育児と仕事の葛藤
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
光ちゃん、お熱が出てまして。
わかりました。すぐ行きますので。
電話を切ると、自然とため息が出た。
誰が悪いわけじゃない。
それはわかっているが、それでも迷惑をかけていることには変わりない。
あの、金田主任。
私が恐る恐る声をかけると、主任は顔を上げた。
何ですか?またお子さんが発熱ですか?
はい、申し訳ありません。
はあ。いくらパートと言っても、そんな頻繁に相対されたら困るんですよね。
申し訳ありません。私は深々と頭を下げた。
金田主任はまた大きくため息をつき、
さっさと言ってください。いても邪魔ですから。
私は荷物をまとめる。
コールセンター内ではコール音がしても、隣同士で喋っていてなかなか電話に出ない。
私がハラハラしていると、前の電話が終わったばかりのメイちゃんが電話に出た。
ちらりとこちらを見ると、笑顔でOKマークをこちらに向けた。
私はほっとして、静かに職場を出た。
すみません、川田です。
あ、川田さん、お仕事中にすみません。
いえ、こちらこそいつもいつも申し訳ありません。
こちらこそいつもいつも申し訳ありません。
いえ、こちらはいいんですよ。いろんなお子さんがいらっしゃいますから。
坂井先生はそう言うと、一旦奥の教室へ行き、熱でほっかほかになっているヒカルを抱っこしてきた。
お大事になさってくださいね。
坂井先生に見送られながら保育園を出た。
家に着くと汗だくのヒカルの体を拭き、着替えさせた。
スマホを取り出し、安明に、「ヒカル発熱。タケルのお迎えいける?」と送る。
するとすぐに返事が来た。
そこには、「もっと早く行ってくれーい。何とかする。」と書いてあった。
ただいまー。
タケルが有り余る生命力をみなぎらせながらリビングに飛び込んでくる。
こらタケル。ヒカルはお熱で寝てるから静かにしてあげて。
ヒカル、またお熱なの?
そうよ。かわいそう。
そう言うと、タケルは寝室へ忍び足で入って行った。
そっと覗いてみると、タケルはヒカルの頭を優しく撫でていた。
本当は風がうつると困るのだが、タケルの気持ちを否定したくなかったからそっとしておいた。
遅くなってごめんな。
安明はそう言うと、買い物袋をテーブルに置いた。
とりあえず、買い物リストに入っていたものは全部買ってきたつもりだけど。
袋を見ると食器用洗剤、柔軟剤、卵、キャベツが入っていた。
助かる!夕飯はできそう?俺何すればいい?
お風呂掃除してもらえると助かるけど、タケル次第かな。
オッケー。子供たちはこっちで見とくから、夕飯パパッとよろしく。
家族のサポート
了解。
本当は夕飯なんてパパッとできないのだけど、安明は私の手が回らないところをいつもカバーしてくれるから助かる。
収入は今の私の3倍はあるのだから、家のことは私が中心になるのは当然だ。
お疲れー。
安明は寝室を静かに閉めると、キッチンへやってきた。
洗い物は?もう終わる?
うん。何か飲む?ビールいっちゃおうかな。
リノは?
私はいいかな。昔はあんなに飲んでたのに。
なんか、出産と収入を2人もやったらお酒への欲望がなくなっちゃった。
そっか。
安明はビールを携えながらノートパソコンをテーブルで広げた。
仕事?
そう、今日中にやんなきゃいけないことがあってさ。
ごめん呼び出しちゃって。いいのいいの。会社じゃなきゃできないことじゃなかったから。
安明はビールをぐびりと飲んで、画面を食い入るように見た。
リノはさ、よかったの?
何が?
仕事。好きだったろ?
だって、光がこんなんじゃどうしようもないじゃない。
そうだけどさ、日本一のウェディングプランナーになるんだって言ってたじゃない。
その気持ちは嘘じゃなかったけど、休みやすかった。
その気持ちは嘘じゃなかったけど、休みは不定期だし、現場仕事だし、子育てと両立は無理だよ。
でも子育てしながらやっている人だっているだろう?
そういう人たちはさ、実家が近いのよ。
ああ、子供も体が丈夫で実家のサポートがあって、そういうラッキーな人たちにのみ許された働き方なのよ。
おかしいよな。
何が?
子供が病気がちだったり、実家が遠かったりする人たちの方がお金やサポートが必要なのにさ、お金を稼ぐ方法が限られるんだもんな。
しょうがないよ。そういう社会なんだから。
安明は小さなため息を一つついた。
リノ、子供を産んだこと、後悔してる?
してない。それは本当。
それ以外は?
仕事を続けたかったのも本当。仕事を続けられなくて、悔しくて悔しくて仕方がないのも本当。
そっか。ごめん。
何が?
俺は仕事続けてるからさ。
だって安明の方が収入が上だったし、こうやってリモートもできるから、私たち家族にはそれが最善ってなったんじゃない?
そうだけどさ。
二人で決めたことは、二人でやり切ろう。
ああ、そうだな。
安明がビールの缶をこちらに掲げてきたので、私も麦茶の入ったコップを掲げ、二人で乾杯をした。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。小島千尋でした。