは面白かったんですが、AI以前、つまり今じゃなかったら、わからんことってあったら、わからんぞって止まったりして相談したり、いやわからなかったですってなるんだけど、
AIが入ってきちゃってると、わからなくても進むかどうか置いといて、進んだように見えるみたいな。怖いですよね。
だからAI使わなきゃいいんですけど、使っちゃったりすると、わかったようになる。怖くないですか。
それでやっていくと、ここですよ。最大のポイントは、ずっと言ってますけど、思考力とか考える力が衰えるみたいな話をしましたよね。
多分知ってるんですよ。初めての方はそんな話をしたんですけど。研究からもそういう点を入れている。絶対落ちるとは言いませんよ。
多分なんですけど、これは感覚的な話なんですけど、AIに何を指示して、何を理解させるかとか、何をアウトプットしてもらうかを考えたり、
そのインストラクションというか指示ですよね。指示するときに考えてやってるからですよね、人間が。ただそれだけです、話は。
じゃなくて、何かわからんからとりあえずAIで投げて、それでやろうみたいな風にすると、マジで衰えるんじゃないかなと思ってるんですね。
今回この編集者の方の視点というのは、まさにそれで編集者側、AIがどうこうじゃないです。
編集者側、人間側がそれでもうOKだよねっていう風に考えてしまうという状態を危惧するというか、危惧って言ってもしょうがないんですけど、
結論的にはもう気づいて何か違うなと思った人は違うと言うし、わからんと言うし、違いますよねって言っていくしかないよねって話なんですけど、まさにそれですね。
こういう話をすると大丈夫かなとか思いません?
確認せずAI任せにする仕事の問題
もっと雑な例でいくと、確認チェックみたいな話で、二重チェックってありません?
その時に前の人がOKしたからOKだよねみたいな感じのチェックって意味ないんですよ。
それは笑い話だったらいいんだけど、笑い話じゃなくて、前の人がOKならOKですよねみたいなのって、冗談でしかやっちゃいけないわけですよ、きっと。
それがAIに代わって、AIが見てくれたり、AIが言ってくれたからもうOKみたいな。
それに慣れちゃうと、もう人間外視で見てどうこうするっていうことが、必要ないとは全く思わないんだけど、必要ないと思ってしまう人がいたり、
それでいいよねって思う人がいると、一定数出てくると、今どうなんでしょうね。
もう正に少数派なんですかね、そういう。これ大丈夫かっていうふうに言う人。
そういう苦言を呈すというか、本当にいいの?っていう。
それ考えるとすごい怖くなりません?っていう話です、今回。
なかなかじゃないですか。
で、そのトゲッタのまとめは、意識ですよね。
AI側がどうこうじゃなくて、編集者、人間側の価値観が。
編集者じゃなくて良くて、エンジニアだったりデザイナーだったりなんでもいいです。
どんな仕事でもいいですけど、AIがやってこうなってくれるから、いいよねみたいな感覚が、
まさにこれは成し崩し的というか、しれっとね。
AIが出してるからいいでしょみたいな感じが多数派となってくと、
もう少数派の人であったらそんな反応できないですよ。
まだそのAIで出させたものを疑っているの?っていう。
わかります?その感じ。
嫌な感じじゃないですか。
僕は嫌ですけど、どうなんでしょうね。
今回はそんなに広がらないので、話はこれぐらいでゆるゆる終わりたいんですけど。
もうどうしようねって思いました。
クライアントワークで増えるコミュニケーションコスト
人間が見る価値がないとかは全く思わないんですけど、
見ている人がもうAIのやつでいいやって思っちゃったら、それだけです。
また違う例になるんですけど、一緒で。
AIに出させたやつをチェックせずに、
リスナーの方がすごくおかしさんが言う通りですね、みたいな感じだったらOKだと思うじゃないですか。
自分はちゃんと見てますとか、ちゃんと確認してますとか。
人がやる分はちゃんとやって、AIにはちゃんと考えさせてます。
もう素晴らしいと思います。
だけど、それだからといって対岸の火事、対岸の火事あってます?
対岸の火事じゃなくて、火の粉が飛びかかってないわけじゃなくて、
例えばクライアントワーク、もしくはお客さんとやるときに、そのお客さんが使ってるんですよ。
で、どうなります?って言ったら、全然理解してないような感じで帰ってきて、
これ、たぶん理解してないなっていうのは分かるわけですよ。
大抵、解像度高いんで、そういう場合って考えてるからね。
そうすると、その人をまた修正したり、もしくはその意図を理解するためにコミュニケーションのやり取りが増え、コミュニケーションコストが増えますよね。
AIを使うとコミュニケーションコストが減るなんていうのは、妄想に過ぎないと言ってもいいじゃないですか。
ですよ。
そういう使い方。使い方なんですけど、
楽視するためにとか、自分が動かないために使ってるみたいな感じ。
楽視するっていうのが、文字通り自分が楽視すればいいだけなんで、
そのアウトプットがどうなんて何も見ないわけです。
だからいわゆるノーチェックというか、出したものをそのままバーンと出すみたいな。
っていう感じであると、
っていう人がいて、その人がそういう文章なりメールなり分かりなんですけど、何でもいいんですけど、出してくるから
これどういうこと?ってなって確認したり、もしくは厄介なのにそれで相手がいいと思ってたりする。
AIがやってるから。
そんな説教ですよね、そんなお客さんじゃなかったら。
みたいな話ですよ。
これまずいですね。
すごくまずいです。
そういうことを言い始めると、何だろうなと思ってて、
別にこれはAIを使ってそのままやってる人を吊るし上げてどこうってことはないんですよ。
何だろうな、もう戻れないんですよね。
戻ります?っていう。
じゃあAIは明日から使わずにやめてくださいっていう風にしたらもういいんですけど。
そういう強権力が発動し、会社でもいい、組織でもいいですけどね。
どんなところでもいいですけど。
やるならそれでいいんですけど。
そうならんくないですか?
