久しぶりの再会
はい、どうも。南河内のジェントルマン、プスーンです。
えっとね、久しぶり。えっと、今日からまた、新シーズンが始まります。
はい、ということでね、今日はね、2つのエピソードを喋りました。
はい、喋ろうと思って喋りました。
えっとね、記憶違いというかね、思い違いっていうね、過去の記憶違いってあるよねっていうエピソードトークを2つ話したので、聴いてください。
はい、こんな感じで久しぶりのプスモン始まります。
はい、どうも。プスーンです。
お久しぶり、お久しぶりでございます。
本日は11月ね、2024年の11月の24日、日曜日の、言ってる間に25日になろうかという、
11時台ね、23時47分を指しておりますけれども、はい、そんな時に喋っております。
もう秋めいてきまして急に、今日なんかは大阪寒かったです。
本日はね、昼間大阪市内の方に行っておりました。
用事があったんですね。何の用事かって言いますと、うちの姉がいてるんですけれども、姉と妹、ちょっとわけありまして、
これあんまり言うていいんかなと思ってたんですけど、別に言ってもいいかなっていうことなんですけど、姉がね、一昨年ですかね、一昨年かな、一昨年に離婚をしましてですね、
シングルマザーになりまして、ちょっとね、しばらく実家の方ね、うちの方に戻ってきたりしたんでね、したりしてたんですけども、
仕事を見つけて、めでたく、またもともといた大阪市内の方にね、住居を構えることになりまして、
賃貸ですけどね、めでたしめでたしって言ってたんですけども、どうもちょっと妹ちゃんがね、その新しい住居を気に入ってないということで、
引っ越しを割とすぐにしちゃったんですけどね、その引っ越ししてからはね、そっちのね、大阪市内の方に遊びに行けてなかったのでね、
なかなか姉も仕事で、めっ子も勉強でね、忙しくて、うちのおじちゃんですね、プスーンがですね、大阪市内に遊びに行くタイミングがなかったんですけど、
ようやく日にちを合わせることができまして、姉貴の新居の方に行ってきたんですけど、びっくりしました、びっくりしました。
何がびっくりしたかというとですね、めっちゃいいとこに住んでました。賃貸なんですけど、一応ね、形で言うと、都会の駅のところ、5分10分で行けるようなところにあるマンションですね。
なんかだだっぴろい、結構高層の、言っても蓄年数は立ってるんですけど、ギリタワマンと言ってもいいんじゃなかろうかというぐらいの立派なマンションに住んでました。
まあね、離婚して、遺写料とかたんまりもらいながら、極力それには手を付けずに、自分の稼ぎだけでね、メッコと養いながら自分も進んでいくっていうところでね、なかなかのところに住んでました。
一応ね、僕も保証人みたいになって、その家賃がいくらとか言うのは、僕も事前にはわかってたんですけども、まあ大阪市内はこんな高いねんなあっていうふうに思ってたんで、実際行ってみたらそんな大したところじゃないのかなと思ってたらめちゃくちゃいいところでしたね。
びっくりしたですね。14階、14階でもまだ真ん中ぐらいの、多分30階建てぐらいになるんかなと思うんですけど、20段階っていうのがエレベーターで確認できた、30階近くあるマンションですね。すごいところです。
眺めもね、めっちゃよくて、鮮度がよく見えるようなところでね、これ電車マニアの子だったらもう毎日楽しくてしゃあないだろうなと。メッコはね、電車が女の子ですし、電車にそこまで思い入りはないので、そんなことはないのかと思うんですけども、割と機嫌よく二人しててね。
なかなかいろいろ大変で、なかなか余裕はなくてね、実家に帰ってきてるときなんかは、うちのお母さんとかなり衝突をしたりとかして大変だったんですけど、やっと気分的に落ち着いてきたみたいで、割と僕らが遊びに行くっていうのも、一回日にちが飛んだ、猫ちゃんが風邪ひいたとかで飛んだしていけなくなったんで、
もう次あるんかなないんかなって言ってたら、向こうからちゃんとね、日にちこの日だったら空いてるからおいでって連絡をくれたんでね、ドタキャンしたのを気にかけて、向こうから連絡してくるだけでも心配なーみたいな話をして遊びに行ってきたんですけどね。
