00:00
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。 プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
妊娠と上司の反応
実は、妊娠していることがわかりまして、 うつむきながらそう言うと、上司はポッカーンとした顔をしていた。
その後、「へえ、すごいじゃん。おめでとう。」 と言った。
ごめん。俺、妊娠とかそういうのから一番遠いところにいるから、 一瞬ピンとこなかったわ。ごめんごめん。
そう、俺たち全然気が利かないし、具合悪かったりしたらすぐ行ってね。 結婚は?いつするの?
上司の左手の薬指の指輪はいつだってピカピカだ。 いつも手入れをしっかりしているのだろう。
そんな上司が恋花をする女子高生のような目で私を見ている。 結婚は?
しません。 社内で私の噂はあっという間に広がった。
一体どんな男に騙されたのか、 みんなそこが気になって仕方ないらしい。
そんなある日、急に部長に呼び出された。 え、内勤ですか?
私が驚いて声を上げると、部長は、 だって子供を抱えて営業なんて無理だろう。
時短勤務になるだろうし、深夜に取引先から呼び出されたらどうするの?
そもそも深夜に電話してくる非常識な奴が悪い。 とはならないのが、会社の不思議なところだ。
今時夜間保育もありますし、全然大丈夫です。 私がそう言っても、
でも母親なんだからさ、子供のそばにいてあげるべきなんじゃないの? 私は愕然としてしまった。
部長なんて毎日9時、10時まで会社にいて、 子供の面倒なんて絶対見ていないはずなのに、
どうしてそんな矛盾したことが言えるのだろう? その日の夜、真っ暗な寝室で、ついついスマホをいじっていた。
メッセージアプリを開き、タケノリとのトーク画面を開く。 1ヶ月前の私の
妊娠してた!めっちゃ嬉しい! というメッセージの後、
連絡が途絶えた。 私の
どうしたの?というメッセージは、 未だに既読になっていない。仕事があれば一人でも大丈夫だと思っていた。
仕事と育児の問題
でもその仕事も本当に続けられるのだろうか? 時短勤務になれば給料も減るし、
フルタイムに復帰しても、今の私の部署は定時で帰ることはほぼ不可能。 家にたどり着くのは11時を過ぎていることが当たり前だ。
そんな状態で、一体どうやって一人で育てるというのか? 部長の言っていることは至極当然なのだ。
子供のいる女は、出世するのはほぼ不可能だ。 オフィスの廊下を歩いていると、急に吐き気がしてうずくまってしまった。
ムカムカして気持ち悪くて、 そんな時頭上から
どうかしたか?という声がした。 声の方向を見ると上司だった。
具合悪いのか?立てるか? 上司は私に手を差し出した。
上司の左手にはピカピカの指輪がつけられていた。 私は横井さんが羨ましいです。一番好きな人に好きになってもらえるなんてずるいです。
私は気がつくと恨み節を上司にぶつけていた。 上司は驚いた顔をしていたが、
そっか。 俺は一番好きな人の子供を埋める野村が羨ましいけどな。
と言った。いつも自信があってキラキラしているイメージの上司が、 初めて寂しそうな表情をした。
ああ、この人はこんな顔をするんだ。 なんて妙に冷静に考えていた。
彼女が妊娠したってわかったら消えるような男ですけどね。 私が吐き捨てるように言うと、上司は苦笑いをしながら、
男見る目ねえなあ、と言った。 その通りだと思った。
でも産むんだろう?と聞かれたので、強く首を縦に振った。 竹ノ里との連絡がつかなくなってからも、一度も下ろそうと思ったことはなかった。
会社との交渉は俺も間に入るから、とりあえず元気な赤ちゃんを産む準備しろ。 野村の赤ちゃんを産んであげられるのは野村だけなんだから。
差し出された上司の左手を取り立ち上がった。 私はもしかしたら一生左手に指輪をすることはないのかもしれない。
それでもこの上司が欲しくても手に入らないものを手にしようとしている。
神様は一体どこで人々の願いを入れ違えてしまったのだろう。
そんな子供みたいなことを考えてしまった。 いかがでしたでしょうか。
感想はぜひハッシュタグプリズム劇場をつけて、各SNSにご投稿ください。 それではあなたの一日が素敵なものでありますように、小島千尋でした。