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雷鳴龍馬「無償の行為こそ<徳>」
2026-04-21 04:24

雷鳴龍馬「無償の行為こそ<徳>」

#読書感想 #禅 #仏教 #お坊さん #徳 #在り方 #目に見えないもの
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00:03
皆さん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、お坊さんの教えから、
無償の行為こそ徳であるという、
そういうお話をさせていただきたいと思います。
まあ、お坊さんですから、
いろんな毀損を受けられるようなんですけれども、
過分な感謝の言葉は、あえて返さないようにしていると、
おっしゃっています。
それは、なぜか。
寄付というのは、全く無償の行為であり、
無償の行為であってこそ、
それは、徳として完成するとおっしゃるんですね。
人間、なかなか徳を詰めるものではない。
だからこそ、
そういうふうな形でもしですね、
大げさに感謝されると、どうでしょうか。
人は、いい気になるではないでしょうか。
してやったという気分になるのではないかとおっしゃっています。
これほど良いことをしたのかと改めて思い直し、
いい気になるということですね。
この得意な気分という代償を得ていることでも、
その徳は無償してしまう、
霧のように消えてしまうとおっしゃっています。
ですから、徳は無私、己がない、
そういう心でなければならない、
無報酬でなければならないとおっしゃっています。
まさにその徳を積ませていただくことで、
無私な心境に自分を高めることができるのであると、
いうふうにおっしゃっています。
また面白いことに、こういう場合、
受ける側も無私でなければならないともおっしゃっています。
無私で受け、そして、
仏になりかわって礼を述べるのみということのようです。
ある時、このお坊さんは後悔されたことがあるようです。
田舎のタクシー会社の社長さんが、
木の蔵ですね、木の蔵を給付されたときに、
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つい値段を聞いてしまったとおっしゃっています。
幸い相手は笑って答えなかったから救われたようなもの、
そうでなかったら私は相手の徳を踏みにじるところであったとおっしゃります。
なるほど、値段を聞くことで、
相手の徳を踏みにじることになるという感覚、感性、
意味深いものがありますよね。
今日は無性の行為こそであるという、
お坊さんの一説を皆さんと分かち合いました。
身体根拳創命リーター今死一体雷鳴昇降、
鎮壮木柱加速水田、
生きとし生けるものに平安を、
愛和の世を作る。
今日も一日健やかにお過ごしください。
ありがとうございました。
04:24

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