うん。まあ非常に楽しくて。うちの姉貴とお母さんがね、女同士というか性格でちょいちょいお互い喋ってることに引っかかってんってなって、ちょっと賢悪な雰囲気になるっていうことが昔からあるんでね。
僕はそれをどちらかというと、なだめるったりバチバチにならないように、ちょっとデフェリーじゃないですけどね、まあまあという役どころになるんで、日疲れがめっちゃするんですけどね。
家族の思い出
今日も日疲れする場面が1回。大きく言うと1回。まあちっちゃいのはね、やばいやばいっていうのは何回もあったんですけど、それはもううまいことなだめたりとかね話をそらしたりしていけたんですけど、もう若干雰囲気悪くなってきて、もうそろそろ帰ろうかーみたいなきっかけになるようなエピソードがあったので、それを今日はちょっと喋ってみようかなと思います。
うちのおかんと姉貴は血液型とか違うんですけど、やっぱり親子なんで、なんとなく似てるし決定的に違う部分もあるというような感じが僕は見てて思うんですね。客観的に見て。
それは僕も多分客観的に見れば、おかんと姉貴に対して僕も同じようなことが言えるとは思うんですけどね。僕は客観的に見ることは、考えることはできるけど、実際に客観的に自分を見ることはできないので、実際それはわかんないんですけど、今日はおかんと姉貴の話をするんですけどね。
姉貴の新居のマンションっていうのが、僕ら南河内というところに住んでるんですけど、姉貴は住んでいたんですけれども、そこから行ける大阪市内の都会なので、よく百貨店なんかがあったので、小さい頃とか若い頃お世話になった場所で懐かしいなという感じで。
姉貴のマンションの窓から見下ろすと、その百貨店の立体駐車場が見えたりして、上から見たらこんな風になってるんやみたいな話をしてたんですね。懐かしいねっていう話をしてたら、
うちのお母ちゃんが思い出したわみたいな感じで、あんたが車の免許を取った頃に、私、百貨店に連れてかれて、服買うのついてきてくれみたいな感じで。
お父さんが一番安いグレードを視聴者で買ったんですけど、一番安いグレードだったので、当時またそのワイヤレスウォーカーが売ってたんですけど、お父さんが一番安いグレードを買ったんです。
当時またワイヤレスドアロックじゃなかったんですね。鍵を挿してガチャッと閉めるような、そんな鍵をついてる車だったんで、その鍵を閉めるときにインキー、鍵を中に閉じ込めてロックしてしまったことがあって、大変なことになったんや。
インキーして大変やったんで、あの時にJAFを労働サービス呼んだりして、むちゃくちゃ大変やったの覚えてるわみたいな話をうちのお母ちゃんがおももろにしだしたら、兄貴が知らんって、そんなこと絶対なかったみたいな。
そんな私したことないみたいなことを言い出して、絶対そんなのせえへん。何言ってんの、お母さんみたいな。ちょっと怒り出したんですね、それでね。むすっと知らせて、今頃になってたんでそんな話しだすのみたいな。
お母ちゃんにホコ先をむけ出してね、むっつり怒り出してね、ぶんすかぶんすか。それを僕はまあまあという感じになったんですけどね。
うちのお母ちゃんはお母ちゃんで、それに対してごめんねって思い出しただけやんかとかいう感じです。そんなはずない、私はあんたとしか行くことないねんから、絶対ないとかそんなみたいな話、もうお互い譲らないんですね。
まあでもまあまあ、ジャッジメントね、僕レフェリーとして見てると、姉貴がね、もうちょっと折れてあげなさいよというか、そのお母ちゃんのそのね、このザレ事というか、昔話にね。
ああ、そんなことあったんかな、覚えてへんわとか、ごめんごめんとか、そういう感じでもう、受け流しゃいいのになあっていうか、がっぷり四つに年寄りの話をね、そんなんないわみたいな、何言ってんのみたいな、もうそんなノリなんでね。
そんなんなんで結構衝突をもう毎回するんですけど、そこまで全力でその話を潰しにいかんでもいいのになあと思いながらね、まあでもそれを姉貴がいい加減にせえって言ってね、僕がまたそこでその喧嘩にね、こう混ざるっていうのもあれなんでね。
