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これから始まる新生活!
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山田のワクワクする大特化!
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僕たち、私たちは、山田の家電で充実した新生活を送ります!
山田へ急げ!
今日のラジオ園芸禁施最低は?
今日もアーカイブだと思うでしょ?
そうじゃないんですよ。
違いますね。
実は、皆さんに嬉しいお知らせというか、
禁施最低で毎週やっておりますニュースモール落語なんですけども、
これ、書籍化して立川生志のニュース落語1と2が出たんですが、
ニュース落語3発売が決まりました。
皆さんぜひお手に取ってください。
ということで、今回のニュース落語3の中で、
ラジオの放送が始まって、今年で100年ということもあって、
僕が大変に尊敬をしておりますCBCラジオの坪井範雄先生と対談をさせていただく。
ラジオについていろいろお話をさせていただいたんですけども、
それもニュース落語3の中に掲載することになりまして。
本の発売は8月末になるんですけれども、
先に対談の模様を音声で聞いていただこうかなと思っております。
このニュース落語3発売のイベントもやることも決まりました。
8月2日、土曜日午後2時からJR博多シティ8階にある丸善博多店で
トークショーとサイン会を行いますよ。
こちらは僕はもちろんなんですけど、水木さんも休日出勤していただけるということで。
皆さんぜひお越しください。
こちらは丸善博多店での予約受付ということになっております。
これはJRの博多シティにあります、丸善博多店さんのカウンターが、
電話番号が0924135401、0924135401。
本日10時からの受付になりますので、こちらにお申し込みをいただきたいと思います。
イベントは8月2日に開催して、この場でも立川翔氏のニュース落語3、先行発売いたしますね。
先行発売、もちろんサインもさせていただきます。
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一般の書店でお買い求めいただくという場合は8月30日からということになりますので、
ぜひちょっと早めに。
1ヶ月前直しで買っていただけることができると思います。
ということで、それを記念して今日は坪井範雄先生との対談で、
坪井範雄先生、どんな方かという自己紹介、
そして僕らがラジオリスナーだった頃の話なんかも、
今日は聞いていただきたいと思います。
では私の方からでございます。
坪井範雄と申します。
本名も坪井範雄。
芸名は、本名は土へんに平に井戸、命令の礼、令和の礼に夫、坪井範雄とやるんですけれども、
この命令の礼に夫で範雄というのがなかなか読めないもんですから、
なんとか読めるようにということで、私は漢字で坪井範雄をひらがなにして、
この道に入ったときにまず読みやすいようにということでやりました。
ある方が言うんですけれども、
これはこの画数はとてつもない出世をするんだということで、
それはいいじゃないかと言ったら、
ものすごく頂点を極めた後に真っ逆さまに落ちるというのがこれらしくて、
これにしたらどうだと言われたのが、
つうだけひらがなでぼいのりをはかたかな。
なんか変な問いざらすみたいな変な名前で、
大丈夫かなと言ったら、これはどういうご利益があるんだと言ったら、
絶対に有名にならない。
その代わりに長く細く長くずっと行くというやつで、
さあここは考えどころでありまして、
バーンと頂点極めるのも人生かもしれませんけれども、
細く長く行くのも人生だと思うし、
どうしようと思った結果、
細く長くのつうだけひらがなでぼいのりをのかたかなということで、
この芸名になりました。
番組は聞けば聞くほどというCBCラジオで、
朝の9時から12時近くまでやっている番組でございます。
30年続きまして、
この番組始まる時に絶対長く続かないだろうと、
絶対長く続くはずがないと言われております。
それはなぜかと申しますと、
深夜放送で下ネタとかそんなことばっかり言っているもんですから、
朝に向くはずがない。
やがてすぐ終わるだろうと言っていた。
半年続いた。
まあ1年で終わるだろう。1年続きましたら。
まあ2年で終わるだろう。
気づいたら30年以上続けているということで、
なかなか予測通りにはいかないもんですが、
この生命判断の話がここでも出てまいります。
細く長くずっと続いているもんだなという風に感じている次第でございます。
私の頃はやっぱりテレビが普及する前にラジオがあった世代ですので、
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お茶の間に一つラジオがあって、