こっそり使うシャドーAIってやつですよね。
きつい。
仕事ではAIを使ってないからいいですって言う人いるかもしれないけど、
そうじゃないところでAIを使ってたら、自分で考えて何かやることできないですよ。
大変じゃないですか。
っていうですね、ちょっとね、何だろうなっていう。
ちょっともやっとする話になるんですけど。
自分らがやってるからいいよねなんていうのは、それは社会的な話じゃないんですよね。
僕も別に、そういう人いるんだな、母で終わってたらいいんですけど。
いやこれ多分ですけど、このTwitterの編集者の方、
Twitterに書かれている、ノート書かれている編集者の方も、
自分はそういう意識でやってるんだけど、他の人が、
同僚じゃないか、周りの人と一緒にやる仕事をする人が、
何かそんな感じじゃないからまずいって言ってるわけですね。
人が増えてるかもしれないよねみたいな。
大丈夫って思いますよね。
僕はあんまり悲観的には捉えたくないんですけど、
でも、それがどんどん変わっていったら、変わっちゃいますよね。
だからそういうふうに考えた時に、
AIが作るアウトプットでいいよねみたいな人がある程度増えちゃったら、
それはそれで通っちゃうんですよ。
それはもう否定できないんですよね。
それでいい人もいるじゃないですか。
そんな話です。
だから人間の価値観が変わってくるんじゃないかなと思います。
変わっちゃってるんじゃないかなと思います。
だからリスナーのあなたは、
じゃあAIでいいじゃないですかって言われた時に、
誰かに反論できます?
あなたはいいんだなって思ってるんですねってことで、
もうそれ以上何も言えなくないですか?
それだけなんです、話が。
見た感じ全然ダメなんだけど、みたいな時どうします?
ありえないっすわって言います。
強い言葉になります。
相手を教育するまで入るわけですけど、
なんでそんなことしなきゃいけないってなります?
ビジネスとか仕事だったら、この人は能力が低いんだなとかとなって、
会社とか知らんけど状況はあまり関わらないようにするって話が終わりません。
僕もそう思います。
どこまでケツを拭くって言ったら怒られますが、
どこまで面倒見るんだって言ったらなかなか難しい部分が正直ある。
そんな話になっていくかなと思っています。
AI時代に人間が担う仕上げと学び
近い話かどうかわからないですけど、
AIが仕事を覚えるんじゃなくて、
AIを使う人によって、うまく使う人によって、
その人が人間に発注しなくなるからAIが仕事を奪うって感じです。
AIが自発的に人間の仕事を奪ってやるぞってことは多分ないです。
AIを使う人によって奪われる感じです。
同時に、それはどちらかというと優秀な方ですが、
もうAIのやつでいいじゃんって言ってしまう人、
その言葉が難しいんですけど、
そこまで優秀じゃない方、もしくはそんなにそのジャンルに詳しくなかったら、
AIでいいやってなるじゃないですか。
それはめちゃくちゃわかります。
だけど、それでAIでいいやっていうのが全部通っていって、
ほぼほぼじゃないんだけど、もう半分くらいAIでいいやって思っちゃったら、
そのAIでいいやつで通るわけですよ。
それは何も否定できないですよ。
あとはここで戻しますけど、
その仕事の質はどうなのかって言ったら、
正直高くないですね。
僕は思ってます。
人が開座して、それが8割完成してても2割を見た時に、
やっぱ違うよねっていうのが最後の仕上げは人。
最後の仕上げって言うと割合も2割だったらいいじゃんって、
岡田さんそれいいじゃんって思うかもしれないですけど、
その2割に宿ってると思った方がいいんじゃないか。
むしろその2割が8割というか、もう全てなんじゃない?
人間が関われるところで。
今まで全体10割あった時に、
8割できたらいいと思うじゃないですか。
でも8割がスタートで、みんなAI使うから。
そうじゃないですか。差異がない。
じゃあ残り2割で人間がそこに差をつける。
で、その8割できてしまうものは、
それでいいっすねっていう人はそれでいいんじゃないですかってなるし、
それが嫌だなって思う人が多ければ、
嫌だなってなるという。
でもどうなんでしょうね。
もう難しいですよ。
こだわりの職人みたいな話をしてるのか、
っていう風に僕の話を聞こえるというか、
そう解釈される方が多いのかね、これ聞いてる方が。
いや、それが仕事ですよねみたいな感じでとられる方が多いのか、
でも本当に分かれちゃうんですよ。
だからそこは心情であり、本当に価値観になってきてしまうんで、
僕の考え方が別に正しいという風に戻ってないんですよ。
楽勝と思ったらもうAIに任せてやっていいと。
でもそれで全部分かり通りやれるかっていうのでいくと、
まあハテナですね、僕は。
あと能力の問題というか、学びというのが、
やっぱり負荷をかけたり、
何かこう分からんぞどうするんだみたいなことをやらないと、
学びにならんです。
何も身につかないです、マジで。
って思うので、人間の頭に脳的には全然良くないんじゃないかと思ってます。
まあそんな、
苦言ゼースではないですけど、
そんな話があるので、
気になった方はぜひ見て理解を深めていただければ大変助かります。
感想レーターなどあればまたお待ちしております。
今回は以上となります。
四国理ラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
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