まあ、忘れてまうこともあるんちゃうかっていう話ね。どっちが忘れてんか間違ってんか知らんけどって、まあそんなこともあるやんかみたいな話をして、そうやなあって言っても全然雰囲気よくならないんで、まあまあまあぼちぼち帰ろっかみたいな感じで帰ってきたんですけどね。
まあでも、まあ最後にはね、ありがとうねみたいな感じで、一応ね、まあその、正月敬遠って言ってたんで早めにお年玉渡したりしたんでね、そりゃありがとうの一言も言ってもらうんだって感じですけど、まあそのぐらいのね、別にその賢悪なまんまもう二度とこんなボケみたいな感じにはならんかったんでね。
うん、よかったかなあと思って、まあ姉貴もたぶんね、ああいうこと言ってしまう、あとで一人反省してたりするような人間なんでね、ああいう言い方はせんといてよかったって後で思うんですけどね、うん、後で思うんじゃなくて瞬間でね、もうそれああって思ってごめんって言う、そこですぐ謝ればいいんですけどね、それがなかなかすぐに謝れないね、あの残念なところのあるね、人間なのでね。
記憶の違い
ただまあ真面目でね、仕事もね、頑張って今そうやって高い家賃のところをね、やりながら娘ちゃんを育てあげてるというね、立派なお母さんでもありますのでね、その面では尊敬もしてるし、僕もいろいろ困ったときにいろいろ全力で助けてくれた恩義もあるのでね、あんまり姉貴の悪口だけではもう終わっちゃダメかなと思うんですけどね。
まあずっと久しぶりに家族いらずのね、時間を過ごせたという1日でした。はい、ここで14分、うん、そんな感じで終わってもいいんですけど、もう1個ね、その思い違いとかね、記憶違いみたいな話をもう1個ね、思い出したんで、その話も2つしたいなと思って、今日はログインボタン押したんで、もう1個短めにちょっとしゃべる。
えーとね、いつぐらいだろうな、ちょっと僕大阪を離れた時期があって3年ぐらい、それがまあ6年ぐらい前ですかね、で帰ってきて1年か2年ぐらいした、だからまあ今から言ったら4,5年前の話なんですけども、まあ今でもよく居酒屋さん、よく僕がスナック終わりではしご酒する居酒屋さんがあるんですけどね、あの割と遅くまでやってて、マスターも心安くて僕と割とね、あのしゃべったりとか、
割と顔も覚えられてて、まあ仲良しさせてもらってるお店があるんですけど、まあまあ僕そこによく1人で行くのでね、その日も行ってたんですけども、そしたら2人組のね、男性がね、入ってきて、パッとね、よく顔見上げるとね、あの同級生のね、いやメンズが2人入ってきて、
おーブスンやーって、誰だよ君みたいな、久しぶりやねーみたいな話になって、まあまあ一緒に飲もうよみたいな話で一緒に横に座ってしゃべってて、1人はね、小学校から一緒の僕の近所に住んでいて、ソフトボールのチームがあったんですけども、同じチームでやっていた男の子をね、
内田くんっていう子やったんですけど、内田くんと、あとあの中学校から一緒だった、まあちょっと勉強の良くできる、まあ僕と同じ学習塾に行っていたと、なんちゅう子やったかな、なんちゅう子やったかな、まあまあ、町田くんにしようか、内田くんと町田くんってややこしいかな、えー松村くんにしようか、内田くんと松村くんが、まあこれ仮名ですね、あのほんまの名前じゃないですけど仮名でね言っときますね、内田くんと松村くんが、
えーやってきてね、じゃあまあ久しぶりということでね、まあどっちとも僕は知ってるけど、どっちともそこまでめちゃくちゃ、めちゃくちゃ仲良しでもない、ただまあ全然仲悪くはないよという、うん、でまあ同じクラスになったことがあんまりないというので、まあまあでも近所に住んでたりとか、まああの内田くんは中学校1年生の時だけ同じクラスやったかな、あとはソフトボールだけでの付き合いという感じで、
で松村くんに関してはもう塾の行き帰りぐらいでしかしゃべることがないので、まあまああの薄く仲がいいというか、仲がいいというか僕のことを知ってくれてるという感じの2人だったので、2人はなんかクラスが中学校の時一緒やったからなんかで今でも関係性が続いてるみたいな、うん、なんか聴くところによると2人とも独身ということで、えーまあ3人ともね共通点で言うと独身であろうという、