家族みんなで聴くというラジオの聴き方だったんですよ。
ですから当時あるようないろんなラジオドラマとかですね、
もちろん落語。私なんか落語に目覚めたのはやっぱりラジオからですよ。
そうですよね。やっぱりラジオのおかげで落語は全国に広まったというのは聞きますね。
あれはもう東京・大阪の文化だったものが、
落語がラジオで全国に流れたおかげで、
全国の人が落語を知るきっかけになったんですよね。
知るきっかけになった。僕なんか本当に面白いな。
もちろん漫才も面白いし、落語も面白いし、
いろんな落語のね。後で振り返ってみると、
専門家を前にしてなんですが、
上下で声をあんまり変えちゃいけないとかよく言われますよね。
それがラジオだとね、それはツーの話でしょうけど、
あの頃仙台の金馬さんが、
三代目金馬。
あの人はもう声をしっかり変えて。
変えるんですよね。
出来ますものはずるい八幡。
もう一度言ってみろよ。
出来ますものは。
あの声の変え方が、何ともラジオで聞いてると
分かりやすかったんです。
三代目金馬師匠は、
昔はそうやって声を変えることを八人芸と言って、
特に東京の芸人は好まれなかったんですけども、
金馬師匠っていうのは、
分かりやすく喋るということを意識して、
親人になったんですよね。
子供でも分かりやすかった。
それも一つ落語が、
一般の国民に広がったっていう大功績でしょうね。
聞き方がそういうことで、
みんなで一家で落語を楽しんだり、
一家で一代の時代だったのが、
だんだん時代が進むと、
一代のラジオじゃなくて、
それぞれがということで、
勉強部屋でラジオで深夜放送を聞くと、
まさに僕はその世代だった。
中学生の頃。
もちろんラジオで落語を聞くっていう、
変な小学生だったんですけど、
だけど中学校の頃に、
最初は深夜放送というより、
萩本錦一さんの金ドン。
この金ドンという番組が投稿するんですよね。
金ちゃんがいろいろお題を出す。
それに対して母と子の会話とか、
先生と生徒の会話って言って、
これがダジャレじゃないですよね。
ちゃんとコントになってなきゃいけないので、
僕はそれでいわゆるはがき職人やってたんですよ。
09:04
あそこからはがき職人になった人多いですよ。
中学生だったのに千代田区有楽町日本放送っていうのは、
有楽町とか行ったこともない。
しかもカタカナで日本放送。
これも中学生の時に覚えてはがき書いて、
もちろん賞金もいただいたし、
ワッペンというかシールを。
あれも競争率はすごかったですよ。
めちゃくちゃ高かったらしいんですよ。
僕後々放送作家の大岩翔介さんとか、
パジャマ等の方々にお会いしたことがあって、
これだけ読まれるのすごいよって言われて、
ノートに全部自分のネタを読まれたのを書いてたんですよ。
そしたらそう言われて、そうなんですか。
でもその時はだから、
まずはがきを書く、ネタを書くっていうところが入ったんですよ。
受験勉強とか試験勉強の時に、
オールナイトニッポンを聞くようになって、
そこで都合いいノリオのオールナイトニッポンに出会いまして。
ありがとうございます。
なんかもういろいろね、忘れちゃいましたけど、
インパクトがあって面白かったですね。
私事で言うならば、
近藤がやってる後の番組で、
ちょうど私、ノリノリだ歌謡曲というのをいただいたんですよ。
そうなんですか。
近藤も絶大な人気で。
近藤は、僕は福岡の生まれなんで、
福岡の曲がネットしてたんですよ。
そうなんです。
全国ネットの番組です。
だから聞けたんで、
日本放送が関東エリアだけでやってたら、
ちょっと聞けなかったですよね。
名古屋でもそれネットでやってて、
ちょうど私は名古屋のローカル番組で、
近藤の後の10分間をいただいた、
ノリノリだ歌謡曲というのがあったんですから、
ここはもうということでね、
皆さんということで始まりました、
ノリノリだ歌謡曲。
今ね、金ちゃん前座が終わりまして、
いよいよ私が登場するわけでございまして、
もう前座扱いしながら、
わーっとやっててみんなが、
そんなことないだろう、
金ちゃんもうぺくぺくしながら帰ってきたんだ、とか言う。
そんなことでずっとやってた番組もやらせていただいて。
坪井先生が聞いたときはもう家族で一台、
僕らの世代はもう一人一台、
しかも親のいないところで聞くっていうのが一つ。
要は親がいないから、
中学生とかですから、
やっぱり下ネタとかがもう、
好きな時代じゃないですか。
そういうのは親に内緒で聞いてるっていうのは一つね。
友達はみんな聞いてるから、
次の日学校行ったら、
友達と昨日のネタとか、
ああいうの面白かったね、とかいうのが、
その時のラジオの関わり方だったですね、
そのリスナーとしては。
本当ですね。
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