えーまあ罰があるんかないんかちょっとそこまでは知らないけど2人とも割といい仕事とか、まあなんか社長とかなんかやってるんですけど、割とそこは縁がないのか、まああえてその結婚しない主義なのか、独身、ああ親は危惧やな、2人みんな全員独身やなみたいな話をしてて、うん、でまあ昔話にね話はこうだんだんどんどんですね進んでいって、
そのソフトボール時代の話になったんですね。で、そこのソフトボールチームっていうのが、まああのまだまだ子供の多い時代に生まれてた方の人間なんですけども、僕らの住宅はですね、まああの男の結構いてたんですけどね他の学年とか、まあ同じ学年にはね僕とその内田君しかいてなかったんですよね。
で内田君はもう4年生の終わりぐらいからもうレギュラーソフトボールね、なってたんですけど、僕はもうあのまあ僕は4年生ぐらいから始めたんかな、でもまあ鈍臭い方だったので、レギュラーには5年生の時は4年生5年生は当然なれなくて、まあ球拾いとかね、そんな感じだって、まあちょっと下の子が人数多いんで、まあちょっと運動にもなってたんですけど。
運動とかね、ソフトボールのチーム内ではちょっと固みの狭い思いというかね、まあそういう感じで、かたや内田君はもう4年生ぐらいからレギュラーでピッチャーやって、バッティングもうまくて、まあまあどっちかというと下の子から憧れられるような存在だったんですね。
で、まあ6年生が卒業して僕らが新6年生になりますってなった時に、まあ自動的に僕たちはレギュラーにはなるんですね。
まあ4年生5年生に追い抜かれるほどね、そこまでは壊滅的に運動神経が悪かったわけでも僕もね、ないですし、まあまああの5年生ぐらいから僕身長がすごい、もともと小学校ぐらいまでの時は体が大きかったので、まあ体格が良かったので、まあレギュラーになるわけで。
で、そうなったらキャプテン、副キャプテンという役職がね、6年生になったら持たされることになるんですけどね、僕はもう当たり前にそんな僕がキャプテンなんかやれるわけがないと思ってたし、いやもうどうぞどうぞってもう僕なんかはそんな副キャプテンでいいですし、もう何でもそんな役職別にいらんけどなっていうぐらいで思った。
で、彼がまあキャプテンに当然なったんですよ。まあそれで、そんなやったなあって、あのキャプテンやってやって、キャプテンやって、なんでキャプテンで、僕が副キャプテンで、最初あの背番号2番でキャッチャーでバッテリーを組むよってやってんけど、あまりにもそのキャッチングがへぼかったんで、センターに。
コンバートさせられたというね、外野を守るというね、肩だけ強かったんで、センターの方に僕はコンバートされて、まあ試合中は彼が投げてんのを後ろからね、あのバッチゴー言ってね、あのこう応援する応援というかね、あの掛け声をね、でかい声出してるだけの野郎になりたかったんですけどね。
でね、その話で記憶違い話に突入したんです。
で僕がね、あのソットボールの話したら、あそうそう思い出したわって内田くんが言い出してね、でこれプスーンって言うやつがなってその松村くんにね、松村くんが僕のことをあんまり知らんぐらいな感じで、その小学校時代の話をする感じで、僕のはこんな奴やったみたいな話を松村くんに知らせたんです。
松村くんはなーって、もう真面目な奴やねんって、なんかもう一途でなーって、で一生懸命頑張んねんけどなーって、でただなんかそのキャプテン、僕がキャプテンにやるってなった時になーって、なんかそのスッとならしてくれんかったみたいなことを言うやつを内田くんがね。
いやキャプテンはその大いにもうなるべき奴がやらなあかんから、とりあえずはいろいろ体力測定じゃないけど、こうちょっとかけっこだったり、円筒の投げる距離だったりとか、あの時給層だったり、そういうこう運動テストをしてよかったほうがキャプテンに選ばれるべきじゃないかみたいなことを。
僕が僕がそんなことを言い出したって、なんかなんかその、いやいや俺フキャプテンなんて嫌やみたいなことを言ったっていうことをね、延々なんか言い出して、いや俺そんな言ったことないし、そんなんもう内田、もう内、内がもうそんなキャプテンやるもんやって思ってたし、そんなこと言った覚えないけどなーみたいな。
えーそんなんやったーみたいな話して、でいや絶対それはまたまたみたいなこと言い出して、いや俺そんなん絶対言えへんし、そんな一生懸命ソフトボールにそんなかけてなかったし、どっちかやったらもうなんかサボってソロマンとか塾とかそっちで忙しかったから、そんな身分でそんななんかキャプテンやりたいとか、
キャプテンになるためにはなんかちょっとその試練を乗り越えなあかんみたいなめんどくさいこと言えへんけどなーっていう話。
で、でもなんかねその体力測定みたいなことをやったような記憶がね、ふわーんとね喋ってるうちに思い出してきたんでね、なんか自分でもちょっと自信がなくなってきて、えーこれ記憶違いってあるんかなーみたいな気にもなったんで、ほんで結局どっちが正しいかもわからずじまいやったんですけど、
僕がまああれ帰ってからね、いよいよ考え、考えに考えて、こうじゃないかなっていう説をまあ自分の中でとりあえずは思いついて、まあとりあえず落ち着いたっていう感じなんですけど、どんな説かっていうと、おそらく大人たちね、コーチ、監督はね、まあその親ですわね、僕らの親、うちのお父ちゃんはまあそのソフトボールのコーチとかやってて、
子供時代の記憶の混乱
コーチとかやってなかったですけど、まあ時間のある元気なおじさまたちがあの設定、キャプテンに誰をキャプテン、どっちをキャプテンにさせるかっていうのをまあ決めないといけない。
でも誰が見てもまあうちなんですよ、内田、内田君がねキャプテンなんですけども、それも自動的に何のセレクションもなしにうちにすると僕が拗ねてしまうんじゃないかとかね、そういう配慮、まあそれこそモンスターペアレンスじゃないですか、そんな言葉は当時なかったですけど、
うちの親がね、なんでうちの子が何のチョイス、何の引っかかりもなく副キャプテンやねみたいなお叱りを受けたら具合悪いなということで、あえてそういう体力測定みたいなのをやってから決めようかっていうふうに大人がしたんじゃないかなと思う。
今度うちに会った時にはその話を僕はしたいなと思うんですけど、なかなか会わないですけどね、あれから。
そっからちょっとコロナとかになったりしてね、時期になったりして飲みに行ったりする機会がガクンと減って、コロナ禍にはもうあんまりうちが飲み歩いてるのを見かけなくなったんでね、それまではちょいちょい見かけたりしてたんですけど、
まあそういう思い違いってあったなーって今日の思い違いね、おかんと姉貴のバトルを見た後に、まあその僕の思い違い事件を思い出したんでね、今日は思い違い話をしてみました。
久しぶりのプスモン、プスのようなものを改めプスモンというポッドキャストをやってるんですけど、こんな感じでもっちゃりだらだら喋っていきますんで、またよかったら次回も聴いてください。
はい、以上で本日は喋り納め、はい、エンディングでございます。えっとね、こんな感じでやっていきますよ。
はい、徐々に何かを掴んでいく、ちょっと手探りというか、久しぶりで何とも言えないようなふわふわした感じで喋ってますけれども、徐々にこの番組が何なのかっていうのがね、皆さんにもわかっていただけるし、僕もわかってくるというね。
はい、今のところ、まあまあ前からのコンセプトでね、音楽の話とか、近況報告ね、お酒飲みに行ってきたよとか、美味しいもの食べたよとかいう話ですとか、バックトゥーダッドスーンって言ってね、昔の僕の幼少期からのお話、思い出なんかを喋りながら現在にも繋がるような、なんかありがたい話みたいなことは一切できないんですけど、
まあまあ、何かこう、何かの気づきを得られるぐらいのね、面白いトークがひっくり広げることができたらなと、やっちゃうぜ、やっちゃうぜっていう感じで、ちょっと頑張って、ポッドキャスト番組をね、もう一度作り上げていこうかと思いますので、よかったらね、引き続きね、
ちょっと応援してもらえたら嬉しいなと思います。
Xでね、プスモン、#カタカナでプスモンでね、感想なんかつぶやいていただいたりすると嬉しいです。
あのプスモンというね、アカウントを作ってるのでね、またそれも概要欄等々でご紹介ね、随時させてもらいますのでね、そちらの方でも、フォロー、応援のほどよろしくお願いします。
ということで、プスモンでした。どうもありがとね。また聴いてね。バイバイ。